【小さくて幸せな箱庭3】神威の勇士達
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■シリーズシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 6 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月04日〜07月14日
リプレイ公開日:2005年07月11日
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●オープニング
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「いたっ!」
「あらあら、またでございますか?」
指先をくわえて、痛みに涙を浮かべている座笆の様子を、松風局は微笑ましそうに見ている。
「こんな調子では、あの者らに贈り物をするなど難しいのう」
座笆の手元には布と針があったが、何を作ろうとしていたのかは、ボロボロの布切れからははかり知ることは出来ない。血痕さえ、転々と見てとることができる有り様であった。
「歌を作るよりも簡単と思うたが、どうして難しいものじゃ」
松風局がしている縫い物の様子などから、やってみれば自分にも簡単にできるだろうと、高をくくっていた座笆。だが、実際に針と糸を手にとってみると、手は思うように動いてくれない。
仲良くなった冒険者達の為に自分自身の手で何かをしたいと思い立ったものの、傅かれるのが当たり前であった座笆に出来ることはないに等しかった。
「座笆様、お食事の用意が整いました」
侍女の一人がやってきて、その旨を告げる。座笆がうなずくと、数人が侍女達が膳を運んでくる。
侍女達が要領よく仕事をこなすのは、本来褒めるべきことなのであろう。が、今の侍女達には何か焦りのようなものが感じられる。仕事の手際がよいのは、一刻も早くこの場を立ち去りたいから‥‥そんな雰囲気である。
「‥‥何じゃろうな? しばらく前から何かが違う気がするのじゃ」
それ以前はもう少し和やかさがあったはずである。それがそうではなくなった。座笆もそのことは敏感に感じ取っていた。が、何に変わったのか? 外界を知らない座笆はそれを知らない。
「‥‥き、きっとこの梅雨空に憂鬱な気分になっているだけでございましょう」
松風局はそう言って誤魔化した。松風局は知っている。ここ最近、座笆にとって不利になる噂が領内に蔓延していることを。社に仕える者達でさえ、その噂によって座笆を恐れ、意欲を阻喪しつつあった。
「そうか? ならば、無理をせず、休息をとるように伝えるがよい。わらわとて子どもではない。少々の身の回りのことくらい自分でできるのじゃ」
「うふふ、そうでございますね。そのお手元の腕前であらせますれば」
松風局が示した手元のボロ布に、座笆は顔を真っ赤にした。
●
比企左衛門の嫡子・比企藤四郎能和は京都に出陣した父の留守を預かっていた。
それが突如、江戸城への出頭を命じられ、戸惑いを隠すことは出来なかった。それも源徳臣下の独立領主達の訴訟や調停を司る問注所からの呼び出しである。
『父の留守にこのようなこと。私の領主としての器量が試される‥‥か』
江戸城の一室で藤四郎が正装で控えていると、問注所の役人が部屋に入ってきた。
「此度の呼び出しは、そなたの兄、比企藤内殿の訴えによるものである」
「兄上の?」
比企藤内友宗。左衛門の長子であったが、都の貴族を母に持つ弟の藤四郎に嫡子の地位を奪われた男である。
「藤内殿の訴えによると、左衛門、藤四郎親子は領内にて不吉な混血種を祀る社を建て、源徳家に災いをもたらす呪法を行っている、とある。これに対して申し開きはあるか?」
問注所の役人が手元の資料を参照しながら、藤四郎を見る。
『一連の噂の出所は兄上であったか。どこで聞いたかは知らぬが、姫巫女の素性を暴きたて、母を同じくする私を追い落とそうという魂胆か』
藤四郎は即座に状況を理解した。
「滅相もなき事。そのような事実はございませぬ」
「磐座比売命、なる巫女を祀る社があることは調べがついておる。これはいかに説明する?」
「磐座比売命様をもって、混血種とすることは畏れ多きことにございます。かの姫巫女様は我が母が宮中に出仕しておりました折、神が夜毎に通いて身篭りし子にございます。いわば、神の御子でございます」
異種族婚は禁忌であるが、異類婚、すなわち神や霊威を持った動物との婚姻は必ずしも禁忌ではない。当代随一の陰陽師・安倍晴明が「狐の子」であると噂されるのも、その一例であろう。
藤四郎はあくまでも磐座比売命は「異類婚」によって生まれた子である、と押し通すつもりでいる。
「ならば、それをどのように証明されるか?」
問注所の役人が問い詰める。
「姫巫女様の霊威を実際に示してごらんにいれましょう」
藤四郎は自信ありげに答える。実際はどうあれ、この場面で弱気を見せられなかった。
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「冒険者を集めろ」
江戸での宿泊場所に戻ると、藤四郎は家臣にそう命じた。
「盗賊の討伐を命じられた。それも少数での、な」
姫巫女の霊威の加護を受けた少数の人間だけで、盗賊を討伐すること。これが藤四郎に課せられた試練であった。
「敵は畠山領内に出没した盗賊の一団だ」
畠山氏に限らず、京都出陣で全体的に手薄になっていることは否めない。が、それでも畠山氏程の武名を持つ武士の領地で暴れた‥‥という事実は盗賊が箔をつけるには十分な話である。
「半巨人の鉄太、と呼ばれている賊であるそうだ」
「‥‥半巨人? 巨人族との混血種など、そんな馬鹿な話‥‥」
西洋風に言えば、ハーフ・ジャイアントとなろう。実際にそのような混血種が生まれるはずがないのは常識であるが、そのように呼ばれる盗賊がいる。ジャイアントの如き大兵怪力に、残忍で陰気な性質が、『ジャイアントとの混血』という悪名を得るまでに至ったのであろう。
「今回の件にはうってつけの相手というわけだ。なんとも洒落が効いている」
藤四郎は苦笑いする。
「姫巫女に神憑りさせ、神の霊威を討伐隊に付与する。姫巫女の霊威が本物であれば、討伐は成功するはず‥‥という筋書きだ」
その討伐隊を冒険者に任せるのは、家中の主だった者は京都に出陣しているからでもあるし、また姫巫女が混血種であるという噂に怯えている者が少なくないからである。
「だが、姫巫女について冒険者に頼るのも、これを最後にせねばな。あの小さな箱庭のような社が、姉が幸せになれる唯一の場所だ。箱庭は外からの力に脆い。もう一度、硬く硬く閉ざさねばならん」
●リプレイ本文
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比企藤内を前にして、しかしサーガイン・サウンドブレード(ea3811)は言おうと思っていた言葉を言えずにいた。
(私にはお金が必要なのです。このお方に取り入れば、より多くの報酬を望めるはずなのに‥‥なのになんです、この感情は‥‥!!)
サーガインの心中は逡巡と戸惑いで混沌としている。自慢の話術も自身の主張が焦点をあわせられなければ、役に立たない。
「何をしにきて、何に迷っているのか‥‥まあ、想像はつくな。姫巫女のことだろう?」
先に藤内が声をかける。
「御意。ご慧眼恐れ入ります」
「俺自身は姫巫女がどうなろうと構わん。欲しいのは比企家の家督だ」
臆面もなく藤内は言って見せる。
「だが、お前達が姫巫女をどうこうしようというのなら、俺にも一枚噛ませてくれ。協力も惜しみはしない」
サーガインは訝しげに藤内を見る。
「俺が一枚噛むことで、姫巫女は俺の手札になる」
「‥‥‥それは」
「心配するな。俺は姫巫女をどうこうすることが目的ではない、と言った」
藤内はひらひらと手を振ってサーガインの危惧を否定する。
「あるいは俺からお前達に働きかけることもあるかもしれん。‥‥こんな回りくどいことをせずとも、お前が姫巫女の正体を暴きたて、騒ぎ立ててくれるならば、この場で報酬を支払ってやってもよいのだがな?」
藤内が薄く笑みを浮かべる。
だが、サーガインは首を横に振った。
「‥‥バカですよ、私も」
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「儀式の準備には今少し時間がかかります。座笆様とお話なさるのでしたら、今のうちです」
松風局はそう言って冒険者達を導きいれる。
「どうやら、自分が座笆殿の立場を悪くしてしまったようだ。申し訳ない」
最初に口を開き、そして謝罪したのは黒崎流(eb0833)である。
「いえ、そのことはわたくしも不注意でした。黒崎様だけの責ではありません」
責任を感じている流に松風局はそう言って慰める。
「俺達は姫巫女に真実を伝えようと思う。後でゴタゴタの中で知るよりも、俺達からはなさなきゃな」
天馬巧哉(eb1821)はそう伝える。真実を伝えることについて、意見はほぼ全員一致している。若干の異論反論もあったものの、真実を打ち明けるという意見が多勢であり、強い反対もないままであったからだ。
「それでね、僕達は姫巫女の望むようにしたい。姫巫女が望み、決断したことなら、叶えられるように手伝うよ」
所所楽石榴(eb1098)も言い添えると、松風局は深々と頭を下げた。
「座笆様はまことによき友を得ることができました」
その感動に松風局はそっと涙を拭った。
座笆の前で冒険者達は自分達の知りえる限りの話をした。
「ただ、これは推測でしかない。たまたま座笆さんがその種族に似ているだけで、本当に神の子かもしれない。いや、そうであると証明する為に俺達は全力で戦ってくる」
琢哉が最後に言い添えた。半分では希望的観測、というより自己欺瞞と言える内容ではあったが。
「‥‥」
突然のことにただ呆然としている座笆。
「突然なことで驚かれていると思います。けれど‥‥」
セフィール・ファグリミル(eb1670)が呆然自失の座笆を気遣う。
「‥‥‥‥それで‥‥おぬし達はわららをどう思っておるのじゃ?」
座笆は一同を見回した。落ち着いているように見えるが、その瞳の奥が不安に震えていた。
「わたくし達は皆、あなたのことが大好きですよ」
セフィールは座笆を優しく抱きとめた。
「‥‥そうなのか?」
セフィールに抱き締められながら、座笆がもう一度一同を見る。
皆、同意を示すように微笑を浮かべていた。
「‥‥ならばよい」
座笆は抱き締め返し、セフィールの温もりを受け止めるようにして、そう言った。
「座笆様?」
座笆の言葉にセフィールはなんだろうかと、その様子を見る。
「わらわは‥‥なにより、おぬし達に嫌われるのが怖かった」
「お、俺はいま、今まで、座笆さんと、話をす、するたびにこんな調子、だったけど‥‥女性全般が苦手なだけで‥‥その‥‥」
飛鳥祐之心(ea4492)がやはりどもりながら言う。
「座笆さんのこと、好きだから‥‥怖がってるとか、そういうんじゃなくて‥‥さ」
「その言葉、うれしいぞ。‥‥急な話で、わらわがこれからどうすべきか、わらわにはわからぬ。しかも、わらわには何の力もない」
座笆は手元にボロ布を引き出すと、それを皆に見せる。
「ほれ、この通りじゃ。‥‥もし、わらわがいかな道を選ぼうとも、わらわ一人ではどうにもならぬ」
座笆は冒険者達を見た。
「手伝ってくれるか?」
「この飼われ狼、『座笆様の為であれば、例え火の中水の中』と言ったはずです」
「何かあれば、座笆さんを助けたいって気持ちはみんな同じです」
サーガイン、祐之心が力強く答えた。
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「大人しく金目の物を引き渡せば、体は無事で帰してやろう」
商人に扮した冒険者達が泊まった小さな宿の前に、大きな体の男が立ちはだかる。半巨人の鉄太である。
「ここは武勇で聞こえた畠山の領地。俺様はそれと知って、ここを根城にしている。この意味、わかるだろう?」
胸を張り、勝ち誇った表情の鉄太。だが、貴重な品を取り扱う商人がここの小さな宿場に泊まっているという情報を流して鉄太を誘き寄せる、という冒険者の意図を思えば、鉄太の余裕の表情も滑稽であろう。
ちなみに商人の長に扮した拓哉が珍品や貴重品を大量に所持しているのは事実である。
「あなた方に渡す荷など、何ひとつありません」
商隊と呼ぶには小さすぎるが、拓哉の同行者であるステラ・シアフィールド(ea9191)はきっぱりと言い放つ。
「ご主人、私などが宿泊した為に、このようなご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。なにとぞ、ご容赦のほどを。この場は私達が責任をもっておさめさせていただきます」
鉄太達への毅然たる態度に引き比べ、宿の主人への対応は腰の低いものである。それが鉄太達の神経を逆撫でする。
「てめえ‥‥」
鉄太が苛立ちを口にした時、流がすっと前に出た。
「自分が相手になろう」
「用心棒か。なるほど、そこの姉ちゃんの余裕はてめえがいるからか。だがな‥‥」
鉄太が手を振ると、二人の部下が進み出る。
「半端に腕に自身のあるヤツってのはな、乱戦には酷く脆いだろう?」
一人は日本刀を、一人は小太刀を構えて間合いを詰めてくる。
「どりゃあぁっ!」
「おおっ!」
それぞれの一撃目は難なく受け流す。侮れはしないが、流のほうが実力は上であった。
だが、すぐさま繰り出された二撃目はすべて防ぐには体のスピードが追いつかない。殺傷力の高い日本刀は受け流したが、続く小太刀の二連撃に鮮血が舞った。
「くっ‥‥こっちの特性を見抜いて、適切に部下を振り向ける。なかなかやるもんだ」
痛みに顔を歪ませながらも、流は相手を評する余裕を見せる。
「ふてぶてしい口をきく。まだ、痛い目に会いたいのか?」
「いや‥‥こっちだってそう無策じゃあない」
「そういうことだ」
物陰からレイナス・フォルスティン(ea9885)と石榴が現れて、盗賊の先鋒二人を取り囲む。やや後方にセフィールも姿を見せる。
「これで形勢逆転だね。って言っても、ここはレイナスさんだけで足りるかな?」
そういうと石榴は怪我をしている流を気遣うようにして一歩下がる。
「強敵は我が身を鍛えるのに絶好の相手だ。まして、犯罪者ならば容赦いらない。生き死にのギリギリだ」
レイナスが両手持ちで剣を構える。
「なめんなぁっ!」
日本刀と小太刀の二人がレイナスに斬りかかる。それをレイナスは上半身を捻って避ける。僅かに革鎧を掠めたが、次の瞬間、水に差す光の如き剣閃が煌めいた。
「うぐぅっ!」
日本刀の男が呻きをあげるのを横目に、レイナスは小太刀の男にも一撃を繰り出す。
(見切った!)
小太刀の男はレイナスの攻撃を受け流そうとする。だが、小太刀とロングソードがぶつかり合う刹那、レイナスは剣を止めてもう一度振り上げた。
「はあっ!」
気合とともに再び振り下ろされる剣。タイミングをそらされた小太刀の男にはどうにもできない。浅いが的確に男に手傷を負わせる。
「さあ、こい。この程度で終わられては鍛錬にはならん」
レイナスが言った。
「黒崎様、今のうちに傷の手当てを」
セフィールが流のもとに近寄る
「ちっ! 最初から俺達を狙ってきた冒険者だったか! 野郎どもっ! あの後ろの女二人と商人のふりをした男を囲め! 妙な真似をさせるな!」
鉄太は下っ端の部下をセフィール、ステラ、拓哉に向けてけしかける。
「後ろのみんなに手は出させないよ。僕の舞に付き合ってもらおうか」
その下っ端達の前に立ち塞がったのは石榴である。
「くぉのお!」
下っ端達が石榴に襲い掛かるが、まるで舞を舞うように華麗に攻撃をかわしていく石榴。攻撃をかわす事さえ、舞の一部。そう言えるかもしれない。舞の中に時折、鋭い動きが加わり、石榴の手刀が下っ端の得物を叩き落す。本来は鉄扇を使う動作であった。
「黒崎様、終わりました」
流の体を白く優しい光が流を包み込むと、小太刀で受けた傷は綺麗に消え去っていた。セフィールのリカバーである。
「よしっ! セフィール殿は下がっていてくれ」
流は石榴に加勢すべく進み出た。
「最初の男を潰せ! そっちの長髪の男は俺がやる!」
鉄太が指示を出し、朱槍でレイナスに打ちかかろうとした時である。
「待ちやがれっ!」
鉄太に背後から声をかける者がいた。
「てめぇらのくっだらねぇ欲の為だけに、罪も無ぇ領民を苦しめたツケ‥‥キッチリ払って貰うぜぇっ!!」
「新手か!」
鉄太がふり向いた先には祐之心が片手で野太刀を突きつけている姿があった。片手で野太刀を扱える膂力は並大抵のものではない。
「半分こっちに戻れっ! こいつを取り囲むぞ!」
祐之心を手強しと見た鉄太は部下を呼び戻そうとする。
だが、鉄太と部下の間を横切るように黒い帯状の重力波が大地を抉り取るように走った。
「‥‥させません」
ステラのグラビティーキャノンである。ある誓約により、人間種を傷つけることが出来ないステラは人のいないところに向けて放ったものである。が、牽制としては十分すぎるものである。
なにより、抉り取られた地面というビジュアルは、侵し難い境界線の具現であった。
「グルルグルァアアアッ!!」
躊躇する下っ端達に向けて、狼が躍りかかる。サーガインの変身した姿である。西洋の狼の姿であるのは、ジャパンの狼に関する知識がなかったからである。
流と石榴も下っ端を次々と打ち倒していく。
日本刀と小太刀の二人は、レイナス一人を相手にようやく伯仲の戦いである。
「どうやら、一対一だな。当主の留守にこそこそしてる間男みたいな盗賊に負けるつもりはないぜ?」
仲間達の奮戦を見て、祐之心が鉄太に言う。
「甘く見てると後悔するぞ。伊達に半巨人と呼ばれているわけじゃねえ」
鉄太は静かな声で凄む。怒鳴りちらされるよりも迫力がある。
鉄太は武者鎧に鉢金を巻き、朱槍を手にした重装備である。
一方の祐之心は野太刀に、盾代わりの軍配、たすきに、三度笠だけで、鎧を身につけていない軽装である。
「どりゃああぁっ!」
鉄太が両手で握った朱槍で全力で振り下ろす。軍配で力のベクトルを自分が逸らすが片手だけでは手に残る痺れが強烈である。
(幾ら怪力自慢であろうが!)
あれだけの重装で身軽に動けるはずがない。反撃の野太刀が奔る。
「‥‥くっ!」
だが、手応えは非常に堅いものを打った感触である。鉄太は急所を外して自らの体で攻撃を受け止めたのである。
「それならっ!」
今度は野太刀の重さを乗せた大振りの一撃を加える。問答無用の力で捻じ伏せる心積もりである。だが、今度は朱槍に受け流される。
両者が膠着する。先手を取っても、互いに決定打が繰り出せない状態であった。
「座笆さんの為にも‥‥この仕事はやり遂げるっ!」
祐之心は三度笠を跳ね上げながら、野太刀を振り上げて間合いを詰める。
「戦いの最中に女の名前かぁっ!」
鉄太の顔に嘲りが浮かんだ。
野太刀と朱槍が交錯する。
互いに継ぎ手を出すのに時間がかかる‥‥と、考えていたのは鉄太だけであった。三度笠に紛れて軍配も投げ捨てていた祐之心は、はるかに身軽になっていた。両手持ちに切り替えて挙動も速い。
「あの世の果てまで‥‥ぶっ飛びやがれーーっ!!」
遠心力も利用した横薙ぎの一撃が鉄太を斬り捨てた。
●
「姫巫女に会えないってのはどういうことだよ?」
拓哉が藤四郎に食って掛かる。
「儀式も終り、依頼も済んだ。これ以上、何があるというのだ?」
藤四郎はにべもない。
「人の事情に縛られて三十年か? 長過ぎる、そう思わないかい?」
流が藤四郎に言う。
「この社以外に姉が安住できる地があるのであるならば‥‥な。松風局はよく尽くしてくれている。少なくとも姉は孤独ではない」
藤四郎は藤四郎の考えで姫巫女を想っていることは、冒険者達にも伝わってきた。
「‥‥‥♪」
ステラが静かに歌い始めた。その歌声は徐々に大きくなり、姫巫女に聞こえよとばかりに力強いものになっていく。
「箱庭は誰かの為の物ではなく、作った自分の為の物でしかない事を忘れないで下さい‥‥」
祐之心が言った時、その頬を打つものがあった。
「‥‥雨‥‥」
セフィールがそれと気づいた時には、雨は勢いを増し、社の輪郭をぼんやりと暈してしまうのであった。