【秩父動乱3】鉢形城和睦
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■シリーズシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:5〜9lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 95 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:01月19日〜01月29日
リプレイ公開日:2006年01月27日
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●オープニング
朝の冷たい風が川面を滑るように吹き抜けて、より一層体を凍えさせる冷たさを帯びる。辺りを照らす篝火だけが僅かに体に温もりを与えてくれる。
見張り番の兵士はぶるっと体を震わせる。
兵糧攻めが始まってから、はや数ヶ月。早朝の見張り番は辛いものだが、こんな冷たい風の吹く日はことさらに堪えるものだ。
だが、長尾景春の立て篭もる鉢形城には一向に動揺の気配が感じられない。
敵の城を取り囲む露営の陣地で過ごす日々がまだまだ続くかと思うと兵士は暗澹となる気持ちを抑えることは出来なかった。
「このままでは、我々のほうが先に干上がってしまう」
軍議の席でも、そういう苛立ち混じりの声が上がっていた。
一つには兵站の滞りが予想を上回ってしまったことがある。江戸の大火による被災者の救済の為に、鉢形城攻略部隊にまで支援が回らず、包囲網を敷く前線の武将達に多大な負担をもたらしているのである。
「だからといって、どうすればよい? あの城を力攻めなど持っての他ぞ?」
鉢形城は荒川と深沢川の合流点のデルタ地帯に立てられた堅固な要害の城である。二つの川に深く削りとられた深い谷が寄せ手の進撃を阻むように横たわっている。
「兵糧攻めもならず、力攻めもならず‥‥なれば‥‥和睦しかあるまい」
武将の一人がそう言った。
「馬鹿な! 今、そんなことをすれば足元を見られるぞ!」
「我ら源徳家の窮状を教えるようなものだ」
すぐさま反対意見があがる。
「だが、このまま兵糧攻めを続けようとも先に我らが破滅する。足元を見られるのは承知の上だ」
「仮に和睦が成立したとして長尾四郎左めの発言力が大きくなるのは目に見えているぞ」
「‥‥源徳家は既に関東における唯一無二の覇者ではない」
「!!」
一人が呟いた言葉に場の空気が凍りつく。
「誰もが本音を言えば、先の情勢が不透明なこの時期に自分の兵力をいたずらに消費はしたくあるまい。そうではないか?」
確かに上州では真田家、新田家が席巻し、江戸は大火で大きな被害を出しており、源徳家の内情はボロボロである。江戸の復興には数百万両の資金を要するという試算もあるが、今の源徳家にそれだけの資金は存在しない。かといって被災者の救済が後手に回れば、源徳家に対する失意や不満が広がることは目に見えている。
これからの舵取り次第で変わっていくだろうが、現段階において源徳家が単独で関東を掌握する能力を喪失しているのも事実である。
それでも源徳家は関東における最大勢力ではある。だが、あえて新興勢力に組して雄飛の機会を窺うという選択肢もありえない話ではない。実際、長尾軍にはそういう野望を抱く者達が数多く参加している。
「‥‥そんな叛心を持つ輩がいつ我らの領地を脅かさないとも限らん。この現状はかえって危険だと愚考する」
「和睦となれば、時を稼ぐ事も出来よう。形式的には長尾も敵ではない状態に持ち込める」
「問題は源徳家の威信に対する揺らぎ、か。源徳恐るるに足らず、などと思われれば、それだけで敵の兵力が増すというものだ」
強大な威信はそれだけで敵兵を阻喪させるものである。侮られる程度の威信ではかえって敵兵を鼓舞させるものである。誰もが強い敵と戦うよりも、弱い敵と戦っている方が楽に決まっているからだ。そうではない変わり者は武芸者くらいであろう。
「‥‥意見はわかった。前線の窮状を家康公に報告し、和睦という案があることも併せて進言しよう」
鉢形城攻めの総大将、畠山庄司次郎重忠がそう言って軍議は解散となった。
「和議の使者、誰が適任であろうか?」
長尾景春との和睦は源徳家の認めるところとなった。和睦なりし後は、早急に各人の領地に戻り、状況の立て直しに勤めよということであった。
「‥‥中村千代丸殿はいかがか?」
「中村殿? あのはねっかえりに和議の使者など‥‥」
「なれど、中村殿は冒険者と懇意だという。中村殿自身よりも冒険者達‥‥。『戦を終わらせる』という仕事は冒険者にとってはむしろ奮起するに足る仕事だ」
「冒険者の気質、だな」
「冒険者などをあてにしては‥‥」
「あくまでも使者は中村殿であり、冒険者は補佐だ。だが、丹党の嫡流でけして低い家格ではなく、しかしながら、まだ若い女子の中村殿だ。その辺りの微妙さは長尾に対する源徳家の体面として悪いものではない」
かくして、中村千代丸が招聘され、鉢形城に対する和睦の使者と送り込む運びとなった。
「この交渉を成功させれば、中村殿の領内での評価も改善されよう」
●リプレイ本文
●使者・中村千代丸
「千代丸さんが使者ぁ? 冗談だったら、気が利いてるって笑えるんだけどなぁ。明日のお天気は槍が振るかも」
開口一番、失礼極まりない発言をする久遠院雪夜(ea0563)。彼女の天真爛漫さと中村千代丸への親愛があればこその気安い発言であった。
「千代丸様が使者‥‥‥‥」
そう呟いて、しばし沈思する。
「‥‥とにかく、大事なお役目ですし、できる限りお手伝いいましましょう」
長い沈黙に何を思ったのだろうか、嵯峨野夕紀(ea2724)。
千代丸が源徳家から正式に使者の任命を受け、打ち合わせを行っている間、冒険者達は江戸城内の控えの間に待機していた。
「皆、言葉がきついな」
苦笑いしたのは浦部椿(ea2011)である。彼女も雪夜達が本気で千代丸を蔑んでいる訳ではない事をわかっている。
「人柄や適正云々よりも、現在の状況を引き起こした本人が責任をとれ、ということかもしれんな」
椿の推測はまったくの間違いでもないだろう。自覚的にか、無自覚にか、そういう気分があっても不思議ではなかった。
「どうでもよいと思っている相手にこういう場は与えまい。名誉挽回の機会を与えられたのだよ」
南天陣(eb2719)が穏健な意見を出す。
「千代丸さん、少しは落ち着いてくれてるかなぁ」
「そうそう、落ち着く玉とも思えんがな」
「だが、この和平、けして源徳家に有利のまま、慈悲により相手を免じてやる‥‥という類のものではない。場合によっては屈辱的な言葉もあるだろう」
「‥‥それを助けるのが俺達の役目だ」
レイナス・フォルスティン(ea9885)が言う。
「そうだな。それに交渉に有利な材料もある。上州では反新田勢の集団が新田の城を落としたそうだ。その辺りが交渉に有利に働くだろう。その為に情勢に詳しい人間も来ているしな」
天風誠志郎(ea8191)が言って、マハラ・フィー(ea9028)を見た。
「上州連合の松本清上将の側近衆を務めていたマハラ・フィーよ。上州は民草の力で金山の堅城に篭もる篠塚伊賀守を破りました。その様子など詳しく説明できると思うわ」
マハラはつい先日まで上州におり、15日に江戸に帰ってきたばかりである。
だが、部屋に戻ってきた千代丸の表情は重かった。
「皆、よく来てくれた。感謝している。だが、来た早々で申し訳ないが悪い報せだ。上杉殿の平井城が十六日、落城した。上杉殿の行方は知れぬそうだ」
マハラ達が帰ってきたのを入れ替わるように、新田と真田の連合軍は平井城攻略に成功していたのである。
「まさか、金山城を攻め落とされながら、そのまま平井城攻略を押し切ってしまうとは。新田義貞殿も侮りがたし大将ということか?」
「新田と同盟を結んでいる真田の存在も大きいのかもしれぬ」
武士を主体としない上州連合の活躍は新田氏らにとって驚天動地の話であっただろうが、その状況下で上杉氏の本拠地を攻め落としてみせた新田と真田の胆力に、誠志郎と陣が感嘆する。
「上杉氏の弱体化も著しいものがあったのだろうな」
椿が言う。そもそも、鉢形城の長尾景春の乱は上杉氏の家臣に対する不手際が発端である。
「でも、戦はやっぱり終わらせないと! その役目は変わってないんだよね? 千代丸さんもそのつもり‥‥だよね?」
雪夜が言う。
「うむ、鉢形和睦の方針は変わっておらぬ。だから、皆の力を貸して欲しい」
「もちろんです。このサーガイン、千代丸様のためであれば、犬馬の労も惜しみません」
サーガイン・サウンドブレード(ea3811)は恭しく千代丸の手をとり、口付けをした。
「‥‥っ‥‥あ‥‥た、頼む。これまで手柄を立てていないのだ。この任だけは‥‥」
慣れない欧州の作法に戸惑いながらも、千代丸はその決意の一端を垣間見せる。
「そうだ、槍働きばかりが手柄ではない。交渉の落しどころは、道中で検討しよう。現地でも情報を集める時間が欲しい」
椿が場を纏めると、一同は出発の準備に取り掛かった。
●鉢形城周辺
「ここのところ、城や戦の様子はどうなんだ?」
旅の傭兵が戦を求めてやってきた。そんな名目で鉢形城周辺の聞き込みを行っているのはレイナスであった。
「やっぱり源徳様のほうがお強いけんども、長尾様は昇り調子のお方だからのぉ。手柄を立てて出世するつもりなら、長尾様に武運を託してみんのも面白かろう」
したり顔で自慢げに語る中年の男は近くに住む農民である。
「ほう、そういうものなのか? 詳しいじゃないか」
「あっはっは、なぁんてなぁ。俺はお武家様のことなんてチンプンカンプンだよ。今、言ったのはただの受け売りだ」
男はそう言って笑った。
「受け売り? そういう話をばら撒いている奴がいるのか?」
ゴールド・ストーム(ea3785)は空をぼんやりと眺めいていた。
鉢形城に程近く、しかし直接合戦に巻き込まれない位置にある宿場町である。割合に人の行き来もある。
遠く青空に透かし見ているのは、鉢形城へ出発する際に見送りにきた人物のことである。リトルフライのスクロールを使った見送りは、随分と遠くから見届けることができた。ゴールドが帰る頃には、もう江戸にはいないはずであった。
「‥‥‥‥?」
ゴールドの耳に気になる内容が掠めた。ぼんやりしていたのは、一点に注意を集中しないで、広範に周囲の様子を探り出すためであった。外国人である自分が聞き込みをすれば目立つであろうことを考慮して、受動的な情報収集である。
「‥‥源徳様は確かに強かろう。だが、既存の大勢力だけに手柄を立てても埋もれてしまう。その点、長尾様は確かに小さな勢力に過ぎない。それだけに真に実力のある者ならば、その武勲で好きなだけ出世できるというものだ。手柄を立てることはそのまま長尾様の勢力拡大に繋がり、勢力拡大はそのまま自身の栄達に繋がると言うことだ」
宿場の一角で山伏らしき男が説法のついでのように、そんなことを語っていた。
(「あちら側の扇動工作だろうか? さて、今捕まえるのは難しい‥‥か」)
弓の実力は達人級であるゴールドであるが、殺さずに捕らえる術を持ち合わせていない。
(「それにしても、あちらはじっくりと腰を据えて味方を増やす環境作りに精を出しているのだな」)
「やはり上州情勢は見通しが立てづらいようですね。上州連合の活躍はありますが、一方で上杉家が弱いという印象が広がっているようですし」
旅行く人々、とりわけ商人などからの情報収集で和平交渉に有利な要素を探していたステラ・シアフィールド(ea9191)は、上州情勢は一筋縄ではいかない複雑な様相を示しているのを改めて思い知らされる。
と、ステラはゴールドが説法を行っているらしき山伏に対して警戒している様子を見とめた。
(「嵯峨野様を呼んできましょう」)
ゴールドの容姿は特に目立つ。そう判断してのことである。ステラは同じように情報収集を行っている夕紀のもとへ走った。
バイブレーションセンサーによる探査では山伏は数人潜んでいるようであった。
小さくて荒れ果てた廃寺の本堂である。ゴールドが目をつけた山伏を夕紀が尾行したところ、ここにたどり着いたのである。
ステラが小さく呪文を詠唱し、魔法を発動させると大地が廃寺を揺さぶりはじめた。
「な、なんだっ!?」
中から動揺の声があがったのを聞くと、誠志郎とレイナスが戸板を蹴破って中になだれ込んだ。
「動くな! 我々は源徳の手の者だ。大人しく詮議を受ければ手荒な真似はせん!」
誠志郎が声をあげる。
「散れっ!」
山伏らの一人がそう言うや、中にいた者達はいっせいに逃亡にかかった。
「むんっ!」
即座に誠志郎は山城国金房の石突を一人の鳩尾に突き入れた。一人が昏倒する。
「逃がさん」
誠志郎の横をすり抜けるように駆けてきた敵をトリッキーな動きで斬りつけるレイナス。痛みで動きの鈍ったところへ夕紀が当身を入れる。
「ぐぁっ!」
「動くな! 動けばもう一矢、その身に受けることになるぞ」
ライトショートボウで一矢を当てたゴールドは、すばやく矢を構えなおすと相手を牽制した。その間に夕紀達が追いついた。
「‥‥やはりこちら側の士気を挫く工作も行っていたようですね」
夕紀が廃寺の中を検めると、足軽がよく使う装備も見つかった。
「幅広い工作こそが敵の刃。ならば、あの堅固な城さえもただの囮なのかもしれません」
「では、鉢形城にはまだまだ継戦能力があると判断しなければなりませんか」
ステラが暗い顔をした。
●和睦交渉
一筋の矢が飛んでくる。当てるつもりがないのを見て、その場に馬を止める。
「長尾勢は使者に対する礼も知らぬ礼儀知らずの集まりか」
だが、使者であることを示す作法には則っていたので、椿は矢を射掛けた城兵に抗議を投げかける。
「自分はこの度、和平の使者として任を受けた中村家の臣下・南天陣と申します。会談を開きたく此方に参りました」
交渉はまず、陣と椿が鉢形城を訪れて口上を述べ、あらためて正使である千代丸との会談の場が設けられる運びとなった。
鉢形城内、馬出しにある諏訪神社が会談の場となった。
長尾側の使者は金子掃助である。供の者を一人だけ連れて会談の場に現れた。
源徳側は正使・中村千代丸以下、陣、椿、雪夜、マハラ、サーガインの6名である。
諏訪社は城の端である為、城内の様子を探るには至らないが、逆に万が一の事態があってもこの6名であれば、何とか敵を突破して脱出できる位置でもあった。
「ふむ、源徳殿が和睦を望んでおられることはあいわかり申した。して、それによる我らの見返りは何であろうか?」
千代丸の口上を聞き終えた掃助は問い返した。
「金子様、不肖ながら私サーガインより申し上げます。長尾様には大きいチャンス、好機が巡ってきているものと存じます」
話術の達人サーガインが口を開いた。
「上州では冒険者の手助けはあったものの、民草が力をあわせて新田氏の金山城を攻め落としております。こちらに控えるマハラさんが事情に詳しいのでお話を聞かせていただきましょう」
サーガインがマハラを紹介する。
「水戸藩・本田忠勝さまの配下・黒牙衆の一人であり、上州連合の松本清上将の幹部・側近衆を務めていたマハラ・フィーです。発言の機会をいただいてよろしいでしょうか?」
マハラが慇懃な態度で伺いを立てる。場と立場ゆえに普段の口調とはさすがに違う。
掃助は頷き、マハラに先を促す。
「上州の新田氏の影には、妖狐や虎人の暗躍があります。それ故に我らが松本清上将は決起し、人の世を取り戻す戦いをしています。狐に与する新田氏に大儀はありません。それ故に民草の力が金山城を攻め落とすまでになりました。狐に誑かされた一連の戦で人同士が殺しあうは無益です。源徳様にも長尾様にも、全ての人にとって共通の大きな敵がいると上将は言っています。どうか、このことをお考えただきたく」
マハラは自分達の意見を述べ終わると一礼した。
「狐のことを差し引きましても、民草を敵にまわし続けては長尾様の本領も危うくなりましょう」
「しかし、一方で新田殿は上杉を打ち破り、平井城を手に入れているぞ」
椿が言葉を足したのに、掃助は反論する。
「それでございます。この戦の発端は上杉家家宰職の相続問題より端を発していると聞き及びました。この和睦をきっかけに正式に源徳家の後ろ盾の元、上杉家の勢力を盛り返すことに尽力いたしますれば‥‥」
「叔父から家宰職を取り戻したも同然という訳か。面白い、源徳家が正式に私を認めるというのならば、この和平受け容れよう」
サーガインの言葉を遮って、掃助の供の者が声を上げた。
「殿っ!」
掃助が狼狽する。それは長尾四郎左景春自身の変装した姿であったのである。
かくして、ここに鉢形城和睦が成ったのである。
だが、お膝元である武蔵国で起きた謀反を鎮圧出来なかったばかりか、その存在を認めざる得なかったことが、源徳家の威信に少なからず悪影響を与えることは誰の目にも明らかであった。
それは和睦の話が持ち上がった時から明らかではあったのだが。