夜明けの晩に

■シリーズシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月07日〜07月12日

リプレイ公開日:2005年07月15日

●オープニング

 ろうそくの焔がゆらり、揺らめいては仏壇の中の真新しい位牌を照らす。仏壇の前で顔を覆って泣いていた喪服姿の未亡人は、最後の客が帰ると、すすり泣くのをやめて。目じりに残る涙をたもとで拭い‥‥くっくっと声を上げて笑い始めた。位牌に向かって上機嫌で語りかける。整った美しい顔の上に、ろうそくの焔の揺らめきが時折恐ろしげな陰影を広げる。
「あなた、今までありがとうございました。うふふ、お陰であなたの身代は、ぜーんぶ私の物。私、とても幸せよ。‥‥でもね、まだやらなくちゃいけないことがあるの。ねえ、あなた? あなた、私と祝言をあげる前に、他所に子供を作っていたんですってね。教えられた時にはびっくりしたわ。それでね、私にそれを教えてくれた人はね、この店はお前のものなんかじゃない、その子の物だって言うのよ。‥‥冗談じゃないわ」
 女は冷たく哂った。
「渡したりなんか、するものですか。どんな手を使ってもね」

「ねえ、お前さん。義兄さんの様子、なんだかこの頃変じゃない?」
 繕い物の手を止めて、お糸は夫に不安をぶつけた。夫のほうは仕事道具の手入れをする手を休めず、つまらなそうに答える。
「変って、いつものことだろうが」
「だけど、最近ちっとも小遣いをせびりに来ないし、かといって博打をやめたわけでもないようだし。なにかやましい事でもしているんじゃないかしら?」
「やましい事、か。まあ兄貴のことだ、善男善女じゃねえにしたって、人様の命に関るような大それた事はしちゃあいめえ。ほっとけばいいさ。さあ、そろそろ休もう」
 夫に言われ、お糸は頷くが、心に兆した不安は床に就いても消えなかった。

 いつもの遊び場で遊んでいた子供達の一人が、目ざとくその男を見つけて歓声を上げた。
「六のおじちゃんだー!」
 他の子もわっと駆け寄り、口々にものをねだる。
「今日は何を持ってきたの、飴、それとも風車?」
 着流しをさらに着崩したチンピラ風の男はその風体に似合わず、子供達に愛想良く笑いかけた。
「今日はなあ、見て驚くなよ、てんつくてんつく、つくてんてん、どぉーん、どうだ!」
 口拍子をとりながら懐から出して見せたのは、どこで取ってきたものか、見事なかぶとむしの入った虫かごだった。子供達からひときわ大きな歓声が上がる。
 男がかごからかぶとむしを出すと、かぶとむしはゆっくりと歩き始めた。
「すげえや、かぶとむしだ!」
「かぶとむしって、相撲をするんでしょ? 力が強いのね」
「でも、強いって言っても、あたしのおっかさんのほうがずうっと強いわよ」
 子供らのうちの一人が口を尖らせて言う。束ねもせず肩の下まで伸びた髪の女の子だ。その子の頭の上に男──六助は、ぽん、と手をおいて優しくなでた。
「ゆか坊はおっかさん思いのいい子だなあ。だけども、おまえさんのおっかさん、本当のおっかさんじゃないんだろう?」
「‥‥だけど、おっかさんだもん」
「もし、本当のおっとさんやおっかさんのうちに戻れるとしたら、どうする?」
「‥‥え?」
 突然の六助の言葉に、ゆかりという名前の女の子は、目を丸くした。

「てぇなワケで、依頼でやんす。こちらのお糸さんって人が今回の依頼人でさあ。旦那の兄さんに当たる人が、普段から素行が悪いのが、このところ余計にこそこそと、何かよからぬ事をしている様に思われるってんで、皆様方に調べていただきたいそうで。もし何か悪事に加担している場合には、やめさせてやってほしい、と、そういうことですな?」
 ギルドの係員の確認に、お糸はこくりと頷いた。
「遊び人だけれど、根は悪い人間じゃないんです、六助義兄さんは。近所の子供と遊んでやったりして、優しい所もあるんですよ‥‥ただ、真面目に働こうって気がないから、悪い友達のところにばかり通って。私も主人も、さんざん口を酸っぱくして真人間に戻ってくれって言っているけど、ちっとも聞きやしない。このままじゃ、いつか酷い目に遭いそうで。どうか義兄さんが悪い事をしないように、お願いします」

●今回の参加者

 ea1959 朋月 雪兎(32歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ea6463 ラティール・エラティス(28歳・♀・ファイター・ジャイアント・エジプト)
 ea9703 グザヴィエ・ペロー(24歳・♂・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb1807 湯田 直躬(59歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2319 林 小蝶(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 真実は玉ねぎに似ている。
 剥けば剥くほど違う顔が出てくる。
 そしてその全てが一つの事実である。

●かごの中の鳥は
 冒険者達はまず依頼人の家に向かった。依頼人のお糸は不安げな表情を浮かべており、どこか落ち着かない様子で頭を下げた。
「六助さんの容貌とか、行きそうな場所を教えてほしいんだけど‥‥」
 林小蝶(eb2319)の言葉に、お糸は少し考えて、
「中肉中背、どっちかというとひょろりとしている感じでしょうか。いつも海老茶色の着流しをだらしなく着ていて、ちょっとだけ眉毛が太くて、後は特徴らしい特徴も特には‥‥。行きそうな場所と言っても、義兄の事ですから大体は賭場でしょうけど‥‥怖いところには近づけませんし、どこにあるのかまでは、ちょっと。そうでない時はこの界隈をふらふらしているようです。今までは三日とあけずにお金をせびりに来ていたのが、来なくなってもう大分経ちます。それなのにこの前、酒場で見かけたら妙に羽振りのいい様子で‥‥なんだか胸騒ぎがして」
 と答えた。
「家族に心配かけるのは、よくないと思うの。悪いことを仕出かす前に止められるよう、頑張ってみるね」
「ええ、どうぞよろしくお願いします」
 林の言葉でようやく、ほっとしたようにお糸の表情が緩んだ。
「おかあ、おなか減った」
 お糸の側で話の成り行きを見守っていた5つほどの女の子が、甘えるようにお糸の袂を引いた。
「はいはい、今何かあげましょうね。ゆかりは育ち盛りなのねえ、すぐおなかが減るんだから。‥‥それじゃあすみませんが、義兄のこと、どうかよろしくお願いします」
 そうお糸に再び頭を下げられ、その場を辞したものの、遊び人の技術を持つ者が冒険者の中に居なかったため、賭場の在りどころを調べることは難しかった。茶店の場所を尋ねるのとは訳が違う、どこですかと通りすがりの通行人に聞いて簡単に分かるものでもない。
 つまるところ賭場で六助を探すのと、六助を探して賭場に行くのとが、『卵が先か鶏が先か』というような堂々巡りになってしまっていた。

●いついつ出やる
 湯田直躬(eb1807)は先日一時の厄介になった見世物小屋へと足を向けていた。手には、土産の駄菓子を携えて。夏風邪を引いて病み上がりの身はまだ全快とまでは行かない。それでも自重しながら出来ることを努めるのは、さすが亀の甲より年の功。
 普通の店とは違って、ずっとそこにいるわけではない、ある時は一月であったりある時は半年であったり、そしていつのまにか気がつくといなくなっている、そんな商売ではあったが、湯田がその場所を訪れると先日のままに、薄汚れた小屋が建っていた。
 ちょうど小屋の前の道を掃除していたゆかりを見掛け、声をかけると、ゆかりの方も湯田の顔を覚えていて、
「あ、ヘンな踊りのおじちゃん」
 と、笑顔を見せた。土産を手渡しながら、湯田が何か変わったことはないか尋ねてみると、ゆかりは特にないと言う。だが、生来の方向音痴のため湯田に同行していた朋月雪兎(ea1959)は少女の顔をじっと覗き込んで、首を傾げた。
「何か気になってることがあるのかな?」
 『こう見えても忍者』である朋月の忍びとしての技量、対面した相手の内側を察する技術が、ゆかりの中にある僅かな影を捉えたのだ。
(うーん、美味しいものは無さそうだけど、不幸そうな人はほっとけないよね)
 心の中でそっと呟くと、朋月は自分より少し下のゆかりの目線の位置まで屈みこんで、人懐っこい笑顔を向けた。
「ねえ、よかったら、話してみない?」
 パラの朋月はふくよかな大人の体つきをしていても、身長はゆかりにほど近い。とはいえ、もうじき七つになるゆかりは、あと5年もしないうちに朋月の背を追い越して成長していくのだろう。身長差は数字に表すことが出来る種族差でもある。今、目の距離が近い分、ゆかりに親しみを与えることが出来るというのは利点であった。
 琥珀に似た朋月の茶色い瞳を、ゆかりの黒い瞳がじっと見つめる。ややあって、ゆかりは口を開き、ぽつりぽつり話し始めた。
「よく遊んでくれるおじさんが、おっかさんに‥‥本当のおっかさんに会いたくないかって。あたしは、あたしにはおっかさんは今のおっかさんだけ。本当のおっかさんはあたしを捨てた人なんだもの。だけど、でも‥‥本当のおっかさんがいるのなら、どんな人なんだろう‥‥って」
 俯くゆかりの頭を、湯田はあたかも娘に対する父親のように、優しくなでてやった。

●よあけのばんに
 石投げ遊びで子供達が戯れている。ほてほてと茶色の着流しの男が近寄ってきて、遊びの輪に加わった。地面に書いた輪の中に男の投げた石が吸い込まれ、他の子供が輪に投げ入れた石を一度に二つ、輪の中からはじき出して、子供達からは歓声が上がった。
 その場に林がいたのは全くの偶然だった。お糸に話を聞く事で当然のように六助の居場所を捕まえられると思い込んでいたから、ほかに探す手段もなく、でたらめに歩き回るしかなかったのだ。そしてそんな林の後ろをなぜかお糸の娘が面白がってついてきていたのも、きっと偶然だったのだろう。
「おじちゃーーーん!」
 後ろから大声がするまで、林はそのことにはまったく気がついていなかった。呼びかけられて男──六助がこちらを見た。とてとてと小さな娘が男のほうへ小走りに近寄っていく。それを見ながら、林は集まっている子供達の中に見世物小屋のゆかりがいるのを見つけた。だしぬけに、林の頭の中に一つの考えが浮かんだ。
 ‥‥今までお糸さんの所にお金をせびりに来てたのに来なくなったっていう事は、六助さんが、お金に困らなくなったっていうことだよね? 真っ当な仕事で得たのでない、大金が手に入る仕事っていうと‥‥例えば、殺しか人さらい、かな?
 そういえば、この前の依頼。お内儀さんの様子、おかしかったって後で聞いたし。もしかして、ゆかりちゃんって、お内儀さんの子供じゃない‥‥のかな‥‥?
 林の目の前にはそのゆかりと六助の両方が映っている。
 ‥‥まさか。
 ‥‥まさかと思うけど、六助さんの仕事って、ゆかりちゃんを攫うとかだったり‥‥って、まさか、ね。いくらなんでも、そんな。
 林は六助が悪事を働こうとしたら止める、と決めていた。しかし、今はその時なのだろうか、判断がつかない。ならば、せめて今の自分に出来る事を。
「ゆかりちゃん、偶然だね、久しぶり。元気でやってる?」
 林は自分を奮い立たせ、笑顔でゆかりの方へ歩み寄った。
 六助が子供達と遊ぶ様子に不自然なところは全く無かった。だが林は用心深く、六助とゆかりの間を遮るようにゆかりに付き添った。
 お糸の娘も六助と林との間を行ったり来たりしているうち、ゆかりとも仲良くなったようだった。お糸の娘にゆかりが石投げのやり方を丁寧に教えてやっている様子など、林の目にはまるで姉妹のように見えるほどだった。
 お糸の娘が石を投げると、手が滑ったのか、あらぬ方向に飛んでいった。林が何気なくそれを目で追うと、石が転がっていった先に見覚えのある人物が立っていた。
「‥‥湯田さんと‥‥朋月さん?」
「あ、林さんだー! やっほー」
 一人でゆかりを守らなければならないと思っていた緊張が緩んだ。そのまま何事もなく六助は遊び終え、子供達と分かれた。冒険者達を警戒したのか、ゆかりに接触することも無かった。
 六助さえ発見してしまえば、後は話が早かった。冒険者達は交代で六助を追った。湯田などは六助が万引きをしそうになったり、一般人に絡んで小遣い銭を巻き上げようとするたびにこっそりとテレパシーを使い、
「六助よぉぉ、悪事を働いてはならぬぅぅぅ、手を引くのじゃぁ〜、さもなくば災厄が訪れるぞぉぉぉ」
 と念を送った。その度に六助はひっ、と小さく悲鳴を上げ、こそこそと立ち去るのだった。

●鶴と亀と
 そんな中、他の冒険者達とは違って六助を追う行動をとらなかったラティール・エラティス(ea6463)は、少しばかり途方に暮れていた。
 前回の依頼の時は逞しい伴侶が共に居てくれた。彼がいれば賭場のような物騒な場所でも、何ほどのこともなく行くことができただろう。でも、今回は違う。
「‥‥いえ、いつまでも頼ってばかりはいられません。私一人だけでも賭博場を回って六助さんに関する情報を集めるとしましょう」
 意を決してラティールは深く頷き、林や朋月の尾行で分かった賭場のひとつへ入ってゆく。
 懐には十手がある。危急の場合にはそれをちらつかせる事で回避できるだろう。もっとも、お上から十手を預かったのでないものが十手持ちを騙るという事は、程度の軽重はあれ、罪になる。まさに文字通り、奥の手であった。
 入口で賭場の若い衆が立ち塞がった。
「姉さん、ここは堅気の来るところじゃございやせん。どうぞお引取りくだせえ」
「聞きたいことがあるんです。六助さんという人の事で」
 入れる入れないで押し問答になったところを、温和な顔の男が止めに入った。兄貴、と若い衆が呼ぶところを見ると、この賭場では格上の人間らしい。若い衆に男が何か耳打ちすると、すっと若い衆は引き下がり、ラティールは人当たりの良さそうなその男に奥の部屋に通され、話を聞くことになった。
「で、その六助って人の何が知りたいので?」
「六助さん、賭けは強くないですよね? だけど最近は羽振りがいいのではありませんか?」
「まあ、そうですな」
「その理由を知りたいんです。何か聞いてはいませんか?」
「理由、ねえ。まあ知らないこともないですが、その前に、こちらからもお伝えしたいことがあるんですよ‥‥堅気の方がこんな場所に来ると、どういう目に合うかってね」
 人の良さそうな男の顔が一転し、口元がにやりと捻じ曲がった。先程の若い衆とほかにもう3人の男が部屋に入ってきて、ラティールに向かって下衆な言葉を口走りながら、捕らえようと手を伸ばした。ラティールも妙齢の女性とはいえジャイアントのファイターである、逆に一人の手を取って投げ飛ばしたまでは良かったが、後ろから抱きつかれ、豊かな胸の上に男の手が行ったのに一瞬怯んでしまった。多勢に無勢、その一瞬の隙に腕を逆手にねじられてしまい、動きを封じられて畳の上に膝をついた。
「可愛い顔してお強いこって。さて、売り飛ばす前に可愛がらせてもらいましょうかね?」
 兄貴分の男が薄笑いを浮かべながらラティールの顎に手をかけ、くいと上に向けた。
 助けて、晃ちゃん‥‥ううん、ダメ。一人で何とかしなくては。何とか逃れるための手段を思い巡らせているうち、男の手がすうっと伸びてラティールの身体を探った。
「さ、触らないで!」
 思わず悲鳴を上げるラティールを、下卑た笑いを浮かべて見下していた男が、探るうちに怪訝な顔になった。手に触れた、冷たく固い、細長いものをラティールの懐から出した途端。
「兄貴! この女、十手持ち!」
「ヤバイですぜ!」
 それを目にした子分共が騒ぐ。
 ラティールは自分の腕をひねっていた若い衆の腕が緩められたのを、これ幸いとばかりに振り払い、見得を切った。
「こちらの欲しい情報さえ貰えたら他の事は忘れてあげます。でもこれ以上私を怒らせたら、ただではすみませんよ」
 形勢は明らかに逆転した。男達は媚びるように愛想笑いを浮かべる。
「へえ、六助の奴ですね。やっこさん、どこぞの観音様が恵んで下さるんだなんて言ってましたぜ。何でもその観音様は時々鬼に変化するとか‥‥詳しい事はこちとらも知りやせんので、どうぞご容赦の程」
「‥‥ありがとう」
 その後どの道をどう歩いたのかもよく分からないまま、気がつくとラティールはギルドの前に居た。
 ふらつきながら中へ入り、手近な椅子に腰掛けたとたん、張りつめていた糸が切れたようにへなへなとへたり込んだ。

●後ろの正面だあれ?
 酒場に集合して情報交換をしながら、その疑問を口にしたのは湯田だった。
「今、六助さんを見張っているのは誰ですかな?」
 朋月、ラティール、林が顔を見合わせた。誰がいつ、どんな順番で見張るかは事前に相談しておらず、ほとんど行き当たりばったりにそれぞれが行動していたため、時にはお互いが知らず同時に六助を見張っていたり、逆にこのように目が離れてしまうこともあり、非常に効率が悪かった。
「じゃああたし、行ってくるね」
「大丈夫ですかな? もし迷子になったときには鷹を飛ばしてくだされ」
「うん、何かあったら雪風を使ってどこにいるか教えるから、お迎えお願いしますねっ。じゃあ、行ってきま〜す」
 心配そうな顔の湯田達に手を振って、朋月は六助を探しに向かった。
 お糸の家、子供の溜まり場、賭場の近くと順番に回っていくうちに、ある街角で朋月は六助の声を微かに聞いた。
「あれ、今のって‥‥こっちかな?」
 声がしたと思しき方向に進むと、薄暗い路地に続く道。だんだん入っていって、路地の入口に一歩踏み込んだ時、
「ひゃあぁぁぁ、助けてくれええ!!」
 男の悲鳴がした。六助の声だ。
 朋月は走った。
「ぎゃああああっ!」
 今度は絶叫。
「六助さんっ! 今行くからねっ!」
 朋月も叫ぶ。路地の一番奥にたどり着いたとき、そこには血の海が広がっていた。その海の中央に六助が転がっている。側に刀を抜いた浪人が居た。浪人は刀を振り上げ、今にも六助に止めを刺さんばかりの状態だったが、朋月の姿を見ると逃げに転じた。
「しっかりして、六助さん! ‥‥誰かぁ! 誰か来てっ!」
 朋月の声が響いた。

 結局六助は、命だけは助かったものの、深い傷のために当分は起き上がれない状態となった。自分を切った浪人については全く知らず、切られる心当たりもない、と冒険者達には語った。それが真実かどうかは分からない。
 お糸は冒険者達にふかぶかと頭を下げた。
 とりあえずこれで義兄も当分は悪事を働くことはない。もう少し発見が遅れたらそのまま殺されていたのだろうし、なにかしでかしていたとしても、これに懲りてきっと足を洗ってくれるだろうから──と。
 だが、依頼が成功裏に終わったのにも関らず、お糸の表情は以前にも増して暗かった。怯えのような表情の視線の先に、お糸の娘が鶯色の守り袋をおもちゃにして遊んでいた。