●リプレイ本文
●アリア
「――それで、アリアちゃんはどーしたいのカシラ?」
ユトレヒトへの道すがら、黒目がちの目に配慮を滲ませつつも伝結花(ea7510)が口を開いた。
「ってゆぅか酷かも知れないケド、一応それ確認しておかないとネ」
「‥‥私、何も出来ないから‥‥」
言葉を選ぶかのようにゆっくりと、赤毛の少女が答える。
「‥‥せめて、この目で‥‥もう、私の知らないところで‥‥何もかも終わってしまうのは嫌なの‥‥」
己を苛む運命との決別を少女は口にした。それが例え今生の別れになったとしても。
「‥‥お兄さんと対決する覚悟を決めたのね」
決意も顕に、神木秋緒(ea9150)が呟いた。その意気はよし、ならば全力で手伝うまで――少女の目が、志に燃える。
「出来る限り力になりますよ」
勇気付けるように拳を握り、ブラン・アルドリアミ(eb1729)が言った。
「でも‥‥俺、カイエンさんがアリアさんを心配していた気持ちだけは、本当だと思います」
「‥‥そうだと、いいな」
寂しげに笑う少女を見て、ブランは考えた。今までのカイエンの行動は、矛盾に彩られたものだ。相反する想いを抱えた者は、矛盾した行動でそれを表現するものなのだろうか?
「やっぱり肉親と戦うのって辛い事だよね? 罰せられるのは悲しい事だよね? そんな事知らない振りした方が楽なんだよね? でも、あなたが選んだのはそんな楽な道じゃない・・・・それは、きっと凄い事なんだと思う」
私は記憶がないから解んないけれど、と前置きして桜城鈴音(ea9901)が語った。
「‥‥だから、自分から諦めて望みを絶たないで。絶望なんてこの世にないんだから。それは人が勝手に諦めて望みを絶っただけだから」
「‥‥ありがとう、鈴音‥‥」
力強い言葉は、絶望と諦観の対極に位置するかのよう。友人の励ましにアリアは淡く笑んだ。
「あの赤毛は狂化したらどうなる?」
ずい、と顔を出し、リュリス・アルフェイン(ea5640)が尋ねた。
「‥‥た‥たぶん、乱暴になるんだと思う‥‥」
怯えの気配を滲ませ、少女は答えた。
「‥‥ちっ」
リュリスは舌打ちを一つ、想念の淵に沈んだ。アリアの記憶では紫は敵だ。だが赤毛は紫の部下、この矛盾は何だ。もしかしたらこの矛盾が赤毛の目を醒ますかも‥‥。
「‥‥」
赤毛の少女がやや涙ぐむ。
「大丈夫、皆で頑張ればきっと上手く行くよっ」
銀髪の青年から少女を庇うようにして、ピリル・メリクール(ea7976)が取り成した。めっ、とリュリスを睨むのも忘れない。
「決着‥‥つけなくちゃネ」
決意を促すように、結花が呟いた。彼らの目的は、財宝や権力などではなく、動乱そのものであるように感じる。そうした後に何があるのか‥‥結花には判らなかったし、判りそうもなかった。
「あの野郎の思惑に乗るようで気に喰わねーんだがな」
「まぁ、明らかな駒扱いは分かりますけどね‥‥依頼主はアリアさんですから」
張り巡らされる思惑にも、多嘉村華宵(ea8167)は涼しげだ。正直、そんな事は如何だっていい。大事なのは自分がどうしたいか、それだけなのだから。
「さ、急ぎましょうか」
一同を促すようにして、華宵は歩みを進めた。ユトレヒトまでは、もうすぐだ。
●商船
陽光に輝く真昼のユトレヒト。
町全体を取り囲む城砦の片隅に、メアリー・ブレシドバージン(ea8944)は立っていた。
その手に魔法のスクロールを広げ、眺めるは港の方角。望遠の視力を得て、港を捜査しているのだ。そんな姿を見られたら問題になること必至ではあったが、身に付けた技術と運も手伝って今の所騒ぎにはなっていなかった。
「‥‥」
が。
正直、行動のリスクの割には成果が伴っていない。具体的情報無しに、港から件の商船を見つけるのは少々無理があるのだ。
小さく溜息を一つ、女は諦めると懐から別のスクロールを取り出し、浮遊の魔力を解き放った。
結花、ピリル、秋緒、ブランの四人はユトレヒトの商人ギルドを尋ねていた。
――港に一番詳しい人ってドコ?
そう漁師に聞いて紹介されたのが此処だったのだ。
「知り合いの船乗りからね、近々この港に寄るから訪ねてくれ、と言う手紙を貰ったんだけど、間の抜けた事に船の名前が書いてなくって」
「荷物も預って来るように言われたんだケド、船の特徴も名前も判らなくって困ってるんですぅ‥‥」
「その知り合いは赤毛で、以前贈った銀の腕輪をしてる筈なんだけど」
「ってゆぅかエライ美形ョ、美形」
途方にくれた表情で訴えるジャパンの女二人に、受付のギルド員は難しい顔。
「うーん‥‥こういうのは、あまり見せびらかすものじゃないんだが‥‥」
「これ、少ないですが‥‥」
そっ、とブランが銅貨を握らせる。
「‥‥いや、悪いなぁ」
態度一転、誰にも言うなよ? と念を押して、男はここ一週間ほど停泊している船を調べてくれた。
「あの、すいません‥‥」
一人の少女が、港の方々を訪ね歩いている。連絡のつかない船乗りを探しているらしい。
(「少しでも誤魔化し効けばいいんですけどね」)
ブラン達から、目ぼしい船のリストは貰っていた。それだけに此方の存在が伝わる可能性も増している。あまり派手に立ち回りたくない――華宵が女装しているのは、そういう事情からだった。
「赤毛と銀髪の上役がいるって聞いてるんですけど‥‥」
伏目がちに、可憐な少女を装う華宵だ。
襲撃に間違いは許されない。件の商船の特定には神経を使わなければならないだろう。
「‥‥で?」
逗留している宿の一室に集まると、リュリスが状況の確認を始めた。往路に二日、調査で既に二日が経っている。あと三日でタイムアップだから、出来るだけ早く特定したい。
「大方は絞り込めましたよ」
「地道に調べたのよ‥‥お陰で時間かかってしまったわね」
流石に疲れたのだろう。華宵とメアリーの言葉からは疲労が垣間見える。
「水中からは何も分からなかったよ〜」
鈴音は水遁の術で捜索していたらしい。船底なんて似たり寄ったりだったようだ。
「ってゆぅか、暫く観察してたんだケド‥‥アタシ見たヮ。カイ君っぽい赤毛さんが、船に乗り込むトコロ」
「確定か‥‥尾行は?」
「一応、なかった筈ョ」
調査中もそれとなく周囲(と美形)に気を配っていた結花だ、リュリスの問いにも抜かりは無い。
「船主はこの国の者ではなさそうですね」
ブランが報告した。これから荒事を行おうというのに、船主がユトレヒトの人間だと具合が悪い。乗員の背景から言っても、一先ずは安心、である。
「リュリスさんはどうでした?」
「あー‥‥収穫無し。エチゴヤの品揃えは侮れねーな」
ブランの問いにリュリスは肩を竦めた。市場で強力な回復剤を探していたのだが、エチゴヤの底力を思い知っただけで終わったようだ。
「じゃあ、決行は明日の夜明け前、という事でいいかしら?」
メアリーが席を立つ。今夜は早めに休んで、万全の体調で望まねばならないのだ。
「‥‥がんばろうねっ」
ピリルの声に頷くと、一同は英気を養うべく、腰を上げた。
●襲撃
月が姿を消した夜明け前のユトレヒト港は、静寂と闇に支配されていた。
「あれね‥‥」
物陰から秋緒が様子を伺う。船は特定した。邪魔な物は全て宿に置いてきた。後は抜かりなく事を運ぶだけ‥‥である。
甲板に人影。松明にほの暗く浮かぶそれは、恐らく見張りの姿だろう。暇そうに辺りを見回し、壁に凭れ、そして――眠った。ピリルの呪文だ。
「‥‥今です」
気配を殺して華宵が駆け、忍術によって強化された跳躍力で甲板に飛び移る。足元おぼつかず暗い中での着地はドン、と音を立てたが、見張りが目を覚ます事はなかった。素早く周囲に視線を配ると渡板を探し出し、音を出さぬよう慎重に設置する。
ややあって、冒険者達と赤毛の少女は甲板へ侵入を果たした。
と。
――バタン!
突然、叩きつけるような音か静寂を破った。
「きゃっ!」
いきなりの事にアリアが小さく悲鳴を上げる。遅れて、複数の足音――船室の扉が開き、中から船員達が現れたのだ。
「もう気付かれた!?」
秋緒の額に一筋、冷や汗が流れる。彼女とブランの剣には炎が付与済みだ。アリアを庇うように布陣もした。とりあえずの問題は無い‥‥筈だ。
「素行の悪いギルド員とは仲良くしておくものですね」
人相の悪い船員達(恐らく正体は海賊だろう)の背後、松明に照らされた銀髪が告げた。
「お陰で、襲撃に気付きました――ようこそ、光射さぬ死地へ」
オリビエは揶揄するような口調でねめつけた。
「また来たんだね‥‥」
オリビエの傍ら、赤毛の青年は透明な微笑で冒険者達の影に佇む妹を見つめた。
「じゃあ、くたばれよ」
一転、凶相。悪魔的に歪んだその笑顔に、優しい兄の面影は、もう何処にもなかった。
――ゴッ!
魔力の炎に包まれた秋緒の刀が男を切り裂く。続いてもう一撃。たたらを踏んで後退する男と入れ替わるようにして、別の男が剣を振るう。余裕を持って受け止め、返しの一撃。視界は悪いし足元も安定しないが、それは相手も同条件。この程度の相手に後れを取る秋緒では無い。
――ザクッ
「うっ!」
だが、剣を交える数が多い。刀を振り下ろし、死に体になった秋緒の体を鮮血が彩る。
「秋緒さん!」
庇うようにブランが割り込み、炎の剣で一人斬り倒した。
「数を何とかしないと‥‥っ」
痛みを堪え、少女が呟く。アリアを護りきれなければ本末転倒だ。だが、少しばかり手が足りていない。
「手数で押されると厳しいですね‥‥」
ブランも同調し、雑魚の抑えに回った。本当はオリビエの相手に向かいたかったのだが現状が最優先だ。二人は肩を並べ、男達を押し戻す。
その後方、メアリーは弓で二人の援護に徹している。電撃のスクロールを効果的に使いたかったが、最初の発動に失敗、乱戦気味に展開した為に諦めた。的確な狙撃はレンジャーの骨頂、その矢は避ける事あたわず敵に突き刺さる。
「‥‥あっ!」
ブランが小さく叫んだ。二人の脇を一人、抜けたのだ。後を追えば防衛線が決壊してしまう――焦燥が少女を苛んだ。
男は血走った目で剣を振り下ろそうとし‥‥その手前で、倒れこむように眠りに落ちた。ピリルの魔力がすんでの所で少女を救ったのだ。
「ま、間に合った‥‥」
冷や汗を一つ、ピリルはソルフの実を飲み込んだ。念の為にポーションをアリアに渡し、庇うように立つ。
と。
――どっぼーーーーん。
水音。眠りこけた男を結花が河に落としたらしい。
「眼つきの悪いヒトって好みじゃないのョ。ゴメンネ☆」
‥‥何だかあんまりな事を言いつつも、最後の砦と化している結花だ。
向かって来た敵が眠り次第突き落として始末しているのだから、効率のいい事この上ないコンビである。
華宵はオリビエを最優先目標にしていた。迫る雑魚を無視して銀髪のバードに迫る。近寄ってさえ仕舞えば此方のもの、容赦なく斬り捨てる。両手に短剣を構え、一足飛びに襲い掛かり‥‥。
「――ぐっ」
その刃が突き刺さる直前、たった一瞬の詠唱で華宵の影は縛られていた。
――ブゥン!
直後、辺りが闇に閉ざされる。
「ピリルさん、感謝しますよっ!」
華宵は渾身の力を込め、眼前の気配に短剣を何度も突きたてるとバックステップ、闇から飛び出した。
「この辺でいいかな〜」
鈴音は一人、間合いを取っていた。狙いは微塵隠れ、移動目標はオリビエの後背。それには仲間を巻き込まない場所へ移動するしかない。
オリビエにはまず華宵が向かっている。雑魚を適当にあしらって迂回している為、ようやっと近接した所だ。少女は畳み掛けようと、印を組み――オリビエの周囲が闇に閉ざされた。
「ありゃ」
‥‥これでは発動できない。仕方無しに目標を変更。
――ドゥン!
ついでとばかりに近寄ってきた敵を吹き飛ばし、少女はマスト上の物見台へ現れ、雑魚共へ文字通り矢の雨を降らせた。
「ほらほらどうしたよ、最初の威勢は?」
愉悦の声が耳朶を揺さぶる。
リュリスは目論見通り、赤毛と一対一の勝負に持ち込んでいた。
――ガチで俺を膾にしてみろ。
言うが早いか先手を打って鞭を振るい、己の間合いに引きずり込む。短剣でその肩を抉る――当たる、勝てる!
だが次の瞬間、懐に潜り込まれてからはもうどうしようもなかった。鋭い短剣の連撃に、防戦一方になったのだ。
初撃と二撃目は右手の短剣で受けた。だが死に体になった身体に三撃四撃と短剣が食い込む。急所目掛けて飛んでくる短剣を防ぐ手立てがない。悔しいが、腕が違う‥‥リュリスは血反吐を吐くと、それでも気丈に言い返した。
「妹を海賊にくれてやったクソヤロウに尻尾振ってる間抜けな手前が‥‥オレを殺せると本気で思ってんのか?」
「はっ」
カイは吐き捨てた。
「滑稽を通り越して感動できるぜ? くたばれ、ゴミ‥‥ぐっ!」
駆けつけた秋緒が不意を討って背後から斬り付ける。躊躇せず、もう一撃。覿面、動きが鈍る。
「テメエ‥‥!」
振り向いたその背にぶつかる様に、リュリスは死力を振り絞って体ごと短剣を叩きつけた。
「がはっ」
――ドォン!
青年が血を吐くのと同時、船は爆炎に包まれた。
●劫火
「な、なになにいったい!?」
ピリルが慌てふためく。突然船が炎上したのだから、当然だ。
「‥‥これの所為、かしら?」
悪びれず首を傾げるメアリーの手には‥‥火矢。闇が消える前にと、簡単な火矢を作って撃ち込んだらしい。燃えやすい物に引火し、結果油の樽か何かが爆発したのだろう。
「わ、わわわ!」
マストの帆が燃え、慌てた鈴音が爆発、一同の傍に現れる。
予期せぬ緊急事態。一同は揃って船から飛び出した。
「負けた、恐れ入ったよ! まさかこう来るとはなぁ‥‥」
焼け落ちる船上。鮮血に塗れた赤毛の青年は身を焼く炎も気に留めず、喋り続けた。
「兄さん‥‥」
少女の瞳が悲痛な色に染まる。
「アタシ、カイくんの事好きだったヮ。可愛いって言ってくれたの嬉しかったのョ‥‥嘘だって解ってもネ」
その姿に、ぽつり、と結花が呟いた。
「アリガト‥‥サヨナラ、かしら、ネ」
「どんな奇麗事を並べても勝った奴が正しいのさ‥‥オメデトウ冒険者! あーっはっはっは‥‥」
燃え盛る劫火に、甲板が抜ける。青年は逃げようともせず、狂った哄笑と共に飲まれていった。
「貴方は、間違っています‥‥」
震える声でブランが呟く。
「ただ人を殺せばそれで世界に価値あるものだと認められるわけじゃないよ‥‥」
ピリルは崩れ落ちる船を呆然と見つめる少女を抱きしめた。
冒険者達はその足でドレスタットに帰還、重傷者を黒の教会に運び込んで司祭に治療を依頼した。
アリアは暫く塞ぎこんでいたが、結末をその目で確かめた事に満足したのか一同に丁寧に礼を述べたという。
‥‥年明けから続いた一連の事件は、こうして幕を下ろしたのだった。
To be continue Last episode.