【悪意の連鎖】 道連れ
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■シリーズシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月01日〜03月06日
リプレイ公開日:2005年03月09日
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●オープニング
(「何かいる‥‥」)
視界の端、何かが動く気配がして、エリーは背筋を凍らせる。
追い出された村。傷の為、一時的に滞在を認められて結構な時間が立ったが、その間にこの家に訪れたのは数えられる程度しかない。
村では自分は歓迎されていない。文化の違いや見た目の違いから来る敬遠もあるだろうが、それ以上に彼らは自分を恐れ軽蔑している。
エリーはハーフエルフである。感情の起伏の他に、猫を見ても狂化してしまい、八つ裂きにしたくなる。残虐極まり無い性質に、村人たちは近寄らず、動物の類も近付けさせようとはしない。
むしろ、その方がよかった。ただこうしているだけで迷惑をかけているのに、さらに騒ぎを起こして村人たちを刺激したくなかった。ここに運び込まれる原因となった化け猫も退治され、後は自分が早くよくなりさえすれば、懐かしい家で佐吉と静かに暮らせるし、村人たちも安心するだろう。
だというのに。家の中に何かがいる。軽い足音はよりにもよって猫らしい。
泣きたい気持ちでエリーはきつく目を閉じる。見さえしなければ狂化は無い。何かで驚かせて遠ざけようと、手探りで近くにあるはずの椀を探し‥‥。
「きゃあ!!」
その腕に痛みが走る。思わず目を見開いて腕を見ると、爪で掻かれたような後があった。とっさにその主を探してしまったが、どこにもいない。
どこかに隠れたのかも知れないが、静まり返った家の中、自分以外の何かがいる気配も無く。
そもそも、猫はどこから入ってきたというのか。入り口や窓はきっちりと閉められている完全な密室。そのはずなのに。
薄気味悪い物を感じて、エリーは身震いする。水でも飲んで落ち着こうと水瓶まで歩き、柄杓を手にした時だった。
瓶の水に歪んだ影が映る。水面を覗き込む自分の肩越しに‥‥猫の顔。
驚いて振り返るも、何もいない。そうだろう。猫が立てるような場所では無い。誰かに抱えられるか、飛ぶかでもしなければ。
小さく息を飲み周囲を見渡す。唐突に部屋の真ん中にいる猫が目に入った。大きな黒い猫は、怯える事無くエリーを見つめる。
何と思う間も無く、エリーは狂化して猫に掴みかかった――かかろうとした。だが、掴んだ黒猫は幻のように消え去り、彼女は勢い余って倒れこむ。
したたかに打ち付けた痛みは夢などでない。狂化が静まると、頭が冷静に今見たモノを理解する。
(「ありえない‥‥」)
血の気が失せた。
見覚えのある猫だった。忘れる事など出来ない、特別な猫。
呆然と座り込むエリーの右肩に、ぽすん、と何かが乗っかった。誰かが近付いた気配は無い。佐吉では無い。恐る恐る手を伸ばしても、自分の肩が触れるだけ。なのに、何かがそこにいる。
震える彼女の耳元に、それは顔を寄せる。視界の端で黒い物を確認し、柔らかな毛の感触が頬に当たる。
――マタ、会エタねェ。
そう告げた声は、間違いなく化け猫のモノだった。
聞こえた悲鳴に、佐吉は慌てて家の中に飛び込む。
目に入ったのは血だらけになって倒れているエリーだった。驚いて抱き起こすと、全身に細かい爪痕や牙の痕がある。
「何だ?! 何があった!!?」
出入りは無かったはずだ。これだけの傷を与えたのが一匹であるはずも無く、それらがどこへ消えたのかも分からない。
命に別状は無いものの、エリーは自失したように目を見張っている。軽く揺するとようやく佐吉に気付いたように、目を向けてきた。
「‥‥なのよ‥‥‥‥」
「え?」
「駄目なのよ‥‥。許してなんてくれない。謝っても皆死んでしまって私だけ生きていて恨んでいて悲しんでいて憎まれてこれからだってずっとこんな事が続いてまたたくさんのお墓を作って埋めて何度も繰り返して!!!」
悲しみでエリーが狂化する。真っ赤な目に涙を溢れさせ逆立つ髪を振りかざして泣き騒ぐ彼女を、佐吉はたまらず抱きしめたが。
「痛!!」
回した手に血が滲む。爪痕だが、掻いた元凶は見当たらない。佐吉がぞっと背筋を凍らせている内に、エリーはふらりと台所に向かう。
「そうよ。彼らは私を迎えに来たのよ。だから行かなくちゃ‥‥」
言って包丁を手にする。それをどう使うかに気付いて、佐吉は慌てて止めようとしたのだが‥‥。
ニャー‥‥
場違いな程愛らしい声が響いた。
気付けば、辺り一面が猫に埋め尽くされている。足の踏み場も無い程の猫はエリーに纏わりつきながら、佐吉を無機質に見つめる。
あまりの光景に佐吉は身を強張らせたが、エリーが何事も無い様に包丁を握る手に力を込めたのを見て、さらに肝を潰す。
「やめろ!!」
一も二も無くエリーに駆け寄ると、その手から包丁を叩き落とす。床に落ちた包丁が乾いた音を立てると同時に、糸が切れたようにエリーは気を失った。
倒れた彼女を抱きながら、佐吉はもう一度辺りを見回す。
猫は一匹もいなかった。
「という訳で、依頼だよ〜」
冒険者ギルドにて。のほほんとシフールが告げる。
「依頼主は佐吉って人。こないだ化け猫に付き纏われた奥さんが、今度は猫の幽霊に憑かれたみたい。たまたま旅の坊さんがいたからお払いを頼んでみたけど、手に負えないってんでこっちにお話が回ってきたのさ」
暗い内容を明るく告げてシフールは冒険者を見渡す。
「猫幽霊の数は多いらしいけど、首魁はやっぱりあの化け猫らしいんだ。猫を殺すと七代祟るって言うけど、本当、しつこいよね。おまけに幽霊だから通常武器では効果無いし、奥さんに憑依しているから普通に斬ると奥さんまで死んじゃうし」
当たり前だが奥さんの身を守る事が大事である。
「厄介な依頼かもしんないけど。誰か受ける人いるー?」
●リプレイ本文
村に訪れたのは再びの事となる。ハーフエルフのエリーに付き纏っていた化け猫を退治し、それでもう終わりかと思われたのだが。
「相変わらずですね、この村。‥‥やっぱりこういうのってやな感じです」
村に足を踏み入れ、カリン・シュナウザー(ea8809)は困ったようにそう呟く。
小さな村とはいえ、それ故に人の出入りもあまり無い。村の者以外が出歩いていれば否応無しに目に付くし、それが異国人となれば尚更だ。
エリーの狂化が原因で、村の者の目は厳しく、それは前来た時から変っていない。むしろ、酷くなったような気がする。
「村の方も。あそこまで怯えないでもよいと思うのですが〜」
槙原愛(ea6158)が肩を竦める。敵意とも思える視線で見られて、カリンは他の冒険者らに身を隠すようにしながら佐吉とエリーの夫婦が住む小屋へとたどり着いた。
「皆様‥‥。お手を煩わせて申し訳ないです」
深々と頭を下げる佐吉。表情が優れないのは、誰の目にも明らかだった。心痛を思えば、無理もない。
「ううん。それより顔色が悪いよ。滋養強壮の薬を煎じてきたから、これ飲んで少し休んだらどうかな?」
心配してハロウ・ウィン(ea8535)が薬を差し出す。佐吉は微笑して受け取ったが‥‥それも束の間、その顔が憂いに沈む。
とにかく中へ、と案内されて、何の気無しに一同は足を踏み入れた。が、すぐにその身を強張らせる。
決して広くはない小屋の中には人影一つ。エリー以外には考えられないが、一瞬そうとは分からなかった。
手足は柱に括りつけられ、目隠しに猿ぐつわ、全身に痛ましい小さな傷跡が広がる。前回も痩せた女性との印象はあったが、それがさらに酷くなりもはや骨が筋張って見える。わずかに動く胸に気付かねば、死人と言われても納得しよう。
「こうして縛り付けておかないと何するか分からないのです。食事させようとすると、舌を噛もうとするので猿ぐつわのまま‥‥。こんなになっても、猫が見えると狂化して暴れだすのでずっと目隠しも外せず‥‥。なのに、少し目を離しただけでこうして傷が増えてるんです。猫に遊ばれたかのように」
痛ましい姿に佐吉が顔を覆って俯く。
「ごめんなさい。私がちゃんと猫さんを成仏させられなかったばっかりに‥‥」
泣きそうな顔で告げる愛に、佐吉は弱々しく首を振る。モードレッド・サージェイ(ea7310)が、そんな佐吉にとにかく休むよう告げる。
「思うんだが。この一件が片付いたら、どこか人目に触れない静かな場所にでも引っ越した方がいいんじゃないか?」
「私もそう思います。正直言ってこの村はいい環境とはいえません」
モードレッドの提案に、愛も頷く。
「せめて、狂化を止める事ができれば‥‥。時間があるようなら力づくでも止められるよう手ほどきしますけど‥‥」
とはいえ。愛が教えられるかという事もだが、武術の経験がなさそうな佐吉が一朝一夕で技を覚えられるかも大事で。生兵法は却って危険である。
「狂化に関しては情報を集めてみたが、やっぱり芳しくなかったしなぁ」
環連十郎(ea3363)が苦々しく顔を顰める。
江戸のギルドにて、狂化を押さえる方法をハーフエルフや彼らが多いロシア出身者に聞いて回った連十郎。だが、とにかく心を平静に保ち、狂化をそもから起こさないようにする、というのが一般的であり、それ以外の話はほとんど聞けなかった。
で、そのわずかに聞けたそれ以外の話はといえば、もう胡散臭い伝え聞きな呪い事で、連十郎であっても信憑性を疑いたくなるような内容だった。―― 一応佐吉に伝えたが、きっと効果無いだろう。
そうこうする内に、丙鞆雅(ea7918)が探していた坊主を連れてくる。手に負えないと告げた坊主だが、やはり気にはなっていた様子。鞆雅が願いを告げると、すぐに頷いたのだった。
狩野柘榴(ea9460)も戻り、役者がそろう。それでは、と一同気を引き締め、改めてエリーを見遣る。
「エリーさん、猫さん。ちゃんと助けてあげられなくてごめんね」
悲壮な面持ちで呟く柘榴。エリーは眠るようにただ横たわり、今は何の動きも無かった。
室内はとかく、戦闘に向かない。なので、エリーを屋外へと運ぶ。
「もう話し合いも何も通じやしねぇな。ただ黙って倒すしかないのか」
「‥‥死んだ猫よりも生きているエリーさんの方が大事です。迷える霊、成仏させましょう」
横たわるエリーを見つめながら、連十郎は唇を噛む。白彌鷺(ea8499)がそんな彼にきっぱりと言い切る。
そのエリーだが、意識を失ったように身動き一つしなかったが、坊主が呪を唱えだすと、途端に身を捩って逃げ出そうとした。縛られたままなので動けはしないが、激しい抵抗に佐吉を含め冒険者たちは慌てて彼女を押さえつける。
やがて、坊主の体が白く淡い光に包まれると、くぐもった悲鳴をエリーが上げる。同時に黒い影が彼女の体から逃げ出した。
影はふわりと宙で反転すると、坊主に向かって威嚇する。黒い毛並みのその猫はまさしく、先日倒したはずの化け猫の姿。いや、不鮮明なその姿は霊体であり、倒した事には間違いない。
毛並みを逆立てて唸り声を上げる猫。と、滑るように空を移動し、再びエリーに寄り付こうとする。だが、その移動を、ハロウのグラビティーキャノンが退けた。
「早く、ホーリーフィールドは使えるか?」
青い顔して泡喰ってる坊主に、鞆雅が素早く指示を出す。戦闘馴れしていないのは明らか。前も次の手を拱いている内に、再び憑かれて暴れられたのが敗因らしい。
坊主は大きく頷きホーリーフィールドを形勢したが、これ以上の指示は却って酷だろう。
「な、長くは持ちませんよ。その、修行中の身ですから‥‥」
「構わない。それまでに片は付ける」
ただエリーたちを護るよう頼むと、鞆雅が化け猫の霊と向き合う。
結界に阻まれたと悟り、さらに化け猫の姿が怒りに歪む。その視線だけで射殺しそうな迫力におののく坊主とそれでも気丈に睨み返す佐吉。そして、ぐったりと力なく眠るエリー。
そんな彼らを愛、モードレッド、柘榴、連十郎が護る為に囲み、鞆雅、カリン、ハロウ、彌鷺が化け猫と対峙する。
そして、さらにその周囲をいつのまにやらたくさんの猫たちが取り巻いている。形状が不確かな霞のようなそれらもまた、生きていない事はすぐに知れる。
化け猫が吼えた。途端、猫の霊たちが動きだした。一斉にエリー目掛けて突撃する様に、一同総毛立つ。
ホーリフィールドは敵対者を阻む。だが、力づくで破る事も可能だ。どうやら猫幽霊たちは力こそ弱いようだが、それでも纏めてかかられてはどうなるか分からない。
「ごめんなさい。でも、彼女を殺させる訳にはいかないの」
しばしの瞑目。だが、その瞳を猫たちに向けると、カリンは強くオーラショットを放つ。ぶち当たった猫は悲鳴を上げ、四散した。
「もう一発!!」
ハロウがグラビティーキャノンを唱えた。伸びる重力波は、直線状にいた幽霊すべてを纏めて消し去る。
しかし、
「‥‥このままじゃ、あいつまで届かないな」
ウィンドスラッシュを放ちながら、鞆雅は顔を顰める。
止む事無い攻撃。それを指揮しているのはどう見てもあの化け猫で。そして、この化け猫をどうにかせねばどうにもならないのはすぐに知れた。
だが、魔法も無尽蔵の距離を飛ばせるものでない。何発かを当てた後は、向こうもそれに気付いたか、大きく間合いを取っている。時にいらついたようにこちらに攻撃を仕掛けようとする事があるが、大概は攻撃を猫幽霊たちに任せ、力尽きるのを待っている。猫幽霊たちは力こそ弱いが、数が多くてうっとうしい。その数に任せて攻め入ってくる。
「綺麗事を言いたい訳じゃねぇが、殺って殺られて、それで終わる事じゃないだろうが! そんなに怒りの持っていく場所が欲しけりゃ、俺を好きなだけヤりゃあいい!!」
生憎簡単にゃくたばってやらねぇけどな!
告げるや、モードレッドは、化け猫へと踏み出す。
途端、吹き上げるように猫たちがモードレッドの身を襲った。瞬く間に全身が血飛沫を上げる。
「モードレッドさん?! 大丈夫ですか??」
愛が驚き結界内に引き入れるとモードレッドは苦笑するかのように笑う。さもありなん。一応見た目は酷いが、傷自体は浅い。
それにほっとするや、愛はきっ、と化け猫を睨みつける。
「猫さん、‥‥あなたの命を奪ったのは私です。とりつくのなら私に取り付きなさい!」
化け猫に止めをさした自分。その結果がこれと、悔恨に責められながら、愛は化け猫と向き合う。負けじと化け猫も唸りを上げる。逆立つ毛はますます怒り狂っている模様。
「そういえば‥‥まだ名前を聞いてなかったね」
そんな化け猫に向けて、ふと柘榴が告げる。
「最期、辛い気持ちのままで逝かせてしまった‥‥。強過ぎる想いは、永劫、地上に想いに縛り付けられる。恨む心だけが残って、例えエリーさんを殺めたとしても、姿を求めて下天を彷徨う事になってしまうよ」
寂しげな眼差しを向けてくる柘榴に、化け猫は警戒を解いていないが戸惑いの表情を見せる。
「村の人も猫たちの成仏を心から願ってくれてるよ。‥‥一方的に礼を滅して終わりにしたくないんだ!」
柘榴の言葉に、猫たちの幽霊に変化が出る。戸惑うように頭を振った後、ふと何かに気付いたように一匹また一匹と集団から離れる者が現われたのだ。
去っていく猫は我に返った表情で村へと帰っていく。
――ダマレ‥‥
脱落していく猫の幽霊たちを怯えたような目で見ながら、化け猫は声とも付かない声を上げる。
――ダマレ! ソンな言葉なドイらなイ 消エた命ノ道連レに ソの女ヲ連れテ‥‥!!
その声が途中で途絶えた。怒りに見開いた目は驚きの色を見せるが‥‥身を強張らせたまま動こうとしない。否、動けないのだった。
「やっと、かかってくれましたか」
ほっとした声をあげたのは彌鷺だった。コアギュレイトはアンデッドも縛る。
「判断力の無い人が人を殺して、即罪とするのは非道です。エリーさんはこれからも成仏せぬまま六道輪廻の中でもがき続けなければなりません」
一歩一近寄る彌鷺に、化け猫は大きく目を見開く。他の猫たちは最早動かず、靄のようにその姿も薄れ行くばかり。
「あなたも。成仏する事で六道輪廻から解放されましょう」
彌鷺が化け猫へと手を伸ばす。触れられるはずのない手に怯えるように、実体の無い化け猫の姿が大きく歪む。
彌鷺の唱えるピュアリファイ。浄化の魔法は化け猫の負の命をさらに消し去り、怨化の姿は瞬く間に霧散した。
予想通り。化け猫の姿が消えると他の猫もゆるやかに散逸していく。
最後の一匹まで消え去るのを確認した後で、ようやく冒険者たちは一息をついた。
怪我をリカバーで治し――ほんの掠り傷なので、数日もすれば治っただろうが――、しばしの休息をとり、
そして、冒険者たちは佐吉たちの家にいた。
村で借りていた小屋ではない。化け猫に狙われるまで二人が静かに暮らしていた元々の家の方だ。
エリーの容態は良くなかったが――むしろ、前に会った時より悪いと言える――、立て続けの事件に村には居辛く、冒険者たちの勧めもあってひとまずはこちらに帰って来たのだ。
住む者不在の荒れ果てた家。ついでとばかりに掃除を手伝った後、裏庭の猫たちの墓に参る。カリンと鞆雅が頼んで坊主が猫に戒名まで作り、きちんと供養する事も告げる。
「私たちの都合であなた達の命を奪ってしまったのは何も言い訳できません。でも願わくば、恨みを忘れて向こうでお仲間の猫さん達と仲良く暮らしてください」
「今度はきちんと眠れますように」
愛とハロウが手を合わせる。その傍では、エリーもまた。
「狂化か。持って生まれた性はどうしようもねぇな。いっそ罪の意識が無けりゃどんなに楽だったか‥‥」
そんなエリーを見つめながら、モードレッドは寂しげに笑う。
「家を越すのも一つの手だが、猫のいない所なんぞないだろうし‥‥なぁ、何で猫なんだ?」
問いかける連十郎にエリーは弱々しく首を横に振る。本当にこれといった理由は無かった。
「家の周囲に猫が嫌う物を置けば不完全でも効果はあるだろうが。いっそ出家するとか」
言いながらも鞆雅は困惑する。出家は世俗を離れる事で、夫婦ならば離別となるのが普通である。それを良しとしても、寺にも猫は来る。ただ場所を変えて繰り返すだけになるかもしれない。
「これしか‥‥解決方法無かったのかな?」
物言わぬ墓を寂しげに見下ろすハロウの頭を、慰めるように鞆雅が撫でる。
「もう分かっていると思うけど。命を絶っても、誰も何も救われない。村人と和解する切っ掛けだってあるかもしれない」
沈痛な表情をしているエリーに柘榴が告げる。ただし、柘榴の顔もあまり晴れやかとは言えず。
化け猫と対峙する前に、柘榴は村人たちに猫たちの成仏を祈ってくれるよう頼んだ。それに承諾してくれたのは、あくまでエリーの為ではなく、猫の為に、だったからだ。
「俺達に出来るのは、その切っ掛けを見つけてあげる事だろうか。でも、明けない夜はない。いつも佐吉さんが一緒だって忘れずに、生きる事を諦めないで欲しいんだ」
柘榴が告げると、エリーも泣きそうな顔で頷く。そんなエリーの傍を、佐吉は黙って寄り添い続けていた。
そして、冒険者は江戸へと帰還する。
「これで解決したのならいいですが〜・・・」
帰途に着きながら、村の方をわずか振り返る愛。見守る景色は、不安の色を写して見えた。