【人を呪わば】 恋着

■シリーズシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月28日〜01月02日

リプレイ公開日:2007年01月05日

●オープニング

 あの人が他の女を見ないよう その目を塞ごう
 惑わす声を聞かぬよう 耳を塞ごう
 触れる肌を愛しいとは思えぬように
 花の香に誘われる蝶にならぬように
 その口先に蜜を含まれても飲み込まぬよう 全てを塞いでしまおう
 そうして暗黒に深く落ち行き 苦しめばいい
 苦しんで 苦しんで いずれ私を思い出せばいい
 けれど まだ何が邪魔をするのか 誰が奪おうとするのか
 貴方は私の許には来ない
 いつまで苦しめばいいのか
 果ての無い絶望に苦しめられるのならば いっそ


 冒険者ギルドに使いが現れたのはずいぶんと急だった。急かされるままに、かの家へと赴き事情を聞かされる。
 通される邸内はどこか騒然としていた。
「実は‥‥あの女が奥に何かをしたらしい」
 そう告げたのは青褪めた顔をした文官だった。
 彼が体調を崩し陰陽師・安倍晴明に相談をしたのが先月初めの事。結果、それは病魔で無く、誰かの呪詛だと分かり、晴明経由で冒険者に依頼が出された。洛外に住む女性が怪しいと目され赴けば、やはりかの女性が呪詛らしき魔法を使う姿を目撃する。
 だが、その時は準備が足らぬと一時退き、体勢を整えてまたかかる予定ではあったのだが。
 五条の宮の再乱により、京の情勢が瞬く間に悪化。多くの手勢がそちらに裂かれ、細かな所まで手が回らぬようになっていた。
 晴明も御所より動く事はままならず。文官自身も療養中と休みを取っているにも関わらず、仕事を家にまで持ち込まれて動かねばならぬという事態に陥っていた。
 呪いは続くもとりあえず犯人は分かってる。実際、何日も文官の身に変調ある生活が続いている以外、これといって何の変化も無かった。ので、文官自身も油断していた。
「だが先日。奥がいきなり倒れたのだ」
 口元を震わせ、身を強張らせながら文官は語る。
 先日はまだ別居していた文官とその彼女だが、呪詛でまともに体を動かせない彼を哀れみ、彼女が挙式を早めたらしい。周囲の情勢を鑑みて質素な挙式を行って共に暮らすようになっていた。
 不自由ながらも甘い生活を送り‥‥否、不自由であるが故に色々手を尽くしてもらえる生活に結構満足していた彼だが、先日、いきなり奥方の悲鳴が屋敷に響いた。文官はじめ家の者が慌てて駆けつければ、そこには倒れた奥方がいるばかり。
「その日以来、ぴたりと私の不調は治まった。その代わり、今度は奥が寝込んだまま起き上がれなくなったのだ」
 自身が呪われた時でもどこか暢気にしていた彼が、今はただ悲壮さだけを表情に乗せ、唇を噛み締める。
「不思議な事に外傷は無く、一見どこも具合は悪くない。しかしまるで目を覚まさず、吐く息も虫の息。どんな薬湯も坊主どもの治癒魔法も効かず。いつ息を引き取ってもおかしくないような‥‥そんな有様なのだ」
 悪い考えを振り払うように、何度も首を振る。落ち着きがまるで無く、心の焦りが如実に出ていた。
「私の不調が治った事を合わせれば、あの女がやったのは間違いない。すぐにかの家に赴き、馬鹿な事はやめるよう告げようとしたのだが」
 警備の者と共に乗り込んだ屋敷にいたのは忠義の侍女ただ一人だった。女はどこにいったのか。厳しく詰問しても侍女はがんとして口を割らなかった。
「あいにく居場所は存じておりません。仮に知っていても、姫様のお心に背く事をわたくしがするとお思いか?」
 そう言って侍女は突っぱねるばかり。もっとも伝手を頼って魔法で記憶を探ったりもしてもらったが、本当に心当たりはないようだった。
 が、手がかりはもたらしてくれた。
「貴方様がお見えになりましたら、これをお渡しするよう言い付かっております」
 素っ気無くそう言って渡してくれたのは、季節柄花も葉も無かったが確かに桜の枝だった。
「実は通っている時に、桜の話をした事がある。私の別荘の傍にある山の頂には綺麗な山桜があってな。春になったら二人でそれを見に行こうと‥‥。おそらくは、そこに来いという事なのだろう」
 それも彼女と二人になるように。つまりは彼一人で。
「正直、彼女がここまでやる女とは思いもしなかった。元々は私の不義理な行いが始まり。詫びろというならそうするし、死ねというならもうそれもいいだろう。しかし、奥はどうなる。こんな私に嫁いだばかりに死にそうな目に合い‥‥理不尽ではないか!!」
 怒りと悔しさで拳を握り締め、肩を震わせる。
「私には彼女が何を考えてるのか分からない。のこのこ一人で行っても、それで奥への呪詛をやめるか‥‥本当に分からないのだ。だから頼む。あの女がこんな馬鹿な事をやめるよう、何とかしてもらえないだろうか」
 一歩退くと、地面に頭を擦り付けるように文官は土下座をする。
 呪詛をする姫君は術の素養を持たず。今回の裏にはデビルが絡んでいる気配がある。確かに文官一人で行かせるのは危険でしかなかった。

●今回の参加者

 ea1956 ニキ・ラージャンヌ(28歳・♂・僧侶・人間・インドゥーラ国)
 ea4266 我羅 斑鮫(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9850 緋神 一閥(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2284 アルバート・オズボーン(27歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb3837 レナーテ・シュルツ(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

「女癖の悪い文官殿か‥‥。まぁ、今は普段の気性はどうあれ、それどころでは無い御様子じゃの」
 巫女服姿に身を包み、文官の反応を窺ってみた西天聖(eb3402)。肝心の文官は女性に目移りどころか、青い顔で塞ぎ込んだまま。話しかければ答えるが、ほとんど口も聞かずにじっと顔を伏せて頭を抱え込んでいる。
 それも当然というべきか。何せ娶ったばかりの妻が原因不明で寝込んでしまっている。いや、原因不明は少し妙か。昔付き合いがあり、今も文官に想いを残す姫君により呪詛がかけられているのだ。
 先日までは文官自身が呪われ、体に支障を来たしていたのだが、その時の事を思えば今の落ち込みぶりは雲泥の差。やはり、奥方は大事らしい。
「姫の考えている事が分からぬ、か。火遊び好きでも女心を計り知る術には長けなかったようですね。己の身を張るだけの責任感があっただけでもよしとするべきか‥‥。今更の自己犠牲など、誰も救えはしませんが」
「まぁまぁ。確かに文官殿の方に責があるようですが、今は彼も行いを悔いておられる。今は文官殿の為、奥方の為、――何よりその姫君の為、この一件を解決いたしましょう」
 落ち込む文官に対しても、緋神一閥(ea9850)の言葉は厳しい。その間に神木祥風(eb1630)が入って、場を宥める。
「分かっています。ただ‥‥ですね」
 祥風に一つ頷き、彼に対しては詫びるように目を伏せる一閥。しかし、文官に向ける眼差しは重く冷たい。反省し悔いる文官の胸中は慮れど、自身の胸中からはやはり不快感を拭えずにいた。
「とはいえ、奥方にまで危害が及ぶ可能性を考えてなかったのは俺たちの落ち度だ。申し訳ない」
「いや。皆には良くしてもらった。謝るのはやはり此方だ」
 アルバート・オズボーン(eb2284)が謝罪を述べると、返って驚いて文官は慌てて否定を入れる。
「俺は、お前は傷付いても仕方ないと思っている」
 落ち着きなく話していた文官に、我羅斑鮫(ea4266)ははっきりと言ってのける。
「お前が泣かしたのはこの姫だけで無いんだ。――姫さんの悪戯も度が過ぎてきたし、今回は奥方を助けるのに全力を尽くすが、次はどうだろうな」
「分かった。しかし、奥はどうしても助けてやって欲しい。やはり、彼女が酷い目に合うのは筋が違う。罰なら私が受けるべきだ」
 きつい口調で告げると、青い顔をしたまま文官は強く頷く。
「ま、本人が苦しむだけなら自業自得でいいんだけどー。そこから逸脱するならきちんと止めないとね。‥‥ま、妙なのが関わっているのは分かっているんだから、どっちにせよ放っておく気は無かったけど」
 軽い口調のセピア・オーレリィ(eb3797)。しかし、語る声音は真剣そのもの。素早く周囲を見回すと、他の冒険者たちも強く頷く。
「そういう訳やし、気概が許さんかもしれんけど辛抱したってな。リキも手伝い頼んます」
 ニキ・ラージャンヌ(ea1956)が微笑しながら、自身のペガサス・カルキの首を軽く叩く。純白の鬣を揺らし、カルキは小さく鳴いて答える。その足元ではボーダーコリーのリキがきちんとお座りして元気に吼える。
 その様を見て静かに微笑むレナーテ・シュルツ(eb3837)。
「何とか、年を越さずに解決したいですね」
 しかし、その笑みをすぐに消して固い表情で表に目を向ける。
 世は歳の瀬。迫る新年に向けて、町の人はあちこち忙しく動き回っている。今年の事は今年の内に。
 不穏な事件もまた同じ。新年を晴れやかに迎えられるよう祈りにも似た思いを抱きながら、冒険者たちは行動を開始していた。

 伏せる奥方は、ひとまず安全な場所に。まず話を持ち込んできた陰陽寮陰陽頭・安倍晴明に話を通そうとしたが、さすがに仕事が忙しいらしく暇が取れない。その代わりに陰陽寮へと預かってもらう事になった。
 こうして奥方は一応安心とはなったが、むしろこれからの方が厳しい。
「そもそも文官さんの方から誘ったなら、呼び出された桜の場所にはある程度明るいのでしょう? 周辺の地形とか詳しく教えてもらおうかしら」
 セピアに促されて、文官は自身の知る限りでの情報を伝える。
 山はそんなに高くは無い。牛車も通れると言うから、道も悪く無いのだろう。危険な崖などもあるだけで無し、女の足でも十分に登っていける。もし迷っても、とにかく山を下れば麓の村に着けるだろうとの事。
「言い換えれば、どこからでも逃げられるって事よね」
 セピアが難しい顔で考え込む。敵の逃走を阻止するにしても、どう逃げるかも考えねばならないようだ。
 地形の情報を聞くと、まずは斑鮫が先行して偵察に出かける。その間もただ待つのではなく、文官の衣装を調える。
「体力なさそうだし、なるべく軽い物を見繕っておいた。皮鎧は服下に着ろ」
「軽く済ますんやったら、外套はこっちのがええんと違います?」
 アルバートが万一の為に防具を用意。皮鎧に白鳥羽織などを渡すと、ニキも封魔の外套を手渡す。
「‥‥やはり、彼女は私の命が目的だろうか」
 着慣れぬ防具を纏う自分を不安そうに見つめる文官。不恰好にも思えるその姿は、同時にそうせねばならない事実を否応無く思い知らせる。
「そうね。呼び出す以上は何か罠があるんでしょう。罠があるなら何か事を起こすつもりなんでしょうね」
 肩を竦めてセピアが告げる。その罠は姫の意思か、あるいは憑依している何かの仕業か。そこまでは分からないが、動きがあるのは予想の範囲内だ。
「デビルがどのように関与しておるかが問題じゃの。姫君の自宅に行ってみたが、不穏な物は見当たらなかったしのぉ」
 聖が少し顔を顰める。半分以上朽ちかけた屋敷は、それ自体が怪しいもののようにも見えた。もっとも、オーラエリベイションで感覚を高めていても、それ以上に不穏な物は確かに無かったし、応対に出た侍女もしっかりしたもの。共に行った祥風が、姫君にデビルが憑いているらしいと話した時はさすがに狼狽していたが、すぐに気を取り直していた。
「妖と手を組むなど恥ずべき事でしょうが、そうせねばいられぬ姫様のお気持ちもよく分かります。姫を救うというのであれば、このまま手出ししてくれますな」
 そう言って、侍女は頭を下げた。
 さすがにそれは叶えられぬし、侍女もあえて止めようとまではしなかった。それを思い出して祥風は小さく息を吐く。
 そうこうする内に、斑鮫が戻る。
「すでにお待ちかねだ。辺りにひとまず不審の影は無い」
「だが、すでにいるなら事前に場に結界を施すのは難しそうだな」
 ヘキサグラム・タリスマンを握り締めて弱ったように告げるアルバート。
 手早く報告を済ませる声は、緊張した場に静かに響いた。
「それも仕方ありません。まずは会いに参るとしましょう」
 従者風に装った祥風が声をかけると、さすがに文官は緊張で顔を青くしながらしり込みするように、それでも怖々と頷いた。

 祥風とアルバートを供に連れて文官は山を登る。他の者達は離れて様子を見る。
 山頂にはすぐに出た。辺り一面に桜の木。その間からは麓の景色が一望出来た。確かに春ならば美しい場所だったかもしれないが、今は雪の他は花も葉も無い。仰げば重い灰色の空。雪が降りそうなその下で彼女は一人立っていた。
「来て下さいましたのね」
 従者二人には目もくれず、ただ文官だけを見つめ、幸せそうに微笑む姫。
 その姿に一同は息を飲む。痩せた手足に細い体。一体いつからここに居たのか、肌にも唇にも色が無い。アンデッドの方がまだ生きている風に見える。ただ、落ち窪んだ眼差しにある文官への執着を見せる眼差しだけが普通の生者よりも力強かった。
「来るな!」
 慕い、近付こうとした姫を思わず強い口調で文官が制止する。そうしてしまった気持ちは冒険者には分かったが、姫君には分からなかったらしい。信じられない思いで絶句したまま固まっていた。
 さすがにまずいと思ったのだろう。文官は救いを求めて周囲を見渡す。が、何かを指示する気配は無く。どうしたものかと惑った後に、文官は意を決して表情を固めると、その場にいきなり土下座をした。
「すまぬ。そなたへの不実な行い、誠に反省している。これよりのそなたの面倒は叶う限りさせてもらうし、この命が欲しいというならそれも構わぬ。だから、奥に施した呪詛を解いてくれ。あれはお前なのだろう!?」
 苦渋の声を絞り出しながら、文官は姫に訴える。姫は表情を消し、黙ってそれを聞き、見つめていたが。
「そんな事を聞きたいんじゃないの」
 ぽつりと呟くと、静かに歩み寄る。文官は座り込んだまま、近付く姫を黙って見ていたが。
「危ない!!」
 文官の前で立ち止まった姫君がいきなり隠し持っていた刃物を抜く。片手で文官を捕まえ振り下ろそうとするそれに気付き、アルバートと祥風が文官を庇い前に出る。
「そこを‥‥!!」
 声を荒げようとした姫だが、その時には木遁の術で木に化け様子を見ていた斑鮫が素早く動いていた。
 湖心の術で密やかに、疾走の術で動きも高めて姫の身に迫ると急所を打つ。武芸の嗜みも無い体は簡単に息を詰まらせ、崩れ落ちた。
「大丈夫か文官殿。怪我は無いかの?」
 姿を現した聖が声をかけると、文官は慌てて首を縦に振るも目は倒れた姫を見たままだった。
「し、死んだのか?」
「まさか」
 何が起きたのか今一つ理解して無い文官はそう告げる。冷めた口調で否定した斑鮫だが、その実、少し困惑もしている。デビルが憑いているなら何かあるだろうと予測はしていたが、今の所反応は至って普通。倒れた姫も動かない。
 他の者もレジストデビルやオーラエリベイションなど戦闘準備に入りはするが、さてどうしたものか。刃物は取り上げ、次の手を考えようとした矢先に、デティクトアンデットで探りだした祥風が鋭く叫ぶ。
「気をつけて。不死の何かが彼女と共に居ます」
 同時、彼女が跳ね起きた。傍にいた斑鮫に目潰しの土を投げつけると、そのままへたり込んでいる文官に駆け寄ろうとする。
 が、文官に近付く手前で、見えない何かにぶつかる。どうにも越える事の出来ないそれを姫君は目を見開きあちこち叩く。
「すんまへんなぁ。ホーリーフィールドを張らしてもらいましたさかい、敵さんは通り抜けできまへん」
 軽く頭を下げながらも、ニキは表情険しく姫君を見つめる。
「そこを退いてちょうだい」
 静かに姫君が告げる。同時に黒い霞のようなモノがその身を包んだ。はっとして冒険者たちも身構えるが、特に何も変わらない。
「どうして、邪魔をするの。そこを退いて! いいえ、彼以外は誰もいらない! 殺しあって死んでしまいなさい!!」
 幾度も黒い霞が立つが結果は変化無し。その事に苛立ち、姫君の声が段々と荒くなる。
「もうおよしなさい」
 終いには甲高い悲鳴のような声で叫ぶ姫君に、一閥が静かに告げる。
「女にあらざる身の言の葉なれど。もし私が姫と同じ立場なら、心から愛した相手に魔に憑かれ復讐と怨嗟に乱れる姿など見せたくはないでしょう。相手の記憶と心に残る姿は、甘やかな時を過ごした姿であって欲しいと願います。
 それが例え綺麗事であっても、姫よ。人を愛する事は、自分の気持ちを押しつける事ではありません。
 どうか死して尚業火に苛まれぬよう――負けてはなりません。恋敵にではなく、男の身勝手でもなく、何より貴方自身の暗闇に」
 真正面から向き合い、慎重に語りかける一閥。真摯な訴えを姫君は、身を強張らせただ黙って聞いている。
「この男がしょうも無いのはさて置いて。恨む気持ちに振り回されて、自分自身の『好き』云う気持ちまで汚したら、辛いししんどいですやろ? 汚してると誰よりも分かってるんも自分。これ以上、御自分を貶めるのは止めておくれやす」
 動かぬ文官をちらりと見、ニキもまた言葉を紡ぐ。頭を下げると、恐れるように姫は身を退く。
「私‥‥わたくしは‥‥」
 震える声音も呟きにしかならず、視線は迷うように宙を彷徨う。その身がいきなり膝をつくとそのまま地面に倒れた。
 そして。その場所には女が立っていた。手にしているのは藁人形。倒れた姫君を冷たく見据えるや、ふわりと宙に浮かび上がる。
「使えない女。そんな弱さだから、男に捨てられるのよ!」
「デティクトアンデットの反応‥‥彼女です!」
 祥風が告げる間もなく相手は鼻で笑って空へと飛翔する。
「お待ちなさい!」
 レナーテが後を追おうとするが、空を飛ぶ相手の移動は速かった。しかし、そのさらに上。巨大な影が飛来する。
「何!!」
 もはや逃走を果たしたつもりでいた女が叫ぶと同時、ニキのペガサスが勢いのままにぶつかった。巨体に弾かれ、女は無様に地に落ちる。
「くそ!」
「ではないわね。憑依したままなら困っちゃったけど」
 すぐに体勢を取りなおし逃げようとした女だが、そこにセピアがシルバースピアを繰り出す。逃亡阻止に一人離れた場所で様子を伺っていた傍に落ちた為、行動は早かった。
 女が飛んで逃げようにも飛翔はペガサスの方が速い。そうする内に他の冒険者らも集まる。女もむざむざ殺られはしなかったが、多勢に無勢。勝敗はすぐについた。

 女は死体を残さず消滅した。その事からしてもただの物の怪でないのが分かる。
 後に残ったのは藁人形。やけに膨れた腹を探ってみると中から白い玉が出てきた。もしやと思って奥方に還せば、すんなりと玉は戻り、快癒に向かい出した。
「よく分からない。ただそれに祈れば、惑わす女を遠ざけられるし、あの人が帰ってくると‥‥そう思ったの。そうしてあの人を‥‥ずっと手に入れようと‥‥」
 どうやって手に入れたか。問い正しても、自失ぎみの姫君は曖昧に首を振り小さく呟くのみ。
「多分、あの女が忍び込んで盗って来たのね。奥方の命と姫君を貶める為に」
 元凶が消えた今、憶測でしかないが的外れではないだろう。不機嫌そうにセピアが告げる。
 回復を見せる奥方を連れて、喜んで文官は屋敷へと戻る。冒険者たちへ幾度も礼を述べて。
 だがその夜、改めて斑鮫が文官の枕元に忍び込む。
「うちは暗殺なども請け負ってる。過去の人達にきちんと筋を通し、闇の依頼が届かない事を祈るんだな。俺は何時でも光の届かぬ場所で見ているぞ」
 今回の件で懲りただろうが、性分は早々変わるのか。二度と繰り返さぬよう入念に脅し込む。
 捨てられた姫君は侍女の待つ元の屋敷に戻る。出来うる限りの援助は行うと文官は告げるも、真に望むものは得られず。それからどう立ち直るかは‥‥彼女次第だろう。