●リプレイ本文
●1
何やらパリの『アサギリ座』がきな臭い。
劇団員から一座の座長フランポワーズ・アサギリの様態を確かめてくれと頼まれた冒険者達は、早速情報収集に駆け回った。
アンジェリカ・リリアーガ(ea2005)はまず劇団員達をあたって話を聞き出してみることにした。
「ジョルジュ? ああ、あの座長代理ね。俺は奴を信用していないよ、正直なところ」
劇団員にジョルジュのことを訊いてみて、まず返ってくるのは概ねこんな反応だった。
「座長が出てこなくなってからいつのまにか現れたのがあの男だろ。そりゃ変だと思うよ。でも座長直筆らしい劇団運営の委任状を持って現れて、一応劇団のことを立派に切り盛りしてくれる。眠り続けている座長の世話をしているのもジョルジュらしいし、なんか反抗する気にはなれないんだよ」
ジョルジュは座長宅に住み込みで彼女の世話をしているという。話によれば眠り続ける座長に果実の汁や野菜の絞り汁などを与えているらしい。そのおかげか、座長は特にひどい衰弱もなく眠り続けているらしい。
「委任状は本当に本物なのかな?」
「一応、過去の座長に作った書類とかと比べてみたことあったけど、微妙なところだったな。筆跡は似てるっていわれれば似てるっていえるし、細かい癖が違うかもといわれればそう見えるし‥‥」
アンジェリカが一通り集めた情報では、ジョルジュという座長代理はとても白だとは思えない濃い灰色だった。
アンジェリカは劇団員の1人に、座長に日記をつけるような習慣はなかったかどうか訊ねてみた。
「日記? そんなのは高価な羊皮紙を浪費出来る貴族や金持ちの習慣だろ。っていうか、うちの座長は性格上、そんな細かいことをしてるようには思えないなぁ」
どの劇団員に訊いてもこういう返答が来る。
どうやら日記を調べるというのも無理なようだ。
●2
パリの下町にある、慎ましやかなアサギリ座座長フランポワーズ・アサギリの家。
座長の寝室は2階にあり、この家を訪れた冒険者達は1階でジョルジュと面会をしていた。
「ジョルジュ殿、次回の演目の内容はどのようなものかね?」
窮屈そうに人間サイズの椅子に収まったサイラス・ビントゥ(ea6044)が座長代理に訊ねる。
冒険者達は次の劇に出るための演目の相談という名目で訪れていた。
「ところで内容をもう少し一般の者が楽しめる者にはできないだろうか? 前回では不信感を与えるだけのもので、喜劇とはいえないのではないだろうか?」
「座長代理! いいアイディアを思いつきましたよ〜!」
意見を言うサイラスの顔の前に飛び出したダージ・フレール(ea4791)が、羽を羽ばたかせながら卓の対面のジョルジュへと身を乗り出す。
「教会批判っていうのも続けると飽きられるっていうか〜。金もうけてなんぼの演劇なんだから〜。前回よりももっと〜とんでもない〜ことをやるのが〜あたしたち芸術家ってわけ〜」
整った顔立ちに満面の笑みを浮かべてダージが意見。
「私もあまり教会批判などテーマで縛るものではないだろうと思うのだが‥‥いや、関係のない者が口を出してすまなかった」
サイラスも体格に似合わぬ控えめな口調で物申す。
「教会批判は続けていくよ」
道化師のような風体の小男ジョルジュはきっぱりと言った。
「なんてったって権力批判は民衆にウケるんだ。社会のガス抜きは必要だよ。次回作のテーマはデビル礼賛だ。ゆくゆくは舞台上でデビル召喚儀式の真似なんかが行えたら面白いと思っている。観客も参加でね」
とんでもないことを微笑み混じりでさらっと言うジョルジュ。
うーん、とダージは卓の上に浮かびながら腕を組み唸った。
サイラスも何かジョルジュに対抗する意見を探すべく腕を組む。
「今度出る鬼に名前をつけようよ」
用意していたアイディアを今思いついたようにダージは言った。
「『オーニン』とか。新しい神に追いやられた古き神オーニン。黄昏の時を迎えながらも最後の牙を大地に突き立てようしている。そこに征服者桃太郎が〜、とか」
「古い神か‥‥」
ふむふむ、とジョルジュは興味を持ったようだ。
そんな会話の中、ジョルジュの耳がぴくりと動いた。
2階からの小さな物音を聞きつけたのだ。
「ところでだが!」
ジョルジュの興味をこちらに引き戻そうとサイラスは大きな声で言った。
「この間の演目で団員に聞いたのだが、座長殿が不思議な病にかかっているとか‥‥」
「ああ、フランポワーズが眠り続けていることかい」
冒険者達に興味を戻し、ジョルジュが答えた。
「眼が醒めないんだよ。栄養補給は僕がやってるから身体は大丈夫だがね」
「代わりに劇団の運営を任されているとか」
「彼女が眠る直前に委任状で僕に任せてくれたからね。大丈夫、座長代理として自信はあるよ」
サイラスは巨大な拳をぐっと握り締めた。
「私にもっとカツドン菩薩にお応えできるだけの信心があれば‥‥」
「僧侶の前で悪いが、神の力なんかじゃ救えやしないさ」
ジョルジュは微笑むように言った。何処か邪悪な笑みに見えた。
●3
階下で仲間がジョルジュを引きとめている内にイルダーナフ・ビューコック(ea3579)はこっそり2階に上がっていた。
先ほど『デティクトアンデッド』を使用したが、この家には定命ならざるものの反応が確かにあった。やはり決定的に怪しいのはジョルジュだ。
寝室のドアを開けた。
すると昼の光照る窓際に置かれたベッドには、1人の若い黒髪の女性が眠っていた。彼女が座長のフランポワーズだろう。イルダーナフが大胆に近づいても眼を醒ます気配はない。
イルダーナフは掌を彼女の顔にかざしてみた。規則正しい寝息が温かい。やつれているというほどではないが痩せた女性に見える。
イルダーナフは慈愛神セーラの聖なる文句を唱えながら、少々手荒に彼女を揺り起こした。
5秒も揺り動かしていると彼女の寝息が乱れ、うーん、と声が漏れた。
不意に眼がぱっちりと開く。
「何よ、あんた!?」
それが上体を勢いよく起こしたフランポワーズの第一声だった。
イルダーナフは大声で叫ばれないように彼女の口を手で押さえようとした。だが彼の敏捷さでは間に合わなかった。
フランポワーズは見知らぬ男性に対し、大声で叫んだ。
●4
「しまったっ!!」
2階からの女性の叫び声にいち早く反応したのはジョルジュだった。
彼は客間を出、飛ぶように階段を駆けあがる。
狭い階段にサイラスは難儀した。うっかりすれば彼の巨躯では階段を壊してしまいそうになる。ダージはそんな彼を追い越して、羽ばたいて2階へ上がった。
ジョルジュが寝室にとびこんだ時、イルダーナフはフランポワーズの上体を受けとめてベッドの上に戻しているところだった。彼女は叫び声を挙げるや立ちくらみになってふらりとベッドから半ば転げ落ちてしまったのだ。
イルダーナフはジョルジュと眼が合い、その場を取り繕う文句を考えた。
「‥‥いや、夏の陽差しの中、パリの散歩と洒落こんだらいつのまにかこの家の2階に迷いこんでね。美しい眠り姫がいたから思わず揺り起こしたら、眼醒めた彼女に何か勘違いされたようで困った、困った、はっはっはっ」
すらすらと嘘が口をついて出るが、当然ごまかしが効くレベルではない。
「あーっ!! あの変な道化師っ!!」
ダージに続いてサイラスがようやく寝室に到着した時、ジョルジュに気づいたフランポワーズが彼を指差して叫んだ。
ジョルジュがちっと舌打ちをするのを皆は聞き逃さなかった。
「彼は何者なんだ?」
「真夜中に変な道化師が窓から入ってきて、妙な仕草をしたかと思うとそれから気が遠くなって‥‥」
イルダーナフの問いかけにフランポワーズは答えた。
「‥‥部屋の景色がぐにゃぐにゃ〜としながら何かとにかく眠くなって‥‥ああ、なんで皆、あたしのうちにいるのよ!? 一体、何がどうなってるのよ!?」
パニックを起こしているようなフランポワーズの身体は叫んだ拍子にまた立ちくらみを起こしそうになる。どうやら寝すぎて体力を失っているようだ。
彼女はサイラスに気づいて、顔を輝かせた。何回もアサギリ座の舞台に参加している彼とは面識があるのだ。
「サイラス、一体何がどうなってるのよ!?」
「フランポワーズ殿、そのジョルジュは知り合いというわけではないのだな?」
「ジョルジュって誰よ? その道化師? 全然知らないわよ」
サイラスの問いに彼女が答えた時、ジョルジュは寝室の中でダッシュした。押さえようとしたサイラスやイルダーナフの動作より速く、彼はフランポワーズのベッドへ駆けあがり、その勢いで開いている窓から外へ飛び出した。
「‥‥まさか、こんなに早く正体がばれるとは計算外だった‥‥! 強引に座長を起こしに来るとは‥‥! パリの冒険者か、敵に回すと鬱陶しい奴らだ‥‥!」
自由落下中に呟くジョルジュの身体はまだ宙にある内に変化を起こした。輪郭が崩れ、広げた腕が羽毛のある翼になる。
ジョルジュは1羽の鳥になり、地面すれすれで空中高く舞いあがる。
そして、そのまま夏の陽差しの中を、北の方角へ飛び去っていった。
●5
酒場でアンジェリカと合流したサイラス、イルダーナフ、ダージは、そこで久しぶりの食事を摂るフランポワーズ座長から話を訊きながら事情を整理した。
イルダーナフの知識によれば、ジョルジュは恐らく『ニバス』というデビルだと推測出来る。
アサギリ座を利用して、教会に対する不穏を煽動し、パリにデビル信仰を親和させようとしていたのだろう。
座長は眠り病だといわれた前日の夜に、ニバスに襲われ、強制的に眼醒めない眠りにつかされたのだ
座長は劇団運営の委任状など書いた覚えがないという。ニバスの偽造だろう。
何はともあれ、デビルの陰謀は未然に防いだことになる。
「このことは教会にも報告しておく」
イルダーナフは言い、一足早く酒場を出ていった。
後はギルドに報告するだけだが、その足で劇団員の皆にも事の真相を伝えてやればきっと喜ばれるだろう。
座長は大盛りの冷製パスタをグレープジュースで流しこんでいる。
残る3人の冒険者達は座長の食事の様子を見ていて、自分達の腹も減りだしたことに気がついた。
それに気がついた座長が一言「奢るわよ」と言う。
冒険者達はよろこんでご相伴にあずかった。