【鉄の御所】天台座主 〜返答〜
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■シリーズシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月11日〜11月16日
リプレイ公開日:2007年11月20日
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●オープニング
都の北東に位置する比叡山。そこには鬼門を守る延暦寺と、鬼たちの巣窟・鉄の御所が存在する。
鉄の御所は長らくその脅威のみが語り継がれていたが、水無月終わり、不意にそれを現実のものとして世の人々に見せ付けた。
文月、新撰組を中心に大規模な鉄の御所攻略が組まれたが、結果は首魁・酒呑童子の腕一つを奪ったのみ。さらにその腕を巡ってまた波乱が続き、攻防は今になっても落ち着きを見せない。
こうした鉄の御所の動きに、延暦寺も無関係ではいられない。だからといって、天台座主・慈円が天台座主のみに受け継がれた秘巻に残された僅かな痕跡を訝り調べてみれば、長きに渡り反目しあった鬼たちの王が実は寺と縁が深かったと判明するなど、まさに想定外の出来事。
より詳しい事情を知る必要があると、慈円は鉄の御所へ直接赴く事を決意。――だが、それはあまりに無謀と周囲に止められ、代わりに会って話をしたいとする手紙を書き、届ける事となった。
冒険者たちの努力で手紙は鉄の御所へと届けられたが、その返事がどう出るか、鬼の考えは計りようが無い。
今はどんな形で返事が成されようと――最悪、鬼たちが大挙して殴り込んでこようと対処できるように、寺では僧兵・僧侶たちが厳重警戒で流れを待ち受ける。
そして。
「あれは、何だ?」
警備をしていた僧兵がそれに気付いた。空の高み、彼方からこちらに飛翔してくる者があった。
影は三つ。近付くにつれその姿は明確になってくる。
先頭は飛ぶ者は翼も無く飛行し、体格も大柄ながら人に似ていた。しかし、頭部は狼。人ではありえない。
やや後ろを飛ぶ二体は、その付き添いなのだろう。遠目からでも黒い翼がはっきりと分かり、近付くにつれ烏の頭部も判明した。
白狼天狗と烏天狗であった。
「何者か!! 何用あってここを訪れた!!」
異変に僧たちが緊迫する中、臆する事無く三体は地に降り立つ。
白狼天狗はきちんとした法衣に身を包み、烏天狗たちも山伏姿でその脇に控えている。だからといって油断はならない。
その中で白狼天狗は一歩進み出ると、誰何する僧たちに入念な礼を取る。
「突然の訪問失礼いたす。我は、鞍馬山におわす僧正坊さまにお仕えせし者。此度は僧正坊さまの御命により、鉄の御所に居まし酒呑童子殿からの文を預かり、お届けに参った。並びにこちらは僧正坊さまの添え状。併せてお目に入れていただくよう謹んでお願い申し上げる」
鞍馬の僧正坊といえば、各地の天狗たちの長老格ともいわれる天狗である。その使いというだけでも驚きであるのに、彼らの口から酒呑童子の名を聞き、さらに僧たちは仰天する。
天狗たちからの文はただちに天台座主の元へ届けられる。内容を吟味し、偽りでないと確かめると――とはいえ、鬼天狗の手紙など誰も受け取った事無く、内容よりそう判じるしかないが――、天狗たちは境内に招き入れられ、使者として丁重な扱いを受ける。彼らは延暦寺よりの返事を酒呑童子や僧正坊に届ける役目も担っていた。
その一方で。並み居る高僧たちが集められ、天台座主と共に今後について話し合われる。
「それで、文にはどのような事が」
「うむ。まず酒呑童子からだが、こちらからの文は確かに向こうに届いたようだ。斬られた腕を治療していただけるならば、こちらも相応の誠意を持って事に当たらせてもらうとの事。話し合いは望むべきであるが、その為の場として比叡山で行うのは、いろいろと周囲の目も気になる。そこで古き縁を辿って鞍馬山の僧正坊に頼み、かの地にて話し合いを行いたい。共に、身の回りの者だけの少人数ならば人目にもつきにくく、動きやすかろうと。
そしてもう一通の僧正坊からは、酒呑童子からの要請を受けて力を貸す事にした旨が書かれておった。此度の一件に関心を持っておられ、酒呑童子からの要請なれど一方的にそちらの味方をする気はなく、あくまで中立として会見を支援したいとの事。酒呑童子からの手紙ともども受け入れてくれたら幸いであると」
どちらの手紙も流暢な書体で書かれ、都人の如き風流さがあった。とても妖怪からの書状とは思えぬ程。
だが、体裁はどうあれ、中身全てを素直に受け入れられるものでもなかった。
「鞍馬の僧正坊‥‥。噂には聞くが、これは鬼と天狗が手を組んだと見てよいか? ならば、少数同士との言葉に乗れば潰される恐れがある」
「いや、鞍馬の僧侶より稀に話は聞くが、あの天狗たちはけして悪しき存在でもないそうだ。中立と申しておるし、使者たちの振る舞いからしても信じるに足るのでは」
「その鞍馬の僧侶の話が信じられるか、だが‥‥」
「何をどうしようと。酒呑童子がいる以上、少数など正気の沙汰では無い」
厳かに告げられた内容に、場が騒然となる。高僧たちが渋面をつき合わせてざわめく中、皆を制し慈円が厳かに告げる。
「そもそも。こちらから話し合おうと言い出した事。私はこの話を受けようと思う。腕の話にしても、こちらの我侭を聞き遂げてくれるのならば、礼として行うのは当然ではなかろうか」
ざわりと場が騒ぐ。
「それでは、かの者の腕をつなげると仰られるか? それが災いになるとも限らぬに」
「しかし、治療はせぬとなれば恐らく話を渋るぞ。会う事も取りやめるやも」
「そも、話し会うつもりは向こうにあるのか? のこのこ出向いた所を襲いかねん相手ぞ」
「仮に僧正坊、酒呑童子が文通りに振舞えど、奴らとて化け物全てを統率している訳ではない。彼らに従わぬ怪しき輩まで動いた時、少数のみで果たして身を護れるか?」
「ならば伏兵を配し、密かに場を護らせるか。少人数でという約定を破り、心象悪く思われるだろうが‥‥」
「待たれよ。その裏をかき、我らが出払った隙にこの寺に乗り込まれるやも」
口々に不安や心配を言い合い、その内容を吟味していく。全てをただ静かに聴いていた慈円だが、皆の不安が出揃った所で改めて口を開く。
「静かに。確かに、鬼たちに対する皆の不安も理解しているつもりだ。だが、私は彼ら以上に考えねばならぬ場所があると考える」
「――都、ですね?」
はっとして顔を上げた高僧に、慈円は苦い表情で頷く。
「会談が相成れば、結果どうあれその内容を神皇さまに御報告する必要はあるだろうが‥‥。さて、事前にお知らせしておくべきかどうか」
「前もって伝えておかねば、密やかな会談に含みありと取られてもおかしくはないのでは」
高僧の言葉に、慈円が気鬱に眉根を潜める。
「その通り。鬼と結託したと難癖つけてくるやも。先に伝えた方が警備の手も借りられ、不測の事態にも迅速に対応出来よう。されど遺恨持つ志士侍はこの気に酒呑童子を討たんと画策するだろうし、かの高野の文観もどう動くのやら。何より、我が寺と酒呑童子に関係があると世間に広く公表する事になりかねん」
延暦寺が鬼の王を輩出したと見られれば、世間はどんな感情を向けてくるか。
「ひとまず冒険者ギルドに連絡を。あそこも陰陽寮と繋がり深いが、どの道警備の人員は幾ばくか借り受けねばならぬ。この会談に際し、どのように臨むがよいか。まずはよく考えねばの」
慈円の言葉に、高僧たちも深く頷く。
冒険者ギルドに連絡が入ったのはそれからすぐ。鬼や天狗を相手に、どのように返事し、また話し合いにどのような手で臨むか。今の内、出来る事は何か。考えねばならない事は山のようにある。
●リプレイ本文
鉄の御所に住まう酒呑童子と、比叡山との関係。その真偽を明らかにせんと書いた文に、鬼から手紙が届く。鞍馬の天狗を間につけて。
酒呑童子と鞍馬の天狗・僧正坊からの文を届けに来た人外の使者は寺に留まり、返答を待つ。とはいえ、その返答もすぐに返せるものでなく、意見を聞く為に冒険者ギルドから人が呼ばれる。
「結論申せば、この話は受けいれるべきかと」
侍に似た装束で、髪も一つに結い上げ。礼儀も正しく言葉を紡ぐのは、鷺宮月妃こと天城月夜(ea0321)。鬼と天狗からの手紙を確認した上で、天台座主始めとする比叡山の高僧たちの前へと進み出る。
「そうだね。相手にこれだけ誠意ある対応をされると今更やめる訳にはいかないよね」
「なし崩し的に戦争状態が続いているし。一度落ち着いて話し合えたらいいにゃ〜って思うのっ♪ いい機会になるよ」
上質の和紙に、黒々とした墨で書かれた流れるような書体。どうやら香を焚き染めてあるらしく、見ているだけでもほのかに香る。品のいい文を感服してしげしげと見つめるメイ・ラーン(ea6254)に、パラーリア・ゲラー(eb2257)も元気な声で賛同する。
しかし、
「送った手紙にこうやって返してくれたのはありがたいし、こうしてくれた以上こっちも相応に対処するしかないね。‥‥鬼の腕を治しちゃったら京都への反逆と取られそうだけど」
ぼそっと告げられたマキリ(eb5009)の一声に、場の空気はぴたりと止まる。
水無月に酒呑童子が都に入り込んで以来、鉄の御所と都の中は剣呑。勝手に接触を持てば、含みありと見られても仕方が無い。
「とはいえ、そもそも腕を治すと提案したのはこちら側でござろう。それを翻すのは愚かな話だ。話し合うなら腕も治す。反対される僧侶方の意見も分かっているが、日本の為、腹を括って貰えぬかな?」
「けれども、それでは都に何と申す?」
頭を下げる月夜に、僧の一人が眉間に皺を寄せて気難しそうに声を絞り出す。
困ったように冒険者たちは顔を見合わせたが、
「都に事前連絡はせず、後から成果を報告するしかないんじゃないかな」
「何と! しかし、それでは!!」
メイの言葉に、周囲がざわめく。
「静かに。‥‥して、何故そのように?」
口々に言い合う僧侶達を慈円が制して、意見を続けるよう静かに促してくる。
「都に様々な思惑があるのは、むしろそちらの方が詳しいと思うけど。その中で酒呑童子の首を狙うサムライ達が今回の話を聞きつければ、これ幸いと押しかけて鞍馬の山が戦場になってしまいかねないよ」
肩を竦めながら軽く告げるメイに対し、周囲は重く呻く。それが肯定の意味であるのは明らかだ。
「会談を容認すれば、意図せぬ嫌疑をかけたがる御仁は多く居る。ならばいっそこちらの動きをつかめなかった失態に対する責の方が、都を取り巻く存在からの咎めだてはまだ軽いだろう」
それに、と眞薙京一朗(eb2408)は言葉を続ける。
「何より先に知れば、都も手を打たぬ訳にはいかぬだろう。慈円殿が誠意を持って参じても、与り知らぬ者が動いては意味も無く、命の保障も出来ぬ」
京一朗の言葉に、辺りが静まり返る。例え丁重な文を礼儀正しく届けられても相手は鬼であり、その中でも最上級の実力を誇る酒呑童子なのだ。
やり過ごそうとした蜂の巣なのに、見知らぬ誰かが叩き落としては何の意味も無い。その上、命までかけるのは不本意極まりない。
「現在の神皇様のお立場上、京だけに伝えても混乱を招く。その上で長州などに利用される恐れもある。会談を受ければ人と、受けねば鬼と、最悪双方で争いになる。それを凌いだとしても、月道向こうより来て広まりつつあるジーザス教。その影響を特に受けている尾張が京に入る事になれば‥‥」
月夜の危惧に、高僧たちがざわめく。
尾張といえば、比叡山が招いた武田を破った因縁がある。また、ジーザス会にしてもいい顔をする寺院は多くない。比叡山にとってかの地はけして好意的な場所ではなかった。
「それに‥‥だよ。あたし、文観って人をいい目で見れない。確かに法力無双の凄い僧侶なのかも知んないけどぉ、自己顕示欲が強くて、自分の野望の為に人を犠牲にしても関係ないって感じかなぁ。天才くんみたいだけど、下手すると鬼よりも危険な人物だと思うの」
小さく手を上げ、眉をハの字にしてパラーリアが告げる。さすがにそれは言い過ぎだろうと、高僧たちは苦笑いで窘めている。
とはいえ、文観が酒呑童子を調伏せんと自ら名乗りを上げたのは事実だし、その儀式に生贄――それも多数の人間を用いようとしているのは、さすがに耳にしている。苦笑していた口元からやがて笑みが消え、不安そうに見つめるパラーリアを戸惑いの目線で見つめ返す。
「都に話を通すと、文観さんにも多分伝わるよね。他にも酒呑童子に恨みを持ってる人だっているだろうし、きっとそういう人たちで妨害してくると思うよ」
「とはいえ、陰陽頭には伝えておく必要があるかな。いろいろこっちの事情を知りすぎているし」
「確かに。けれど、それではあ奴の口から都に話がいくのではないか」
慈円の疑問は、勿論メイも気付いているし、他の冒険者も理解している。安倍晴明はこれまでの経緯上世話になったし、伝えるのが筋でもあろう。しかし、立場からしてこちらの思惑通りに動くとは限らないし、実際そうである事は前に訪れた時に示唆されている。
「それでも、伝えない訳にはいかないよね。連絡には自分が走るから、申し訳ないけど慈円さま、口止めの為に一筆お書き願えないかな。万一反対されるのを考慮して、場所は秘密で。
安倍さんの口から漏れない限りは、慈円様が鞍馬山を訪れる事と同時期に酒呑童子が鞍馬山に乗り込む事を結び付ける人はそんなに居ないと思うんだよね。表向きの理由としては、鬼についての情報を得る為、大天狗から話を聞くとか」
「慈円様の御訪問先に鬼の王が動けば、襲撃と見越してそれはそれで大騒ぎになりそうな気もいたすが‥‥」
告げるメイに、高僧の一人が首を傾げる。
とはいえ、文書く事自体に異論は無く、さっそく慈円は筆を取る。
「ただ、その話し合いの際。腕の治療については、準備に手間がかかるなどと理由をつけ、先に確かめたい事などを聞き出すようお願い申し上げます」
だが、海上飛沫(ea6356)の言葉でその筆が止まる。
「ふむ、確かにすんなりと治したのでは、さっさと帰られる可能性もあるな。けれど、先の言葉ではないがこちらが言い出したものを焦らすのはどうだろう」
「治さないとは言ってないよ。あくまで向こうの真意の確認後と言う事。罠じゃない証明として、日時は向こうに任せるでいいんじゃない? そもそも、場所だって向こうの指定になるんだし」
考え込む慈円に、マキリが笑う。
「そうして、双方が顔を会わせる事が相成っても、会談時の警備をどうするかだな。全員同席では不測の事態に対処できん。同席は僧正坊含め互いに数名。他は室外にて控えるか」
「されど、それでは向こうが暴れた時に押さえが効かんぞ。文字通り死力を尽くさねば」
「かといって、向こう一人にこちら大勢で当たるのは心象良くない。どの道、酒呑童子にこの人数で応じる事自体無茶無謀に等しいからな」
危惧する高僧に考え込む京一朗。
会場に確実に現れる酒呑童子とその手勢。彼ら狙いや、会談を邪魔する者たちへの警戒も必要だが、彼ら自体がすでに人を凌駕する力を持つ。たとえ少数とはいえ、こちらの倍以上の戦力と見ていい。
「会談の護衛は任せるにゅ。現場では慈円殿をきちんとお護りするにゅ。戦うのは難しくても、脱出ぐらいの隙は見つけ出せるはずにゅ」
凪風風小生(ea6358)が勢い込む。
「それと、向こうにいるのは鬼だけじゃないよ。会場の警備って他に、延暦寺の警戒も必要じゃないかなぁ。そっちはまた別に冒険者を雇う方がいいかも」
パラーリアは空を見上げて、目を細める。
鉄の御所には鬼のほかにも魑魅魍魎が集う。襲撃時にも鵺が確認されており、以降もあれこれ動いてる。同じく鬼であっても一枚岩ではないのだから、中には酒呑童子とは関係なく、天台座主不在で警備も緩んだ隙にちょっかいをかけてくる奴が居るかもしれない。
「真相を聞く他、停戦するとしたらの条件もお聞き願いたいですね。妥協しうるとしたらそれは一体何なのか‥‥。
ただ、どのようなお話でも、そのまま鵜呑みにはなさらぬように。鬼とはいえ、話や態度に建前や本音の裏表もありますかも。それに、彼個人の思惑だけで鬼の勢力を自由に出来ない可能性もあります」
礼を取る飛沫に、承知したと慈円も頷く。
集団の頭とはいえ、どこまで絶対の存在なのか。人間ならば不服な命には従わず離反する事もあるが、それは鬼とて同じだろう。後はどこまで我慢が利くか。
その後も、高僧たちも含めて意見を交わし、返礼をまとめていく。聞いた意見は慈円が書き留め、丁寧に纏め上げて返礼に仕上げる。
鞍馬からの使者は一室に通され、そこでじっと座している。遠巻きに監視は一応ついているようだが、行動制限されている訳でもなく。それでも人目を憚ってか、自主的に出歩く事はあまりしていない。
「この度、使者殿のお世話を仰せつかりました、一条院壬紗姫と申します。御用の際は何なりとお申し付け下さい」
「これは丁寧にありがとう御座います。大概の事は自分で出来ますので、あまりお手を煩わせますな」
深々と頭を下げる一条院壬紗姫(eb2018)に対しても、三体きちんと礼を取る。演技である可能性も捨てきれなかったが、折に触れ言葉を交わすと性格も大体見えてくる。少なくとも、使者としての礼節を欠く相手ではなさそうだ。
「鞍馬の僧正坊殿とはどんな方でしょう」
「どんなと言われると、偉大な方としか申し上げられぬ。若い頃は先代の酒呑童子殿と共に辺りの賊を薙ぎ払っておられたそうだ。最近は御高齢と云う事もあり、俗世と縁を持たずにおられたが、酒呑童子殿の頼みとあらば捨て置けぬという事らしい」
心底誇らしげに告げる白狼天狗。控える烏天狗たちも異論無く頷いており、相当心酔しているようだ。
だがそれ以上に、気になる話も。
「では、先代の酒呑童子の話をご存知でしょうか」
気にかかっていた事を向こうから告げられ、それとなく話を切り出す。しかし、向こうの態度は申し訳無さそうに首を横に振るだけ。
「あいにく、当方は僧正坊さまの盟友であったというぐらいしか。ただ、つまらぬ相手ならば僧正坊さまが今なおお心を割くとは思えず。そういう所からして、さぞかし御立派な方だったのだろうと考えてはいる」
「では、先代のタケという方についてはそれ以上、何も御存じないと」
詫びを入れながら、入ってきたのは飛沫。その後ろには冒険者たちに加え、慈円や高僧たちも従う。ただメイの姿が見えないのは、一旦都に戻ったようだ。
「使者の方々には長らくお待たせして申し訳ない。ここに返事を用意いたした。手間を取らせて申し訳ないが、酒呑童子と僧正坊殿によろしく頼み申し上げる」
「お手紙確かに。我が命に代えても必ずやお届けいたします」
慈円から手紙を渡され、堅く誓う白狼天狗。一種儀式めいたその仕草を終えるとすぐに態度を和らげ、飛沫の方へと向き直る。
「先ほどのお名前についてだが、やはり私には分かりかねる。何分、あの方々が御健勝だったのは、我らにとっても遠い昔の事なのでな」
「そうなのですか‥‥。しかし、それほど昔の縁があるとはいえ、今回の件、他の天狗たちはいかがお考えなのでしょう?」
壬紗姫の問いに、天狗たちはかかかと笑う。
「僧正坊さまのお言葉に異を唱える天狗など鞍馬におりませぬ。それでは」
「お待ちを。返事の使いとして、拙者も同行いたしたいのだが、如何でござろう」
月夜の申し出に、使者たちは軽く目を丸くする。
「それは構わんが‥‥。なるべく早くお伝えしたいので、飛んでいくつもりでおったが」
戸惑いぎみの天狗たちに、大丈夫と月夜は頷く。
「空を駆る足は持ち合わせてるでござる。けして遅れは取らぬかと。僧正坊と酒呑童子殿には直接会って礼と土産を渡したいし、鞍馬の会場の下見もしておきたいのでござる」
「確かに、現場の把握は大事にゅ」
風小生が同意する。負けじと声を上げるパラーリア。
「はいは〜い。あたしも酒呑童子さんにシードル届けて欲しいの。会見場所は、秘湯とかあると嬉しいな♪」
明るい声に、天狗たちは緊張も解いて獣面に笑みを作る。
「秘湯‥‥と呼べるかは分からぬが。治療に当たるなら一日では効くまい。宿泊のもてなしは十分にさせてもらおう」
そして身を翻すと、空へと駆け出す。烏天狗たちが黒き翼を広げると、さらにその後を月夜は従い、ペガサスを駆る。
「‥‥慈円様。それで怪我の治療にはどれほどの時間がかかるので?」
「分からぬな。斬り落とされ時間も経った腕なら再生するしかなく、これには半月ほど。しかし、接合が叶うなら四日ほど。ただこれは人の場合。鬼の‥‥しかも長き時を生きた大妖の治療にさてどう当てはまるか」
首を傾げる慈円に、京一朗は唇を噛む。どうなるかは現場で見てからになりそうだ。
使者たちが空へと駆けたのを見送ると、出かけた二人を一日千秋の思いで待つ。その内に晴明に文を届けに行っていたメイが戻り、鬼たちにやられたかと危惧する時分になって、ようやく月夜も寺に戻る。
「鉄の御所‥‥。もう冬だというのに、季節の花が咲き乱れてまるで別世界でござった。あれが鬼の棲家とは‥‥。ともあれ、使者たちと共に、確かに手紙とお土産は渡してきたでござる。
鞍馬は、僧正坊殿はあいにく対面できず、恐らく当日も顔を見せるのは難しいやもと云う事でござったが。この会談については全面的に協力する旨は確かに聞かせてもらったでござるよ」
体中から緊張を解いて告げる月夜。対してのメイは、やっぱりというか、渋い顔を作っている。
「こっちも安倍さんに手紙渡してきたけど‥‥。やっぱり知った以上は都に知らせない訳にはいかないって。ただ、天台座主殿の意を汲んで、なるべく会談当日までは伏せるようにはしてくれるらしいけど‥‥」
大丈夫かなと、メイは首を傾げる。
とはいえ、今はそれを信じるしかなく。何事もなく会談が行えるよう、後は祈るばかり。