この子の七つのお祝いに

■シリーズシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月09日〜06月14日

リプレイ公開日:2005年06月17日

●オープニング

 ‥‥あたしは、変わった人間だ。
 人に言われるだけじゃない、あたし自身が一番そう思ってる。だって、おかしいわよねえ? 身の丈8尺もあるむくつけき大男が、女の着物を着て化粧をしているなんてさ。でも、物心付いたときには、もうこうだったのよね。なんだか、生まれてくるときに身体を間違えたんじゃないか、って思うわ。だから町を歩いていて、がさつな女の子を見かけたりすると、なんだか頭にきちゃうわよ。だってさ、あの子達は奇麗な着物を着てるじゃない? あたしにはあんな着物、着たくたって着られないわよ、丈も幅も合いやしないわ。仕立ててもらうにもおあしの要ることだし。なのに、可愛い着物を着ている子の言葉遣いやしぐさが乱暴だと、本当にがっかりするし、頭に来ちゃうのよね。
 あたしが働いてるのは見世物小屋。そんなに実入りのいい商売でもないけど、あたしみたいな半端者でも食べていけるくらいの銭は稼げる。ここで働く前はずっと田んぼで力仕事させられてたのよ‥‥子供の頃から、オトコらしくね。いつも、どうしても、馴染めなかった。そりゃあ力はあるわよ、こんな大きな体なんだし。でも、あたしが好きなのは力仕事なんかより、本当は、お裁縫や台所仕事や、それから、歌や踊りや奇麗なものが大好きだったの。ある日、本当に何もかもが嫌になって。あたし、なんで男に、こんなカラダに生まれてきたんだろうって。‥‥身投げしようとしたの。
 ああ、もちろん昔の話よ?
 だって今は、守らなきゃいけない家族だって居るんだもの‥‥。

 ‥‥あたしのおっかさんは、変わっています。
 何が変わっているって、男なのに女の格好をしているの。でもね、性根はどんな女の人にも負けない、優しいひとなのよ。あたしが小さい時、酷い熱が出て、三日も下がらなかったことがあったんだ。おっかさんはね、ずっと寝ないで看病してくれたんだって。あんまり覚えてないんだけど、でも、熱が下がってお粥を食べている時、おっかさん、にこにこしながら鼻水出してボロボロ泣いてた。それだけ、覚えてる。
 あたしは赤ん坊の頃に橋のたもとに捨てられていたのをおっかさんに拾われたんだって。おんなおとこの拾い子だって、よく男の子にいじめられたなあ。そのたんびにおっかさん、あたしにごめんねって言うの。でも、おかしいよね? 悪いのはおっかさんじゃなくってあの子たちのほうでしょ?
 ほんとうの事を言えば、あたしも最初はおっかさんが男の着物を着ればいいじゃないかって思うこともあったけど‥‥でも、あたしがもし男の格好をしろって言われて、男の子の遊びしか出来なかったら、嫌だもん。
 だからあたし、ある日、はやし立てる男の子に向かってはいてた下駄を投げたの。そしたらその子のおでこに命中しちゃって、大きなたんこぶが出来ちゃって。その子の親がうちに来て、大騒ぎになっちゃった。
 しばらくは、白い目で見られて、誰も寄りつかなくて、つらかった。でもそのあとで、その子がとんぼ取りで沼に足を滑らせて落っこちた時、おっかさんが必死に助けて、それからは、誰もおっかさんの悪口を言わなくなったの。
 おっかさんは私の大好きな、一番のおっかさんなのよ。

 ‥‥私は、罪深い女です。
 気が付いたときには岡場所の女。からだを切り売りして月日が経って、ある時、大店の番頭さんに口説かれて、ほだされて。うっかりその気になってしまって。本当に馬鹿な女です。捨てられたと分かったときにはお腹の中に子供がいました。この子と二人、今度は日のあたる暮らしをして行こうって思って、生みはしたものの。赤ん坊を抱えたおんな一人生きていくのって、本当にしんどくって、毎日が辛くて‥‥。
 この子を連れて死のうと思ったんです。寝ている子供の首に、腰紐を巻いて‥‥でも、できなかった。私は子供を橋のたもとに捨てました。それから、別の橋まで歩いて、飛び降りようとした時に止められて‥‥ええ、今の主人です。やっぱり生きよう、もう少しだけ頑張ろう。そう思って子供のところへ戻った時には‥‥あの子はもう、そこにいなかったんです。残っていたのは引き裂かれて血のついたおくるみだけ‥‥。きっと犬にでも食われちまったんですね。それこそ後悔なんてものじゃない、私は泣いて、泣いて。そんな私を主人が支えてくれました。
 あれから、もう6年が経ちました‥‥。


「さて、仕事の話でやんすが」
 ギルドの係員は依頼書に目を通しながらあごに手をやった。
「小豆問屋の千歳屋さんの御内儀から、家族には内密に調べてほしい事があるってぇ話が来てますぜ。どこぞの見世物小屋に居る女の子がじぶんの生き別れの娘じゃねえか、てんですがね。たまたま見かけた時に同じような守り袋を持ってたってだけで、確証はねえってことでやんす。娘の名前は『ゆかり』‥‥もうじき七つになるそうで。守り袋のほうは、鶯色の綾布で出来ていて、それなりに目立つものなんだそうでやんすよ。普段は肌身につけて持ち歩いてるらしいですな。中に父親の手紙が仕舞ってあるそうですぜ」
 依頼書を台の上に置いて、少し考える。
「見世物小屋、と言っても幾つかありやすが‥‥まあ寺の数よりはぐんと少ないし、片っ端からあたってもそれほどの手間じゃあござんせんね」
 そして、ふいと係員は思い出したように呟いた。
「そういえば千歳屋の旦那、一月ばかり前に胃の腑を患って、血を吐いて倒れたとか何とか聞いたような? お内儀も色々と大変でやんすなあ」
 薄笑いを浮かべた。

●今回の参加者

 ea6402 雷山 晃司朗(30歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea6463 ラティール・エラティス(28歳・♀・ファイター・ジャイアント・エジプト)
 ea7798 アミー・ノーミス(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea9703 グザヴィエ・ペロー(24歳・♂・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb1807 湯田 直躬(59歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2248 ユエ・シェザナ(27歳・♂・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 eb2319 林 小蝶(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●憤怒の川
 梅雨に入り、江戸の空を鈍色の雲が覆っていた。
 依頼人の店、千歳屋の周辺では、更に詳しい情報を求めて、何人かの冒険者が動いていた。
 そこへいきなり、千歳屋から女の大声が轟いた。
「とっとと帰んなって言ってんだろっ! ぼさっと突っ立ってちゃ商売の邪魔なんだよ、江戸っ子は気が短いんだ、さあさあとっとと帰っておくれ! それとも水を掛けられたいのかい!」
 女のあまりの剣幕に、迷い込んだ振りをして店内に入ったばかりのグザヴィエ・ペロー(ea9703)も思わず店の隅にへばりついた。
 追い出されている最中なのはアミー・ノーミス(ea7798)。一体自分の何がお内儀の癇に障ったのか見当もつかず、ただ目を見開いているばかり。
 彼女はただ聴聞師の生業を生かして彼女に接触しようとしただけだ。挨拶をし、名前と職業を伝え、そして、
「何か悩みがあるのではありませんか?」
 と。ただそれだけで、いきなりお内儀は般若のような顔をして怒り始めた。それはもう親の仇にでも会った様な大変な剣幕である。
 まあ確かに、よほど相手が有名でもなければ、普通は一見の相手に自分の秘密をそうそう打ち明けたりはしないだろうが。それにしてもこれはどういうことだろうか、と店の外へ押し出されながらアミーは思う。
「大変失礼をいたしました、このところああいった手合いが多いものですから。最近は江戸も物騒になったものでねえ。さて、お客様は何をお求めでございますか?」
「いえ、あの、すみません、実は道に迷ってしまって‥‥ジャパンには来たばかりで、このあたりに何か飲める‥‥ええと、茶屋、っていうんですか? は、ありませんか?」
「ああ、でしたら店を出て左にまっすぐ行った角に美味しい御茶屋がございますよ。お気をつけて行ってらっしゃいまし」
 先程の鬼の形相とはとても同じ人間と思えない、菩薩のような優しい笑顔で、内儀はグザヴィエに道案内をした。本来グザヴィエはそのまま内儀に接触して娘の特徴や見かけたという場所を聞きだすつもりでいたが‥‥タイミングが悪かった。無理は禁物と、そのまま頭を下げ、彼は店を辞した。
 店より少し離れた場所で立ち話──正確にはその振りをしていた湯田直躬(eb1807)とラティール・エラティス(ea6463)の二人もこの騒ぎには気付いていた。店から出てきたグザヴィエを捕まえて一部始終を聞くと、湯田はふーむ、とため息をついた。
「試してみるか」
 湯田は印を結び呪を唱える。一瞬淡い銀の光がうっすら浮かび、テレパシーの術が発動した。すぐに反応があった。
「ひぃぃぃ!」
「おかみさん、どうしたんですか?」
 店から聞こえる悲鳴。火を使っている時でなかったのは恐らく幸いだったろう。程なく店の使用人たちはばたばたと店じまいを始め、ものの5分と経たないうちに千歳屋の雨戸はぴしゃりと閉められてしまった。
「ふむ。怯えさせてしまったようだの」
 湯田は禿頭をぺしと叩く。
「いやあ幽霊、と、それだけしか聞き出せなんだ」
 聞き出すという言葉が適切かどうかは兎も角として。突然頭の中に知らない声が語りかけてきたら、この内儀のように幽霊か、あるいは自分の頭がどうかしたのかと思っても無理はないだろう。この国では、特に精霊魔法はごく一部にしか伝えられてこなかった秘術なのだから。

●鬼さんこちら
 ラティールは別のアイデアを持っていた。彼女は近くを通りがかった子供にごく僅かな小遣いを握らせると、手紙を持たせて店の裏手に走らせた。筆記用具は持っていなかったので、これは湯田に借りた。聞きたい内容は同じ、娘の詳細と見かけた場所と。返事は路地裏に投げてほしいと書き記し、自分達は投げ文を待つべく店の裏手に向かった。
 しかし、待てど暮らせど一向に文が投げられる気配はない。しびれを切らして中を覗こうとした時、裏木戸が開いて頭巾を目深に被った内儀が出てきた。冒険者達をちら、と見やると、人目をはばかりながら手招きし、一行はそのまま、かなり離れた場所にある、人気のない寺の境内まで移動した。
 内儀は辺りに目を配りながら押し殺した声で言った。
「あんた達、なんて事をしてくれるんですよ? 言ったでしょう、家の者に知られたくないって。手紙だなんて、冗談じゃない。万一誰かに見られでもしたら、あたしは‥‥。頼まれたことも満足に出来ないんですかね、冒険者ってのは? 子供の使いじゃないでしょうに。冒険者がそんな使いものにならないもんだって分かっていたら、こっちだってわざわざ大枚はたいて雇ったりなぞしなかったものを」
 とげとげしい言葉を吐き続ける女の顔は、グザヴィエが垣間見た鬼の顔そのものだった。
「すみません。ただ、これだけ聞いておきたかったんです。娘さんらしい子供を見かけた場所と、その子の特徴を」
「それと、もしその子を見つけたらどうするのかも」
 グザヴィエの言葉にラティールが付け足した。
「見かけた場所って言ったって、見世物小屋なんてのは入れ替わり立ち代りするものでしょうさ。見たのは北の端の神社近くだったけど、もう居ませんよ、とっくに調べたんだから。特徴も近くで見たわけじゃなし、振り分け髪に裾の短い、汚い着物を着てた位しかわからない。それから何だって、子供をどうするか? それこそ大きなお世話、あんた達には関係の無い事。大体、それを聞いてあんた達、どうするつもりなのさ? 仕事もまともに出来ないような連中にこれ以上話す筋合いもありませんからね、きっちり仕事して、それから二度と店にも私の前にも現れないで頂戴」
 吐き捨てるように言うと、内儀はくるりと背を向け、足早にその場を立ち去った。

●おおきいものとちいさいもの
 冒険者達は二手に分かれた。即ち、件の見世物小屋をしらみつぶしに探すものと、『ゆかり』の事を知っていないか子供に聞きまわるものと。
 雷山晃司朗(ea6402)は前者の方であり、見世物小屋を訪ねては
「見世物として働いてる人で、捨て子を拾ったという人はいないか?」
 と尋ねまわっていたが、名のある力士ということもあり、いつの間にやら人垣に囲まれて、手形を押してくれの赤子を抱いてくれのと、申し出に追われるはめになった。
「‥‥晃ちゃ‥‥晃司朗さん? どうしてここに?」
 人垣の中から驚きの声を上げたのはラティールだった。
「ラティ‥‥こそ、どうした?」
 雷山によじ登っていた子供が歓声を上げる。
「わー、おっきなおねーちゃんだー!」
「ねえねえ、おねーちゃんはせきとりのおよめさん?」
 ラティールの褐色の頬にたちまち朱が走る。頬を赤らめながら少しうつむき加減でこくんと頷くと、子供達はおよめさーんと口々に囃しだした。
「こら、大人をからかうものじゃない。で、見つかったか?」
「ううん。ここはもう調べた?」
「ああ、ここではないようだ。それに、これでは調べるどころではないな」
 苦笑しつつ雷山は答える。子供と煙は高い所に登りたがるもの。雷山には既に片手の指より多い数の子供が抱きついたり肩の上に陣取ったりしていたが、もとより力のある雷山のこと、この程度ではびくともしない。
 きゃっきゃとはしゃぐ子供らを見て、ラティールも思わず顔をほころばせる。が、冒険者としての任務を思い出し、子供らに尋ねた。
「ねえ、7つくらいの歳の女の子で、鶯色の守り袋を持ってる子、みんなの知ってる人にいない?」
 子供達は顔を見合わせると、申し合わせたように首を横に振った。一瞬静かになった空気も、すぐにまた元の黄色い声の喧騒に彩られる。ラティールは情報を得られず残念な気持ちもあったけれど、自分と夫がいつかこうして子供に囲まれて遊んでいる光景を思い浮かべ、不思議と満ち足りた気持ちになるのだった。

●ゆかり〜縁
 また別の見世物小屋で、グザヴィエも数人の子供を相手にしていた。
「ねえ、宝物の見せ合いっこしない? 僕はノルマンっていう遠いところから来たんだ。ノルマンの珍しいもの見せてあげるよ。君たちが持ってるジャパンの宝物も見せて?」
 手に持っているのは何の変哲もないつるつるした白い石だが、異国の物語に魔法をかけられて、子供達の目にはいかにも宝物のように映るらしい。
 子供達は競って自分の『宝物』を出した。それは髪飾りであったり、『相州正宗』と名付けられた木の棒だったり、他愛もない物が多かった。
「ゆかりちゃんは何を持ってきたの?」
 女の子の一人がもう一人の子にそう話すのを耳にしてグザヴィエははっとそちらを見た。ゆかりと呼ばれた子は黄色い着物を着て髪をお団子に結っていた。だが、依頼人の話では7つばかりのはずなのに、この子はもっと幼く見える。
「あたしね、お母さんがくれたお守りだよ」
 もじもじしながらゆかりという子が出したお守りは、緑ではなく藍色だった。鶴亀の刺繍は手垢で薄汚れている。念のため、グザヴィエが歳を聞くと、5つと答えた。違う、この子じゃない。
 一通り子供達と戯れると、別れを告げてまたグザヴィエは違う見世物小屋のほうへ向かった。

●ものがたりせむ
 アミーは、そういえば初めてジャパンに来た時に、こんな場所で日銭を稼がせてもらったっけ、と思い起こしていた。ひねた者も居れば子供以上に純真な者もいる、この世界。同情や親切心を引き出すために、アミーはひとつの物語を織り上げていた。物語を元に既に何軒もの見世物小屋で話を聞き、収獲を得られないまま、それでも最後は足で回るしかないと聞き込みを続けていた。ここで何軒目になるのだろう。
「その女の人、せめて生きてるうちに一目だけでも娘に会いたいって、必死な顔して言うんですよ。本当に涙が出そうになりました‥‥」
 自分を店から追い出した時の依頼人の、あの鬼の形相を寸時思い出し、アミーは語りながら、いっそこの作り話が本当のことだったら、とふと思った。
「‥‥ねえ、それって、もしかして」
 聞いていた女が口を開きかけたのを、同席していた鋭い目の男が睨んだ。女は貝のように押し黙った。
「生憎だが、ここにはそんな子はいねえよ。ああ、そういえば前に籠細工の見世物やってる所でそんな子が居るって聞いたなあ、ありゃあ確か今は江戸を離れて大阪へ向かったはずだが、なあ?」
「あ、ああ、そうだねえ」
 男に水を向けられて女はかくかくと頷いた。
 ああ、なるほど、ここなんだ、とアミーは直感した。後は仲間に任せればいい。二人に笑顔で礼を言うと、アミーはその場を立ち去った。

●やっと出番です
 林小蝶(eb2319)と湯田は件の見世物小屋に無事潜入を果たしていた。
 自称軽業師の林と、自称雨乞舞の踊り手の湯田であったが。
「じゃあちょっとやってみな」
 と小屋の興行主に言われ、元気良く返事をしたまでは良かった。
「はーいっ! ‥‥あ(ぼとり)」
「‥‥そっちのお前さんは?」
「それでは、僭越ながら。はぁ〜っキタ〜キタ〜雨がキタ〜ッ(くねくね)!」
 興行主は深い深いため息をついた。
「要するにお前さんたち、家出でもしてきたんだな? 行く所が無いなら置いてやる、ここはそういう場所だ。ただ、手伝いはしてもらう。それでいいな?」
「「はい!」」
 元気良く二人の返事が響く。
「じゃあ仲間に紹介しないとな。ついて来な」
 軽業の本職の目の鋭い男、鎖を断ち切る妖しげな怪力振袖男、軟体タコ娘などなど、それだけ聞けばいかにも怪しげだが、こうやって向かい合っている分には皆普通の人間に思えた。
 舞台に上がる人間だけでなく裏方も含め十余名、挨拶が終わると、
「親方ぁ、掃除終わりましたっ!」
 と鈴を転がすような声が聞こえた。
「ゆかり、あんたもこっちに来て挨拶なさい」
 振袖男が声をかけると、ひょこっと女の子が顔を出した。束ねもしない伸びた髪。無遠慮に新顔の二人を眺め回す。ややあってからぺこりと頭を下げ、それから振袖男の後ろにぎゅっとしがみついた。

●からす
 こっそりと、湯田は手持ちの保存食をカラスに与えていた。手なずけてゆかりを監視するためである。イメージを受け取ろうと試みてはいたが、テレパシーの魔法が伝えるのは言葉のみ。そして鳥と人とでは感覚がかけ離れているために、思ったような効果を得ることはできなかった。
 林はゆかりと一緒に掃除を手伝いながら自分の事を話した。
「じゃあ、林さんも私と似てるんだ?」
「うん。本当の両親は死んじゃって、養父母に育ててもらったんだよ。国も違うし、血も繋がってないけど、今は本当の両親と、育ててくれた両親と、4人も親がいるんだって思ってるもの。私のお兄ちゃんも冒険者でね──」
「いいなあ、兄弟がいるんだ‥‥」
「‥‥ねえ。本当の両親に、会いたい?」
「うーん‥‥」
 ゆかりは重い色の空を見上げた。すっと懐に手を入れ、鶴亀の刺繍のある緑色の古い守り袋を取り出す。
「これね、私が拾われたときに首にかけてあったんだって。中におっとさんからのお手紙が入っててね、子供が生まれたらゆかりって名前にしてくれって書いてあるんだって。おっとさんは千歳屋ってお店の番頭さんで、竹蔵さんって言う人なんだって。会ってみたい気はするけど、でもいいの。おっかさんが可哀相だもん」
 ぽつり。
 大粒の雨が降り始めた。

●袖はぬらさじ
 湯田は笑いながら興行主に暇乞いをした。
「息子がやっと嫁を取る気になってくれたようでして、はっはっは」
 心中は滂沱の涙である。実際のまな息子と来たら、女の尻より南蛮菓子を追いかけるのが好きと来ているのだから。林も便乗して何やかやと理由を付け、湯田と一緒に出て行った。ゆかりが寂しそうに小さく手を振っていた。
 冒険者達はギルドで報告をした。
 係員もまた一つ冒険者達に告げた。
 依頼人の夫、千歳屋の主人が亡くなったと。