【裏切り者に死の贖いを】序

■シリーズシナリオ


担当:勝元

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月24日〜04月29日

リプレイ公開日:2005年05月02日

●オープニング

 鬱蒼と茂る森の中、一軒の廃屋。
 一人の男が扉を開け、傷ついた体を引きずるように中に入り込んだ。
 黒で統一された装束のそこここは破れ、血が滲んでいる。ことに、その双眸の一つは刀傷で塞がれ、既に機能を果たしていない。正に満身創痍のいでたちであった。
 荒い息もそのままに、男は手近な窓から外を眺めた。其れらしい気配は感じない。
 ――とりあえず、追手は撒けたか。
 男は小さく嘆息すると、手近な壁にもたれ、ずるずるとその場に座り込んで目を閉じた。
 此処に身を隠したところで時間稼ぎ程度にしかならないのは判っている。だが、今は一瞬でも多くの時間が欲しかった。せめて逃げ切れるくらいの体力を回復しなければ。あの三人相手に何処まで持つかは定かではないが――
「――ヒョウマ! だいじょうぶ? ヒョウマ!!」
 泣きじゃくる声は、座り込んだ男の上方から。
 無事な方の目をちらと開けると、シフールの少女が一人、涙で顔をぐしゃぐしゃにさせていた。
「あいつら、よってたかって‥‥ヒドイよ!」
 少女は男の周囲を飛び回りながら、出血部位に布を巻きつける程度の簡単なものだが甲斐甲斐しく傷の手当てを行っている。
「‥‥まだいたのか」
 確か、ファウと言ったか。ノルマンに来てすぐ知り合った青い瞳の少女――男の何処を気に入ったのか、纏わり付いて離れようとしなかった。
「‥‥失せろ、目障りだ」
 男は追い払うように左手を振ろうとしたが、怪我の所為か全く動かない。緊張の糸が切れたのだろうか、目を開けるのすら億劫に感じる有様だ。
「なに言ってるのさ、そんなひどいケガで!」
 案の定、少女は出て行く素振りすら見せない。
「五月蝿い‥‥邪魔だ、出て行け!」
 男は気力を振り絞り、叫んだ。渾身の力で振り回した右手が、弱々しく宙を薙ぐ。
「なによなによ、このヒトデナシ!」
 その手をひらりと少女はかわした。こんなの、目を閉じてたって避けられる。男が弱りきっている証拠だ。
「ボクもう知らないからね! かってに死んじゃえ、バカー!」
 涙混じりに言うと、窓から少女は飛び出した。
「‥‥それでいい‥‥もう此処には来るな‥‥」
 少女の背を見送って、僅かに男は呟いた。とりあえず、これで彼女の身を守ることは出来るだろう。
 と、小さな安堵感に目の前が暗くなる。どうやら限界らしい。
 男――ジャパンから来た忍者、草壁豹馬は暗闇に身を委ねると、意識を手放した。


「ここかぁ? その裏切り者って野郎が隠れてんのはよぉ」
 鬱蒼と茂る森を目前にして、下卑た面構えの男が尋ねた。
「そうよ。この何処かにいるのは確かなんだけど‥‥アタシたちだけじゃ、ね」
 その女は男にしなだれかかる様に身を寄せると、囁いた。胸元から白い双丘がちらりと覗き、男はごくりと生唾を飲む。
「‥‥おうよ、任せとけ。オメエの為なら何だってやるぜ、シラヌイ」
 男はシラヌイと呼んだ女を抱き寄せると、胸元に手を這わせた。
「その代わり‥‥な」
「ダ・メ・よ☆」
 女はやんわりと手を払いのけると、男の耳元に口を寄せる。
「ご褒美は仕事が終わってから‥‥ね?」
 妖艶な笑みに男はくぅっと唸ると、後ろで待ちぼうけを喰わされていた配下に号令した。
「ヤロウども、行くぞ!」
『おう!』
 声とともに、盗賊の一団が森に入っていく。
 まったく、どうしてこうも男は馬鹿なのだろう。餌をちらつかせてやれば何だって思いのまま。使い捨てなんて知りもせずに‥‥。
 女は妖しく笑むと、男たちの後に続いたのだった。


「だれか、お願い! ヒョウマを助けて!」
 ドレスタットの冒険者ギルドにシフールの少女が飛び込んできたのは、その日の夜である。
「ひどいケガをしてて死にそうなんだ! それに追われてる‥‥今つかまったら殺されちゃうよ!」
 休みなく飛んできたのだろう。少女は荒い息もそのままに、必死の形相で訴える。
「落ち着いて。冒険者ギルドに任せて頂戴。ね?」
 なだめるように受付嬢は微笑むと、羊皮紙を手に取ったのだった。

●今回の参加者

 ea3381 リサー・ムードルイ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea7950 エリーヌ・フレイア(29歳・♀・ウィザード・シフール・フランク王国)
 ea8388 シアン・ブランシュ(26歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea9459 伊勢 八郎貞義(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0131 アースハット・レッドペッパー(38歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb1802 法条 靜志郎(31歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1878 ベルティアナ・シェフィールド(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

「つ、疲れた‥‥」
 相乗りしていた馬から降りた法条靜志郎(eb1802)が、げんなりした顔で呟く。ジャパン人には珍しい、蒼い眼を曇らせて。
「緊急事態とは言え、少し無理があったかしら‥‥」
 同様に下馬して身支度を整えるベルティアナ・シェフィールド(eb1878)も疲れた表情。見やれば、他の仲間達も一様に疲労の色が濃い。
「このままでは足並みが揃わない。暫く休憩しようか」
 愛馬を木立の陰に隠し、ロープで繋ぎながらカノン・リュフトヒェン(ea9689)が無表情に告げた。手持ちのロープを切ると、慣れた手つきで馬同士を繋いでいく。自前の一本では全員分賄えなかったが、伊勢八郎貞義(ea9459)の分を使う事でなんとかなった。窮屈感は否めないが、背に腹は代えられない。帰ったら新しいロープを買いなおさなければならないが、放置して愛馬を失うよりは余程ましである。
「うー、はやくはやくっ!」
 その一方で、依頼人の少女は元気一杯だ。勝手に乗馬慣れしたカノンの背中に引っ付いていたお陰だろう。
「‥‥済まないけど‥‥息が整うまで待ってちょ‥‥」
 魔術師にしては体力がある方のアースハット・レッドペッパー(eb0131)でさえこれである。
「わ、儂は‥ぜんぜん‥平気じゃぞ‥‥楽すぎて‥胸が‥張り裂けそうな‥ぐらいじゃ‥‥っ」
 リサー・ムードルイ(ea3381)に至っては強がるのが精一杯の有様。
「無駄に喋るな。それだけ疲労が抜け難くなる」
 カノンの冷たい言葉を耳にして、リサーはこてん、と仰向けに寝そべった。

 一同のこの疲れっぷりはどういう訳か、手短に説明しよう。
 シフールの少女・ファウの依頼を受けた冒険者達は、一刻も早く目的地に到着すべく仲間の馬に相乗りする形で一路森へと向かった。徒歩で一日かかる距離でも、馬ならばかなり短縮できるからだ。
 ところが‥‥実際の所、真っ当な乗馬の心得があったのはカノン一人。他の者はお世辞にも乗馬慣れしているとは言い難かったのである。一人でのんびり旅をするならまだしも、荷物満載で相乗りして急行は人馬共に負担が大きく、いかにも手に余った。イメージとは裏腹、乗馬とは存外に体力を使うものなのだ。それは、後ろに乗っていても変わらない。愛馬が潰れなかっただけでも僥倖であろう。
 と言うわけである程度の時間短縮には成功したものの、その代償に体力の消耗を強いられた一行なのであった。

 ややあって。
「追っ手の事も知りたいですわね。人数や技量などが判れば、それだけ逃げられる可能性が増しますわ」
「そうだね。判る範囲でいいから教えてくれよ」
 息もある程度整い、荷物を八郎に預けたエリーヌ・フレイア(ea7950)と靜志郎が少女に尋ねた。
「あの時襲ってきたのは大きいのと小さいのと中くらいの黒ずくめ三人だけど‥‥ゆっくり観察してるヒマなんてなかったよ!」
 少なくとも、少女にとっては突然の襲撃だったらしい。これでは何も分からないのと同義だ。
「ファウさんと‥‥その、彼はどういう関係ですの?」
「ボクとヒョウマはパートナーだよ」
 得意気にえっへんと空中で胸を張る少女。
「照れちゃって『邪魔だから付いてくるな』とか言うんだけどさぁ‥‥」
「いや、この場合は額面どおりだと思うぞ」
「オトコノコってシャイだよねぇ」
 身も蓋もないアースのツッコミだが、はふっと溜息一つ。そんなものはどこ吹く風の少女である。
「追われているとはまた尋常ではありませんが、その理由は御存知ですかな?」
「教えてくれないんだよね、パートナーなのにサ」
 八郎の問いも、答えは果々しくない。
「事情は‥‥後で彼から聞きましょ?」
 と、道中の無理を労うかのように愛馬を軽く撫でながらシアン・ブランシュ(ea8388)が口を開いた。
「今は一刻でも早く駆けつけるのが先決よ」
「そうだな。行こう」
 シアンの荷物を小脇に抱え、カノンが呟く。
「そうだよ、早く、早く行こうっ。間に合わなかったら、ボク‥‥」
 そわそわとファウが一同を急かす。
「大丈夫、ヒョウマは助かるわ。ファウが信じなくちゃ、ね?」
 シアンが微笑を浮かべて少女を宥めると、一同は歩みを進めたのだった。


「早く! こっちこっち!」
 森の中、器用に木立を掻い潜りながら駆ける様に飛んでいた少女が、空中で静止して手招きした。
「あ、あまり離れすぎないようにしてくださいって言ったでしょう?」
 すぐ後ろ、ベルティアナが少女を咎める。全く、魔法のブーツを持っていたのは僥倖だった。お陰で体力の消耗を抑え、引き離されずにも済んでいる。
 焦っていたのだろう。いざ森の中に入ってみれば、シフールの少女は目的地目指して一直線。お陰で周囲の索敵も何もあったものではないが、幸いな事に今の所追っ手と遭遇はしていなかった。
「スグそこに小屋があるから! 早くいこうっ」
「ま、待って‥‥周囲を‥調べますわ‥‥」
 息を切らしながら、追いついたエリーヌが力ある言葉を唱える。ブレスセンサーで追っ手の有無を探ろうというのだ。こんな状況なので、使用するのは今が初めてだが。
「だー、頼むぜ、全く‥‥」
 やや遅れて追いついたのはアース。荒い息の下、懐からスクロールを取り出し、呟く。
「これじゃ襲われたら一網打尽だって‥‥」
「まぁまぁ、取り敢えずは何事もない事ですし」
 男を宥める八郎。本音を言えば八郎だって慎重に行動したかった。だが、巧遅より拙速を選ばざるを得ない状態なのも確かだ。
「‥そう‥じゃ‥‥この程度‥で‥」
 リサー、口を開くだけでいっぱいいっぱいの模様。
「‥‥あんまり無理すんなよな」
 息を整え、ぽんと頭を叩いた靜志郎の苦笑いもやや力なかった。
「‥‥大丈夫。周囲の呼吸は私達と、あと一つだけですわ」
 周辺の捜査を終えたエリーヌが告げる。
「ですけど‥‥」
「‥‥ですけど?」
 シアンの問いに、女は険しい顔で答えた。
「もう一つは、今にも消え入りそう‥‥」
「まずいな、急ごう」
 靜志郎の言葉に、一同は黙って頷いた。


 小屋まで辿り着くと、一足先にファウが開け放たれた窓から飛び込んだ。若干遅れてエリーヌが後に続く。
「ヒョウマ! ヒョウマぁ!」
 壁に凭れる様にして座り込み、俯いた男に少女がすがり付く。全身を覆う黒装束、赤黒く染まった包帯、満身創痍のいでたち‥‥間違いない、この男が少女の言っていたヒョウマだろう。素人目にも判るほど衰弱して危険な状態だ。
 女は治療の為にポーションを用意していた。だが、間の悪い事に荷物をカノンに預けており、使いたくても使うことが出来ない。間もなくカノン達も追いつくだろうが‥‥時間にしたら僅かな差だが、その僅かな時間がもどかしい事この上ないエリーヌだ。
 ――バタン!
 僅かに遅れて仲間たちが入ってきた。意識を失った男を慌しく取り囲むと、ベルティアナがヒーリングポーションを男の口に含ませる。エリーヌもカノンが置いたバックパックから薬を取り出すと、男に飲ませていく。
 ややあって、男は意識を取り戻した。
「‥‥来るなと言ったぞ、ファウ」
「強がらないでよ、ばかぁ! 心配したんだからっ!」
 人目を憚らず泣き喚く少女に、一同はほっと一息吐いたのだった。

「さて、急ぎましょう」
 一瞬弛緩した空気をエリーヌの言葉が切り裂いた。
「‥‥取り囲まれています。間一髪でしたわね」
 皆の緊張が一瞬にして高まる。間に合ったと言うべきか、間に合わなかったと言うべきかの判断は難しかった。


「――あの小屋だな?」
 手下の報告を受けた男が、下卑た顔を歪ませ呟く。
 黒尽くめの男が倒れているのを見かけたと報告を受けたのが先刻の事だ。万が一にも取り逃さぬよう、見つけたら先走らずに報告しろと手下には厳命してある。万が一にも取り逃さぬよう、取り囲んで袋叩きにするのが上策とは男の情婦であるシラヌイの話だ。尤も、情婦だと思っているのは男だけなのだがそれは知る由もない。
「よし、かかれ。間違っても手加減すんじゃ――!?」
 男が号令をかけた直後。巨大な煙の球が突如出現、手下たちを包み込んだ。
 スモークフィールド――アースが行使したスクロールの力である。冒険者達の目的は追っ手の殲滅ではない。護衛対象を護って脱出さえ出来ればそれでいいのだ。
「な、なんだ‥‥っ!」
「おかしらぁ、前が見えねぇ!!」
 煙の中から手下達の怒号と悲鳴が聞こえてくる。突然の異変に混乱状態に陥ったのだ。一部の悲鳴は同士討ちの所為だろう。
「ちっ、役にたたねえ野郎どもだっ」
 苛立った様に男が吐き捨てる。
「ネェ‥‥」
 黒装束の女が妖艶な笑みを浮かべ、男の袖を引いた。

「ぐわぁっ!」
 リサーとエリーヌの手から迸った電光が盗賊を貫く。
 続け様にシアンが弓を引き絞ると、魔力を纏ったその矢は狙い過たず敵を射抜いた。堪らず、包囲網の一角が崩れる。
(「今だ、あそこから突破してくれ!」)
 ベルティアナの脳裏に靜志郎の声が響いた。
「この身に代えてもお守りします」
 女は呟くとアースと二人、豹馬に肩を貸して小屋から飛び出し突破を図る。その背中から賊が斬りかかろうとしたが、剣を振り上げたまま前のめりに倒れた。――背中に矢が生えている。シアンの物だ。
(「全く‥‥人間というものは興味深い反面、時につくづく呆れさせてくれるのぅ」)
 リサーの赤い目が鋭く光る。エルフの父であり母である森を不浄な血で汚そうとした、その罪は重い。ベルティアナの背中を護るように後退すると、近寄ろうとする敵に向けて電光を放つ。この怒り、其が身を以って知るがいい――そう、少女は怒っているのだ。
 直後、電光に怯んだ相手にカノンが切りかかると、音もなく盗賊たちは大地に臥した。電光石火の早業に、憎悪と畏怖の視線が向けられる。
「よくもやってくれたなぁ‥‥」
 と、横合いから響く下卑た声。数人の手下を連れた盗賊の首領だ。妖艶な笑みを浮かべる妙齢の女も傍らに控えている。手近な手下を連れ、煙幕を迂回してきたのだろう。素早い機転は女の入れ知恵かもしれない。
「その男、アタシに譲ってくれないかしら?」
 女は妖艶な笑みもそのままに、冒険者達に告げた。
「裏切り者なのよ、その男はね」
「纏めて殺っちまおうぜ、シラヌイ。その方が早え」
 にやり、と笑って男たちが迫る。
 と。

 ――ばしゃっ!

 不意に飛来した液体――油の壺が男たちに降りかかった。八郎が懐から出した油壺を振り撒いたのだ。
「んだコラァ!」
 激昂した賊の一人が八郎に迫ろうとしたが‥‥その手に握られた松明を見て、ビク、と動きを止めた。
「さて、お立会い。この手に燃ゆるは一本の松明。これにを其方に放ったらどうなるでしょうなあ」
 芝居がかった口調で八郎が嘯く。効果は覿面で、手下達は全く身動きが取れなくなった。流石に燃やされるのは恐ろしいのだ。
「ふざけやがって‥‥」
 唸るような声と共に首領が前に進み出た。女と二人、運良く油の洗礼から逃れたようだ。大上段に剣を振りかぶると、雄叫びを上げて八郎に襲い掛かる。松明を奪い取ろうという腹だろう。

 ――ガキン!

 甲高い金属音。すっと八郎の前に前に進み出たカノンが難なく剣を受け止めたのだ。
(「悪い、後は任せるぞ!」)
 カノンの脳裏に声が響く。横目に見れば、靜志郎たちが包囲を突破していた。女は小さく頷くと、長剣を閃かせる。たちまち、男は防戦一方になった。この程度の雑魚相手に後れを取るカノンでは無い。問題は数だけだが、後方の敵は煙幕での足止めに成功しているし、この場の手下は八郎が牽制している。後は踏みとどまり、ギリギリまで追っ手を防ぎ続けるだけだ。
『不知火、ですか。洒落た御名前ですな。ノルマンくんだりまでご苦労でありますが‥‥』
 この辺りでは聞きなれない響きは、ジャパン語だ。八郎の挑発である。
『しかし、うら若き婦人ならばもう少し慎みを持った方が宜しいですぞ?』
『あら、冒険者にしては珍しく頭が固いのねぇ』
 応じて女もジャパン語で返した。揶揄するような響きは、動じていない証拠か。
『貴方こそ堅物って言われないように気をつけなさいな』
『これは失敬。一本取られましたな』
 八郎はにやりと笑って、ちらりと横目で首領と切り結ぶカノンの様子を眺める。どう見ても一方的だ。決着は近いだろう。となれば‥‥そろそろ潮時か。
「さて。実験結果を発表いたしますかな」
 何気ない言葉と共に、男が唐突に松明を放り投げ‥‥
『ぎゃぁぁぁぁぁっ』
 炎に包まれた男達の悲鳴が響き渡った。

 ――ギィン!

 時を同じくして、カノンが首領の剣を跳ね上げた。返す刀でがら空きになった胸に長剣を突き立てる。鋭く肉を抉る、鈍い感触。
 どう、と男は大地に倒れ、動かなくなった。
『お、おかしらぁ!』
 カノンが長剣を引き抜くと同時、数人の手下が駆けつけた。その後からもバラバラと集まってくる。煙幕を突破したのだろう。
「奴らが仇よ!」
 女の声が賊を焚き付け、憎悪に燃えた視線が男女の冒険者に降り注ぐ。
「‥‥三十六計逃ぐるに如かず、ですな」
 もう十分過ぎる時間は稼げた筈だ。
「先に行け!」
 カノンの声を受け、八郎が回れ右して駆け出す。後を追おうとした賊の一人を斬り倒すと、怯んだ隙を突いて女も踵を返した。

『‥‥今回はその命、預けて置くわ‥‥』
 我先にと追いかけ出した手下たちを尻目に不知火は呟いた。冒険者を味方に付けた以上、今回は負けを認めるしかないだろう。だが、焦る事は無い。尻尾は掴んだも同然なのだから。
 一陣の風が吹き抜ける。
 女の姿は、もう何処にも無かった。


 街中まで逃げ延びてしまえば、ほぼ安全圏と言って良かった。
「さて‥‥良かったら事情を聞かせてくれると嬉しいわね」
 落ち着いた頃合を見計らって、シアンが口を開く。
「悪いが‥‥無関係な者を、これ以上巻き込みたくない」
「既にこれだけ働いてるのよ。無関係なんてとんでもないわ」
「そうですよ。いったい何があったんですか?」
 ベルティアナも一緒になって問い詰めるが‥‥この時、男の口からそれ以上語られる事はなかった。
「まぁまぁ、そう問い詰めても仕方ないのじゃ――どうせ奴等は嫌でも追ってくるのじゃろう?」
 見かねたリサーが割って入ると、男は苦笑して少女の気遣いに小さく頭を下げ、踵を返した。
 その後をファウが追いかけ、二人の姿は街の雑踏に消える。
「さ、まずは皆で紅茶と菓子でもどうかの。やはり仕事の後は一杯の紅茶に限るのじゃ」
 二人を見送ると上機嫌そうに笑うリサーに、一同はそれぞれのやり方で頷いたのだった。

 ――この後、少女の予言通り豹馬から依頼が舞い込む事になるのだが、それはもう少し先の話である。