【鉄の御所】天台座主 〜繋がりを求めて〜
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■シリーズシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 55 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月28日〜10月03日
リプレイ公開日:2007年10月07日
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●オープニング
古くから比叡山・鉄の御所に住まい、多くの人に畏怖されてきた酒呑童子を調伏する。
その儀式を行う予定であったが、上賀茂神社に保管されていた鬼の腕が奪い返され儀式は中止となった。
奪われた腕を再び奪い返そうとする動き。鬼の腕無しでも酒呑童子を調伏せんと儀式の強化を考え。
様々な新しい動きが見られだしたが、それは別に人だけに限った訳ではない。
鬼たちは王の腕を取り戻した。しかし、いかな鬼であっても切り取られた腕を再びくっつけるのは簡単ではなかったようだ。
癒しの技を持たぬ鬼たちが、不完全な王を癒す為に取った行動は実に単純。自分たちに出来ぬならできる者を連れてくればいい。
すなわち、僧侶を御前に連れて来ようと各地で鬼たちが動き出す。
そして、陰陽寮では。珍しい客を前に、陰陽寮陰陽頭・安倍晴明がさらに珍しく難渋な顔を作っていた。
「行おうとする儀式に対しての報復の意味もあるのでしょう。クローニングを使えそうな僧侶を手当たり次第といった感じで鬼たちが狙っています」
見た目で魔法を使えるかどうかは分からない。なので、やはり単純に名の知れた高僧が目を付けられやすい。比叡山は勿論洛内にも多数の寺院がある。加えて儀式の生贄として呼び集められた僧侶はそのまま都に留まっており、結果、鬼の跳梁に都の警備は翻弄される。
「頼まれていた一件。戻って以来、目に付く史書を片端から紐解いてみましたが、裏付けるような話は一切見付かりませんでした。もっとも、お山の大事がこちらでのみ語り継がれるというのはそう無いと思われ、故にこの結果は予測の内でしょう」
淡々とした晴明の説明に、相手も然りと頷く。落胆の色は無い。その上で、続きを催促するように期待した目で見られ、晴明は渋々と口を開く。
「開祖の話となれば、数百年も前の事。文献以外に事実を確認する術は極めて限られますが‥‥もしかするとその頃を知っているかもしれない者を存じております」
勿論、それは人ではない。語らずともその推察はつくだろうに、客の表情から期待は消えない。
よって、晴明は頭を抱える。
「知っているかもしれない、です。勿論知らぬ可能性もありますし、そも素直に教えてくれるかも分かりません。襲われる可能性すらあります。これから会いには行きますが、不穏な昨今道中で何が起こるか分からず。そんな危険を冒して赴いても何の成果無く戻る可能性も高いのです。
――ですから、ここはおとなしく比叡山にて私の報告をお待ち願えませんか?」
晴明の嘆願に、相手は二つ頷く。‥‥が、了承した訳でなく、単なる相槌であるのは分かっていた。
「のぅ、安倍殿」
しっかりと吟味した後で、厳かに客――天台座主・慈円は口を開く。普段見かけるような豪奢な物ではなく、そこらの旅の僧侶が来ていそうな質素な法衣を纏っている。そうしていると、単なる一僧侶に見えもするが、立ち居振る舞いがどうしても只者でない。
「安倍殿にお見せした通り。天台座主にのみに伝わる秘巻には開祖・最澄さまとあの酒呑童子が接触したとする行が幾つか見受けられた。もし両者に何か関係があるならばそれは我が宗派だけでなく、都にとっても重大になるかも知れぬと思い、陰陽頭であるそなたを呼び寄せ、禁を破って秘巻を見せた次第」
晴明は重々しく頷く。
いかな理由があれ、部外者に秘巻を見せるのはかなりの決断だった筈。書かれていた内容は本当に簡素で何の事情かも分からなかったが、それを為してくれた慈円への感謝はし尽くせない。
「真偽不明とはいえ、そのような大事をそなたは人任せに出来ようか? まして真相がわかるやもという話。例え益体も無い結果になろうとも、そうであると己が目や耳で確かめねば心休まらず。また、そもが我が寺の話であるならば、私が赴くのは道理であり先方への礼儀でしょう」
「‥‥分かるかも、と言う話です。それに礼節などあの相手には通じませんよ」
強く訴える慈円に、晴明は隠しもせず大仰に息を吐く。
「いいですか? 何度も告げますが、今鬼たちは僧侶に狙いを定めています。時には単に禿頭でそれっぽいというだけで襲われたりしているのです。慈円殿は比叡山には勿論、この都においても大事な方。そのような方にもしもの事があれば、一大事ではすみません」
「比叡山には立派な僧が幾人も育っておる。何かあっても彼らは立派にやってくれよう。都とて同じ。我が言葉だけが全てではあるまい」
神妙に告げた慈円だが。ふと目を落すと、何かを言いたそうに迷い。やがて、重そうに口を開いた。
「実は、最近になって私に御仏が頻繁にお告げを下さるようになられた。『人々に慈悲を与え、悪と対抗せよ』と。しかし、悪とは一体何の事か。果たして酒呑童子とみなしてよいのか。では私にかの者を調伏せよと御仏は告げられているのか‥‥。その答えを出す為にも、私はこの真相を知らねばならぬと思うのだよ」
苦悩に満ちた口調で、慈円は告げる。どうあっても考えを変えぬ老僧に、晴明は黙って天を仰ぐ。
そして、冒険者ギルドに晴明は足を運ぶ。
「老僧と共に、和泉の国まである者を訪ねに参る事になりました。つきましては警備の方をお雇いしたい」
高僧・慈円の警護。幸い鬼たちに動きは気付かれてないが、もし慈円が単独で寺を離れたと知れるとそれこそ人喰鬼ぐらいが大挙して攫いに来てもおかしくは無い。そして、奪われたり命を落とす事があれば、都どころか日本中がかなりの打撃を受けるのは間違いない。
「陰陽頭と天台座主。二人揃えば危険無い気がするが‥‥」
ギルドの係員の疑問に、晴明は首を横に振る。
「確かに追い払うのは簡単でしょう。しかし、鬼は力に対して力で対抗してこようとします。それが駄目なら数で。そうして大仰になっていけば、何れ慈円殿の存在に気付かれ大変な事態になりかねません」
一人ならばやり過ごす事もできようが、慈円と共ならばそれも上手くいくか。天台座主が山を長く開けているのも問題で、手早く行って帰る必要もある。
「それに‥‥話を聞きに行く相手は、鬼よりも厄介ですからね。万一の時に慈円様を守る者はどうしても必要です。隠れ棲んでいるとはいえ妖狐としての存在に変わりないのですから」
晴明が口端だけで笑う。不穏な笑みにそれ以上は何も聞かず、係員は黙って手続きを整えた。
●リプレイ本文
都を騒がす大敵・酒呑童子。彼を中心に無数の鬼たちが棲まう鉄の御所には昔から剛の者が討伐目指して乗り込み、幾人も返り討ちにあってきた。
先だっても、新撰組を中心に多数の武者が乗り込み、戦果は得たものの犠牲もまた多数出した。
そんな酒呑童子と比叡山の開祖・最澄とは何やら関係があったらしい。果たしてどんな繋がりか。今の天台座主である慈円は気が気で無い。
手がかり求めて、人ならざる者に話を聞きに行こうとする陰陽頭・安倍晴明に同行すると半ば強引に連れ立つ。
しかし、酒呑童子の腕を取り返した鬼たちは、次の行動に速やかに移っていた。
「鬼たちは腕を繋げられる者を探しているにゅ。僧侶がよく狙われるなら、僧侶の格好をしていたらダメにゅ」
「ですので、お坊さんに見えない格好をしてもらうのがいいと思うんだよね。自分の国の民族衣装だけど、身に着けてもらえないかな‥‥?」
「目的に至るまでに、小事に構ってもいられますまい。当方に出来うるならば喜んで協力させてもらいましょう」
凪風風小生(ea6358)やメイ・ラーン(ea6254)が頼むと、慈円は快く頭を下げる。
初めての洋装をメイと共に四苦八苦して着付け、顔でばれぬよう笠も被って素性を隠す。
「‥‥。何だか変に悪目立ちしそうな気もしますが?」
「普通の格好でも品格で目立つ人だし、それならいっそ別の意味で目立ってもらったら天台座主とは気付かれにくいと思ったんだけど」
首を傾げる晴明に、メイが説明を入れる。
都ではそれなりに外国人も多く洋装を見るが、離れるにつれてやはり和装中心になり洋装は目立つ。イスパニアの衣装に笠の組み合わせはあまり見なくてさらに目立つ。
確かに僧侶にはあまり見えない。が、注目を集め、何かの拍子で正体に気付かれやすくなる可能性が高くなるのも否めない。
「遠目からでも姿を垣間見、顔を知る鬼が居ても不思議ではないからな。笠を取ってもらうのは少々困るが‥‥。そういえば、延暦寺から慈円殿が消えたと奴らに知られればそれこそ大事‥‥誰ぞ身代わりとして置けぬだろうか」
「堂に篭り経を唱え続ける事もある。留守にする事は伝えてきた故、周りも便宜を図ってくれていよう。心配には及ばぬ」
思案げに告げる眞薙京一朗(eb2408)に、慈円は軽く笑って告げた。不安など何も無く、寺の僧たちを信頼しているのが見て分かる。
「姿は隠すとしても、後はお名前ですね。名でばれる可能性もありますので、偽名で呼ばせていただく必要があるでしょう」
海上飛沫(ea6356)にメイも頷く。
「そうだね。慈円様だからエンジーと呼ぼうと思う。後、なるべく神聖魔法は使わないで欲しいな」
「確かに、負傷は手持ちの薬で賄える。治癒術を使えるなぞ、攫ってくれと言ってるようなものだ」
鬼たちは酒呑童子の斬られた腕を直す為に僧侶を探している。ひとまずクローニングが腕の接合は可能だが、そもその魔法を覚えてる僧侶をどうやって探すかだ。
いや、それ以前にどの魔法を使うべきなのかすら、鬼たちが把握しているのか。とにかくそれっぽい僧侶が手当たり次第に対象にされている所を見ると、あまり考えてはいないだろう。
だからと言って、わざわざ対象と教える必要も無い。
「ですから。ここは山でお待ちになっていただいたらよろしいのに」
メイや京一朗の言葉には素直に頷く慈円だが、晴明の待っていろという言葉だけはどうしても了承しない。
そして、一向は和泉の国に向けて旅立つ。
道中は特に隠れもせずに、堂々と街道を行く。
「山中や脇道の方が鬼と遭遇する機も増えよう。それに、開かれた場所の方が見通しよく、知らず接近される事も少なかろう」
「可能な限り遭遇戦は避けねばなりません。‥‥ですので、急く気持ちは分かりますが、もう少し足並みを揃えるようお願いします」
気持ちが急くのか、自然早足になる慈円を一条院壬紗姫(eb2018)が窘める。
老人とはいえ、荒行で鍛えてきたその身は十分に健脚。晴明にしても早く行って帰りたい所なので、特に何も言わない。
日々鍛える冒険者たちに不足はないが、周囲を警戒して目を動かしていては歩く速度も若干落ちる。
京一朗が慈円を隠すようにつき、他の者も固まって護衛につくが、そこから油断すると慈円が前に出る形になる。それは非常にまずい。
「すまぬ。年寄りはどうもせっかちでいかんな」
慈円もすぐには謝ってくれるが、やがてはやはり歩調を速めてしまう。心情を思えば仕方が無いかもしれない。
和泉の国までは片道でおよそ半日ほど。急げば一日で行って帰っても来れるが、会う相手次第ではすんなりと帰って来れないかもしれない。
それでも、慈円の足に迷いは無く。何度かそうした事を繰り返しながら道中を進む。
そして、山道に差し掛かった辺りから、壬紗姫が表情を曇らせる。
「街道脇。物陰に隠れてずっと着いて来る影がありますね」
威嚇しそうな愛犬・菊花を宥めながら、壬紗姫は目だけでそちらを示す。
「魔法光でばれたかにゅ? 子供ぐらいの何かが二体潜んでいるにゅ。この山の中で、子供が隠れん坊しながら追ってくる理由があれば、全然平気にゅ」
ブレスセンサーで状況確認。軽い口調で告げる風小生だがやや緊張している。
「鬼か‥‥。子供程度の大きさならひとまず大物ではなさそうだな。今は来る気配は無いようだが‥‥どうする?」
それとなく太刀・鬼神大王に手を添える京一朗。こちらから仕掛ける真似はしないが、攻めて来るなら迎撃せねばならない。
「増援を呼ばれても面倒です。雑魚ならばここで」
「待って下さい。向こうにその気がないなら下手に動かず、どこかで隠れてやり過ごしましょう」
霞刀を抜きかけた壬紗姫に気付き、飛沫が慌てて制する。
「エンジー様、こちらに」
気付かないフリで街道を進み、巨木で視界が塞がれた隙にその影へと回りこむ。茂った草むらに滑り込み身を隠すと、ひとまずはじっと息を潜める。
「ゴブゴブ!?」
急に消えた一行に驚き、街道に躍り出てきたのは小鬼二匹。そのまま周囲を見渡しているが、皆を発見できない。
しばらく言い争っていたが、やがて二匹して肩を落とし、元来た道を走り去っていく。
「うん、呼吸は消えたにゅ。もう大丈夫にゅ」
それからもしばらく様子を見。もういいだろうという頃に、風小生がやはり周囲を確認。安全を確かめる。
「いるのが慈円さまと勘付かれたでしょうか?」
「いえ、そんな感じでは無かったですね。単にからかいに来たとか別用でしょうが‥‥目はつけられたかもしれません」
不安そうに小鬼が消えた方を見る飛沫の隣、晴明も険しい視線を向けている。
「先を急ぎましょう。戻って来ないとも限りません」
先を促す壬紗姫。ぐずぐずしている暇も意味も無い。
「そうですね。彼女の縄張りに入れば、多少の鬼ならば手を出してきません」
あっさりと告げて歩きだす晴明に、意気揚々とついていく慈円。だが、それはすなわち多少の鬼など問題にならぬ何かが潜むという事。それを思うと冒険者たちは喜んで先に進むという気にもあまりなれなかった。
和泉の国、篠田の森。うっそうと茂る木々の中に、何を祀るか社が一つ。少なくともこの辺りまでは人は来るのだろうが、そこから先はその気配さえも無い闇が広がっている。
「そういえば、お会いになる妖狐さんはどんな方なのでしょう? 秘巻の真相、果たして分かるのでしょうか」
「母の知り合いでただの古狐ですよ。ですが、無駄に年食ってる分だけ知識はありましょう。‥‥でしょう? クズノハ」
首を傾げる壬紗姫に笑って答えたかと思うと、晴明が凛とした目線を周囲に向ける。
途端。晴明を中心に影が爆発する。
「敵襲!?」
としか思えぬ状況に、一同は瞬時に慈円を中心として固まる。交渉は晴明に任せる為、少し後方に控えていた。それが幸いし、被害は無いが‥‥。
「落ち着いて下さい。ただの悪戯です。‥‥で、なければこちらも本気で相手にせねばなりませんよ」
身構える冒険者らを抑え、笑みを浮かべて語る晴明。ただし、目は笑っておらず、冷ややかな視線を木陰に向ける。
「童子か、久しいな。母恋しさにわざわざ訪ねて来たか」
視線の先、木陰の闇より女が一人進み出てくる。黒く長い髪を風になびかせ、貴族然としたその女性は同じく冷ややかな視線で晴明を睨む。
「童子ではなく晴明です。母を訪ねるなら、きちんと本人を探します。貴女への用向きは先に式神が知らせたはずですが、それも忘れる程耄碌しましたか?」
「ほほほ。青臭いガキの遊戯をいちいち真に受けるほど暇と思いか。遊んで暮らす小僧と違い、こちらは忙しいでな」
軽やかな口調で談笑する二人。‥‥に傍目からは見える。その実、気配は妙に攻撃的で、目は隙を伺い見たまま。
「‥‥ジャパン語詳しくないんだけど、聞いてて寒いのは自分だけ?」
「にゅ〜」
警戒は解かず。されど、何となく笑みを作りながら問うメイに、風小生も困ったように呻く。
「いやまぁ。知己らしいし、積もる話もあるのだろうし、邪魔をする気は無かったが‥‥。できれば本題を進めて欲しい」
何かどうにもなりそうにない。敢えて京一朗が口を挟み、慈円も大きく同意している。
「クズノハさんもそう突っかからず。遅れましたが、こちらに手土産を用意してますので受け取っていただけますか?」
「つまらないものですけど、よろしければどうぞ」
飛沫と壬紗姫が進み出て油揚げを手渡す。
「殊勝よなぁ。久々に会うというに、手ぶらで厚顔を晒すどこぞの誰かとは大違い」
「年寄りの好みは分かりませんので。うっかり喜ばれてはしゃぐあまりに心の臓を止められても困りますから」
そして、軽やかな笑い声。暗い森に響く明るい声は、しかし、陰湿に反響している。
「あの!!」
「聞きたいのは比叡山の酒呑童子についてか」
たまりかねて声を荒げた矢先。クズノハが笑みを消し、真顔で晴明を見つめる。相手の態度が変わったのを察して晴明も笑みを消して頷き、冒険者たちも緊張してクズノハに注目する。
「ええ。延暦寺開祖・最澄と酒呑童子が接触した事があるようなのですが、それについて何か御存知では?」
「知るも何も。今の酒呑童子はそもそもその最澄とやらの稚児よ。鬼の性が発現したのを見つけた先代の酒呑童子‥‥いや、タケとかいう鬼が自身の後継者として育てるべく、今でいう鉄の御所へと身柄を移させたようだがな」
さらりと告げられた言葉に、一同、唖然と口を開く。
「お、お、お待ちを! では、酒呑童子は元々我が一門の出と仰るか!!」
慌てふためく慈円を制し、晴明は静かにクズノハを見つめる。
「その話、信用できましょうね?」
「確かに、当時はまだいたいけな小狐の頃ではあったが、坊主が鬼に変わるのかとずいぶん驚いたのでよう覚えている。実際は人が変じたのでなく、鬼であったのが人に紛れていただけとかどうとか。何ならリシーブメモリーなり何なり好きに魔法をかけてみるがいい。話は変わらぬ」
威圧するように睨む晴明を、鼻で笑う。しばし真っ向から睨み合っていたが、やがて諦めたように晴明は息を吐き、クズノハも満足して微笑む。
「鬼とはいえ愛弟子には違いない。たまには会っていたのではないか? ただ、当時から鬼との接触は人の嫌う所だったからな。公には言い出せず、隠れた記録だけが残ったとまぁそんな所だろう」
クズノハは話を続けるが、慈円はすでに聞いていない。大敵が自分の一門と聞いて大変な衝撃を受けている。
めっきりと老けた慈円にかける言葉無く。沈黙が森に流れる。
「私が答えられるのはこれぐらいだ。さあ、もう用が無いならさっさと帰るがいい」
「お待ちを。今の酒呑童子が二代目らしいとは聞いてますが、先代はタケというのですか?」
森の奥へ去ろうとするクズノハを晴明が呼び止める。問われたクズノハは不審げに眉を潜める。
「実の所良く分からぬ。先代も酒呑童子と呼んだが、古老でタケさまと呼んで敬っているモノもいた。その名にしても真実の名では無いらしいが、真相を知ろうにも古老はもはや亡く。そも鬼に興味などないし、今のかの地は危険すぎて入る気にもなれんので、それ以上は知らんな。
さあ、もういいだろう」
言って踵を返すクズノハを、今度は呼び止める事無く。礼を取る晴明に倣い、一同静かに頭を下げた。
帰りの道中だが。こちらはいささか大変だった。
行きにあった小鬼が、仲間を連れて探していたのだ。仲間の小鬼が幾ら増えようと何とかなったが、問題はこれ以上増援されぬよう止めを刺そうにも、慈円が邪魔して逃がしてしまう。
「酒呑童子が最澄さまの弟子であり、鬼と化しても何度かお会いしていたなら菩提心を持ち合わせているのやも知れぬ。ならば、鉄の御所の動きも何か故あってかもしれない」
「しかし‥‥!!」
京一朗の言葉を、慈円は必死で遮る。
ただ、狙いは僧侶だからではなく、何となく警備されて目立ついい獲物とちょっかいかけている程度。おかげで大物が来る気配は無かったのが救いだった。
どうにか付き纏う小鬼も振り払い、慈円を延暦寺まで送り届ける。すると、寺では高僧・大塔宮が鬼たちに攫われたと大騒ぎになっていた。
「私は、一体どうすればよいのだろう‥‥」
「それは慈円様がお導きになる事です。ただ、昔はどうあれ、今、都に仇名すならば私はそれを防ぐまで」
気弱に呟く慈円に、晴明はきっぱりと告げる。
行きと違い、めっきりと老け込んだ慈円を見送った後に、一同は都へと戻った。