【鮮血のアリア】終焉、そして始まり

■シリーズシナリオ


担当:勝元

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月07日〜08月12日

リプレイ公開日:2005年08月15日

●オープニング

「‥‥ちっ」
 ベッドの上で舌打ちを一つ、銀髪の青年はその身を横たえた。半ば覚悟の上だったとは言え、やはり重傷を負って身動きままならぬ己の体が歯がゆい。魔力の込められた腕輪を奪おうとした代償だ。腕輪の対価としては少々足りなかったらしく、それは叶わなかった訳だが。
「それだけ元気があれば、もう平気でしょう。明日の朝には動けるようになっていますよ」
 そんな青年の様子を見て、黒の教会を預かる司祭が穏やかな声をかけた。既に父の奇跡は顕現し、ゆっくりと傷を癒しつつある。引き換えに青年の魔力はすっかり無くなっていたが、それも明日の朝には回復しているだろう。
「食事できたけど、どうする〜?」
 病室代わりに使われている空き部屋の扉から、黒髪の少女が顔を覗かせた。年齢の割に起伏が乏しい肢体にエプロンを纏い、その手腕を発揮して食事の支度を行っていたようだ。
「ああ、ご苦労様です」
 司祭が腰を上げる。ベッドに横たわる青年は、そっぽを向いたままだ。そんな気分じゃない、ということらしい。
「そっか〜。運ぶだけ運んどくからさ、気が向いたら食べてね〜」
 少女は気にする素振も見せず、ベッド上の不機嫌の権化にあっけらかんと笑ってみせた。

 礼拝堂。
「もっと気の利いた言い回しをしてくれれば心が揺らいだかもしれないのに‥‥」
 銀髪の女は物思いに耽っている。彼女が心の奥で望んだ形とは違う形で、あの青年は破滅した。興味は既に失せている。既に女は、次の船に乗る算段を立てていた。何処へ行くか、どうしたいかはその笑顔の仮面から読み取れない。

 夕暮れ時、教会の中庭では幾人かの冒険者が思い思いに佇んでいた。
 冒険者達の決戦は、燃え盛る炎の壁に幕を閉じた。あの日、カイエン・バルナーヴは逃げる素振も見せず、炎上する偽装商船にその身を任せている。
(「逃げる事も、戦う事も出来た筈なのに‥‥」)
 彼はそのどちらも選ぶ事はなかった。不可解極まる行動に、ハーフエルフの少女は困惑の色を隠せない。
「ってゆぅかぁ、ホント勿体無いヮ」
 茶髪の女がしみじみと呟くと、少女は苦笑とも微笑ともつかぬ笑みを浮かべた。ふと目が合う。自分とは別種で同様の煩悶を垣間見たような気がして、少女は黄昏に染まる白髪を小さく揺らした。期せずして小さな溜息が重なったのは偶然以外の何者かも作用していたのかもしれない。

 少し離れて、教会の壁に身を預けた黒髪の少女は腰の刀に目を落とした。アリアの眼前で、彼女の兄にこれを叩きつけたその手の感触は、今もまだ残っている。怨まれても憎まれても、それが彼女の為だと信じればこそ‥‥。帰途の最中アリアは誰とも口を利かず、敢えて冒険者達も無理に声をかけるような真似はしなかった。
「食事が出来たそうですよ」
 ひょい、と窓から顔を出した茶髪の青年の声に、少女は我に返った。気付けば、黄昏色に染まっていた中庭は急速にその色を失いつつある。ふと、二人は微かに聞こえるオカリナの音色に耳を奪われた。
「‥‥アリアさん、ですね」
 青年の答えに少女は合わせ、頷いた。恐らく自室で金髪の少女と共に吹いているのだろう。その音色は明るく、希望に満ちているような気がした。そう、人は新しく学び、作り、生き直すことが出来るのだ。


 あれから少しの時間が経った。体の傷はすっかり癒え、そして心の傷も、少なくとも表面上は癒えたように見える。
 全ての切っ掛けになった竜を巡る事件はまだ解決をみせていないが、それでもアリアの周辺は静かになっていた。
 ――最後にもう一度、皆に会いたい。
 短く一言、ギルドに告知があった。簡素なメッセージ。報酬も何もない。どう行動するか、それは冒険者達に委ねられている。

●今回の参加者

 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea7510 伝 結花(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7976 ピリル・メリクール(27歳・♀・バード・人間・フランク王国)
 ea8167 多嘉村 華宵(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8944 メアリー・ブレシドバージン(33歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9150 神木 秋緒(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9901 桜城 鈴音(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1729 ブラン・アルドリアミ(25歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

 その日、お馴染み黒の教会は朝からバタバタと忙しかったという。
「リュリスさん、その格好‥‥?」
「ユトレヒトへ行く。ついでだ、お前の疑問も調べてきてやるよ」
 教会に向かうにしては物々しい、旅支度万端の青年を見かねたブラン・アルドリアミ(eb1729)に、リュリス・アルフェイン(ea5640)はこともなく答えた。
「そう来ると思ってましたよ――いらっしゃい」
 それを聞いた多嘉村華宵(ea8167)は涼しげな顔で一言、ぐわしと旅姿の腕を取ると、問答無用と言わんばかりに歩き出す。
「ちょ、チョット待て! 俺は忙しーんだよっ」
「はいはい、そんなの後でいいですから♪」
 有無を言わされずに連行される青年を見て、少女は呆れたように、
「‥‥やれやれ」
 だが微笑ましく呟いた。

 一方の中庭。
(「アリアはもう、心の整理が済んだのかしら‥‥」)
 パーティー会場の準備の傍ら、神木秋緒(ea9150)の表情は冴えを失っていた。好意と罪悪感が、まるで回転するコインの裏表のように代わる代わる顔を出す。信念の行動に後悔は無い。だが、ややもすると感情は制御を失いがちで、不安定この上ない。
 同様に準備を行っている、ピリル・メリクール(ea7976)に至ってはもっと深刻だ。教会を訪れるや否や、そそくさとパーティーの支度を始め、アリアとは目を合わせようともしていない。それどころか、姿を見かけると逃げるようにその場を離れる始末である。
「‥‥参ったね〜」
 そんな二人を見た桜城鈴音(ea9901)は、言葉とは裏腹にのんきな調子で呟いた。
 二人とも溜息混じりに上の空で作業しているので、三歩進んで二歩下がっているような状況なのだ。ピリルなどは時折落涙すらしており、中庭は誕生会どころか葬式の雰囲気である。鈴音自身は普段どおりのマイペースなのだが、この分ではいつも以上に時間がかかりそうだ。
「ホラホラ、しみじみする事もナイデショ。こーゆぅ時こそむしろ楽しく過ごしまショ♪」
 伝結花(ea7510)が二人を励ますように声をかけた。客観的に見れば、結花にも落ち込みたくなる要素がない訳ではないのだが、とことん前向きな性格が幸いしているようである。少なくとも、少女二人よりは大人なのは間違いない。
「やデスネエ、しみじみなんかしてないデスヨッ」
 妙にぎこちなく答えるピリル。ない交ぜになった相反する感情は混沌の極みを迎えているようだ。
 と。
「‥‥何か、手伝う事あったら‥‥」
「あ、私、買出し行ってきますねっ」
 中庭に現れた赤毛の少女に、ピリルはそそくさとその場を逃げ出した。カンパの入った袋を片手にしている辺り、本当に買出しはしてくるのだろうが、凄まじく不自然この上ない。
「‥‥だけど、このままという訳にも行かないわよね」
 慌しくその場を後にする少女を見送ると、溜息混じりに秋緒が呟く。
「‥‥?」
「あはは、気にしない気にしない♪」
 小首を傾げるアリアを笑ってとりなす鈴音だ。
「それより、この後ちょっと出れる?」
「支度‥‥してくる」
 少女の誘いに、アリアは淡く笑んだ。

「ああ、いたいた」
 自室に向かおうとしていた少女を探し出した華宵は、片手に引きずった青年を突き出し、微笑を一つ。
「さ、ご挨拶なさい♪」
 ずい、と前に出された銀髪の仏頂面に、アリアが身を硬くする。
「‥‥ちっ」
 舌打ちを一つ、リュリスは自棄っぽく居丈高に胸を反らした。
「あ、アイツらに話しづらい事があったら何時でも言え。それと、頼みがあれば聞いてやろう」
「何言ってるんですか」
 もう少し気の利いた事は言えませんかね、と小さく溜息の華宵だ。
「‥‥ありがとう」
 小さく、だがはっきりと述べられた少女の言葉に、青年は顔を背けるようにしてもう一度。
「‥‥ちっ!」
 二度目の舌打ちは、なんだか好ましく響いたように少女には思えた。

「さて」
 もういいだろう、と慌しく踵を返したリュリスを見送って、華宵は一部始終を面白そうに観察していたマリユス司祭に向き直った。
「司祭様のご友人に頼み事があるのですが‥‥ご同行願えますか?」
「ほほう‥‥丁度、私も奴に用事があったところです。奇遇ですねぇ」
 面白そうに笑み、司祭は快諾した。


 遅まきながらも作業が一段落した所で、鈴音はアリアを伴って教会を出た。
「私の故郷ではね、この時期になると『盂蘭盆会』って祭事があるんだ」
「‥‥ウラボンエ?」
 目的地への道すがら、鈴音の言葉に小首を傾げるアリアだ。
「うん。簡単に言うと、地獄で苦しんでる人の魂を供養して救おうって言うお祭り」
「そうなの‥‥」
「お兄さん地獄で苦しんでそうだし、ちょうどお盆だから御参りでも、と思ってさ」
 私も人の事は云えないけどね、と笑ってみせる少女に、アリアは曖昧な微笑を浮かべた。
「さ、着いたよ〜♪」
 二人が辿り着いた場所は、教会。
「慈悲をもって救うなら、白の教義‥‥ってね」
 黒の教義は試練だから‥‥という鈴音の配慮だろう。
「‥‥」
「アレ、入らないの?」
 人目につかない道端の隅で手を組み瞑目した少女に、鈴音は不思議そうな声をかけた。
「‥‥うん。ここで、いい」
「あ‥‥そっか〜」
 うっかりしていた。ハーフエルフの兄妹に、一般の教会では肩身が狭いのだろう。冒険者やマリユスのような人物は、少数派なのである。
「ごめんね〜」
「‥‥大事なのは、気持ちだから」
 申し訳なさそうに謝る鈴音に、アリアは微笑んだ。
 ――それから暫くの間、道端で肩を並べて祈る二人の少女の姿が見られたという。


 休憩のため作業が中断された中庭で、子供たちがはしゃぎ回っている。
「おやおや、元気な事です」
「司祭様のお人柄が伺えますね」
 お茶を片手、微笑ましげに窓から眺める司祭と差し向かい、ブランは言葉を紡いだ。
「決して、何もかも与えられた環境では無いでしょうが、のびのびとしていて‥‥」
「いやいやいや、煽てても何も出ませんよ?」
 司祭は照れたように答える。
 視線を窓の外に向け、少女は誰ともなく、呟いた。
「‥‥結局、あの人は本気でアリアさんを引き込もうとは考えてなかったのかもしれません」
「アリアのお兄さん‥‥ですか」
「ええ。自分のしている事を理解していたから、肝心な所でああいう態度しか取れなくて。それでももう戻れないだろう道を選んだのは、そうせざるをえない何かがあって‥‥」
 微笑はそのままに繰る司祭の言葉に、少女は視線を動かさず答える。
「俺は‥‥少なくとも、アリアさんはそれを知るべきだったのかも‥‥」
 今更、ですがと苦く笑うブランだ。
「そうですねぇ‥‥」
 珍しく複雑な表情で司祭が黙り込んだ。
「絡んで縺れた感情と言う名の糸玉は、理でほぐす事は出来ないのかもしれません」
「‥‥そう、ですね」
 少女は司祭に向き直った。
「ここに来る前にアリアさんに起こった事は一応、知っています。それでも、彼女はまだ恵まれていた様に思えて‥‥」
 ああ、縺れた糸の一端は彼女にも結ばれていたのだ。
「正直、少し羨んでいて。‥‥羨ましくて、壊したくなかったのです、が‥‥」
 俯いた為に途切れた言葉を無理矢理繋ぐように、少女は続けた。
「たった一人での旅立ちを決意させた兄のあの様な死は、彼女により深い傷を残したのでは無いかと」
「‥‥」
「司祭様はアリアさんを自分の娘の様に言って居られました、から‥‥アリアさんがこの場所を忘れる様な事だけはあって欲しくないです」
「大丈夫ですよ」
 安心させるように柔らかく、それでいて真剣な声が少女の耳に響いた。
「例えアリアがどう変わろうとも、此処が彼女の家であることには変わりないのですから。それに」
「‥‥それに?」
「壊れた責任はあなたにはありません。ずるい物言いですが‥‥全ては大いなる父の試練なのです」
「本当、ずるいですね」
 ブランは顔を上げると、司祭と二人、小さく笑いあった。

「――で、あなたの本心ってなに?」
 ブランがその場を辞した後、物陰から響く女の声。メアリー・ブレシドバージン(ea8944)である。
「いやぁ、本心と言われましても」
 振り向かず、困ったように司祭は答える。
「なぜアリアちゃんを匿っているの? 可哀想だから? 使えそうだから?」
 突然の糾弾。女の意図は、笑顔の仮面に遮られて見えはしない。
「匿っていたのは過去の話。アリアはウチの娘になり、そして巣立とうとしています」
 穏やかな調子は変わらない。
「父の名に懸けて、それを邪魔する物に私は容赦しません‥‥何かご不満が?」
「安心したわ」
 短い答えの後、女の気配は遠ざかっていった。


 中庭に誂えた鍋の中で、様々な食材が茹でられている。
「――闇鍋ってゆーのはネ、お鍋の中に何でもかんでもぶち込んですくった物は何が何でも食べきらなきゃならないって言う肝を試されるセージンの儀式、イニシエーションって感じネ☆」
 集まった一同に、結花が料理の説明をしている。どうやら結花流ごった煮ジャパン風のようだが、説明が怪しいことこの上ないので子供たちはすっかり怯えきっていたりする。
「へーきへーき、いちぉーぶち込むのは食べ物のみってゆーお約束はあるヮヨ」
『いちぉーってなんだよぅ‥‥』
 ああ、子供たちのげんなりした声が妙に爽やかだ。
 こうして皆で声を合わせ、ささやかな誕生会は始まった。暫くの間、安堵の声や悲鳴や愚痴その他諸々が中庭で繰り広げられたようだが、最終的には意外と美味かったと言う結論に落ち着いたようだ。

 続いて始まった出し物は華宵のマジックショーである。
 気合入れまくりで女装した華宵を結花がロープでぐるぐる巻きにして、布で更に覆い隠す。
「お姉ちゃん、だいじょうぶー?」
 純真な少年が心配の声を上げた。大丈夫、華宵さんは男性ですから。
「――はいっ!」
 次の瞬間、布がはらりと落ちると華宵の姿は消えていた。実は縄抜けした後に忍術を利用して飛び上がっただけなのだが、それはそれで一応凄いから問題なし‥‥だろう。
『おおー』
 歓声が上がる。
「お姉ちゃんすごーい」
 華宵さんは男性です。

「‥‥これから、どうするつもり?」
 出し物の最中、秋緒がアリアに話しかけた。
 アリアの兄を斬った事で怨まれても仕方ない。全て受け入れるつもりで、彼女はこの場に臨んでいた。剣士として、そして少女の友人としてあの場で出来る事の選択肢は一つしかなかったのだ。後悔などあろう筈がなかった。
「旅に出た理由、無くなったのよね。故郷に帰る? それとも‥‥?」
「‥‥うん」
 アリアは迷い無く、答えた。
「ここを出て‥‥孤児院を開こうかと思ってる」
「孤児院?」
「‥‥ここに来て、一番最初に教わった事。私、実践してみるの」
「私にも、それを応援させてほしい‥‥」
 あなたさえ良ければ。そう願う秋緒に、少女は勿論、と嬉しそうに微笑む。
「これ、ピリルに教わった事だよ‥‥?」
 少しだけ悲しそうな目で、アリアは子供たちの影に隠れる金髪の少女を見つめた。
「‥‥どうして逃げるの? 私の事、嫌いになった?」
「だ、だって‥‥もう、最後だって‥‥」
 追い詰められた草食動物のように震えて、ピリルは答える。
「会ったら終わりになっちゃうんだよっ! だったら、会わないでずうっと一緒にいたいの‥‥っ!!」
 言葉は矛盾の極み。だが、少女の心中を正確に表現していた。
「‥‥やだ」
 涙目で問いかける少女を、アリアは穏やかな目で見つめた。
「ここで会うのは最後だけど‥‥友達って、始まっても終わらないわよね?」
「もう、もう最後じゃないの? 私たち、まだ友達でいれるの?」
「‥‥当然♪」
 不器用にアリアが片目を瞑る。安堵と喜びに、今度こそ少女は、泣いた。

「じゃ、アタシ達からもプレゼントョ☆」
 出し物を終わらせた結花が、なにやら得体の知れない羊皮紙の巻物を少女に手渡した。
「美形六法全書ってゆー美形を観察する時の心構えみたいなモノが書いてあるの。良かったら貰って?」
 オリジナルテキストらしい。
「‥‥これで結花みたいになれるの?」
「入口に立てるヮネ☆」
 読むな、んなモン。
「さて、次は私から」
 華宵が手渡した物は、全部で二つだ。一つは手裏剣、そしてもう一つは‥‥銀の腕輪、だった。
「これは‥‥!」
 少女の目が驚きで見開かれる。それは、兄が常に身に付けていた物。
「何がどうであれ、彼がアリアさんの兄である事は変わりませんからね」
 赤毛の不逞の輩の遺留品を渡せ、と言ってレオナールから回収してきたらしい。
「ま、仲間の証って感じですか。限りある刻、悔いのないよう生きましょう♪」
「ありがとう、華宵‥‥」
 腕輪を胸に抱き、少女が心から礼を述べた。それは、少女にとって証以上の贈り物なのだ。

 こうして、一つの物語は幕を閉じた。新たな旅立ちの希望を、その胸に残して。



 ――ユトレヒト。
 リュリスは路地裏に引きずり込んだギルド員を締め上げていた。
「‥‥で、奴らはどうなった?」
「し、知らねえ! オリビエの旦那からは何の連絡もねえんだ、嘘じゃねえっ」
 あの騒ぎの翌日、港からは焼死体が上がったらしい。だが生き残った船員の大半は姿を消しており、領主ですらその行方は掴めていない。
「ちっ、役立たずがっ!」
 これでは何も分からないのと同義だ。オレは奴らの死に顔を拝んではいない。赤毛がああなった理由も、ロキへの手掛かりも、何一つ得られてはいない。だから、何も終ってはいない。なのに‥‥!
 腹立ち紛れに拳を見舞うと、壁に叩きつけられた男は小さく呻いて動かなくなった。
「そこ、何をしている!」
 鋭い声が響く。恐らく警邏の騎士だろう。
「ちっ」
 青年は身を翻し、路地裏を疾走した。失望感は当分消えそうもなかった。


 ――礼拝堂。
 賑わいの波動が微かに届いている。
「相変わらず賑やかな事ね‥‥」
 微笑を一つ、メアリーは呟いた。
 もっと早くに、こんな場所で、こんな人々に囲まれていたら少しは変われたかもしれない‥‥益体もない仮定が胸を掠める。諦観と、寂寥感に似た何かを感じて、女は普段と違う寂しげな笑みを一つ、浮かべた。
 と。
「‥‥カイ君を初めて見たのはここだったゎネ‥‥」
 もう一人、女の気配。結花だろう。
(「‥‥じゃあね、アリアちゃんとその仲間達」)
 音もなく身を隠すと、メアリーは気付かれないように姿を消した。
「ネェ、知ってる? ジャパンには輪廻って言う死んだら生まれ変わるってゆー話があるのョ」
 誰ともなく、結花は語りかける。
「アタシは別にそんなの信じてるほーじゃないケド‥‥でも、でももし輪廻があるなら、今度はアリアちゃんと幸せに暮らせるように祈ってあげるヮ」
 祭壇の前に跪き、両手を組む。脳裏に浮かぶのは、かつてそこに見た姿。
「今日くらいヮネ‥‥イイデショ? 」
(悪いね‥‥世話かけるなぁ)
 幻聴だろう。だがもう一度だけ聞きたかった声を聞いたような気がして、結花は一人、目を閉じたまま微笑んだ。