乙女の迷宮<後編>
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■シリーズシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:6人
サポート参加人数:4人
冒険期間:03月21日〜03月26日
リプレイ公開日:2008年03月31日
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●オープニング
冒険者からもたらされた情報に、村の代表は、あの杯ですかと、村にもひとつ分配されていた夜光杯を持ってきた。暗い場所で淡く、七色の蛍のように輝く、不思議な杯だ。
少女の幽霊が出たと聞いて、村の代表は首を竦めたが、その少女の特徴を聞いて、眉を顰めた。
「そいつぁ‥」
心当たりがあるのかと聞けば、村の代表は、随分と昔の話ですがと、前振りし、行方不明になった少女が居る事を、ぽつりぽつりと語り出す。
彼の祖母の時代、やはり、一角獣と心を通わせた少女が居たという。その少女は、明るく、少し茶目っ気のある、誰からも好かれる少女だったという。けれども、ある日突然、少女は姿を消した。
何所に姿を消したのか、散々探し回ったが、消息は不明だった。どの旅人も、そんな少女の話は語らなかったし、猟師達も、森で迷った少女が居るという話を聞いた事も無い様で、そのまま、少女は忘れられていったのだという。
「その先も、調査してもらえますか?」
村の代表は、夜光杯を冒険者ギルドへと預けた。
一角獣の記憶を無くした少女は、村にやって来た冒険者達に、心をざわめかせていた。
何があったか、覚えていない?
そう問われれば、不安と恐怖が押し寄せる。忘れてしまいたかったのは、怖かった事では無いのだろうか。だったら、怖い事は思い出したく無い。
けれども、怖い思いと同じくらい、ふわりと心を触るのは、酷く切ない、優しい思い。
どうしよう。
どうしよう。
少女は、手を硬く握り合わせる。
明るい日の光りの下で働いていても、何所か不安定な心が騒ぐ。夜は疲れていてもぐっすりと眠れない。何かのはずみで、飛び起きれば、涙が頬を濡らしていた。
忘れたかった記憶では無いのかと、思う反面、思い出したい記憶なのではないかという気持ちも確かにある。
血まみれだった自分。
その血は自分の血では無かった。
何も心配する事は無いと、両親は抱き寄せてくれるけれど‥。
一角獣白偲は、人の足で二日ほど離れた山を仮の住まいと決めた。あの洞窟のような場所はまだ見つからないが、心地良い森ではある。けれども、いつも思うのは、長く棲み、場を築いた懐かしい山と森と滝。
ふと、悲鳴のような声を耳にする。
聞こえたのか、それとも、心に届いたのか。
───愛していたのに。
その声は、覚えのある声。
まさか。
白偲は、棲み慣れた場所の方角を振り返る。別れを告げた少女を、忘れた事など一度も無い。何か、またあの森であったのだろうか。白偲は、しばし逡巡する。
そして、ゆっくりと、立ち去った森へと足を向け。
洞窟の奥には、広い空間があった。
鍾乳洞になっている、その空間を進んでいけば、地下水が溜まる場所がある。
地下水は、水路となって、速い流れで何処かへと続いていた。真っ暗なその流れが何所まで続くのかわからない。
水路の脇には。反射する光源があれば、見事な水晶の洞窟を見る事が出来るだろう。
そして、そこには‥。
●リプレイ本文
その少女は、小さな少女だった。まだ大人の女性というには程遠い。ふと下を向くその顔に、カイ・ローン(ea3054)は、出来るだけ優しく話しかける。少女の両親も一緒だ。両親の背に隠れるようにしている少女の名前は真奈と言った。
「確かに彼女は辛い思いから記憶を封じてしまったみたいですが、あの事件は最終的には誰もが無事ですんでいます。ならば一度は心を繋ぎ合わせたという尊い思い出を忘れたままにするのはどうでしょうか?」
「忘れたままなら、そのままの方が良い‥と、わたしらは思っているんですが‥」
両親に話しつつも、少女へとカイは目を配る。惑い、揺らぐ目線は、中々、カイを見ようとしない。両親も、戸惑っているようだ。人の記憶は薄れやすい。ならば、ずっと忘れてしまった方が良いと。けれども、最近の真奈の様子も両親は心配していた。
ふいに夜中に起きて泣いている。
ふと気がつけば、あらぬ方向をぼうっと眺めている。
それは、良い事とは言えない。
カイは頷く。脳裏によぎるのは、何所か飄々とした、気性の荒い孤高の生き物。一角獣白偲。
忘れたいほどの衝撃とは、忘れたくない記憶も共にあるのでは無いかと、思うのだ。
「いつか記憶が戻ってしまった場合、ちゃんと思いを乗せた言葉もなく別れたと知った時の方が辛いかもしれませんし」
「カイさんは、私に何があったのか‥全部‥知っているの?」
カイは、頷いた。全部とはいえないが、ほとんど全て。聞きたい事は知っているから。メイ・ホンが補助をと申し出たが、この村まで日数がかかっており、残念ながら、彼女の魔法はあてにする事が出来ない。真奈の記憶は、揺れている。一角獣白偲の事、風精龍と月精龍揺籃の戦いの事を、カイは真奈に話し出す。時折、眉根を寄せながら、真奈は、その話しに聞き入っているように見えた。真奈を庇って大怪我をしたくだりで、真奈の目から、大粒の涙が溢れる。
全部思い出しては居ないようだが、一角獣白偲の記憶は、真奈の中に、不意に滑り込んだようだ。カイは、それを確認すると、ごめんねと言った。辛い思いを思い出させて。でも、忘れたままは、きっと‥良くないからと。
一角獣白偲は無事だった。今は、もう森には居ないけれど。確かに無事で生きているのだからと。
真奈が、頷くのを見て、カイはほっと胸を撫で下ろした。人の心に触るのは、酷く難しいから。銀色の羽根持つユエが、カイの回りをふわりと回る。
「探索後、またお邪魔しますわ」
艶やかな笑みを浮かべたディアーナ・ユーリウス(ec0234)が、泣き止まない真奈の手に、幼いハスキー犬のチェーザレを預けた。探索が済むまで、預かって下さらないかしらと言えば、小さな命の鼓動とふわふわの柔らかさに、真奈はこくりと頷き、頬が緩む。それを見て、ディアーナも微笑む。優しい娘だ。心の傷が癒えれば良いのにと、そう、願った。足元には、ボーダーコリーのルクレティウスが探査の手伝いにと共に歩く。
雪溶けが始まっている洞窟近辺。春は近いとはいえ、まだ底冷えがする。
冷たい大地を踏みしめながら、冒険者達は乙女の滝へと辿り着く。
洞窟内へと移動するのも、空飛ぶ箒やらで、そう苦もなく辿り着き。
水の流れる音、落ちる音が響き渡る、洞窟の中、設楽兵兵衛(ec1064)は、前にこの洞窟で会った少女の幽霊を思い返す。何とか、少女と話しをしようと仲間達全てが納得した案だった。誰のせいでもない。だが、少女を引き止めるという行動は、少女の意思を曲げるという事でもあり。
(「未練たらたらのまま強制成仏させた感じになってしまいましたが‥‥」)
引き止められるのを良しとしない少女の幽霊は、引き止める元凶‥‥冒険者達に牙を向く。そうなれば、身を守るために、どうしても戦闘になり。卓抜した力を振るう冒険者に、少女の幽霊が叶うはずも無く、還ってしまったのだ。仕方の無い事だった。けれども、何か話を聞きたいと、全ての仲間が思っていたのだ。少女が幽霊になり、現し世に留まるなど、ただ事では無いからだ。
「前回の作戦の詰めが甘かった‥せめて彼女が幽霊となった無念を晴らすというぐらいはしないと」
カイが洞窟の殿を歩きつつ、呟く。何か手助けをしたいという一念。それは、自分の心内が納得するだけかもしれないと、そう思う。けれども。ゆらりとたいまつの灯が揺れる。
「そですね。せめて、何をしていたのかを知って遺体があるなら弔ってあげたいもの」
前回、行き止まりまでは、特に何事も無く進める。 ルンルン・フレール(eb5885)は先頭に立ち進む。やはり、気になるのは少女の幽霊。一角獣の棲みかであった滝の裏側にある洞窟。その洞窟の奥の迷宮。冒険者だからこそ、さしたる苦労も無く進めてはいるが、普通の人ならば、冒険者達が簡単と思うこの迷宮でも、散々な目に会う。下手をすれば生きては戻れない。
そうして、問題の壁の前にやって来る。
壁には杯を嵌め込む穴が開いている。ルンルンが、罠の有無を入念に調べる。何らかの魔法がかかっているのか、そうで無いのかはわからなかったが、仕掛けらしきものはこちら側には無さそうだ。
「罠とかも調べました、じゃあ開けちゃいま〜す」
夜光杯。村からも借りて来ているが、それを手にしている仲間も居る。冒険者達の手にする灯りであまりよく見えないが、確かに、淡く発行しているかに見える。その杯を、嵌め込めば、振動が伝わってくる。嵌め込んだ壁が、音を立てて、下がって行く。当然、夜光杯も。
「面白い仕掛けですね」
ただの細工鍵では無い。かといって、その魔法の解析をするには難しそうだと、兵兵衛が、僅かな猫背をさらに丸くして沈む壁を覗き込む。
この迷宮と言い、誰が作ったのか。興味は尽きない。
壁が下がって行けば、冒険者達の耳に、水の流れる音が聞こえて来る。入ってきた滝の音では無く、とうとうと流れ行く水の音だ。
「迷宮ねぇ‥」
大人がやっと入れるかどうかの幅しかない洞窟だ。アイーダ・ノースフィールド(ea6264)の長弓梓弓は、残念ながら構える事が難しい。それでも、警戒は怠らず、やってきたが、この先はどうやら大きな幅があるようだ。冒険者となれば、モンスター退治に陰謀蠢く複雑な依頼。それはそれでやりがいのある依頼だが、真っ暗な洞窟を灯りを頼りに一歩ずつ進むのは、胸が高鳴る。たまにはこういう冒険をする為だけの依頼も浪漫があって良いものだと思う。もちろん、何があるという確証の無い依頼だ。何も無いという事実を得るだけの事に終わらないとも限らない事も、十分承知。
「あれ‥何か光りが見えませんか?」
「本当ね」
まずは最初にルンルンが、奥の洞窟に入って行く。その後に、マミ・キスリング(ea7468)が、可愛らしい妖精の睦月と芹菜をまとわりつかせて歩を進める。
洞窟の奥はかなり広そうだ。
ルンルンが、提灯を上下左右に回してみれば、鍾乳洞が現れる。大きな丸い空間を有する鍾乳洞だ。大人が十人程度は楽に動けるだろう。天井も高い。壁からまっすぐ前には、黒々とした川が横切っている。地下水脈だ。幅一間ほどもあるその川は、鍾乳洞の端から突然現れ、反対の端へ吸込まれるように流れている。流されれば、何所に流されるか、息が続くのかもわからないようなそんな流れだった。
ほんの僅か、顔を見せている川は、とても澄んでいた。
その光りに、マミは、ほぅと息を吐く。
「あれって‥」
「水晶だ」
カイは、その水晶の結晶に目を細めた。紫水晶。
奥行きはそうも無いだろう。水路の向こうに見えるのは、二畳分ほどの広さ、高さは大人の背丈ほど。半円を描いたその岩には、紫水晶がびっしりとあった。巨大な卵を割った内側のような、その場所すべてに結晶が。
たいまつや提灯の光りを浴びて、きらきらと光るその場所に、冒険者達は息を飲む。
「とても‥見事ね。見事だけど‥」
これは、財宝だ。アイーダは唇を引き結ぶ。
財は、幸せだけを呼ぶとは限らない。欲に魂を売り渡した物騒な者達は、いったい何所からどう聞き込んだのかと言うくらい、こちらが何もしゃべらなくても、この場所を見つけてしまうだろう。そうなれば、麓の村もただでは済まない。報告書を上げ、鉱山のように運営してもらうか、いっその事埋めてしまった方が、村としては安心だろう。同じ危惧を抱くのは、兵兵衛。
「ええ、見事ゆえに、揉め事になりそうです」
「揉め事の種にはしたく無いな」
カイも、そう考えた。いっその事、買い取ってしまおうかとも。けれども、この山の所有者が、否と言えば、買い取る事も出来ない。
冒険者達は、その美しさの裏に潜む危険をすぐさま嗅ぎわけていく。
「これは‥」
マミが、右奥に固めて置いてある封をした大き目の壷を見つける。結構な数だ。
「みなさんっ!」
水路を渡り、紫水晶をよく見ようとしていたルンルンが大声を上げる。
踏み込んだ紫水晶の中の奥には、白骨化した遺体があった。その遺体は、花柄の着物を着て‥女の子のようだ。
「まさか‥」
「鎮魂の祈りを。異国の少女に届くかわかりませんけれど」
手を組み、目を閉じると、ディアーナは、少女に向かい、異国の言葉で祈りを捧げる。せめて、その魂が安らかでありますようにと、願いを込め。
詳細は、今となってはわからない。けれども、どうか安らかにと。そう願う。着ているものが同じだ。間違いなく、あの少女だろう。触れば、脆くも崩れ。砂となって水晶の中へと落ちて行く。ずいぶん長く、ここで留まっていたのだろう。記憶してもらえれば、もう形を保つつもりも無かったのかもしれない。
「今度こそ‥無念は晴らせたのだろうか」
「そう願いたいですねぇ」
カイの呟きに兵兵衛が頷く。
跡形も無く。遺体は水晶に沈む。
さてどうするかと、一端外に出る事にした冒険者達は、目を疑った。
洞窟を、じっと見ている真っ白な生き物が目に入ったからだ。
一角獣白偲だ。
そのねじれた白い角の頭が、警戒を解き、冒険者達に礼をするように、ゆらと下がった。
カイが真奈の状態を告げ、連れて来るからと村へと向かう。そんなカイを見て、ディアーナはそっと白偲に寄って行く。
「初めまして。ディアーナ・ユーリウスと言いますわ。あの、ですが、あなたは、どうなのでしょうか? お会いしたくなければ、会わないほうが良いとも思いますが?」
不安定になり、記憶が戻りつつあるのなら、会おう。会いたいと思うと、カイとディアーナに白偲は告げた。
カイが真奈を連れに場を外す。
ルンルンは、白偲に顔を覚えられていた。こんにちわと微笑めば、過日は世話になったと微笑まれ。
「あのですね、この洞窟、幽霊さんが出たんですよっ?」
『何‥』
少女の幽霊の姿を、ルンルンは克明に語る。森の惨状は変わってはいない。何所か懐かしげで寂しげだっただけの白偲の雰囲気が、辛いものに変わっていく。
何があるのだろう。
兵兵衛は、一角獣とこの洞窟に連なる戦いを連戦していた仲間達を伺う。思いは、前回も見聞きしている。その思いに水を差すつもりは無い。軽く頭をかく。僅かな猫背が配慮に揺れ、笑みをたたえつつ、僅かにその場から数歩下がる。
(「野暮と言うものです‥」)
森が元に戻るまでは、かなりの時間がかかる。それ以上に、あの水晶。アイーダは、もうここにユニコーンは戻る事が叶わないのだろうと、ひとり心のうちで呟く。安心して暮らすには、あまりにも色々ありすぎた森と洞窟だと。
「お会いになるのでしたら、お別れは真奈さんに辛いものでは無いようにされないと」
ディアーナの言葉に、沈んでいた白偲は、がっと表を上げた。僅かな怒りが滲む。前足が、苛立つように地をえぐった。
『心配から出た言葉として受け取ろう。しかし、辛くない別れなど無い。‥好んだ者の哀しみを越えてまで告げなければならない言葉は、相手に辛く無いはずが無い。未練を断ち切る為に告げる決別の言葉に甘いものを含ませてなんとする?』
未練は、好んだ者が持つのでは無いと、深く息を吐いた。自分の未練をも打ち切るためなのだからと、下を向く。すまない。八つ当たりだと、ディアーナに詫びる。怒気は下を向いたとたんに消えた。
(「本当に‥まったく違うユニコーンですわ」)
マミは、かつてキャメロットの森で出会ったユニコーンを思い出す。彼は、こうまで激しくは無かった。
「白偲殿は不器用ですのね」
お話しても? と問うマミに、さても、面白い話しなどは出来ないがと寄る事は嫌とは言わないので、側に寄る。
「それで、白偲さんは、その幽霊さんに心当たりがあるんですか?」
ルンルンが首を傾げれば、あると答えた。それは、洞窟を見て、想像しているのでは無いかとも逆に問われる。
白偲は、その少女はかつて別れを告げた少女だと頷いた。
何時しか、村に帰らなくなり、洞窟の中で過ごす事が多くなった少女。少女は白偲が自分の側を離れる事すら嫌がるようになる。それは、白偲を縛ったと。しかし、白偲の愛は恋では無く、願うのは少女の幸せだった。
しかし、少女の願いはひとつしか無かった。朽ち果てるまで一緒に。
別れを告げた少女の行方がわからなくなるとは思わなかったと、白偲は深く溜息を吐く。そうか、奥に眠っていたのかと、優しい瞳を洞窟に向けた。
真奈と白偲は互いの無事を喜びあう。良い別れになるだろう。
そして、白偲の願いは。
洞窟の徹底的な破壊を。
地下水脈に、水晶は壊れて流れる。そうすれば、たとえ掘り起こしてもそこには何も残らないはずだからと。
白偲の思いを冒険者達は叶えた。
世話になったな、揺籃の友よと、白偲は謝意を表し、乙女にしか触れないその頭をカイにそっとつけた。
「覚えててくれる事が、一番の救いだって思います」
ルンルンは、埋まる洞窟と白偲を見て、呟いた。少女は忘れられていた訳ではなかったのだ。それは、きっと、救いに違いないと思う。
洞窟は埋まった。
その上には、幾分か低くなった滝が、水飛沫を上げて落ちてくる。
深い淵の濁りが消える頃には、この森も本当の静けさを取り戻すだろう。
乙女の滝という名前と、僅かな伝説。そして、冒険者達の活躍を口伝が伝えて。
きっと、いつまでも忘れられる事無く‥‥。