【天使の笑顔】ゴーゴンと分かり合えるか?
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■シリーズシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:10人
サポート参加人数:11人
冒険期間:01月01日〜01月14日
リプレイ公開日:2006年01月13日
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●オープニング
●ゴーゴンの言い分
あなた達は人間だし、あの村の関係者のようだから、こんな事を言っても意味無いかも知れないけど‥‥あの村のある場所は、元々はわたしの棲家だったのよ。
ここは山の中だから人間の住んでいる場所から離れていたし、近くには木の葉が赤くなると酸っぱいけど美味しい赤い実のなる木もたくさん生えていたしね。
だけど、ある日人間がやってきて、ここに住みたいと言ってきたの。何でも、リンゴ、とかいうあの酸っぱいけど美味しい赤い木の実が欲しいって話だったわ。
人間達は強そうではなかったから、わたしの視線で石くれに変えるのは簡単だったけど、数が多かったし、人間と戦う気はないから、あの場所を譲ってあげたわ。
もっと山の奥には、わたしがここに来る前からあった、昔の人間が建てたらしい棲家の跡があるから、そこを新しい棲家にすればよかったしね。
その場所はそう、今、わたしが棲んでいるここよ。廃墟っていうの? 昔の貴族とかいう人間の棲家の跡とかなんとか、村の人間は言っていたけど。ガーゴイルはその名残らしいわ。
そうそう、このガーゴイルは人間にしか反応しないから、わたしは襲われた事はないし、人間が来た事を知らせてくれるから便利だったのよ。
話がずれちゃったけど、わたしが棲家を譲る代わりに、リンゴがなった時にわたしのところへ持ってくる約束をしたわ。この棲家からリンゴの木までは遠いし、人間達が欲しがっているから、そこへ姿を見せるのも悪いと思ったのよ。
しばらくはリンゴを持ってきたんだけど、突然来なくなったの。
そうしたら今度は、あなた達のような格好の人間達がやってきて、ここからも出ていけっていうのよ!? こういう棲家には宝物があるらしいんだけど‥‥わたしはここに棲んでいるけど、宝物なんて無かったわ。それを説明したのに、人間達は信じてくれないし、わたしを倒そうとするから‥‥石くれに変えてやったわ。
1人だけ石くれにならなかった人間がいたから、訳を聞いたら、村の人間がそうしろって言ったって話じゃない。
わたしは約束を守ったのに、人間は約束を破った。だから、強そうな人間のいない時に村を襲ったのよ。
分かったでしょ? わたしは静かに暮らしたいだけなの。今度ここから追い出そうとするのなら、今度は容赦はしないわ。
●シエルの言い分
「‥‥という訳だぜ」
「ミュゼットの村の惨状には、そのような事情があったのですね‥‥」
キャメロットの市民街の外れにある、クレリック、シエル・ウォッチャーの家。こぢんまりとしたリビングは隅々まで小綺麗で、シエルの性格が伺える。
テーブルでくつろぎながらパイプをくわえるエルフの薬師(くすし)フリーデ・ヴェスタが、先のガーゴイル退治の顛末とその後に現れたゴーゴンとの遣り取りをシエルに報告した。ちなみにシエルの家の中は禁煙なので、パイプはくわえているだけだ。
相向かいに座るシエルはハーブティーを一口口にすると、ベッドに横たわるミュゼットに視線を移した。ミュゼットの身体は彼女が毎日のように布で拭いているので綺麗だが、1年以上も人の手の入らないミュゼットの村のミュゼットの母親や本当の姉を始め、石化した女性達は野晒しで苔生し始め、散々たる姿だという。
ミュゼット達を助ける為に必要なコカトリスの瞳は、冒険者達が必死に集めてくれたお陰で、シエルの手元に14個ある。残り6個で村に残されている女性達を全員助けられるのだが‥‥。
「問題はゴーゴンですね。ゴーゴンがいる限り、村を出ていった人が戻ってくる可能性は低いでしょう」
「自業自得なんだがな。セーラ様はこの場合、どちらが悪いと判断を下すんだ? 約束を破った人間か? それとも何もしていないのに悪者のゴーゴンか?」
「茶化さないで下さい!」
温厚なシエルが珍しく怒声を発すると、フリーデは「悪かったよ」と金を溶かして作ったかのような髪をばつが悪そうに掻いた。
「しかし、セーラ様の教えでは、意外かも知れませんが、このゴーゴンは倒すべきモンスターではありません」
シエル自身は村人を擁護する事はできないとフリーデに告げた。
ジーザス教において『契約』といった『約束』はセーラ神への誓約であり、ゴーゴンと村人の間で取り交わした約束を村人が反故した以上、それは涜神行為に当たり、悪いのは村人の方になる。
もっとも、ゴーゴンはジーザス教に帰依している訳ではないし、ジーザス教を普通に信仰している村人は約束にそこまでの効力があるとは知らないので、 村人を拘束するものでもない。
「まぁ、話してみりゃぁゴーゴンは聞き分けのいい、いい娘なんだぜ。特に人間のと争いを自分から避けようとしている辺り、確かに倒すべきモンスターじゃないだろうさ‥‥けど、普通の村人はそうは考えられないだろう」
「ええ、問題はそこです」
フリーデがハーブティーを飲み終わったのに気付いたシエルは、素焼きのコップの縁をなぞるのを止め、お代わりを淹れた。
詰まるところ、ゴーゴンは何も悪い事はしていないが、『隣人がモンスター』という状況に村人の一部が耐えかねて、ゴーゴンを倒そうとしたのが原因だ。ゴーゴンの棲んでいた土地を奪っておいて、何という言い種かも知れないが、こればかりは仕方のない事だろう。
その負い目があるし、自分達が悪いと分かっているからこそ、ミュゼットの村がゴーゴンによって全滅してもゴーゴン退治の依頼が冒険者ギルドに出されなかったのだ。
「しかし、ミュゼットを治すにはあの村を蘇らせる他ありませんし、クレリックとしてもミュゼットの姉や母親、友達たちの惨状を見過ごす訳にはいきません」
「ミュゼットやあの村を蘇らせるのは俺も賛成だぜ。この娘は悪くないしな。まぁ、俺としては、1年以上石化した奴の状態が調べられればそれでいいんだけどな」
コカトリスの瞳を作った薬師としての探求心丸出しのフリーデだが、無報酬で最後まで協力すると暗に言っているので、シエルは微苦笑を浮かべつつ、感謝の意を篭めて頭を下げた。
「村の女性達はコカトリスの瞳で元に戻せるとして、ゴーゴンと村を離れている村人をどうするかですね」
「手っ取り早いのはゴーゴンを倒す事だが、何も悪い事をしていないモンスターを倒して平気かどうかが問題だろうな。ゴーゴンと共存する場合、村人の説得が大変だろうぜ。後は‥‥ゴーゴンにもっと山奥に行ってもらうか、別の土地へ移ってもらうしかねぇが‥‥」
「おそらくゴーゴンはどこへ行っても、人間がいる限り同じ問題に直面するでしょう。でしたら、ここで決着を付けるべきです‥‥冒険者には難しい選択を強いる事になりますが」
フリーデの指折り数える提案に、ここで決着を付けるべきだとシエルは主張した。
「でさ、決着が付いて、ミュゼットの記憶が戻ったら、お前は‥‥」
「ええ、天に還ります。この娘との約束が、私を地上に結び付けている唯一の契約ですから」
「そうか‥‥そうだな‥‥」
シエルの決意に、フリーデは幸せそうな表情を浮かべて石の眠りに就いているミュゼットを見遣ったのだった。
●リプレイ本文
●ゴーゴンが悪い? 人間が悪い?
「コカトリスの瞳はみんなのお陰で集まったぞ!!」
シエル・ウォッチャーの家に駆け込んで早々、ボルジャー・タックワイズ(ea3970)の元気な声が響き渡った。ツウィクセル・ランドクリフ(ea0412)やユーウィン・アグライア(ea5603)、緋芽佐祐李(ea7197)も持ち寄り、その数なんと11個! 先に渡した14個と合わせれば、石化したミュゼットの村の女性達を全員助けられる。
「ゴーゴンの目を見て話せないのは辛いけど、視線を合わせたら話せなくなっちゃうしね。コカトリスの瞳は村人に優先して、もしあたしが石になっちゃっても気にしないでね」
「あなたが石になったら、私は躊躇う事なく使いますよ」
「じゃぁ、石になる訳にはいかないわね」
レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)の言葉に、シエルは大切な友達として毅然と応えた。
「『欲深き者達よ、悔い改めなさい』かぁ。人なんて欲があるからこそ、生きてられるんだけど。でも深すぎるのも問題よね」
「だからこそ、法や掟があるのです。ジーザス教に『約束の定義』があるのでしたら、知らなかったとはいえ、信仰のある村人に約束を破らせる訳にはいきません」
エルドリエル・エヴァンス(ea5892)は、人間ではなく、ゴーゴンの方がジーザス教の教義として正しいというシエルの意見にただただ苦笑する。
忍者の佐祐季は掟の厳しさを嫌という程知っていた。この場にいる全員が彼女と同意見だった。
「でも、怪しいのは遺跡に現れた冒険者ね。村人に頼まれたのは言い逃れかも」
「俺もどうにもそこが引っかかってな、事の真相を調べてみたんだ」
ツウィクセル・ランドクリフ(ea0412)は冒険者ギルドで、シエルとミュゼットが初めて会った日近くの依頼書に一通り目を通してきた。確かにミュゼットの村から、冒険者ギルドへモンスター退治の依頼があった。しかし、それはリンゴの木に巣くうサンダーバードの退治だった。
「僕とボルジャーくん、イフェリアくんが退治したサンダーバードかな?」
アルヴィス・スヴィバル(ea2804)がイフェリア・アイランズ(ea2890)達とリンゴ狩りに行った時の事を思い出した。
「少なくともミュゼットの村に本物の冒険者が行ったのは確かだ。そしてギルドへ生還し、依頼が失敗した事を報告した冒険者は1人‥‥」
「つまり、ゴーゴンは嘘を言ってないって事ね。でも物事は一方からではなく、多方面から見るべきだわ」
ツウィクセルの言葉をユーウィンが受け継いだ。
「ミュゼットさんの病を治すには、お母様やお姉様達村人を蘇らせるだけではなく、元の村での生活が必要でしょうか?」
「それは‥‥何とも言えません。本当の母や姉が1年以上も石化していた事を知れば相当のショックを受けますが、今のミュゼットは軽い記憶の混乱を起こしていますので、大切なのは『本当の母や姉』でしょう」
シエルの答えを聞き、胸を撫で下ろす佐祐季。彼女はレヴィやユーウィン達と村を移転させようと考えている。
「村人達総てを助ける、これがシエル君と私達との『契約』だもの。真実を明かし、誤解は解き、それぞれにより良い結末を見つけてみせるわ」
「‥‥では、そろそろ行きましょうか‥‥イフェリアさんがこっそり追跡しているとはいえ、ゴーゴンさんを説得するのに厄介な人が先行していますからね‥‥」
ユーウィンがそう纏めると、イェーガー・ラタイン(ea6382)がミュゼットの村の方向を遠い目で見つめた。
「セーラ神のクソみたいな教えなんぞ知るかァー!」
さて、イェーガーに“厄介な人”と呼称されたヴァラス・ロフキシモ(ea2538)は、シエルの家に寄る事なく、ゴーゴンの棲む廃墟を目指していた。
「何でも戦って解決してたら、ゴブリンとかと何1つ変わらんやんか!」
イフェリアは怒り半分、呆れ半分の感想を漏らしながら、悪態を付く彼をこっそり尾行していた。
●説得
ツウィクセルとユーウィン、佐祐季とエルドリエル、そしてシエルは、ミュゼットの村の生き残りの男達が移住した村へ着いた。
「俺の癖みたいなものだ。可能性を消していった先に、村人がゴーゴン退治を希望したという事実があるのなら、その時は仕方ないが、それまでは信じてみるのも悪くないもんさ」
ツウィクセルはミュゼットの村の男性達ではなく、付き合いのある者からリンゴがゴーゴンの元へ届かなくなった理由等を訊ねて回った。しかし、この村に元々住む者達も移住してきた男達からは「村がゴーゴンに全滅させられた」としか聞いていないという。
ユーウィンと佐祐季、エルドリエルとシエルは、村長と面会する事が出来た。
「あたし達は石化された女性達を全員救う事ができるわ。でも、女性達を救ったとしても、今のままでは村を救ったとは言えないの」
「ゴーゴンは自分は悪くない、悪いのは約束を破ったあなた達だと言っていたわ。まぁ、あなた達がいない時に村が襲われたのは、偶々その時だったみたいだけどね」
「女性達が石化した真相をお話しして下さいませんか」
ユーウィンとエルドリエル、佐祐季の言葉に背中を押され、長老は重い口を開いた。
サンダーバード退治を出したのは確かに村長だったが、その後、ゴーゴン退治へ依頼を切り替えたのもまた事実だという。
いくらゴーゴンが好戦的ではないとはいえ、一般人からすればモンスターに過ぎない。話し合いでも棲家から追い出した以上、何時寝首を掻かれるか、何時平和な暮らしが脅かされるか‥‥その不安が積もり積もって、村長はゴーゴン退治を決めた。
だが、実際にはゴーゴン退治へ向かった冒険者は1人しか生還せず、しかも「契約違反だ」と依頼を破棄し、その後、村ごと移住しようと男性達が受け入れ先を探して近隣の村々へ出掛けている時にゴーゴンによって村が全滅してしまったのである。
「なんて事を‥‥セーラ様がお怒りになるのも当然です」
「ええ‥‥ですからそれ以来、ゴーゴンには触れていません」
全てを話し終えた村長は、長年の胸の支えが取れたかのように爽やかな表情を浮かべていた。シエルが怒りを露わにすると、それを甘んじて受けるだけの心の余裕も生まれていた。
「村長さんを始め、村人は元の村に戻りたいでしょうか? 私としてはこのままこの移転した村で距離を置き、新たな生活を考えてみた方がいいと思うのです」
「村の将来をあたし達が勝手に決める事はできないし、女性達の石像をこの村に移した後石化を解除をして、村人達の全員で前の村を建て直してゴーゴンを隣人として暮らすか、この移転した場所でゴーゴンと距離を開けて新たな生活を始めるのか、決めるのはどう?」
シエルが説法としてジーザス教における約束の定義について話した後、佐祐季とユーウィンがそう提案した。
「ただ、村長なら分かると思うけど、話し合いで棲家を明け渡したように、あのゴーゴン、話せば分かる娘なのよ。今まで通りに約束を守っていけば、彼女は他から来る敵から村を守ってくれるはずよ。本当なら彼女も一緒にリンゴを収穫して生活したいけど、皆が恐れるから遠慮してるだけよ? だから約束を交わしたんでしょ? ‥‥リンゴの木はこの土地の恵みだわ。貴方達のした事は『守り神』に唾をかけたのと同じ。天罰だわ。まぁ、それは理解していると思うけど‥‥これからは彼女を敬って一緒に生活するといいんじゃない? きっと良い事があると思うわ。世の中、持ちつ持たれつよ☆」
一般人が恐れるように、ゴーゴンがいるという事は、他のモンスターもおいそれと襲って来れないだろう。
佐祐季の約束の定義とエルドリエルの『守り神』という言葉を聞いた村長は、ゴーゴンとの共存を選んだのだった。
●白黒はっきり
「この前はよくもやってくれたよなァ〜。この俺はなめた真似をされるのが一番ムカつくんだよーッ」
廃墟に響き渡るヴァラスの怒声。既に目隠しをしており、臨戦態勢だった。
「待って。性懲りもなくまた来たようね。いいわ、相手してあげる」
「ふざけんなァ――! その蛇腹をかっさばいて内臓をバラバラにィ――、ブチまけてくれるぜ――ッ」
イフェリアが植物を操って止めようとスクロールを広げようとすると、廃墟からゴーゴンが出てきた。その物言いに激怒したヴァラスは廃墟の壁を背にし、短刀で斬りかかる。しかし、目が見えないというハンデは、両手で攻撃しているにも関わらず、4回に1回当たればいい方だった。しかも、ゴーゴンは4連続で攻撃し、回避に特化したヴァラスとはいえ、両手で攻撃した後は否応にも動きが鈍り、鋭い爪で切り裂かれ、蛇の尾で吹き飛ばされた。
「卑怯者がァ――! 目が見えりゃァてめぇなんか、速攻でなますにしてやるのによォ」
「薬で回復している人が卑怯なんて言えるの?」
手探りでポーションを服用するも、その間、ゴーゴンはわざわざ待ってくれる始末。
ヴァラスは切り札として懐に忍ばせておいた銅鏡を突き出した。これでゴーゴンは自身の視線で石化する――はずだったが、銅鏡は手から弾かれ、続いて尾による4連続攻撃が彼の身体を容赦なく殴打した。
ポーションは尽き、他の装備品を壊され、銅鏡も失ったヴァラスに勝機はなかった。
「そこまでだよヴァラスくん‥‥キミの負けだよ」
「この‥‥ビチグソどもがァ。たかだか村人数人の犠牲で事が済むってのによォオオオッ!!」
追いついたアルヴィスは瀕死のヴァラスを回復するつもりはなく、問答無用で氷塊へと封じ込めてしまった。
「うちのヴァラスくんが悪い事をしたね。これはお詫びだよ」
「これは?」
「‥‥シードルという、あなたの好きなリンゴのお酒です」
アルヴィスは何事もなかったかのように、佐祐季から預かってきたシードルをイェーガーと共にゴーゴンに差し出したのだった。
「アルヴィスとイェーガーが、ゴーゴンと酒盛りしているのには驚いたわよ」
翌日に追いついたレヴィも、ちゃっかりイフェリア達の酒宴に混ざっていた。
「誤解もすれ違いも、異種族と共に在ろうとする私達に、神が与えてくれた試練(チャンス)。それを克服できた時、きっと祝福を得る事ができるってこういう事なのね」
「シエルの妹さんもリンゴが好きだったぞ。リンゴを採りに行った時はサンダーバードが棲み着いていて大変だったぞ」
ボルジャーはサンダーバードと戦った時の様子を、身振り手振りを交えてゴーゴンに聞かせていた。
「リネアさん、おいらは妹さんを助けたいんだ。リンゴは収穫したら持ってくるよ、だから!!」
リネアとは、ケルト神話に登場する虹の妖精だ。ボルジャーは名前がないというゴーゴンに、ミュゼットの大好きな虹の妖精の名前を贈ったのである。
更に翌日、ツウィクセル達も合流し、リネアへミュゼットの村の村長から正式な謝罪と、新たな約束が取り交わされた。
ただ1つ、リネアが約束に付け加えた事があった。
――リンゴの他にシードルも欲しい、と。
●再会と別れ
ミュゼットの村の男達は、ユーウィン達が持ってきた荷車に石化した妻や娘を載せ、村まで運んだ。エルドリエルが見立てたところ、越冬の準備が何もない今の村では、冬を越すのはほぼ不可能だからだ。
「俺以外に掃除がそれなり出来る奴いたっけ‥‥?」
ツウィクセルの最初の仕事は、フリーデ・ヴェスタと一緒に苔生した女性達の石像を洗う事だった。洗われた女性達はエルドリエル達が手分けしてコカトリスの瞳を使って元に戻していった。
身体が破損している女性達は、生身に戻ると同時にシエルがクローニングで応急処置を施した。
女性達が全員元に戻ると家族との再会を喜んだ。そして事情を話し、口裏を合わせた後、ミュゼットを蘇らせた。
「ごほ! ごほごほごほ!」
「ミュゼット、迎えに来たわよ」
「‥‥お姉ちゃん! お母さん!!」
ミュゼットの記憶は「キャメロットに預けられていた」という設定になっているので、母の台詞をすんなり信じた。
あれほど咳き込んでいたのに、母や本当の姉と再会した途端、収まっていた。
「やっぱり、エンジェルだったのね」
シエルが背中に純白の翼を湛えていても、エルドリエル達は驚く事はなかった。
「‥‥ミュゼットさんにとって、貴方は最早家族であり、貴方なしでは彼女の幸せもないでしょう」
「一年の溝は大きくて、生きていた者と石だった者もギスギスするでしょう。だからシエル君にお願いを。このままこの村に留まって、また誤った方向に進まないか見続けてほしい。君はミュゼット君の『もう一人の姉』なんだから、って」
イェーガーが、ユーウィンが引き留める。
「シエル‥‥本当にセーラ様の御許へ行っちゃうの? できるならセーラ様の代わりに、この村やゴーゴンの事、見守っていて欲しい‥‥」
「シエルさん、村人の信仰をより深める為、ミュゼットさんの為、地上に残る訳にはいきませんか?」
「シエルはんが村の教会を取り仕切ったらええやん! そしたらミュゼットはんと一緒におれるし、ジーザス教の布教もできるで!」
レヴィが、佐祐季が、イフェリアが引き留める。
「おいらはゴーゴンの棲家の近くに小屋を建てて、うっかり人が来ないように詰め所代わりにするつもりだぞ。シエルさんがパラだったら、おいら、一緒に暮らそうってプロポーズしたのにな!!」
「エンジェルにプロポーズしたパラなんて前代未聞だよ。さぁ、どうするシエルくん?」
「‥‥分かりました‥‥皆さんの仰る通り、もう少しこの村に留まります」
ボルジャーの思いがけない台詞にアルヴィスが囃し立てると、シエルは頬を赤く染めて頷いたのだった。
シエルからお礼に天使の羽のひとひらが渡された。また、コカトリスの瞳集めに奔走したボルジャーには彼女が持っていた魔法のレイピアが、ユーウィンと佐祐季には彼女が愛用していたウィンプルが渡された。
村では夜通しで酒宴が開かれていた。ボルジャーがシエルと踊りながらへたっぴぃな歌を熱唱すると、村人達から笑いの渦が起こり、ユーウィンが口直しに遙か遠くの故郷モンゴルの歌を美声で紡ぐと、イフェリアが負けじとダーツを使った軽業を披露した。レヴィとエルドリエルはこれでもかという程酒を酌み交わし、佐祐季は女性達と給仕をしていた。イェーガーは心配なのか、ヴァラスを封じた氷が溶けないよう見張り番である。
「挨拶も無しに行くのかよ?」
手紙とトンガリ帽子を贈物としてミュゼットの家の前に置いたアルヴィスは、そのまま立ち去るつもりだったが、パイプを吹かすフリーデに見つかってしまった。
「ミュゼットくんの笑顔が見れればそれでいいんだ。あんまりに勝手すぎるけど、もう彼女は大丈夫だろうし、元々風の向くまま気の向くままの旅だったしね。何時か何処かでまた。それではね」
彼女は特に引き留める事はせず、アルヴィスもフリーデなら無粋な事はせず黙っていると確信し、篝火に照らされたミュゼットの笑顔を心に刻んで、1人、旅立ってゆくのだった。