【D】新説? 桃太郎再び

■シリーズシナリオ


担当:言霊ワープロ

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月09日〜08月14日

リプレイ公開日:2005年08月15日

●オープニング

「この『アサギリ座』、次回公演は『桃太郎』です。‥‥興味ある方は友人、ご家族を誘って、ぜひご覧になってください」
 夕の冒険者ギルドにまた口上の呼ばわりが朗々と響き渡る。
 アサギリ座公演の報せである。
 ノルマンにアサギリ座という小さな芝居小屋がある。
 この小屋は毎回、ジャパンの御伽話を題材として演劇をやるのだが、飛び入り参加自由という特色を出している。普段なら役者でない者が自由に舞台に上がり、劇に参加してもいいというのである。面白ければ筋を本来から脱線させてもいい、何でもありなのだ。
 客はあまりの筋の変貌にある者は面白がり、ある者は呆れ、それでいてある程度は人気を集めるという状況だ。
 ウケれば勝ち。劇団はそういう心づもりらしい。
 前は飛び入りの役者も普通の客と同じように観劇代をとっていたのだが、今は冒険者の飛び入り参加を正式に『依頼』として冒険者ギルドに登録し、それなりの褒賞を支払うという方式になっている。
 これはこれまで、冒険者が最も熱心に参加しており、仕込みや筋の打ち合わせをきちんと行っているからで、また冒険者がやる飛び入りが一番大胆で客受けがいい。ならばいっそ、依頼としてアサギリ座の方から出演をお願いしようと、そういうことになったわけである。
 勿論、舞台に上がってしまえば役者の1人。劇を盛り上げてもらうことは忘れてはならない。
 衣装や小道具はある程度、劇団側が用意してくれる。
 しかし『桃太郎』は過去に1度公演している。正確にはイギリスでもしているからこれで3度目だ。
 まあ、同じ題材を2度使っていけないわけはないだろうし、飛び入りが自由自在に劇の内容を変えてしまえるならば、同じ題材でも全く同じものにはならないだろう。
「この『アサギリ座』、次回公演は『桃太郎』です。‥‥興味ある方は友人、ご家族を誘って、ぜひご覧になってください」
 宣伝役の口上が繰り返される。
 そして彼は過去の例にない言葉を言った。
「飛び入り希望の皆様、今回は劇にテーマがあります」
 テーマ? と口上に聞き入っていた者達がざわめく。
「権威主義的な教会司祭を劇の中でこきおろしてやりましょう! ‥‥あんな司祭は嫌な奴だとあなたが常日頃、腹の中でくすぶらせている不満をぶつけてみませんか? 固苦しいジーザス教のここが変だと思ったことはありませんか? 喜劇役者とは権威を民の前でこき下ろせる素敵な商売! 世の中を斜め見して、新鮮な空気を民草の中に注入してやりましょう! 劇の中なら異種族恋愛賞賛、デビル礼賛、タブーはなし!」
 おっとこいつは穏やかではない、と皆のざわめきは止まらない。
 喜劇とはいえ教会批判は危うい仕事だ。
 しかし大衆劇だからこそ許されるというものでもあるかもしれない。ギリギリだ。
 それに最近のアサギリ座には噂がある。
 座長であるフランボワーズ・アサギリに代わり、彼女からの劇団運営の委任状を持った小男の道化師が劇団を仕切っているというのだ
「アサギリ座、次回公演は『桃太郎』です!」

●今回の参加者

 ea2005 アンジェリカ・リリアーガ(21歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea3579 イルダーナフ・ビューコック(46歳・♂・僧侶・エルフ・イギリス王国)
 ea4791 ダージ・フレール(29歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea6044 サイラス・ビントゥ(50歳・♂・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●1
 『アサギリ座』。
「一ついいかな、依頼主殿」
 再公演する『桃太郎』の準備で忙しい小劇場を訪れた、衣装を崩したエルフの白クレリック。清ました声だがやや無頼な雰囲気がある。
「喜劇役者うんぬん‥‥あの言い回しは知り合いから『名誉毀損』じゃないかと言われたんだが」
 白クレリック、イルダーナフ・ビューコック(ea3579)は宣伝役を兼任する役者達を呼び出して言う。
 一体、何処が名誉毀損なんだと役者達が詳しい説明を求めようとすると、イルダーナフは彼等のくってかかる動作を手をかざして遮った。
「いや『仮面つけてるお姉ちゃん』からなんだが‥‥あんなド下手くそな『口上』があるか、とえらく怒ってたぜ」
 下手くそ呼ばわりだった。果たして仮面のお姉ちゃんとは何者なのか? 彼はそこも説明せずに先を急ぐ。
「先を丸めた針で神経を突つくような呼ばわり。あれでは劇や観客を盾にしているのと大差ないのだそうだ。俺自身も教会批判は別に構わないと思うが‥‥少し工夫してこういうのはどうかね」
 そして彼は今回はこれから宣伝活動一切をやめることを提案した。
 まるで今回の公演が教会に圧力をかけられ、宣伝を自粛せざるをえなくなったよう振舞おうというのだ。
「皆を騙すというのか?」
「おっと騙すなんて言うな。こっちは『大人の事情』を行使しているだけなんだ。‥‥そう、客には何を訊かれても『大人の事情ですから』以外の言葉で答えなくていいんだ。勘違いするのは向こうの勝手だ。後は『劇の内容は変わりません。我々は精一杯をやるだけです』と涙ぐんでやりゃ、これはドえらい貴重な劇が観られるに違いないぞと思った観客達がわんさとやってくるに違いないさ」
 やっぱり騙すんじゃないか、と役者達は声を荒げた。どうやら彼等のプライドを刺激したらしい。
 だがここでイルダーナフの提案に拍手を送った男が1人いた。
「いい宣伝のやり方じゃありませんか! あなたをクレリックにしておくのが勿体ない!」
 座長代理の道化師風の小男、ジョルジュだ。
 イルダーナフの彼を見る眼が細まる。
「やはりあなた達冒険者に依頼を持ちかけたのは正解だった! よろしい、これから宣伝役はこれまで通り、人の多い場所に出掛けるが宣伝文句は一切言わない! 人に何を訊かれても『大人の事情』以外は答えない! いいですねぇ、今回の劇は最高の教会批判になる気がしますよ! 始まる前から客の心を掴みますよ、これは!」
 嬉々としてジョルジュは歌うように叫ぶ。
 彼の言葉を役者達は半ばあきらめたように、イルダーナフは何処か冷めた気持ちで聞いていた。
 実はイルダーナフはアサギリ座を訪れた時、劇場の前で『デティクトアンデッド』を行使していたのだ。
 その結果、反応があった。
 生命を持たない不死者がこの劇場内で活動しているのは間違いない。
 それはジョルジュだろうと彼は睨んだ。
(この男は怪しい。もしデビルだとしたら‥‥『ニバス』ってところか?)
 彼は自分の知識からジョルジュの正体の見当をつけようとした。だが確証はない。
 その日の夜からイルダーナフの提案した通りの宣伝活動が始まった。
 それはジョルジュが期待したような効果を生んだらしく、『桃太郎』公演の日は立ち観まで出るほどの大盛況になった。
 公演の幕が大きな拍手と共に上がる。

●2
『‥‥昔々、ジパングのある処に桃太郎という若者と、彼と愛し合うお姫様がいました』
 ナレーションと共、花吹雪舞う舞台の美しい花園のセットの中で『桃太郎』ダージ・フレール(ea4791)と『お姫様』アンジェリカ・リリアーガ(ea2005)が楽しそうに手を繋ぎ、舞い踊る。お姫様アンジェリカはジャパン貴族風の姫装束、シフールのダージは銀地の陣羽織、桃紋付きだ。
 シフールのダージと手を繋ぎ踊る様はむしろ振り回すといった体だが、そんな独楽のようにくるくると舞う2人の様子は何の悩みもなく楽しそうで、眺める観客の胸中にも永遠の春めいた和みを醸し出す。
 だがしかし。
 桃太郎はシフールで、姫は人間だ。これは禁断の異種族恋愛ではないかと気づいた観客達がささやかにざわめき始めた時。
 舞台、突如暗転。
『‥‥あくまでも平民の桃太郎と身分高き姫の間柄では恋愛などは許されず、周囲の人々によって2人の仲は引き裂かれます。姫には親が決めた許婚がいたのです』
 舞台に照明が点くとそこは教会の中だった。ジャパン風ではない。ノルマンの皆のよく知るジーザス教の立派な教会だ。
 そこでドレスを着て壇上の十字架の前に立っているのは姫アンジェリカ。
 アンジェリカの横に高潔な装束で立つのは彼女の婚約者役イルダーナフ。
 列席するゲストの様子も高貴な身なりで、上流階級の結婚式の光景であることを観客は即座に諒解する。
 厳粛な雰囲気で教会の式は進行するが、しかしやはりイルダーナフはエルフで、アンジェリカは人間だ。配役を素直に見てとればこれは異種族結婚ということになる。観客達が劇とはいえ、これは不味いんじゃないかといった声で低くざわめき、親が決めた婚約者と姫の結婚という悲劇よりもそちらの方が気にかかってしまうよう。
「汝はこの男性をよきにつけ悪しきにつけ、病の時も健やかなる時も死が2人を分かつまで聖なる結婚により夫とするや?」
 この結婚を取り持つ教会の神父役はジャイアントのサイラス・ビントゥ(ea6044)。ぴっちりと窮屈そうなジーザス教聖職者の服に身を包み、十字架の前で厳かに式を進行させる。誓約の言葉を姫アンジェリカに言うが、彼女はなかなかそれに答えようとしなかった。
「汝はこの男性をよきにつけ悪しきにつけ、病の時も健やかなる時も死が2人を分かつまで聖なる結婚により夫とするや?」
 サイラスは繰り返すがアンジェリカは口を開かない。
 にこにことしたサイラスの笑顔も間を持たせるには苦しくなり、列席のゲストが少々ざわめき始めたその時、
「アンジェリカ姫!」
 教会の入り口の扉が音高く叩かれた。それは桃太郎ダージの声だった。
「アンジェリカ姫! アンジェリカ姫!」
 扉は連打され、ダージの声はますます大きくなる。
 ゲストの者達が動揺する。
 姫アンジェリカは十字架の前から振り返り、婚約者イルダーナフの手を振りほどいて走り出した。
 とうとう教会の扉が開いた。桃太郎ダージが背の羽を羽ばたかせて飛んでくる。
 教会の中央で2人は抱き合った。
「桃太郎! 桃太郎!」
「ああ、アンジェリカ姫! もう離しはしませんよ!」
 普通なら感動の場面だろうが大勢の観客はまた複雑な心情を抱かざるを得なかった。人間とシフール。これも異種族恋愛なのだとそれをジーザス教教会のセットが強く意識させる。
「ええい、神聖なる儀式を邪魔する者は誰だ!」
 舞台で怒りに声を荒げているのは鬼面と化した神父サイラスだった。服の上からでも解る筋肉の隆起で1mはあろう十字架を抱え、桃太郎に大股で歩み寄る。
 桃太郎と姫の周囲からパニックとなったゲストが逃げる。
 神父サイラスは十字架を横薙ぎに振り回した。
 桃太郎ダージは姫アンジェリカを背後に守って、その十字架から身をかわす。
 十字架が振り回された軌跡上の長椅子の幾つかが破壊され、木片が飛び散った。十字架自体にもひびが入る。
「桃太郎! 昔からの親友だった俺からアンジェリカを奪う気か!」
 神父サイラスの背後でイルダーナフが叫ぶ。
「そうである、桃太郎。貴殿とイルダーナフを鍛え上げたのはこの私! 敢えて言うのなら師弟という関係を超え、貴殿を愛してもいたのだぞ!」
 サイラスはそう言う。
 劇の人間関係は彼等の台詞のままにややこしくなっていき、異種族恋愛に同性愛まで加わって観客も引き気味。
「えいっ!」
 桃太郎ダージの口から紡ぎ出される『ウォーターボム』の呪文。
 神父に当てられるかと思いきや、その水球は教会正面の壁に掲げられていた十字架を砕き、そこから教会のセット全面にひびをはしらせた。
 舞台天井から破片が次々と落ちてきて、ゲスト達が逃げ惑う中、教会セットは崩壊し始めた。
 神父サイラスも桃太郎ダージも姫アンジェリカも婚約者イルダーナフも、天井から落ちてくる破片と粉塵の中に飲みこまれ、やがて暗転する舞台に姿を消していく。

●3
 崩壊する教会を遠景にし、桃太郎と姫は草原の一本道を手を取り合って駆けていた。
「私達は自由だ!」
「愛してるわ、桃太郎!」
 桃太郎ダージと姫アンジェリカは手を繋いで満面の笑みで走る。シフールのダージは飛んでいるのでアンジェリカが引っ張りまわしているようにも見えるが。
『‥‥教会を無事に脱出した2人は新たなる新天地を目指して懸命に走ります。しかしすぐその行く手をふさぐ追っ手の群が現れました。教会は『鬼』とも通じていたのです』
「ちょっと待たんかい、あんちゃん達!」
 彼等を囲むように登場したのは劇団員達が扮する鬼の追っ手達。舞台の上手と下手からわらわらと現れ、十数人という人数で桃太郎たちを囲む。
「神聖な結婚式を潰してもらっちゃ、教会の面子が丸つぶれなんじゃ! どんな汚い手を使っても連れ戻せという命令じゃ!」
 言うや、一斉に桃太郎に襲いかかる鬼達。
「何を! 私はアンジェリカ姫を守る!」
 桃太郎ダージは必死に抵抗しようとしたが鬼達全員、彼の身長以上もある金棒を振り回す。
 彼はあっという間に地にねじ伏せられてしまった。
「なんや口ほどにもない。‥‥さあさあ、さっさと帰るで」
 鬼のリーダー格がアンジェリカの手をぐいっと掴んだ。鬼達の数人が倒れた桃太郎にしつこく蹴りを入れている光景で、アンジェリカ姫はそのリーダー格の手を振りほどいた。
 そして突然、一瞬の呟きと共にアンジェリカの身体が緑色の光を放つ。
 照明が薄暗くなった舞台で彼女の身体は青白い放電を放っているのが見える。冒険者ならそれが高速詠唱からの『ライトニングアーマー』だと察しがつくだろうが、観客にとっては迫力のある神秘的な演出である。
「よくも桃太郎をーっ!!」
 構えをとって叫ぶアンジェリカに轟くような効果音が重なる。
「あ、あれは‥‥伝説の『スーパーノルマン人』ッ!?」
「知っているのか、ライディーン!?」
 鬼の1人の呟きにリーダー格が問いただす。
「何千年かに1度だけ現れるという伝説のノルマン人だ‥‥! その強さは全ノルマン人が束になってもかなわないという‥‥!」
「そんな馬鹿な!? あいつがそんなものであるわけがない‥‥ええい、全員かかれッ!!」
 リーダーの命令で鬼達がかかったが次の瞬間、電撃の火花と共に金棒を放り出して全員後方に転がった。
「つ、強い‥‥! ひ、退けぇーっ!!」
 鬼達は全員無様に逃げ出して、舞台から退場した。
 身体から放電する姫アンジェリカは桃太郎ダージに近寄る。
「桃太郎‥‥」
 倒れ伏したままの桃太郎に呟く姫。
「このスーパーノルマン人モードになったからにはあたしは今までのあたしではいられないわ。これからのあたしは世界を巻き込んで強豪や幾万の魔と戦う『世界最強とっておき大バトル』をさまよう運命‥‥! さようなら、桃太郎‥‥! こんにちは、バトルの日々‥‥!」
 背中で哀しみを湛えた演技をしながら放電しつつ舞台から走り去るアンジェリカ。
 残された桃太郎をそのままにして、舞台の幕は下り始めた。
 どうも突然の伏線なき急展開と幕切れに置いてけぼりをくい、あからさまに絡みあう異種族恋愛に面食らった様子の観客だが、それでも拍手を贈って役者達の健闘を称えるのだった。
 そして多少のざわめき。
 教会批判という劇のテーマに客に賛否両論それぞれの感想があるようで、何よりの関心は『教会をちゃかしたようなこの劇の内容に対し、教会が更に圧力をかけたりしないか』ということだった。
 どうも観客はアサギリ座に教会が圧力をかけたということをほぼ全て素直に信じているようだ。
 そして、そのことに関し、教会への不満を今、声に出して話しあう客もいるのだ。
 民衆に教会不信の芽を根づかせるという目的ならば、成功したといえる公演だった。

●4
 過去の公演にも参加したことのあるサイラスは顔なじみの劇団員に近頃の塩梅を訊いてみた。
 するとここ数週間、アサリ座座長フランポワーズ・アサギリが床に伏して起きてこないのだという。
「なんと、起き上がれないほどひどい病気なのか?」
「いえ眼が醒めないらしいんですよ。見た奴の話だと自宅のベッドに寝たままだそうで」
 ちなみに座長は女性である。
「眠りの病か? 医者に見せたのか?」
「いや、それがですね、座長代理のジョルジュの奴が人をベッドに近づけないんですよ。ジョルジュは座長とどんな知り合いか知りませんが、ひょんと現れて座長の書いた劇団運営の委任状を持っていて、今では座長の代わりにこのアサギリ座を仕切っています」
 ふむん、とサイラスは息を漏らし、ごつい顎をひねった。
 劇団員達の噂によればジョルジュは教会批判劇の第2弾、第3弾を準備しているという。