【ラブポーションパニック】舞姫の憂鬱

■シリーズシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月18日〜12月23日

リプレイ公開日:2004年12月28日

●オープニング

「私は誰のものにもなりません」
 “新緑の舞姫”と謳われるエルフの踊り子フレデリカは、求愛した者に決まってそう答える。
 彼女は流浪の踊り子だ。決まった街やステージを持たず、気の向くままに行く先々の酒場や宿屋のステージで踊りを披露する。
 また、森の民であるフレデリカにとって、公園や森林の開けた場所も時としてステージになる。
 彼女の踊りは神秘的だ。伸ばした細い指先から足元まで命の脈動感に溢れている。身体の動きに合わせて宙をたゆたう金色の長髪が、木漏れ日のようにきらきらと輝く。彼女の二の名を表すかのように瑞々しい新緑の双眸は、喜びの中に僅かな憂いを帯びる。
 フレデリカの踊りは自然の美を体現しているかのようだ。静かに燃える情熱、とでもいおうか。
 愛や恋といった情熱を形にする踊り子達とは一線を画している為、フレデリカはどこに行っても軋轢を生じさせず受け入れられる事が多かった。
「何故!?」
 求愛した者は決まってそう聞き返す。
 想いの丈を紡いで囁く甘ったるい愛の言葉。見えない心を形にした布帛や宝石。
 彼女はそれらを全て一蹴したのだから納得がいくはずもない。全て彼女の為に用意したのだから。
「わたしは踊り子ですから」
 フレデリカは求愛した男性の目を真っ直ぐに見つめた。
 喜びも。
 怒りも。
 哀しみも。
 楽しさも。
 そういった気持ちを込めて全ての観客の為に踊る。
 自分の踊りを見てくれる人全てを愛する。
 それが1人の人に特別な想いを抱いてしまったら――フレデリカはその人の為に踊り、観客を喜ばせる事はできなくなるだろう。
 だから特別な想いは持たない。それがフレデリカの持論だった。今も、これからもそれは変わらない。彼女が踊り子を辞めるまでは。
 だが、フレデリカは魅力的だ。
 彼女は露出を好まず、しかし脚線美には自信があるのかスカートの丈を短くしている以外、上着は長袖の自然の色で染めた物を着用していた。それでもエルフ特有の抱けば折れてしまうような細くくびれた腰と相まって、楚々とした佇まいの中にほのかに色香が漂う。
 薔薇のような高嶺の花ではなく、自然の中に咲く一輪のラベンダーだからこそ、惹かれる者も少なくない。
 彼女は今まで、その手の求愛は全て断ってきた。

 しかし、キャメロットに来てからは些か事情が違った。
 フレデリカが広場の噴水の前で踊っていると、そこを通り掛かったディジィーという少女に声を掛けられて、彼女が看板娘の市民街にあるエールハウスに踊り子として雇われる事になった。
 店は小さいながらもステージがあり、ノリのいい観客達に恵まれ、フレデリカは思う存分、踊った。
 ディジィーのエールハウスの常連客に、ジャイアントのファイターがいた。人付き合いは上手い方ではなく、名も名乗らないので素性も分からず、いつも1人で呑んでいたが、冒険者のようで金払いは悪くなかった。
 その彼がフレデリカに事ある度に贈り物をするようになった。
 もちろん、彼女はその全てを丁寧に突き返したが、彼は本気なのか諦める事はなかった。
 そして冒険に出たのか、彼がしばらく来ない間に、今度はカシアスという貴族が“新緑の舞姫”の噂を聞き付けて、フレデリカを専属の踊り子として召し抱えたいといってきた。
 カシアスは27歳にして男爵の称号を持つ騎士だが、あまりいい噂をディジィーは聞いていなかった。女好きで正妻を持たず、側室だけとか、今の地位は家族を殺めて手に入れたものだとか、噂は一人歩きするので真偽の程は分からないが、そういった噂が絶えなかった。
 噂通り、カシアスは靡かないフレデリカを強引な手で屋敷へ召し抱えようとしたが、それを救ったのがそこを通り掛かったジャイアントの彼だった。
 だが、フレデリカは感謝こそするが、やはりジャイアントの彼にも靡く事はなかった。

「キャメロットでもっと踊りたかったですが‥‥」
「出ていく事は簡単だけど‥‥フレデリカさん、何も悪い事はしていないし」
 キャメロットから出ていこうとするフレデリカをディジィーが引き留めた。
「2人にフレデリカさんを諦めてもらえばいいんだよね‥‥ナイト役とか、恋人役とか、あの2人を逆に惚れされるのも面白いかも」
「しかし、わたしは報酬をお支払いできるほど持ち合わせがありません。せいぜい、水晶のティアラや銀の矢をお渡しできるくらいです」
「それで十分だと思うよ。ボクも何度もお世話になってるけど、キャメロットの冒険者は腕が立つから、相手が貴族だろうと任せて大丈夫だよ」
 ディジィーはカシアスを危険視していたが、フレデリカはいつもの事とはいえ、ジャイアントの彼の動向も気になっていた。

●今回の参加者

 ea0043 レオンロート・バルツァー(34歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0418 クリフ・バーンスレイ(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1143 エイス・カルトヘーゲル(29歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2998 鳴滝 静慈(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3264 コルセスカ・ジェニアスレイ(21歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●“新緑の舞姫”
 ディジィーのエールハウスの片隅にある小さなステージでは、ティアイエル・エルトファーム(ea0324)の安らかな横笛の音に合わせて、“新緑の舞姫”フレデリカが踊りを披露していた。
「‥‥新緑の舞姫って綺麗な二つ名ですよね〜。その方の護衛とはいえ、タダで見られるのはそれだけで報酬に思えてしまいますね」
「これなら‥‥かんちがいされて‥‥も、しかたない‥‥かも‥‥」
 店内の隅で、横笛の音に合わせてハミングしながら踊りに魅入っているルーティ・フィルファニア(ea0340)の漏らす感想に、隣にいるエイス・カルトヘーゲル(ea1143)が応えた。
 ティアイエルとフレデリカは今日、初めて一緒にステージに立ったのだが、横笛の音と舞は十年来のパートナーのように息が合っていた。
「やっぱり恋愛って、相手の気持ちもちゃんと考えてあげないといけないと思うんですよ。フレデリカさんは旅の踊り子ですし、何とか諦めてもらうしかないですよね」
「そういう意味では、今回の依頼はちょっと変わっていて面白そうですよね」
「まぁ、端から見ている分には、な。当の本人は大変だから依頼を出したんだと思うが」
「確かに、面白いというのは失礼ですね」
 憂いを帯びた表情でフレデリカを見つめるコルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)の傍らで、クリフ・バーンスレイ(ea0418)ののほほんとした一言にレオンロート・バルツァー(ea0043)が突っ込みを入れた。
「ところでフレデリカにご執心のカシアスと、ジャイアントのファイターは来ているのか?」
「ステージの前のテーブルを陣取っているのがカシアス。ルーティさん達とは反対の隅の方でステージを見つめているジャイアントの彼がそうよ」
 踊りに興味のない鳴滝静慈(ea2998)が聞くと、逢莉笛鈴那(ea6065)はステージの前と店の片隅のテーブルを順に指した。
 鈴那はイギリスに来たばかりで、キャメロットの事情を知ろうと冒険者ギルドを訪れたところ、店員を募集しに来たディジィーと会い、店員として雇われていた。
 ディジィーは先日、風邪を引いて倒れ、冒険者達に店を手伝ってもらった際、店員を雇うよう助言を受け、家事が得意な鈴那は渡りに船の人材だった。
 ステージ前のテーブルには数人の男が座っており、中心にいるのがカシアスだ。オールバックの長髪や氷のように冷たく鋭い瞳はニヒルな美形だが、気の許せない雰囲気を漂わせていた。
 一方、ジャイアントりファイターは、種族柄がっちりとした巨躯は当然として、精悍な顔付きは鈴那からすれば及第点で、カシアスに比べれば好感が持てた。 
「二人とも男としてはイイ線行ってると思うんだけど、でも、フレデリカさんの好みじゃないんだものね」
「‥‥私からすれば、そんなにもてるのはちょっと羨ましいですけど‥‥フレデリカさんには重荷なんですよね‥‥」
 鈴那の言葉に頷きつつ、フレデリカの信条を重んじるコルセスカだった。
「お疲れさまでした。素晴らしい踊りでしたよ」
「ティアイエルさんもお疲れさま」
「ありがとう。あたしの事は気軽にティオって呼んで欲しいな☆」
 拍手喝采の中、フレデリカとティアイエルがステージを降りてカウンターへやってくると、コルセスカとルーティがエールを彼女達に渡して労った。
 コルセスカの足元にはクルスシールドが立て掛けてあった。『依頼人は一度襲われたのだから、護衛を雇っても全く不自然ではない』というエイスの意見で、フレデリカの護衛である事を暗に訴えていた。
 遠巻きに見ながら声を掛けてくる気配がない事から、カシアスもジャイアントのファイターも店内で騒ぎを起こすつもりはないようだ。問題はエールハウスを出てからだろう。ルーティは彼女が泊まっている宿屋まで送るつもりだった。
「本当に追い払っていいんだよね? フレデリカさん、未練はない?」
「はい。わたしは踊る事で精一杯ですから」
 鈴那が依頼の目的を確認すると、彼女はきっぱりと答えた。
 フレデリカの護衛は2人に任せ、ティアイエルと鈴那はジャイアントのファイターの事を、静慈とクリフ、エイスはカシアスの事を調べる事にした。
「オレには策があるんだ。フレデリカ、悪いけど付き合ってくれねぇか?」
 レオンロートは楽しそうな笑い掛けながら協力を持ち掛けた。

●“親殺し”
 クリフと静慈は手分けをして、冒険者が屯する酒場などでカシアスの噂を聞き込んだ。
「火の無い所に煙は立たない、と言いますが‥‥」
「“親殺し”の二の名は本当のようだな」
 クリフも静慈も同じ結論に達していた。
 “親殺し”のカシアス――カシアスは爵位の継承権を持っており、騎士見習いの課程はきちんと踏んでいたが、両親を手に掛けて継承時期を早めて手に入れた事は間違いなかった。
「‥‥おれのほう‥‥は、いがい‥‥だった‥‥」
 エイスは情報屋としてカシアスの取り巻きと接触し、話を聞く事ができた。
 エイスは彼が取り巻きの信頼は無いと踏んでいたが、意外にも尽き従う家臣の面倒見はいいようで、また、率先して領地内のモンスター退治を行う事から、領民の評判も悪くはなかった。
 ただ、女遊びが派手で、領民の女も平気で拐かしているという。

「あなたがやっている事は、“騎士道”から大きく離れていませんか?」
 翌日、クリフはディジィーのエールハウスで、酔っ払いのフリをしてカシアスに話し掛けた。取り巻きが立ち上がろうとするのをカシアスは手で制した。ルーティはいつでも『ストーンウォール』が唱えられるよう監視していた。
「いや、別にそれでもいいならいいんですよ、えぇ。ただまぁ、噂が先行している上にそんな事が更に広まったら、まぁ、いろいろと困った事になりませんか?」
「騎士道? それは騎士の生き残る道だよ。俺は俺なりに騎士道を貫いているよ。噂? いいか、女は俺の庇護の下にいてこそ幸せになれるんだよ」
「別にそれならいいんですけどね。えぇ。まぁどこからどう噂が流れるか分かりませんから、気を付けたほうがいいでしょう」
 カシアスの答えに、流石のクリフも怒りを露にしたという。

 その後、エイスがフレデリカの事を諦めるよう綴った、強迫っぽくない強迫文をシフール便でカシアス宛に送ったが、効果は表れなかった。

「もしや、あなたはあのカシアス様ですか? いろいろな噂をお聞きしましたから、是非会って見たかったんです」
「タダの旅人が俺に会いに来るとも思えないがな?」
「流石はカシアス様。噂通り‥‥いや、それ以上に器の大きいお方だ」
 旅人を装って話し掛けた静慈をカシアスは見抜き、彼は少しだけ見直した。ただ、カシアスは殺気を隠そうとせず、静慈は自然と一歩、後ずさっていた。
「そういえば、カシアス様はエールハウスの踊り子にご執心だとお聞きしましたが、即刻に止めるべきです。もし、このまま続けていたら‥‥周りの貴族の方々はこう思う事でしょう。『カシアスという男は踊り子一人満足に口説けない器の小さな男だ。出回っている噂も大方、本当なのだろう』と」
「なるほどな‥‥あのフレデリカという踊り子、そこまで手に入れ難いか‥‥面白い。汚名だの、名誉だのは、分不相応の騎士が気にするものだよ」
 散々誉めた後、考えを改めるよう告げたが、逆にカシアスは益々やる気になってしまった。

 だが、同時にエイスが『惚れた女もまともに口説けないヘタレ』という誹謗中傷の怪文章をカシアスの領民にばら撒いていたのが功を奏したのか、カシアスはディジィーのエールハウスに現れなくなった。

●“静かの”
 鈴那とティアイエルは、冒険者ギルドや酒場でジャイアントのファイターの素性を調べた。
 彼の名前はミルコといい、数か月前からキャメロットの冒険者ギルドで依頼を受けているのが確認できた。しかも請け負う依頼はどれも高レベルだ。
「惚れた女性(ひと)を振り向かせる為に依頼を受けているらしいけど‥‥それだけ本気なのかしら?」
「ここしばらくは依頼に出ていないみたいだよ‥‥でも、エールハウスに来る回数も減っているようだし、何をしているのかな?」
 冒険者街でミルコを見たという情報を得たティアイエルは、エールハウスから出た彼の後を付けたが、途中で見付かってしまった。
「俺に何か用か?」
「あ、ごめんなさい‥‥知り合いにお兄さんかと思って‥‥驚かそうと近寄ったんだけど‥‥」
「それなら人違いだぜ。でも、あんたのような女に驚かせてられる男は幸せだな」
 人違いを装って話し掛けると、思ったよりも人当たりはよかった。好奇心が前面に出てしまい、それから10分近く兄について立ち話をして彼と別れたティアイエルだった。

「おうおうおう!! オレの女にチョッカイを出してる変態ってお前の事か〜!!」
 翌日、レオンロートはエールハウスを訪れたミルコに入口で迫られた。肩を怒らせて凄んだが、如何せん頭一個以上の身長差があり、効果は期待できなかった。
「貴様のような図体ばかりデカイ不細工には、フレデリカは似合わね〜んだよ。俺のような完璧な筋肉を持つ美しい男にフレデリカは惚れてるのさ。分かったならとっとと‥‥何、勝負だと!?」
「鍛え方なら負けないはずだぜ」
 レオンロートは穏便(?)に説得したが、ミルコは勝負を挑んできた。
「見よ〜! この美しく、しなやかな筋肉を!! 貴様のように、デカイ図体にタダ付いているだけの筋肉とはあ〜!?」
 自信満々に上着を脱ぎ捨て、ポージングするレオンロート。しかし、ミルコが服を脱ぎ捨てると、素っ頓狂な声を上げた。鋼鉄の筋肉、とでもいおうか。ミルコの方が形もしっかりしていたし、且つ引き締まっていた。
「‥‥全裸か!? 全裸でなければ勝てんのか!?」
 がっくりと項垂れるレオンロート。“すっぽんぽん大将”や“全裸道師範”の二の名を持つ彼には、やはり全裸しか道は残されていないのだろうか?
「惚れた相手の幸せを考えて、身を引くのも愛だよ」
 レオンロートとの戦いを終えたミルコに鈴那が、『ごめんね。さっきのやり取り見てたんだ』と切り出した。鈴那は一応、店内ではレオンロート達も客として扱っていた。
「フレデリカさんがあの人の方がいいっていうんだからしょうがないよ」
「でも、筋肉が好きなら、恋人に勝った俺にもチャンスはあるはずだぜ」
「フレデリカさんがあの人に惚れている理由は、それだけじゃないはずよ。少し考えてみたら?」
 鈴那の一言にミルコは次の言葉が出てこなかった。

 静慈やレオンロート達の説得の所為か、カシアスもミルコもディジィーのエールハウスには来なくなった。
「まだ無理矢理連れていこうと考えているのですか!? そんな自分勝手な行動、騎士道以前に人として絶対に間違っています、とカシアスさんに伝えて下さい!!」
 しかし、ルーティ達は送る途中で何度かカシアスの取り巻きを目撃し、その度にコルセスカが警告を発した。
 また、エイスは知り合いの情報屋から、ミルコが冒険者街で目撃されているという情報を得ており、2人とも完全にフレデリカを諦めたとはいえなかった。