【峠の向こう1】峠の守り
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■シリーズシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 0 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月30日〜06月06日
リプレイ公開日:2007年06月07日
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●オープニング
●石川与七郎数正
伊達政宗による江戸城の占領。
その過程で突如として姿を現した源氏嫡流の遺児、源義経。
その姿と源氏の白旗に源徳家の直臣の中からも、家康に反旗を翻す武士がいたことは記憶に新しい。
江戸城の開城の後に義経、あるいは伊達に降った者もいる。
そんな元・源徳武士の一人に石川与七郎数正がいる。家康の重臣であり、信康の後見役でもある男である。
与七郎は信康とともに江戸城に留まっていたが、信康を冒険者の手で脱出させた後、落城同然の江戸城代を引き受けた。
そうして、江戸城に残った源徳武士の代表として伊達との折衝に当たったのである。
敗戦処理を綺麗にこなし、それ以上の犠牲者が出ることを防いだ与七郎は、何か思うところがあったのであろう。
すべての事後処理を終えて、江戸城代としての責務を果たし終えた時、「義経公にお味方いたす」と宣言したのである。
源徳家の重臣であった彼が義経に降ったことは伊達政宗にとっても僥倖であり、源氏嫡流の威光の大きさを示す象徴ともいうべき事件であった。
●与七郎の依頼
その石川与七郎が数人の供を連れて、江戸の冒険者ギルドを訪れた。江戸城攻防戦において共に肩を並べて戦いながら、今は伊達の手先となっている与七郎を迎えた視線は決して一様ではなかった。
「秩父丹党の中村千代丸殿に知己を持つ冒険者を探しておる。いや、特に知己はなくても構わぬ。中村殿は冒険者全般に心を寄せておられると聞き及んでいる故な」
与七郎はギルドの手代にそのように切り出した。千代丸との知己はあったに越したことはないが、なくても構わないという。
「此度、義経公が伊達殿の助勢を得て、父祖の地である関東に舞い戻られた。次には昨今の関東の騒乱を鎮めるべく、広く味方を集め、逆賊を討たんとしている」
それは与七郎の言い分であると共に、伊達家の野心を暗に感じさせる言葉でもある。
すなわち源氏嫡流の義経を担いだ伊達による関東制覇である。摂政として神皇を担いだ家康と似ている。ただ家康が関東に地盤を固めた後に摂政に就任したのとは逆に、伊達は先に義経を担ぎ出して関東制覇を目論んでいる。はたして、その違いが今後の情勢にどのように関わってくるのか?
「その為にわしも諸将の下を訪ねて、義経公にお味方するよう説得して回っている。その中で中村殿は冒険者に知己が多いことを思い出したのだ」
三河以来の譜代であった与七郎が諸将の取り込みに回っているのであれば、いわば外様である武蔵諸将も源徳から離れることに感じる抵抗が少なくなる。
「中村殿にわしの言葉を伝えてもらいたいのだ。義経公にお味方していただきたい。もちろん、本領は安堵いたす、とな」
「‥‥伝える‥‥だけでございますか? 冒険者に説得させるのでは?」
手代は聞き返す。
「伝えにいく冒険者は、わし自らが説得する。わし自身が冒険者を説得できないのに、どうして人伝の説得が中村殿を動かせようか?」
与七郎はそう手代に答えたのである。
●関東に平和を
「この騒乱の関東に平和をもたらすには、義経公を旗頭として源氏の名の下に諸将が恭順させるのが、もっとも早く血の流れることのない方法である」
与七郎はそう主張する。確かにそれは事実である。現在の関東のように拮抗した勢力が割拠する情勢で、武力によって人を屈服させようとするならば、必ず武力と武力の衝突が起きるであろう。しかし、源氏の威光によって人々を自ずから従わせることができるのであるなら、流れる血は格段に少なくて済む。
「家康殿では、もはやそのような解決は望めぬ。あの方の再起がありえないとは思わぬ。しかし、今のあの方は度重なる敗戦と失策により、かつてのような威光は失われておるのだ。必然的に武力に頼らざるをえず、さすれば多くの血が流れることとなるだろう」
冒険者達に語る数正の言葉は真摯な想いが込められているように思われた。
「家康殿も含めて、否、家康殿こそ率先して関東の諸将が源氏の白旗の下に集い、関東に秩序をもたらさねばならぬ」
それは義経を象徴とする関東諸侯連合体というべき姿であろう。今までは源徳家がその役割を担っていた。ただし、威光と武力を兼ね備えた状態で、である。
「わしの依頼は、義経公にお味方していただきたい、それを中村殿に伝えてもらうことだ。それを果たしさえすれば、後はお前達が何を千代丸殿に吹き込もうが、わしは感知せぬ」
与七郎は冒険者達にそう言った。自分の意見に賛同してくれるならば、冒険者達は自分の想いを実現する為に尽くしてくれることだろう。
「いや、もう一つだけ伝えたいことが残っておったな」
言い終えて、ギルドを立ち去ろうとした与七郎がふと足を止めて冒険者達に言い足した。
「もし、義経公に従わぬと申すのであれば、せいぜい峠の守りを固めておくことだ、そう申し添えておいてくれ」
最後に恫喝の言葉を残した与七郎であった。彼とて武士である。題目だけですべてを解決できるとは考えてはいないのである。
●秩父を取り巻く情勢
源徳家康の敗北によって、関東は大きく混乱していた。
鉢形城に割拠していた長尾四郎左景春は、その混乱に乗じて北武蔵を席巻していた。
畠山荘司次郎重忠の居館・菅谷館を攻略した事で、その智謀の評価は大きく高まり、また勢力としても一定の安定を得るまでに至っている。
荘司次郎はとりあえず合戦で共に戦った比企氏のもとへ身を寄せた。
荒川という主要な水運の道を、景春の本拠地である鉢形城に塞がれている秩父もその動向には神経を尖らせていた。
長尾だけではない。
江戸を落ち延びた源徳家に復活の目はあるのか? あるとして、源徳家の復活まで秩父だけで持ちこたえることはできるのか?
江戸を占拠した伊達政宗、源義経の動向はどうか? 江戸の支配を安定させる為にはどうしても武蔵諸豪族を臣従させ、その力を吸収しなくてはならない。遠くないうちに北武蔵へも食指を伸ばしてくることだろう。
新田義貞も遠い勢力ではない。峠を越えれば、秩父から新田の勢力圏にいけることは、千代丸が神流川合戦に参戦したことが示している。今は長年続いた上州の戦乱によって国力が疲弊している新田ではあるが。
雁坂峠を越えれば、武田信玄がいる。雁坂峠は険しい峠であるから、そう簡単に越えることは出来ないはずである。また、伊達の動向を注意深く見守っている様子から、北武蔵に対する大きな動きは控えているとする観測もある。
脅威としての各勢力の分析は以上のようなものであるが、逆に源徳を離れて他の勢力を頼るとすれば、果たして各勢力はどれほど頼りになるのか?
「ふぅ‥‥家康公は秩父、武蔵より遠く、周りを見渡せば敵だらけ‥‥私はどうしたものであろうか」
千代丸は自室で一人になって、ようやくそんな一言を漏らした。
秩父丹党は秩父に根を張った一族の血縁関係を基盤とした武士団であり、千代丸はその嫡流である中村家の歳若い女当主である。
この苦境にあっても、彼女は丹党の他の領主達の前で弱音を吐こうとしなかったのである。
●リプレイ本文
石川与七郎数正の話を聞き終えた時、口を開いたのは浦部椿(ea2011)である。
「最後の峠云々がなければ、幾分マシな物言いであったろうが‥‥今のご時勢、下手に力をチラつかせるとそれに無性に反抗したくなる酔狂も少なくないのでね、冒険者の中には」
「さもあろうな。しかし、それを言うのであれば、もはや力だけに頼らざるをえないのは源徳家であることを忘れられては困るぞ」
与七郎はそのように返す。
「今は亡き義朝公が京の戦乱に出陣していた時とは違う。あの時は京都が戦乱の渦中であったが、今は関東も戦乱の只中なのだ」
神聖暦980年ごろ、貴族たちの内乱をよそに東国経営に専念した家康は、東国武家の組織化に成功、江戸を中心にその足場を固めた。神聖暦995年、甥にあたる安祥神皇を即位させると、自らはその摂政の地位につき、東国支配を合法的なものとして承認させ、政治の実権を握る。
「源徳家による関東支配が伝統として人々の血肉となるには、時間が明らかに足りなかった。せめて後十年の時があれば、このようなことにはさせなかった」
与七郎は語る。源徳家が名実共に東国の支配者となったから、まだ十年と経っていないのである。それに先立つ十五年間の短い時間で東国を纏め上げた若き家康の手腕は水際立ったものがある。その家康の存在自体が源徳家を支えていたともいえる。
(「だが、なぜ抵抗するのも構わないと自分達に言わせるのかが一番わからない、主家にとっては今戦力を割くのは、上杉、新田、武田、源徳に隙を見せる事になる筈なのだが?」)
南天陣(eb2719)の疑問はそれである。そもそも、なぜ冒険者を使うのか?
(「いや、同じ源徳家中‥‥だった者として、千代丸殿が時に予想を超える行動をとるやも知れぬことを知っておられるからか?」)
考えて答えが出ることではないが、今問い質して答えをもらえることでもない。
(「今後を見守っていくより他ないか」)
秩父へ向かう峠道。
周囲に警戒の目を光らせながら駆け抜けていくのは磯城弥魁厳(eb5249)である。
「ただ言伝をするためだけに、冒険者を雇うほど依頼人も暇な御仁ではありますまい」
魁厳はそう考えている。陣が依頼の背後に政治的な意図を汲もうとしたのは違い、魁厳はもっと単純に考えている。
「事の推移によって起こりうる事態を見越しての依頼とも考えられっまする」
危険であるから冒険者に。その危険が千代丸に及ぶのか、使者である冒険者に及ぶのか。
「‥‥真田忍軍‥‥」
ただ、魁厳は忍者であるので、真っ先に想定する危険は真田忍軍のような同業者の脅威であった。暗殺や諜報であるなら、忍者こそが警戒すべき敵である。
魁厳は駆ける。己の足音も気配も小さくして、五感を周囲に広げていく。木立の隙間、藪の暗がりに目を配る。吹き抜けていく風に揺れる葉音、動物や虫達の声に耳を傾ける。
それらの全てに悪意の痕跡は混じっていないかと。
「拙者、冒険者ギルドからの依頼により、源家家臣・石川与七郎数正殿からの伝言を持ってまいった。貴殿らは中村殿のご家中か?」
アンリ・フィルス(eb4667)がその屈強な巨体から発した大音声で、秩父の境で警備に当たっていた兵達に呼ばわった。
兵達は顔を見合わせたが、やがて冒険者達を秩父の村へと案内した。
「さすがにすぐに千代丸様のお館には案内されませんでしたね。こうした情勢では仕方ないのでしょうが」
待たされている神社の会所に通されて北天満(eb2004)はそう漏らした。
「そうだな。自分も千代丸殿には久しくお会いしていないからな。家中の方々にまで気軽に接してもらえるほどにはなっておらぬ。千代丸殿は元気であろうか」
「千代丸さんん、お変わりありませんかネ」
赤霧連(ea3619)と陣は何度か冒険を共にした千代丸のことを懐かしく思い出す。今日のこの機会も千代丸の役に立ちたいと願っている。
「千代丸殿が義を通される御仁であるならば、命を懸けて彼女と彼女の民をお守り致す所存。これからそれを見極める」
アンリがその特徴的な目でこれからやってくる千代丸を見通すようにして語る。アンリは主を持たないファイターである。ただただ己の肉体と武を磨きあげてきた男である。そんな男だからこそか、義に欠けたジャパンの世情を嘆いている。
「ステラさん、座らないんですか?」
会所の部屋の隅で一人立ち尽くしているステラ・シアフィールド(ea9191)に気づいて連が声をかける。
「ん‥‥二回目ですけれど、やはり慣れないもので」
適切な技術を持たない乗馬は必要以上に体を酷使してしまう。それが峠道となれば尚更で、ステラは体のあちこちの痛む部分をさすっていた。
「‥‥千代丸様、不用意に会われるのは‥‥」
「‥‥黙れっ! 冒険者であれば、私の大切な友人だ」
「‥‥しかしっ‥‥」
「‥‥友人を愚弄する言葉は許さん」
会所の廊下から聞こえてきた言い争う声に、千代丸の来訪を告げた。
冒険者達は千代丸を迎える為、綺麗に並んで座り、千代丸が入ってくるのを待った。
「皆、よく来てたな。初めて顔を合わせる者もいるが、友の顔を見れてうれしく思う」
部屋に入ってくるなり、千代丸は破顔一笑した。
「千代丸様直々のお目通りいただき、恐悦至極でございます」
しかし、連は深々と頭を下げて慇懃な態度で迎えた。
「おお‥‥連かっ。そう、堅苦しい挨拶はよい。あのたわけ者は来ておらんのか? いや、あれだ、連が来てくれたこともとてもうれしく思って‥‥」
「‥‥千代丸様っ」
友人に出会えた喜びが大きい為か、先走ってはしゃいでいる千代丸に側に控えていた家臣が嗜めようとする。
「此度は源家家臣の石川数正殿の依頼により、その言伝を伝える冒険者ギルドから使者として派遣されて参りました。私、赤霧連、以下七名の冒険者でございます」
「‥‥そうか。大儀である。言伝を受けたまわろう」
連の慇懃な挨拶が続くのを見て、千代丸は急につまらなそうな顔になって答える。
「数正殿よりの言伝は二つ。一つ目は『義経公にお味方していただきたい』との由」
「伊達についた者からの伝言であれば当然のことだな。して、もう一つは?」
「二つ目は『もし、義経公に従わぬと申すのであれば、せいぜい峠の守りを固めておくことだ』との由にございます」
連は与七郎からの伝言を一言一句違えぬように注意を払って伝える。椿の言を入れてのことである。
「どちらもその内容自体には面白味がないの。依頼の本筋は私を説得することか」
「いえ、以上で依頼はすべて果たし終えました」
連が頭を下げる。
「何だと? ただ、それだけ、か?」
「御意」
「‥‥たったそれだけの為にご苦労なことであった。今日はここで一泊して、ゆるりと体を休めるがよい。ささやかだがもてなしも用意する」
千代丸はそう言って立ち上がると部屋を後にしようとする。
「千代丸殿、言伝へのご返答は如何に?」
椿が千代丸の後ろ姿に声を投げかける。
「即答は出来かねる故、いずれ江戸へ使者を差し向けると伝えるがよい」
そうして、千代丸は部屋を後にした。
「まったく迂闊じゃのう」
他の冒険者達とは別行動で敵の警戒に当たっていった魁厳は千代丸が夜半に一人で館を抜け出したのを見つけて、そう呟いた。魁厳はそっと気配を消して後をつける。
千代丸が向かった先は冒険者達がいる会所であった。
「それだけ友人としての冒険者に心を寄せているということじゃろうか」
魁厳はもう一度会所周辺の索敵を済ませると、後の守りは中の仲間達に任せることにした。
「どなたかいらっしゃったようです」
周囲を警戒していた満はいち早く千代丸が訪ねてきた気配を感じ取って仲間達に声をかけた。抑揚のない声に聞こえるが、付き合いの長い陣には満に緊張や警戒がないことがわかった。
「千代丸さん、ごめんなさい。さっきはあんな態度を取ってしまって。また、会えて嬉しいです」
来訪した千代丸に真っ先に口を開いたのは連であった。
「よかった‥‥‥‥いや、気にすることはない。公の場で私がはしゃぎ過ぎたのだ」
ほっとした様子を見せる千代丸であった。
「連につれない態度をされて寂しかったか、千代丸?」
レイナス・フォルスティン(ea9885)が千代丸をからかう言葉を投げかける。
「わ、私は別にそんなことはっ‥‥」
千代丸がわたわたと慌てる様子を、冒険者達は微笑ましく眺めていた。
「少しお痩せになりましたか?」
だが、そんな千代丸にも隠し切れない疲労の色があるのを連は見抜いていた。
「‥‥あの戦からこちら、な‥‥。のう、私は一体どうすればよいのであろうか?」
千代丸は助けを請う瞳を冒険者達に向ける。
(「未だに世間では千代丸殿は『秩父領主の娘』という認識だが、今の困難を乗り越えられたならば、『娘』と呼ばれるのも返上できるかもしれんな」)
千代丸の視線を向けられた椿はそんなことを思う。
「江戸で聞いたお話を致しますなら‥‥源徳様はご健在、今は三河へと移られたと聞いております」
「‥‥そうか、冒険者の皆は私との約束を守ってくれたか」
神流川の合戦に参陣した千代丸であったが、情勢の変化に対応する為、いち早く秩父に戻った。その時、冒険者達に自分の代わりに家康公を守って欲しいと頼んだのである。
「されば、千代丸殿は源徳公にお味方し、義を貫く所存であらせられるか?」
「初めて会う顔だの」
「拙者、アンリ・フィルスと申す者にござる。この義に欠けた世で、共に節義を貫きとおせる主君を求めております」
「私の元に仕官したいと?」
「貴種や嫡流を持ち出して節義無く天下を嬲る者達には憤りを禁じえませぬ。千代丸殿がその覚悟を決められましたならば」
「‥‥それを言うのであれば、家康公とて同じこと。冒険者の治める国を一から築いてみせるつもりかの?」
千代丸は苦笑いしながら、そう言った。実現するかはともかく、面白い話だとちらりと考えた。
「だが、実際、義経公は裏切りという手段で江戸を手に入れ人物であり、人となりもよくわからない。伊達がどこまで彼を利用するつもりなのか、彼が伊達を利用するのか?」
レイナスも義経に関する感想を述べる。
「此度の依頼は義経殿に仕える石川殿の依頼であり、伊達の依頼ではないということか?」
「あるいは依頼主の与七郎の心は今でも源徳にある可能性だってある」
「依頼が千代丸殿を説得せよ、ということでなかったことを考えると含みがあるようにも思われてならん」
陣が感じていた疑問を言葉にする。
「‥‥アンリ殿、正直に言えば、私は悩んでいる。おぬしの期待に沿えるかどうか‥‥しばらく様子を見てもらえるかの?」
千代丸の答えに、アンリは静かに頷いた。
「あ、あの。私の考えは‥‥『国』を取るか『義』を取るかとと言ったことだと思います」
控えめにしていたステラが意見を出す。
「置きかえれば、『領民』を取るか『個人』をとるかということで‥‥」
「‥‥その『国』『領民』を取るためには、どこにつくべきなのであろうな? あるいは本当に『義』と『国』は両立しないのだろうか」
ステラの言葉に、千代丸はぼそりと呟いた。
「あっ‥‥出過ぎたことを言いました」
「いや、いいのだ」
だが、今、彼女が欲していたのが戦略的判断の為の助言であることは確かであった。
「判断に迷っているのは千代丸殿自身よりも、家臣の方々、丹党の諸領主方ではないのかな? 取り纏めに苦心しているんじゃないか?」
椿が疑問を投げかける。
「椿、それはおぬしの買いかぶりだ。私自身、どうしたものか悩んでおる。むろん、丹党内の取り纏めも難しいことだがの」
「‥‥そのような葛藤、苦悩‥‥家臣の前では迂闊に話せぬのだろ」
「‥‥そういえば。‥‥すまぬな、このようなことをおぬし達に聞かせてしまって‥‥」
「自分は千代丸殿がどのような判断を下そうとも手助けする。一人で抱え込まず、相談してもらいたい」
陣がそう言って千代丸を励ます。
「千代丸殿、源徳の世も動いた安定するかわからない今の情勢を完全に見通せる者がいるとは思えぬ。信じる道を選ぶのが一番だ」
「信じる道‥‥か」
「その為には苦労も多いことかと存知ます。何を選ぶにしても不要な内輪揉めは先々の障りになりますゆえ。ですが、陣様がこれだけ千代丸さんのことを信じておられます。必ずや、成し遂げられると私にも信じさせて下さい」
満は千代丸との面識はなかったが、陣との付き合いは長い。陣が信じる千代丸であれば、信じられると満は断言した。
「何れにしろ御身の家の事、考えるのは御身の仕事だ。私達は何事かを強制したりはしないし、何かを強制しようとする者も嫌いだ」
椿は言う。すべては千代丸の判断を尊重しようというものである。
「いついかなるときも私は『千代丸さん』の味方です。勿論みんなもです! それだけは決して変わりません」
連がそう言って、にぱっと笑ってみせた。
「皆‥‥その気持ち‥‥本当に嬉しく思うぞ」
千代丸は自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「さて、せっかくの機会だ。憂さ晴らしに試合するか。汗を流してさっぱりすれば、よい思案も浮かぶかもしれんぞ、千代丸」
レイナスがそう言って笑いかけた。ナンパの達人だけあってその微笑みは爽やかで魅力的なものであった。
「私の信じる物‥‥か」
冒険者が帰った後、千代丸はそれが何であるか考えていた。
源徳家への忠誠か?
丹党の総領としての責任か?
それとも‥‥?
「‥‥」
目を閉じると浮かんでくるのは、冒険者達の顔である。
「そうだ、私にとって大切なものは‥‥」
数日後、源義経への臣従を宣言した秩父丹党の中村千代丸が江戸の街へとやってきた。しかし、彼女が真っ先に向かった先は江戸城ではなく‥‥
「皆、元気にしておったか? 久しぶりに私の方から会いに来たぞ」
冒険者達の集まる酒場であったという。