【鮮血のアリア】困惑

■シリーズシナリオ


担当:勝元

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月20日〜04月25日

リプレイ公開日:2005年04月28日

●オープニング

 揺らめく燭台の明かりが小さな部屋を照らしている。
 少女はベッドに身体を横たえ、かといって眠れるわけでもなく。一人、思念を彷徨わせていた。
 考え事が増えたせいか、ここのところ良く眠れていない。自分はどうしたらいいのか、どうすべきなのか。そんな事ばかり考えていて、日々こなしている教会の雑用も近頃はお留守になりがちだ。
 ――此処を出て、僕の主の世話にならないか? 一緒に行こう‥‥
 兄の言葉が脳裏を木霊する。
 本来であれば一も二も無く飛びついていた話だ。少女は兄を探して旅に出たのだから。そう、あんな事さえなければ‥‥。
 一瞬、過去の忌まわしい記憶が過ぎった。
 思い出したくもない。だけど、そのお陰でかけがえのない友人が増えたのも事実。あの男たちに感謝する気にはなれないけど‥‥。
 少女の想念は友人である冒険者たちに飛んだ。
 兄の元を訪れていた時、血相を変えて自分を探しにきてくれた少女。そう言えば、お礼もお詫びも言ってなかったっけ。
 言い争っている様子だったのは、きっと私が勝手に出歩いたから。だから兄と喧嘩になってしまったんだ‥‥。
 教会に何の連絡も入れなかったのは、そうする手段がなかったからだ。本当は一旦帰って説明したかったのだが、そうしたらもう二度と会えない気がして‥‥。あとで僕も謝るからと引き止められたのもあって、結局、無断外泊する形で数日の間教会を空けてしまったのだった。
 ――次に会う時までに、良く考えておくんだ。いいね。
 再び兄の声が脳裏に響く。暫く会わないうちに、兄からは人が変わったような印象を受けた。見た目は変わっていないのに、何処となく怖い‥‥。
 少女はどうしたらいいか判らなくなって、夜が明けたら司祭に相談してみよう、そう思った。

「――おや、アリア。どうしました?」
 少女が礼拝堂の祭壇を磨いていたマリユス司祭に相談したのは、早朝の事だ。
「あの‥‥ちょっと、お話が‥‥」
「この間の無断外泊の件ですか? 本当に心配したんですよ、全く」
「‥‥ごめんなさい‥‥」
 しゅんと俯いた少女に、司祭はにこりと笑んで言った。
「いいんですよ。その代わり、もう二度としないこと。約束ですよ? 破ったらお仕置きです」
「‥‥はい」
「さて。話はそれだけじゃないんでしょう?」
「うん‥‥」
 少女は慎重に言葉を選びながら語りだした。
 探していた冒険者の兄と再会したこと。
 その兄から主人の世話にならないかと誘われたこと。
 鬼気迫る友人たちの様子。自分の知らない兄の片鱗。
 そして別れ難い人たちのこと‥‥。
「ふむう」
 目を閉じ、上向き加減に思案していた司祭は、少女に向き直ると、言った。
「冷たいようですが、私からは好きになさい、としか言えません。勿論、個人的に思うところはありますが‥‥」
 司祭は珍しく言葉を濁した。当然、個人的感情を語るならば「遠慮せずウチにいていいんですよ」と言うのだが‥‥。
「‥‥」
 突き放されたような気がして、少女は俯いた。個人的にかけたい言葉と、相手の為を思うゆえの言葉とはまるで別物なのだが、それを理解するにはまだ少女は未熟だった。
「そうだ、お友達に相談してみては如何でしょう? 彼らは見聞も広いですし、きっといいアドバイスをくれますよ」
 とりなすように、司祭が言う。年頃の少女の扱いはどうにも難しい。世代の近い者に任せるのが上策だろう。押し付けるとも言うが。
「‥‥でも、ギルドは‥‥」
「お金の事なら気にしなくていいんですよ。私にも多少の当てはありますし、それに」
 多少の当てを思い返しながら、司祭は片目を瞑った。
「きっと彼らも、金額の多寡なんて気にしないんじゃないかと思いますよ」


「‥‥それで何故、お前が私の所に来るのかが理解出来ないのだが」
 突然来訪した旧友の話に、男は不可解を絵に描いた様な顔で尋ねた。
「それは勿論、貴方にも協力してもらう為ですよ」
 多少の当てを目の前にした司祭は、さも当然と言わんばかりの微笑。
「まさか、私に金を出せと言っているのか?」
 長い付き合い、承知してはいたものの友人のマイペースぶりに男はあきれ返った。
「冗談じゃない。縁も所縁もない小娘の何処に私が金を出す道理があるんだ」
「縁も所縁もない? 冗談じゃありませんよ」
 微笑絶やさぬまま、司祭は男に近付いて耳元で囁く。
「‥‥うちの娘を釣具に使ったそうですね?」
「なっ‥‥」
 意表を突かれた男は思わず絶句、それを見た司祭が畳み掛けるように言う。
「出していただけますね、レオナール」
 思わぬ相手に弱みが露見した男は、暫く逡巡して、仕方なさそうに呟いた。
「‥‥好きにしたらいいだろう」
「ありがとう、友人とはこうあるべきですね。流石は領主様の側近、太っ腹です」
 司祭は白々しく礼を述べた。

 ――こうしてその日の内に、ギルドに一枚の依頼書が張り出される事になったのであった。

●今回の参加者

 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea7510 伝 結花(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7976 ピリル・メリクール(27歳・♀・バード・人間・フランク王国)
 ea8167 多嘉村 華宵(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8944 メアリー・ブレシドバージン(33歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9150 神木 秋緒(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9901 桜城 鈴音(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1729 ブラン・アルドリアミ(25歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ブルーメ・オウエン(ea9511

●リプレイ本文

「ってゆぅか、予想通りだケド‥‥ねェ」
 裏路地の片隅にある安っぽい建物の二階を伝結花(ea7510)とリュリス・アルフェイン(ea5640)は訪れていた。
 元住人である赤毛の青年がいやしないかと淡い期待を抱いていた結花であったが、残念ながらそれは果たせなかった。部屋の貸主を訪ねてみるも、金さえ貰えれば相手は問わないという類の輩だったらしく、大した事は聞けていない。あるいは、相応の金額を提示すれば青年に関する情報が聞けたかもしれないが‥‥。
「馬鹿みたいに高い賃料は保証金と口止め料込みなんだろーな」
 部屋の遺留品を探しながら、リュリスが呟いた。物は試しと家主に賃料を聞いてみた所、どう考えても物件の割に合わない金額を答えられたのである。この手の輩の口を軽くするには、財布の重みが足りそうになかった。
「ちっ、ロクなもんがねー」
 殺風景な部屋にリュリスの声が響く。ここから生活感がまるで感じられないのは、ごく短期的にのみ使用していたからだろう。
 鍵も開きっぱなしだったが、それは借り主が逃亡したからである。恐らくこの後、新しい鍵が付くに違いない。貸主は青年の逃亡を告げられても、良くある事だと平然としていた。
「そう言えば彼、しばらく会えないって言ってたヮ」
 と、思い出したように結花が言った。
「‥‥此処に戻ってくる予定も無さそーだな」
 つまらなさそうに言うと、男は踵を返す。
「これからどうするノ?」
「後手や守りばかりってのもつまらねーからな」
 一言答えて、リュリスはその場を後にした。恐らく自分なりに調査を続行するつもりなのだろう。
 女はその背を見送ると、教会へと帰るべく部屋を出た。


 ――カン、カカカッ!
 教会の庭に甲高い音が響く。
「‥‥やっ」
 杖を両手に握り締め、打ち込んでくる赤毛の少女をブラン・アルドリアミ(eb1729)が危なげなく捌く。
「剣を持つには覚悟がいるわ」
 少女の打ち込み稽古の様子を見ながら講釈するのは神木秋緒(ea9150)だ。
「安易に他人に剣を向ければ、いずれ自分に跳ね返ってくる。力を持つ者ほど、己を強く戒めなければならないわ」
「俺も特別力がある方では無いですが‥‥相手の力を利用する技もあります。例えば」
 ブランが目配せすると、少女に代わって秋緒が一歩前に進み出る。
「――はっ!」
 そのまま上段に構えると、秋緒は一気に踏み込み裂帛の気合と共に剣を振り下ろした。
 肩口に迫る残撃。だがブランはすっと身体を反らすと、踏み込んだ少女の首元に剣を突き出す。
「‥‥とぉ」
 両者共に真剣を使っている。決まっても失敗しても命に関わる。アリアは思わず目をそむけた。
「こんな風に、ね」
 何事も無かったかのように語る秋緒の声に、少女はゆっくりと視線を戻した。
「あ‥‥っ」 
 見れば、切っ先が首を貫く寸前でピタリと止まっていた。典型的なカウンターのお手本である。絵に描いた様に綺麗に決まったのは互いの信頼あっての賜物だ。
「先ず大事なのは、相手をよく見る事ですね」
 軽く息をついて、ブランが突き出した剣を下ろす。流石に多少緊張したのだろう。
「目を閉じてしまっては戦う事は出来ませんし、本当に戦うべき相手かどうかも見極められませんから」
「まぁ、それでも前よりはだいぶ上手くなってるわ」
 軽く汗を拭って、秋緒が笑う。
「一朝一夕とは行きません。心構えが大事ですよ」
 ブランの言葉に、アリアは小さく頷いた。

 一息ついて休憩の傍ら、秋緒が少女に言う。
「お兄さんの所に行きたいのなら、私はそれも構わないと思う。でも一つ聞きたいんだけど、それで貴方はそれからどうするつもりなの?」
「‥‥それは‥‥」
 言われてみれば、明確な何かがあった訳ではなかった。
「私は、貴方自身の意思で前へ進んで欲しい。誰かにそう言われたからそうするのではなく、自分の心と向き合って、本当に望んだ事をして欲しいの。貴方が真にそう望んだ道を行くなら、それが貴方とは離れ離れになる道だったとしても‥‥」
 秋緒は感情を心の淵に沈めて、決意を言の葉に乗せた。
「‥‥私はそれを祝福出来る」
 少女を見つめる目が心なしか潤んでいるのは、その名残だろう。
「一番正しい道なんて誰にも判らないのかもしれませんね」
 後悔の少ない道が正解に近いのかもしれないと、ブランが呟く。
「でも貴女の宿命と戦いは、もう決して孤独なものでは無い事を忘れないように‥‥あの時の司祭様の取り乱しよう、凄かったんですよ?」
 俺、少し羨ましかったです。そう言って微笑むブランに、照れた様に俯く少女だった。


 調理場では夕食の支度の真っ最中である。
「〜♪」
 鼻歌交じりのブランが野菜を『斬って』いる。
 ――ダンダンダン!
 ‥‥凄い音がしてるけど大丈夫でしょうか。
 料理を手伝う桜城鈴音(ea9901)も何気に不安げな顔をしているが、鍋に乱切り野菜を放り込んで浮かべた得意満面の笑みに負けたように笑っている。同様に雑事を引き受けていた多嘉村華宵(ea8167)に至っては微笑ましげに(もしくは面白そうに)見守るのみだ。
「ネェネェ、カイ君の事教えてくれる? 旅に出るまでの事でイイから」
 その傍ら、結花がアリアに尋ねる。情報収集の一環のようだ。
「どんなお兄さんだったとか、どんな性格とか誕生日とか好きな食べ物とか苦手な物とか‥‥あとこれ重要!」
「‥?」
 淡く笑むと首を傾げる少女に、女は頬を染め、ぎこちなく口を開く。
「‥‥恋人っていたのカシラ?」
 思いっきり私情丸出しの質問だ。よくよく考えれば質問内容の殆どが私情で構成されているような気もするが、少女は気にする素振も見せずに答えた。
「裏表のない、優しい人‥‥弱い人を守る為の力が欲しいって何時も言ってた‥‥」
 脳裏を過ぎるは在りし日の幻像。あの頃と比べて、今の印象はどうだろう。まるで別人のようだった‥‥。
「そゥ‥‥」
 結花からしたら綺麗なお兄さん以外の何者でもないのだが、どうやら昔からは決定的に変わった所があるようだ。自分の人物鑑定眼はかなり偏っているとしみじみ思う結花である。だからと言って改める気など毛頭ないのだが。
「個人的な意見でいいなら言わせてもらうわ」
 料理の傍ら、鈴音が言った。
「はっきり言って、あなたのお兄さんは怪しい。まともな人間なら、心配する人間がいるというのに無断外泊させるような事はしない。そして何より、あなたが迷っているという現実。あなたが知っている通りのお兄さんなら、あなたは迷う事無く彼に付いて行った筈。違う?」
「‥‥ううん、そうだと思う」
 小さく頭を振って少女は答えた。確かにその通りだ。だからこそ単純に選べず、迷っているのだが‥‥。
「ネェネェ、さっきの話だケド」
 結花が質問を再開した。余程気になっているらしい。
「恋人は‥‥いなかったと思う」
「よしっ」
 結花、この言葉に小さくガッツポーズ。
「‥‥?」
「アハハハ、冗談ョ冗談☆」
 そうして、意味が判っていない少女を笑って誤魔化すのであった。

 余談だが、その夜の食事はある意味で驚くほどの献立だったらしい。豪快ですねぇ、と司祭が感心したとかしなかったとか。


 夜。
 ピリル・メリクール(ea7976)はアリアの私室を訪れていた。
「‥‥それで、どう思ったの?」
 二人ベッドに腰掛け、語るは兄と邂逅した時の事。
「出来るなら、ついて行きたかった‥‥けど」
「けど?」
「私、何の役にも立てないし‥‥それに‥‥」
「それに?」
「‥‥昔とは変わってしまったから。兄さんも‥‥私も」
 己の身をかき抱き、小さく震えるように少女は言った。
 少女の過去はピリルも良く知っていた。その気持ちも手に取るように判る。
「ね、見て‥‥」
 金髪の少女が赤毛の少女を窓辺へ誘う。指し示す先、中天には冴え冴えと光る月。
「生きながら死んでた私には昼間の太陽は眩しすぎて見れなかった。けど、月はいつも優しく私を見てくれてる‥‥こんな私でも照らしてくれたの」
 どこの窓から見ても、月はその姿を変えずに柔らかく優しく輝いている。明るい太陽は時に心の闇を暴き出す。でも、月は心の闇を癒してくれるような気がした。ピリルが月の精霊に惹かれた所以である。あの頃、夜は嫌いだった。だけど、窓から見る月だけは好きだった。
「うん、判る‥‥」
 アリアは頷くと、並んで月を眺め淡く笑った。
「判るよ」


(「あの陰険野郎があっさりOKしやがるとはな」)
 地下牢で賊への取調べを終えて、リュリスは意外な思いに囚われる。
 方々を回り、男が最後に辿り着いた場所、それがこの地下牢だ。カイの足取りは掴めていない。冒険者つながりでギルドに照会もしてみたが、ドレスタットに登録は無かった。他の場所ならあるのか、あるいは最初から登録自体していないのかも判らないままだ。
「――済んだか?」
 階段を上る最中、男の声に見やれば、出口脇の柱に凭れ佇む一人の騎士。領主の側近、レオナールだ。
「もう此処に用事はねーよ」
 賊から可能な限りの情報は入手できていた。カイと呼ばれるその青年は元冒険者と自称している事。異様に素早い身のこなしの短剣使いである事。そして「あの方」から何がしかの力を与えられている事‥‥。賊の口が軽かったのは、レオナールが情報と引き換えに身の安全を保障したからだろう。つまり、尋問は終了していたのだ。
 リュリスの足取りが速くなる。この位置関係が気に入らない。正に見下されるからだ。嫌いな男に見下される事ほど不愉快な事は無い。
「小物相手にご苦労な事だな」
 すれ違うようにして騎士が階段を降りる。
「けっ、言ってろ‥‥」
 言い捨てて外へ出ると、期せずして思いが口から零れた。
「強大な何か‥‥あんたより先に、必ずオレが手に入れてやる」

「カイ‥‥か」
 予定外の尋問を終えると、レオナールは一人呟いた。彼の紫ローブの男――ロキ・ウートガルズの側近といっていい青年が、どうやら近海を泳ぎ回っているらしい。
「釣り甲斐がありそうだ」
 旧友に金を出したのは無駄ではなかったようだ。なかなかどうして、冒険者も役に立つ。こうして情報を運んできてくれるのだから。
 これから忙しくなるなと呟いて、男は不敵に笑った。


 皆が寝静まった頃合を見計らって、メアリー・ブレシドバージン(ea8944)は少女の部屋に忍び込んだ。
 安らかに寝入る少女を暫し見つめ、一安心すると優しく揺り起こす。
「んぁ‥‥メアリー‥‥?」
「ごめんね。訓練とか疲れてるところ起しちゃって」
 寝ぼけ眼の少女に微笑すると、女は本題を切り出した。
「実はね、わたくしにもお呼びがかかってるらしいの。それで、どういう話なのか知りたくて」
「‥‥どこかの湖が目的地らしいけど‥‥私もよく分からないの‥‥」
 目を擦りながらも少女は答えた。分かるのはハーフエルフにも良くしてくれると言う事と、どうやら主もハーフらしいという事だけ。
「そう‥‥」
 女は腕を組んで思案した。所謂「ハーフ至上主義」なら相容れない事になるだろうが‥‥。
「メアリーさん‥‥あの時の事、やっぱり話しておこう?」
 突然の声は、アリアのすぐ横から聞こえた。ピリルである。どうやらあのまま泊ってしまったらしい。
「そうね」
 予想外の事態に女は微笑の仮面で平静を装う。
「聞いて。以前、この教会が襲われた時ね‥‥」

 そうして二人は、代わる代わる事件のあらましを説明した。
 兄が所属する組織に少女の命を狙う者がいた事。主とは一連の竜事件の黒幕であり、少女が目撃した紫ローブの男なのではないかという事。少女が連れ出されたのは最終的に攫うつもりだったのではないかという事。少なくとも、兄の思惑は少女を仲間に入れようと思っている事など‥‥。
 そして、それらを釣る為に動く者がいる事、冒険者と司祭はそれを良しとしないという事を告げた時、少女は困惑を極めていた。

「何時か、この教会を出てゆく時が必ず来るわ」
 微笑もそのままにメアリーが言葉を紡ぐ。
「その時、路頭に迷わないように、自分の意思を持って欲しいの」
 兄がいるから、友人がいるから‥‥。そんな理由ではなく、確固たる己の意思で選択して欲しい。そう語るメアリーだ。
「私はアリアちゃんが大事。いくらお兄さんでも利用したり辛い目に合わせたりするなら絶対守るんだからっ」
 言うと、ピリルはぐっと拳を握り締める。それが彼女の確固たる意思であり、選択なのだ。
「‥‥ありがとう‥‥もっと考えてみるね‥‥」
 これからどうすべきなのかはまだ判らないが‥‥少なくとも、少女が夜明けまで眠れそうにないのは確かだった。


 結局眠れぬまま朝を迎えた少女は、日課の庭掃除をしていた。
「大体の事情は聞きましたか?」
 と、そこに現れた華宵が少女に声をかけた。徒に刺激しないように、中庭に出るのを狙っていたのだ。
「‥‥うん」
「信じられないような話も多いでしょうが‥‥まずは、頭を撫でてもいいですか?」
「‥‥?」
 話の飛躍についていけず、大量の疑問符が頭上を飛び交う少女だが、大人しくされるがままになっている。華宵を兄と重ねているのか、彼の性格上断っても無駄だと思っているのかは判らないが。
「これはこの場に来られなかった友人達の分。皆、きっと貴女のことを思っているでしょう」
 少女の頭を優しく撫でながら、華宵が続ける。
「そしてこれは司祭様の分。本当は手を差し伸べたいんですよ」
 司祭を代弁するかのように青年は言葉を紡いだ。黒の教義は試練。易々と手を差し伸べたりはしないのだ。
「知ってますか? 司祭様の依頼は無報酬で有名なんですが貴女についてはそうじゃない。きちんと人が集まってくれることを望んでらっしゃるのです。大切に想われているんですよ、貴女は」
「そう‥‥だったの」
「ええ」
 華宵は微笑を浮かべると、そうだ、と手を打った。
「いい事を教えましょう。ジャパンには『目は口程に物を言う』という言葉があります。相手の真意を量りたい時は、その目を見据えておやりなさい」
 真実を知りたいのなら決して目を逸らしてはいけない。それは他の皆が少女に教えたことにも通じるだろう。
「あ、因みに」
 青年が手を下ろす。
「私の分はありません。私は皆さん程優しくないですから」
 そんな事ないんじゃないかと少女は思ったが、敢えて口に出す事はしなかった。案外、彼なりの照れ隠しなのかもしれない。
「さあ皆さんお呼びですよ、お行きなさい」
 青年に送り出され、少女は歩き出した。
 近い内にでも、もう一度皆にお願いをする事になるかもしれない。それがどんな形になるかは判らなかったが、少なくとも自分で選んだ最善を皆に話せればいい、少女はそう思った。

●ピンナップ

ブラン・アルドリアミ(eb1729


PCシングルピンナップ
Illusted by セイ