【秩父動乱2】合戦と領民

■シリーズシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月10日〜10月15日

リプレイ公開日:2005年10月20日

●オープニング

●養蚕被害
 秩父の語源は、千々峰、すなわち峰の多い土地の意味だと伝えられている。どちらを向いても峰ばかりということである。
 そのような土地である為、水稲耕作は厳しいものがあり、麦や蕎麦などがもっぱらの作物であるのだが、そのような中で強力な現金収入の源として養蚕業が盛んであった。蚕はオコサマと呼ばれ、大切にされていた。
「駄目だ、こっちのもやられてる」
「田吾作さのところもか。これでうちの村の全滅だ」
「この秋蚕の大事な時期にあんなことがあっちゃあ‥‥どこもかしこもオコサマが駄目になっちまって、どうすりゃあいいんだ?」
「‥‥戦さえなけりゃあな‥‥」
 だが、鉢形で戦があり、領主が出陣で不在中に山賊の襲撃があった。人々は領主の屋形などに逃げ込んで人的被害こそ軽微であったものの、その間の養蚕作業の停滞してしまった。
 一年の中でも特に上質の生糸が取れる秋蚕の時期であるだけに、秩父の人々に与える被害の大きさは計り知れないものになるであろうことは誰の目にも明らかであった。


●請願
 長尾四郎左景春との戦いが一段落すると、他の諸将の薦めにより一度秩父に帰還することになった中村千代丸は、しかし帰還には不満を残していた。
 戦闘は未だ終結しておらず、ただ小康状態を保った状態なのである。
「‥‥結局、都合のよいことを言って、私が邪魔だからであろうに‥‥」
 強く唇を噛み締めて悔しさを滲ませる千代丸。
「とにかく今は郡内を安定させることこそが、最優先でありましょう。此度の処置かえって好都合と思されればよろしいかと‥‥」
 不機嫌な千代丸を宥める家臣。
「黙れっ! 貴様は誰の家臣だ? 私の家臣であって、畠山殿の家臣ではあるまい!」
 千代丸は佩刀を引き抜くと家臣に突きつける。
「し、しかし、殿のご友人も言っておられたでしょう。将たる者が真っ先に功に逸ってならないと‥‥」
「‥‥‥!」
 家臣は蒼ざめた顔をして答えると、ようやく刀を下ろす千代丸。友人の言葉を持ち出されては素直に引き下がらざるをえない。
「‥‥‥なんだ、あれは?」
 館に近づいたところで、その前に人だかりが出来ていることに気づいた。姿格好から察するに農民達である。
「何事か?」
 家臣が先に進み出て、人だかりに問いただす。
「中村のお殿様にお願いがあって参りました。今年の年貢を免除していただきてえのです。山賊がご領内を荒らした話はお殿様もご存知のはず。どうか、温情を‥‥」
「ならぬ! 敵は未だ鉢形城ににあり、一度戻ってきたとは言えども、臨戦状態には変りはない。戦費を賄わねばならぬ以上、年貢の免除はできん」
 千代丸はそう言い放つ。
「‥‥‥‥その戦で大ポカをやらかした癖に‥‥」
「誰だ!? 今それを言ったのは!!」
 集まった農民の誰かがそれを呟いたのを、千代丸は聞き取った。頬に朱がさし、怒りに体を震わせ、再び佩刀を引き抜いた。
『おおっ‥‥』
 いきなり刀を抜かれて農民達はどよめきをあげて、二歩三歩と後ずさる。
「千代丸様! それはなりませぬ!」
「止めるな! たわけ者!」
 家臣は必死に千代丸を宥めるが、千代丸は怒りをおさめようとはしない。
「誰とはわかりませんが、我々の中から恐れ多いことを言ってしまったこと、まことに申し訳ありません」
 農民達の代表者格であろう男が非を詫びる。
「‥‥‥‥話はそれだけか? ならば、すぐにでも退散するがいい」
 それで千代丸も一応は冷静さを取り戻す。
「年貢については此度の戦が重要であることを鑑みて、山賊による被害は大きかったものの、我ら一丸となって納めさせていただきます。ただ、我々の努力に対してお殿様にも報いていただきたく存じます」
 代表格の男は年貢を納めることを約束したが、条件を持ち出した。
「実は龍勢の祭りで使う神社の神宝が山賊達の手で盗み出されてしまったのです。それでなくても、山賊に荒らされて村の収入は激減し、そこから年貢を工面するとなれば、村の空気は暗いばかりでございます。せめて龍勢の神事だけでも常の如く執り行いたいのでございます。聞けば、お殿様は江戸で冒険者をなさっていた事があるとか。どうか、山賊の手から神宝を取り戻していただきたい」


●神宝
「その後、神宝を買い取った故売屋が江戸に入ったという足取りまでは掴むことができた」
「はあ、領主であるあなた自らとはご苦労様ですな」
 冒険者ギルドにやってきた千代丸はことのあらましをギルドの手代に説明した。
「それで、その神宝というのはどういったものなので?」
「いわゆる魔法の巻物だ。冒険者の間でなら、一つや二つ持っている者も少なくはあるまい。その神宝は突風を吹き起こすものでな。龍勢とは龍の飾り物を突風に乗せて天高く吹き上げるのだ」
 秋空に吹き上げられた龍の飾り物は、さながら本物の龍の如く優雅な姿を見せるのだと言う。もっとも飾りを増やしすぎて重さで飛ばなかったり、風をはらませることが出来ずにただバタバタと音を立てるだけのものもある。
「それは面白そうなものですな。で、その巻物を取り戻す為に冒険者の力を借りたいと?」
「そういうことだ。故売屋の名前は岩蔵」
 四十前後の男で、痩せてはいるが瞬発力のあるすばしこい男であるという。表向きは行商人として関東一円を歩き回って商売をしているらしい。
「潜んでいるのは、港近くの船宿‥‥らしいが、それ以上はわからん。一人で調べるには限界がきてしまった」
 情報の多くは捕らえた山賊の一人から聞き出したものであり、千代丸はとにかく足取りを追うくらいしか出来なかった。それも人口の多い江戸に入ってしまってはお手上げであった。
「まあ、他の冒険者と一緒ならばよい知恵も浮かびましょう。三人よれば、文殊の知恵とも申しますしな」
 手代はそう言って冒険者を集める条件を纏め始めた。

●今回の参加者

 ea0563 久遠院 雪夜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea2724 嵯峨野 夕紀(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3096 夜十字 琴(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3811 サーガイン・サウンドブレード(30歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8191 天風 誠志郎(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9191 ステラ・シアフィールド(27歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)
 eb2719 南天 陣(63歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「すまんな、また力を貸してほしい。家臣や丹党内の他の領主、あまつさえ領民にまでも甘く見られては、沽券に関わる」
 とげとげしい中村千代丸(ez1042)の様子は傍目にも明らかなものである。
「千代丸さん、なんだかピリピリしてらっしゃいます」
 ストレートに撒き散らされる苛立ちを感じ取ってしまった夜十字琴(ea3096)は不安げな様子を隠せない。あの日の惨劇が今も頭をちらつくのである。
「人の上に建つのは大変なのでしょうけど‥‥あんなのはもうたくさんです。私も頑張らねば‥‥」
 琴ならずとも、千代丸の細く鋭い、しかし折れやすい針のような雰囲気にはたじろいでしまうであろう。
「おっ、先の戦で誰もがやらぬオオポカをした千代丸殿ではないか」
 わざとらしく慇懃に声をかけたのは 風斬乱(ea7394)である。
「おのれはっ‥‥このたわけ者っ!!」
 ぼっと顔を赤くすると平手打ちを乱の顔目掛けて繰り出す千代丸。
 だが、乱はなんなく千代丸の腕を掴んで平手打ちを封じてしまう。そのまま、ぐいっと腕を引き寄せると顔を近づけて言った。
「怒るな、かわいい顔が台無しだぞ? 千代丸殿」
 目の前にある異性の顔。吐息もかからんばかりの距離で囁かれる口説き(?)文句。口説いているかどうかは別として、自分が女であるということ、男女の関係というものをひどく意識させる言葉には違いはない。
「た、たわけ、何度も言うておろうが‥‥! 私がかわいいなどと言われても‥‥」
 怒りで赤かった千代丸の顔が、今度は恥じらいによる赤に変わった。どちらも同じ赤い色であるが、本人の放っている雰囲気が変われば、不思議と同じ赤も別物に見えてくる。
「強気な癖に、ちょっとからかうとそうやってアタフタしている。そういう愉快なところが、千代スケだな」
 乱はそういうと幼子に対してするように頭を撫で始めた。わざとらしく「千代丸殿」などと呼んでいたのも、「千代スケ」というあだ名に戻っている。
(「まるで父親気分だな」)
 南天陣(eb2719)はそう思う。乱にからかわれてアタフタしている千代丸は年相応の少女に見える。そういう姿を見ていれば、千代丸にアドバイスするにしても、子どもが初めて社会に出ていくのをハラハラと見守る父親のような気分でということにもなるだろう。
「不思議です。乱さんは千代丸さんを怒らせているのに、千代丸さんのピリピリした感じがなくなってしまいました」
「そうだな、ああしている方が千代丸殿のらしい姿なのであろうな」
 琴が不思議がっているのに、陣は答えともつかないことを言った。
「重い責任に焦りを抱いて空回りばかりの領主様ではなく、千代丸様本来のご様子ですね。一時的にせよ、一介の冒険者に近い状態であることで気も晴れていらっしゃることでしょう」
 嵯峨野夕紀(ea2724)は言う。
「今だから言えること、言わなくちゃいけないことがあるよね」
 久遠院雪夜(ea0563)が言う。雪夜は先日の惨劇に少なからず責任を感じている。それ故に千代丸の現状をどうにかしたいと想いをめぐらせていた。
「ねえ、千代丸さん。お話したいことがあるんだ」
 雪夜は、乱にからかわれて騒いでいる千代丸に声をかけた。
「ほれ、千代スケ、遊びの時間は終わりだ。気持ちは十分にほぐれただろう?」
 気づいた乱は、千代丸の背を押して他の冒険者達と向かい合わせる。
「あっ‥‥」
 急に乱のからかいから解放されて、呆としてしまう千代丸。
「千代丸さん、僕達は冒険者だよね。千代丸さんは依頼人ではあるけれど、冒険者として一緒に行動するんだよね?」
 雪夜が問いかける。
「無論、そのつもりだ」
「なら、一緒に協力しあう為に少し聞いてほしいんだ」
 雪夜の言葉をついで、次にステラ・シアフィールド(ea9191)が口を開いた。
「独断先行はなさらないこと、皆で話し合っての行動を優先してもらいたいのです」
「皆と協力するのであるなら、当然、そうするものだろう?」
 千代丸は素直にうなずく。
「ではあの時、私達の制止を振り切って、あの惨劇を起こしたのは何故でございますか?」
 ステラは一歩踏み込んだ言葉を投げかける。
「‥‥‥‥」
 千代丸は目を伏せる。
「私などがこのように不躾な質問をしていること、そのご無礼をお許し下さい」
 ステラが頭を深々と下げる。
「いや‥‥ステラだから答えないというのでは‥‥」
 千代丸はステラの様子に慌てる。そして、また目を伏せると、ぼそりと言った。
「あの時と、今とでは立場が違う」
 それを聞いて口を開いたのはレイナス・フォルスティン(ea9885)である。
「立場が違うというのなら、こういう言い方をさせてもらおうか。領主としての千代丸は焦り過ぎだ。もう少し、落ち着け」
「‥‥だが、私は‥‥」
 千代丸は言い募ろうとするが、
「立場は違えど、人と人の関係の根幹はそう変わるものではない。冒険者同士であれば、たった今もステラ殿の言を聞き入れたではないか」
 陣はそう言って遮った。
「焦らずともいい。冒険者である千代丸には出来ている事を、領主としてもやればいい。お前は決して愚鈍ではないし、周りの人間の反応を見る限り、むしろ素質があると見込まれているんだ。無理に焦ってしくじるな」
 レイナスは千代丸をそのように評価していた。
「あんたはまだ若い。至らぬ言動があっても仕方の無い事。素質が見込まれているなら、彼らを敵にでもまわさない限りはきっと待ってくれるはずだ」
 天風誠志郎(ea8191)も言う。
「誠志郎さんの言うとおりだよ。だから、いい? 剣を抜くと言うコトは、その相手を敵とすること。部下の人達や住民の人達は、キミの敵なの? 違うよね?」
 雪夜が言いながら、紙をよって「こより」を作る。千代丸の前で身を屈めると、鍔にこよりを結びつける。
「何をする?」
「キミはちょっとカッとしやすいところがあるから、次剣を抜く時少し立ち止まって考えて欲しい。此処で抜くのは本当に正しいのか、感情のままに剣を振るっているんじゃないか、って。このこよりは僕とキミの絆だと思って。軽々しく切ってしまおうものなら‥‥」
 こよりを結びおえた雪夜はそこまで言うと、後はじっと千代丸の目を見据えて無言で訴えかけた。
「しかし、これではあまりに‥‥」
 こよりで結ばれた刀を見て顔をしかめる千代丸であったが、
「‥‥」
 雪夜はただただ無言で見つめている。
「‥‥わかった、抜かなければよいのであろう」
 雪夜の物言わぬ、だが有無を言わせぬ態度に千代丸は折れる。こよりを千切って剣を引き抜くことは容易い。それだけに千代丸の意思の強さが求められる。一度千切れば、こよりは元通りにはならないのだから。
「一度、こういった試練を自分に科すことも修行だろう」
 千代丸を納得させようと声をかえたのは、浦部椿(ea2011)であった。
「怒りに任せて人に刃を向けるのが御身の修めた剣の理か? 剣には燃えるような闘争心は必要であろう。が、我を忘れる怒りは不要だ。闘争心が燃え滾る程に、理性は冷ややかに平らかに保ってこそ真価を発揮するものだ。戦も政もまた、同様だろう」
 椿は千代丸の肩を軽く叩く。
「さて、そろそろ本題に入るか」


(「誰かが俺を探している‥‥」)
 岩蔵は、ここ数日、この界隈で流れた幾つかの噂話からそれを感じていた。
(「だが、そいつは何もんだ?」)
 噂の内容は多彩であったが、二つのキーワードとでも言うべき単語を拾い上げることは出来た。
 一つは「魔法の巻物」である。誰かが魔法の巻物を手に入れたい為に噂を流している。だが、魔法のスクロールは高価な品物には違いないが、出回っている数は比較的多い。わざわざ妙な噂を流してまで手に入れようというのは、使える魔法に関してレアリティがあるからだろうが、それにしては魔法の効果に関して言及した噂が少ない。
 そうなると、もう一つのキーワードが気にかかる。「盗品」「盗まれた」などの単語が聞かれた。
(「やはり、俺か? 盗品だとわかっているのは元の持ち主ってことか? こんな手の込んだことをしてまで、取り戻そうというのは‥‥」)
 岩蔵には魔法のスクロールだと判別することは出来ても、その具体的な中身まで判別することは出来ない。故に今手元にあるスクロールに何がしかの付加価値が存在するのかどうかも、わからないのである。
(「ただの魔法の巻物でないってんなら、なんとかそれを聞き出して‥‥」)
 安全策をとるなら、とっとと手放してしまうのがよい。普通に売却しても魔法のスクロールは値打ち物である。だが、もしかしたら途方もないお宝である可能性もある。
「罠を張るか‥‥」
 岩蔵は賭けに出ることにした。


 冒険者達が流したものと逆の噂が流れ始めるのに時間はかからなかった。珍しいスクロールの買い手を捜しているという噂である。だが、日付と刻限は一致しているにも関わらず、場所については複数の情報が錯綜して特定できない。
「こちらの人数を分散させる為の罠ではないかと思います」
 夕紀が推測をたてる。
「だが、このチャンスを逃せば、岩蔵と接触する機会が再び回ってくる保証はないか」
 陣は敵の意図が見えるからこそ、これ以上甘い条件で岩蔵と接触する機会を持つのは難しいと考える。
「噂が流されているのは三ヵ所なんですよね。そんなにたくさんの人を雇えるのは難しいと思います。だから、三つのうち待ち伏せなんかされているのは一つだけだと思うんです。そこさえわかれば‥‥」
 きっと岩蔵もそこにいるのであろう。琴が懸命に考えた推理である。
「心当たりを探ってみよう。千代スケの為だ、やれることはなんでもやってやるさ。まだ、少しは時間がある」
 乱がそう言って立ち上がり、千代丸に笑いかけた。
「‥‥頼む」
 千代丸は少し視線をそらして答えた。


 江戸の郊外にある、元々は農家であった廃屋。噂で指定された場所の一つである。
 やってきたのは雪夜一人である。忍者としての身の軽さと韋駄天の草履による意動力を買われての人選である。
 廃屋の周囲には伏兵の気配は感じられなかった。
「こんにちは〜、誰かいませんかぁ? 珍しい巻き物があるって聞いてきたんだけど?」
 入り口から声をかけて様子を探る雪夜。返事がないのを確認して中に入る。薄暗い廃屋の中はしんとして不気味なものであった。人の気配は感じられない。
 と、入り口の近くで物音がした。
「っ!!」
 雪夜は常人の二倍はあろうかという跳躍を見せて、かつて釜戸であったものの影に飛び込む。そっと入り口に目を凝らすが、特に異常は感じられない。
「風‥‥かぁ。ここはどうやら嘘の情報だったみたいだね」
 雪夜はもう一度、廃屋が本当に無人であることを確認すると、仲間達に合流するべく、その場を後にした。


 同時刻。江戸のとある神社の鬱蒼とした鎮守の森の中。
 噂で指定されたその場所に巫女服姿の椿がやってきた。
「失われた巻物を探してやってきた。お前達か? 巻物を売りたいと噂を流していたのは?」
 その場にいたのは、柄の悪い男が二人である。二人は椿を見て、女一人と油断したのであろう。下卑た笑いを浮かべると匕首を抜いた。
「へへ、ちょっとばかし顔を貸してもらおうか?」
 下卑た笑いを見せる男達。
「やめろ、神域を血で汚したくはない」
 椿はいいながら左手で錫杖を構えた。男達の意識がそちらに向いた一瞬。
 衝撃波が男達を襲った。
 椿が利き腕である右腕から放った素手のソードボンバーである。威力は微々たるものであったが、チンピラを怯ませるには十分な不意打ちである。
 椿は今度こそ錫杖で男の一人に殴りかかる。男は匕首で何とか受け止めたが、鍔迫り合いの格好から体を崩されて転倒する。
 それを見たもう一人の男は即座に逃げ出す。が、その進路上に誠志郎が現れる。
「どけぇっ!」
 男が吼えて匕首を振りかざす。二人の体が衝突したかに見えた。
 だが、次の瞬間、糸の切れた傀儡人形のように崩れ落ちた。
 匕首は誠志郎に大きく避けられ、代わりに誠志郎が突き出した剣の柄が男の鳩尾に深く食い込んだのである。
「どうやら、ここは本命というわけではないようだ」
 倒れた男が千代丸から聞いた岩蔵の人相と違うことを確認して、誠志郎は言った。


 噂で指定された残る一つの場所。
 渡世人である乱が仕入れてきた情報と、場所が岩蔵のねぐらに近いという理由から本命であろうと目していた、港近くの蔵の一つである。
「こちらに大変珍しいものを持っている方が居ると聞き私はそれを買い取りたく出向いてきたのですが、何かご存知ありませんか?」
 ステラ、乱、琴が交渉役として、蔵に入っていく。
「そいつは俺の方が聞きたい話だ。こいつがただの巻物じゃないってことは、想像以上のお宝を引き当てたってことか?」
 岩蔵が逆に聞き返す。
「それは‥‥ある神社で悪い魔物を封じ込めていた重要な神宝です。そこから切り離して価値はありません」
 巫女服姿の琴が答えた。この姿であれば、幾分かの説得力もあろうということであったが‥‥。
「はい、そうですかと信じられるか。詳しい話はゆっくりと聞かせてもらうさ」
 蔵の奥からわらわらとならず者らしい連中が現れる。浪人ものの姿も見受けられる。薄暗い蔵の中で白刃が煌く。
「思ったより、直接的な手段にでるんだな?」
 乱が岩蔵に問いかける。
「こいつがとんでもないお宝かもしれない。その予感に一世一代の賭けをでたのさ」
「賭け‥‥か。切るべき札を間違えたな。このならず者どもはお前の敗着だ。事が穏便に済むならば、金を払ってもいいと思っていただけに‥‥残念だったな」
 乱は岩蔵の敗北を宣言した。
「やってしまえっ!!」
 岩蔵がならず者達に指示を出すと同時に、ステラの魔法が完成する。
 岩蔵の周囲の大地が大きく揺れて、ならず者もろとも足元がおぼつかなくなる。
 それを合図にしたように、蔵の外から冒険者達がなだれ込んでくる。
「明かりを‥‥」
 続いて琴の魔法が完成して、薄暗かった蔵の中を照らす明かりが灯される。
 蔵の中が明るく照らされることは、明るい外からきた冒険者に有利に、蔵の薄暗さに慣れていたならず者達に不利となる。
 勝敗は瞬く間に決した。


「少々、荒っぽい結末にはなったが、どうだ? 闇雲に刀を振るうだけではこうは解決しなかったであろう? こういうやり方も冒険者にはあるし‥‥政にも通じるものだ」
 陣が後片付けをしながら千代丸に声をかける。
「差し出がましいとは存じますが、御家来の方々にも領民の方々にも、協力して欲しいと仰ればきっと、皆様も助けてくださると思いますよ。私達が協力しあったようにです」
 夕紀が言った言葉は冒険者達が大同小異、千代丸にアドバイスしようと考えた内容であった。
 千代丸はその言葉を噛み締めるように黙り込んでしまった。