【ラブポーションパニック】騎士の憂鬱

■シリーズシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月08日〜03月13日

リプレイ公開日:2005年03月18日

●オープニング

 “親殺し”の異名を持つ騎士カシアスは、幼少の頃から欲しいものは自分の力で手に入れてきた。
 カシアスは長男ではなかった。待っていても家督は譲られない。
 だから、剣で打ち負かしたいから剣術を学び。
 だから、馬上槍試合(トーナメント)で優勝したいから騎乗を学び。
 だから、チェスで勝ちたいから兵法を学び。
 だから、貴族の社交界で恥をかきたくないからダンスを学んだ。
 自分の欲しいものを手に入れる為の努力は苦ではなかった。
 直属の部下が欲しいから、領地を荒らし回っていた盗賊団を討伐し、そのまま自分の配下にした事もあった。

 そして領地を欲した。
 だから親を、兄を殺し、家督を手に入れた。
 寝首を掻くなどという弱者のする事はせず、正式な決闘を申し込み、勝った。
 ――その際、ちょっとした不幸の事故で、親も兄も死んでしまったが。
 ただ、それだけだ。

 女性を愛でるのが好きなカシアスに正妻はいない。
 ジーザス教を信仰している以上、結婚は神聖な儀式であり、する気はない。
 気に入った女性には遠慮なく声を掛けるし、領民の女性なら攫って自分の屋敷で愛でる。貴族にとって特段、珍しい事ではない。
「女性は俺の庇護の下にいてこそ幸せになれるのだよ」
 騎士道には(貴族階級の)女性を大切にする意識があり、それは女性崇拝に近い。カシアスの考えも、多少、歪んでいるかもしれないが騎士道に依るものだ。
 
 キャメロットの片隅――ディジィー・デンプシーの流行らないエールハウス――で燻っている“新緑の舞姫”フレデリカも自分のものにしようとした。
「私は誰のものにもなりません」
 しかし、フレデリカは今までの求愛者と何ら変わらない、毅然とした態度で断った。
 カシアスは諦めきれず、いつものように強引な手で屋敷へ連れ去ろうとしたが、これは偶然通り掛かったジャイアントのファイター“静かの”ミルコに阻止されてしまう。

「だからこそ、手に入れたいのだよ」
 カシアスは部下をわざと目立たせて、フレデリカの雇った冒険者の目をそちらに向けさせ、自分は『惚れ薬』を手に入れようと、冒険者街に住む漂泊者のエルフの薬師(くすし)フリーデ・ヴェスタの元を訪れていた。
 このフリーデという薬師、自分で薬の材料を採りに行く為、月の大半を留守にしており、なかなか会えないのが難点だが、錬金術を組み合わせた薬草の調合は逸品という噂の持ち主だった。
 フリーデは老若男女問わず、必要であれば自分の手持ちの薬を渡した。
「薬をどう使うかは手に入れた奴次第だろう?」
 要するに自分の薬で他の人がどうなろうと知った事ではない、というのがフリーデの持論だ。
 だから『惚れ薬』の効果を聞いた時、流石のカシアスも使うのを躊躇った程だ。確かに相手を惚れさせる事はできるが、それは月の精霊魔法のチャームといった魔法的な効果ではなく、あくまで毒草に依るものだからだ。
 しかも、聞けばミルコも『惚れ薬』を求めに来ているという。

 他の手を考えるカシアスは、『コカトリスの瞳』に混じって別の容器がある事に気付いた。
 それはフリーデが前に捕獲したコカトリスから新たに創った『石化薬』で、コカトリスの瞳でも元に戻らない程強力なものだった。専用の『石化解除薬』が必要だ。
 カシアスはフリーデの言い値でこの石化薬を買った。

 用もないのに部下達にフレデリカの宿屋を見張らせたりして冒険者の気を逸らし、カシアスはディジィーのエールハウスの倉庫にしまってあるエールに石化薬を混入する事に成功した。
 そして、それを飲んだフレデリカはもの言わぬ石像と化した。

 ここまでは計算通りだった。
 カシアスの誤算は、冒険者の目が全てミルコに向かなかった事だ。
 中立非武装地帯のエールハウスとはいえ、ディジィーと店員の2人くらいなら倒せ、フレデリカの石像を強奪できると踏んでいた。
『騎士道以前に人として絶対に間違っています!!』
 しかし、ディジィーと店員の他に、ウィザードと神聖騎士までいれば話は別だ。部下では厳しいだろうし、何よりカシアス自身、自分に真っ直ぐな白銀と真紅の瞳で騎士道を説く神聖騎士が何故か苦手だった。
『あなたは女性を何だと思っているのですか!? あなたのような人間に女性を、いえ、人を幸せにする事なんて絶対にできません!!』
「面白い。ならば新緑の舞姫を手に入れて幸せにしてみせよう」
 頭の中にリフレインする神聖騎士の言葉に人知れず応える。
 自分の元には切り札とも言うべき、石化解除薬がある。
 偽装結婚時を挙げようとしたフレデリカ達は、当分、教会へは行けない。
 自分が乗り込むか、それとも向こうから乗り込んでくるか‥‥どちらにせよ、カシアスにとってフレデリカを手に入れる好機はそこしかなかった。

●今回の参加者

 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0418 クリフ・バーンスレイ(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1143 エイス・カルトヘーゲル(29歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2207 レイヴァント・シロウ(23歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea2998 鳴滝 静慈(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3264 コルセスカ・ジェニアスレイ(21歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

セリア・アストライア(ea0364)/ マルティナ・ジェルジンスク(ea1303

●リプレイ本文


●撒き餌
「フィッシュフライとスープ、茹で野菜とアップルパイ、出来ました」
「ローストチキンと香草パンのセット、置いておくよ」
 エールハウスの中に響く、コルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)とディジィー・デンプシーの軽快な声。カウンターに並べられた料理を、店員の逢莉笛鈴那(ea6065)がテーブルへ運んでゆく。
 夜ともなれば、ディジィーの小さなエールハウスは常連客で満席になり、鈴那が『疾走の術』を使う程てんてこ舞の忙しさだ。幸い、料理が得意なコルセスカが強力な助っ人となり、鈴那の負担は『疾走の術』を使わない程度まで減った。
「そういえば最近、踊り子のねーちゃん見掛けないけどどうしたんだ?」
「フレデリカさん、体調を崩してしまって休んでいるんです」
「キャメロットの冬は寒いですからね。あの素晴らしい踊りが見られないのは寂しいものです」
 上品とは言い難い喧騒の中に、春の到来を告げる小鳥の囀りのような笛の音が漂っていた。料理を運んできた鈴那に、船乗り風の客がふと思い出したかのように“新緑の舞姫”フレデリカの安否を訊ねた。
 鈴那の言葉を受け継いで、同席しているクリフ・バーンスレイ(ea0418)が「風邪を引いたのでしょう」と遠回しに答えた。
 “親殺し”の異名を持つ騎士カシアスがどう仕掛けてくるか分からない為、鳴滝静慈(ea2998)とエイス・カルトヘーゲル(ea1143)は、フレデリカが石化した事を極力、表沙汰にしないようにしていた。
「良かったですね、フレデリカさんの事、皆さん、忘れていないですよ」
「‥‥うん‥‥こんなにされちゃってしばらくお休みしている間に、フレデリカお姉ちゃんの事が忘れられちゃったら悲しいよ‥‥」
 カウンターの奥にある厨房から裏口を見張るルーティ・フィルファニア(ea0340)に、ティアイエル・エルトファーム(ea0324)は吹いていた横笛を下ろし、彼女へ微笑みを向けた後、目の前でひっそりと佇むフレデリカの石像を寂しそうに見つめた。
「フレデリカお姉ちゃん、あたしの笛の音、聞こえる? 素敵だって誉めてくれたあたしの横笛だよ‥‥また一緒にステージの立ちたいなって思ってるから、毎日練習してるの。でも、そんな顔されちゃ、やっぱり淋しいよ‥‥」
 浮き世離れした優美な立ち姿のフレデリカだが、今は眉を歪めて喘ぎ、鈍い石の色一色に濁していた。その表情がいっそう哀れさを誘い、ティアイエルは冷たく硬い彼女の手を温めるかのようにぎゅっと握り、知らず知らずのうちにしゃくり上げていた。
「いたいけな少女の流す涙ほど、儚くも悲しいものはない‥‥女性を愛する者として、流させてはいけない涙だ。カシアスの罪は重い」
「レイヴァントさん‥‥」
 小刻みに震えるティアイエルの後ろ姿に、レイヴァント・シロウ(ea2207)は拳を握り締めた。この時ばかりはルーティも、普段は謎発言の多い最愛の人が頼もしく見えた。

「俺達にはカシアスが欲しがっているフレデリカさん、カシアスにはフレデリカさんの石化を解く『解毒剤』という切り札がある以上、俺達が隙を見せれば罠だと分かっていても勝負を仕掛けてくるはずだ」
「きりふだ‥‥は、ここぞ‥‥という‥‥とき‥‥に、きらない‥‥と、いみが‥‥ない‥‥」
 閉店後。店内の灯りを極力消し、静慈とエイスを中心に、カシアスをおびき寄せる相談が持たれた。
「私の友達の神聖騎士が、先輩のクレリックを紹介してくれる事になったわ。神聖魔法で何とかなるかは分からないけど、カシアスに少しでも脅威を与えられると思うの」
『偽装結婚は確かにいけませんけど、意に沿わぬ強要を退けるものです。どうか助けてあげて下さい』
 鈴那は友達のセリア・アストライアを通じて、彼女の先輩であるクレリック、シエル・ウォッチャーと渡りを付けていた。但し、教会から派遣されるではなく、あくまでシエル個人の判断で協力する事になっていた。
「いや、それで十分だ。俺はマルティナさんに偽情報を流してもらったから、合わせれば効果は高いだろう」
『カシアスという貴族の屋敷に、冒険者が攫われた女性を取り戻しに襲撃へ行くそうです』
 静慈はマルティナ・ジェルジンスクの機動力を活かして、ルーティやレイヴァントがカシアスの館を襲撃しようとしており、エールハウスが手薄になる偽情報を流していた。
「僕達がカシアスさんの持つ解毒剤がなくても、フレデリカさんを元に戻す方法を見付けたと思わせる事で、カシアスさんにフレデリカさんを奪取するしかないと思わせるのが一番ですからね」
「全てバレている以上、カシアスの情報網と分析能力は侮れないが、暴挙だけは絶対に阻止しないとな!」
「‥‥こんかい、は‥‥それ、をさかて‥‥に、とる‥‥」
 クリフと静慈が意見をまとめると、エイスは偽情報が露骨にならないよう細心の注意を払うように改めて注意を促した。
「最後まで諦めません‥‥必ずフレデリカさんを元に戻しましょう!!」
 コルセスカが発破を掛けて締め括った。

 翌日から静慈とエイスは、ディジィーのエールハウス近辺で『優秀なクレリックと渡りが付いた』話を始めた。目のいいルーティは、相変わらずエールハウスの様子を伺うカシアスの部下の姿を捉えていたし、クリフの『ブレスセンサー』がそれを裏付けた。
「時間がないよ‥‥このまま石像の姿でいたら、永遠に戻らなくなってしまう‥‥早く何とかしないと‥‥」
 裏口にカシアスの部下の姿を確認すると、ティアイエルが泣きそうな顔でフレデリカの石像にすがりつき、独り言を呟いた。
 また、実際にシエルがエールハウスを訪れたし、ルーティはレイヴァントと一緒にカシアスの館付近の下見にも出掛けた。

「私達はフレデリカさんを元に戻したいだけ。薬の力を使って女性を手に入れるのは、カシアスにも不名誉な事だと思うの。何かあった時は協力してもらえないかしら? そうすればあなたは見逃してあげるわ」
 “静かの”ミルコを背後に伴った鈴那がカシアスの取り巻きの一人に接触した。ミルコの無言の迫力もさる事ながら、鈴那の言葉には説得力があり、「主の不名誉にならないのなら」と彼は協力を約束した。
 意外なところでカシアスの人望を知った鈴那だった。

●強奪!?
 偽情報を流し始めて3日目の夜――。
 閉店後、鈴那がこれからシエルを呼びに行ってフレデリカを元に戻してもらうとエールハウスを出ていき、店内にはコルセスカと静慈、ティアイエルとディジィーだけが残る形となった。
 静慈が空いた皿を下げ、コルセスカがテーブルを拭いているところへ、何者かが押し入ってきた。静慈がコルセスカを庇いつつ、ざっと目配りすると、その数は8人。無駄のない動きから、ある程度場数を踏んでいるようだ。
「お早いお着きだな。だが、一つ言わせてもらえれば、エールハウスは非武装中立地帯が暗黙の了解だ、カシアス」
 静慈は後から入ってきたカシアスを睨付けた。彼は「そんな事は百も承知だよ」と言わんばかりに肩を竦めた。
「フレデリカお姉ちゃんを元に戻してよ! あなたが解毒剤を持っているのは知ってるんだよ!!」
 普段は明朗快活なティアイエルだが珍しく声が荒い。「絶対に渡さないよ」とフレデリカの石像に抱きついていた。
「欲しいものを手に入れるのに、理由は必要ないのだよ」
「‥‥それがフレデリカさんを苦しめた理由ですか!? あなたも見たでしょう、フレデリカさんはあんなに苦しんでたじゃないですか! 何であなたはあんなものを使ったんですか!?」
 コルセスカがカシアスへ躙り寄った。彼を見据える白銀と真紅の瞳には、激しい怒りと深い悲しみを湛えていた。
 さしものカシアスもその重圧に、冷笑を浮かべながらも一歩後ずさる。
「あなたは他人を思いやるという事が出来ないのですか!?」
「勝てば生き、負ければ死ぬのがこの世の理だよ。だから俺は俺の庇護にある者は救おうと思っているのだよ」
「庇護!? あなたの庇護って何です!? 何であなたはこんな酷い事をしておいて、平然としていられるのですか!?」
(「何故、この女の瞳を見返す事ができない‥‥」)
 更に躙り寄るコルセスカに、カシアスは懐から卵大の何かを取り出し、ぶつけた。それはコルセスカの胸元で割れると、色彩を奪い、灰色の染みとなって全身に広がっていった。
 ――薬師(くすし)フリーデ特製の、もう1つの石化薬だった。
 駆け付けようとする静慈を彼女は手で制した。
「やはりあなたは間違っています! 自分の事しか考えず、他人の痛みや苦しみを慮る事のできないあなたに、女性を‥‥いえ、人を幸せにする資格なんてありません!!」
 石化が胸を過ぎ、喉に達しても、コルセスカは構わず言い続け、やがて完全な石像になってしまった。
「あなたは、そこまでしてフレデリカさんを手に入れて、どうしたいんですか? 女性を自分の所有物のように扱って、それでどこが幸せになるんですか? そんな事をしてどんな意味があるんでしょうか? 何より、目の前のコルセスカさんをきちんと見る事ができますか? 少しでも彼女達を、そして自分の事を考える事ができるなら、もう止めた方がいいと思いますよ」
 コルセスカに気を取られているうちに、入り口をクリフとエイス、ルーティとレイヴァント、鈴那とミルコが塞いでいた。
「よぉ、『惚れた女もまともに口説けないヘタレ騎士』君。私の事を『その男』呼ばわりしてくれた事は、おもや忘れてはおるまい?」
 飄々としたもの言いでルーティと共にカシアスへ近付くレイヴァント。ミルコは背負ったクレイモアの柄に手を掛けて取り巻き達を牽制し、鈴那はカシアスがコルセスカの石像を倒して砕かないよう、手裏剣を構える。
「おお、素晴らしいね、君の騎士道。女性を庇護するどころか、言う事を利かなければ蔑むかの如きとは。これでは君の性根も高が知れる‥‥いいかね、女性を幸せにするという事はこういう事だ」
「‥‥ん‥‥」
 レイヴァントはルーティを抱き寄せると唇を奪い、深く貪った。
「どうかね? この表情。これこそまさにライフ・イズ・ビューティフルだ! ぐは!?」
「そ、それはともかく、少なくとも‥‥私はレイヴァントさんと一緒にいて幸せです。何といっても好きな人といるのですから‥‥フレデリカさんの場合、私にとってのレイヴァントさんである人が、踊りを見てくれる人全てだという事が分かりませんか?」
 たっぷり1分間、ルーティとの深いキスを愉しんだレイヴァントに、彼女の拳骨が飛んだのはいうまでもない。
「それを好意と勘違いする事もあるけど、素晴らしい踊りを踊るには、見る人全てを平等に愛するのがフレデリカさんの持論なのよ」
「俺にも恋人がいるからな。惚れた相手を愛しく想う気持ちは分かる。だがな、薬を使って恩を着せたところで、それは本当に振り向いた事になると思うか? キミが心を奪われたのは、“新緑の舞姫”なのだろう? 目的の為に手段を見誤ってしまったんだよ、キミはな」
 鈴那がフレデリカから聞いた彼女の考えを語り、静慈がカシアスのやり方は間違っていると断罪した。
「“幸せ”っていうのはですね、本人の望む想いなのですよ? ‥‥そう考えれば“今の”あなたには、フレデリカさんを幸せにする事ができますよね? そう、解毒剤を渡して下さい。これがあなたがフレデリカさんに幸せを与えられる、唯一の方法です」
 ルーティが手を差し出すと、カシアスは逡巡し、コルセスカを見た。瑞々しい輝きを失った石の塊の双眸はしかし、尚もカシアスを真っすぐに見据え続けていた。
「俺はこの瞳が苦手でしたが‥‥今、その訳が分かった気がするのだよ」

●意外な結末
「フレデリカお姉ちゃん、おはよう!!」
「‥‥ティオ‥‥? ‥‥おはようございます」
 フレデリカはお日様の匂いの中で目を覚ました。本来の色彩を取り戻した彼女に、ティアイエルが真っ先に飛び付いたのだ。そして目を覚ましたら真っ先に言おうと思っていた挨拶を交わし、姉妹は微笑み合った。
 コルセスカとフレデリカが元に戻ったお祝いに、鈴那とディジィーが取っておきのシェリーキャンリーゼを全員に振る舞った。
「いっしょに‥‥のめ、ば‥‥わだかまり、も‥‥そのうち、なく‥‥なる‥‥」
 エイスの意向で、祝杯にミルコとカシアス、彼の取り巻き達も加わった。
 フレデリカは石化の後遺症で身体が重かったが、踊りたくてうずうずしており、ティアイエルの笛の音で踊り始めた。
 コルセスカはカシアスと飲み交わしながら、できる限りカシアスに人の優しさを語った。
「俺ももう少し、女性の接し方を変える必要があるようだね。例えば、あなたを振り向かせる事ができるように‥‥」
 意外な宣言をされるコルセスカだった。

「時々、ノルマンへ帰郷する事もあるけど、イギリスにいる間はエールハウスに顔出すね」
「今度はティオと一緒に踊ってみたいです」
 フレデリカがクリフ達に報酬を渡す中、ティアイエルには踊り子の衣装を渡していた。
「好きな人がいて、好きであってくれる人がいれば幸せなんですよ」
「本当に彼の事が好きなのですね」
 雪のように白い頬を林檎のように赤く染め、苦笑を浮かべるルーティに、フレデリカは「ごちそうさま」と刺繍入りローブを渡した。

「手伝ってくれてありがとう」
「いや、俺も鈴那には色々と考える切っ掛けをもらったし、世話になったぜ。俺の方こそ礼を言うぜ」
 酔った鈴那はミルコを涼みにエールハウスの外へ誘い、お互い礼を言い合った。その仕種がおかしく、2人は笑い合う。
 気が付けば息が掛かるくらいの所にミルコの顔があった。鈴那は顔を近付けて、彼の頬に唇で触れた。
「え!? お、お、おい!?」
「今までの感謝の印よ。私ってばミーハーだから、すっかりミルコさんのファンになっちゃったのー」
「よ、酔ってるだろ!? 絶対酔ってるだろ!? からかって‥‥」
「るん♪(‥‥からかってないよ。でも、失恋したばかりのミルコさんにいうのも何だものね‥‥)またお店に遊びに来てね! 待ってるから!!」
 鈴那は端から見れば酔っていたが、心の中は冷静だった。ミルコの狼狽え振りに胸がちくちくと痛みつつ、別れる辛い気分を押し隠すかのように満面の笑みを贈った。

 フレデリカはしばらく休養を取る事になったが、踊りが好きな彼女の事だ、すぐにどこかで踊るだろう。エールハウスでなくとも、この世界の全ての場所が彼女のステージなのだから。
 そしてディジィーのエールハウスに、いつも通りの朝がやってきたのだった。

●ピンナップ

逢莉笛 鈴那(ea6065


PCシングルピンナップ
Illusted by 泉