【ラブポーションパニック】戦士の憂鬱
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■シリーズシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:5〜9lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月14日〜01月19日
リプレイ公開日:2005年01月24日
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●オープニング
「ほら、今回の報酬だ」
「悪いな」
冒険者ギルドのカウンター。ギルドメンバーが放った小袋が木のカウンターに落ちると、重みのある音がした。結構入っているようだが、がっちりとしたジャイアントのファイターの手では、それは一握りだ。
「オーガ戦士のメタルクラブをクレイモアで受け流したんだってな。パーティーの奴らが誉めてたぜ」
「大した事はないさ」
ギルドメンバーは彼が背負っているクレイモアを指差した。オーガ戦士退治の依頼を受けた彼は、そこでジャイアントの剛腕を見せたのだ。
だが、自分に向いている依頼はモンスター退治しかないと思っている彼からすれば、自分の仕事をきっちりこなしたに過ぎない。
「冬だと棲みかに食料が少なくなる所為か、オーガ達が騒いで困るんだ。もう1つ、退治の依頼があるんだが‥‥」
「いや、しばらくはいいぜ」
「そうか。前はほとんど休まず依頼を受けてたからな。最近、受けなくなったようだが、休みも必要だろう」
ギルドメンバーが壁に貼られた依頼書を指差すと、彼は首を横に振って、ギルドを出ていった。
ジャイアントのファイターの名前はミルコ。ぶっきらぼうで口数が少ない事から、“静かの”ミルコと呼ばれていた。
2mを越す巨躯はオーガすら上回るが、そこに無駄な肉は一切無く、精悍な顔付きをしていた。
二の名は伊達ではなく、静かに、でもきっちりと仕事をこなすのだ。
ギルドを出た彼は足早に冒険者街へ向かった。誰にも見付かって欲しくないように、心なしか身を縮めているが、生憎と世間の人は彼の動向を気にする程暇ではないので、誰1人気に留める者はいなかった。
『フレデリカさんがあの人に惚れている理由は、筋肉が好きなだけじゃないはずよ。少し考えてみたら?』
不意に頭の中で、ディジィーのエールハウスの店員の言葉が思い返された。
ディジィーのエールハウスで毎夜、踊りを披露している“新緑の舞姫”フレデリカが、自分にとって高嶺の花なのはよく分かっている。
冒険者の酒場でフレデリカの噂を聞き、今まで恋人を持った話を聞かないのも知っている。
しかし、なんというか、フレデリカを見ていると、自然と心が和む。不思議と温かくなる。
踊りの最中に自分に微笑みが向けられると、つい、微笑み返してしまう。何故か顔が緩む。
たまたま立ち寄った新しいエールハウスで見掛けた彼女に、こんな気持ちを抱くのは生まれて初めてだった。
最初はフレデリカの姿を見られれば良く、連日、ディジィーのエールハウスに通った。
ある日、カシアスという騎士がフレデリカにプレゼントを贈っている姿を見て、プレゼントを贈るという行為を初めて知り、エチゴヤの店主に冒険に役立つプレゼントを見繕ってもらったが、それは受け取ってもらえなかった。
カシアスが高額なプレゼントを贈っているという話を聞き、自分も依頼を受けまくって、その報酬で試行錯誤した結果、やっと女性に贈るプレゼントに辿り着いたが、やはり受け取ってもらえなかった。
その内、「エールハウス店内で渡すのがいけない」と思い、プレゼントを渡す機会を窺っていると、カシアスが宿屋へ帰るフレデリカを強引に馬車へ連れ込もうとする現場に出くわし、クレイモアを振るって彼の取り巻き4人を倒した。
『ありがとうございます』
草原に咲く一輪の可憐なラベンダーのような微笑みでフレデリカに感謝され、舞い上がったミルコはプレゼントを渡したが、それでも受け取ってもらえなかった。
ミルコはギルドに貼ってあった一枚の依頼書の事を思い出した。
あった、というのは既に成功した依頼だが、その依頼主の事を思い出したのだ。
「フレデリカの心が俺に向いていなければ、俺に向けるしかないぜ」
――優秀な薬師(くすし)なら、惚れさせる事ができるかもしれない。
ミルコは今日も冒険者街の一角にある棲家の扉を叩くのだった。
「‥‥あのジャイアントも同じ方法を思い付くとは思ってもいなかったね」
しかし、ミルコの背中を追う視線があった。カシアスである。
彼もまた薬師の噂を聞き付けたのだが、この薬師、月の半分以上を薬草採りに費やして留守にしている事が多く、なかなか捕まらなかったのだ。
「まぁいい。既に手は打ってあるからね」
カシアスが先に薬師と接触していた事をミルコは知らない。
2人には『それ』を使う方法があった。
プレゼントなどを一切受け取らないフレデリカが、唯一受け取るもの――それは踊り終わった後の喉を潤す飲み物だ。
ディジィーが渡す事もあるし、客が渡す事もある。それは踊り子や吟遊詩人にとっては至極当然の報酬であり、それで恩に着る事もなければ、恩を着せる事もできない。
『それ』を飲み物に混ぜればいいだけの事だ。
――『ラブポーション』を。
●リプレイ本文
●Silhouette chase
市民街の一角にあるディジィー・デンプシーのエールハウスでは、今日も6m四方の小さなステージで、ティアイエル・エルトファーム(ea0324)の朗らかな横笛の音に合わせて、“新緑の踊り子”フレデリカが四肢を伸びやかに躍動させて踊っていた。
『フレデリカさんと一緒の舞台に立っていいかな? だってこの間、一緒に演奏したら楽しかったんだよ』
『私もティオの笛の音で踊りたいです。とても素敵ですもの』
ティアイエルがそう持ち掛けると、フレデリカは顔を綻ばせて快く応じた。
「2人は十年来のパートナーのように、すっかり意気投合していますね。こうして見ると本当の姉妹みたいです」
「『今は』姉妹よ。フレデリカさんの評判は良かったけど、ティオさんと一緒にステージに立つようになってから、更に上がったようね」
カウンターに座り、ティアイエルとフレデリカ達の様子を微笑ましく見つめるルーティ・フィルファニア(ea0340)の前に、逢莉笛鈴那(ea6065)がウインターエールの入った木製のジョッキを置いた。
ルーティは引き続きフレデリカの護衛をしていたが、“親殺し”の異名を持つ騎士カシアスとその取り巻きの姿も、ジャイアントのファイター“静かの”ミルコの姿も、ここ数日はなかった。
鈴那はエールハウスの店員が板に着き、エールや料理を出しながら他愛無い世間話に花を咲かせて、その中から様々な噂話を仕入れていた。
「2人共、エールハウスには近寄らなくなったとはいえ、カシアスの取り巻きは相変わらずフレデリカさんの動向を探っているようです」
「私はミルコさんが気になるわ。あれから現れなくなったけど、諦めたとは思えないの」
ルーティはコルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)と一緒に、毎日、フレデリカの逗留している宿屋まで送迎しているが、目の良い彼女は相変わらずカシアスの取り巻きがうろついているのを見付けていた。
「いやぁ、あの人達もしつこいですねぇ。ミルコさんはともかく、カシアスさんはあそこまでいったらもう犯罪だと思うんですがねぇ」
「‥‥すみません」
クリフ・バーンスレイ(ea0418)の感想に、コルセスカが白銀と真紅の瞳を伏し目がちに謝った。貴族が気に入った庶民の女性を攫って囲うのは、キャメロットではともかく、地方では無い事もない。
「ま、まぁ、カシアスさんには、コルセスカさんのように騎士道を重んじてもらいたいものですね。性格が極悪なだけに、何か考えているでしょうけど‥‥止めないといけないですね」
「なぁ、キミに好きな娘がいるとして、諦めるとしたらどういう時だ?」
「‥‥本当に好きならそう簡単には諦められないと思うが、本当の愛があるなら、その娘が幸せになるなら諦められると思う」
クリフが苦笑しながらコルセスカに謝る横で、鳴滝静慈(ea2998)がフルーツジュースの入ったカップを弄びながら、レオンロート・バルツァー(ea0043)にそう聞いた。
「なに、か‥‥かんがえが、ある‥‥の、か‥‥?」
「ああ。レオンロートのいう通り、2人に祝福してもらおうと思ったんだ」
静慈の考えている事を、エイス・カルトヘーゲル(ea1143)は早くも察したようだ。
静慈はエイス達を呼び寄せると、祝福――偽装結婚式――を行い、既成事実を突き付ける事で、ミルコだけでなく、カシアスも手を出させなくしようと考えたのだ。
「あの様子ではこうでもしないと諦めそうにないのでな‥‥迷惑を掛けてしまう事は承知の上で協力してはもらえないか?」
「フレデリカさんの問題はボクが頼んだ事だし、構わないけど‥‥本当にいいの?」
閉店後に静慈は、ディジィーにエールハウスで偽装結婚式を行いたいと切り出した。経費は静慈達が負担するといったが、ディジィーはフレデリカが「必要最低限の生活費以外要りません」と受け取っていない未払いの報酬を使って欲しいと告げた。
しかし、偽装結婚式は乗り気ではなかった。
「え〜とですね、恋人役のレイヴァントさんは時々変ですけど、根っこの方は良い人なので安心して下さいね」
「ルーティさんがそう仰るのですから、良い人なのでしょうね」
ルーティはフレデリカを宿に送ったところで、カシアスの取り巻きが会話を盗み聞きしないよう宿の外にコルセスカが見張る中、偽装結婚式の話を切り出した。フレデリカがエルフという事で、自分の恋人であるレイヴァント・シロウを新郎役に推したのだが、その口振りからフレデリカはルーティ達の仲が良く、信用できる人だと思ったようだ。
「でも、あなたはいいのです?」
しかし、フレデリカもディジィーと同じく、逆に問い掛けたのだった。
●Love poshon?
「‥‥いらいは、うけて‥‥いない、のに‥‥エールハウスに、こない‥‥のは、おかしい‥‥な‥‥」
エイスは冒険者ギルドを訪れ、ミルコが受けたという依頼の報告書を閲覧した。2人に諦めた様子が見られなかった彼は、様子を継続して探っていた。
「カシアスさんの方は、フレデリカさんの宿屋を見張っている取り巻きの後を付ければ何とかなりそうですが」
「港で働いている常連さんの話では、ミルコさんらしいジャイアントを仕事帰りに時々見掛けたそうよ」
「港か‥‥港から市民街に来る途中に冒険者街があるな。ミルコが冒険者街に棲家を借りていてもおかしくないか‥‥」
「冒険者街か‥‥前にエールハウスからミルコさんの後を付けた時も、冒険者街で見付かっちゃったんだよね」
クリフの疑問に鈴那が常連客から仕入れた情報を告げると、静慈が当たりを付けた。彼の言葉にティアイエルは思い当たる節があった。
キャメロットは人間からハーフエルフまで、多種多様な種族が往来しており、静慈と鈴那はその中から1人のジャイアントを捜すのに困難を極めた。
ティアイエルは冒険者街ではなく、市民街の小さな広場に来ていた。そこでは年頃の女の子達が日向ぼっこをしながら歓談していた。
「ねぇねぇ、振り向いてくれない相手を振り向かせるには、どうすればいいと思う?」
ティアイエルが声を掛けると、年頃の女の子達も興味があるのか、恋文を送るとか、恋が叶うおまじないをするといった返事が返ってきた。
「ラブポーション!? ゲテモノ喰いの薬師!?」
そんな中、冒険者街に住んでいる、モンスターなら何でも食べるという薬師が惚れ薬――ラブポーション――を作れるという噂が持ち上がった。
「ミルコと冒険者街、ゲテモノ喰いの薬師とラブポーションか‥‥間を繋ぐ確固たる証拠がないうちから、短絡的に何かあると見なすべきではないが‥‥」
「でも今度、ミルコさんがお店に来たら注意するわ(あのミルコさんに、そういうものを使って欲しくないけど‥‥)」
彼女と合流した静慈と鈴那は、ラブポーションの事を聞いた。鈴那はミルコの事を知るに付け、同じ冒険者として尊敬しつつあった。
エイスとクリフは髪をオールバックにし、服装も庶民の普段着に着替えて変装すると、カシアスの取り巻き達を観察していた。
「やる、なら‥‥いまし、か‥‥ない‥‥」
なかなか有益な情報が得られないエイスは強攻策に討って出た。取り巻きが1人の時に『ウォーターボム』で奇襲したのだ。クリフも『ウインドスラッシュ』を合わせて唱える。
エイスの誤算は、取り巻きもそこそこの実力を持っていた事だった。取り巻きは傷つきながらもエイスにショートソードで斬り掛かり、彼に軽傷を負わせた。
更に騒ぎを聞き付けた取り巻き達がやってきた。
「人の恋路を邪魔する愚か者共よ、馬に蹴られて死んでしまえ〜!!」
そこへ真紅のエクセレントマスカレードを付け、真紅のマントのみを羽織ったレオンロートが駆け付けると、ジャイアントソードで取り巻きを薙ぎ払う。達人級の攻撃に取り巻きも深手を負い、這這の体で逃げ出した。
『例の女はいいのかよ!?』
『ああ。後は仕込むだけだからカシアス様に報告すればいい』
捨て台詞を吐かないところは、ちんぴらより格は上かもしれない。
●Love poshon=Petrification poison?
「会いに――いや、正確に言おう。愛しに来たよ」
フレデリカと同じく、旅をしている恋人の自由騎士クロウ・ガングーニル――と偽名を名乗るレイヴァント――が、仰々しい仕種でフレデリカに挨拶をした。
そこへカシアスが取り巻きと共にやってきた。ルーティとコルセスカが2人を庇うように、カシアスの前に立ち塞がった。
「ギルドよりフレデリカさんの護衛に雇われている者です。お話があるなら私がお伝えしますが?」
「その男でいいのか、と思いましてね」
「少なくとも、女性は自分の庇護下でしか幸せになれないと言ったあなたよりは、幸せにできます。あなたは女性を何だと思っているのですか!? あなたのような人間に女性(ひと)を、いえ、人を幸せにする事なんて絶対にできません!!」
カシアスの言い種に、コルセスカは怒りを露にした。
「何を企んでいるかは知らないが‥‥恋人達に不用意に近付かないでもらおうか」
「お前が心に抱くその想いは、愛や恋などとは程遠く浅ましい欲望の塊でしかない!!」
「企んでいるのはお前達の方ではないのですか? それに聖なる母を欺く結婚式を挙げる方が、余程醜く浅ましいと思いますが? そうでしょう、司祭様?」
静慈が躙り寄り、レオンロートが吼えると、カシアスは逆に冷笑を浮かべ、神父役のサラ・ディアーナに聞いた。
「え、ええ‥‥結婚式は聖なる母の前で永遠の愛を誓う神聖なものですから、嘘偽りはあってはなりません」
サラはいい淀む。ジーザス教において結婚は神聖な儀式であり、離婚は許されない。
「お姉ちゃんは誰にも渡さないよ(諦めるどころか、逆に利用されて後に引けない立場に追い込まれそうだよ‥‥)」
しかし、妹という事になっているティアイエルは、サラの説明からカシアスの言葉の意味を察知し、危惧していた事が現実のものになりつつある事に危機感を覚えた。
「‥‥いや、俺は間違っていたよ‥‥」
そこへエールの小樽を抱えたミルコと鈴那が現れた。
「人を好きになるのって、自然な事だと思うの。たとえ他の種族の人でも、好きになったら振り向いて欲しいよね。でも、強引に振り向かせても、それは、その人の“心”までは振り向いてないと思うわ。本当にその人の事が好きなら、先ずはその人の幸せを考えてあげるべきじゃないかしら?」
鈴那はレイヴァントに変装を施した後、店にやってきたミルコを店の裏へ招き寄せてそっと諭したのだ。
ミルコは全員の前で小樽を床に叩き付けた。小樽が壊れ、中のエールがぶち撒けられる。
多分、噂のラブポーションが入っていたのだろう。
鈴那はミルコなら分かってくれると信じ、そして彼は彼女の説得に応じたのだ。
「真に愛しているならフレデリカの幸せを祝福してやれ!! そう、俺やミルコのようにな〜!!」
「俺の負けのようですね。お詫びに一杯、奢らせてもらえませんか?」
更にレオンロートが咽び泣きながら説得すると、カシアスも折れ、テーブルの上に置いてあったエールの小樽を手に取った。エイスが見ていた限り、あのエールは朝、ディジィーが酒卸ギルドから仕入れてきたもので、カシアスは何かしたようには見えなかった。
カシアスが空いていたジョッキに注ぎ、ミルコに渡すと、彼はそれをフレデリカに渡した。恋敵から恋敵へ、そして最愛の人へ、お詫びを兼ねてエールが贈られた。
それを微笑んで受け取ると、飲み干すフレデリカ。
クリフ達も彼女に倣って、テーブルの上に置いてあったエールを各々のジョッキに注いだ。
「く‥‥苦しい‥‥あぁ‥‥」
すると、フレデリカの顔が苦痛に歪み、身体を小刻みに痙攣させた。見れば彼女の手足の先から灰色く色を濁し始めていた。
「リカバーも効きません!」
「石化!? ストーンの魔法は、誰も唱えていませんし‥‥」
サラが『リカバー』を唱えるが、進行は止められない。地の精霊魔法を修得しているルーティも手の施しようがなかった。
「‥‥ああ‥‥あああ‥‥あう!」
フレデリカの呻き声も途切れ、若草色の瞳も輝きを失い、色彩を奪われた1つの冷たい石像と化してしまった。
「い、いや、俺じゃない‥‥確かにラブポーションは入れたけど‥‥」
「ラブポーション? それ聞き捨てなりませんね」
ミルコを問い詰めるカシアス。確かにラブポーションを盛ったというミルコを疑うべきだろう。
ミルコはカシアスを突き飛ばすと、ディジィーのエールハウスから飛び出していったのだった。