【鉄の御所】天台座主 〜人鬼会談〜

■シリーズシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:11 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月06日〜12月14日

リプレイ公開日:2007年12月18日

●オープニング

 水無月。酒呑童子率いる鉄の御所の鬼たちが突如として都へと動いた。
 翌月、新撰組中心に鉄の御所へ討伐隊が繰り出される。そこで酒呑童子の腕が斬り落とされて以来、大きな衝突は無い。
 だからといって、全く動きが無い訳ではなく。都は鬼の腕を用いて酒呑童子を調伏しようとし、その腕を取り戻した鉄の御所は王を治癒せんと各地で僧侶を襲っている。

 そして、比叡山では天台座主・慈円が受け継がれた秘巻に、開祖・最澄と酒呑童子との繋がりを見る。真偽を確かめに奔走すれば、それがどうやら本当らしいとの事。それでも疑いを捨てきれず、ついには酒呑童子に直接問いただす事になった。
 

「それでは、よしなに」
「うむ。ご苦労であった。僧正坊殿にもよろしくお伝え願えよ」
 冬の空に、三つの影が飛び立つ。何れも異形の姿で白狼天狗に烏天狗がつき従う。
 僧正坊の指示の元、比叡山と鉄の御所との連絡役に現れたかの天狗たちは、今また鉄の御所からの返礼を持って現れ、そして帰っていく。
 受け取った鬼の文に目を通すと、さっそく慈円は高僧たちを呼び集める。
「会談の日にちが決まった」
 厳かに告げられた天台座主の言葉に、居並ぶ高僧たちは一様に身を堅くする。
「日時は向こうの言うように。場所は天狗の長・僧正坊殿の膝元、鞍馬山。腕の治療も致すという事で、感謝の言葉は伝えられておる」
 ただ、腕の治療はこちらとしても駆け引き材料であり、あっさり治す訳にもいかない。治す前になるべく情報を引き出そうというのが今のところの手である。
「多数では目立つという事で、互いに少人数でかの地に赴くことになる。詳しい場所は向こうに着けば、僧正坊殿の使いが案内してくれるそうだ」
 鞍馬には鞍馬寺があり、そこも天狗たちと縁深い。だが、今回はそれよりもさらに山奥にあるという。
 山奥といっても、道なき道をという程でもない。天狗の領域に人が遠慮して入らぬだけで、十分歩けるし、建物も人向けにきちんと手入れされた場所を用意したそうだ。
 滞在用にと用意された部屋は不慮に備えてか人と鬼で離れており、何やら温泉もそれぞれで用意してくれた様子。肝心の会談は、両者中間の広間にて行うとの事。
 身の回りの世話も天狗たちが手伝い、食事も用意してくれる。わざわざ精進料理にしてくれるのは、慈円に合わせてだ。
 妖怪と人では価値観が異なる。思ったよりも人を考えてくれた配慮に、高僧らは胸を撫で下ろしたが。
「さて。赴く面々だが‥‥。鉄の御所からは、酒呑童子殿は勿論。その供として茨木童子、星熊童子、さらにその配下の人喰鬼が四体つくそうだ」
 ざわりと、静かに聞き入っていた高僧たちがざわめく。
 七人といえば、確かに多いとは言いがたい。
 が、相手は鬼。しかも、酒呑童子の強さは言わずもがな。茨木童子も片腕とされる以上それなりの力を持っているのだろうし、星熊童子も新撰組との戦では敗れたと聞くが、酒呑童子の四天王であるなら並の鬼ではないはず。
 名も無い御付たちにしても、人喰鬼は小鬼とは比べ物にならぬ高位の鬼であり、その性は獰猛。名の通り、人の血肉を好む鬼だ。
 少数とはいえ、もし彼らが組んで暴れ出せば、こちらがその倍の数を連れたとしても歯が立たない。
「一応、会談中の殺生は僧正坊殿の名において固く禁じられる。人喰鬼とはいえ人を狩る事は許されぬ。もし破れば、誰が相手になろうと一切容赦はせぬとの事だ」
 鞍馬では烏天狗・白狼天狗三十体が会場の警備・監視につくとの事。僧正坊は奥に控えるようだが、動向は見守るそうだ。
 高位天狗が三十というのは頼もしく思えるが、彼らが鬼と手を組むなら計四十近い敵の中にのこのこと入り込む事になる。
「‥‥やはり危険すぎます。此度の話、おやめになった方がよろしいのでは?」
 心配を露に告げた僧に、厳しい面持ちのまま慈円は首を横に振る。
「いや、ここまで来て止めれば、鞍馬の天狗たちの不況も買う事になる。彼らは中立としていかな事態も動かずにいるが、だからといっていらぬ敵を作る必要もない」
 諭されて僧は押し黙る。今の世情を思えば、確かにその通りだ。
「しかし、交渉手段とはいえ酒呑童子の腕を治せば、都が黙っておらぬでしょう」
 確認と言うより、不安に近い声で高僧が告げた。
「腕を治すと言うたは、こちらから言い出した事だ。考えても致し方あるまい。幸い安倍殿は事態を黙ってくれているようだが、そろそろ神皇様のお耳にも入る頃だろう」
 それを言われるのはさすがに慈円にも耳が痛いようで。心配げに都の方角を眺める。
 余計な茶々が入らぬよう、都にも秘密で事を進めてきたが。その結果何が起こるか、それは知りようが無い。


 そして、鉄の御所。花咲き乱れるその地では、女の怒りが屋敷を揺るがす。
「鞍馬に同行せよとは、一体どういう御了見か!!」
 声を荒げるのは茨木童子。まさしく人外の美しさを持った美女であり、怒りに震えるその姿もけして自らの容貌を貶める事は無い。
 刃の如き睨みを入れるのは、この地の王である酒呑童子。こちらも角さえなければ人と変わらず、都人の如き気品さえ併せ持つ。
 殺気だった美女を前にしても、片腕となった手に酒盃を持ち、平然と傾けている。傍で酒の用意をしている小鬼の方が、震えて碌に動けずにいた。
「どうもこうもない。天台座主殿の話し合いに同行せよと申している」
「御免被ります。昔話に花を咲かせたいならば、月王殿を連れて行けばよろしいでしょう」
 不機嫌露にそっぽを向く茨木。その姿を見ながら酒呑童子は酒を煽る。
「あの方は客だ。供に命じてどうする」
「私のは御命令で?」
「そうだ」
 短いやり取り。両者、黙ったまま目が合う。静かに火花を散らす様に、小鬼たちは腰を抜かして逃げ出そうともがく。
 先に気を緩めたのは茨木の方。だからといって、納得した訳でない。
「御命令とあらば致し方ありませんね。では、私は仕方なくお供させていただきましょう」
 威圧的な物言いで、告げると不機嫌そのままに去っていく。その姿を黙って見送っていた酒呑だが、やがてふと笑む。
『星熊、いるな』
 名を呼ばれ、酒呑童子の前に一体の熊鬼が参上する。無言のまま礼を取る姿は、老いてなお衰えを見せず、並の熊鬼とは一線を画していた。
『念の為だ。お前も来てもらう。動けるな?』
『早い時期に、小鬼どもが良い薬を届けてくれましたので』
 新撰組襲撃に受けた手酷い傷も、今は見当たらない。鬼の言葉で短く告げると、礼を取って早々と仕度にかかる。
「比叡山か‥‥。さて、どうなる事か」
 腕を失くして数ヶ月。感慨深げにその傷跡を撫でると、酒呑童子は低く笑う。
 その胸中、いかなるものか。窺がい知る事は今は出来ない。

●今回の参加者

 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6254 メイ・ラーン(35歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea6356 海上 飛沫(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6358 凪風 風小生(21歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

 山の風は冷たく。山々にはまだ紅葉が見られたが、楽しむ余裕は無い。
 長閑に山道を歩きはしていても、胸中は暢気に構えられる状況でもなかった。
「いよいよ、会談でござるか。よくもここまで来たでござる」
 天城月夜(ea0321)は感慨深げに感じ入る。いつものように鷺宮月妃の偽名で通し、長い黒髪は頭上で一つに束ねている。お陰で首筋が少し寒い。
「こんな大事になるとは思わなかったなぁ」
 マキリ(eb5009)も呆れたような観念したような複雑な表情で行く手を見つめる。
 鞍馬の山の奥深くに天狗たちは住まう。彼らの中核を為す僧正坊の計らいで、比叡山・鉄の御所が主、酒呑童子との会談と相成った。
 会談を持ちかけたのはこちら側。その為に奔走し続けてきたのだが。いざ実現となっても、純粋に喜べないのもまた実情。本番はこれからでまだまだ気を抜いていられない。
 その証明とばかりに、天台座主・慈円の供で同行した僧兵二人は厳しい顔つきのまま、黙って辺りに視線を巡らせて護衛についている。
 酒呑童子側では、供として茨木童子に星熊童子が来ている。鞍馬の天狗たちが警備するが、彼らも完全な味方ではない。
 下手をすれば四面楚歌。ただ命を落すだけかもしれない場所へ赴くのだ。
「これも御仏の御意志。常日頃の行いを見届けて下さったのだろう」
 が、肝心の慈円はありがたい事だと手を合わせて純粋に喜んでいる。
「特に怪しい気配は無いにゅ。静かなもんにゅ」
 凪風風小生(ea6358)が時折ブレスセンサーで周囲を確認。怪しい追跡が無いかを調べる。
「鬼が動く様子はなくとも、そうなれば人が動き出す。山賊、追剥、人攫い‥‥。警戒する相手が変わるだけ。悪とは何か。容易に定義できぬものだな」
 この世は極楽浄土とは程遠く。故に、御仏の救いがありがたいのかもしれない。
 静かに仏に祈りながら進む慈円を見ていると、眞薙京一朗(eb2408)はそんな事を考える。当の慈円が何を思うているのか興味もあったが、今それを問答する暇は無い。
「約束の場所までもうすぐだね〜。みんなが幸せになれる方法を考えよ〜よ♪」
 動じてないのはもう一人。パラーリア・ゲラー(eb2257)は元気に手足を動かし、明るい声を上げている。何事も例外があるもので。普段の彼女を思えばこれは当然の態度。
 鞍馬の山は、延暦寺と同じく僧侶たちが修行に励む場。そのさらに奥まで踏み込めば、風小生が魔法を使わずとも、動くのは遠くで啼く鳥ぐらいと分かる。
 かろうじて整備されていた道は木の根が蔓延り足場悪く。それでも僧兵二人は勿論、老齢の慈円も遅れる事無く着いて来るのは驚きでもあった。
「誰か来るにゅ」
 ブレスセンサーも幾度目か。反応を感じて、風小生が声を上げる。
 同時、頭上から羽音と共に三体の影が一同の前に降り立つ。
「出迎え、ですか」
 とっさに慈円を庇っていた海上飛沫(ea6356)はほっと胸を撫で下ろす。
 姿を現したのは白狼天狗に烏天狗。慈円の姿を認めると、恭しく礼を取った。
「このような山奥までよくお越し下さいました。ここより先は、我らが先導仕ります」
「会談を言い出したのはそもこちらの事。御助力、まことに感謝しております」
 慈円が手を合わせると、僧兵たちも横で礼を取る。
「酒呑童子たちは?」
「すでに御到着され、皆様のお越しをお待ちしております。では、こちらへ」
 実直に答える天狗たちに、不審な所は無い。それでも冒険者たちは顔を見合わせる。
「さあて。こうなったらやるしかないね」
 メイ・ラーン(ea6254)が緊張から生唾を飲み込み。
 天狗たちに案内されて、一同は粛々と山の奥へと踏み込んでいった。

 案内されたのは、質素で小さめではあったが立派な建物だった。
 通された部屋も広く、十分に寛げる。すぐ近くにあの鬼たちがいると思えば素直に楽しむ事は難しいが、窮屈な思いはしなくてよさそうだ。
「それでは、こちら。確かに預からせていただきます」
「お願いします。一応の護衛として、非礼とは思いますが、会談中の防具の着用だけはさせていただきます」
 全員の武器を預かり、礼を取ると烏天狗に一条院壬紗姫(eb2018)は詫びを入れる。
「あの方々を怒らせたらそのような防具も紙切れ同然。むしろ、本当に武器を預かってよいのかとお聞きしたい」
「ああ。道中用心の為に帯刀したが、会談の場には無粋。よろしく頼む」
 心配そうに羽を震わせた烏天狗に、しかし、京一朗はきっぱりと言い切る。争う意志が無い事を端的に伝える為にも、剣を始めとする武器は持って入らぬと、事前に決めていた。
「分かりました。大事あらば、すぐに申し付け下さい」
 烏天狗は大きく頷くと、全員の武器を預かり、席を外した。
 天狗に預けた武器がどこに保管されるのか確かめもしない。いざとなればそのままで逃げる覚悟も出来ている。もっとも、そうならない様務めるのが最優先だが。
「会談を行う前に、皆に話しておきたい事があるんだ」
 部屋の周辺には天狗たちがうろつき、目を光らせている。警護とも監視ともいえる彼らに聞こえぬよう、やや声をおとしてメイが改まる。
「話というよりも、これは確認だけどね。‥‥自分たちは人間側の代表ではない事は忘れてはならない」
 真剣な眼差しに、何事かと慈円たちも注目する中、メイは声の調子を落としたまま、されどはっきりと告げる。
「勝手に鬼と人間との間に盟約を結ぶ様な真似は、京や神皇様を差し置いた越権行為になる。
 ただでさえ、大敵・酒呑童子の腕を治療しようとしている。裏切り者、と言われても反論できないよね。これ以上、延暦寺の立場を悪くするような事は避けた方がいい。
 それに、休戦などの提案をしても、京を説得できなければ実行は不可能。けれど、鬼や天狗たちにとってみれば人間が裏切ったという風にしか見えないよ。
 延暦寺と鉄の御所との約束としても、延暦寺の立場を考えると慎重に考えた方がいい。他の組織から見れば、彼らの不審を煽る密約に見えるかもしれないからね」
「例え見えぬとも、密約と仕立てる事はあるだろうの」
 黙って聞いていた慈円が、ほつりと言葉を漏らす。話していたメイすら驚いて顔を向けたのを、ただ笑って受け止める。
「こう見えても、私は多くの僧侶・僧兵を纏め、宮中にも顔を出す身ぞ。権謀術数、人の考えが様々なのはようく分かっておる。この件も都には秘密にしてきたが、そろそろ知れる頃」
 老僧の顔つきが険しくなる。人良さそうに見えても、やはり勇壮果敢な延暦寺の僧兵たちを束ねるだけの事はある。
「だがまぁ、心配はいらぬ。いかな事態になろうとも覚悟は出来ておる。今はただ真実を明らかにするのみ。
 そなたらにもいろいろと配慮いただき、ありがたく思う」
「いいえ、こちらこそ。つまらない事を言ったかな」
 頭を下げる慈円に、メイは慌てる。
「あの、慈円さま。私からもよろしいでしょうか?」
 場の空気が緩みかけたところへ、壬紗姫が前に進み出る。
「もし此度の会談で、鬼側から一連の騒動に対して人との歩み寄りを見せてくれるようなら、慈円様個人でなく延暦寺からとして正式に都へ報告し、和解策を模索する為、各組織同士の会談が出来るように計らって頂く事はできないでしょうか?」
 尋ねる壬紗姫に、慈円は大きく頷いた。
「真、騒動が治まるなら何とかしてみせよう。‥‥もっとも、彼らの意思がどうあるか、だが」
 慈円の視線が彼方へと向かう。その先には、酒呑童子たちが案内された部屋がある。
 ここからでは到底見る事も、今何をしているのかすら伺う事は出来ない。

「こちらでございます」
 会談用に用意された部屋は、彼らの部屋と酒呑童子が通されたとする部屋の丁度中間辺り。
 中へと通されると、広々とした空間の彼方に、先客はいた。
 鬼の王・酒呑童子。その脇には茨木童子、星熊童子が控え、後ろには人喰鬼たちが畏まっている。
 鬼の王といえど、その外見は人と変わらない。頭上の角さえなければ、都の貴人もかくやという程。茨木にしてみてもそれは同じで、遠目から見れば熊鬼を頭とする鬼の集団に捕らわれた恋人か夫婦か。助け出せと命じられれば、間違えて行くだろう。
 もっとも、それはあくまで外見の話。内面は全くもって鬼そのもの。
 酒呑は静かに座しているが、その存在感は間違いなく他の鬼たちを圧し。茨木に至っては殺気を孕んだ視線で睨みつけてきている。
「失礼しますにゅ」
 言って、ブレスセンサーを唱える風小生。魔法光を認めて、鬼側が気色ばむ。
「無礼な。何をしたか分かったものじゃありませんわ」
「申し訳ないにゅ。オイラも護衛の仕事だから、安全確認に魔法を使わせて欲しいにゅ」
 頭を下げる風小生だが、茨木の態度は厳しいまま。
「信用できぬのなら、来なければいいものを」
「茨木。――すまない。気にしないでくれ」 
 吐き捨てる茨木を酒呑が窘めた。案内役を促すと、天狗は鬼たちと相対するように、延暦寺の一行を席につけた。
 この場に至っても、間に入ってくれた僧正坊の姿は見えなかった。その代わりの見届け役として白狼天狗が座している。
「本日は、こちらの用件にお付き合いいただき、まことにありがとうございます」
「こちらこそ。天台座主自らに腕を治していただけるとは望外の喜び。御配慮痛み入る」
 見届け役から簡単な紹介があった後、慈円と酒呑童子が世辞を述べる。
「酒呑童子殿はお酒を嗜まれると聞き、つまらない物ですが、天護酒をご用意させていただきました。後ほど、よろしければ一席御一緒させていただきたく存じ上げます」
「あたしも、こちら宝酒・稲荷神を。それでこっちの魅酒・ロマンスは茨木さんに。これは、異国のお酒でね、口当たりが良くて飲みやすいんだって。それに恋愛の神様の祝福を受けてて、飲んだ人は目の前の異性が魅力的に見えちゃうんだって」
「ほう、それは面白い」
 壬紗姫とパラーリアの差し出した酒に興味を示す酒呑。茨木は侮蔑した目で僧侶たちを見つめると、
「くだらない。そのような雑事、どうでもよいでしょう。こちらの用件は唯一つ。さっさと酒呑さまの腕を治していただきましょうか」
「したが、その前に。少しお話をさせていただけませぬか?」
 挑んでくる目は脅迫に近い。戦場で幾多もの死線を潜りぬけた冒険者たちでも身が竦む思いがするのに、飄々と慈円は受け止める。
「お話がある事は伺っている。何なりと」
「では。‥‥先日、我が宗派天台座主のみに伝えられる秘巻を拝読した所、開祖・最澄とそちら酒呑殿が幾度か会っていたような記述を見つけ申した。それ以上詳しくは分からず、直接このようにお聞きする場を設けた次第。――一体我が開祖とどのような関係がおありか?」
 先ほど茨木の死線を難なく受け止めた慈円が、今は少し震えている。気取られないよう平静を装っているが、傍で見ていると緊張がよく分かる。
 嘘偽りが無いか、僅かな変化も逃さず真実を捉えよう。そう僧兵たちも固く手に汗握って見守る中、平然と酒呑は告げる。
「懐かしき名を聞いた」
 漏らした笑みは鬼とは思えぬ穏やかさ。隣で不愉快全開な茨木との対比でなおさら人間臭く見えた。
「本来語る話ではないが、今この場があるも大師の引合せかもしれぬ。そうであるが故に偽り無く告げておこう。
 その昔、俺は最澄さまの弟子だった。鉄の御所に移ってから、幾度か会う機会があった。秘巻は、その記録だろう」
 安倍晴明の協力を得て、妖狐・クズノハから聞いた内容とそう変わらない。だが、伝聞でうろ覚えな話と当人の話では重みが全く違う。
 覚悟はあったものの、まさかという思いも強く。僧たちの身体が揺れた。
「馬鹿を申すな! 鬼と言えど、世に聞こえた酒呑童子が虚言を弄するか! 座主様の前で嘘も大概にするがいい!」
「痴れ者が、聞く耳が無いなら最初から聞かねばいい!! そちらがそういうつもりならば、こちらとて甘んじる気は無い!!」
 僧兵の一人が床を蹴って立ち上がり、声を荒げた。そのまま飛び掛ろうとしたのを、周囲の冒険者が一斉に抑える。
 それを嘲笑うように茨木が正面から対峙し、剣呑すぎる殺気を振り撒く。後ろの鬼は怯えて身を引いていた。
「双方静かに。会談の場ですぞ」
「そうだ。慈円様の御前で騒動を起こすおつもりか?」
 天狗が軽く咳払いし。京一朗が耳元でこっそりと告げると、はっとした僧兵の力が抜けた。
 その間、慈円は黙って座っていた。平静に見えたが、衝撃と落胆から動けないのかもしれない。
「あの。延暦寺の開祖さまと関係があったのは分かったけど。どうして鬼の首領になってるの?」
 とりあえず、マキリが僧たちの代わりに質問を続けた。この場は酒呑の言葉を肯定するより無いが、それは多くの疑問も生む。
「親父‥‥酒呑童子に聞いた話では、俺のような鬼が稀に現れるらしい。人に生まれたが鬼の血が流れていた。比叡山で修行するうちにそれに気づいたが鬼は人とは暮らせぬ。親父に拾われ、暫くして後を継いだ」
「え、え〜と、それって??」
 人に生まれる鬼。上手く飲み込めず首を傾げるマキリだが、酒呑は無言のまま。それ以上説明する気はないらしい。
「でもでも。昔は人間と一緒に住んでたって事だよね? だったら、どうして里の人と喧嘩を始めたの? 昔みたく仲直りできないの?」
「自分からもお聞きしたいです。此度の戦は一体どのようなお考えで? こちら側から何かをしての報復なのか、領土拡大か、他に意図があっての事か? 仮に停戦するとして、そちらが条件として提示するのは何でしょう?」
 パラーリアと飛沫が声を揃える。
「白々しい。我らを駆逐しようと幾度も戦士を送ってきたのは都ではないか!」
 茨木が吐き捨てる。鬼と人は昔から衝突を繰り返してきた。鉄の御所の土には多くの勇者が眠っていた。
「それは鬼が人を襲うからで」
「人喰い鬼が人を食って何が悪い」
 人の道理では悪いに違いないが、ここでそんな言い争いをしても始まらない。
「茨木」
 すぐに声を荒げる茨木を、いい加減面倒そうに止めて酒呑は冒険者を一瞥した。
「お前達は都の使者か? 天台座主の供と言えど一介の輩に我らの事情は話せぬぞ」
 そう言われては口を閉じるより無い。それを聞き咎めて慈円が口を挟んだ。
「では、私が質問いたします。都の大事は我ら天台宗徒にとっても他人事ではありません。共に霊山を家とする間なら、お話下さいますか?」
「なるほど。ならば言うが、俺は戦を仕掛けた覚えは無い」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」」
 至極簡単に答えられ、二人の声が見事に唱和する。
「人界が騒がしいゆえ、何事かと供を連れて都へ出向いたまで。刃で迎えられたゆえ去った」
 絶句した。傍若無人を絵に描いたようだ。これなら茨木の方がまだ話が通じる。
「客人には酒を振る舞い、武器を取るなら力で返し、腕を損なったならこれを治す。俺が為したのはせいぜいその程度だ」
「お待ち下さい。人喰鬼は一騎当千。爪や牙は名刀に値いたします。それを多数引き連れて領域を侵すのが戦でないとは、無理にもほどがありましょう。何やら批難めいた語りで煙に巻くのは、承服いたしかねますぞ」
 酒呑を咎める慈円の顔色はまだ蒼いが、声は落ち着きを取り戻していた。
「無理というか?」
「はい」
 きっぱりと頷く慈円。
「そうか。では詫びねばな」
 納得したような酒呑だったが、途端、周囲の温度が下がる。鬼とは思えぬ穏やかな笑みに、不思議と背筋が凍りつく。
 酒呑童子だけでなく、気付けば傍の鬼たちは勿論、場にいる天狗たちも延暦寺の一向を注視している。
 殺気は無い。だが妖怪に囲まれて、居心地が悪い。
「鬼に、戦の意志は無い。既に遺恨あり、鬼の性もあれば人を襲うなとは言えねど、俺が鉄の御所を動かなければ戦にはならぬ」
「では停戦を受け入れると」
「始まっても無いものだ。止めるも無いが‥‥今の神皇が話をするというなら、比叡山の鬼の長として受けねばなるまいな」
「いいえ。あくまで仮の話ですので」
 飛沫は首を横に振る。人の代表で話せない、話してはならないとは散々メイが忠告した通り。
 鬼たちも食い下がっては来なかった。あくまで治療が目的で、交渉を期待されてはいないのか。
 仕方無しに話題を変える。
「では。差し支えなければ、先代の酒呑童子のタケ殿についてもお伺いしたいのですが」
「タケ?」
「はい。本名でないようですが、これしか分からず。どのような方だったのでしょう」
 首を傾げた酒呑に、飛沫が説明。ああ、と納得した所を見ると、どうやらクズノハの記憶に間違いは無かったようだ。
「どこで聞いたか。‥‥まぁいい」
 ひとしきり低く笑うと、酒呑は懐かしそうに目を細める。
「そうだな。親父は勇猛果敢で恐れを知らず、動けば瞬く間に敵の死体が山河を築き上げた。豪胆で瑣末に拘らず、嘘をつかぬ。今の俺など到底及ばん」
 酒呑童子を拾った時には既に高齢で、彼が同族と分かると後継者にして随分前に亡くなったらしい。
「人が何故親父のことを聞く?」
 相手は飛沫の祖父母ですら生まれる前にこの世を去った大鬼。
「もう宜しいでしょう? いい加減そちらばかりでなく、こちらの本題にも入らせて下さいません?」
 痺れを切らしたか、話を切って茨木が声を荒げる。
「もっとも、少々意に沿わぬ事があったぐらいでうろたえるような、軟弱な精神を宥めるのに今少し時間が必要と言うのであれば待って差し上げても構いませんが?」
「何を!!」
「落ち着いて。騒ぎは無用でしょ?」
 揶揄たっぷりに毒づく茨木。分かり易い挑発も、この緊張の中では僧兵達も我慢ならない。繰り返されるやり取りに怒りを通り越して呆れつつ、にこりと笑顔を向けてメイは押し止めていた。
「それでは、最後に拙者から。月道向こうから来る妖について、何か御存知でござろうか?」
 月夜の問いかけに、酒呑が答える前に慈円が割って入る。
「何やら不審な輩がいると噂は耳にしましたが‥‥月道から来たとは、非常に考えにくい」
 月道施設は国家の最重要拠点の一つに数えられる。莫大な富と共に、ぼや一つでも起これば月道先の国との外交問題になるため、警備は非常に厳重だ。様々な結界にも守られているから魑魅魍魎が出入りする事は不可能とされる。延暦寺からも特に優秀な僧兵、僧侶が派遣されているので、慈円が即座に反論したのも無理からぬ所だった。
「しかし、日本ではあまり見かけない輩がうろついているのは確かなのです」
 慈円に相手に困惑しながら月夜は現状を訴える。
 人のやり取りを聞いていた酒呑は、隣の美鬼を見遣った。
「道筋はどうあれ、遠き異国より来たりし者か。御苦労な事だ。――そう思わんか? 茨木」
「さあ。人の戯言なぞ耳に入りませぬゆえ。それより天台座主さまのお加減よろしいなら本当にもういいでしょう。それとも、こうして時間を伸ばすのは腕を治療せぬ魂胆か」
 我慢の限界とばかり茨木の美しい顔が歪む。
「滅相も無い。ただ思いがけぬ話を聞き、不甲斐無くも私が臆した為、皆が気遣い、時間を繋げてくれたまで。長々とお付き合いさせてしまったお詫びにもなりませぬが、誠心誠意、腕の治療に当たらせてもらいましょう」
 視線で確認する慈円に、冒険者たちも無言で語り合い小さく頷く。
 これ以上引き延ばせば血の雨が降る。治療を餌に情報を引き出すのも限界だ。気になる事はあるものの、退くのが賢明か。
「腕の治療も終わって話が済んだら、今回の会談の記念に会食か、一緒に温泉でもどうかな?」
「うん、堅苦しい話ばかりじゃ大変だし。せっかく温泉もあるんだから、そこで一献やりながら砕けた話とかしたいな」
「ですね。女性としては茨木殿がどのようにしてそのお肌を保たれているのか、気になりますし」
 マキリの誘いに、パラーリアと壬紗姫も乗ってくる。
「それは有難いお気遣い」
 楽しそうに告げる酒呑に、茨木はといえば。
「せねば、腕は治さぬと仰りたいので?」
 態度変わらず、きつい目で睨みつけてくる。
「いえ、別にそういう事ではありませんが‥‥」
「では、後になさいませ。今、話すべき事でも無いでしょうに」
 冷ややかな口調は取り付く島がない。
 これはどうしようもないなと嘆息ついて、先に進める事にした。

「こちらが、あなた方に斬り落とされた酒呑さまの腕になります」
 わざわざ原因部分を強調して告げる茨木は勘に障れど、もう何も告げず。
 それよりも、恭しく差し出された腕の状態に驚きを隠せない。
 腕が切り落とされたのはかれこれ半年近く前。だというのに腕は腐りも干乾びもせず、斬られたままの状態を保っていた。
「失礼致します」
 慈円が鬼の腕を手に取り検分する。
 血の気は失せているものの、後は全く遜色ない。これならも接合も叶うかもしれないが、そうもいかぬ事情がある。それがどんな状態であれ、行う治療は事前に決めていた。
 時間をかけ、鬼の腕と酒呑の双方を慈円は診続ける。
 やがて、丁寧に鬼の腕を置き酒呑の前で畏まると、慈円は深々と頭を下げる。
「申し訳ないが、腕をつけるのは叶いませぬ」
「貴様!!」
 気色ばんだのは茨木だけではなかった。それまでおとなしくしていた星熊たちもまた、聞き捨てならぬと身を動かす。
 冒険者たちですら思わず身構えたその中で、慈円は鬼たちを真正面から見つめ、背筋も正しく告げる。
「確かに状態は良いようですが、何分腕の接合を行うには日が経ちすぎておりまする。御仏の慈愛に鬼も人も無いとは言え、上手くいかぬ可能性を憂慮いたします。
 ですが、腕を再生させる事なら可能でございます。たやすくはありませんし、接合させるよりも術後の時間を取られますが、確実を求むならこちらの方がよろしいでしょう」
 落ち着き払った態度は、自分の言葉に確信を得ている証し。首を刎ねられてもそれは変えれぬという態度に、鬼たちも困惑した。
「それにその古い腕にはすでに呪詛がかかってるかもしれないよ。きちんと燃やして供養するとかお祓いするとかして、後腐れないようにした方がいいってば」
 パラーリアが後押しした。
 高野山から来た僧侶・文観の所業を彼らがどこまで知っているのか。それでも、都に腕が取られていたのは事実で、その間に何をされてるか分からない。
 心底心配するパラーリアの態度に誤魔化しは無い。例え裏を勘繰っても、的を射た言葉であるのは確かだ。
 茨木ですら慎重になり、酒呑に判断を委ねる。
 王としての貫禄か。彼の決断は早かった。というより、端から決まっていた。
「腕の治療に異論がある筈がない。こちらから選り好んでいられる話でもなかろう。慈円殿のお言葉に従う」
 それに、と酒呑は言葉を続ける。
「あの最澄様の志を今に伝える方々だ。誠心誠意の言葉に嘘偽りなどあるはずがない。‥‥そうであろう?」
 笑顔で問いかける穏やかな脅迫。
(「釘を刺されましたか‥‥」)
 開祖の名を出されれば、慈円たちがその名を汚す真似など出来る筈無い。しかも、今日の話が本当ならこの鬼は開祖のお弟子、つまり延暦寺の僧にとっては大先輩に当たる。
 他の鬼――例えば後ろの人喰鬼や熊鬼らならそんな回りくどい手は使いそうに無いものを。やはり、この鬼は一筋縄ではいかないと、壬紗姫は内心舌を巻く。

 腕の治療と言っても、作業はクローニングの呪文を唱えるのみ。後は再生が完了するまでの十数日間を安静に過ごせばいい。
 無事に術がかかった事を確認したが、その後の経過も念の為に見ておきたいと、慈円は逗留を願い出る。元よりそのつもりだったらしい。
 記念に会食をという話は聞いてくれて、場が設けられた。
 並ぶ食事が菜食だったのは僧侶たる慈円らに合わせての事だが。これには声には出さないものの、人喰鬼たちが一番不服そうにしていた。
 ともあれ。食事の席も何事も無く進む。
 話は弾んだが、もっぱら喋ってるのは人間側。酒呑は相槌を打つがあまり語ろうとせず、茨木は黙したまま気配で拒絶。他の鬼たちは口を挟まぬようにおとなしくしている。
「気分が優れないので、先に休ませていただきますわ」
 早々と箸を置くと、茨木は席を立つ。
「せっかく誘っていただいてるのだ。共に風呂でもどうだ?」
 わざわざ酒呑が言い添えてくれたのだが、それに茨木は満面の笑みで返す。
「遠慮しておきますわ。腕を治した方々で血の池を作る訳には参らぬでしょう」
 艶やかな美の中には毒がたっぷりと仕込まれている。軽やかな笑い声を上げながら、反論を許さずさっさと退室していく。
「すまぬ。恩人を前にして、後で言いつけておこう」
「いやいや、気になさりまするな」
 代わって詫びを入れる酒呑に、応じる慈円。
 そのやり取りの影で、こっそりマキリが風小生に問いかける。
「周囲に何か変わった様子は?」
「大丈夫にゅ。怪しい動きはないにゅ」
 不審反応が無いかの魔法探索。間隔置いているとはいえ、失敗しての魔力消費も合わせて考えるとそろそろ尽きて来る頃。それが心配ではあるが、だからといって手を抜く訳にはいかない。
 周囲の気配は、終始一貫して変わらず。天狗たちの警備に乱れは無く、襲撃や伏兵や間者などは心配しなくてもよさそうだ。
 ただ、それは同時に。彼らが茨木の態度を全く問題にしていない事も表していた。
 鬼側が非礼に出るならそれを逆手にとり、話し合いを有利に進めようとマキリは考えていた。が、今も給仕やらで天狗たちは出入りしているが彼女に不快を示した者は無い。
 あくまで中立の立場を崩さないのか、それともこの程度非礼でも何でもないのか。
 ともあれ、人とは感じ方も受け止め方も違うようだ。

 腕の経過を見るのに更に数日。問題無しと判断すると、寺を長くも空けていられぬと一足先に慈円たちは帰路につく事になった。
 その事でまた茨木は文句をつけたが、例によって酒呑が黙らせる。
「今後も必要あらばこのような席を設けられるよう御一考願いたいのですが‥‥」
「さてな。今回は鞍馬の助力を得られたが、僧正坊は気難しい方だ、次は無い。用があれば鉄の御所に来るが良い。鬼に食われても知らぬがな」
 飛沫の言葉に笑って答えると、酒呑は慈円と向き合う。
「天台座主殿のお心痛み入る。その恩人に御面倒をおかけするが、一つ折り入って頼みたい事がある」
「私でよければ何なりと」
 出立の挨拶。その場で出された鬼側からの要求に、緊張が走る。
 一体何を申されるのか。
 一同の視線が集中する中、星熊が進み出ると、手にした包みを差し出す。中身を確認すると、それは斬られた腕だった。
「こ、これは一体?」
「この腕はもはや不要。野に捨てたとて惜しくも無いが、供養には寺に預けるが一番だろう」
「酒呑さま!?」
 思いがけぬ申し入れに、人も鬼もしばし言葉もない。
「最澄様には世話になった。鬼としてもはや見える事は無いと覚悟していたが、今回このような縁を天は与えられた。腕一本くらいは延暦寺に返してもバチはあたるまい」
 どうするべきか迷いはあったが、覚悟を決めると、慈円は腕を受け取る。
「お心、受け取りました。この腕は、私がしかとお納めさせていただきます」
「‥‥感謝する」
 鬼の腕のやり取りに、鬼王と天台座主双方が深く頭を下げた。

 武器も皆に返され、途中まで天狗たちに送ってもらう。
 別れた後もひたすら歩けば、やがて人の気配が満ちてくる。
 慈円の顔に憂いは無い。胸に痞えていた疑問も晴れ、穏やかなものだ。僧兵二人も動揺はなく、しっかりと慈円に着いている。
 一方で冒険者たちの顔は浮かない。すべてを成し遂げ、これといった戦闘も無く、ついでに温泉で疲れも癒せたというのに、鬼たちの元に向かう行きの方がまだ明るい表情をしていた。
「此度の仔細‥‥。ギルドからも報告が上がるかもしれないが、やはり延暦寺より都に告げるべきだろう」
 京一朗の言葉に、慈円は力強く頷く。鬼が動けるようになるまでまだ日がある。その為に再生を選んだのだ。
 疑問の中から生まれる疑問。癒された鬼の腕。そして、慈円の手の中にある斬られた腕。
 鉄の御所で落とされ、都に運ばれ、また鉄の御所へと戻され。そして今は延暦寺に持ち込まれようとされている。
 呪詛がかかっているかも、とはパラーリアの言葉だが。確証も何も無い当て推量が、今では本当に不吉めいた災いの種を運んでいるように見えてきた。
「心配致すな。直接会って分かったが、あの鬼王は只者ではない。それが分かっただけでも存分な成果となろう」
 晴れ晴れとした笑顔で告げる慈円。果たしてその行く手に何が待ち受けているか。
 それはまだ誰にも分からない。