【沈黙の島】 神の居る島
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■シリーズシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月02日〜08月10日
リプレイ公開日:2007年08月07日
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●オープニング
水浸しになりながらも、少女は松の枝を払いのけ、降りてきた。飛び込むように抱きつく少女を抱しめて、少年は溜息を吐く。二年前、足を滑らせて落ちてきてから、彼女はいつも弾ける命のままに十七にぶつかる。それが、心地良くて、つい今まで来てしまったが、少女の願いが叶う事など無いと、少年は思っていた。あきらめているのでは無く、最初からそういうものだと教えられて育ったのだから、今更生き方を変えろと迫られても困るのだ。それよりも、少女が無茶をして、酷い目にあわなければ良いと思う。
「美園‥無理してない?私は大丈夫だから」
そんな少年の気持ちを知ってか知らずか、妖術師が村からいなくなった事をまくしたて、少女は満面の笑顔を浮かべる。
「十七!助かるかもしれないわ!神様さえいなくなれば、十七が、神様の所へ行く必要なんか無くなるんだものっ!」
「私は、別に構わないのに」
「あたしが構うのよ!」
御園は、理不尽だと思っていた。金の髪、碧の目、とがった耳に生まれただけで産みの親まであっさりと手放すなんて、信じられなかった。誰が産んだかはわからないが、その夫婦は今もこの島に暮らしているのだろう。島長の娘として、かなり甘やかされて育った美園だからこそ考える事だったのだろうし、奔放に行動出来る。
それを誇る事も、卑下する事も、彼女はしなかった。全て自分の武器として身につける事の意味を知っていた。活用出来る権力ならば、せいぜい活用させてもらうだけ。そういう意味では、正しく、彼女は島長の一人娘であった。
御園は思う。二年前に許せないと思ったこの仕打ちを打ち砕き、十七を手に入れる為ならばと。
千載一遇の好機を彼女は逃さなかった。
かつて、蜃に人身御供を捧げて、豊穣な海を不自然に作り出した村があった。
その村の歪みに気がついた老夫婦が、冒険者ギルドへと依頼を出した。村の異変を無くして欲しいと。一度ではその願いは叶わず、二度目の依頼は過ちに気がついたその村の村長と、蜃にわが子を取られた遺族から出された。海の中で、人食いに慣れた蜃は、手馴れた冒険者達によって退治されたが、蜃を漁村に放った妖術師はまんまと逃げ延びた。
だが。
妖術師は、その手管から、漁村に現れるのではと踏んだ冒険者の手によって、ギルドを通じ、びらが撒かれていた。
───この者、非道な術を使い、人身御供を要する化け物貝を海に放つ。と。
人相但し書きは、夏の初めに冒険者ギルドへと戻って来た。その者、この地にありと。
妖術師の逃亡先は、人を拒む島だった。
土地神を奉じ、島人以外の接触を出来るだけ拒む。
それで生活が立ち行く島だった。
その島で、冒険者達は、何とか妖術師を捕縛し、江戸へと連れ帰れば良いだけだった。
そのはずだったが。単身、人目を避けて冒険者に依頼を頼んだ少女がいなければ。
少女の名は、美園と言った。
「神様を、やっつけて欲しいの」
そう、少女は強い意志を宿した瞳で、訴えた。
余所者を拒む島には、神がいる。
本島では無く、横にひっそりと突き出た、塔のような小島。断崖絶壁に囲まれた、背の高い島というより、大きな岩。そんな小島は何処でも見かける。だが、そこに建てられた小さな祠には、神が今でも住むのだという。単なる比喩では無く居るのだという。
金色の髪に、碧の目、とがった耳の子供が生まれると、その子が十七になると島の神様に捧げられるのだという。
「ずっと昔に金色の髪の神様が、村に居たのだけど、嵐で死んでしまったのですって。酷く悲しんだ島の神様は、しばらく出てこなくて、ずっと不漁が続いて。ある時、同じ特徴を持つ子が生まれたので、試しに島の神様に捧げたら、不漁が収まったらしいの」
それからは、二十年に一度ほどの割合で生まれる、その特徴を全て備えた子供を、島の女か男と契れる年まで育て、子供を成してから、その金色の髪と碧の目、とがった耳を持つ者は神の島に送られて、豊漁を願う生贄にされるのだという。
「成人の儀式で聞かされる、伝説に名を借りた島の暗部よ」
あたしは、まだ未成年なんだけどね、盗み見たと少女は胸を張った。そんな伝承は終りにしたい。それには、島の神を倒せば良いのだと。
ばさりと、羽音がすると、大鴉が小島から飛び立った。行き先は、人を拒む島。そこでは、夜を徹して、一人の老婆が看病されていた。長い患いだ。今日か、明日かと家の者は、屋根に黄色の細長い布を縛り付けて誰かを待っていた。
羽音が家の前で止まる。
家族達は、顔を見合わせると、おばあちゃん。お迎えが来ましたよと、優しく声をかけて、奥へと引っ込んでいった。老女がようやっとの思いで顔を向けると、そこには、長い髭を床まで垂らした老人が立っていた。何やら口の中で呟くと、老人と老女を囲むように漆黒の炎が燃えるかのような半円が出来た。
「いいかね?」
老人は頷くと、そう、老女に声をかける。老女は涙を流し頷いた。お願いしますと。
すると、老女の身体から白い玉が浮き上がり、老人の手にすっぽりと収まった。哀しげで優しげな表情で老女の頬を撫ぜる。
「お疲れ様だね」
優しい声をかけると、老人は、漆黒の炎が消えるまで、老女を見つめ、微笑んでいた。
やがて、消えた、漆黒の炎の半円から立ち上がると、深くお辞儀をして家の外に出る。
「おばあちゃんを連れて行くなっ!」
小さな男の子が、目を真っ赤に泣き腫らして老人に詰め寄ろうとした。慌てて家から大人が現れる。小さな子にとっては、少しでも長く、優しい祖母を引き止めておきたかったのだろう。
「止まりなさい。そして、眠りなさい」
紡がれるのは優しい言葉。すがりついた男の子を、そっと大地に寝かせると、大人達をふりかえり、ひとつ頷き。また、大鴉に変身すると、白い玉を足に抱え、小さな島へと飛んで行く。
泣き腫らした目の男の子を抱え、家族はその大鴉に頭を下げて、手を合わせた。
翌日、引き潮の時刻、小島と島を繋ぐ、細い道が浮かび上がった。遺族達は、小島に掘り出された細い階段を上り、酒と、魚を奉納して戻った。ほんの僅かの間、道は出来、行き来をしただけで、波にさらわれ、道は消え。
ぽっかりと顔を浮かべるのは、海馬だ。
階段はあるにしろ、海馬が恐ろしくて、舟で島には近寄れないのだ。
遺族は、深々と小島に頭を下げて、家路を急いだ。小さな男の子も、涙をぬぐって。後を続いたのだった。
●今回の参加者
ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
ea2741 西中島 導仁(31歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)
eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
●サポート参加者
トマス・ウェスト(
ea8714)/
雀尾 嵐淡(
ec0843)
●リプレイ本文
●寄せては返す波の音。風の音。
山下剣清(ea6764)が眉を顰める。
「村の風習とはいえ生贄か‥‥気に入らんな」
少女からもたらされたという情報を聞き、西中島導仁(ea2741)も、その端麗な顔を歪ませた。
「ふむ‥‥ちぃっ、何という馬鹿げた風習だ!」
すらりと立って、海を見た。島で蜃の話をした時に、人身御供という言葉に対して、妙な反応を示したのを思い出したのだ。神に捧げる贄だとしても、それが人であって良いわけが無い。そんな神は神では無い。
「それが事実なら、非道を正して必ず成敗してやる」
「もしかしたら、倒しても変わらんかもしれないが、何もしないよりはましか」
海を睨みつける導仁を横目で見ると、剣清は刀の柄に手をやった。長く風習となるまで誰の制止も入らなかったのだ。人は簡単に変わらないかもしれないとの思いがある。だが、こんな事は気に入らない。とても‥気に入らないのだ。
海風が肌にまとわりつく。この海の向うに、人を拒む島がある。そうして、その島には神が居るというのだ。だが、それは果たして神か。
上杉藤政(eb3701)は、懐の財布から金貨を取り出した。
「神と呼ばれる存在であるからには、何らかの事情があるのであろう」
そうして、太陽に話を聞く会話を選び出すが、どれも曖昧である。
真に神と呼ばれるに値する存在‥邪神‥生贄を求める者‥生贄となった者で生きている者‥邪な魔物‥小島の神と呼ばれる存在と関係する海馬。いずれもそれは概念である。特徴とは異なる問いには答えは返らないようだった。
「駄目‥であるか‥」
陰陽師の身としては、生贄という話を聞くにつけ、あってはならないと強く思う。しかし、それと同時に、生贄にするためだけに育てられた子供が、生贄で無くなったからといって、その後通常の生活が出来るかといえば、はなはだ疑問で。助けられたら、その子供がきちんと社会になじめるように、出来るだけの手は貸したいと思いを馳せる。
蝶の姿が内部に刻まれた、大粒の宝石がはまった指輪を沖田光(ea0029)はその華奢な指に嵌めていた。冒険者としての暮らしが長い光は、様々な悪しき者を思い出す。それは、妖怪であったり、モンスターであったり、悪魔であったりする。伝承を探り、膨大な知識を要する彼であったが、まだ神が何者であるのかはわからない。ただ、時には、真に怖いのは同じ人である事も承知している。
「‥生け贄と豊漁の因果関係はわかりませんが、それは本当に神様の意志なんでしょうか?」
見事な黒髪が海風にさらわれて揺れた。
尖った耳。時々生まれるという子供の特徴は、エルフに似ている。ハーフエルフかとも思ったが、普通の親から生まれるのならば、ハーフエルフというわけでも無いだろう。情報が少ない。それはどの冒険者達も悩ます。
蜃が他にもまだ島に存在するかどうか聞くために雀尾嵐淡は妖術師のその後を辿ったが罪状が罪状だけに、すでに死罪になっていた。それを思い出しつつ、小間物屋の前で、宿奈芳純(eb5475)は丁寧に頭を下げた。
「借り賃はお支払い致します」
えらい事に関わってしまったなぁと、小間物屋の主人は、溜息を吐きながら、舟なら借り賃なぞ良いから乗って行けと言った。ちゃんと返してくれれば良いからと。前回、罪人を引き連れて夜遅くに戻って来た姿を見た時から、諦めたと言って、人の良い笑顔を僅かに曇らせて頷いた。
●海原の睨み合い
海上を何も準備せずに進めば、当然島の警戒網にひっかかる。夜に出るとも昼に出るとも決めていなかった冒険者達は、太陽が天空高く昇った頃に島の近くで漁船に取り囲まれた。
「二度と近付くなと言われなかったか!」
その恫喝に冒険者達は黙るしかなかった。
(さて‥困り申した‥)
その少し前に、舟から降りていた磯城弥魁厳(eb5249)は、海中から船影を眺めていた。忍犬のヤツハシ、ナラヅケは顔が海上に出ている。とうに見つかっているだろう。
そもそも今回は村人と接触をしないという事が前提である。
前回も、それを前提に動いていたが、やはり見張りに見つかっていたのを彼は知らない。少なくとも見張り対策を行なわなくては島には近寄れないのだ。小島は、人を拒む島の近くにある。監視の目を抜けるには、一度大きく迂回し、小島を盾とするように慎重に近付き、少なくとも舟には偽装を施さなくてはならなかったろう。光りものは慎重に隠し、闇夜を待って近付けば、容易では無いだろうが、小島には近付け、海馬との戦闘は避けられなかったろうが、目的はほぼ達成出来たはずなのだ。
この最初の一手が、それから先の全てを阻んだ。
「かの男は引き渡した‥この上、何が目的だ」
先回会った、纏め役の男が冒険者達をひとりひとり睨みつけた。
「答えられないのか?多少は‥信用していたのだがな‥帰れ」
下手に答えて無用の軋轢を生むのは本意では無い。冒険者達は答えを用意出来ていなかった。
美園は、冒険者達が追い返されるのを、見ていた。
ぐっと唇を噛締めると、そっと海に入る。
島育ちの美園でも、昼日中、冒険者達の舟に近寄るのは容易では無い。そうして、今度は、帰って来れるとは限らない。だが、この機会を逃したら、もう冒険者と名乗る人は島に来ないのでは無いか。いずれは嫁に出るのかもしれない。そうしたら、島から抜け出せる。けれども、それでは‥間に合わないのだ。
魁厳は、島から近寄る影を海中で見つけた。それは、小さな人。
話を聞いていた、島の少女だと、気がつく。
ざばりと顔を出し、漁師達の注意を引いた。目を剥く男達は、河童種を見た事が無いという、ここは閉ざされた辺境の島だった。だからこそ生まれた因習がこの一連の根にあるのをまだ冒険者達は知らない。
魁厳は、驚く様に苦笑すると、仲間達に声をかけた。
「一端引くでござる」
去っていく冒険者達の舟が見えなくなるまで、漁船はその場を動こうとしなかった。
●少女との帰還
「もう大丈夫でござろう」
何故か舟に上がらず、舟の横を泳いで撤退をしていた魁厳の懐から、ぽかりと水面に顔を出したのは美園であった。
「もうすぐ大騒ぎよ。あたしが決まった時間に居ないとなると‥ね」
もう陽が暮れかけている。水平線に沈んだ夕日は僅かに橙に空を燃やし。すぐに夜がやってくるだろう。
美園は、これでも箱入り娘なのよと、笑う。
神は退治する事は叶わなかった。
でも、あきらめないからと言い、彼女は、また頼まなくちゃならないから、今は少しでごめんなさいと、丁寧にお礼を言う。そして、船上の冒険者達に、僅かばかりの報酬を手渡すと、このまま冒険者ギルドへ連れて行って欲しいと言った。
「大丈夫ですか?」
光は美園から話を聞きたいと思っていたから、会えて良かったと報酬を手渡された手をとり、微笑んだ。そんな綺麗な笑みの光に、美園はごめんね、入り辛い島でと冷えた唇を引き結ぶ。
「身体を温めなさい」
長時間海に居た御園に剣清が余分に持っていた防寒具を差し出す。女性には酷く優しい。
「もう少し詳しく神様の話を聞かせていただけますか?」
光の言葉に、そうねと、美園は首を捻る。
「人の死期が近くなると、お迎えにきてもらう為に、屋根に黄色い布を垂らすの。三日前後で大きな鴉がやって来て、おじいちゃんの姿になるわ。白い魂を大事に抱えて、また大きな鴉になって小島に帰るの‥。死を看取る神様でもあるの。だから、神様のいう事を聞かないと、酷い死に様になるって、みんな信じてるわ」
こんなに髭が長いのよ。と、足首まで伸びている事を告げる。
神とは名ばかりの術者なのかもしれない。だが、例えそうであっても、何故生贄を取るのか聞いてみたかったと藤政はもう見えなくなった島の方角を透かし見た。何が何でも全て退治したいとは思わないのだ。それは、陰陽師としての性質なのか、彼本来の前向きさによるものか。あるいは双方か。
それと同じだけの気持ちで依頼主の彼女と、生贄になる少年は何が何でも助けたいと思う。
「幸せになるものを‥」
増やしたいのだと、藤政は見え始めた夜空の星を見て思い、ひとり呟く。説得も聞かない相手ならば、退治は止む無しであるけれど。聞いてくれるならと。
夜に眩しい燐光の輝伯天が芳純の周りを明るく照らして漂う。
「何故、金髪碧眼の者を求めるのか‥‥もし生贄と豊漁が関係ないなら‥‥」
芳醇は、どれだけ村人に白い目を向けられても、追い立てられても、攻撃されても。その神とやらに生贄は不要と村人に告げて貰えるよう説得するつもりだった。あくまで神とやらが、生贄を要求するのなら、戦闘は避けられないという一事は仲間と同じであったが。
思わぬところで情報収集が出来たものだと、導仁は少女の話に背筋を伸ばし、じっと耳を傾ける。村の暗部であろうとは推測は出来る。下手に接触は出来ないが、情報は手に入れたかったのだ。まだ、神を退治する気でいるのなら、これで、少しは楽になるだろうと、生真面目に微笑む。
仲間達の援護をと思い、様々な手段を考えていた魁厳が頷く。
「‥前回の依頼は聞きもうした‥もう、気がついたことはござらぬか?」
それはそれ、これはこれと、魁厳は今出来る事を考える。過ぎた事よりも、これから先の事を。彼女がまた依頼を出すというなら尚の事だった。
深まる夜の星空と波音が冒険者達を揺らしていた。