【ミルコと巨竜】翼竜を誘き寄せろ!
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■シリーズシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:9〜15lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 68 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月17日〜11月25日
リプレイ公開日:2005年11月28日
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●オープニング
「全員回避!」
女性の怒号と同時に風を斬る咆吼が辺りに木霊した。迫り来る真空の刃は、逃げ遅れた者を容赦なく切り刻んでゆく。
「あの忌々しい翼に思いっきり突き刺してやるんだよ! てぇ!!」
女性の号で一斉に矢が放たれる。しかし、それの羽ばたきによって生まれ出た暴風により、その軌道を曲げられてしまう。それは矢の間を悠々と擦り抜けてゆく。
「ネイル、行ったぜ!」
「きゃふ!?」
滞空していたそれは指揮を執っていたハーフエルフの女性に狙いを定めると、4m近い巨体を急降下させ、両足の鉤爪を叩き付けた。ジャイアントの男性の言葉も空しく、ネイルと呼ばれたハーフエルフの女性は、それの鉤爪の洗礼を受け、悲鳴を伴って激しく地面に叩き付けられてしまう。
「ミルコ、援護するのだよ」
「済まないぜカシアス」
ミルコと呼ばれたジャイアントは、地に降り立ったそれの背中へ回り、クレイモアで斬りかかる。彼に合わせるように、カシアスと呼ばれた騎士が闘氣の珠を放った。闘氣の珠の効果の程はそれの表情からは読み取れなかったが、クレイモアをその痩身に食い込ませるには十分な援護だった。
だが、2撃目はまるで背後からの攻撃を読んでいるかのように回避されてしまう。
次の瞬間、それが猛然と羽ばたくと再び暴風が起こり、ミルコとカシアスは吹き飛ばされてしまう。
そしてそれは悠然と飛び去っていったのだった。
後に残ったのは、吹き飛ばされたミルコとカシアス、それに叩き付けられ苦しく呼吸するネイル、そして傷ついた彼らの配下達だった。
それとは、このジ・アースにおいてもっとも古く、そして事実上のジ・アース最強の種族『ドラゴン』。
その中の、両翼を広げれば6mを越える翼を持つ痩身の竜ウィングドラゴンだった。
キャメロットから歩いて3日程離れた場所に、カシアスの治める領地がある。
カシアスは男爵の家督欲しさに親と兄を殺した“親殺し”の異名を持つ騎士だ。また、ネイルはハーフエルフ故に爵位は与えられていないが、カシアスの領地の隣を治める騎士の娘で、『狂化』した時、全身に返り血を浴びるのを至福の喜びとしている事から“ブラッディ”ネイルの異名を持っていた。
カシアスとネイルと数奇な縁で知り合い、今、パーティーを組んでいるのが、ジャイアントのファイター“静かの”ミルコだった。ミルコの二の名は、そのクレバーな戦い振りから付いたものだ。
カシアスの治める領地は山が多く、農耕に適していないが、それでも多くの農民や狩人達が生活していた。
その山の1つにいつの頃からかウィングドラゴンが巣を作り、麓の領民達を喰らうようになったのだ。
ウィングドラゴンは非常に攻撃的な性格で知られている。人間とて餌でしかないのだ。
そこでカシアスはネイルとミルコと手を組み、彼の配下とネイルのハーフエルフ部隊を引き連れてウィングドラゴン退治に乗り出したのだが‥‥。
「カシアスと愉快な仲間達は中破、ネイルの部隊も大破したようなのだよ」
応急手当を受け、ミルコがお姫様抱っこで運んできたネイルに、カシアスは被害状況を報せた。
カシアスの配下――元々は領地を荒らし回っていた盗賊達で、その兵力は騎士小隊1個分の微々たるもの――はほぼ全員が中傷を負い、ネイルの配下――捨てられたハーフエルフを拾って育てている――は重傷者も多く、予想を超える被害だった。
「何それ、笑えないよ」
といいつつも吹き出すネイル。ミルコも釣られて笑った。
「あのウィングドラゴン、俺の背後からの攻撃に反応していたぜ。ただのウィングドラゴンじゃないようだな」
「ああ、俺のオーラショットも抵抗されたのだよ。話に聞くウィングドラゴンより一回り大きいようなのだよ」
一頻り笑った後、ミルコは真顔に戻る。カシアスも戦ってみて感じた事を告げる。
先程戦ったウィングドラゴンは、ウィングドラゴンの中でもレベルが高いようだ。
「残るは俺とミルコだけか‥‥冒険者を雇う他ないようですな」
「‥‥カシアス、変わったね」
腕を組み、どうやってウィングドラゴンを倒そうか思案している彼にネイルがいった。
「あたしの知ってる昔のあんたなら、この状況で冗談なんて言わなかったろうし、冒険者を雇おうなんて思わなかったろうさ」
「別に、お前が沈んでいるなら和ませようと思っただけだし、冒険者の力を認めただけなのだよ。これ以上俺やお前の配下を傷つける訳にはいかないだろう?」
「そういうところが優しくなったって事さ。恋をすると人は変わるものだねぇ」
「恋ってお前‥‥ミルコ、怪我人はさっさと連れて行くのだよ」
「照れるな照れるな」
何を言い出すかと思えば、ネイルの意外な言葉にカシアスは待機させている馬を指差した。ミルコは苦笑しながらネイルを馬へと運んでいく。
「へぇ、お頭が恋をねぇ」「でも最近のお頭、良い意味で優しくなったよな」「俺もそう思う」「昔のお頭なら強引に攫っていたよな」とカシアスの配下達も口々にカシアスの事を囃し立てる。
カシアスが睨みを利かせると、途端に配下達は明後日の方を向いたり、口笛を吹いたりと誤魔化した。ただ、良い意味で変わりつつある君主を歓迎しているのは確かなようだ。
「カシアス、人は出会いで変われるんだぜ」
「分かっているのだよ。俺もお前もあの時、変わったのだろう」
戻ってきたミルコにカシアスは軽く頷いたのだった。
あの時とは、ミルコとカシアスが、キャメロットにあるエールハウスに雇われた“新緑の舞姫”と謳われるエルフの踊り子に求愛し、彼女を巡って争った事だ。その時は冒険者の協力で2人とも新緑の舞姫から身を引き、そればかりかこうしてパーティーを組むようになったのだから、縁とは本当に数奇なものだろう。
「それよりも今はウィングドラゴンをどう退治するかだぜ」
「巣は特定していないが、山間部で戦えば地の利は向こうにあり、得策ではないのだよ。何らかの方法で麓まで誘き寄せるしかないですな」
「手っ取り早いのは餌だな。定期的に降りてきているのを利用できればいいんだが」
“ドラゴンバスター”は“勇者”と並んで冒険者が憧れる、誉れ高き称号の1つだろう。
もちろん、ミルコもカシアスも領民の為に戦っているのであり、それが欲しい訳ではないが、ドラゴンと一戦交え、勝利する難しさを痛感しているのだった。
●リプレイ本文
●破壊の爪痕
「モンスターの中で最強種族と謳われるドラゴン。そうそう会える機会はないから、じっくり見ておきたいけれど‥‥そうも言ってられないわね」
ステラ・デュナミス(eb2099)は目の前に広がる、倒壊した家々、食い荒らされた家畜、所々にテントが張られた光景を見てそう漏らした。全てウィングドラゴンの爪痕である。
依頼主である“親殺し”の二の名を持つ騎士カシアスが指定した待ち合わせ場所は、キャメロットより歩いて3日離れた、彼の領内にある村だった。
逢莉笛鈴那(ea6065)やコルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)、セリア・アストライア(ea0364)にクリオ・スパリュダース(ea5678)にテスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)が愛馬を持っており、ステラ達は分乗して歩いて来るより若干早く到着した。
「ウィングドラゴンはドラゴンの中では小さめのスモール種だけれど、かなりの難敵になりそうね‥‥」
「難敵である以上、気を引き締めて掛からないといけないんですけど‥‥」
「コルセスカさん、心配になる気持ちは分かるけど大丈夫よ! ミルコさんと一緒だし、カシアスさんやネイルさん、セリアさんも一緒で心強いもの!」
ステラの感想を聞いたのか、緊張の色が隠せないコルセスカの肩へ手を置き、鈴那が明るく発破を掛けた。コルセスカも鈴那も、カシアスと“静かの”ミルコの戦友である。2人の実力はよく知っていた。
「冒険者からすれば、“竜殺し(ドラゴンバスター)”の二の名は魅力的でしょう。でも、私はそれに惹かれてここへ来た訳ではありません。剣を振るう者の1人として、この剣で1人でも多くの人を助ける為に来たのです」
「それは、そうですけど‥‥」
セリアの背中には、自分の身長を超えるクレイモアが背負われていた。称号の為ではなく、1人でも多くの人の笑顔の為にこの剣を振るう、それがセリアのここに来た理由だった。
彼女の台詞は、ステラや鈴那には頼もしく聞こえたが、コルセスカは心ここにあらずといった感じだった。
「あ! ミルコさんにカシアスさんだ!」
「!?」
村の復旧作業を手伝うミルコと、その陣頭指揮を執るカシアスの姿を見付けた鈴那が大声で2人に呼び掛けて手を振ると、離れているクリオから見ても分かる程、コルセスカはビクッと身体を震わせた。
「よく来てくれたぜ。ご覧の通り何もない村だが‥‥」
「私、怪我人の手当てをしますね。ミルコさん、案内して下さい」
ミルコの言葉を遮って、そそくさとその場を離れるコルセスカ。その後にカシアスが残っている閃我絶狼(ea3991)達に挨拶をした。
「このような有様ですまないが、この村がウィングドラゴンの出現場所に一番近いのでね」
ちなみに、“ブラッディ”ネイルは、先のウィングドラゴンとの戦いで負傷し、その傷が完治していないので今回の戦いには参加できないと鈴那に話した。
「嫌われたかな?」
「いや、あれはそうじゃないよ。もっとも、私が最もアテにしていない“女の勘”って奴だけどね。それよりも、スモール種でもドラゴンの死体には価値がある。良かれ悪しかれね。見張りをつけておいた方がいいよ」
ばつが悪そうに頭を掻きながらコルセスカの背中を見つめるカシアスへ、クリオはそう助言した。
「カシアスが何かしたのか?」
「え!? えっと、何かされた訳ではなくて、何というか、カシアスさんの顔を見るのが恥ずかしいというか、いや、冒険者なんですからそんな事じゃいけないのは分かってるんです、分かってるんですけど‥‥‥‥やっぱり恥ずかしいんですよね」
ミルコに聞かれ、しどろもどろに応えるコルセスカ。彼女自身、言いたい事が整理できていないようだ。
「何があったかは知らないが、出来る限り普通に接した方がいいぜ。特に今回はドラゴンが相手だから、チームワークがものをいうからな」
「ちょっと無理かもしれませんけど‥‥頑張ります」
カシアスの姿が見えなくなり、ようやく落ち着いたのか深呼吸をするコルセスカだった。
●ウィングドラゴンは倒すしかないのか?
「先ずはウィングドラゴンを誘き寄せないと話になりません。できれば誘き寄せた段階で、ウィングドラゴンに行動の自由を与えないようにする手を打っておきたいですね」
「具体的にはどうするのですかな?」
「場所は開けていつつ、それなりに障害物も有る場所で戦うのがベストです」
早速、村長の家で作戦会議を始めるセリア達。村長の家は倒壊は免れており、使える部屋を提供してもらっていた。
「相手は飛べるからこちらも戦いやすい開けた場所で戦いたいけれど、相手に必要以上に警戒させない為に身を潜めるのと、いざという時の避難所としての建物が欲しいから‥‥両方兼ね備えるとなると、畜舎付きの放牧地かしら? 餌の家畜がいて不自然じゃないし」
「では、この村の郊外をそのまま使うのがいいですな」
「それだと障害物が不足しますね」
「はいはーい! あたし、ストーンのスクロールを持ってるよ♪ 魔力の消費が激しいからあんまり多くは補強できないけど、石化させれば丈夫な障害物になるよ♪」
ステラとセリアの意見を受けて、今まで小難しい話の聞き手に回っていたチカ・ニシムラ(ea1128)が元気よく手を挙げた。畜舎にせよ、藁束にせよ、ストーンで石化すれば壊れにくくなるし、障害物にもなり、一石二鳥だろう。
「作戦は、餌を使った待ち伏せでいいかな?」
「餌は牛とかなら生血があった方がいいかな? 臭いで誘き寄せられるかもしれないし」
「それなら、この村にもやられていない家畜があるから、それを提供させるのだよ」
「念の為、私も強烈な匂いの保存食を撒いておこう」
絶狼が誘き寄せる作戦について切り出すと、鈴那が必要な物を挙げた。村から提供できるとカシアスが応えると、テスタメントがより誘き寄せやすいようにする。
「それと、今までのドラゴンの脅威を考えると、囮以外襲わないよう、他の麓の村では数日、外出控えたり家畜を避難させる通達をお願い出来ないかしら?」
ステラが言うやいなや、カシアスは部下を呼び寄せて近隣の村々へ伝令を出した。
「甘い考えなのかも知れぬが‥‥」
いったん、そこで会話が途切れると、テスタメントが静かに話し始めた。絶狼達の瞳が一斉に彼に向いた。
「最低でも、命を取る事は避けたい‥‥取り敢えず、ウィングドラゴンには二度とここへ来る気を起こさせないようにすればよい、という訳にはいかないか?」
「それは無理だろう。もう1回戦はやっているんだ。今回で俺達が倒さなければ、この村の人達は平穏な暮らしを取り戻せないだろう」
かつてドラゴンと会話した事があるというテスタメントは、ウィングドラゴンを追い払うだけに留めたいと提案するが、絶狼の言うように、それでは二度とウィングドラゴンが現れないという保証はなく、住民に平穏が訪れるとはいえなかった。
「まぁ、おたくの気持ちも分からんでもないけど、今回は“追い払う”のではなくて、“倒す”依頼だ。依頼を受けた以上、全うするのが冒険者じゃないか?」
「ドラゴンと和解するのが理想なのだが‥‥これも大いなる父の試練という事か‥‥」
胸から下げた十字架を思わず握り締めるテスタメント。そんな彼の未練を断ち切るようにクリオが素っ気なくいう。もっとも、彼女は根っからの商人なので、依頼を反故する事は冒険者としての信用を失う事に繋がるという考えだった。
「逆棘付きの槍に縄を繋いだ物を作りたいんだが、できれば丈夫なものを複数。材料を用意してもらえるかな?」
最後にクリオがウィングドラゴンを倒す秘策の準備を告げたのだった。
「‥‥ステラお姉ちゃん、これくらいで足りるのかな? あ、絶狼お兄ちゃん、この辺の藁束はもう石化したから運んじゃって大丈夫だよ〜♪」
チカはステラと絶狼からもらったソルフの実をかじりつつ、ストーンのスクロールを使って牧草をまとめた藁束や建物を石化していく。それをステラが確認し、絶狼やセリアが運んで土嚢よろしく設置してゆく。
「キャメロットから3日の近場でドラゴン退治となると、ギルドに告知されて噂も流れているし、好事家が集まるだろうから、見物料を取れば儲かりそうだけど‥‥」
「‥‥そう、そこが引っ掛かっているのです」
チカ達の作業を見ながら心底残念そうなクリオだが、確かにテスタメントを見送ったカシム・ヴォルフィードは羨ましそうだった。しかし、テスタメントは彼女の指摘した箇所が気になっていた。
ウィングドラゴンはキャメロットから3日のところにわざわざ降りてきているのだ。カシアスの領地は山間で、キャメロットから来にくく、しかも季節は冬で、山にドラゴンの食料になるような動物がいないからかも知れないが‥‥。
「そういえばリデトさんから、ウィングドラゴンについていろいろと教わってきたよ」
鈴那は出掛け際に、モンスター学者のリデト・ユリースから、ウィングドラゴンについてレクチャーを受けていた。それによるとウィングドラゴンの平均体長は3m程で、今回戦うウィングドラゴンはそれより一回りも二回りも大きく、また、多彩な攻撃を仕掛けてくる事から、ウィングドラゴンも個体差がある、といえるという。
●翼竜の逝く時
ミルコ達は何度か襲撃された経験から、今日辺りにウィングドラゴンが餌を求めて麓へ降りてくると踏み、配置についた。
「カ、カシアスさん‥‥ウィングドラゴンと戦う前に、渡しておきたいものがあるのです」
今までカシアスを避けていたコルセスカは、配置直前になって意を決して彼を呼び止めた。
「その‥‥こないだの指輪の、お礼‥‥です。受け取ってくれますよね‥‥?」
自分でも分かるほど顔が火照っており、まともにカシアスの顔を見る事が出来ず、俯いたまま両手で掬うように持った鷹のマント留めを差し出した。
僅かに鎧の擦れる音が聞こえ‥‥そして、コルセスカの手にカシアスの手が触れて‥‥彼女の手は軽くなった。
「ありがとう。これは勝利の女神からのお守りとしてもらうのだよ。これで負ける気がしなくなったのだよ」
カシアスは今着けているマント留めを外し、コルセスカからもらったそれに替えた。
辛うじて視線を上げたコルセスカが見たのは、カシアスの微笑みだった。
「ミルコさん、私ね、一緒の依頼で足手まといじゃなく、ちゃんとした働きが出来るようになったら‥‥ミルコさんに言おうと思ってた事があるんだ。無事ドラゴン退治が出来たら、言えそうな気がする。だからこの依頼が終わったら‥‥聞いてくれる?」
いよいよウィングドラゴンの姿が見え始めると、鈴那は一緒に隠れているミルコにそう告げた。
「鈴那は十分強いし、安心して背中を任せられるぜ? ウィングドラゴンを倒したらゆっくり聞くよ」
ミルコの返事に鈴那は顔を綻ばせると、小指を差し出した。ミルコがきょとんと見ていると、彼の手を取り、小指を絡めた。
「約束ね、ドラゴン退治、頑張ろうね!」
遠くから風に乗ってウィングドラゴンの咆吼が聞こえた。
「あれがウィングドラゴン。初めて見たけど大きい‥‥と、見とれてる場合じゃないよね。暴風は“妹同盟員No.1”のマジカル☆チカにお任せ♪ 風よ止まれ‥‥ウインドレス!」
餌によって誘き寄せられたのか、ウィングドラゴンははっきり視認できる程接近してきた。チカがスクロールを広げて無風空間を作ると、クリオは闘氣を身体に纏わせ、絶狼は水晶の剣を創り出し、鈴那は疾走の術の印を切った。
「初撃で怯ませて戦いの主導権を取る為にも、確実に決めないといけないわね。これが開戦の狼煙よ!!」
獲物を見つけて急降下してきたウィングドラゴンへ向けて、ステラの突き出された掌から吹雪が放たれる‥‥が、それは皮肉にも彼女達を守る無風空間によって威力を半減させられ、更にウィングドラゴンに抵抗され、かすり傷すら負わせる事が出来なかった。
もちろん、ウィングドラゴンの滑空による羽ばたきも、チカ達には届かない。
「陰に生きし邪なるものよ‥‥その身を以て裁きを受けよ」
「空飛んでいたってこれならっ! 雷よっ! ‥‥って、やっぱりあんまり効いてない?」
「‥‥もしかしたら、あのウィングドラゴンは魔法が効きにくいののかも知れないね」
テスタメントのブラックホーリーと、チカのライトニングサンダーボルトが命中するが、やはり抵抗されてしまう。クリオがいうには、時々、魔法を確実に抵抗する力を備えたモンスターがいるというが、このウィングドラゴンもその能力を有しているようだ。
「魔法がダメでも、水も集まれば割と重いわよ?」
ステラは創り出した水をウィングドラゴンの上空から浴びせ掛けるが、元々水を操る速度は徒歩より少し早い程度なので、これも回避されてしまう。
だが、絶狼達はこの時を待っていたのだ。距離を取った魔法攻撃で焦らし、滑空に疲れて地に降りてくるこの時を!
「こいつを野郎に叩き込んでもらえませんかね、お頭」
石の畜舎や積まれた藁束から躍り出て、クリオ特製の逆棘付き槍で突貫するセリアとカシアス。それは鱗にがっちり引っ掛かり、ウィングドラゴンを地面へと縫い付けた。
「縄の端を固定するより、これは柔軟で断ちにくいんだ」
鈴那が素速さを活かしてウィングドラゴンを翻弄し、その間、絶狼が超接近戦の持ち込むと水晶の剣でその鱗を斬り裂く。続けてセリアもクレイモアに持ち替えて、ウィングドラゴンの内懐へと飛び込んでゆく。
だが、敵も然るもの、腐ってもドラゴン。鋭い爪が容赦なく前衛へ襲い掛かる。クリオや絶狼はシールドでも受け損ね、一撃で中傷を負う事もざらだった。更にウィングドラゴンへ接近した者全員はブレスの洗礼を受ける事になり、コルセスカのリカバーだけでは回復が間に合わず、代わる代わる後退してポーションを服用し立ち向かってゆく。
しかし、ドラゴンとて、その体力は無尽蔵ではない。鱗は割れ、翼は傷つき、全身から血を流していた。それでも尚、飛び立とうと翼を懸命に羽ばたかせる。
「父と子と聖霊の御名において‥‥!」
「巣に帰るつもりのようだが、ここで帰す訳にはいかないんだ!」
セリアと絶狼の切っ先がウィングドラゴンに致命傷を負わせたのだった。
――ウィングドラゴンは最期の力を振り絞り、自分が降りてきた山の方へ向かって咆吼した。それは絶叫、魂の叫びといってもいいだろう。
ゆっくりとウィングドラゴンはその場に崩れた。
「‥‥!? まさか‥‥」
テスタメントは目の前のウィングドラゴンとは別のドラゴンの咆吼を聞いたような気がした。