【小さくて幸せな箱庭4】

■シリーズシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月10日〜08月20日

リプレイ公開日:2005年08月18日

●オープニング


『見せたいものがたくさんある。楽しいことばかりではないが‥‥外の世界も悪くないよ』
 固く固く閉ざされていた箱庭の門が開け放たれる。
 眩しい希望の光が差し込んでくる、が。
「見えぬ‥‥。わらわには何も見えぬぞ!!」
 目を眩ませてしまう光は、闇の同義。
 見知らぬ世界への希望と不安が、光り輝く闇の中に熔けて渾然としていた。
「‥‥わらわは‥‥どうしたらよいのじゃ?」
 磐座比売命こと座笆は途方にくれる。
 門の外から差し込む光。その光の中には心を許した友達が待っているのに、その先を見ることができない。
「わらわには‥‥何も見えぬのじゃ!」
 座笆は自分の声で目を覚ました。
「‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」
 夢見の悪さに寝汗をぐっしょりとかいている。
「‥‥座笆様、いかがなされました?」
 松風局がそっと寄ってきて声をかける。
「夢を見た‥‥それだけじゃ」
「‥‥。今、代えのお召し物をお持ちいたします」
 松風局は座笆が汗だくであるのを見て、そう言った。夢の内容は問わないし、意見を言うこともない。すでに言うべきことは言ってあるからだ。
「お恐れながら、わたくしは座笆様を家族のように思わせていただいております」
 なにがあろうとも座笆の為につくす、と。
「‥‥頼む」
 松風局はいつでも味方である。だが、決断は自分で下さねばならない。

「座笆様、藤四郎様がお見えになりました。お召しかえの後、お通ししてもよろしいでしょうか?」
 松風局が取り次ぎをする。
「藤四郎殿が? また、何か話をしにきたのじゃろうか?」
 ここ最近、藤四郎が座笆の元を頻繁に訪ねている。
「姫巫女様におかれましては、ご機嫌麗しゅう‥‥」
 そんな型通りの挨拶をそこそこに済ませると、他愛のない雑談に興じるのである。
「‥‥そういうわけで、その間の抜けた男は自分のついた嘘が原因でお縄となったのです」
「ふふふ、そうか。おかしなものじゃな」
「‥‥では、今日はそろそろ失礼いたします。また何かありましたら、参上いたします」
 そんな具合であった。藤四郎も冒険者達の影響によって、何か心境の変化があったのであろう。
 座笆を取り巻く諸々は複雑に変動し、ますます座笆の想いを揺り動かしているのである。



 姫巫女の友人である冒険者達のもとに、比企藤内友宗から届いた手紙の内容は、『磐座比売命の誘拐』を依頼するものであった。
「お前達が姫巫女を自由な世界へと解き放つことを望んでいるのは知っている。ならば、その望みを叶えるのを手助けしよう。俺は勝手にその状況を利用させてもらう。悪い条件ではないはずだ」
 受け取った冒険者はそんな藤内の声が聞こえてくるような思いであった。
 藤内が冒険者に依頼したのは、姫巫女誘拐の実行部隊である。社から姫巫女を脱出させ、追っ手を振り切ったうえで、藤内の指定した場所まで連れてくることである。
 その先は藤内が当面の潜伏場所、それ以降の生活へ向けての支援を一手に引き受けるというのである。
「姫巫女を脱出させるについては手段は問わない。必ず追っ手を振り払った上で、社の南にある鋳物師の集落に連れてきてくれ」
 社のある丘陵地帯の南側を越辺川という川が流れている。それを渡った先にある金井という鋳物師の集落である。ここは既に隣の領主の土地である。集落と言っても、鋳物師は行商人の一種であって漂泊を常とする人々であり、ここはそのターミナルというべきところである。当然、人の出入りも頻繁であり、それによって追っ手をくらます意図があるのだろう。
「藤内様は話の通じるお方でありますが、自分の利というものを無条件で譲るお方ではありません」
 実際に藤内に面会した冒険者の人物評である。
 藤内の誘いに乗るか、否か。



「なんということだ‥‥!」
 京都へ出陣した父・比企左衛門透宗からの手紙を受け取った、その嫡子・藤四郎能和は衝撃の事実に目を疑った。
「伯父上は‥‥すでに姉上を見捨てているというのか?」
 京都で藤四郎の、そして座笆の母の実家と左衛門の間にいざこざが発生したのである。
 混血種である座笆を引き取る手間賃として、正八位左衛門大志の官職に任命されたはずであったものが、相手方はそれを知らぬ存ぜぬというのである。このまま、交渉が決裂すれば、姫巫女の持つ現実的な効能の一つが失われるということになる。それはすなわち、相手方が座笆を切り捨てたということに他ならない。
『姫巫女の処遇については、藤四郎に一任する。お前はわしと違い、姫巫女の数少ない血縁だ。この判断はお前の領主としての器量を測るものになるだろう』
 手紙の中で左衛門はそのような趣旨のことを藤四郎に伝えている。
 比企家の内における座笆の運命は藤四郎の手に握られたのである。
「藤四郎様、ご報告したいことが」
 家臣の一人が藤四郎に報告にあがる。
「なに? 兄上が姫巫女を‥‥?」
「まずは例の冒険者達に連絡を取っているようですが、すでに別口の冒険者も手配している模様です」
 藤内の内偵を進めている者からの報告である。
「社の警護の人数を増やせ。警護につけば、京都で逃亡した足軽どもを免罪にすると触れを出せ」
 藤四郎は家臣に指示を出す。
「逆に姫巫女を手中において、我等に干渉するつもりか? いや、それでは奪還される危険がある。その危険を冒さずに、その効能のみをえるとすれば‥‥」
 藤四郎もまた、決断を迫られていたのである。

●今回の参加者

 ea3811 サーガイン・サウンドブレード(30歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7246 マリス・エストレリータ(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1098 所所楽 石榴(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1670 セフィール・ファグリミル(28歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb1821 天馬 巧哉(32歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 比企氏の居城・松山城は姫巫女の社よりも、やや北に位置する。
 冒険者の一行は比企藤四郎と話をするべく、この城へ姿を現した。
「なんだ、あれは? 穴だらけだ」
 レイナス・フォルスティン(ea9885)は城に隣接する岩肌が穴だらけであるのを見つけて、声を出した。
「城の防備の一つかもしれないけど、見たことのないものだね」
 兵法に些かの心得がある黒崎流(eb0833)がレイナスに答える。
「今は座笆様のことが先決です、よもや、このお城を攻めるわけではありませんし」
 セフィール・ファグリミル(eb1670)が雑談に止めにはいる。
「ん、そうだな」
 レイナスはそれで意識を穴から切り離した。別段、穴に深く興味があったわけでもない。たまたま、目についただけの話である。
「何者か!」
 大手門へやってきた時、門番達が冒険者達を誰何する。
「江戸からやってきた陰陽師の天馬巧哉、侍の黒崎流、以下六名の冒険者だ。藤四郎殿にお目通り願いたい」
 天馬巧哉(eb1821)が門番に伝える。陰陽師や侍などの肩書きはそれこそピンキリであるが、何もないよりはよいという程度には効果はあるだろう。
「そのような話は聞いていない。引き取られよ」
「確かに事前に連絡はとっていない。至急の用事であればこそ、こうしてやってきたんだ。藤四郎殿にとっても悪い話ではないはずだ。とにかく、取り次いでもらえないか?」
 流がそのように言う。
「‥‥わかった。聞くだけは聞いてこよう。期待するんじゃないぞ」
 門番はそう言って奥へ下がっていった。

 しばし後。
 城内の一室に通された冒険者達が藤四郎と面会していた。
「それで何用があって来たのだ?」
 藤四郎がわかりきっているであろうことを問いかける。
「あなたの兄君の藤内様が座笆様を狙っておられます」
 セフィールが単刀直入に言う。
「やはり、その話か。兄上がお前達に接触していたという話はすでに掴んでいる」
「ああ、こんな手紙が送られてきた」
 巧哉が袂から手紙を取り出して、藤四郎に差し出した。
「‥‥‥‥それで? お前達は何がしたいのだ?」
 藤四郎は手紙にざっと目を通すと、再び問いかけた。
「どうか、俺達に姫巫女の力になる機会を」
 巧哉が言った。
「この手紙の内容を読む限りでは、お前達もまた姫巫女を社の外に出すことを望んでいるようだが?」
「‥‥俺達が姫巫女‥‥座笆さんに伝えたかった自由な世界はこんな私欲に塗れた事で叶えるものじゃない。この理由だけでは信用していただけませんか?」
 飛鳥祐之心(ea4492)が答える。冷静に見えて、その瞳には熱い想いを宿している。
「自分は彼女を家督争いの駒にしたくは無い。藤四郎殿にとってもそれは同じでしょう」
 流は言う。
「状況は良くも悪くも以前と大きく変わった。既に箱庭は彼女を縛る檻としての機能しか果たして居ないのでは」
 既に内外に噂は立ち、実際に手出しをしようとするものまで現れている。
「すでに箱庭が姫巫女を包み隠せていない証左だ」
「結局、本音は姫巫女を外の世界に解き放つことなのだな」
 熱く語る流を見て、藤四郎はそう断じた。
「兄上の誘いを断って、しかし尚も姫巫女の解放は望んでいる。お前達に具体的な姫巫女解放の手立てがあるのなら、聞こう」
 藤四郎は話し合いに応じる姿勢を見せた。
「恐れながら、座笆様には一度死んでいただくというのはいかがでしょうか? すべてのしがらみを断ち切り自由な身に。ただ、座笆様が望まれるなら‥‥ですが」
 セフィールが提案する。
「あるいは今回の襲撃を理由に姫巫女を神隠しと称して、行方を晦ますとか。姫巫女は神聖な存在、それを疑う風潮は十分にもっともらしい」
 巧哉も同じように自分の案を示す。
「死を偽装するとして、その舞台はどうする?」
「事故や今回の襲撃に巻き込まれたなど。あるいは姫巫女が偽物であったとして藤四郎様自らが討伐に出る‥‥そういったことなどが考えられますが」
 セフィールの案について質疑応答がされる。
「神隠しの案にも聞きたいことだが、姫巫女をその後、どこに匿う?」
 藤四郎の質疑は続く。
「江戸はどうだろう? あそこであれば、冒険者も多く、‥‥‥であっても庇ってくれる人間は多いはずだ」
 流が答える。声を潜めた部分で何を言ったのかは、事情を知る者には言うまでもないことだ。
「それは先の話だ。いきなり江戸に姿を現しては兄上の目を誤魔化しきれまい」
「藤四郎様だけが知っている秘密の場所のようなものは‥‥」
「そうそう、都合のいいものは転がっていない」
 祐之心が言ったが、藤四郎は否定した。
「遺体の損傷が酷く、すぐに荼毘に付したと行って、遺髪や遺骨、これは偽物になりますけれど、そういったものを提示することで諦めさせることはできませんでしょうか?」
「もういい。お前達の提案は興味深いものであったが、姫巫女を避難させた先で敵に奪われるわけにはいかん。その辺りの具体性のない提案ではのることはできん」
 それが冒険者達の提案に対する藤四郎の答えであった。
「死を偽装するにせよ、神隠しにせよ、それを信じ込ませなくてはならない相手は兄上だ。少なくとも、手が届かない、と思わせるところまでいかなくては、無防備な姫巫女が兄上に利用されるのは避けられぬ」
「‥‥それは」
「兄上はお前達の思惑を知っている。ならば、明確な証拠なき姫巫女の死を信じることはないだろう。姫巫女の意思を尊重するのはよいが、それに気をとられて決断が下した時の為の準備が十分でなかったな」
 藤四郎はそう言うと立ち上がった。
「社の警備に参加したくば、好きにするがいい。ただし、社の外延部に限らせてもらう」
「藤四郎殿!」
 流が藤四郎に食い下がる。
「お前達の想い、見せてもらった。失敗はあったにせよ、姉上をここまで想ってくれたこと、かたじけない。おかげで私にも姉上を守り抜く覚悟が出来た」
 藤四郎は背を向けたまま、表情を見せることはなかった。が、その言葉には真摯なる想いがこもっているように思われた。



「子猫ちゃん、これ以上私に付いて来ても無駄です。皆に私の裏切りを伝えた方が懸命ですよ」
 サーガイン・サウンドブレード(ea3811)は、後ろからついてくる所所楽石榴(eb1098)に向かって言った。尾行というには堂々としすぎている。自称「忍んでないくのいち」ということだが。
「僕はサーガインさんのこと、信じてるよ。友達だし‥‥」
「まったく‥‥」
 仕方がないので、サーガインはまた歩き出す。目指しているのは藤内の屋敷である。藤内は嫡子ではないとはいえ、左衛門の長男であり、一門衆にして重臣である。比企家が松山城を居城とする前の屋敷を任されている。
「信じてるからね〜!!」
 藤内の屋敷へ入っていくサーガインを、石榴は大きな声で叫びながら見送った。そんな石榴の様子にサーガインは苦笑する。
 たまたま様子を見ていた藤内にしても、そうである。
「あれで忍びのものなのか?」
「それはさておき、かの冒険者達は皆、あの調子ですので、来たのは私だけです。他の方が来るはずがない」
 藤内もサーガインも石榴の行動に油断しきっていた。
(「うむ、潜入成功だの」)
 その二人のいる部屋の天井裏にまんまと忍びこんだマリス・エストレリータ(ea7246)がいた。
 マリスの潜入は「忍んでないくのいち」の真骨頂であろうか。忍者である石榴が堂々と姿を晒すことで、マリスを人の心理の影に忍ばせたのである。いわゆる「驚忍」に近いものであろうか。忍ばないこともまた、忍ぶことの一部なのである。
「‥‥それで、私は藤内様を利用させてもらうつもりでやってまいりましたが、藤内様は私をどのようにお使いになれますので?」
 サーガインは藤内から話を聞きだしにかかった。マリスもまた、その一部始終を聞いていたが、潜入が功を奏して、より踏み込んだ情報を掴むことになる。



「サーガインさんからこっそり渡されたんだけど、何で書いてあるか読めなくて‥‥」
 韋駄天の草履を使って、社の警備についている仲間達のもとへ駆けつけた石榴は見知らぬ言葉で書かれた手紙を仲間達に見せた。
「これはラテン語ですね。‥‥藤内様から聞き出した情報が書き記されているようです」
 手紙を見たセフィールが言う。クレリックの基本的な教養としてラテン語を修得しているのはお互いに周知のことであった。
「やはり、ここに来るのか?」
 レイナスがセフィールに問う。
「はい、そのようです。冒険者達には囚われのハーフエルフを助けると説明しているようです」
 セフィールが手紙の詳しい内容を仲間に詳しく伝えていると、社の中から松風局がやってくる。
「皆様に差し入れをするように、と座笆様からでございます」
 松風局が運んできたのは、暖かい食事であった。
「こんなこと程度しか、出来ず‥‥申し訳ありません」
 松風局は頭を下げた。
「いや、自分達こそ‥‥姫巫女の役に立てなかった」
 流は悔しさに唇を噛み締める。その悔しさは居合わせた冒険者達全員に共通する想いだったことだろう。



「みんな、たいへんだー! サウンドブレード様が一人で行ってしもうたー!」
 事態の急変を告げたのは、マリスであった。
「私はのう、サウンドブレード様が離れた後も藤内様の様子を探っておったのじゃ」
 藤内には別の思惑もあったのである。
 そこでマリスが聞いた話を、別口の冒険者達と社に向かっていたサーガインに伝えたのだと言う。そして‥‥。

 自身も社の様子を見る為に、藤四郎は松山城を発ち、都幾川の辺りまでやってきていた。社に兵を割いていること、城の守備兵力も減らせないことから供回りの数は極端に少ない。
 だが、都幾川を渡る橋の真ん中に立ちはだかる者がいた。
「お待ちしておりました、藤四郎様」
 橋の上で待ち構えていたのはサーガインである。
「貴方では座笆様の未来を導けないでしょう。姉弟を守る事も決断できない貴方には。それならば私が‥‥!!」
 サーガインの全身から白い毛が生えだし、地についた両手が前脚に、口がせり上がって牙が並ぶ。
 サーガインはその姿を狼に変えたのである。
「兄上に誑かされた冒険者か?」
 藤四郎は馬上で刀を抜き放つ。その時、藤四郎の視界の端、都幾川の対岸に蠢くものが見えた。冒険者ではない。もっと品のない山賊の類であると見受けられた。
「ガアアアウウッッ!!」
 狼の姿をしたサーガインは藤四郎に飛びかかる。だが、藤四郎は一撃でこれを斬り飛ばし、サーガインは川の流れの中に没した。
「藤四郎様、引き上げて背後関係を吐かせましょう!」
「構うな。手加減はしなかった。生きてはおるまい」
 家臣の提案に藤四郎はそう答えた。
 だが、真実は違う。藤四郎は手加減していたのである。傷は深いだろうが、致命傷になっていないはずである。川に落としたのは家臣達に確認させない為だ。そうでもしなければ、主家の嫡子を狙ったサーガインを家臣達は許しはしなかったであろう。
(「警告は受け取った。こうしておけば、家臣達もお前を追求はすまい」)
 藤四郎にとっての差し迫った危機は対岸の山賊達である。それもサーガインの警告によって、手の打ち様があった。
「それよりも対岸を見よ!」
 藤四郎が刀で指し示した。

「くそ! こっちに気づかれたぞ!」
「あの橋の上のヤツさえいなけりゃ」
 対岸に隠れていた山賊達は藤四郎の一行に気づかれたことに歯噛みしていた。不意打ちでなければ、襲撃の成功率は大きく下がるのである。
「ヤツを討ちとりゃあ、金百両って噂‥‥」
「偉い奴らのゴタゴタだ。まんざら嘘でもねえさ!」
 その噂を広めたのは藤内である。マリスはその話を聞きだしたのである。
「いいか、ここでやめられるか! やる‥‥ぞ‥‥」
 言いかけた山賊が昏倒する。
「させないよ、そんなこと」
 石榴が鉄扇を手に立っていた。
「なんだぁ!? てめえは!」
「扇舞の所所楽石榴。一指し舞ってみせようか? 嫌だと言っても、舞ってみせるけれどね」
 流れるような扇舞を披露しはじめる石榴。
「わけわかんねえことを!!」
 山賊の数人が石榴に斬りかかるが、流れる水のような舞の動きは変芸自在で山賊達の腕では捉えるることができない。
「姫巫女を狙うのが陽動で、藤四郎が本命だったか。むん!」
 レイナスが山賊を斬り倒す。石榴が時間を稼いでいる間に他の冒険者達も追いついたのである。
「俺は今、座笆さんのことで機嫌が悪い。だが、お前達如きに相州政宗を使う価値がないことを幸運に思え」
 祐之心はそう言って山賊を殴り飛ばす。素手と言っても、力自慢の祐之心の拳である。鼻はひしゃげ、前歯はこぼれ落ちる威力であった。
 山賊達が制圧されるまでに、そう時間はかかりはしなかった。
「これならば、先日の連中のほうが手ごたえがあったな」
 レイナスは剣を収めながら倒した山賊達を見下ろした。



 結局、この一件で藤内をあぶりだすことは出来なかった。
「私は確かにこの耳で聞いたのだがのう」
 藤四郎襲撃の実行犯である山賊達は噂を聞きつけて襲撃を仕掛けたに過ぎず、藤内と結びつけるものはマリスの証言のみである。それだけでは藤内を討伐する理由としては弱すぎた。藤内の比企家の中における力はそこまで弱くはないのである。
「俺達に届いた手紙を使うことはできないか?」
 巧哉の提案も受け入れられることはなかった。
「これを公開しても、いたずらに姉上を政争に巻き込むだけだ。姉上を守ると決めた以上は、それは望むところではない」
 比企家の家督争いは今しばらく決着のつくものではないだろう。
 冒険者達には、ただ藤四郎の決意を見守っていくことしか出来ない。
「くれぐれも自分達の存在をお忘れなきように。自分達は常に姫巫女の為に働きます故」
 流の言葉は警告であり、同時に協力の申し出でもあった。


 そして箱庭は、今日も一人のハーフエルフの小さな幸せを守り続けている。