【悪意の連鎖】 囁く悪意
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■シリーズシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月22日〜03月27日
リプレイ公開日:2005年04月01日
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●オープニング
ようやく訪れた静かな日々だった。村の中は、平穏そのもので久しくこんな日は無かった気がする。
それと言うのも、たった一人のよそ者のせいだった。
彼女の名前はエリー。日本人でない、異国の地の者。村の青年である佐吉が妻として連れ帰った女性だが、これがとんでもない悪癖を持っていた。
笑いながら猫を八つ裂きにする。しかも、髪は逆立ち目は赤く染まり、文字通り人が変わる。
狂化というらしい。異種族間に生まれたハーフエルフという種族が背負う業らしく、感情が高ぶると変貌する。稀にそれ以外の原因で狂化を起こす者がおり、エリーがそれだと言う。
佐吉はそう説明して懸命に庇っていたが、しかし、それで許せるのも限度がある。子供の目の前だろうが構わず、猫を裂く女をどうして受け入れる事が出来よう。
エリーを村から追放したのは当然の事であり、それに反対する者は無かった。
だが、彼女は帰って来た。その業により化け猫の恨みをかって、重傷を負ったのだ。さすがに見殺しにするのは薄情と思い、手当ての間は村にいる事が許可されたが、それでも早く出て行って欲しいというのが本音だった。
化け猫の襲来。そして、怨霊化。
全ての原因はあの女一人の問題であり、それに巻き込まれてしまった村はたまったものではない。幸い、江戸から来た冒険者が何とか収めてくれ、エリーたちも長居は無用とばかりに前の家へと帰っていった。
これでようやく、また静かな生活が訪れるのだ。猫の悲鳴も血の匂いも、妖怪の来襲や怨霊の暴走といった脅威に震えて過ごす必要などないのだ。
「本当に。ようやく平和になったよ」
「‥‥本当にそう思うのかい?」
ほっと息を吐いた村人。だが、それを否定する声がどこからともなく響いた。
「誰だ!?」
誰何の声に、そいつはげらげらと笑う。
「誰だっていいじゃないか。俺の正体なんかより平和について語らねぇか?」
聞き覚えの無い声だ。村の者では無い。訝しみ返事をしなかったが、それを相手は是ととったか、調子付いて喋りだす。
「この村の悲劇は俺様もよーく知ってる。エリーと言ったか? あんな女一人に村全部が振り回されて可哀想なこった。同情するぜ。そして、ようやく手に入れた平穏。うーん、いい感じだ。ずーっと満喫していたいよな?」
軽快に語っていたそいつの声が、突然低く押し殺したものになる。
「だがよ。考えてみろよ。あの女がいる限り、もう一度同じ事が起こる。そんな可能性は無いか?」
そいつの声に村人は息を飲んだ。確かに、それは十分に考えられる。
「あの女は猫殺しを止めねぇ――止められねぇ。だったら、今後も繰り返してまた別の恨みをかうだけだぜ。今回はどうにかなったが、次はどうかな? 次は大丈夫でも、その次は? そしてその時、果たしてこの村も巻き込まれずに済むって保証はあるのかい?」
ししし、とそいつは笑う。
「あの女がいる限り、真の平和なんざこの村に来ねぇよ。じゃあ、どうする? 追い出したあの女をさらに遠くへ追いやるか? でも今回みてぇに帰って来ない保証はねぇよな。帰ってこないにしても、女が出て行った先で事を繰り返すようじゃ、災厄をばら撒いただけ、ってもんさ」
「じゃ、じゃあ。どうすればいいんだ!?」
震える声で村人は問うた。一拍置いてから、そいつは語り返す。
「簡単さ。元凶を取り除けば事は起きない」
微妙に意味を含む言葉だった。それに気付き、さすがに村人は絶句する。それに気付いたのだろう。そいつはまた笑った。
「いいぜ、別に。気付いてるだろうが、俺は単なるよそ者さ。この村が化け猫に荒らされようが、怨霊に打ちのめされようが関係ねぇ。だがよ、見て見ぬふりってのは非人道的じゃねぇか。だから、俺もちょっくら力を貸してやろうって気になったんだよなぁ」
全く、お人好しさ。そう言って、そいつは笑う。
「大丈夫、心配するな。他の奴にも話つけてるがそいつらは乗り気さ。寝込んでる女一人、訳ねぇ。佐吉って男が問題だが‥‥夫婦の片方だけが残されるのも哀れだろ?」
「い、いや。しかし‥‥」
「村の為さ」
言い淀む村人に、そいつはきっぱりと言い切る。
「確かに、てめぇは損をするかもな。だが、それで他の奴らは安全が手に入るんだ。老いた奴も生まれた赤子も弱い女も戦う男も。お前の決断次第で、安心して生活する事ができるんだぜ。
何が一番いいのか、ようく考えてくれよ。考えて、やりたくねぇというなら仕方ねぇや。だが、世の為村の為に動く勇気ある他の奴らを妨害するような真似はしてくれるなよ」
また来る。そう告げると、そいつの声はそれきり消えた。
後に残った村人は、ただただ、その言葉を反芻していた。
「助けて、下さい」
そう言って、冒険者ギルドに飛び込んできたのは一人の坊主だった。慌てふためくその姿は傷だらけ。一応の手当はしてあるようだが、動いた為だろう、当てた布に血が滲んできていた。
しかし、それすらも気にならぬ程に動顛した様子で坊主はギルドの係員に詰め寄る。そんな坊主を、係員は宥めてすかし、とにかく話をするよう促した。
「私は僧侶で、修行の為に各地を回っております。そして、先だって。化け猫の怨霊に憑かれた女性を助けるという出来事がありました。と言っても、冒険者の方の手伝いをする程度のものでありましたが」
言われて、係員は頷く。そういう依頼があったのは覚えていた。
坊主はその後すぐに修行の旅に出た。が、その後の経過が気になり、先日、また村へと足を戻したと言う。
憑かれていた夫婦――エリーと佐吉は村から離れた家へと戻り、何ら変わり無く過ごしていた。エリーはまだ具合が悪そうであったが、確実に回復に向かっているのは知れた。
彼らがいた村へも赴いた。そこも変わった事は無く、穏やかに日々を過ごす村人たちがいた。――そう見えた。
安心して、坊主はまた修行の旅に出ようとした。が、村外れ、ふと人の声に気付き坊主はそちらへと足を伸ばす。
「誰かが誰かと話してました。村の者と推測着きましたが、あいにく陰で姿も分からず、声も聞き取りづらくて誰かまでは分かりませんでした」
立ち聞きも悪いと思い、すぐに立ち去ろうとした。が、ふと誰と喋っているのかが気になった。声からして誰かがいるようなのだが、その相手がさっぱり見えない。それで何の気無しに相手の姿を探して視線を巡らせ、坊主は戦慄した。
「村人が喋っていたのは‥‥人ではありませんでした。犬に見えましたが、犬でもない。あれは‥‥邪魅です!」
真っ青な顔で坊主は告げる。
「話している相手もその正体にまでは気付いてないようでしたが‥‥。邪魅は村人を唆し、彼らにあのエリーという女性を殺害させる気でいるのです。その御仁は渋ってましたが、すでに賛同している者も他にいる様子でした」
もっと詳しい話を聞こうとしたのだが、そこで邪魅に気付かれてしまった。逃げる途中で崖から落ちてこの怪我を負ったのだという。
「私がどうにか出来ればいいのですが、あいにくその手立ても思いつかず。
なのでお願いします。どうかあの村に赴き、この災いを取り払ってくれませんか? このままではあの悪魔のせいで、夫婦の命は勿論、村も滅茶苦茶にされてしまいます!」
言って、坊主は頭を下げた。
●リプレイ本文
「うーん、まだ顔色が悪いかな?」
「いつもごめんなさい。気にせずゆっくりしていって下さいね」
ハロウ・ウィン(ea8535)の差し出した薬を心苦しそうに受け取り、エリーは冒険者らに一礼した。
「そんな恐縮しないで下さいよ。‥‥そうだ、良くなったら江戸に遊びに来ませんか? 私、案内しますよ〜」
カリン・シュナウザー(ea8809)が慌てて顔を上げるよう告げるも、エリーは静かに微笑むばかり。ただ、その顔には前に見た憂いは見えなかった。
「村の人がああいう考えになるのは分からないでもないですが。無知は怖いですね〜」
その表情を見て、槙原愛(ea6158)はエリーには聞こえないように溜息と共に吐き出す。
佐吉には黒崎流(eb0833)が村の動向を話しているが、エリーには誰も何も話してはいない。負担を考えると当然だろう。顔色は悪いものの、回復に向かっているのは窺い知れる。気に病んで悪化させては意味が無い。
モードレッド・サージェイ(ea7310)は佐吉にも黙っていたかったようだが、ま、そこらの行き違いは仕方ない。
化け猫の騒動が終わって一段落、と思ったのも束の間、エリーの狂化を恐れる村人が彼女の殺害を計画している。いつ、どのように行われるのかまでは分からず、現在村の方で幾人かが情報収集している。
村人の感情を察する事は出来ようが、それでもこれは行き過ぎだ。
更に。
「でも、悪いのはやっぱり邪魅ですよ。村人を扇動するなんてずるいです!」
普段は笑顔でいるカリンが珍しく、頬を膨らませる。
殺害しようとしているのは村人たち。だが、それは陰から邪魅が煽った結果だった。
「本当にどこにいるんだろう」
ハロウは村で邪魅を探してはみたが、何分外国人は受け入れない村なので、外から覗き見るぐらいしか出来ない。それでは内部の動向を探る事は難しかった。同じく邪魅を探す環連十郎(ea3363)は続けて探索しているものの、未だ発見の報告は聞かない。村人の動きも同様だ。
「どうせ、邪魅は事を見届ける迄は近くにいるだろう。今はただ待てばいい」
村の方を眺めて丙鞆雅(ea7918)は、身を潜める。
「だな。だが、どんな手で来るかは不明だし。ちょっと周囲を見てくるよ‥‥猫たちの墓参りもしたいしな」
告げるや、モードレッドが家の裏手へと向かった。
「おい、大丈夫か?」
声をかけられて、黒崎流(eb0833)ははっと目を覚ます。どうやら少し転寝していたらしい。気付けば連十郎が覗きこんでいるし、傍では狩野柘榴(ea9460)が苦笑しつつ立っていた。
「悪い。話を聞きだすのも楽ではないのでな」
軽く頭を振って目を覚ました後に、すまなそうに流は告げる。
相談や移動の疲れもさる事ながら、情報収集がまた骨が折れた。
顔を知られてないのをいい事に、流は村の噂を聞きつけた一介の侍として表立って行動していた。
日本人の客とあってか村の対応は悪くなく、親身になって聞いてくれる彼にあれやこれやと村人の方から告げる。主にエリーがどんな悪女かと言う悪口大会になったのは閉口したが、それで感極まって村人が泣き出したりすれば流も弱い。そうやって、話に付き合っていくとさすがに気疲れしてしまう。
「それで成果は?」
陰からその様子も見ていた柘榴が苦笑して問う。と、流は軽く頷く。
「様子がおかしいという者が何人か。ただ、村人の推測どおりに可愛がっていた猫を殺されて消沈しているだけなのかも知れないが」
聞いて、柘榴も頷く。
「裏から見まわったけど、確かに怪しい素振りの者は何人かいたね。だけど、本当に彼らがそうなのかの確信はまだ持てないよ。さすがに向こうも警戒しているのかな?」
軽く柘榴は肩を竦めた。流に対して、彼は裏から村を調べていた。元より忍んで行動する事は本職である。
「ちなみに、こっちは収穫無しだ。犬の姿は見かけるが、邪魅らしい影は見当たらない」
リトルフライで上空からも探している連十郎だが、こちらは思うようにはかどらない。小さな村とはいえ、犬程度が隠れる場所なら幾らでもある。狡猾な相手ならば、用意に姿を晒して行動はしないだろう。
互いに情報を交換すると、また別の情報を得るべく互いにまた離れる。
「とにかく、この中にいるのは間違いないんだ。エリーさんを殺そうと唆されてしまった人たちが‥‥」
「そして、それを唆した相手もな」
村を見渡し、憂い顔で呟く柘榴に、連十郎も付け加える。
見た限り、村はどこまでも平和そのものだった。
日が暮れて月が昇る。草木も眠る丑三つ時とはよく言ったもので、そんな時間に動く者など到底考えられない。
夜尚暗い中を、だのにわずかな灯りだけを頼りに進む一行があった。
人数は十名近い。男もいれば女もいる。若者から老人まで幅は広かったが、子供の姿はさすがに無い。勇んで足を運ぶ者もいれば、おどおどと集団から遅れがちになる者など、およそ纏まりに欠けている。
通りがかる者がいれば、何の集団か怪しんだだろう。そして、手に包丁や鍬などを手にしているのを見つけて、早々と立ち去ったに違いない。が、そういった者は現われなかった。
現われたのは、少し違う者だ。
人影が見つけて、一行は立ち止まった。そして、見た顔に気付いて後じさる。
「あの村の人たちなのは分かってるんだぜ。こんな夜更けにどこへ何しに行くつもりなのかもな」
連十郎が告げると、さらに一行――村人たちは息を詰まらせた。
どうしたものかと、ざわめきあう彼らに、柘榴は語りかける。
「諦める前に話し合う時間を下さい。一方的に追い出すのではなく、佐吉さん達がどうして行きたいかも耳を傾けて欲しいんだ。俺達が今後を決めるのではなく、これから歩いていく当人たちが決断をしなくてはならないよね」
「‥‥うっせえ! 俺たちの苦労も知らねぇで。いいから、そこをどけ!!」
自棄になったか、村人の一人が持っていた鉈を振り上げる。つられて何人かが飛びかかり、止める者もいたが、その制止は弱い。
軽い嘆息をついて柘榴は村人たちを軽く躱すと、風上に回って春花の術を唱えた。
途端、ばたばたと村人たちが倒れる。高いびきの合唱が響く中、運良く眠らなかった村人たちはどうすればいいか、ただただ慌てる。
「落ち着いて下さい。話合う事がまずは必要だよね」
穏やかに柘榴が告げると、観念したように残った村人たちはその場にしゃがみ込んだ。
(「ここまでか‥‥」)
草むらに身を隠し、そいつは苦々しく村人たちの様子を見ていた。
事が露見し、狼狽して殺意を失っている村人たち。また改めて仕切り直しも出来るかもしれないが、それも面倒だった。
とにかく一旦退くべき、とそいつは身を引く。
そこに。そいつに向かってウィンドスラッシュが放たれた。パクリと避けた足に悲鳴を上げて驚く間も無く、周囲の草がわさわさとざわめき出すと、いきなりそいつを包み込み自由を奪い始めた。
「畜生!!」
草の動きは自然ではなかった。鼻にシワを作ると、苛立たしげに束縛を引きちぎろうとする。
「あれ、どこに行くのかな?」
「見つけましたよ。観念して下さい」
どこか暢気に告げるのはハロウである。彼のプラントコントロールで草木に絡みつかれた犬は、事態を知って唸りを上げる。一瞬黒い霞みが犬を包んだかに見え、身構えながらも愛がきっぱりと言い放つ。
犬――いや、犬に似てはいるが、犬ではなかった。
「間違いありません! 邪魅です!」
夜目にも青い顔になりながら、依頼主である坊主がそいつを指差して告げた。途端、恐ろしい目で犬――邪魅は坊主を睨みつける。ますます青い顔になって退いた坊主の前に鞆雅は進み出る。坊主に礼を述べた後に、邪魅へと向かい合った。
「観念するんだな。お前の悪事はもうばれてる」
鞆雅が告げる。邪魅の足を斬ったウィンドスラッシュをいつでも詠唱できるよう、注意深く身構えた。
「あの時の坊主か。崖から落ちてくたばったと思ったがな。なるほど、邪魔をしに人まで連れて来たって訳かい」
器用に舌打ちすると、邪魅は忌々しげに告げる。
「まったく、余計な事をしてくれるな。人々を幸せに導くのが坊主の役目じゃねぇのかい? あんたらもよぉ、幸せを掴もうって村人の邪魔するなんざ、ひでぇ事するなぁ」
「例え村人たちが望んだ事であっても、罪を犯してから後悔するのでは悲し過ぎる」
言って、モードレッドはクルスソードを抜く。ただの剣だが、流のオーラパワーで邪魅にも対抗が可能になっていた。
「貴方だけは‥‥絶対に許せません!」
叫ぶや、カリンが斬りつける。無理矢理草を引きちぎって逃げようとしていた邪魅を、鬼神ノ小柄が捉える。
「ぎゃあ!」
悲鳴を上げる邪魅。
「一気に落とさせてもらう!」
すかさずモードレッドが斬りかかり、流が両手の鞭で打ち据える。
畳み掛けるような攻撃は確かに邪魅を捕えていたが、すぐにその攻撃が入っていない事に気付く。いや、一撃は入っているがそれ以上の傷が見えない。
「何か‥‥魔法かよ?!」
モードレッドが忌々しげに告げると、肯定するかのように邪魅が嗤った。そのままその姿が歪む。
犬に似た姿だった邪魅に翼が生え、やがては大きな梟の姿に変わった。
「逃げる気!? そうはさせない!」
ハロウが草木を操るも、大梟と化した邪魅はそれを振り解き、力強く羽ばたく。
「お待ちなさい!」
「変身までするとはな!!」
舞った相手に向かい、カリンがオーラショットを、鞆雅がウィンドスラッシュを放つ。しかし、邪魅を止められない。
邪魅は苦しそうにしながらも夜空に向かい飛び立つ。痛みに喘ぐような声からやがては哄笑へ、ホゥホゥと鳴き散らしながらどこかへと消え去っていった。
一夜明けての佐吉の家で。冒険者と村人たちに佐吉が熱い茶を振舞う。
計画に加担した村人。その中でも代表者が数名。冒険者らに睨まれて首をうなだれている。邪魅の正体を知り、改めて自分たちのしでかそうとした事に気付いたか、概ね何も言わずただ肩を落としている。
冒険者らの方は、ハロウとカリンが村人側や自身の感情を考慮して席を外している。それでも小さな家は人で一杯になっていた。
「復讐の為に人を傷つけるのは、狂化で人を殺してしまったエリーを責めるのとどう違いがあるんだ?」
「だが、しかし‥‥」
呆れたように告げる連十郎に、言い淀む村人。途端、モードレッドが眉を吊り上げる。
「お前たちは! 同じように村の厄介者が現れたら、またそいつを皆で殺めるのか? そうやって罪悪を重ねて、村が平和になると本当に思ってんのかよ。罪悪は隠そうとしたって消えるもんじゃねえ! 赦しを得る事がどれだけ難しいか、エリーを見て分からねぇのか!?」
「エリーさんを殺せば、確かにこの場は解決します‥‥。でも、あなた達は一生人殺しの業を、いえ、村自体が人殺しの村の業を背負おわせ、子孫にまでその罪を着せるつもりですか‥‥?」
愛もやるせなさそうに村人たちを見つめる。
「‥‥本当に村の平穏を考えてんなら、安易に血を流すな。あんたらの手は生きる糧を作る物で、家族や同朋を慈しむものだろ」
その為に自分たちがいるのだと、きっぱりと言い切るモードレッド。
「人を赦す事はとても難しいよね。犯した過ちは消せないけど、償っていく時間はまだ用意されているんだ。ここで彼女を殺めてしまったら、今度は村人たちが、一生その罪を背負っていく事になる。これで良かったんだと晴れぬ心を騙し続けて、償う相手もいないまま許される事なく、ずっと心の闇に囚われてしまう事になるよ。
‥‥赦す事はまだ出来なくとも、手を差し伸べて今後の幸せを掴むことは出来るから」
悲しみの鎖を断ち切ろう、と語る柘榴に、村人たちはただただ肩を落とすだけだった。邪魅に唆されていたと言うのは相当に答えたらしく、村人たちはむしろ憔悴していた。
「村人たちについてはもういいだろ。それよりも今後どうするかだ」
そんな村人たちにそっと嘆息しつつ、流は話を切り出す。
「ああ。どうするのがいいか、互いに胸の中を述べて双方が納得できる方法を話し合うべきだな」
言って鞆雅は佐吉を見遣る。佐吉は堅い表情で黙って頷いた。
会談はわりとあっさりと終わった。何度も頭を下げる村人を見送りながら、むしろ冒険者たちの方が困惑気に佐吉を見遣る。
「これでいいのか? 本当に」
「ええ。これでいいんです、きっとね」
鞆雅の問いかけに、佐吉は穏かに笑って頷く。
結局、佐吉たちはまたさらに別の場所へと越す事した。意外だったのは言い出したのは佐吉たちであり、村人たちは引き止めた事だ。邪魅に唆された事でようやく、その罪悪を認識したと云った所か。
結局、これ以上村に迷惑をかけたくないという佐吉たちに、村人の方が折れたのだが。
「でも‥‥どこかアテはあるのですか?」
カリンが尋ねると、佐吉は曖昧な返事をする。
「何だったら、江戸にでて冒険者になると云うのは? 別に力仕事だけがギルドの役目じゃないぜ」
連十郎の提案には、エリーが首を横に振った。大きな町となると猫を見かける事も多く、彼女としては恐いらしい。
「まぁな。猫のいない土地も難しいからな」
手伝ってもらって江戸で猫の無い土地を調べてもらった流だったが、やはりそういう土地を見つけるのは難しかった。面目なさそうに頭を掻く流に、佐吉はただ首を横に振る。
「結局、どうするか決めるのはあなた達ですし。どういう選択をしても何も言いません。私たちに出来るのはいくつかの道を示す事だけですし。でも‥‥後悔は無いようにして下さいね」
「少なくとも、人間らしい行き方は捨てないでくれよな?」
真剣に告げる愛と連十郎に、佐吉たちは息を飲み、深々と頷いた。
そして、冒険者たちも江戸へと帰る。
「そうそう。これを渡しておく」
言って流が佐吉に手渡す。物は家内安全のお札。礼を言いかける佐吉に、横からエリーがまた流の手に握らせる。
「御心配ありがとうございます。でも、大丈夫です。佐吉さんがずっといてくれますから」
言ってエリーが佐吉に寄り添う。面食らって目を丸くした流だったが、やがてほっと息をつくと懐にまた戻した。
「美人な奥さんだ。末永く幸せにな」
笑いながら告げると、二人が照れて赤くなる。
「そうそう。僕のとった山菜は受け取ってね。体に云い薬草もたくさん見つけたんだから」
にこりと笑って告げるハロウ。
満面の笑みを浮かべる夫婦に、見送られる冒険者たち。
もはや、ここを訪れる事は無いだろう。