【鉄の御所】天台座主 〜延暦寺訪問〜
|
■シリーズシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 1 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月09日〜09月15日
リプレイ公開日:2007年09月18日
|
●オープニング
「比叡山に参る事になりましたので、護衛を何名かお借りしたいのです」
冒険者ギルドに姿を現したのは、陰陽寮陰陽頭・安倍晴明。鬼の腕の儀式や警備に絡んで、ギルドには最近ちょくちょく訪れるのだが、どうも今回は趣が違う。
うんざりというかげんなりというか。とにかく面倒が起きている様子。
「‥‥‥‥‥‥‥‥。まさか鉄の御所に、自ら殴りこみとか?」
「さすがにそれは無茶です。鉄の御所ではなく、延暦寺の方へ。天台座主・慈円様から何やら話があるとお呼びがかかったのです」
告げるや、ため息。どうやらかなり乗り気でないらしい。
「儀式の件もありますし、鬼の動きも危うい。何の話か伺っても、とにかく話は直接会ってからの一点張りで明らかにしない。そんな事に関わっている暇などありませんし、理由をつけて後にしてもらおうと思いましたが、あの慈円様がわざわざ名指しで、しかも内容をひた隠す至急の案件を抱えてるというのも少々気になります」
延暦寺はジャパンで最大級の宗教組織である天台宗の総本山である。
その住職は天台座主と呼ばれ、全国の諸末寺を束ねる重要人物だ。あの武田信玄に上洛を促すなど政治的にも非常に強い力を持っている。
その延暦寺と陰陽寮は特に親しい訳ではなく、個人的にも政治がらみで会う程度。話相手なら他にいるだろうに、それをわざわざ呼びつける理由が分からない。しかも内容を隠す辺り、どういう含みがあるのかさっぱり分からない。
果たして、今抱えている事態と比べて行く価値があるかどうか。実に怪しい。
だが、話が出来ぬのは重大な何かなのかとも考えられる。時期から考えて、もしや鉄の御所絡みかと勘ぐれば、無碍にするのもまた問題。
「何の御用かは分かりませんが、ひとまず会いに行く事にいたしました。しかしご存知の通り、最近鉄の御所も動き始め、多くの鬼・妖怪が集い警備を厚くしています。また、討伐の件もありますし、都の動きにも目を光らせている事でしょう。延暦寺は鉄の御所の隣ともいうべき場所。これで都から寺に赴く者があれば、理由は何であれ鬼が邪推して、何か仕掛けてくる可能性があります。道中は私一人でもどうにかなるでしょうが、慈円様との話し合いの最中は早々動けません。なので、この間の寺の警備をお願いしたいのです」
延暦寺には僧兵が多数存在して鉄の御所からの護りに努めているが、先の討伐による鬼の怒りは生半可なものでなく、緊迫した状態が続いている。この上、晴明の訪問に合わせてさらに警備を増やすのも難しいと思われる。
そして、それだけの警備が敷かれている以上、鬼の動きも実に慎重。都から人が来たというだけで動くかどうかは怪しい。取り越し苦労かもしれないが、この晴明も都の重要人物の一人。まして京都の冒険者ギルドと陰陽寮は浅からぬ関係にあるから、陰陽頭の警護となれば一も二も無いのである。
もっとも、そんな警戒を強いてまで聞くような話をしてくれるのかどうかが一番の問題だが。
「これで、いい歌が詠めたから感想を聞かせてくれとかだったら、いくら温厚な私でもさすがに怒りますよ」
いつもと変わらぬ冷静な態度ながら、言葉に少し険が宿っている。
どうでもいい話だったらとばっちりの憂さ晴らしに二〜三人呪われそうなので、そうならないよう係員は仏に祈るばかりである。
●リプレイ本文
水無月。突如として多数の鬼たちが都へ攻め込んできた。
彼らは昨日今日不意に現れた勢力ではない。比叡山の鉄の御所は鬼の棲家として知らぬ者なく、筆頭に立った酒呑童子は鬼たちの王として知られる。
そんな鉄の御所のすぐ近くに、延暦寺はあった。
京の鬼門を守って存在するその寺は、開祖・最澄が建てた草庵を始まりとし、百年ほど前から勢力を広げて、今や彼の教えを受け継ぐ僧侶たちが多数在住し、日夜厳しい修行に励む地となっている。
住職は天台座主と呼ばれ、政治的にも強い力を誇る。現在は僧侶・慈円が務めているが、都内での家柄もよく歌人としても名を馳せる。
その天台座主から陰陽寮陰陽頭たる安倍晴明に、内密な話があると召喚されたのは、さて如何なる事情があってか。
内容はけして明かさず、けれど再三の催促に焦燥を見出し、安倍晴明は延暦寺へと向かう。
とはいえ、同じ比叡山の鉄の御所では先月討伐が組まれて酒呑童子の腕が落とされたばかり。鬼たちの怒りはすぐ近くにある延暦寺にも向かい、山はどこか物々しい雰囲気に包まれている。
「今の所、不穏な動きは見当たらないが‥‥何とも嫌な雰囲気だな」
一行の先頭に立ち、うっそうと茂る木々にくまなく目を走らせる眞薙京一朗(eb2408)。一見普通の山に思えるが、鳥の声が聞こえない辺り、やはり何かが起こっている。
「にゅ〜。何か子供みたいな呼吸がちょろちょろと付きまとっているんだにゅ。気をつけないとね」
「なるべく刺激せずに境内に入りたいですね」
小坊主に扮装した凪風風小生(ea6358)がブレスセンサーで辺りを探る。初級では効果は短く、移動しながらとなればそうそう乱発も出来ない。なので、目や耳に頼る方が多かったが、それでも行き届かない場所に目を届かせ、先手を打つにはいい手段だ。
こんな山中に子供がうろつくはずは無い。寺の小坊主にしても様子が違うとなれば、やはり鬼の一派なのだろう。
襲ってくる気配はないと判断し、海上飛沫(ea6356)は続けて女中のふりを心がける。
移動中、鬼たちを刺激し変に目をつけられたりせぬよう、他の者も護衛というよりは晴明の従者としての格好に務め、武器なども目立たないよう隠し持ちさえしている。
それはそれで無防備な獲物として狙われそうな気もするが、ついてくる気配もそれ以上近寄らない辺り、ひとまずは様子見と言ったところ。
「延暦寺の兵力は侮れません。敵対姿勢をとったと言って、下手に絡むつもりも鬼たちには無いのでしょう」
「それがオーガの大集団の傍でも修行できる理由なのかな。でも、オーガたちの傍で修行しようとする事自体、驚きだけどね」
僧侶の扮装に、毛色でばれぬよう市女笠を目深に被り。表情までは分からないが、メイ・ラーン(ea6254)の声は素直に感歎している。
晴明の告げる通り。延暦寺は多数の僧兵を有している。だからこそ、鉄の御所の間近で修行に励み、今も鬼たちに蹂躪されずに睨み合えると云う訳だ。
「だからといって、こちらからの手出しは無用。安倍殿も何ぞ思うところあってもけしてお一人で動かれぬように」
「ええ、承知してますよ」
釘を刺す京一朗に、晴明はほのかに笑う。人の悪い笑みは果たしてどこまで理解してくれているか。
「それにしても、天台座主さまは一体何の御用なのでしょう。‥‥勿論無用な詮索をするつもりはありませんが、気にはなりますね」
荷を乗せた馬を引き、気を抜かずに周囲の警戒に当たりながらもやはり気になるものは気になる。一条院壬紗姫(eb2018)の囁きを聞き取って、晴明もその顔を曇らせる。
「本当に。つまらぬ事で呼びつけられるのは迷惑ですが、何か面倒が起きていても厄介ですね」
鬼騒動も収まらない今。雑事であっても手を裂くのは避けたいところだった。
「ところで、つまらぬ事をお尋ねしますが。安倍殿のお屋敷には何か仕掛けられているのでしょうか? 警備の様子を窺がいに行った所、皆様首を傾げておられましたので」
「そうですか。注意しておきましょう」
「‥‥答えになっておりませんが」
飛沫が告げるも、晴明は軽い仕草で頷くのみ。結局答えは聞けず、謎は謎のままだった。
寺につく頃には付きまとっていた気配も消える。代わりに現れたのは出迎えの僧侶たち。
「ようこそおいで下さりました。御連絡は承っております」
儀礼的なやりとりを交わした後、天台座主がいるという場所まで案内される。
広大な境内。異国情緒たっぷりの建築に、メイは感動して視線を巡らせている。しかし、そうして眺めているだけでも、警備に立っている僧兵たちの物々しさが浮かれてばかりもいられない事を嫌が応にも伝えてくる。
大きな衝突はまだ起こっていないが、不穏な動きはすでに寺の周囲で確認されている。その助けとして招かれている冒険者たちもいたりした。
「この先にて慈円さまはお待ちです。安倍さまだけお呼びするよう申し付かっております。申し訳ありませんが、他の方はここで」
「俺たちは警護の為に参上させてもらっている。ついては、ここの警備責任者の方と話をさせてもらえないだろうか。事ある際に連携して動けねば、邪魔になるだけだ」
「では、こちらへ」
京一朗が願い出ると、案内の僧侶たちは頷きまた先導にする。
慈円と会う晴明とも一旦別れを告げ、一同は寺の僧兵との打ち合わせに向かった。
大まかな打ち合わせを済ませると、さっそく警備の持ち場に向かう。壬紗姫、京一朗、メイの三名が周辺にて警戒を当たる事になる。
「この警備。敷地内に進入はまずありえないでしょうが‥‥。菊花、よろしくお願いしますね」
頭を撫でられ、柴犬は尻尾を振り一声力強く吼える。そんな姿を頼もしく思いながら、愛犬に境内の警備に任せ、壬紗姫は外周の警戒に当たる。
「ジャパンの歴史ある寺院か‥‥。なるほど、興味深い。依頼背景は詳しく分からないが、来てよかった。一見の価値有りだ」
「寺の配置の確認もいいが、あまり見とれすぎるな。あくまで警戒すべきは外だ」
「分かっているさ」
一応釘を刺す京一朗に、メイは笑顔で返す。彼らもまた周辺の様子を探りに向かう。
「しかし、何とも嫌な空気ですね」
高みから周囲を見ようと、木に登った壬紗姫。鉄の御所がある方角を見て、顔を曇らせる。
何事も無く穏やかな風景に見えるが、そこには確かに事の元凶が潜んでいるのだ。
延暦寺は広く、境内には幾つもの建物が並ぶ。
話し合いが行われている場所の傍には維新組の二人、風小生と飛沫がついていた。冒険者は元より無数の僧兵がうろつく境内を鬼たちが入り込んでくるとも思えないが、念には念を入れてで気を抜けない。
「お二人、場所を移します」
「にゅ?」
一体何が話し合われているのか、聞き耳を立てる程無粋ではない。とにかく今は無用な進入が無いかを警戒するのみ。
と、気を張ってすぐ。警備を始めてそんなに時間が経ってない内に声をかけられて、二人は少なからず驚く。
話し合いが終わったのかと思えば、そうでもなく。晴明の傍らには見るからに品の良い威厳を持った僧侶がついている。
慈円僧侶以外に考えられず、礼を取ろうと二人して動く。しかし、晴明も慈円もそんな二人に気をかけず、さっさと部屋を移動していく。
慈円も晴明も共に表情険しく。その上で、慈円はどこか不安げにしているし、晴明も何やら考え込んでいる。
「どうやら、つまらない話ではなかったようですね」
「困った話にならなければいいんだにゅ」
飛沫と風小生、密かに言葉を交わす。場所を移すということは、まだ何かあるのだろう。
推し量るにあまりいい話とは思えない。用が済む頃には果たして無事解決しているか。それを今は祈るしかない。
場を移した晴明たちは書庫やら宝物庫などに向かい、そこではかなり長い時間を過ごしていた。
慈円の話が何であったのか。都に戻ると冒険者らを呼び集めた晴明の口からも語られなかったが、変わらず難しい表情をしている辺り、厄介な話であった事は間違いない。
「では、私どもはこれにて。こちらでも調べてみますが、御期待に添えるかは確約できません」
「お手数をかけて済まぬが、よろしく頼む」
律儀に礼を取る晴明に対して、見送りに出た慈円は鷹揚と頷く。
何の話か気にはなるが尋ねる訳にもいかない。それで、晴明の促す通りに都への帰途へつこうとしたが、
「そこの木の陰にいるのは誰だい!」
不審な影を目にしてメイが誰何する。相手は名乗らず、ただ驚いて草木を揺らす。
「御免!!」
京一朗は小太刀を掴むと、その影へと踏み込む。邪魔な草木を薙ぎ払えば、姿を現したのは小鬼一匹。
「ゴブゴ!!」
姿を見られ、さらに動揺する小鬼。そこへ京一朗は刃を返すと、峰を叩き込む。
「ギャア!!」
大声上げて、小鬼が退散する。一目散に逃げる小鬼を追う事無く、されど油断無く身構え周囲を警戒する。
「襲撃ですか!?」
「いや。他に反応は無いにゅ。やって来てたのはあれ一匹だけにゅ」
アイスチャクラムを唱えて構えた飛沫だが風小生はあっさりと首を横に振る。
「様子見ですか? 陽動ではなく」
壬紗姫が確認するが、風小生は首を縦に振る。確かにそれ以上何かが動く気配は無い。
「小物の偵察程度は良くある事。あまり気にされるな」
突然の戦闘にも驚く事は無く、慈円はただ感謝の意を述べて手を合わせる。しかし、その顔はすぐに憂いを見せて小さく息を吐いた。
「いっそ彼らに直に聞けたらよいのだが‥‥」
「真偽が分からぬ以上、利用されてもつまらぬでしょう。ひとまずは現状のままで。こちらもそう動かせていただきます。何かあれば必ずお知らせします」
晴明が告げると、憂い顔のままで慈円は深く頷いていた。
帰りの道中も行きと同様。周囲を警戒しながら都までの道を辿る。行きはそれなりに砕けた態度だった晴明も、帰りは何か考え込み黙ったまま。
「‥‥聞いていいものとも思いませんが、やはり気になります。慈円さまのお話とは何だったのでしょう?」
歩きながらも迷う素振りを見せ。それでも気になる壬紗姫が思い切って問いかける。
晴明が風小生を見る。意を悟ってブレスセンサーで確認し、周囲に誰も不審者がいない事を告げる。
それでも念のために視線を周囲に向けた後、晴明は、深々と、実に面倒そうに息を吐いた。
「延暦寺の開祖・最澄さまが酒呑童子と会ったそうです」
「はぁ‥‥」
誰とも無しに、声を漏らす。ただそれは何とも答えようの無い曖昧な返事。鉄の御所が有名になったのは延暦寺が勢力を広げ出した頃と同じ百年ほど前。しかし、京が出来る以前からどうやら鬼は棲んでいたらしく、ならば最澄が山で修行している時分に出くわしていても別段不思議ではない。
「問題は、その出来事が天台座主のみが見る事の出来る秘巻にのみ記されていた事です。その秘巻、拝見させていただきましたが、内容自体もただ会ったと簡素に記されているだけでした。
問題は、それが何故公の目を逃れ天台座主のみが知れるようにのみ残されてきたのか。また、会ったという記述も一度でなく、頻繁でないにしろ、幾度か顔を会わせていたようです」
淡々と語っていた晴明が、ふと息を吐く。
「会ったと言ってもそこで何があったか分かりません。戦ったのかもしれないし、襲われたのかもしれない。けれど、それならば隠す必要は無いし、そう詳細を記す方が後の為にもなるでしょう。そうしなかったのは、何か両者の間に重大な秘密があるのかもしれないと慈円殿は危惧し、陰陽寮や御所に関する資料が残されていないかを調べてほしいとのお言葉でした」
「‥‥それ、話していいのですか?」
聞いてしまった後で不安になり、壬紗姫が尋ねる。と、晴明は軽く笑う。
「今、確実なのは最澄と酒呑童子が会ったと書かれた秘巻があったという事だけです。それ以上は憶測であり、慈円殿の考えすぎかもしれません。まぁ、宗派の開祖が鬼と関わりがあったかもとなるとそれだけで邪推する人もいるでしょうからあまり吹聴せぬようお願いします」
言って頭を下げる晴明を、何とも複雑な面持ちで見つめ、そして一同は一様に顔を見合わせていた。