【鮮血のアリア】発端
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■シリーズシナリオ
担当:勝元
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月02日〜04月07日
リプレイ公開日:2005年04月10日
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●オープニング
潮騒。灰色の空。雲間から覗く弱々しい太陽。
どん、と突き飛ばされて私はその場に倒れこんだ。
背中を打ちつけ激しく咳き込む私を見て、男たちは気味の悪い、まるで獣じみた笑顔を浮かべている。
‥‥苦しい。息が出来ない‥‥
身動きが取れなくなった私に、男たちの一人がゆっくりと近付いてくる。
血走った瞳が舐めるように私を見回す。
怖い。
でも、誰も私を助けてくれる気配はなかった。
男が荒い息で私の襟元に手を伸ばして‥‥
何かを引き裂く音が、すぐ傍で聞こえた。
「――嫌ぁぁぁぁっ!」
悲鳴と共に少女は飛び起きた。
外は暗い。夜明けにはまだ早い時間のようだ。少女は額から流れた汗を拭うと、窓を少しだけ開け、冷たい外気に顔を晒す。
兄を探す旅の途上で起きたあの事件から、三ヶ月余り。回数こそ減ってきたものの、悪夢に魘される夜は無くなってはいなかった。
あの時は、魘される度に年上の友人が優しく抱きしめてくれたっけ。だけど、今は‥‥
少女は己の身を抱くと、小さく震える。
――大丈夫。私達は恐くないよ。
――楽になりたければ、自分で何とかするしかないの。判る?
――焦らなくて良いのよ。まずは自分に出来る事を探しましょう。
脳裏を過ぎる声に、激しく掻き乱されていた胸の鼓動は波が引くように鎮まっていく。
「ふぅ‥‥」
少女は小さく溜息を一つ、ベッドサイドの蝋燭に火を灯すと、心の昂ぶりで滅茶苦茶に乱れた髪を撫で付けながら部屋を出た。
翌日。
少女は教会の子供たちをつれ、市場まで買い物に出ていた。
早春の陽射しに、銀の髪飾りが小さく光る。これと今着ている服は、友人からプレゼントされたお気に入りだ。出かける時は、必ず身に付ける事にしていた。
正直、まだ男性は恐いのだが‥‥子供たちと一緒なら、どうにか誤魔化す事は出来るようになっていた。それに何より、身に付けた贈り物が勇気を与えてくれる。
大丈夫、恐くなんかない。
何度も自分に言い聞かせるよう心で呟くと、少女は子供たちの手を引きながら街を歩く。買い物は済んだ。後は帰るだけである。
「ちょっと、いいかな」
と、後ろから声をかけられたのはその時だ。
「きゃっ」
突然かけられた青年の声に、少女は酷く驚いた。
「ごめん。驚かせちゃったかな」
申し訳なさそうに謝る人の良さそうな声に、少女は緊張に身を硬くしながらも振り向く。
「――!!」
今度はあまりの驚きに声も出なかった。手を繋いでいた少年が、怪訝な眼つきで少女を見上げている。
「アリアねえちゃん、どうしたの?」
「‥‥先に帰ってて‥‥すぐ戻るから」
片手に持った麻袋を少年に持たせると、少女は出会ったばかりの青年と連れ立って歩き出す。胸元のペンダントを祈るように握り締め、何事か呟きながら‥‥
――その日、少女は夜になっても教会に帰ってこなかった。
ドレスタットの冒険者ギルドに、マリユスという黒の司祭が駆け込んできたのは翌日の朝である。
「う、う、うちのアリアが買い物に出たっきり帰ってこないんですっ。一緒に行った子供たちに聞いてもすぐ戻るとしか言ってなかったそうで‥‥お願いです、冒険者の手配をっ」
息を乱してまくし立てる初老のクレリックは、人の良さそうな外見を大いに乱して受付嬢に取りすがった。
「ご安心ください。危機には冒険者、これ常識ですからっ」
受付嬢は意気込んで依頼書を書きなぐると、掲示板に貼り付けたのだった。
●リプレイ本文
湿気と埃の混じった空気が鼻孔を刺激する。鉄格子ごしの向こう、リュリス・アルフェイン(ea5640)は不快な空気に眉根を顰めた。
「赤毛で銀の腕輪の男‥‥? カイって奴ならいたがな」
青年の問いにその男は身じろぎ一つせず、薄暗い牢屋の一角に身体を横たえたまま答えた。
「綺麗な顔して何考えてるかサッパリわからねえ、いけすかねえハーフエルフさ」
以前、伝結花(ea7510)が出会った男も赤毛だったという話だ。同一人物である可能性は高い。ビンゴならば赤毛は危険だ。
「他にはいなかったのかよ」
「さあな。そもそも俺達は気心の知れた仲間の集まりってワケじゃ――」
「――時間だ」
「ひっ」
現れた騎士――レオナール・デルプレルの姿に、男は小さく悲鳴を上げた。自白と引き換えに解放され己が主に殺されるか、決して殺して貰えない苦痛に耐えるかの二択――この様子では精神の防壁が決壊するのが先かもしれない。
「これでも重要参考人だ。今後は遠慮して貰いたいものだが」
「ちっ、餌を釣り針から離すよりはマシだろうが」
「私の興味は餌よりも釣り上げた魚にあるのでな」
男は牢屋の中へ向けていた鷹のような鋭い視線をリュリスにやると、小さく口元を歪めた。
「まぁ、漁のやり方に悩んでいるのであれば、相談に乗ってやれないことも無い」
「はっ」
見下すような男の言葉に虫唾が走り、リュリスは吐き捨てた。この領主の配下は彼の最も嫌いなタイプだった。
「陰険な漁師の指導なんざ願い下げだぜ」
そうしてリュリスは仲間と合流すべく、踵を返した。
――早春の陽射しに銀の腕輪と髪飾りが小さく輝いている。
市場の通りを、赤毛の青年と少女が歩いていた。道往く人々が時折視界を遮る。少女ははにかむ様な淡い笑みで青年を付いていった。
「‥‥ねぇ、今までどうしていたの‥‥」
「色々と、ね。此処じゃなんだから」
おずおずと少女声をかける少女に、青年は表情を変えず、言葉を濁す。
「僕の部屋でゆっくり話そう。少し歩くけ――」
ピリル・メリクール(ea7976)の脳裏に浮かんだ映像はそこで途切れた。パースト――月の精霊の力を借りて行う過去見の力である。
「‥‥どうでした?」
気遣わしげに少女を見つめるブラン・アルドリアミ(eb1729)の言葉に、少女は小さく頭を振る。
「この人がお兄さんならそれが一番だけど‥‥」
「無理やりではなく自分から付いていったんですしね‥‥続けられそうです?」
「うーん、思った以上に消耗しそう‥‥」
アリアの失踪から一日以上が経過している。この為、少女は必要な映像を得る為に術の難度を上げる必要があった。だが予想以上の成功率の低さに阻まれ、成功しても映像の浮かぶ時間は長くない。魔力の消耗を考えると、効率よく捜索‥‥とは言い難い。
「ムーンアローを使う手もあるけど‥‥」
魔法のスクロール片手、メアリー・ブレシドバージン(ea8944)は呟いた。行き交う人々の中、常の笑顔が精彩を欠いている。
「それ、攻撃魔法ですよね?」
不思議そうな顔でブランが尋ねた。
「ええ。範囲にアリアちゃんがいたら絶対当たるわ」
「‥‥ダメよ、絶対」
当たれば当然、彼女は只では済まない。傷つけるなど論外と言わんばかりに、ピリルの表情は硬い。
「勿論、判ってるわ」
メアリーも端から現実味のない手段と考えていたのだろう。スクロールを懐に仕舞い込むと、二度と触ろうとしなかった。
(「アリアちゃん待っててっ。今助けてあげるからねっ」)
心で呟き、手に持ったソルフの実を飲み込むと、ピリルは力ある言葉を紡ぎ、魔力をその身に集わせた。
もう昼時だというのに、その酒場は人影が疎らで、お世辞にも繁盛しているとは言い難かった。
「ここ最近、赤毛の美男美女のカップルを見なかった?」
店に入るなり開口一番、暇そうにテーブルを磨いていた主人に尋ねたのは桜城鈴音(ea9901)だ。
「女の子の方は、最近子供達と一緒にこの市場に買い物に来てたんだけど」
入口から響く、鈴を鳴らすような明るい声音に主人は振り向くが、客ではないと知るや視線を戻し、面倒臭そうに答えた。
「さぁ‥‥そんな事言われてもなぁ」
「実はあそこの二人が、横恋慕しててね〜」
あそこの二人、とは鈴音と行動を共にしているリュリスと結花の事だ。ふうん、と二人に目をやった主人は、興味をそそられたのだろう。手を止め、改めて少女に向き直る。
「じゃあ、あいつらは横恋慕同士、同盟を組んだって訳か」
「そうそう、そゆこと♪」
「‥‥まぁ、そうなるな」
「ってゆぅか、美形はミンナ独り占め、みたいナ?」
リュリスと結花も少女の話にあわせ、適当な相槌を打った。まぁ、結花は普段どおりの反応のような気がしないでもない。
「そうだな‥‥」
上目遣いに脳裏を探ると、主人は思いついたように手打ちを一つ。
「そう言えばいたかもな、赤毛のカップルが。ウチの前を通って裏通りの方に歩いて行くから、こりゃ如何わしいぞと思ったもんさ」
自分の如何わしさを棚に上げ、男は答えた。
「‥‥と言うわけで、港方面は空振りっぽいですね」
夕暮れ前の広場。集まった仲間に多嘉村華宵(ea8167)は報告していた。
「港の近くに根城があるかもって思ったんだけどね」
青年の言葉に続け、言葉を紡ぐ神木秋緒(ea9150)の表情もいまひとつ冴えを失っている。
アリアを狙うなら海賊の可能性が高い、と読んだ二人ではあったが、海賊の根城が人里のすぐ傍にある筈もなく。一通り港近辺を捜索はしてみたものの、目撃情報を入手する事は出来なかった。
「伝の見た野郎と、今回の赤毛野郎は同一人物だな」
「ってゆぅか、かなーりの確率でアリアちゃんのお兄さんョねぇ」
「だとしたら一晩経っても連絡の一つもないのはおかしいよ」
「もしかしたら、狂化が原因で帰れない事も考えられるわね‥‥」
「まぁ、その辺の話は後に回しましょうか」
仲間達の一連の憶測に、興味なさげな華宵が言う。アリアが帰って来ないこと、それが理由で司祭が心穏やかでないこと。青年が気に入らないのはその二点のみで、他の事は正直どうでもよかった。
(「取り乱す司祭様の姿なんて初めてですからね‥‥」)
マリユス司祭の言葉を借りれば、二人との出会いは『大いなる父のお引き合わせ』である。それを他人が勝手に断つ事など言語道断、華宵からすれば許されざる行為なのだ。
「そういえば‥‥あの人、僕の部屋でって言ってたな」
精霊の力で得た映像を思い返しながら、ピリルが言った。
「寂れた酒場の前から裏通りのほうに向かったみたい」
と鈴音。どうやら現状での有力な手がかりがこれのようだ。
「明日は範囲を狭めましょう。裏通りから先に『僕の部屋』がある可能性は高いと俺は思います」
ブランの言葉に一同はそれぞれ頷いた。
翌日。
件の酒場の前、集まった一同は再び捜索を開始した。
厄介な事に、裏通りに入ると人通りが激減した。これは即ち、目撃情報も激減する事を意味する。あまり利用されないから裏通りなのだから、当然と言えば当然なのだが。
「どう?」
「‥‥美形は見えないヮネ」
屋根の上、やや危なっかしい身のこなしながらも周囲の観測をする結花にメアリーが尋ねた。
「その辺のゴロツキを二、三人締め上げてきましたが‥‥」
「埒があかないな。手当たり次第痛めつけて吐かせるか」
「指の何本かでも折ってやれば違ったんじゃない?」
真面目な顔で物騒な事を言う青年たちに、鈴音まで感化されたのか同調している。
「また、失敗・・・・」
その一方、ピリルは魔力のコントロールに苦しんでいた。魔力を集中し、テレパシーを放散する寸前で何度も失敗している。難度の高い魔法にミスは付き物。だが、成功さえすれば捜索範囲は飛躍的に広がる。その思念は約100mの範囲に届くのだ。
「が、頑張ってくださいっ」
その傍、玲瓏たる声が少女を励ます。初めての冒険、出来るだけのサポートはしたいのだが、勝手が掴めない事がもどかしい。内心の小さな焦燥を心の奥底に仕舞いこみ、ピリルを気遣うブランである。
「うん、ありがとっ」
そうして少女は激励に笑顔を返すと、再び力ある言葉を紡いだ。
――裏路地のどこか、小さな部屋の中。
窓辺から遠くを眺める青年の言葉に、少女は戸惑いの表情を浮かべた。
「・・・・ぇ?」
青年は窓枠にもたれる様に振り返ると、穏やかな笑みを湛え言葉を繰り返す。
「ここを出て、僕の主の世話にならないか、って言ったんだよ」
「あるじ‥‥?」
「そうだよ」
午後の陽射しを照り返す赤毛を軽くかき上げると、青年はもう一度外界を眺めた。
「あの方は素晴らしいお方さ。きっと僕たちハーフエルフの力になってくれる」
「‥‥でも、私‥‥」
世話になっている司祭や折角出来た友人に不義理はしたくない。だけど‥‥
(「‥‥アちゃん、どこ? アリアちゃん‥‥」)
突然、少女の脳裏に聞き覚えのある声が飛び込んできたのはその時だ。
(「ぇ‥‥?」)
「いた‥‥っ!!」
幸運にもついに感じた手応えに、思わずピリルは喜声をあげた。
「見つかったんですかっ」
その声を受け、ブランは仲間を集めるべく逸早く駆け出した。
(「ピリルだよ。もう大丈夫だからねっ」)
(「え、ぇ‥‥?」)
(「今どこにいるの? すぐ行くからっ」)
突然の声に動揺しながらも、少女は居場所を脳裏に浮かべ、伝える。
「‥‥アリア、どうしたの?」
困惑の度合いを強めて押し黙った少女に、青年は怪訝な表情。
「あ、えっと‥‥何でもない‥‥」
実際は「何でもない」ではなく「何だか判らない」なのだが、少女はそう答えるのがやっとだった。
「‥‥たぶん、あそこ」
路地の一角、押し殺した少女の声。
アリアの思念から得た情報を頼りに、冒険者達は目的の場所に辿り着いていた。少女は目前の建物の二階にいる筈だ。
「それでは、手筈通りにお願いしますよ」
「何かあったら合図頼むぜ」
いつでも突入できるよう華宵が印を組むと、リュリスも建物の傍、物陰に潜んで鞭を取り出す。
「アリアちゃんの無事が優先だからね」
懐からスクロールを取り出すと、メアリーは封を解く。いざと言う時の目晦ましである。
「準備完了♪」
鈴音も印を組み、手に持ったロープを垂直に窓の下まで延ばした。
「気をつけて下さいね」
ブランの言葉に送られ、結花と秋緒の二人は玄関をノックした。
「ハァィ、お久しぶり☆」
玄関の向こう、佇む結花と秋緒を見て、青年は動揺の片鱗すら見せず微笑んでみせた。
「やぁ、久し振りだね‥‥ええっと」
「結花ョ。ってゆぅか、アタシもアナタの名前知らないんだケド?」
「ごめん」
女の言葉に青年は小さく苦笑いをしたが、上手くいかなかった。
「アリアは何処? 彼女をどうするつもり!?」
やり取りに耐えられなくなった秋緒が、言葉も鋭く青年に詰め寄ったからだ。
「だいいち、あなた何者なの?」
「‥‥それは僕の台詞だけどなぁ」
淡い笑みを浮かべると青年は少女を見据え、言った。結花なら見惚れること間違いなしだが、秋緒の目には胡散臭い事この上なく映っている。
「他人の部屋に突然押しかけて、挨拶もなしに詰問するキミこそ何者なんだい?」
「私はアリアの友達よ!」
からかう様に繰られる青年の言葉に、思わず激する秋緒だ。
「まあいいさ。僕はカイエン‥‥お察しの通り、アリアの兄だよ」
「アリアの境遇を知っていた筈よ? 貴方が教会に顔を出してたのは分かってる。なのに今頃出てくるなんて、信用出来ないっ」
考えたくはなかった名前を聞いた秋緒が更に昂ぶるが、結花がさり気なく抑え、代わって口を開いた。
「‥‥ネ、アリアちゃん返してくれない? 教会のオヂ様がずいぶん心配してるのョ、黙っていなくなっちゃったから」
「僕にもそれなりに予定があるんだけどなぁ」
「それって‥‥あの人が?」
結花のブラフに、カイエンはすっと表情を消し、女を見つめた。
「へぇ‥‥そこまで調べたんだ」
「さァ?」
片目を瞑ってみせる女に、青年は引っかかったかと苦笑する。
「‥‥やるじゃん。可愛いだけじゃないんだ。見直したよ」
「アリアを利用しようと言うなら、絶対にアリアは渡さないっ。あの子は私達の大切な友達なのよ!」
叫ぶと、秋緒はすっと腰を落とし刀に手をかけた。この場で斬り捨てれば、例えアリアから怨まれたとしても‥‥しかし、その刀が抜かれる事はなかった。
「どうしたの‥‥?」
階段の上、不安そうな表情の少女が階下を見ていた。
「お友達が迎えにきてるよ、アリア」
小さな妹に語りかけるような優しい声音で青年が語りかけた。
「‥‥秋緒‥‥それに結花も」
すんでの所で抜きかけた刀を素早く鞘に戻すと、秋緒は少女を見つめる。
「良かった‥‥無事で」
思わず涙ぐむ。しかし同時に、小さな後悔が心を粟立たせた。場合に因っては、彼女の目の前で兄を斬ってしまう所だったのだ。
「今日はもうお帰り。暫く会えなくなるけど」
青年は静かに微笑むと、少女を外へ送り出した。
「次に会う時までに、よく考えておくんだ。いいね」
「もう少し君たちが遅く来てくれてたら上手く説得できたんだけどなぁ」
アリアを外へ出すと、青年は悪びれず呟いた。
「いいさ。今日のところは諦めようか」
「‥‥いったい何が狙いナノ?」
女の問いに、だが青年は微笑で答えた。
「キミには教えてあげられないな。まぁ、あの綺麗なお姉さんなら仲間に入れてもいいけどね」
言うと、青年は階上の部屋に姿を消す。
「待ちなさいっ」
秋緒が後を追い、部屋に飛び込む。彼にはまだ聞きたい事が山ほどあるのだ‥‥
しかし秋緒が入った時には既に、部屋の所有権は窓から吹き込む早春の風に譲り渡されていたのだった。
「‥‥拍子抜け、ですねぇ」
一連の報告を受けて、華宵が僅かに肩を竦めた。
懸念だった人質などの事態は起こらず、少女は戻ってきた。確認しなければならない事は沢山あるのだが、教会に戻るなり少女は「考えたい事がある」と自室に閉じこもってしまった。
「今回の事がどのような影響を及ぼすのか‥‥心配ですね」
「皆さんが心配していた事は良く判ってらっしゃると思いますよ」
ブランが安心させるように言う。
「俺がそう伝えた時、ごめんなさいって謝ってましたから」
(「わたくしを仲間に‥‥?」)
メアリーは青年の狙いが気にかかっているようだ。心当たりは一つしかないのだが、それで如何したいのかは皆目見当がつかなかった。
「今回は逃がしちゃったけど‥‥」
「いつかその笑顔の下の本性、暴いてやろうじゃないか」
鈴音の言葉にリュリスが合わせると、一同はそれぞれ、思いのままに頷いたのだった。