【峠の向こう2】謀反人
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■シリーズシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:16 G 29 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月07日〜10月17日
リプレイ公開日:2007年10月22日
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●オープニング
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稲刈りの季節が終われば、農作業も一段落してくる。
農閑期に入れば、蠢きだすのは合戦の気配である。
特に北武蔵ではその傾向が顕著であった。
個々の武士達がそれぞれに中小の独立した領主達である為、農繁期には自ら鍬を手にする武士もいれば、そこまではせずとも様々な形で農業に関わる武士は多い。大きな藩のような組織規模になれば、武士としてのあり方に専念できる者もいる。
だが、長尾四郎左景春はそこまで統制された武士組織を作り上げるところまでは及んでいなかった。もどかしくはあったが、性急に武士組織の改変を行うことは簡単なことではない。
「まずは後背の不安を取り除く。下拵えは済んでいるな?」
「はっ。あとは我らの合図を待つばかりでございます」
だが、逆にいえば、この季節は四郎左がいよいよ動き出すことが出来る季節でもあったのだ。
「よし、はじめよう」
家臣の言葉に四郎左はそう答えた。
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「秩父で薄殿が謀反をおこしました!」
「なんだと?」
中村千代丸がその報せを聞いたのは江戸でのことである。
「それで状況はどうなっておるのだ?」
「岩田殿がすぐさま出陣いたしましたが、薄の地は秩父の中でも一段と山深き地なれば、天然の要害に依って制圧は容易ならざるとのことでございます」
秩父丹党の薄(すすき)氏は秩父地方の中でも特に奥まった地域に領地を持っている一族である。丹党内の第二勢力として千代丸を支えてきた岩田七郎政広もその険しい地形に苦戦を免れない。
「謀反人の兵は少ないのであろう。それでも攻めあぐねる‥‥か」
千代丸は歯噛みする。
野戦に持ち込めば、すぐにも制圧できるであろう小さな謀反は、しかし要害に立て篭もっていることで、兵数以上の存在感を示していた。
「我らの兵を足止めにするには十分というわけだの」
薄氏にしてみれば、閉じこもっているだけでも、圧力をかけることはできる。放置することはできないが、小さい勢力にあたら兵を無駄にしたくない。そう思わせることができるからである。
「裏で糸を引いているのは? 調べはついておるのか?」
「はっきりとは致しませぬ。ただ、秩父に直接の脅威を感じているのは、鉢形城の長尾景春でございましょう」
「であろうな。というよりは、そうであって欲しいとも思う」
薄氏だけが挙兵した。それだけでは他の諸勢力の役に立つものではない。四郎左が最低限の労力で秩父を封じ込める為に打った手というほうがわかりやすい。また、他の勢力が張った大規模な計略の最初の一手だとは考えたくなかった。
「強引に力押しで攻めれば片はつくであろうが、兵の損耗は惜しい。さりとて、放置することもできず、砦を包囲し続ける為に兵を割くわけにもいかぬ」
兵力を使って薄氏を攻めるのは難しい。そうであれば、千代丸の頭にあったものは‥‥。
●
「すまぬが、力を貸して欲しい」
千代丸は馴染みの冒険者達に声をかけた。
「砦といっても、薄の家だけで動かせる兵はせいぜい二十というところ。その他に何がしかの戦力を増やしたとしても、二倍三倍に膨らむということはなかろう」
さして、多い数ではないと冒険者達は感じる。
「その数に苦戦している理由が、薄の地の山深い地形だ。逆にいえば、それさえどうにかできるのであれば、二十人の謀反人に過ぎないのだ。山を越えて、背後から薄の砦に侵入する」
それに成功すれば、相手は二十人に過ぎない。
小数精鋭で変則的な戦闘に慣れている冒険者の活躍しやすい場であると言えた。
●リプレイ本文
●砦へ
冒険者達が山中に分け入って、薄氏の立て篭もる砦を目指していた。
「皆さん、大丈夫でごぜえますか?」
案内のジャイアントの猟師が尋ねる。浦部椿(ea2011)が雇った者で、秩父の山中を棲家としている。ジャイアントはもともと山岳地帯で少数の家族や友人と暮らすという生活習慣を持っているため、この猟師も里の人間の利害関係との関わりが薄い。今回のような仕事には悪くない人選であった。
「私は大丈夫だが、他の者達にはそろそろ休息が必要だな」
「へい。この下に広い岩場がごぜえます。こちらへ」
椿が答えると、猟師は休息するのに十分な広さのある岩場へと冒険者達を案内し始める。
「よくやってくれる。しかし、里の人間が協力を渋ったのを見れば、薄殿も暗君というわけではないのだろうな?」
椿はそんな感慨を口にする。
「何故の謀反であろうなぁ」
浪人から欧州に主君を見出したナイトの虎魔慶牙(ea7767)が、椿の言葉を受けて疑問を口にする。
「何を餌に誑かされたのやら‥‥」
椿にはある程度の推測はあったが、今は苦笑いしたのみである。
「なんであれ、今は友である千代丸の為に剣を振るうのみだ」
同じ北武蔵の領主である比企氏を主君に持つエジプト人のレイナス・フォルスティン(ea9885)がいう。立場上、口にできないことも色々とあるだろうが、さりとてそれを理由に友である千代丸を見捨てる気も毛頭ない。
「千代丸さんということなら、素直になった気がします」
千代丸は確実によいほうへ変わっている。そうであって欲しいのが、赤霧連(ea3619)であった。
と、冒険者達の視界が開けた。そこには大きな岩があり、樹木が生えていない為、広めの空間と開けた展望があった。そこから幾重にも重なった秩父の山々と、秋に色づき始めた山の彩りを一望することができた。
「皆さん、ゆっくり休めるのはここが最後でごぜえます。もう、あの尾根を越えれば‥‥」
「薄氏の砦のある側‥‥か」
猟師の指差した先を見つめて、慶牙が呟いた。
●突撃
尾根を越えて、降り斜面に入ると、一行の緊張感は増した。だが、砦に籠もっている兵数では山中にまで物見(偵察)を出す余裕はない為か、敵と遭遇することはなかった。
砦近くまでやってくると、報酬を渡して猟師は家に帰し、冒険者達は夜が来るのが待つ。
「千代丸との約束の刻は、月を見てだったな」
夜十字信人(ea3094)は沈む太陽を背に、山の端に顔を出しつつある月を見ながら言った。仕えるべき主人を欧州の神に見出した神聖騎士で、元浪人である。
四方を山に囲まれた薄の地では、日が暮れるのにそう時間を要さなかった。
唐突に夜の闇に包まれていた山間に、法螺貝の音が響き渡った。
「合図です」
ステラ・シアフィールド(ea9191)が音を聞いて、冒険者達に告げる。法螺貝の音に加えて、鬨の声も聞こえてくる。
「行こう。自分達は鬼切殿の用意した縄を伝っての侵入だ」
南天陣(eb2719)が立ち上がる。彼に続くのは、レイナス、ステラ、慶牙、北天満(eb2004)の四人である。
隠密行動に優れる鬼切七十郎(eb3773)が昼間のうちにこっそりと用意していた、登攀用の縄が砦に向けて仕掛けられていた。天然の要害に依っているからこそ、その要害を潜り抜けてくる相手に対する警戒は薄かったといえる。
「敵は正面方向に集まっているようです。こちらへの警戒は薄いようです」
ステラが魔法を使って、敵の動きを把握する。冒険者達は七十郎の用意した縄を伝って砦の中へと降りていく。
最初に降りていくのは重い武者鎧を着込んだレイナスである。続いて慶牙が降りて、敵に備えた上でステラと満が下に降りた。
「まずは敵戦力の無効化だ。ゆくぞ」
陣が降りてくるとそう言った。
冒険者達は砦の中を静かに進んでいく。忍び足などの技術に優れているわけではなかったが、砦正面の陽動が功を奏してかなり近距離にまで近づくことができた。
「ん? 何者だっ!」
薄氏の兵が冒険者達に気付いて誰何の声をあげた時には、満の魔法の射程距離であった。
「大人しくしてもらいます!」
満は月の精霊の力を借りて、影をもって兵を捕縛する。
「『人の死』に慣れないで欲しいと言ったのは私自身ですからっ」
他の兵達も異変に気付きはじめるが、ステラが発動させた目に見えない力がその兵達の動きを阻害する。
その兵達を燃え上がる炎の鳥が襲う。陣が神皇より賜った炎の力である。炎の鳥は猛烈な勢いで兵達に襲い掛かり、その手に持っていた弓を破壊していく。
「ようやく俺達の出番だな」
「ステラには厄介な狂化がある。気をつけていけよ!」
レイナスと慶牙がそれぞれの武器を手に敵中に突撃していった。
時を少し遡る。
慶牙達が縄を伝って砦に潜入していた頃である。
「さて、突入路を開くのは俺の役目だな」
残りの面々は砦の柵を破壊して突入する手はずであった。信人がその背から六尺三寸にもおよぶ斬魔刀をずるりと引き抜く。示現流独特の高い構えから、
「破壊太刀っ」
一気に振り下ろして柵を切り落とす。派手な音を立てて柵に綻びが生じる。
「さあ、信人さん、残りの柵もサクサク斬っちゃって下さいね」
「‥‥連。それは洒落か?」
壁のような頑強な構築物はなかったが、その分柵が二重、三重に作られていた。信人がそれを一つずつ斬っていく。
「せやっ! ‥‥よう、逆賊。派手なのはお嫌いか?」
「わしは薄殿が客将、逸見義綱なり。丹党の事情とその是非は問わぬ。ただ、薄殿への義によりて助太刀いたす」
信人から見ても隙のない構え。立ちはだかったのは中年の武士であった。
「奇遇だな、俺も友への義によって助太刀する所存でやってきた」
信人も斬魔刀を構える。中年武士は
「夜十字、任せてよいか?」
七十郎が問う。
「もとよりそのつもりだ。すまんが、俺の代わりに連を守ってやってくれ」
「互いに力を合わせれば、自ずと助け合う結果となります」
「信人さんこそ、お気をつけて」
所所楽林檎(eb1555)と連が答えて、冒険者達は砦の奥へと進んでいく。
「止めないのか?」
「それを許してはくれまい? 死屍十字、人斬り夢幻斎」
「ああ、その通りだ」
二人の刃が火花を散らした。
「長尾の後詰は来ぬぞ! 景春は今頃、荒川を下っている!」
椿が声を張り上げて薄兵の動揺を誘う。
先行していた陣達に加えて、冒険者の増援が現れたことで、数に優る薄勢が劣勢となる。達人と呼べる実力が数人いる冒険者達に対して、戦力差が2対1程度では半農半武の地侍達に勝ち目は薄いものであった。
「手加減できるほどの実力も余裕もありません」
二人の薄兵を相手にする連はそう呟く。事実、槍と刀で襲い掛かる薄兵の間合いの異なる攻撃に対して、連は防戦一方である。闘気を使っている分、防御に適した盾を使っていることで辛うじて凌いでいる。
だが、その劣勢も他の兵を斬り倒してきた七十郎が駆けつければ、槍の薄兵はたちまちに七十郎が斬り伏せる。
「ええい!」
冒険者の増援に焦りを覚えたもう一人の薄兵は勝負を一気につけようと八双に刀を構えて、渾身の袈裟斬りを連に見舞う。連は構えを見た瞬間に盾を構えて相手の懐に飛び込んでいく。
薄兵の刃は盾に防がれ、連の大脇差は薄兵の胸を突き通していた。
「おう、お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「‥‥はい」
怪我をしたわけではない。しかし、連が答えるのに若干の間があった。
「あらかた終わった。じゃが、大将首が見当たらん」
背後からの少数精鋭によふ奇襲は見事な成功を収めていた。
「ありゃ、こっちは随分と、だな。ステラ、こっちにゃ来ないほうがいい」
慶牙がやってくると、その場の流血の様子を見てステラに注意を促す。
「そっちには大将首はいたか?」
「いや、見当たらないな」
七十郎の問いに慶牙は答える。
「戦線で兵とともにいると考えていましたが、この状況にあれば、一人離れて最後の選択をする可能性もあるかと思います」
林檎が推測を口にする。
「逃亡か、あるいは‥‥。どちらにしても手分けして探さなくてはか」
「はい、阻まねばならないと思います」
レイナスが考え、林檎がそれに同意する。冒険者達は先ほどと同じ組に分かれて、薄氏の当主を探し始めた。
「誑かした主が口封じをするという可能性もあろうな」
陣は周囲に目を配りながら、砦の中へ進んでいく。
●決着
薄氏当主である長房は、持仏堂に籠もって一人静かに読経をしていた。
「薄の当主様ですね。ご同行願えますか?」
「もはや、討ち取るまでもない、か」
「手足の身であなたの処遇について決めるつもりはありません」
長房の言葉に林檎はそのように答える。
「‥‥手足か。ぬけぬけと言うものだ」
長房が棘のある言い回しをする。
「‥‥建物の中だから、遠くから狙い撃ちされることはないと思いますが‥‥」
満は持仏堂の外で周辺の警戒に当たる。
「薄氏を誑かした者か。‥‥果たしてどうするつもりか?」
陣は満と一緒に警戒している。長房から聞きだせる情報は少ないはずであったし、謀反の原因を明らかにすることで、千代丸にその改善を求めることも出来る。
「千代丸殿のところまで来ていただこうか、長房殿。他の兵の助命の為にも大将が戦に終りをつけてもらわねばならん」
「縄目の恥辱を受けるつもりはない」
椿の勧告に、長房は腰から脇差を引き抜く。
「林檎さん!」
連が長房の近くにいた林檎を庇うように移動する。だが、刃は連にも林檎にも向けられていなかった。
「んっ、ぐぅ」
長房は自らの腹に刃を突き立てた。
「事敗れて‥‥生き恥を晒すつもりはない‥‥ただ、無念だ‥‥貴様達の‥‥手柄と成り果てた‥‥自分が、だ‥‥」
長房の冒険者達を見つめる瞳は、単にこの戦に負けたからというだけではないように思われた。
「‥‥薄氏当主、長房殿は見事自刃して果てられた。残っている薄の衆よ、これ以上の戦いは無益なれば、武器を置いて中村殿に降られよ」
事が済んで椿が砦の中に触れて回る。
「‥‥終わった、か。斬れ」
「いや、殺すには惜しい腕だ」
互いに手傷を負った信人と義綱の死闘もそこで終わっていた。
信人を足止めすることができた実力は、並みの兵士による迂回戦術は寄せ付けないものであった。
●恩賞
「皆、よくやってくれた。感謝しておるぞ」
千代丸は冒険者達を笑顔で迎えた。
「連やステラはどうした? 姿が見えぬが?」
「まだ砦だな。後片付けもある」
辺りを見回す千代丸にレイナスが答える。
「そんなことは家臣達に任せておけばよいものを。ともあれ、おぬし達が此度の一番手柄だ」
「いや、いたらぬ点もあった。謀反の背後を知ることができなかった」
陣は悔しそうに言う。
「気に病むほどのことではなかろう。おぬし達でなければ、こう簡単に鎮圧はできなかったであろう」
千代丸は冒険者達を讃える言葉を笑顔で紡ぐ。
「そこで、だ。おぬし達に与える恩賞だが‥‥この薄の地を与えようと思う‥‥」
千代丸は無邪気にそういった。
「それはっ‥‥」
満が言葉に詰まる。そして、その瞬間、周囲にいた丹党の諸将達の視線が急に冷たいものになるのを背筋で感じた。
「代官を置いて、領内で集めた税は江戸まで送らせよう。どうだ?」
「‥‥んう‥‥すまないが、謹んで辞退させてもらうぜ」
「なぜだ? 我が家臣になれとは言わぬ。おぬし達冒険者は私の友なれば‥‥」
「信頼される事ぁ嬉しいが、家臣の者達にも気をつかってやりな」
慶牙はそうした武将達の空気を読んで、そう千代丸に忠告する。
「‥‥そうか。おぬし達がそう言うのなら‥‥」
(「忠告の意味を解ってくれたのかね」)
慶牙はそう思わざるを得なかった。
「歌‥‥?」
どこからともなく、聞きなれぬ言語による歌声が聞こえてくる。どこか物悲しさを秘めた旋律は、ステラの歌声である。
このような時勢とはいえ、人の死に慣れないで欲しい。そういう願いを持つステラにとって、今は宴席で歌うよりも人目につかないところで静かに鎮魂歌を歌うことが大切に思われたのであった。