【悪意の連鎖】 猫の怨返し
|
■シリーズシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月14日〜02月19日
リプレイ公開日:2005年02月22日
|
●オープニング
佐吉という男がいる。
佐吉は仕事の関係でエリーという女性と知り合い、恋に落ち、そして結婚した。
だが、村にて幸せに暮らせたかと言えば、決してそうではない。むしろ、その逆だった。
というのも、エリーがハーフエルフだったからだ。
外国人の妻という偏見は否めない。その上、異種族婚となれば白い目で見られても仕方が無かった。
そして、ハーフエルフである以上、エリーも当然狂化を起こす。穏やかな彼女は感情の高ぶりでの狂化を見せる事こそさほど無かった。しかし、彼女にはもう一つ、猫を見ると残虐性も露わに八つ裂きにしようとする狂化の業を持っていた。
佐吉は全て承知で結婚したが、他の者はそうもいかない。文字通り目が血の色に染まり髪を逆立て、喜んで猫を裂く娘。佐吉が幾ら説明しようと――いやだからこそ納得出来るモノで無い。狂化に対する恐怖や嫌悪、可愛がっていた猫を殺された怒りや悲しみが加わっていき、反発は日を追う事にひどくなった。
次第にエリーは「鬼憑き」として侮蔑され、二人は村から弾き出された。殺されなかっただけマシと言えた。
皮肉な事に村の外へと弾かれてからの方が、人目が無くなった分だけ穏やかな生活ができた。
それでもエリーは猫を見れば狂化する。迷いこんだ猫を八つ裂きにし、自然、家の裏には猫の墓が増えた。
朝、猫の墓へ花を添える事が、エリーの日課になっていた。狂化中はどうあれ、我に返れば罪悪感からは逃れられない。
水汲みの際に摘んだ花を持って、エリーは家の裏に回る。と、そこには先客がいた。佐吉ではない。見知らぬ女性だった。人が寄り付かない家には、稀な出来事だった。
その女性は猫の墓を掘り返していた。すでに幾つかの墓は暴かれ、布に包れた何とも言い難い屍骸がさらされている。
死んだ猫の飼い主なのかもしれない。故に自分の猫を探して掘り返しているのやも。それ程の思い入れを持っているとなれば、どんな仕打ちを受ける事か。
そう青冷めはしたものの、逃げる訳にもいかない。
「あの‥‥」
恐る恐るエリーは声をかける。その震えた声を隠す事は出来なかった。
声をかけられ、女性は振り返る。途端、鋭い目がエリーを睨みつけた。怒りを隠そうともしない態度に、エリーは息を飲む。
「あんたが殺したのかい?」
「あの、いえ‥‥その‥‥」
「あんたが殺したのかって聞いてんだよ!!」
「‥‥申し訳、ありません!!」
怒鳴りつけられ、エリーは精一杯の態度で頭を下げる。だが、それぐらいで相手が治まるはずも無いのは承知していた。
「あんたが、あたしの仲間を‥‥」
実際、女性の態度は変わらない。どころかさらに怒気が強くなる。
「こいつらはただの猫だったけどね。でも、気のいい奴もいた。鼠を取るのが上手い奴もいた。ロクでも無い奴がいなかった訳でもないけどね。だからって、こんな死に方するような奴でもなかった」
女性の声が怒りに震える。何も言えず、ただエリーは黙る事しか出来なかった。
だが。
「あんたも同じ目に合わせてやる」
告げられたその声には明確な殺気があった。
さすがに、はっとして顔を上げたエリーの前で、女性の姿がいきなり歪んだ。着物がばさりと落ちると、その下で何かが動く。
尋常な事ではない。悲鳴すら忘れて強張ってしまったエリーに、落ちた着物から黒い塊が飛び出してきた。
「きゃあ!!」
一直線に狙われるや、彼女の顔に鋭い痛みが走った。だが、血塗れた顔の下、確かに飛び出してきたモノの正体を知る。
それは猫だった。大柄な黒い猫が、怒りに燃えてエリーへと襲い掛かってくる。その細い目は先ほどの女性と全く同じだった。
まともな相手ではない。逃げるべきだ。が、猫と見た途端、エリーは目を血の色に変え、傍にあった鎌へと手を伸ばした。
「私の前に! 姿を見せないでよ!!」
突然態度を変えたエリーに、猫は油断した。避ける間も無く、彼女に捕まると何の躊躇も無く鎌が猫に振り下ろされる。
「ギャアアアアア!!」
黒猫の悲鳴を聞き、エリーの顔に笑みが浮かぶ。黒猫を押さえ込んだままもう一度鎌を振るいかけたが、その手が何者かに掴まれる。様子を見に来た佐吉だった。
「何やってるんだ、落ち着け!! ――お前、今の内に逃げるんだ」
「うるさいわね! 離してよ!!」
佐吉は暴れるエリーを押さえつけ、猫を解放する。だが、猫は逃げなかった。それこそが絶好の好機だったから。
解放されるや、黒猫は押さえられているエリーの首筋に深々と牙を食い込ませた。途端、噴き出した血で周囲が真っ赤に染まる。
何度もエリーに喰いついてくる黒猫に、ようやく佐吉は大変な事が起きていると気付いた。
夢中で取り上げた鎌を黒猫に振るう。刃を受けて悲鳴を上げた猫をさらに掴み上げると、思いっきり遠くへ投げ飛ばした。
黒猫は宙を飛び、立てかけてあった材木にぶつかって地に落ちた。材木が倒れ、黒猫が下敷きになる。
だが、猫は死んでいなかった。どうやら隙間にうまく入ったらしく、がたがたと材木を揺り動かし這い出ようとしている。
それを待つまでも無く、佐吉はエリーを抱えて走り去っていた。どの道、エリーの傷を医者に見せねば。
走って走って。村の傍まで辿りついた佐吉の背後から、怨みのこもった女性の声が響いてくる。
「おのれ、おのれ! どこに逃げても無駄だ! あたしは必ず探し出す! 仲間の怨み、この傷の怨み! 必ずや晴らしてくれる!! この傷が癒えた時、お前の命は無いと思えええ!!」
呪詛とも思えるその声は離れた村の中まで届いていた。
「で、奥さんは何とか命は取りとめたけど、未だ寝込んだ状態」
冒険者ギルドにて。依頼を受けてきたというシフールが冒険者を前に事の次第を語る。
「安静にしていればその内回復する予定だったけど。その前に猫の方が回復したらしいんだよね」
本当なら襲われた時点で、依頼を出すべきだったのかもしれない。だが、一進一退を繰り返すエリーの安否が気になり、とても佐吉は傍を離れられる状態で無い。代わりに江戸まで行ってやろうという者も皆無だった。
「化け猫は、宣言通りに奥さんを見つけたけど、まだ命は取ってない。‥‥というか、一度失敗して警戒したのかな。まずはじわじわ弱らせる事にしたみたいなんだね」
重体だったエリーの為に、夫婦は回復するまでの約束で村への滞在を許され、村外れにある古い小屋で療養していた。
だが、そこにある日から、八つ裂きにされた鼠やら鳥やらが放り込まれるようになった。あの猫の仕業とはすぐに知れた。
エリーが怯えて閉じこもるようになると、今度は毎日のように外で鳴き騒ぎ、恨み言を繰り返す。追い払おうと佐吉が戸を開ければ、大胆に家の中に潜り込み、わざとエリーを狂化させて暴れさせたりもした。
まさしく、猫が鼠をいたぶる如く。じわじわと夫婦は追い詰められだしていた。
「奥さんは回復どころか枕から頭も上げられない状態だってさ。医者の言う事には、このままだと衰弱して死ぬか、追い詰められて自ら命を断ちかねないって」
あるいは、そうなる前に止めを刺されてしまうか。どれだろうと大差は無い。命が失われるという点においては。
「だから、まぁ、ね。そうなる前にこの化け猫をどうにかして欲しいんだってさ」
言って、シフールは冒険者へと依頼書を差し出した。
●リプレイ本文
「あんな娘がどうなろうと知った事じゃないし、関わり合いになるのはゴメンだよ。何をするかは知らないけど、面倒だけは止めてもらいたいね」
鼻息荒く、吐き捨てるようにそう告げた老婆に、丙鞆雅(ea7918)は何とも言えずに曖昧な笑みを返す。
皆に先駆けて村に入り、旅の茶道家として世間話の如く情報収集をしていた鞆雅だが、村人の態度は予想以上に悪かった。
佐吉に対しては村の出身という事もあってか、悪い女に引っかかって可哀想にと同情も聞けたが、エリーに対しては誰一人いい態度を見せない。飼い猫を殺された恨み、容姿や性格すら変える恐怖、なじみの無い異国人と偏見も重なって、完全に彼女は「よそ者」だった。今回重傷を理由に村の隅に匿われているが、そんなの気にせずに放り出してしまえ、と告げる者もいる。
化け猫自体に関する噂は無かった。が、エリーがそれに狙われている事は狭い村の中知らぬ者は無い。妖怪の災いが村へと及ばないか不安にする者は多かったが、やはり彼女自身を心配する者など無い。むしろ自業自得でバチが当たったのだと蔑み、言葉にこそ出さないが食い殺されていなくなった方がせいせいすると思われているようだった。
老婆に案内された借家は、依頼主たちの小屋を見下ろせる位置にある。そこから見る限り、小屋というよりは物置としか思えなかった。
(「何ならここに動かそうと考えていたが‥‥少々難しいか?」)
エリーを冒険者に変装させてここに移動させ、小屋では自分たちが待ち伏せようと考えていた。エリーの容態さえ良ければ、それ自体は可能だろう。が、万一この家主の老婆に見つかれば、如何な理由があろうと叩き出すに違いない事は容易に想像がついた。
思案しながら小屋を見ていると、近付く者たちがある。他の冒険者たちがどうやら着いたようだ。
その中の一人、カリン・シュナウザー(ea8809)と目が合った。人好きのする笑顔で手を振ってきたので、振り返そうとするや、凄い勢いで窓が閉じられる。横を見れば、老婆が暗い怒りを目に宿して立っていた。
「全く。小さくても静かで平和な村だったのに。あの娘が来てから碌な事がありゃしない。あんたも悪い事は言わないから、近付かない方がいいよ。‥‥鼠や虫やらを取ってくれたらまだ役にも立とうのに、ほんに薄っ気味の悪い化け物みたいな女さぁ」
そう言い捨てると、老婆は部屋から出て行く。
忠告は間違いなく善意なのだろう。多分、悪い人では無い。そう思えるだけに、鞆雅もただ嘆息するしか手は無かった。
「傷の方は大丈夫そうですね。念の為にリカバーをかけておきます。後は栄養のある物を取ってゆっくり休めば大丈夫ですよ。良ければ何か作りますけど?」
小屋に赴き、白彌鷺(ea8499)はエリーの様態を見舞う。首筋に酷い傷跡を残していたものの、その傷はほとんど塞がっており、リカバーも本当に念押し程度でしかなかった。むしろ、寝込んでいるのは重傷の為ではなく、気鬱から来るものだろう。
細い体は触れれば壊れそうで、見つめ返す目にも力がない。青白い顔には生気が無く、客だからと無理に身を起こしているが、それすらも辛そうだった。
化け猫に狙われている恐怖もさる事ながら、この村はお世辞にもエリーにとっていい場所とは言えない。その為の心痛が負担となっているようだった。
「村の人に頼んできましたよ〜。大丈夫ですよ‥‥案の定」
「戻った。‥‥疲れた」
小屋の扉が開くと、槙原愛(ea6158)と環連十郎(ea3363)が入ってくるなり床にへたり込む。疲れきった表情をしており、カリンが慌てて水を汲んで渡す。
化け猫をどうにかできるまで、愛は村人にはエリーたちの家に近付かないよう忠告していたのだが。結果は予想の通り、そもから近付こうという者は無い。だが、災禍は気になるようで、これ幸いと愛を捕まえてあれやこれや聞き探る。挙句に毒気たっぷりに不満や恨みつらみにぼやきなども延々と聞かされ、さすがの愛も笑顔を引き攣らせる始末。連十郎の方は猫に関しての調査を行っていたが、どうやら野良化け猫らしく情報無し。その上でやっぱり愛と同じような目に合ったのだから、くたびれもうけである。凶悪な妖怪を相手にする方がずっと楽に違いない。
「ごめんなさい。私のせいで苦労をかけてしまったようで‥‥」
「気にしちゃダメだよ。とにかく今は元気になる事を考えなくちゃね。薬を持ってきたけど飲めるかな? 後、気持ちが落ち着くように香草も用意したけど、気にならない?」
持って来た薬などを取り出すハロウ・ウィン(ea8535)。買い物は値が張ったが、一応予定範囲内には収める事が出来た。あれこれと世話を焼く彼に、エリーは穏やかに笑って大丈夫と答える。
「それじゃ、今は横になってて下さい。話して気晴らしでもとか思いましたけど‥‥顔色が悪いですよ」
彼女の顔を覗きこみ、心配そうにカリンがそう勧める。エリーは迷ったようだが、言葉に甘えて横たわる。
治癒する前に彌鷺がメンタルリカバーで心を回復させたり、ハロウもまた枕元に香草のアロマ効果で癒そうとするが、やはり一時的な処方でしかない。
完全に回復させるには要因を取り除くしかないだろうが、とはいえ、村人を倒す訳にはいかず。今はまずは化け猫の脅威を取り除いで少しでも負担を軽くするぐらいしか手は無かった。
ただ、その化け猫に関しても、その胸中を察する事が出来る。冒険者一同手荒な真似はしたくない、というのも本音だった。
「狂化ってのはどうにもならないものなのだろうか?」
狩野柘榴(ea9460)がふと漏らした一言に、冒険者――特にハーフエルフであるカリンが何とも複雑そうな顔をする。どうにかなっていたら、ハーフエルフの迫害もまだマシにはなっていたのかも知れない。
気配でそれを悟り、柘榴は慌てて言い作ろう。
「いや、その。村人や猫が怒る気持ちも良く分かるんだ。きっと誰もが遣り切れない思いを抱いてるんだと思うんだ。
だから、狂化だから仕方ないんだと説得するより、まず、心から詫びる事をしなければならないよね」
言いつのりながら、柘榴の顔が塞ぐ。
「遣り切れない思いが憤りとなって確執となって。傷ついた心を癒すのは時の風化を待つのが一番だろうし、少しずつでも理解して手助けしてくれる人がいたらと願うけど‥‥猫には理屈が通じるかな?」
「どうだろうか。少なくとも、狂化の成せる業と伝えた所で納得しねぇだろうな」
モードレッド・サージェイ(ea7310)が答えると、カリンが気鬱そうに顔を伏せる。
「殺し、殺されたのが人の形をしたものか、そうでないのか‥‥それだけの事かもしれねぇ。両方を秤にかけることは、本来できない事なんだろうが」
言って、モードレッドは嘆息する。
「だが、これまでの経緯は聞いたし、どういう状況かも分かっている。正直、猫の復讐心も分からねぇ訳じゃねえ。だが、俺は依頼を引き受けちまったからよ。何があっても守ってやるよ」
お願いします、と悲しげに答えるエリーに、モードレッドは力強く頷く。
どっちが犠牲になっても、それで終わる事は無い。そんな不安を抱えながら。
エリーの周囲に人の出入りがあるのは簡単に知れる。少なくない人数であり、武器も所持している。どれぐらい腕が立つのかは分からないが、危険であるのは確かだった。
油断から一度手痛い目にあっている。用心は実に必要というのを学んでおり、だからこそ、黒猫は当分身を潜ませる事を早々と決めたのだが。
気配を感じて黒猫は振り返る。と同時に、見つけられた鞆雅は顔を歪めて立ち止まった。
小屋周辺の出入りは限られている。故に人型でも猫型でも、ブレスセンサーで気をつけていれば接近を十分察知できた。忍び足で逃げられぬよう近付いたのだが、今少しの所で気付かれてしまった。
だが、黒猫の方も相手が近すぎて咄嗟に逃げ出せず、威嚇しながら次の手を考えている。そんな態度だから、鞆雅の方も迂闊に動く事ができず、しばし、両者の視線が交錯する。
だが、
「あんたが化け猫かい?」
その膠着状態に終止符を打ったのは連十郎だった。今度は完全に虚をつかれたようで、猫は驚いて声のした方へと目を向けた。
連十郎がいたのは空中。屋根の上で警戒していたのを、異変を見つけてリトルフライで近付いたのだ。足音をさせない上に気配を立つ事にも長けた相手。鞆雅に気を取られていた隙もあり、猫が悔しそうに顔にシワを作る。分が悪いと言いたげに逃げ出そうとしたのを、鞆雅が慌てて留める。
「待ってくれ。まずは話がしたい」
始めは警戒していた猫も、言葉を重ねる内についに頷く。単にヤケになったのか、こちらの腹を探ろうというのかは分からないが、とにかく話を聞いてくれる気である内に、鞆雅は他の者へと呼子笛で知らせた。
「それで、用は何なの?」
化け猫が冒険者らを睨みつける。人の姿に化けた分、表情であまり心を許していないのが分かる。
「仲間を無意味に殺されて、怒る気持ちはよく分かります〜。でも、出来れば仇討ちは諦めてここは引いてもらえませんか〜? エリーさんだって悪気があってやった訳ではないのですし‥‥」
そう告げる愛を化け猫が鋭い目で睨みつける。思わず愛が一歩退いてしまうと、代わりにハロウが進み出る。
「エリー君は日本では珍しいけど、ハーフエルフっていう種族なんだ。彼らは狂化という業を持っていて、感情が高ぶると一つの行動や感情に固執してしまう。稀に別の原因でも狂化する人もいて、エリー君はその稀な部類なんだ。猫を見ると狂化して‥‥殺す事に固執してしまう。衝動的で彼ら自身じゃどうする事も出来ないし、その分、自我を取り戻した時に殺した事を悔やんでる」
「猫だって獣だって、いたずらに鼠を殺したりする事はあるじゃないか。いわばお互い様ってもんだ。だからといってあの子が正しい訳じゃねえが‥‥なぁ、ちいっとだけ我慢して時間をくれねえかな」
連十郎が頼むと、少しばかり化け猫は目を見張った。
「あの子は、もう少し俺たちに任せて我慢してくれないか。それでも駄目で辛抱しきれなかったら、その時は時間切れって事でヤリ合うしかねえ。‥‥だが、俺たちはそういう事は避けたい!」
必死に説得する連十郎。他の者も真剣にその言葉に頷き、化け猫を見つめるが‥‥。
「それで‥‥どうなる?」
黙って話を聞いていた化け猫だが、顔を伏せ押し殺した声でぼそりと呟く。
「退くのはたやすい。だが、それでどうなる。猫殺しがあの女の性というが、時間を置いて治るものなのか!? よしんばそれで良しとしても、その時までに一体どれだけの同朋が犠牲となる!!」
怒りの叫びは慟哭にも似て、冒険者たちは唇を噛む。
「でも、恨みは恨みの連鎖を生むだけで何も変わらないですよ!」
愛がさらに言葉を紡ぐが、
「ならば、その鎖を断ち切るだけだ‥‥」
暗く告げた化け猫の姿が歪んだ。はっとして得物に手をかけた冒険者たちの前、猫の姿に戻った化け猫は毛を逆立てて駆け出す。
その行き先はエリーの居場所。猫ならではの身軽さと機敏さで囲んでいた冒険者たちを飛び越えると一目散に走り出し、
「やはり、思いは伝わらないのかな?」
だが、疾走の術でさらにその先に回った柘榴が、苦渋を滲ませて立ちはだかる。
よもや回り込まれると思わず、立ち止まった化け猫に鞆雅が網を投げかける。驚き暴れる猫に、さらにハロウのプラントコントロールで操られた植物が巻きつき、止めとばかりに彌鷺がコアギュレイトで縛りつける。
「なぁ、本当に今は堪えてくれないだろうか」
鞆雅が一縷の望みとばかりに頭を下げる。
逃げるどころか、動く事もままならぬ化け猫だが、その分意志を瞳に乗せて、爛々と冒険者たちを睨みつけている。その態度に、彌鷺は目を伏せて顔を横に振る。
「では、あなたを放す訳にいきません。今逃せば、あなたは彼女の存在を理由に村人を襲うなど、災いを為しかねませんから」
「酷い事したくなかったのですけど‥‥、依頼なのでしかたないです〜」
ごめんなさい、と小さく謝ると愛は霞刀をつきたてる。身動きできぬ小さな相手の息を止めるのは実にたやすい事だった。
「終わったか‥‥」
小屋の中、エリーたちの警護をしていたモードレッドとカリンが決着ついたのを見届け、出てくる。
「ああ。そっちに異常は?」
「大丈夫。大事ねぇよ」
言って苦笑するモードレッド。狂化の心配を考えてエリーは目隠しをしてもらった上で、柘榴の春花の術で眠らされていた。これまでの疲れもあってか、外の喧騒にも目を覚ます事が無く至って穏やかなものだ。
「本当に‥‥何なんでしょうね、狂化って」
猫一匹にそこまでしなければならない彼女。狂化に関わって命を落とした猫。彼女に限らずとも、狂化を避けようと思えば、自然、何かを堪えねばならず。それが、果たして禁忌を犯した親の因果の報いなのか。猫じゃらしを振りながら呟いたカリンに答えられる者は無かった。
佐吉からの礼を受け取り、村人の白い目を受けながら冒険者たちは江戸へと帰参する。が、その前に猫たちの墓へと立ち寄る。
「せめて、天上で安らかに過ごして欲しいよね」
柘榴が告げると愛もまた頷く。皆で手を合わせると、今はその場を後にする。
どこかで猫が鳴いたような気もしたが、果たしてそれは‥‥。