●リプレイ本文
黒子党と呼ぶ輩が拠点としているらしい山。その全てを封鎖するのは至難に近い。麓の警備の目を掻い潜ると冒険者たちは二手に割れた。
こちらは山頂へと登る冒険者たちだが、警備の目が結構厳しい。夜を選び忍び入ったが、それでもうろつく侍は多かった。
その山にはびこるは姫路藩率いる悪の軍団。捕らわれたるは、悲劇の姫君。
「萌え‥‥じゃなくて、燃えるわね」
「姫と申せど、お婆さんとか普通に化け物の姿をしてたりする可能性もございますのじゃが。ここにいない可能性も一応ございますしの」
口元を緩ませ感じ入っているレオーネ・アズリアエル(ea3741)に、マリス・エストレリータ(ea7246)は率直に意見を述べる。
姫路近辺の妖怪を統べるという長壁姫。確かに間違えてはいないが、その正体が謎な以上、いろいろと不安も残る。
「大丈夫、私はまだ希望を捨ててないわ!!」
とりあえず容姿に関しては目を輝かせて断言するレオーネがいたりもするが。
「お喋りはそこまでだ。‥‥警備の目が多いな」
丙鞘継(ea2495)が周囲を見渡しながら二人を制す。
もっとも、夜回りの警備は提灯など明かりを持っているので遠めでも分かる。インフラビジョンを唱えた鞘継の目には夜の闇も苦にならないし、乃木坂雷電(eb2704)がこっちについてきた事で、バイブレーションセンサーを使いさらに遠くからの情報も得られる事が出来た。
マリスも単純にその視力やあるいはサウンドワードなどを使って行動を補い、彼ら四名は山頂を目指す。
やがて、蔵のような建物が見える場所まで到達する。前に雷電含む別の探索班が他の目的で忍んで調査した所、あの下に捕らえた妖怪たちがいるらしい。とはいえ、彼らの目的は乗り込んで救出する事ではない。
「あちらが見つかるまでは潜伏しておいた方がいいのでは?」
マリスが首を傾げる。こちらは陽動。警備の目を惹きつけた隙に、他の目的を持った冒険者たちを含むもう一班が内部に潜入する手はずである。
「いや。向こうが見つかってからだと警備は向こうにも敷かれるか? 陽動を仕掛けるならこっちが先の方がいいか」
「ですかな? まぁ、実質私は戦力外じゃて、がんばって下されじゃ」
雷電が思案するや、マリスがシャドウフィールドを唱える。建物を巻き込み、警備をしていた侍たちが異変に騒然となった。
「何だ? 突然暗くなったぞ!!」
口々に騒ぎ、慌てふためいている。そこに鞘継がマグナブローを唱えた。上がるマグマに吹き飛ばされ、侍たちが闇の空間から弾かれたように飛び出してくる。
「な、何だ! 貴様らは!!」
態勢を立て直し顔を上げる前に不審人物たち。さすがに侍たちが刀を抜く。
襲い掛かってきた刃は動揺故か酷く大降り。その刃を潜り抜けると即座に雷電は日本刀を叩き返した。
血飛沫が飛び、侍が絶叫を上げる。その懐から飛び出た小さな笛を目ざとくマリスは見つけて拾い上げると、
「ちょっと吹いてみたかったのですじゃ♪」
小さな体に大きく息を吸い込み、力の限りに吹き鳴らす。
遠く木霊する高らかな音に、静かな山は一変した。
山の頂上から笛の音が届いた。
目の前の番人たちが、その音に気付きはっと顔を上げる。
「ほな、行くとするで!!」
隠れていた場所から身軽に飛び出すと将門雅(eb1645)は素早く侍の一人に挑みかかる。疾走の術で移動力を上げた為、その動きは素早い。早々と殴り倒して気絶させると、慌てたもう一人の侍が身構えたのが見えた。が、そちらもまた別の冒険者によって簡単に倒されてしまう。
山の内部に入る入り口。中から出てきた侍たちもやり過ごすと、一同は勇んで中へと踏み込む。
「にわか作りと思ってましたが‥‥なかなかですね」
雷電からおおよその話は聞いていたが、直接中を見るのは初めて。藍月花(ea8904)がその作りに目を向け、感嘆とも言いがたい表情で肩を竦める。
ここに来る前。姫路前藩主の姫・白妙と会い、この山についての情報を聞いていた。返事としては知らないという事だった以上、にわか作りで単純構造と思っていた。確かに部屋数などは少ない――というか、ほとんど無い――のだが、通路がやたら煩雑になっている。恐らくはそもあった洞窟なども利用したのだろう。
迷宮のように、警備の目を避けているとその広さも相まって、その内自分たちがどこにいたのか分からなくなる。
「いたぞ! あそこだ!!」
「うざったいわ〜。はよ、どうにかならへんか?」
不快そうに顔を歪めながら、見つけた侍を始末する雅。時にはやり過ごし、時には逃げながらもその数はこのままでは増えていくばかり。
それは同行の冒険者も考えていたのだろう。開けた部屋が検討違いだった事もあり、格なる上はとムーンアローを飛ばした。
矢は指名した相手を目指し一直線に飛ぶ。その軌跡に従い、冒険者たちはさらに奥へと進んだ。
やがて、やたら頑丈そうな扉の部屋を見つけた。重い扉を破壊して進むと、そこに並ぶのは見事なまでの石像。そのどれもが人の形をしていなかった。入り口に置かれていた松明を灯して照らせば、なおその緻密さが分かる。
「このどこかに‥‥姫さまがいるのかしら?」
およそ笑顔とは縁遠い顔を浮かべる石像たちに、月花は思わず身震いする。いくら石化されているとはいえ、気持ちのいいものでもなかった。
と、その石像の陰が揺らめいた。冒険者の一人が声を上げて鞭を振るうと、その陰から黒い人影が飛び出してきた。
「黒子党とか言う奴かいな。ここまで来て邪魔ばっか‥‥。ここはうちらで止めとく。はよ、姫さん探して来てや」
「分かったわ」
口早に雅が告げると、月花もまた僧侶たちとその場を離れる。勿論、黒子たちは追いかけようとしたが、それを素早く雅や他の冒険者が食い止めていた。
冒険者が戦闘のどさくさに紛れて放った月の矢は二本。うち一つは奥へと伸び、そこにあったのは猫の像。もう一班が捜し求めていた相手だ。
「感動の再会はいいんだけど‥‥こっちも急ぐの」
石化を解かれ、嬉しそうにしている冒険者に申し訳なく思いながらも月花が告げる。姫も石化されている以上、僧侶の存在は必要だった。
猫たちは食い止める冒険者らの加勢に赴き、改めて月花と僧侶は姫を探す。矢のもう一本は下へと伸びた。どこかに入り口がと思うと、倉庫のさらに奥に厳重に封された扉を見つける。
松明を手にし、奈落の闇に陥るような感覚に捕らわれながら月花はその道を進む。何故、そんな感覚になるのか。突き当りの小部屋に辿り着いた時に何となく理由が知れた。
開いた小部屋はいたる所に注連縄と呪符が飾られている。土がむき出したままの空間の中央には、石像が一つ置かれている。
上にある像に比べてずいぶん別格な扱い。さもありなん。石像は美しい女性の姿をしていたが、その表情は呪詛を叫ぶが如く怒りの形相に凝り固まり、見ているだけで寒気がする。
「え、えーと。その、本当に解除してもよろしいのでしょうか‥‥?」
「‥‥お願い」
さすがに月花も迷ったが、ここまで来て引き返す訳にもいかない。
青ざめた僧侶が震えて呪文に詰まりながらも石化を解く。
果たして。ゆっくりと石の色から姫君の姿へと変化していく。と、同時に凝り固まった怒りの表情も動き出し、徐々に和らいでいく。‥‥が、周囲の気配は反比例してどんどんと険悪になっていく。
完全に石化が解けると、そこには姫君が立っていた。その美貌は妖怪であればこそか。レオーネが喜ぶではあろう。
「ふ」
その唇が笑む。ただそれだけであったのに、思わず身を引く。
「ふふふふふふ。‥‥あの屑どもが‥‥。ようもわらわを石なんぞにしてくれたものだな」
小部屋に艶笑が響く。身構えた月花の背後に腰を抜かした僧侶が慌てて逃げ隠れる。
「糞虫どもが!! いいだろう!! その首引きちぎり、頭から喰らってくれるわ!!!」
怒りも露わに姫が吼える。ほのかに浮かぶ獣貌は姫の本性を示しているのか。ふわりと浮き、そのまま外へと飛び出して行きかけた姫を、月花は慌ててすがりついた。
「お待ち下さい。長壁姫でありますか!?」
「なんじゃ、おぬしらは? 石化を解いた事は褒めて遣わす。はよう往ね」
ようやく月花たちの存在に気付いたように、姫は彼女たちを見下す。行動に水を刺されて苛立っているようだが、それでも手にかける様子は無い。
奥で縮こまっている僧侶に耳を閉ざすよう告げた後、月花はここに至った詳細を口早に伝える。
「ほう、そういう事になっておるか。‥‥ではもそっと手は欲しいな。これ、そこな坊主、参れ」
姫が僧侶を手招く。微笑む様は何とも底知れぬ怪しげな笑みであった。
「ぐはっ!!」
腕を捻り上げられながら、鞘継は地面へと押さえ込まれる。他の冒険者もまとめて叩きのめされていた。
警備の目を引き付け、山の中を逃げ回っていたが、多勢に無勢。応戦もしたが奮闘むなしく全員取り押さえられている。むしろ、この人数でよく持ったとも言える。
怪我らしい怪我は今の所無い。加減されたのはさて、いかなる判断の上なのか。
「お前たちは何者だ」
黒装束の大男が鞘継を捻り上げたまま告げる。恐らくは黒子党と云う輩だろう。周囲には侍たちが他の仲間を押さえ込んでいる。
「‥‥海賊討伐の時にいたのでね。その際、捕まえた海賊の仲間の姿を見つけたので追ってきたまでだ」
「ほぉ、警備の目を盗んでこんな奥地まで入って来るほどにか。‥‥いえ、何が目的か!!」
黒子が刀を突きつける。そこに蔦が素早く撒きつき腕を封じた。
見れば、やはり押さえられたままの雷電が笑う。
「小賢しい!!」
怒りを込めて黒子が蔦を切り払うと、雷電へと刀を振り上げる。
さすがに押さえられたままでは避けようが無く、雷電は唇を噛みながらその刃が振り下ろされるのを見る。が、それが実行に移される前、人が建物から飛び出して来た。
「た、大変だ! 奴ら、石化を解き、長壁姫までもが!! ぐわっ!」
こけつまろびつ走ってくる黒子は全身に傷を負っている。その身に構わず忠告の声を上げるや、と、いきなりその足元が爆発した。
「何!!」
「うきゃ?!」
続け様に、次々とそこいらの影が爆発していく。侍が吹き飛び、黒子が倒れ、冒険者も地面を転がる。
追う様に、建物から悠然と現れたのは一人の美女。ただし宙に浮かんでいる辺り、人とは思えない。
「あのぉ。助けてくれるんは嬉しいんやけど、うちの仲間も巻き込まれてるんやけど‥‥」
「黙りゃ。加減はしてある。第一そのような端々、構うてられるか」
共に現れた雅がおそるおそる告げるも、問答無用と姫さまは斬り捨てる。
そして、彼らの背後、姫の指示にて石化から解かれた妖怪たちが付き従っていた。勿論、倉庫にいた全てではない。が、それでも正直これだけの数に囲まれるのは居心地が悪かった。殺気を孕んだ目で妖怪たちが侍を睨みつけている様は、むしろ心が痛む。
「おのれ。それが狙いか‥‥」
黒子の大男が悔しげに呟く。覆面越し、歯軋りの音すら聞えそうな程。それを見たのだろう、溜飲の下がった様子で姫は満足げに笑う。
「こうなれば構わん! あの化け物を仕留めろ!! 放っておいては藩に災いを及ぼすぞ!!」
大喝を上げる黒子。及び腰になりながらも、侍たちは刀を向ける。
「小賢しい事を。不意を衝かれた前とは違うぞ」
鼻で笑うと、姫の身が銀に輝いた。途端に侍の一人が奇声を上げて刀を振り回す。‥‥姫にではなく、手近な者たちに向けてと。
「今だ!!」
術に嵌り狂乱に至った侍に他の者が手をこまねいた隙、雷電がプラントコントロールで彼らの動きを止めた。すぐに振り払われはしたが、そこをすかさず鞘継がマグナブローで追い討ちをかけ、吹き飛ばす。
それを鏑矢としたか、一斉に妖怪たちが姫路藩の者たちへと襲い掛かった。たちまちのうちにあちらこちらで乱戦が起こる。
「ちっ、退け!! 態勢を整えるぞ」
黒装束が告げるや、侍たちもあっという間に引き下がる。
「姫さまの救出がなった以上、あまりこの戦闘は意味無い気がするわね」
その一方で。なおかかってくる侍たちの刃をガディスシールドで受けながら、レオーネが告げる。それは皆同意見だった。
「ふむ‥‥、楽しみを後にすると思えばよいか。それではわらわは先に島とやらに向かう故、ぬしらは良しなにいたせ」
「え、ちょっと姫さまーー!!」
レオーネが慌てて止めるが、その時にはすでに、姫は印を組むと足元の影へと姿を消した。あっさりと冒険者たちをおいて。
「姫を探せ!! そいつらも逃がすな! 殺しても構わん!!」
「そのような物騒な事、ごめんなのじゃ」
黒子が指示を飛ばすが、その時、いきなりの暗闇が彼らを包み込んだ。マリスのシャドウフィールドである。闇に包まれ動きを止めた侍たちに、妖怪の幾体かが飛び込む。上がる絶叫はどちらのものか。いずれにせよ、確認するより早く、冒険者たちは麓に向かい駆け出していた。
途中阻む者もいたが、長壁姫の捜索や他の妖怪たちの成敗に手を裂かれたのだろう。人数としては多くは無いし、着いてきた妖怪たちが嬉々として襲い掛かり、屠る。おかげで楽は出来たが気は重い。
どうにか麓までたどり着いた頃、山頂の方から大きな音が聞えてきた。
「何だ?!」
「あいつらがあの場所を埋めたんだよ。そういう細工が最初からしてあったらしいな。これ以上捕まえた奴を逃がさないようにするには、まあいい手だろ」
いきなり現れた女が乱暴な言葉で告げる。あからさまに睨みつけてくるその顔には、どことなく鞘継と月花は見覚えがあった。
「長壁姫は先に島へ渡った。私らも後を追う。‥‥お前らもどこへとも行って人を喰うなり、暴れるなり好きにしろ。ただし、面倒ごとは面倒ゆえその場合はきっちり落とし前つけさせてもらうってさ」
後半の台詞は妖怪たちに向けて。言うが早いか、女の姿が途端に崩れる。黒い蝶の姿になると、海の方へとひらひら舞い飛んでいった。
残る妖怪たちは顔を見合わせていたが、一体、また一体とその蝶を追いかけだす。
「本当に‥‥解放してよかったのかしら」
その様を見送りながら、不安げに呟く月花。少なくとも気軽に人に手出しはしない気ではいるようだが‥‥。
「まぁ、大問題になった時には依頼人の彼女に責任を取ってもらうとしましょーよ。今回はこれで終わりだけど、出来るならまだお付き合いさせてもらいたいしね」
肩を竦めてレオーネもまた笑う。含んだ笑みは実に楽しそうだった。
姫路某日。夜明け頃に沖の島へと妖怪たちが多数向かう様を、漁師が目撃して肝を潰す。
これより先に何が起こるか。それはまだ誰もわからず。