乙女の迷宮<前編>
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■シリーズシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月04日〜03月09日
リプレイ公開日:2008年03月14日
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●オープニング
森の奥に、滝のある静かな場所があった。
深緑に陽の光りを取り込み、緑と青の陰影をつける。落ちる滝は短いが、幅広く、白い飛沫を上げて、滝壺に波紋を広げる。雪のまばらなその森は、静かで、穏やかな森であった。
あまりに人里から離れている為、猟師しか見た事の無いその滝は『乙女の滝』と呼ばれる。
その場所には真っ白な一角獣の姿を見られるというからだ。
額にあたる部分に、螺旋状の角を生やしたその一角獣は、森の守り神として、信じられている。今生きている者で、一角獣を見た者は、片手に足らない。ただ、遭難しそうになったり、酷い怪我を負ったりした時、何所からか声が聞こえ、命を救われるのだという。
何故、乙女の滝と呼ばれるかと言えば、時折、娘が一角獣に気に入られ、娘も一角獣を気に入って、穏やかな時間を過ごすのだという。大人になって、人に恋をすれば、一角獣はさようならを告げる。祝福の言霊を授けて。
娘が欲を出し、一角獣に執着をすれば、その時点でも一角獣はさようならを告げる。悲哀の言霊で決別を。
そんな、穏やかな言い伝えのある、森だったが、今はもう見る影も無かった。
木々はなぎ倒され、痛々しい傷口を雪が隠す。
風精龍が一角獣を追い出した事により、一角獣の友である月精龍が風精龍と激しく戦ったからである。
おかげで、一角獣の棲みかである洞窟がが見えてしまったのだ。
見事に落ちる滝の流れは、岩を崩された為に、流れが変わり、落ちる水の量こそ変わらなかったが、幅は狭くなり、滝の高さも低くなってしまっている。
ただ、滝壺はそのままで、深く、広く、落ちる水を受け止めていた。
そうして、一番変わったのは、滝の幅が狭まった事で、滝に隠された洞窟が、黒々と顔を出した事だった。
その洞窟の中には、僅かな財があった。その財は、月精龍が頼りにした冒険者と、被害で怖い思いをさせた村人に分配された。
戦いの前に、心通わせた、村の少女の無事をただ願うと。忘れてくれたのなら、もう、関わっては少女の為にならないだろうと。そう、助けてくれた冒険者に独り言のように話していた。
そして、月精龍は去り、一角獣もこの地を去った。何度も何度も、村を振り返りつつ。
冒険者ギルドを訪ねてきた、乙女の滝の近くの村の村長は、困った顔をしていた。
「あたしらだけで、あそこに踏み入るのは勇気が要ります」
それはそうだろう。巨大な生き物が戦った後である。何が潜んでいるかわからないのだから。
「何かあったら困るので、よろしくお願いします」
調査をお願い出来ませんかと、村長は頭を下げた。
その洞窟は、高さは大人二人分の高さがゆうにあった。横幅も、三人ほどなら並んで歩けるだろう。
入り口からすぐに、二股にわかれ、一方は寝床らしき場所であり、一角獣が休んでいたのでは無いかという形跡がある。
もう一方は、急に狭くなる。大人の男がひとり出入りするのが精一杯の縦横だ。細身の人物。子供や少女ならば、楽に通れるだろう。その先は、暗い。
その先は、迷路になっていた。
迷路の中には、落とし穴が数箇所。何故、そんなものがあるのか。立ち去った一角獣ならば知っていたかもしれないが、彼はもう居ない。悲しむ乙女は、もうそこには居なかったから。
そして、主の居なくなった迷路には、青白い少女の姿が浮遊していた。
一角獣が居た時には居なかったものだ。場が狂ったののかもしれない。少女は迷宮をすりぬける。迷宮など少女に意味は無い。
時折、哀しそうに一角獣の寝床で座り込み、また、迷宮に入っていく。
何故か、洞窟の外には出ようとはせず‥。
●リプレイ本文
「なるほど、これはまさに大嵐通過後‥‥と言った有様ですねぇ」
巨大な生き物が争った後、森は半壊した。山そのものが崩れなかったのは幸いだったが、山中にぽっかりと開いた空間を見て、設楽兵兵衛(ec1064)は、その戦いの激しさを思い、呟いた。
いつも、元気いっぱいの笑顔で前向きなルンルン・フレール(eb5885)だったが、雪に隠されているとはいえ、木々がなぎ倒された森の傷跡を見て、いたたまれなくなる。けっして、彼女のせいでは無いのだが、戦いの最中に居た事で、まるで自分がしでかしたように胸が痛むのだ。
「森がこんなになっちゃって、白偲さんには申し訳なかったです」
「被害の拡大を防ぐ為だったからね」
あらわになった洞窟を透かし見て、カイ・ローン(ea3054)は、しょうがないよと、言うように、仲間達に僅かに顔を向ける。
「そうね‥」
紅玉のごとき瞳を思案にくゆらせ、セピア・オーレリィ(eb3797)も頷いた。
森を破壊したのは、風精龍と、その風精龍を仇と思う月精龍揺籃。風精龍が揺籃の友一角獣白偲の棲みかを陣取った為に起こった戦いである。
フォルナリーナが、乙女の滝は多々あるが、どれもしっかりとした印象を結べなかったと、調べものの中に足しになるようなものが無くてと、言ったのを思い出すと、大泰司慈海(ec3613)は半分洞窟が見える滝を眺めた。
「乙女の滝かぁ。俺には縁遠そうな名前の滝だよね〜」
壮年で巨躯でありながら、何所か仕草が滝の名に縁がありそうな慈海だったが、それは棚に仕舞い込み、去っていったという一角獣に思いを馳せる。
山や森はそれだけで畏怖の対象である。迷い、惑い、そして救われる。そんな場所に人に親しい一角獣が居たとなれば、どれほど心の支えだったかと。その支えが居なくなり、山は傷つき‥‥その白い獣の帰還を願うも、かの一角獣の行くへは知れず。
この場所に対する思いの深い仲間達を見て、マミ・キスリング(ea7468)は、しばし思いの淵に沈むが、不安げな村人を思い出し、気持ちを新たにする。
この洞窟に何も不安が残らないよう、探査するのが依頼の内容である。
「村人さんの不安、取り除きましょう」
ルンルンが、軽く拳を握り締めた。
少し時は遡る。
早めに到着したカイは、村の少女を訪ねていた。一角獣白偲が想いを寄せた少女だ。村の中は、普段と変わり無く、日常を暮らしていたが、何所か落ち着かない。そんな空気を感じる。ふとした事で眉をひそめ、山を見る大人達。遊びながらも、物音で立ち止まってしまう子供達。
そして、問題の少女は。
カイの回りを飛ぶ、銀色の羽根の妖精ユエを見て微笑むが、もどかしげに首を横に振った。
不安なのか、恐怖なのか、半泣きになる少女を見て、言葉を続けるのは難しいかなと、他愛の無い事で話を切り上げる。
少女が記憶を飛ばした理由を思い返せば、少女への問いかけも、落ち着かせる為の言葉も推測が出来たのだが‥。冒険者達は、少女の名も知らなかった。
「乗れたかな〜?」
人の脚力では飛び越すことの出来ない、深い淵が眼下にある洞窟だったが、慈海の空飛ぶ絨毯と、カイの空飛ぶ箒とで、簡単に進入する事が出来た。
カイは、揺籃の棲みかをも知っている。その場所の記憶と、引き比べてみるが、何が同じという事も無いようだ。出来る事なら、風精龍が何故この場所を、ひいては揺籃の棲みかを襲撃したのか。手掛かりがあればと願う。
全員が入ると、窮屈に感じるが、動けないほど狭い洞窟では無かった。
二股に分かれる道に、しばし、立ち止まる。
「こっちは狭いから、先に、広い方を見てみませんか?」
先頭に立っているルンルンが、左の空洞を指す。
比較的、数人が歩いても平気な洞窟だ。真っ暗な洞窟内で、各々が、手に明かりを灯す。持たない者も居たが、多くの明かりで、洞窟内は橙色に浮き上がった。
カイの忍犬セイが、ぐるぐると回る。少女の持ち物で覚えた臭いがするのだろう。
「ここに、居たのかな」
「少女と一角獣の休息所なのかしら」
セピアが洞窟内部の地図を作るため、筆記具に記載する。
そこに。
ペット達が、一斉に挙動不審に陥った。
壁を抜けて、ゆらりと現れたのは、年の頃なら十六・七の少女。少女は、冒険者達を見向きもせずに、ゆらゆらと、広い休息所のような場所へと座り込む。
幽霊。
冒険者達は、顔を見合わせた。ここは、一角獣白偲の棲みか。そこに幽霊が出るなどとは、聞いていない。このような異変があれば、白偲が言い残さないはずがない。
ただ、哀しげに座り込む少女。敵意は無さそうだ。
「何か未練を残してるのですか? よければ力になりますが」
慎重に、声をかけるのはカイだ。慈海が、カイより借り受けた、降霊の鈴を握り締める。
「どんな想いを残されてるですかっ? もしや、ご遺体が、奥にあったりしますか?」
洞窟の奥で儚くなっていたら。見つけてもらいたいのかもしれない。
「ねぇ‥‥貴女、ひょっとしたら、白偲さんに『別れを告げられた娘』なのかしら?」
白偲。
その名前に、透明な少女はぴくりと反応した。そして、セピアの言葉に、ゆっくりと冒険者達の方を向いた。ようやく、そこに誰かが居ると気がついたかのように。
当たったみたいねと、セピアは、心中で溜息を吐く。セピアは、一角獣にまつわる噺の中に織り込んである言葉と、別れ際に白偲が語った村の少女に対する気持ちを反芻していたのだ。
───娘が一角獣に執着すれば、悲哀の言葉でさよならを告げる。
一角獣が寄せる好意を手放したく無いと思う気持ちは、どんなものだろう。それは、推し測るしか出来ないが、どうやら、現れた幽霊の少女は、セピアの思うような少女のようだった。
実体として落ちはしないが、はらはらと、その両目からは涙が落ち、両の手は硬く握り合わされ、首は嫌々をするように横に振られ、立ち上がった少女は、現れたのと同じ壁に吸込まれて行く。
「ごめんね、少し話を聞きたいんだ」
慈海が鳴らす鈴の音に、首を横に振り抗いつつも、少女は近くに寄って来る。
哀しみに囚われた、霊ではあるが、彼女に深い思考が残っては居ないようだった。慈海の目の前まで引き寄せられ、逃げられないと判断したのか、少女の形相が変わる。その青白い手を、鈴の音を鳴らす慈海へと伸ばした。
マミが淡い桜色に光り、まずは盾を作り出す。続いて士気を高めようとしている間に‥。
「駄目か!」
「っ!」
その手が触れれば、気力はごっそりと奪われる。兵兵衛の神に祝福された金色に輝くナックルが、少女へと吸込まれる。魔力を帯びたそのナックルの攻撃は、しっかりと少女に入る。そして、カイの退魔の錫杖も、少女を薙いで。
歴戦の冒険者の攻撃である。敵意を剥き出しにした少女の霊は、無に還されたのだった。無理に留めなければ、あるいは、洞窟内で何か示してくれたかもしれない。
言い様の無い空気が流れる。そこに、ルンルンが、満面の笑顔で運び込んでいた長い棒をくるりと動かそうとして‥‥。
「えへへ、冒険者の基本10フィート棒です。これさえあれば、罠がしかけられていたってへっちゃらですよ!」
勢い余って、その棒はがつんと、思い切り壁に当たり、ぱっきりと二つに割れた。少し短くなったけど大丈夫と、笑うルンルン。少女と話せないなら、話せないで、良い。最初の目的の洞窟探査をみんなで頑張りましょうと、にっこりと笑えば、仲間達もつられるように笑みを浮かべた。
ルンルンを先頭に、細い洞窟を幾つもの灯が照らす。高さは、そう無さそうだが、天井から何か仕掛けが降ってくる場合もある。慈海の連れて来た一反妖怪の典羽や、マミの精霊芹菜、睦月。カイのユエは、先の戦闘で洞窟から出て行ってしまい、姿は無い。一日ほどしたら戻るだろう。
洞窟の中を、共に歩くのは、少女の臭いを辿るカイのセイと、兵兵衛の忍犬呑兵衛、ルンルンの忍犬Hi-ビスカスだ。
「それにしても、狭いですね」
マミは、ルンルンのすぐ後をついて歩く。何かあれば真っ先に盾となろうと気を張り詰める。カイのセイが、臭いの無い場所では踏みとどまるせいか、今の所、罠らしい罠に出会っては居ない。
「長く人が入っていないなら、人工的な罠は老朽化などで残っていなさそうなものですが‥」
何所か飄々と、兵兵衛が呟く。僅かに屈めた背が油断無く、洞窟内を見渡した。橙の灯りが、熱を伴って頬にあたる。黒く塗ってある、足元を引っ掛けるための糸とか、罠自体は、中々老朽化しないものだと、くすりと笑い、どこかで聞いた迷路の奥義を口にする。
「まあ、迷路というのは右壁を伝って行けば必ず出口へ辿り着ける、らしいですよ?」
そんなに長い時間歩いてはいないが、闇の中、灯りのみで進めば、まるで何日もこうして歩いているかのような錯覚に陥る。突然敵が現れないとも限らない。十分に注意を払い、少しずつ迷路を進む。
「灯が揺れるって事は、風が吹き込んでいるって事よね?」
洞窟の入り口から吹いている風なのか、それとも、この迷宮の奥から吹いてくる風なのか。セピアは揺れる炎をじっと見るが、洞窟内で方向を変える風の吹き込み口はわからない。歩く道は、慈海と共に、確実に記載して行く。埃らしい埃も見えないのは、洞窟だからだろう。僅かな湿度が、埃を立てないのかもしれない。
「ひょっとして、伝説の埋蔵金があったり、古代の王様のお墓だったりするかも」
一角獣には、この迷路は必要ないし、作れない。まっすぐに伸びる道や、直角に曲がる道。人工的に作られたと見るべきだろう、この迷路は、密かに冒険心を刺激する。わくわくと言う気持ちを声に乗せたルンルンの言葉に、カイが頷く。
「ダンジョンアタックは冒険者のロマンだよね」
「セイくんのおかげかな〜」
足元は、ほぼ全員が注意している。しかし、臭いを辿るカイの忍犬の道案内もあって、おかしな突起物も、へこみも見つかって居ない。順調に、迷路を歩いていた。足音も変化は無く、素材や色、水滴の染み出る壁なども、見当たらない。
「あれ?」
「どうしました?」
ルンルンが、妙な壁を見つけて、疑問を口にすれば、マミが覗き込む。
セイが、先へ進もうとした先は、壁だった。その壁には、へこみがあった。仲間達が、灯りをかざし、交互にそのへこみを触り、調べる。
そのへこみは、一部の冒険者には見覚えがあった。わからなくても、そのへこみを依頼主に報告すれば、容易に答えの出るへこみでもあった。
「これって‥」
セピアが呟けば、ルンルン、カイが頷いた。
夜光杯。
岩を削り、へこませた、杯の形をしたそのへこみに、ぴったりと合う杯を嵌め込めば、何かが起きるかもしれない。いいや。きっと、何かが起きる。
迷路全てを見て回っては居ないが、とりあえず、迷路は隠された場所へと続くのか、何かが現れるのか、罠なのか。
「幽霊さんの思い‥この先にあるかもしれませんね」
離れられなかった理由。ここに現れた理由。その一部なりとも、わかれば、成仏出来たかもしれませんと、ルンルンはこっそりと思う。
「とりあえず、そう広く無さそうですし、全部調べてから報告に戻りましょう」
手掛かりを得て、冒険者達は、洞窟内部をくまなく調査する。
足元が緩い場所の下には、人がはまり込んだら出られ無いような深い穴が幾つも空いていた。その穴の近くからは、僅かに風が吹き上がっていて、よく注意していた冒険者達は、誰もひっかかる事は無かった。
その他には、迂闊に手をつけば、壁そのものが回転し、迷路の作りを変えてしまうような仕掛けもあった。単純な仕掛けばかりだが、注意していなければ、普通の人は大変な事になっただろう。
───けれども。
もう、還ってしまったが、霊体であった少女が、何故ここに姿を現していたのか。
記憶を飛ばした少女の痛みを呼び起こすのか否か。呼び起こすなら、その後はどう落ち着いてもらえるのか。
洞窟の奥には、何があるのか。
考えなくてはならない事が、多く残った。だが、その先へと続く手掛かりは得たのだった。