【秩父動乱1】娘と継母

■シリーズシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 74 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月31日〜09月08日

リプレイ公開日:2005年09月05日

●オープニング

●娘と継母
「父上っ!」
 馬を飛ばして帰りついた故郷は、中村千代丸を香の香りで迎えた。
「‥‥父上、なぜ、死んだ!? 私はまだ、名を成してはおらぬ! こんなに早く死におって、たわけ者が!」
 すでに物言わぬ父の骸に無念の言葉を叩きつける千代丸。
「ほっほっほ、残念であったのう。殿がこれほど早く亡くなられるとはわたくしも思いもよらなんだな」
 そこに現れたのは、一人の女性である。甲高い笑い声が勘に触る。
「私が先日、帰省した折、こうなるほどに容態は悪化していなかったはずだ!!」
「人の命とはわからぬものじゃ。しかし、江戸で冒険者として名をあげ、中村の家を継ごうというそなたの目論見もここまでじゃな。これで中村の家の当主は我が子、助千代のものじゃ。のう? 千代丸殿。ほほほほ」
「高子‥‥‥‥おぬしの仕業かぁ!!」
 その勘に触る笑い声に、まっすぐな反応を示す千代丸。佩刀を引き抜くと高子、継母に向かって斬りかかる。
「ひぃっ!?」
 煌めく白刃に後ずさりした高子は足をもつれさせて、その場に倒れこむ。それが高子の命を救った。千代丸の一撃は空を切る。
「ち、千代丸殿のご乱心じゃ! 者ども、出会え!」
 高子が声をあげると、部屋の中に完全武装した兵士達が乗り込んでくる。そう完全な戦支度であった。事前に周到に準備されていたのであろう。千代丸は罠に嵌ったのである。
「おのれぇっ!! 貴様ら!!」
 千代丸が吼え、兵士達に斬りかかる。
「これも中村家安泰の為! 御免!」
 応戦する兵士達。千代丸の腕前は兵士達よりも上であるものの、頑強な鎧に阻まれて千代丸の攻撃は有効打を与え切れず、次々に繰り出される槍を千代丸は受けきることが、避けきることができない。
「たわけ者どもが‥‥主家の私に歯向かいおって‥‥」
 ついには兵士達の槍の石突に散々に打ちのめされて、畳に膝をついた。だが、千代丸は闘志を失う事無く、兵士達を睨みすえている。
「‥‥我らは助千代君を主君にと思い定めましてございます」
 兵士達の表情は険しい。彼らなりに葛藤も迷いもあったのであろう。
「そなたは我が子を快く思わぬ者どもが徒党を組むのに、よき旗頭となる厄介者じゃ。しばらく、屋敷の中でゆっくりしてもらおうか? なに、そのうち、よき縁談を見つけてやろう、ほほほほほ」
 高子がそういうと、兵士達は千代丸を座敷牢へと連行するのであった。
「‥‥高子っ! ‥‥おぬしを必ずや、八つ裂きにしれくれる!」
 連行されながら、千代丸が咆哮する。
「おお、恐ろしいや。あれで本当に女子かえ? まるで狼じゃ」
 高子は怖気を奮うのであった。


●中村家の事情
 源徳家臣・中村氏は丹党と呼ばれる武士団の嫡流で、領主としての規模は平凡ながら、その勢力は秩父地方全体に及ぶ。
 この地域に広く根を張った一族の末流、その血縁関係による連帯によって形作られている。
 この中村の家の家督争いが生じたのは今から二年前のことである。
 死んだ当主は、長らく子どもに恵まれず、ようやく生まれた子は女子であった。これが千代丸である。
 死んだ当主はその後も男子に恵まれず、仕方無しに千代丸と嫡子と定め、領主となるに相応しい教育を施した。千代丸の母親が死んだことも無関係ではない。
 だが、その後、再婚した高子との間に助千代という男子が誕生するに至って、家督問題は大きく揺れ動くことになる。
 すでに嫡子として育てられてきた千代丸と、幼少ながら男子である助千代。この両者の回りに人が集まり、それぞれの派閥が出来上がった。
 そんな勢力争いの中で、「女子である」という絶対的に不利な条件を覆すべく、千代丸が冒険者ギルドに冒険者の登録したのはついこの間のことである。去年の夏の百鬼夜行であるとか、月道の探索であるとか、京都での黄泉人との大戦であるとか、冒険者の活躍は多方面へ渡り、その中で名声を勝ち得た者も少なくない。また正月の新年会のように冒険者のもとに源徳家康が姿を見せたなどの話もあり、次期秩父領主としての自分をアピールするには非常に好都合であったはずなのである。
 だが、それから数ヶ月と経たないうちに、今回の事態を迎えてしまった。千代丸のまったく予期していなかったシナリオを用意したのは、本当に天命か? あるいは高子の謀略か?


●千代丸の想い
「‥‥そういえば、あの者等にまた一言言ってくるのを忘れたの」
 座敷牢の中、一人でぼんやりとしている千代丸は江戸で友人となった冒険者達の顔を思い出していた。一度きりだけ受けた依頼に同行した仲間、酒場で賑やかに談笑した友人達。
 突然のことで、彼らに一声かける間もなく、秩父に帰ってきた。
「また、あそこに顔を出せるものかの‥‥」
 中村家の家督など助千代にくれてやって、仲間や友人達とともに自由気ままな冒険者暮らし‥‥、そんな未来が一瞬脳裏をよぎる。
「‥‥たわけっ! 私こそが中村の当主になる者だ! そうでなくば、私の今までの努力はどうなる!」
 千代丸の「私こそは秩父領主」という自負は非常に強いものであった。そのように育てられてきたのだ、女子であるが故に途中で挫けぬようにと。


●救出依頼
 謀略によって囚われた千代丸の救出の依頼は、千代丸派の家臣の手によって冒険者ギルドに持ち込まれた。
「我々は味方となる武将達を終結させ、軍勢での攻撃を仕掛ける。その前に少数精鋭の冒険者の手によって、千代丸君を救出していただきたい」
 軍勢を終結させれば、敵の目はそちらに引き付けられる。隙ができるのであれば、救出は不可能ではない。
 ただ軍勢といっても小規模である。秩父郡内の諸領主の多くは状況を静観している。丹党内実力二番手の岩田氏の当主が京都へ出陣したまま、帰還が遅れていることも影響している。
「出発はすぐにでも。可能な限り急いでくれ。千代丸君の身が心配だ」
 千代丸派の家臣は気を揉むようにしてそう言った。

●今回の参加者

 ea0563 久遠院 雪夜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea2724 嵯峨野 夕紀(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3096 夜十字 琴(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3811 サーガイン・サウンドブレード(30歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8191 天風 誠志郎(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9191 ステラ・シアフィールド(27歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)
 eb2719 南天 陣(63歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

雪切 刀也(ea6228

●リプレイ本文

●友集う
「まったく、あのアホスケが‥‥」
 風斬乱(ea7394)が舌打ちをする。
「乱さま、それでは名前が原型を留めておりません」
 冷静すぎるツッコミを入れたのは嵯峨野夕紀(ea2724)である。
「千代スケは千代スケだ。それがアホウならアホスケだろう。‥‥まったく、俺達はそんなに頼りないかな?」
 乱の悪態は千代丸に対する想いの強さの裏返し。
「兄上とねーさまの分まで琴が代わりに頑張ります。代わりに大切な人を守って欲しいって言われたのです」
「友達の友達は僕にも友達かな? おねぇさんから是非にと頼まれてるからね。事情があって本人がこれないの、泣いて悔しがってたし‥‥その想いに答えないと」
 夜十字琴(ea3096)と久遠院雪夜(ea0563)は、事情があって依頼を受けられなかった千代丸の友人の想いを託されてきた。
 彼女達だけではない。依頼を受けた半数以上の冒険者は依頼などで千代丸と面識のある者である。彼らが真剣に千代丸のことを心配している様子を見れば、
「皆に愛されているのだな。助ける価値はありそうだ」
と、レイナス・フォルスティン(ea9885)が言った様に、千代丸と直接の縁がない者達も自然と依頼に対する想いを強くする。
「ところでさ、僕らは冒険者の誇りにかけて無事に千代丸さんを助けるよ。でも、その後の展望はある? 枕並べて討ち死に‥‥なんて考えだったら‥‥」
 雪夜が千代丸の家臣に問い質す。
「そこまで無策ではない。千代丸君を助け出せれば、今は傍観している丹党内の諸将を動かせる」
 家臣はそのように答えた。
「戦(いくさ)になるのでしょうか?」
 多くの人が死ぬことを想像して、琴が涙ぐむのであった。


●北辰の梟
「‥‥‥御家騒動か、何処の家にも似たようなことはあるものだ」
 自身も侍の端くれである浦部椿(ea2011)は含み笑いをもらした。オーラや身分の継承権という問題を考えれば、多かれ少なかれ問題は生じることは多いのである。
 椿は自前の武者鎧に中村家の旗指物を借り、駿馬を飛ばしていた。
 もうしばらくすれば、日が昇り始めるであろう時間である。
「斥候を装い、前日の夕刻から忍び込むことはできないだろうか?」
 それが当初の椿の案であったが、
「失礼だが、お手前では無理と存ずる」
 答えた家臣の視線の先は椿の白い髪であった。黒髪黒目でない人間は外国人も含めて、冒険者の中では然程に珍しいものではない。だが、そういう者達が集中的に集まっているということもある。だが、ジャパン全体としては稀少な存在である。冒険者の中ならばともかく、普通の人間に紛れ込むというのは難しいものがある。
「前日は無理でも、陽動の始まりを告げる事はできないだろうか?」
 そのやり取りを腕組みをして聞いていた南天陣(eb2719)は、考え込んだ末に椿の案に修正案を出した。
 そして、夜明け前のこの時間に中村氏居館にやってきた。
「伝令っ! 羊山の敵が動きだした! 敵がくるぞぉ!!」
 鎧で体型を、兜で髪を、面頬で人相を隠した椿が中村家居館の大手門に向かって声をあげた。
「本当かっ!?」
「おい、見ろ!」
 椿の声に矢倉の上の兵士が、館周辺の平地を見下ろす丘陵にいくつもの松明が動き出しているのを認めた。
「敵襲だぁっ!!」
 俄かに屋敷の中が騒々しくなる。その喧騒に紛れて椿は屋敷に潜入する。
 本当は千代丸の居場所などを事前に探りたかったのであるが、今はとにかく搦手門から味方を引き入れることを優先するべき時である。隠密の心得のない椿であるが、喧騒と鎧で人相を隠すことで何とか搦手門へと近づいていく。だが、屋敷の中にも鋭い目を持つ者はいた。
「おい! 貴様、どこの者だ? 兜を脱いで名を名乗れ!」
 そう声をかけられた椿の背中に冷たい汗が流れた時である。
「梟だ! 大梟が襲ってきたぁっ」
 大手門の側から声があがった。
 大手門側ではやや小柄なジャイアントオウルに変身したサーガイン・サウンドブレード(ea3811)が矢倉の上の兵士達を襲い始めたところであった。
(『フフフ、動揺してますね。まさか見張りの方も上から来るとは思わなかったでしょう』)
 矢倉に接近しては兵に爪をひっかけ、刃を向けられれば飛び去り、矢を射掛けられたなら高く高く飛び上がるのである。
(『しかし、何か妙ですね。慌てている様子が何かこう‥‥』)
 違和感がある。自分の襲撃が功を奏しただけにしては、兵士達の慌てふためきようが激しいように思われた。
「ほ、北辰の梟が俺達をおそってくるのか?」
(『? しかし、今は目的を果たしませんと』)
 後で知ることであるが、中村氏居館から程近い秩父神社の社殿、その北面に『北辰の梟』と呼ばれる彫り物があり、梟は瑞鳥とされているのである。その瑞鳥が敵の行動開始とともに現れ、自分達を攻撃している。混乱に拍車をかけた物はそれであった。
 サーガインは矢倉の兵士を追い散らすと、矢倉に降り立ち、梯子を引き上げてホーリーフィールドを張り、その占拠に成功した。


●搦手門より
 冒険者達の救出隊の本体は搦手門の近くに潜み、行動の開始を待っていた。
「大手門側が騒がしくなっているようです」
 耳を澄ましていたステラ・シアフィールド(ea9191)が遠い喧騒を聞き取る。
「ということは概ねうまく行っているようだが‥‥」
 天風誠志郎(ea8191)はそう言ったが、できればもう少し確実を期したいというのが本心であった。
「いや、こちらにも動きがあったようだな」
 陣が囁く。見れば、搦手門より鎧武者と二人の兵が出てくるところであった。
「あの鎧はおそらく浦部殿だ。‥‥合図を出してきたな」
 目をこらした誠志郎がそう判断する。
 すでに時刻は茜色の空に山の稜線がくっきりと浮かび上がる時間帯である。ほの暗く、ほの明るい中で人相は無理であるが、行動を開始する前に確認した椿の甲冑姿と照らし合わせることはできた。そして、さり気ない仕草の中に合図を織り込んでいた。
「よし、行こう」
 誠志郎と雪夜が密やかに忍びよっていく。
 雪夜はともかく、誠志郎の忍び足は素人に毛の生えた程度である。その分だけ強い緊張感を要求される。
「‥‥ふぅ‥‥」
 滴る汗をそっと拭う誠志郎。気づかれても拙いが、もたついていては椿が敵を引き付けているのにも限界がある。誠志郎は意を決するとさっと飛び出して兵士に肉薄する。
「むん!」
 低く小さく気をいれると、刀の峰で兵士を痛打する。兵士がどっと倒れる。
 すぐさま、雪夜も続くが、タイミングがずれて完全な不意打ちにはならない。雪夜の攻撃を避けると遁走にかかろうとする。
「逃しません!」
 夕貴が立ち上がって手裏剣を投げ打つ。
「あぐっ!」
 手裏剣が兵士の背に突き刺さり、脚を止めたところへ雪夜がもう一撃を加え気絶させた。


●大手門側
 大手門側では千代丸派の家臣達による攻撃が行われていた。
 その中にレイナスの姿もあった。
「さあ、始めるとするか」
 サーガインに矢倉を占領されていた助千代派の兵達は門を開けて、それを迎え撃ってきた。その先頭にいた兵士に組み打つレイナス。高いレベルで攻守のバランスに優れたその技量に、組み打った兵士はなす術もなく倒れた。
「レイナス・フォルスティン。俺が相手をしよう」
 レイナスは両派の兵士達の間に立ち、そう宣言した。この行動で千代丸派の兵士達は動けなくなる。この武人の名誉に対して無粋な真似はできないからだ。
 一方の助千代派の兵士達も動くことが出来ない。一対一ではレイナスの技量に対抗しがたいが、集団で押し包むなどすれば、卑怯の謗りを受けるであろう。通常の合戦であれば、それも戦術であるが、今は周囲の目が厳しい時である。
 こうして、両者の動きを止めたレイナス。少しでも流血を減らしたいという心配りであった。思い起こすのはステラの言葉。
「これは私個人が思うことですが、誰も死なないで下さいこれは無理な願いかもしれません。でも救出された中村様が彼方様方の死に心を悼めるはずですから、願うなら生きてもう一度中村様とお会いしてください」
 その言葉がレイナスをこの行動に動かしたのである。


●救出
「千代スケ、こんなところで一人寂しくお泊り会か?」
 乱が中村千代丸(ez1042)の無事な姿を見て、ニヤリと笑った。
「!!‥‥‥たわけ‥‥‥。‥‥ここは私の屋敷だ」
 思いもよらなかった人物がやってきたことに、千代丸は驚きを隠し切れなかった。牢に囚われている間、何度も彼らを思い浮かべたのは事実である。だが、どういう縁で牢の前にいるのか?
「そうか‥‥仕事か」
 冒険者として救出を依頼されたというのは十分に考えられ、事実そうなのである。が、心情としてはただの仕事ではない。
「素直じゃないな。俺達がお前を助けたかったから来たんだ。‥‥どうした、目にゴミでも入ったか?」
「う、うるさい! このたわけ‥‥」
 頬を赤く染めた千代丸の語尾は消え入ってしまう。
「それはともかく、この牢屋をどうにかしないとね」
 木製の格子の向こう側にいう千代丸を見て、雪夜が言った。
「私に任せて下さい」
 そう言って夕紀が鍵開け道具を取り出して開錠に取り掛かる。
「そうそう、これ、贈り物。『告死天使は、未来ある女の子の味方♪』だって」
 格子の隙間から一振りの日本刀を渡す雪夜。
「‥‥開きました」
 夕紀が座敷牢の開錠に成功した。
「時間がありません。急がなければいけませんね」
 琴が脱出を促がす。
「いや、私にはやるべきことがある」
 その時、千代丸の瞳に憎悪の炎を宿った。
「悔しいお気持ちは察しますが、このままではここまでしてくださった皆様のためにも脱出のことだけお考え下さい」
 夕紀が釘を刺すが、千代丸は首を横にふる。
「いや、違う! 今、ここで謀反人を討たねば、家中の騒動は収まらん!」
 言葉は確かに一つの見解である。が、今の千代丸の様子は感情的になっているように思われる。
「ここで毒婦と相討ちになっても意味が無い。戦ってる家臣の人達の事も考えようよ」
 雪夜も思い留まるように説得するが、千代丸は聞き入れない。
「もう、よいわ! 私一人で行く!」
「まてっ!」
 勝手知ったる自分の家である。乱が引き止めようとした時には、さっと駆け出して姿を消してしまった。
「‥‥やっぱり、アホスケだ」
 乱は拳を強く握り締めた。


●謀反人、討伐
「なんということだ」
 搦手門のところまで戻ってきた琴達の報告を聞いて、陣は驚愕した。
「それで他の方達は?」
「千代丸さんを探してます。私達は陣さん達にこのことを報告しにきたんです」
 搦手門の確保に当たっていた陣とステラがその場に留まり続ける危険を案じてのことである。だが、
「!! ここに集団が近づいています!」
 バイブレーションセンサーを使っていたステラが敵の接近に気付く。
「ならば、我々も陽動に当たろう。ここで騒げば、少しは中の仲間達からこちらへ引きつけられよう。脱出方法は別にもある」
 陣はそう決断する。無論、危険な役割である。
「敵がいた‥‥うわあぁっ!!」
 声をあげかけた兵士は、突然目の前を走った重力波に驚きよろめいた。ステラの魔法である。
「南天家が頭首・陣、義によって参上、我等に立ち向かってくるとは相応の覚悟は持っているのであろうな?」
 陣が大きな声で兵士達を威圧した。

 乱と雪夜が千代丸に追いついた時、惨劇はすでに終わっていた。
「‥‥冗談だろう?」
 乱は信じられないといった風に呆然と呟いた。
「‥‥おぬし等か。謀反人は討ち取ったぞ。皆に知らせよ! 中村の家を継ぐ資格は私だけのものだとな!」
 返り血を浴びた千代丸が振り返って笑ってみせた。


パンッ!


 乾いた音が響いた。
「何をする!?」
「ここまでする事はなかったよ! 返して! キミにこの刀は渡せない!」
 雪夜は友人から預かってきた刀を千代丸から奪い返した。かすかに涙を浮かべている。
「‥‥‥すまぬ」
 雪夜の手形が鮮やかに浮かび上がった頬の痛み。冷静を取り戻した千代丸は一言だけ謝った。
「‥‥‥」
 だが、雪夜は答えなかった。ただ、母子の血でべっとりと濡れた刀を抱き締めて‥‥。