【裏切り者に死の贖いを】破

■シリーズシナリオ


担当:勝元

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月24日〜05月29日

リプレイ公開日:2005年06月01日

●オープニング

 ぱちぱちと松明の燃える音が響く。薄暗い洞窟内を照らすそれは、ごつごつした壁に所々遮られて陰影を落としていた。
「離して、離してってばぁ!」
 ロープで後ろ手に縛られた少女が、壁際に転がされてじたばたともがいている。すらりと伸びた足、青い瞳、そして蜻蛉のように透き通った羽。――シフールの少女だ。
「覚えてなさいよ、バカーっ!」
「‥‥黙れよ」
 陰気な空間にあって場違いな程きゃんきゃんと響くその声は、飛来した一枚の鉄片が顔のすぐ真横に突き刺さった直後、大人しくなった。
「お前は餌だ。それ以上でもなければそれ以下でもない。なんなら――」
 鉄片の飛来元は、そんな少女の様子を無表情に眺めていた一人の少年だ。掌中で棒状の鉄片を玩びながら、淡々と告げる。
「今すぐ細切れにしてやって、野犬の餌にしてやろうか」
「ふ、ふーんだ!」
 氷のように冷たく光る双眸に気圧されながらも、少女は勝気に言い放つ。
「きっとすぐにヒョウマが来てくれて、お前たちをやっつけてくれるに決まってるもん!」
「‥‥くく」
 少年が喉の奥で小さく笑った。そうだ。一分一秒でも早く駆けつけろ。甘ちゃんに何が出来る。お前の命はそこで終わるのだ。そうすれば、不知火だって考えを改めるに決まっている。
『か、カマイタチ‥‥』
 野太い、地響きのようなジャパン語は、少女の間近から聞こえた。音一つ立てずに忍び寄った影は、洞窟の天井に頭をぶつけそうな筋骨隆々の大男だ。
『そ、そいつ壊していいのか‥‥思いっきり抱きしめて羽を一枚ずつ千切って指を捻り切って腕をへし折って足から引き裂いて握りつぶしていいのか‥‥』
 大男はごつごつと節くれだった両腕を少女に向けて延ばす。少女の目が恐怖に大きく見開かれた。
『駄目だ』
 前言を翻して、少年はにべも無く言った。
『コイツには大事な役目があるんだ。それが終わったら好きにしていいからさ』
『わ、わかった‥‥オレ、カマイタチの言うとおりにする‥‥』
 少年の言葉に、大男は渋々と引き下がった。残念そうに少女をねめつける視線は明らかに常軌を逸している。
『良い子だ。それまでは、さっき狩ってきた村娘で遊んでな、山津波』
 宥めるように大男を撫でると、無表情だった顔を崩して少年は微笑んだ。


 同時刻。
 ドレスタットの冒険者ギルドを隻眼の青年が訪れていた。黒尽くめの装束、背中に挿した短めの刀、足音を立てずに歩く独特の歩み――忍者、草壁豹馬である。
「攫われた少女の救出を頼みたい」
 青年は開口一番、受付嬢にそう告げた。
「少女は俺の連れだ――と言っても、半ば無理矢理そうなったんだが――まあいい。それが、食料を買いだしに言ってくると告げたきり、帰ってこなかった。代わりに帰ってきたのが、これだ」
 受付に青年が差し出したのは羊皮紙と、墨で黒々と塗られた棒状の鉄片。あまり見かけることの無いその鉄片は、両端が鋭利に研ぎ澄まされていた。
「どれどれ‥‥」
 羊皮紙の上部に傷が付いているのは、鉄片で壁に縫いとめられていたからだろう。受付嬢は羊皮紙を手に取り、眺めた。

『――貴様の女は預かった。三日待つ。命惜しくば一人で指定の場所へ来い』

「‥‥典型的な脅迫状ですねぇ」
「俺はどうなってもかまわん。自業自得だ。だが、彼女には何の咎も無い」
 青年は苦渋に顔を歪める。
「それに奴らは俺を殺した後、絶対に彼女も殺す。そういう輩なのだ‥‥」
「相手が判っているのですね」
 受付嬢の問いに青年は説明した。
「‥‥ジャパンから俺を追ってきた追忍だ。
 一人はクノイチ。忍術の使い手、名は不知火。
 一人はジャイアント、名を山津波。素手で人を壊す事に酔いしれる性格破綻者だ。
 そしてもう一人。手裏剣の名人、冷酷非情の極みたるパラ。名は鎌鼬」
 青年は一通り語ると、一息ついて言った。
「どうあれ、俺は行かねばならん‥‥だから、頼む。力を貸してくれ」

●今回の参加者

 ea3381 リサー・ムードルイ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea7950 エリーヌ・フレイア(29歳・♀・ウィザード・シフール・フランク王国)
 ea8388 シアン・ブランシュ(26歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea8568 チェムザ・オルムガ(38歳・♂・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea9459 伊勢 八郎貞義(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1802 法条 靜志郎(31歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1878 ベルティアナ・シェフィールド(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

神哭月 凛(eb1987

●リプレイ本文

●迷い犬、接触
 潮騒は海が近い事を示していた。
 ごつごつした岩場を二人の人影が彷徨っている。土埃で薄汚れた姿は、道に迷い当てもなく歩き回った証左だろうか。誰にも経験があるだろうが、道に迷うのは心細いものだ。
「だから先程の所で南に向かった方が良かったんですよぉ」
 人影の一つ――伊勢八郎貞義(ea9459)が情けない声を上げる。疲労と焦燥からの言葉だろうが、その割にあまり危機感は感じられない。それもその筈、これは迷い人の振りをして標的に接触する為の演技。殊更に声を上げて見せたのも、目標とする洞窟が近付き、見張りらしい大男の姿が見えてきたからだ。
 事前に仲間達とも打ち合わせは済んでいる。傍らの少女に小さく目配せすると、八郎は意気揚々と大男に声をかけた。
「あぁ、すみませんそこの方。街道に戻りたいのですがどう行ったら良いか教えて頂けませんかねえ〜。あ、それともし食糧に余裕があればお譲りして頂きたいのですがぁ‥‥」
 相手からの返事はなかったが、お構いなしに男は言葉を続ける。もう一人と人質の少女の姿は見えないのが気にかかったが‥‥。
「いやぁ、主と遠出をしたはいいですがすっかり道に迷ってしまいまして‥‥」
 帰ってきたのは悪意のこもった歓喜の表情。明らかに此方の言葉が伝わっていないのだけは判るが‥‥。恐らく、ゲルマン語を解しないのだろう。だが、あの表情は?
 八郎はジャパン語に切り替えようと試みたが、上手く行かなかった。図体に見合わぬ敏捷さで大男が踊りかかってきたのだ。
「――!!」
 慌てて腰の短剣を抜き、構える。臆病な従者を演じるつもりだったのだが、その余裕はなさそうだった。

「上手くいってる‥‥のかしら」
 岩陰から遠巻きに様子を伺いながら、シアン・ブランシュ(ea8388)は呟いた。
 片割れの少女を庇う形で、八郎が大男の攻撃を必死に防御している。とは言え、一方的に殴られているといっても過言では無い状態だ。
 このままでは明らかに拙い。八郎が倒れたら、無防備な少女が取り残されることになるし、それは時間の問題に見える。遊んでいるつもりなのか、弄ぶように手加減しているのがまだ救いだ。シアンは仕掛けるタイミングを逃さぬよう、全神経を視覚と聴覚に集めると、掌中の魔弓を握りなおした。
「聞いていたもう一人の姿が見えませんね‥‥」
 シアン同様、岩陰に身を潜めているエリーヌ・フレイア(ea7950)が囁く。人質の姿が見えない以上、今仕掛ける訳にも行かない。恐らく相手は豹馬の姿を確認してから現れる腹なのだろう。
 遠目に洞窟の入口が見える。闇に切り取られたように黒く口を開けたそこから、鎌鼬とやらは様子を伺っているに違いない。
 エリーヌもあらゆる状況に対応しようとスクロールも揃えていたのだが、あまりにも重たくなった為に諦めてバックパックは愛馬の上だ。下見をする時間的余裕がなかったのが悔やまれた。

●囮
『‥‥お前の相手は俺だ、山津波!』
 かけられた声に、大男は振りかぶった拳を止め、振り向いた。
『‥‥ぐふっ、遅かったな‥‥』
 山津波は獲物をいたぶる恍惚感に緩んだ口元で呟くと、男の襟元を締め上げていた左手を離す。八郎は受身も取れぬまま大地へ叩き付けられた。
「がはっ‥‥!」
 強かに背中を打ち、一瞬息が詰まる。
 咽るように咳き込んで呼吸を取り戻すと八郎はなんとか起き上がり、オーラを練り始めた。もう少し殴られていたら、失敗覚悟で傷を癒すのに練るオーラの量を増やさなければならなかっただろう。
 ――ごきり。
 陶酔に充血した目を大きく見開き、山津波が拳を鳴らした。
『‥‥そう簡単に壊される訳には行かないんでな』
 呟くと、豹馬は背中に挿した刀を抜いた。得物こそ違えど、忍者の隠れ里では腕を競いあった相手だ。隻眼でさえなければ、打ち倒す事も出来たろう。だが‥‥。
『刀を捨てろ、豹馬』
 洞窟の中から現れた小柄な人影が、鉄のように冷たく錆を含んだ声で告げた。
『‥‥再会を祝して、な』
「――ヒョウマぁ!」
 後ろ手に縛られ、悲痛さと歓喜とがない交ぜになった声を上げるシフールの少女。その首筋には、黒く塗りつぶされた鉄片を押し付けられている。追忍・パラの鎌鼬が得物、棒手裏剣だ。
「‥‥くっ」
 青年は刀を投げ捨てると、両手を上げる。後は冒険者達に委ねるしかないだろう。事前の打ち合わせの際にポーションと身代わり人形を預かっているから、少々の事で死にやしない‥‥。
 ――ごぐっ!
 間髪いれず、暴風のように荒れ狂う山津波の丸太のような四肢が青年を打ち倒した。

●射貫くは鷹の眼
 ――悪い、もう少し時間を稼いでくれ‥‥
 別の岩陰から法条靜志郎(eb1802)の思念が飛ぶ。青年は一同の司令塔として状況把握に努めていた。とは言え、月の力によって増幅された青年の思念はまだ弱く、あまり遠くまで届かないのが難点。その為、ギリギリまで近付くのに苦労した。最初に接触した八郎たちが気を引いてくれなかったらあのゲス野郎に見つかっていたに違いない。そう、少女を盾に取るような下種に‥‥。
 思わず怒りの思念が飛びそうになる。無理矢理それを押さえ込んで、靜志郎は小さく嘆息した。
(「この身にかえてもお救いします」)
 ベルティアナ・シェフィールド(eb1878)は陣取った岩陰で靜志郎と目配せを交わした。
 奪還の好機はまだ訪れてはいないが、彼女が慌てずにその時を待つ。
 護るべき少女を眼前に、昂ぶるは感情に非ず己の矜持――弱き者を守護するは騎士の務め。女は兜にそっと触れると、戦乙女に勝利と成功を祈った。
(「人質か‥‥」)
 カノン・リュフトヒェン(ea9689)は目を閉じ、思案する。古典的だが、それだけに厄介な手ではある。
(「二人のやり取りは見ていて心和むものだったし、な‥‥」)
 端正だが表情に乏しい顔が、淡い笑みを纏う。
 知らぬ顔でもなし、助力は惜しまない。此方も相手の手の内を知っているが、逆に相手も此方の手を読んでいると見ていいだろう。一瞬浮かんだ穏やかな笑みは、瞬時に掻き消されると鋭い視線に取って代わられた。
「卑怯者、嫌い‥‥オレ、山津波‥‥倒す」
 傍ではチェムザ・オルムガ(ea8568)が丸くなって機を窺っている。二人は追忍と直接対峙し、押さえ込む重要な役割を担っているのだ。

「――ぐあぁぁぁぁっ!」
 隻眼の青年が地に伏すと、肘から有り得ない方向に捻じ曲がった左腕を押さえ、のたうつ。激痛に焼き切れそうになる神経を捻じ伏せ、青年は冒険者から預かった薬を飲み乾した。冒険者たちの準備が整うまで時間を稼がねばならない。
 既に懐の人形は身代わりとなり、砕け散っている。次に倒れたら立ち上がる事は出来ないだろう。
『ぐふっ、ぐふふふ‥‥』
 倒れる度に起き上がる豹馬に、山津波の表情は恍惚の極みを迎えていた。何回も何回も壊せるなんて!
 だが‥‥残念な事に豹馬は回復の手段を使い果たしたらしい。次に待つのは死と言う一つの快楽の極致。男は訪れるであろう歓喜と絶頂の瞬間に向け、拳を振り上げた。
(「今だ‥‥! 仕掛けるぞ‥‥!!」)
 仲間達の配置を確認して、靜志郎の思念が虚空を走った。
「おおおお‥‥!!」
 受けると同時、チェムザが雄叫びを上げ、山津波に向けて飛び出した。それを見て他の仲間達が持ち場から飛び出し、一斉に行動を開始する。これからは一瞬の判断、そして仲間との連携が物を言うだろう。機は熟したのだ。
「読み通りだな‥‥」
 柔軟な対応を要する人質側に頭の回る者を置くならば、攻め手は山津波とやら。其方に向かったチェムザ殿が一人で相手出来るかは微妙な線だが、少なくともヒョウマ殿やその他に存分に危害を与えられるほど自由にもなれまい。
 十字を意匠した長剣を抜刀すると、カノンは鎌鼬へ駆けた。間に合うか、否か。ここからは一瞬が事の成否を分けるだろう。

『‥‥ちぃっ!』
 一斉に飛び出す冒険者たちを見て、鎌鼬は舌打ちを一つ。あの豹馬の事だ。何某かの手段を用意しているとは予想していたが、ついにヤキが回ったらしい。馬鹿め、俺が躊躇うとでも思ったのか?
 鎌鼬は無慈悲な笑顔を浮かべ、右手の手裏剣を少女の首筋へ振り下ろす。
「ひっ!」
 少女の短い悲鳴。恐怖に大きく見開かれた視界を――鮮血が、染めた。

●咆哮、荒ぶる熊
 ――カラン。
 乾いた硬い音を立て、岩場に鉄片が転がる。
「ぐう‥‥っ」
 苦痛にくぐもった声が漏れる。見やれば、右腕に突き立つは一本の矢。
 ――シアンだ。シアンの魔弓から放たれた矢が、すんでの所で少女の命を救ったのだ。
 間を置かずカノンとベルティアナが鎌鼬に迫る。男は瞬時に人質を諦めるとバックステップ、叩き付けるように少女をベルティアナに投げつけた。
「‥‥危ないっ!」
 身動き取れずに宙を飛んだ少女の肢体を、抱え込むようにベルティアナが受ける。
 ――ドドッ!
 その背中に数本の鉄片が突き刺さった。少女を投げた直後、鎌鼬が手裏剣を投擲したのだ。
「ファウさんを守り抜きます‥‥っ!」
 焼け付くような痛み――だが、女は構わず少女を護るように身体で庇った。己の矜持に賭けて、卑怯者に屈する訳には行かないのである。

 ――ギャンッ!
 空をつんざく電光が、豹馬を打ち倒さんと振り上げた拳を捉えた。
『ぐおっ!』
 痺れるような痛みに山津波が呻く。
「今よ、下がって!」
 空中から電光を放ったエリーヌが鋭く叫んだ。
 ――貴方が死んだらファウさんが悲しみます。戦闘は私達に任せて逃げる事を第一に考えて下さい。
 ポーションを受け取る際に言い含められた言葉。青年は無言で頷くと、駆けつけたチェムザにその場を譲り、痛む身体を引きずるように後退した。
「こい‥‥オレが、相手だ」
 大剣を肩に担ぐと、チェムザは左手で手招きするように挑発する。
『む‥‥オマエ、気に入らない!!』
 言葉は通じなくとも、言わんとする事は雰囲気で伝わったのだろう。山津波は吠えると拳を構え、チェムザに踊りかかった。
「ぬぅん!」
 チェムザが担いだ大剣を振り回すように一閃すると、衝撃波が空を斬り裂く。だが山津波は難なく上体を折りたたんで避けると、一挙動で懐に潜り込み、名前どおり津波のような連撃を繰り出す。
 ――ズン!
 丸太のような膝蹴りが鳩尾にめり込むと、チェムザの体がくの字に折れ曲がる。
『オマエ、強い‥‥だけど』
 返しの肘打ちが後頭部へ。防ぎようもなく、男の身体は大地に叩き付けられた。
『オレはもっと強いぞ‥‥ぐふっ』
 山津波は勝ち誇り、異様な声で笑った。
「まだ、勝負‥‥付いて、ない」
 連携を当てにしていたカノンは鎌鼬の対応に追われている。だがチェムザは諦めることなく、大剣を風車のように振り回して山津波に打ちかかった。

 ――ドッ!
 カノンの肩口に鉄片が突き刺さる。
「くっ!!」
 苦悶の声が漏れる。構わず踏み込むが相手の動きは素早く、間合いを詰める事が出来ない。女は焦燥を捻じ伏せ、執拗に接近を試みた。今は届かなくとも、相手の行動を自由にしなければそれでいいのだ。
「大丈夫か!」
 靜志郎はナイフを抜くと、意を決して飛び出した。向いてないのは百も承知の上。だが、今はやらねばならない時なのだ。青年はファウを抱きかかえ、蹲るベルティアナに一目散に駆け寄った。
「て、敵は‥‥?」
「仲間が押さえ込んでる。退くなら今だ!」
 ポーションを取り出して回復している暇は無い。
「死なせはしないさ‥‥絶対に」
 靜志郎は女を助け起こすと、肩を貸して後退を始めた。

『‥‥させるかよっ』
 逃げ出そうとする二人をちら、と横目で見ると、鎌鼬は素早く手裏剣を構えた。狙い撃ちにして下さいといっているようなものだ。黒く塗られた鉄片には毒が塗してある。死に至らしめるような性質のものではないが、傷を悪化させるには充分な威力。それは己の細腕を補って余りある。
 だが。
『なっ!?』
 その瞬間、標的は煙幕のような気体に遮られ、姿を消した。
「早く!」
 滑る様に空中を滑空したエリーヌが靜志郎達に合流する。スクロールの魔力で視界を遮り、追撃を封殺したのだ。

●決着
 ――ドッ!
『ぐうっ!』
 鎌鼬の背に矢が突き立つ。
「あらら、背中がお留守よ?」
 煙幕に気を取られた、ほんの僅かな一瞬の隙をシアンは見逃さなかった。
「貴様ぁ――っ!」
 手裏剣を振りかぶった鎌鼬の体が一瞬硬直した。
 ――ズッ。
 これまで全くノーマークだった八郎が後背からオーラを宿した短剣を突き刺したのだ。
『後顧の憂いという言葉、ご存知ですかな?』
 男は大仰な台詞回しで嘯いた。
「忠告だ。多対一の戦いでは注意を散漫にしない方がいい」
 カノンの刃が煌く。傷で動きは鈍っているものの、近寄ってしまえば此方のものだ。その一撃は鎌鼬の身体を確実に捉えていた。
『これまでか‥‥っ! 山津波、後は任せるぞ!』
「逃がさないわよっ!」
 身体を朱に染めた鎌鼬は死に物狂いで飛び退ると、シアンが放つ矢を避けようともせずに洞窟内へ一目散に駆け出した。

『ま‥任された‥‥!!』
 仲間の離脱をものともせず、嬉々として山津波は拳を振るう。全身の矢傷や火傷で動きは鈍っているが、その戦意は全く鈍っていない。
「ぐっ‥‥イチか、バチか、だ‥‥」
 チェムザの瞳が凄絶な色を帯びた。
 意を決して大剣を構えると、山津波の拳を貰いながら交差するように大剣を繰り出す。肉を切らせて骨を立つ腹なのだ。
 ――ズン!
 果たして、その一撃は山津波の胴に深々と食い込んでいた。
『オマエ、強いな‥‥』
 山津波が血反吐を吐き、片膝を付く。やっと与えた一撃はその動きを急速に鈍らせた。だがその代償か、チェムザの体力は限界に近い。
 と。
「‥‥済まない、待たせた」
 鎌鼬の深追いを避けたカノンと八郎が駆けつけた。後方ではシアンの魔弓も狙いを定めている。形勢は逆転したのだ。

 ――この日、追忍・山津波は異国にて独り、その血塗られた人生に幕を下ろした。

●帰途
 手持ちのポーションをフルに使って傷を癒し、帰路の最中。
「ジャパンには大変な制度があるのね、異国のこんな地まで追い追われるなんて‥‥」
「こんなにしつこく付き纏われるなんて、豹馬、貴方ホントに何やったのよ」
 豹馬に話しかけたのはエリーヌとシアンの二人だ。
「まぁ、色々とな――」
「――って、はいはい。当てにしないで待ってるわね」
 シアンは片目を瞑って小さく笑った。
「再びこのような事をないよう、ファウさんとは離れない様にして下さいね」
「そうだよ、ボクを粗末に扱ったバチが当たったんだから!」
 ベルティアナの言葉に乗ってファウが抗議。
「むぅ‥‥」
 これには流石に悪いと思ったのか、唸るしかない豹馬だ。
「これは毒を喰らわば何とやら、ですな」
「‥‥どういう意味だ!?」
 八郎の妙な教訓に豹馬が狼狽しつつ返すと、一同ははじけるように笑ったのだった。