【解れ】濃姫御用達の反物屋

■シリーズシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 17 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月29日〜01月07日

リプレイ公開日:2009年01月21日

●オープニング

 ――尾張藩津島湊。京都一円にある津島神社の総本社の津島天王社の門前町であり、木曽三川(きそさんせん=木曽川、揖斐川、長良川)の恵みを余す事なく利用し、水運貿易と漁業が盛んな尾張で最も栄えている河港町だ。
 また、大坂の堺と独自の貿易路を結び、貿易が盛んな事もあって、ここ数年のうちに多くの異国人が移り住み、街並みは和洋折衷の様相を呈している。加えて、去年、那古野城下の街外れに尾張ジーザス会の大聖堂(=カテドラル)が建てられた事もあって、ジーザス教の信者も増えつつあった。


 ジャイアントのファイター、“静かの”ミルコも津島湊へ移り住んだ異国人の一人だ。その二の名は、無口な彼の戦い振りから付いたものだ。そして、誉れ高き“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”の称号を持っており、今、津島湊で水運業を営む蜂須賀正勝(=小六)が率いる“川並衆”の護衛として雇われている。
 久しぶりに津島湊の地を踏んだミルコは大きく伸びをした。愛用のラメラアーマーを纏い、クレイモアを背負って、数カ月ぶりの我が家へと向かう。その装備から分かるように、彼はルーク流を使う。
 ジャパン人や異国人、人間やジャイアントやシフールが分け隔てなくごった返す表通りを抜け、一本路地を入る。
「や、止めて下さい!」
「逃げるんじゃないよ! 観念おし!!」
「‥‥今のは悲鳴か?」
 若い女性の悲鳴と怒声がミルコの耳に届く。声の大きさと方向からしてすぐ近くのようだ。
「渡すもんは渡してるんだ、今更ジタバタして何になるっていうんだい!?」
「でも‥‥でも‥‥やっぱり嫌なんです!」
 そこでは、煌びやかな着物を纏った気の強そうな容貌の妙齢の女性が、質素な着物を着た、十五、六歳くらいの少女の手首を掴み、強引に連れて行こうとしている最中だった。少女は必死に抵抗するが、悲鳴を上げるだけで、引きずられていく。
「(‥‥あの掴み方、素人ではないな)‥‥止めないか、嫌がっているじゃないか」
 ぱっと見では分からないが、女性は『逃げられない掴み方』をしていた。少なくとも一般人ではなく、基本的な格闘術を学んでいる、プロである事が窺える。
 ミルコは静かに声を掛けながら歩み寄った。自分と頭一個分以上高い、二メートルを越す巨躯がやってきたのだ。流石に女性も驚きの色を隠せない。
「あんたには関係ないだろ!?」
「‥‥いや、俺はその娘の義理の兄だから関係ある。だから黙って見過ごす訳にはいかない」
「義理の兄貴だって?」
 ミルコには彼女がいる。彼女の名前を出し、少女は彼女の妹だと説明した。もちろん、口から出任せだが、少女も「お義兄ちゃん助けて!!」と察してくれたので、信じざるを得ない。
「だけど悪いねぇ。この娘はうちに奉公に来てもらう事になってるんだ。この娘の家にも支度金を払ったんだから、義理の兄貴だろうと、とやかく言われる筋合いはないねぇ」
「‥‥奉公か‥‥支度金はいくらだ?」
「あんたが返してくれるっていうのかい? 百Gだよ」
「そ、そんな‥‥」
 女性の途方もない額に少女は愕然とする。もちろん、支度金はそんなに高額ではないはずだ。
 ミルコもそうだが、この女性も相当切れ者のようだ。
「‥‥分かった。義妹が騒がせてしまった手間賃込みで110Gある」
「く‥‥分かったよ。支度金を返してもらえるなら、この奉公話は無しだ」
 ところが、ミルコはバックパックから百十Gもの大金を、女性の前にいとも簡単に放ったではないか。言い値以上の額を出されてしまったのだから、女性は引っ込むしかなかった。
「あ‥‥ありがとうございます」
「‥‥君が無事でよかった」
 女性が去って安心したのか、少女は腰を抜かしてへたり込んでしまう。ミルコが咄嗟に背中から支えた。
「でも、あたしなんかの為にあんな大金を‥‥」
「‥‥命には代えられないさ」
 一般人からすれば、百Gは数年働かなければ稼げないような大金だ。
「家には帰れませんけど、どこかで働いてきっと返しますから!」
「‥‥金の事は気にしなくていいが、そうか、一度、奉公に出されているからな。水運業者の蜂須賀正勝を訪ねるといい。俺に助けられたと言えば雇ってくれるはずだ」
「何からなにまで‥‥本当にありがとうございます」
 ミルコに助けられたのは、少女にとって本当に運が良いとしか言い様がない。
「‥‥でも、何であんなに奉公を嫌がったんだ? ある程度は覚悟の上だろ?」
「もちろん、そうですけど‥‥嫌な噂を聞いてしまったもので」
「‥‥嫌な噂?」
「はい。先程の方は反物屋の方なのですが、その反物屋は濃姫様の御用達のお店として有名で、那古野の大聖堂にも卸しているそうなのです。あたしやあたしの友達も喜んで奉公に行くつもりでした。でも、先に奉公へ出た友達から音信が途絶えてしまったのです」
「‥‥単に忙しいからじゃないのか?」
「それも考えましたけど。友達以外にも、奉公へ行かれた女の子は一人も帰ってきていないのだそうです。反物屋の方は濃姫様に見初められてお付きになられたり、大聖堂で勤められていると仰っていましたが、全員、濃姫様のお付きになれたり、ジーザス教の信者になるとは思えないです」
「‥‥確かにな、君のいう事も一理ある。乗り掛かった船だ。この件、俺に任せてもらえないだろうか?」
「でも、そこまでしてもらう訳には」
「言っただろう、乗り掛かった船だ、と。君は正勝の元で安心して働くといい」
 ミルコは昔から、この手の『女難』に遭ってきたので慣れっこ、とは言えなかった。


 ミルコが調べたところ、例の反物屋『彩音』は津島湊でも有数の大きな反物屋で、確かに濃姫御用達の店で、その縁があってか尾張ジーザス会へ反物を卸している。
 少女の言うように、ここのところ多くの奉公人を募っているようだが、それ以外は特段怪しい点は見受けられない。
「彩音なら知ってるぜ。以前、女将が病で倒れた事があってな。オレも治療に行った事がある」
 津島湊に滞在する火のウィザードにして薬師(くすし)のフリーデ・ヴェスタは、そう話し始めた。薬の材料を求めて各地を流浪している漂泊者だが、冬になると一所に留まり、薬の調合に専念する。
 ミルコは以前、彼女に惚れ薬を調合してもらった事があり、それ以降の付き合いだ。
「しかし、オレでも原因が不明で治せなくてな。その後、話を聞いた濃姫が、尾張ジーザス会の宣教師ソフィア・クライムを連れてきて治療させたところ、数日で治ったって話だ」
「なーんか胡散臭いのよねぇ。病を治せる神聖魔法ってなかったはずでしょ」
 とは、騎士エレナ・タルウィスティグ(ez1067)の言葉だ。彼女は週に一度のお祈りはしているくらいの、敬虔なジーザス教徒ではない。それだけに、尾張ジーザス会の『奇跡』とやらが信じられずにいた。
 ミルコとフリーデ、エレナは所謂お隣さん同士だ。ミルコが二人に彩音の調査を持ち掛けていた。
「外から調べるのには限界があるでしょうから、後は実際に奉公人の募集に応じて中から調べるしかないわね。少し危険だけど、ミルコが常に外で待機していてくれれば、多少の危険は回避できるでしょ」
「虎穴に入らずば虎児を得ず、という事だな。オレはもう少し津島湊で彩音の情報を集めてみるとするよ」
「‥‥分かった。俺は2人のバックアップに回ろう」


 斯くして、反物屋『彩音』の調査依頼が、京都の冒険者ギルドに張り出されたのだった。

●今回の参加者

 ea0437 風間 悠姫(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3777 シーン・オーサカ(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9455 カンタータ・ドレッドノート(19歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

マリス・エストレリータ(ea7246)/ 黒崎 流(eb0833)/ フレア・カーマイン(eb1503

●リプレイ本文


●作戦会議
 浪人の風間悠姫(ea0437)達は、津島湊の町中にある、ジャイアントのファイター、“静か”のミルコの家に集まっていた。
「『彩音』の噂を聞いてきたで」
 京都に万屋将門屋店主を構える忍者の将門雅(eb1645)は、商工ギルドや行商人の集まる場所で、反物屋彩音についての聞き込みを行ってきた。
 彼女は尾張藩のご用聞きで、藩主平織市(ez0210)より津島湊の交易手形をもらっていた。それを手に商工ギルドや行商人の元へ挨拶回りと称して顔を出し、津島湊で繁盛している店の一つとして彩音の名前を引き合いに出し、後学の為にと堂々と話を聞いていた。
「ギルドへの上納金は高額をきっちり納めとるし、借金や滞納も一切ない、ギルドからすれば優秀な店やな。反物の卸売りが主な商売のようやから、店の規模は大きくないし、従業員数も十人程度や。お得意先は、虎長はんが亡くなる前から濃姫はんが懇意にしとったようで、那古野城や尾張ジーザス会へ卸しとるようやな」
「見た目は普通の反物屋‥‥だがその普通である事が逆にきな臭いな‥‥」
 雅の報告を聞いた悠姫は、腕を組みながら軽く唸る。
「ただ、従業員は女将と用心棒兼経理以外は、比較的入れ替わってるようで、月一程度で求人しとるようや。ミルコはんが助けた女子(おなご)の友達も、確かに働いていた裏は取れたで」
「その娘も奉公に出ていたのよね? でも戻ってこない‥‥音信不通になっているのよね‥‥その娘達を一体どうしているのかしら?」
「大抵は来店した濃姫はんに見初められて、侍女として取り立てられるそうやで」
「でも、侍女ってそんなに必要ないわよね‥‥何かに利用しているのだとしたら‥‥人身売買?」
「それはないやろ。人身売買って、紫はんが思ってる程儲からないんや。反物で儲かってるのに、更に危険な橋を渡る必要性はないで」
 浪人の南雲紫(eb2483)の質問に、雅は商人の視点で応えた。
「それとも‥‥ジーザス会が一枚噛んでいるみたいだから、生贄とかいう風に利用されている事も有り得るのかもしれないわね‥‥それだとあんまりよね」
「紫の予想はあながち的外れじゃないと私は踏んでいる。尾張ジーザス会には、少なくとも夢魔が絡んでいる。愛(まな)みたく心を操って信者に仕立て、大聖堂で働かせたり、何かしらの生贄にしたりしている可能性は否定できない‥‥もっとも、あくまで最悪の予想だがな」
 紫の予想を悠姫が飛躍させた。悠姫は濃姫ご用達と言う事もあり、デビルの夢魔(=サキュバス)が絡んでいると踏んでいた。その理由として、抜け忍の梅林寺愛(ea0927)が尾張ジーザス会に操られ、一年近く信者に仕立てられていた事が挙げられる。今は元に戻っているが、今度は操られていた間の記憶を消されてしまっていた。
「同じ愚は二度とはやらぬのですよ」
「無理はダメだからね」
 姉分のエレナが梅林寺を後ろから優しく抱き締めた。
「しかも、尾張ジーザス会の代表だった宣教師ソフィア・クライムは、イギリスで国家転覆を企んだ『モーガン・ル・フェイ』本人である可能性が極めて高いですからねー。紫さんや悠姫さんの予想は当たっている可能性もありますねー」
 ハーフエルフのバード、カンタータ・ドレッドノート(ea9455)は、宣教師ソフィア・クライムと実際に会い、その正体を知る数少ない人物だ。
(「サキュバスかぁ。シュタリアの仕業やったら、蔵やら秘密の部屋に女性の石像がゴロゴロ‥‥とかで、丸分かりなんやろけどなー」)
 ウィザードのシーン・オーサカ(ea3777)は、自身がよく知る夢魔の事を思い出し、苦笑する。
 シュタリアは彼女がイギリスにいた頃、再三に渡って戦った夢魔だ。結局、倒す事は出来ず、取り逃がしてしまい、その後の行方は杳(よう)として知れない。
(「奉公に出て帰ってこない少女達の噂。その真相を突き止める‥‥と。問題は、濃姫様御用達である反物屋である事かぁ。虎長様復活で噂と憶測が耳に入ってくる人で‥‥しかも、そこの女将も尾張ジーザス会の奇跡で病が治っているって噂も‥‥色々と用心するに越した事はないね。地獄やら何やらある事だし♪」)
「可愛い子に手伝ってもらえるのは嬉しいですね〜♪」
 忍者の草薙北斗(ea5414)は、浪人の槙原愛(ea6158)と手分けして、カンタータやシーンさん達奉公に入る囮役の変装を手伝っていた。
 ナチュラルメイクを施し、カンタータはお団子を解いてストレートにして髪でハーフエルフ独特の耳を隠し、シーンはポニーテールをツーテールにするなど、髪型を変えるだけでも印象が変わってくる。更に、シーンの髪の色を少し濃く、カンタータは薄く、と髪の色にも手を加えた。これならパッと見、親しい人でもない限り、カンタータやシーンだとは分かりにくくなるはずだ。


●潜入調査
「今日からお仕事させてもらう槙原愛ですよ〜。よろしくお願いします〜」
 槙原達はあっさり奉公として採用された。
「それでは頑張ってお仕事しますよ〜♪」
「‥‥確かに、シフールにはこの仕事は難しいわな」
「案外〜、仕事がきつくて逃げ出したりとかは考えられませんか〜?」
 シーンと槙原は、女将に反物の手入れの仕方を教わりながら、在庫の反物の手入れを行っていた。筒状の反物を一本一本取り出して手入れを行うので、かなりの重労働だ。
 浪人として鍛えている槙原ですらきついと感じられるのだから、体力的に劣るウィザードのシーンは早くも息が上がり始めていた。


「時期もあるかもしれませんけど、奉公人を増やせるというのは繁盛しているのですねー」
「これも濃姫様と尾張ジーザス会のお陰さ」
 一方、カンタータは種族の件もあるので、表の仕事に回される可能性は低いと見るや、女将との面接で大根のカツラ剥きを兎や丑の細工物へ加工する料理の腕前を披露したところ、着物を仕立てる仕事へ回された。従業員は十人程度なので、厨房は奉公人の持ち回りにすれば専門で置く必要もないだろう。
 代わりに、女用心棒と多く接する機会が出来た。彼女は用心棒兼経理兼裁縫と、元々従業員の数が少ないので、色々と兼任しているそうだ。
(「雰囲気からして、この用心棒さんは、腕はかなり立っても普通の方ですねー。面倒見もいいですけど、女将さんに心底陶酔仕切っている感じがしますがー」)
 カンタータは対人鑑識でこの女用心棒や女将の人格を読み取り、推測していた。女用心棒も女将と店を第一に考えてはいるが、心底悪い人ではないし、女将もいかにも遣り手の女性という印象しかなかった。


 雅は変装したミルコを自分の使いとして伴って、彩音を訪れた。
 津島湊の大通りに店を構えているが、店舗はそれ程大きくはなく、こぢんまりとしている。また、濃姫御用達になるくらい高級な反物を扱っているようなので、客の出入りはほとんどない。
「初めまして。うちは京で万屋を営んでいる『将門屋』の店主、将門雅や。これから津島湊で仕事させてもらう機会もあるんと、若輩者やさかい繁盛店から学べるもんがあるんで寄らせてもらった。お見知りおきを」
 店内で書き物をしていた女将が、雅の前へやってきて頭を下げる。歳は三十代半ばから四十代くらいだろうか。雅より年上ながら、美貌は全く衰えておらず、得も言われぬ色香を、同性の雅ですら感じていた。
「(な、何やこの感覚‥‥うち、初対面なのに、この人好きになりつつある!?)そ、そうや。うち、お市はんから反物を所望される事もあるかも知れん。そこで仕事を見たいさかい、うちに着物でも仕立てて欲しいんやけど?」
「ありがとうございます‥‥将門様ですと‥‥その予算でしたらこの辺りの生地がお似合いですわ」
 雅は至って普通だが、女将を前にすると、胸の鼓動が高鳴ってくる。自分でもどんどん好きになってゆくのを実感していた。
 このままでは拙いと思った彼女は、二十G程度の予算で着物の仕立てを注文する。女将は雅の全身を失礼にならない程度に見渡した後、反物を二、三本持ってきた。濃姫が惚れ込むだけあり、どの反物も雅の好みをズバリ衝いていた。


「この近辺で行方不明者が出ているという事で調査を依頼されたのさ。何かこの辺で変わった事とか無かったか? 些細な事でも良い」
 悠姫と紫は、フリーデと手分けして、彩音にどんな人が出入りしているか、変わった人物が出入りしてないかなどを店の周りで聞き込んでいた。
 出入りしているのは、主に豪商や反物問屋の関係者だ。また、女用心棒が一番多く見かけられていた。食事の買い出しなども、奉公人がいない時は彼女が行っているらしい。
 変わった人物としては、尾張ジーザス会のメンバーの一人、神聖騎士シュタリア・クリストファが時々来ているとの事だ。
(「奉公人を多く雇ったのであれば、出ていないという事は考えにくいし、何らかの方法で連れ出しているはず」)
 紫が奉公人の目撃情報を洗うと、一、二ヶ月に一度の割合で濃姫の使いや尾張ジーザス会の馬車が勝手口に乗り付けられるという。周りの者はそれで濃姫や尾張ジーザス会へ奉公に出ているのではないかと応えた。
(「店の入り口は客用と考えれば、あり得ない話ではないけど‥‥やけに頻繁すぎない?」)
 紫はその点が引っ掛かっていた。


 梅林寺と北斗は潜入の下準備を進めていた。
 彩音近辺に屯していても不審に思われないよう、フリーデに薬草を分けてもらい、薬師に扮して、近付き過ぎず離れ過ぎずの距離を保ちながら、人の出入りや警戒態勢の把握に専念していた。


●夢魔の悪夢
 カンタータ達が囮として彩音へ潜入して三日が経った。この頃になると、女将が敬虔なジーザス教徒であるとか、実は女将と女用心棒が肉体関係にあるとか、入ってはいけない部屋といった彩音の内部事情も見えてくる。
 特に立ち位置が厳禁されている部屋は、反物ではなく仕立てた着物の保管庫だった。槙原がわざとではないが、保管庫の前で躓き、扉に触れてしまった事があった。その時、女用心棒が折檻し、槙原は一日食事を抜かれる程怒られていた。
 また、デビルは自分ばかりか、他人の姿を変える事も得意だ。シーン達は居なくなった人間“そのもの”ではなく、別のものに変身させられてる可能性を考え、人間サイズのものに限定せず、商品やら物の出入りにも注意を払ったが、特に目星いものは見つからなかった。


「紫達の情報と、カンタータ達の情報を照らし合わせると、その着物の保管庫が怪しいのですよー」
「屋敷の外観から侵入場所には目星を付け、何度も潜入をシミュレートしているから、大丈夫、いつでも行けるよ」
 梅林寺と北斗は、悠姫達が集めた情報に加え、シーン達囮と厠などで一人になった時に接触して回収した情報から、着物の保管庫に目星を付けた。着物の保管庫は、勝手口から直に来られる構造になっているという。少女達を運び出すとすれば、ここが一番怪しい。


 夜。女将が女用心棒と楽しんでいるのを確認した槙原は、北斗達を手引きした。彼女達は影から影へ、床下から潜り込み、そのまま着物の保管庫の屋根裏へやってきた。
 天井板を外してそのまま室内へ入ると、そこには雅が注文した着物が三着、等身大の少女を象った人形に掛けられてあった。
 それ以外は同じような全裸の人形が数体あるだけだ。
「女性の石像ではなく人形? ‥‥でも、作り物にしては精密すぎますよね。普通、産毛とか付けませんよね」
「人形に産毛があったら恐いですよー!? これですよー!」
『ちょっと待って下さいねー‥‥その人形というか、その女の子、一週間前までここで働いていた奉公の女の子のようですよー』
 人形を確認していた北斗の言葉に梅林寺が驚くと、扉の外からパーストを使用したカンタータが当たりだと告げる。
『騒がしいと思ったら、ふふ、そういう事でしたの』
 その時、保管庫の影から女将が現れた。外では女用心棒がシーンの放ったウォーターボム二連射に耐えてカンタータを押さえ付けようとし、槙原とエレナと混戦になっている。
「やはりデビルが関わっていたのですね‥‥! ここの女の子達を何処に連れていったのですか!」
「だから、尾張ジーザス会や濃姫の侍女だと言っているだろ!?」
「その娘は知らされていないようよ」
 シーン達の武器を持ってきた悠姫と共に突入した紫が、飛鳥剣スマッシュの峰打ちで、一撃の下に女用心棒を気絶させた。女用心棒は槙原並みの実力を持っていたようだが、相手が悪すぎた。
 北斗と梅林寺は微塵隠れを使用して保管庫より出る。すると、保管庫の扉が開き、女将と少女の人形が悠姫へ迫ってきた。
「やはり女将さんはデビルでしたねー」
「こいつがでびると言う奴か‥‥くっくっく‥‥待っていたよ、お前のような奴と闘える時を‥‥愛をあんな目に合わせた奴を斬る為の前哨戦だ。お前如き倒せなくては奴らに勝つ事など不可能だからな」
『やれやれ、冒険者はこれだから短絡的でいけませんわね』
 シャドゥボムの詠唱に入るカンタータと、右手に太刀「岩透」を、左手に名刀「ソメイヨシノ」を構えた悠姫が愉しそうに隙を窺う中、女将は平然としていた。むしろ彼女達を嘲笑っているかのようだ。
『その少女達はわたくしが魂を抜いて操っておりますの。そうですわね、シャドゥボムを一撃でも受ければ死んでしまいますけど?』
「く‥‥」
 その言葉に慌てて詠唱を止めるカンタータ。悠姫や紫も、峰打ちだとしても当たり所が悪ければ殺めてしまう危険性があり、迂闊に手を出せなかった。
「もう、私は何も失わないのですよ!」
 梅林寺が少女達の足元に聖なる釘を打ちこんで発動させ、袖に仕込んでおいた白の聖水を女将目掛けてぶちまけた。
 すると、女将の身体から霧状の“それ”が姿を現し、“それ”は妙齢な女性の姿を取った。
『それ程度ではわたくしは倒せませんけど、悪い手ではありませんわね。ふふ、女将の身体は返して差し上げますわ』
 そういうと、“それ”は霧のように霧散していった。
「逃したか‥‥しかし、女将もまた憑依されていただけだったとはな」
「大聖堂へ向かって、この女の子達の魂とグッド姉を取り返すのですよ」
「しかし、少なくとも、愛が使った聖水のように、デビルを憑依した人間が引き離せるものがなければ、人間に憑依されていたら手出しが出来ないわよ」
 悔しがる悠姫に梅林寺が次の目標を示す。だが、紫の言うように、デビルが人間に憑依していた場合、その憑依を解かせる手段がなければ、今回のように迂闊に手が出せない。

 尚、女将は尾張ジーザス会の治療を受けてからの記憶がなく、ずっとデビルに憑依されていた事が分かった。また女用心棒も、あのデビルに魅了されていたようだ。
 しかし、彩音の裏には濃姫の存在がある為、事を公には出来ない。雅が上手く立ち回り、今回の事件は内々で処理できるよう手筈を整えたのだった。