●リプレイ本文
陰陽寮陰陽頭・安倍晴明から通された依頼。その内容を聞いた時、皆の心は一つになった。
「男の自業自得、ですわね」
痛む頭を押さえるレナーテ・シュルツ(eb3837)に、きっぱりと皆も頷く。
「金銭が払われる依頼で無ければ見捨てる所だ」
吐き捨てるアルバート・オズボーン(eb2284)に、神木秋緒(ea9150)も気持ちは分かると軽く同意。
「うん、まぁ。お金はさておき。私としても、男の為に何かしたいとは思わないわね。ただ、延々呪い続けていたら、じきに身も心も損なってしまう。その女性の為にどうにかしたいわ」
「ああ、男は最低の屑野郎で嫌いだが、そんな屑野郎の為に狂った女性が哀れだからな」
しかし。終わったら絶対何か男に置き土産をしてやる。我羅斑鮫(ea4266)は密かにそうも考えていた。
「女の敵を助けると考えると心中複雑よねぇ。でも、魔性が絡んでるかもとなると、些細な問題と思うしかないわ。確か、初歩の黒の神聖魔法じゃ少し物事を失敗させやすくするぐらいが関の山だったはず‥‥よね?」
セピア・オーレリィ(eb3797)は神聖騎士だが、習得しているのは神聖魔法・白。確認の為、神聖魔法・黒を学んだ僧侶のニキ・ラージャンヌ(ea1956)に問う。
「そうどす。というか、黒のカースは鍛錬積んでも行動を抑制するぐらいで、目が見えへんとかいう症状は出んはずやった思うんです」
「元は貴族の子女で今は落ちぶれたという彼女に、魔法や呪いを学ぶ余裕があるとも思えないし。独学だったらそう高度に使いこなせるはずはないでしょ。とすると‥‥やっぱり‥‥」
困惑しきりのニキ。さらに考えを深め、思い当たる要因にセピアは背筋を寒くする。
「ところで呪いに詳しい奴を探してみたが。どこで聞いても、安倍殿の名前が真っ先に出てくる。そうなのか?」
大いに首を捻るアルバートに、事情を知る者は目を逸らす。
名前を間違えると呪われるとか、黄泉人にされるとか、呪殺用名簿一覧に名を連ねて人知れず消されているとか。とにかくその手の噂が多い御仁である。
そもそも、人物紹介で実は狐じゃないかとさらりと言われてしまう辺り、極平凡な実力者だとは思えず。
「名前か。では、清明と呼ぶのは?」
「‥‥ご愁傷様です」
尋ねる斑鮫に、強く生きろと沈痛な面持ちで肩を叩く須美幸穂(eb2041)。
ま、噂は噂でどこまで本当かは分からない。晴明自身が否定もせずにむしろ面白がって広めている節があるので、余計に尾ひれがついて、もはや何が何やら。
が、そういう噂を差っ引いても、陰陽寮の最高位に立つ実力者であるのは確か。術の知識も相応にある。
「本当は文官に会った後で話を聞く予定だったが、向こうも忙しいし、文官の様子は知ってるから先に詳しく聞いておいた。やはり、現時点でも神聖魔法・黒の仕業とは考えられないらしい。だから魔性が絡むかもと言ったそうだが。ただ、民間に伝わるまじないなどまだ世に知られてないモノもあるかもしれないので、即断するのも危険だと言っていたな」
アルバートが告げる。
世に呪術と呼ばれるものは結構ある。ほとんどが気のせいとか、実は別の要因で結果を出しているだけとかそんなものだ。が、全てが嘘なのかどうかはさしもの陰陽師とて判断つかない。
「人形とか呪符を使ったりするのは俺も聞いた事はある。ああいうものだった場合、それを破壊していいのか‥‥。まぁ、多分大丈夫だろうって事だ。不安なら手を出さずに持って来たら対処してくれるという話だった」
同じく晴明から話を聞いた斑鮫も、聞いた話を告げる
恐ろしいのは作法よりもむしろ念。行う人間の方なのだと。
「愛しい想いが募る程、絶望はそれ以上に深く。‥‥されど、人を呪わば穴二つと申します。晴らされる気持ちなどほんの僅かな慰めにもならず、若い人生を怨嗟で彩るはあまりにも哀しい。彼女がこれ以上不幸にならぬよう、断ってみせましょう。更なる絶望の深みに招こうとする、闇を」
歌うように緋神一閥(ea9850)が告げる。
女の闇の深さ。それはいつでも夜より暗い。
何はともあれ、まずはその文官の症状を見てみようと、冒険者たちは赴く。
貴族らしい寝殿造りの立派な屋敷の、勢を凝らした部屋に通される。魔よけの札が一面に張られた部屋には焚かれる護摩の香り。その中で問題の文官は臥せっていた。
思ったよりかは丈夫そうにしていた。が、日に日に代わる容態はさすがに堪えている様で、顔色がやや悪かった。
「件の女性の屋敷の図面、女性と侍女の性格・特徴など、分かる事を出来るだけ教えて貰おうか」
湖心の術と疾走の術を駆使して、斑鮫が文官の背後に忍び寄る。いきなり声をかけるが、今日は耳の調子が悪いとかで、全くの無反応。肩を叩くとそこでようやく背後に気付き‥‥は、いいが。驚いて悲鳴を上げたものだから、屋敷の警備が駆けつけるという妙な一騒動が起きたりも。
「本当に聞こえては無いようだな」
これ幸いと検査と称して罵倒したりもしたが、やはり聞こえてない様子。昨日までは大丈夫だったというから、妙なもので。アルバートは深く唸り、文官を見つめる。
「呪いが始まったのは先月の十五日か。彼女と満月を見ようとしたら辺りが暗くなったので間違いないな。それからは日ごとに触っても感覚が無くなったり、今日みたいに聞こえなくなったり。病気かと思って僧侶に祈祷してもらったりしたけど良くならないし。思いあまって陰陽師に相談したらまさかねぇ‥‥。声? いや、そういう異変があったらもっと早くに祈祷してもらってたよ」
聞こえてないのだから問いかけも出来ない。なので、聞きたい事を纏めて紙に書き、口頭してもらう。
付き合った女性を書き出してもらい、その中で恨んでいた人はいないかと問えば、さらに書き出す人数は増えに増え。当の姫君がよくとも、もしかしたらその周囲がとか考えると容疑者もまたさらに増える。
しかし、その中で本当に実行に移しそうな者は、とまで尋ねるとこれはやはり限られてくる。
その中に、晴明が怪しいと告げた姫君の名もあった。
「よく言えば献身的。悪く言えば粘着質な女性で。仕える侍女もとにかく姫様命のお堅い性格だから、正直居心地悪かったなぁ」
文官からすればそういう事らしい。落ちぶれた姫に浪漫と同情を感じて通ってはいたが、今回の婚儀が無くても近々離れるつもりだったとか。女は男によく尽くしてくれたが、むしろ自分を繋ぎ止めたい一心で。最初はけなげと思えたが、積み重なればただ重荷だった。
媒介になりそうな品はと言えば、渡した物もたくさんあるし、通っていたのだから探せば髪ぐらい落としているはずと。
別れ話はこれと言って無く。というよりも通わなくなればそれで繋がりは切れる。これ以上はあの女性には関わりたくないようで、渋る文官を脅し宥めて幸穂は別れの文を書かせる。
「それでは私は他の心当りの方に事情を聞いて参ります」
名前一覧が書かれた経巻を眺め、それだけで疲れたと言わんばかりのレナーテを他の面々は同情しながら見送る。あの人数ではそう簡単に終わらないだろう。
その他、得た情報を元にして冒険者たちは行動に移る。
「それで文官さんやけど、一応私のペガサスを守護として残して行こう思います。ホーリーフイールドを一応張らしてもらいましたけど、そもそもこれ、呪詛には効果ありまへんし。他に何が起こるかも分かりまへんしなぁ。御迷惑やったら、無理にとは言いまへんけど‥‥」
庭先に、ニキのペガサス・カルキが姿を現す。
「おお! なんと見事な白馬。しかも翼が生えているとは珍しい。是非、譲ってくれ。お上に献上すれば出世も夢ではない!」
「‥‥坊主から物巻き上げて私腹肥やそうとは、ええ死に方しよりまへんでー」
物珍しい白馬に目を輝かせる文官に、聞こえぬと分かりながらもニキは苦言を告げずにいられなかった。
文官よりも、むしろカルキの方が己が誇りに関わると嫌がったが、そこを何とか宥めて警備についてもらう。
それからは、さらに各々で調査に入る。
「失礼します。どなたかおいででしょうか?」
その屋敷の構えは文官宅と変わらないが、規模としては案外女性宅の方が大きい。が、屋根は落ちて壁は崩れ、庭も荒れ放題。広い分だけ、物の怪でも済んでいそうな物騒な気配を醸し出す。
ややして女が出てくる。これが、女の世話をする侍女だろう。三十前という話だったが、相当苦労したかその倍は老けて見えた。
「実は、無頼の輩が近辺に出没するという情報がありまして。その見廻りとしてギルドの方から回らせてもらっております」
「それはご苦労様です。ですが、見た通りの家でございますれば、無頼の輩とて敬遠するでしょう」
抑揚の無い淡々とした口調は真面目そのもの。きっぱりとした物言いはかえって次の言葉をどうかけるべきか、悩んでしまう。
「しかし。万一という事もありますから。変な物音はしませんでしたか? 人影や不審な動きを見たとか‥‥」
「ございません」
どうにか幸穂が言葉を選ぶも、やはり即答。そうですか、としか言いようが無い。
戸締りは厳重にと、口先だけの言葉を告げて屋敷を後にする。その際は、お茶代を幸穂が渡そうとしたが、
「受け取れません。落ちぶれたとはいえ、御配慮は無用にございます」
やはりきっぱり断られ、そのまま屋敷を後にする。
「やれやれ。奥にあった気配は例の女なのだろうが、会わせろとも言い出せませんでしたね」
屋敷から十二分に離れて、ようやく一閥はほっと息を吐く。それで自分がいたく緊張していたのだと気付き、苦笑するしかなかった。
「我羅様がすでに侵入されているはずです。わたくしも夜には入り込みます。それで何か掴めるといいのですが」
「ええ。気をつけて下さい」
案じながら、一閥は屋敷の見張りへと向かった。
現在、京都の北では腹に土が詰められた死体が埋められるという事件が起きている。その被害者の多くが、丑三つ参りに参った女性。東ではその恨んでた相手が殺されている事件が起きているせいで、「北で呪えば誰かが祟り殺してくれる」と言った噂が密やかに流れ出している。
「‥‥そんな事になっているのか」
「京都見廻組の仕事だがな。事態はもうちょっと複雑で、しかも犯人の見当もまだというのが面目ないというか」
説明を聞いたアルバートは呆れ返り、秋緒は喋っている内に段々悲しくなってきた。すばっと解決するような事件でなく、見廻組も怠けてないのだが、それでもまだと告げねばならないのがいささか寂しい。
「女性の家から、北までは半日かかる。大変だが行けない事も無い。‥‥むしろその執念があれば怖いがな」
その神主にも話を聞いたが、よく分からないとの事。
「ここら辺の神社仏閣も回らせてもろたけど‥‥結構、やる人もいるんやね」
「といっても、たかが知れている量だが皆無でなかった。ここ最近の痕跡が妙に目立つな。それとこの女性が結びつけられるかは分からないが」
ニキとアルバートの報告に、秋緒は頭を痛める。まじないが逸るのは、人心が惑っている時でもある。
「あの家。元は結構高官の家柄だったみたいだけど、父親が宮中の権力争いに負けて一気に暗転。心労から両親もあっという間に他界。並み居る侍女女房も後は知らぬと金目の物を持って逃げ出し、残ったのは忠義者のあの侍女だけ。‥‥昔の栄華を覚えているなら、今の境遇はなおさらつらいでしょうね」
だからこそ男の優しさが嬉かったのだろうし、また人に去られ寂しく思うのも当然。そこに魔性がつけこむのはありうる話にも思えた。
現在、屋敷には人の出入りが殆ど無い為、魔性と接点があったのかまでは掴めなかったが、組んでない事を祈りつつ、セピアは黙って屋敷を見つめる。
昼夜を問わず、屋敷には誰かしらが見張りに着いた。だが、これといった動きは無い。
「静か、ですよね」
それが、事が起きていない証なのか。同じく一閥もただ不安とともに屋敷を見つめた。
人気の無い屋敷に忍び込むのは実に容易かった。
昼の内は、木遁の術で庭木に紛れていた斑鮫だが、夜ともなれば今度は湖心の術と疾走の術を使って、屋敷内へと入り込む。
天井が無かった為、上ると却って目立つかと床下に潜る。鼠が齧った穴だらけの板間は、多少見づらいが、中の様子を伺うには不都合なさそうだ。
(「須美も動いているはずだからな。向こうが何かを掴むかもしれん」)
幸穂はインビジブルで姿を隠しているのでさすがに今どこにいるのかは良く分からないが。
女性の居場所はすぐに知れた。開いた穴から明かりが漏れる。用心しながら部屋を覗けば、女性が一人いる。侍女の姿は無い。別室で休んでいるのは、すでに確認済みだ。
揺れる灯台の明かり。その傍で、昔は豪奢だった着物を着てただ座っている。いや、その手にあるのは、藁人形。無骨でいびつに歪んだその人形は、酷くこの家の様子に似合った。
「あの人が、他の女など見ませんように」
酷薄な笑みを浮かべながら、藁人形を握り締める姫君。その体からは黒い霞のようなものが一瞬立ち昇るのを斑鮫ははっきりと見て取った。
「他の容疑者は白ですね。もちろん聞き込んだだけの成果ですし、巧妙に隠れている可能性もあります‥‥が、現段階ではその女性が非常に怪しいと見るしかありません」
他の女性宅を回っていたレナーテ。姿勢正しくはっきりと報告するが、その顔は疲れた色が強い。
女性の様子を見た後、文官を見舞うと視力を失っていた。そうなった時間を聞くと、丁度斑鮫が目撃した時と一致する。
「と言うか‥‥。それって多分デビルの仕業に間違いないと思うわ」
顔色を青くしてセピアが告げる。
「少なくとも、カースは自分も同じ症状が出るか、贄を捧げて返しを防ぐ必要があります。そのどちらも痕跡はおへんのどしたんやろ?」
「ああ。埋めた後があればすぐに分かったはずだからな」
斑鮫が頷く。
「呪いの媒体は、藁人形に仕込んであるのでしょう。他にらしいものは見付かりませんでした。問題はこれからどうするかです」
幸穂が問うも皆の顔は暗い。
「乗り込んで藁人形を奪うんでどないです?」
「憑依されてるなら少し厄介ね。早く助けたいけど、対策を練った方がいいかも」
ニキが告げるも、セピアが難しく唸る。
幸穂が文官からの手紙を持っていくと、その返歌は捨てないでの一点張り。綺麗にして待っていたらと今回の報酬を渡した所、どうやらそれで男を迎える用意を整えたらしい。
「女性は男性を諦める気は無く、男性は縁を戻す気も無く」
「縁を戻したいなら命を取る気はまだ無い‥‥かしら。だったら、女性が気がかりだけど、一度体勢を立て直すべきかも」
思案の末に、秋緒が告げる。文官の苦しむ期間が延びるが、それはよかろう。