●リプレイ本文
●1
パリの外れ。9月。
空は秋晴れ。旅に出るにはいい日だ。
ここから2日ほど離れた森にデビルらしき人影を見たという情報で旅立とうとする冒険者達は、事前の作戦会議では足りなかった情報交換を行っていた。
以前にそのデビルの正体であろうジョルジュこと『ニバス』に会っていたサイラス・ビントゥ(ea6044)とアンジェリカ・リリアーガ(ea2005)に、皆が詳細を訊ねる。
「あのデビルを、このままにはしておけんな」
太い腕を厚い胸板の前で組んでサイラスは言う。
「皆、気をつけるのだ。ジョルジュは様々な魔法を使うようだからな」
彼はティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)達に事件詳細を語って聞かせるようにしながら、自分のシルバーダガーを水無月冷華(ea8284)に貸し出した。
「それではお借りいたします」
水無月は丁寧に礼を言いながらダガーを受け取ると、帯刀していた日本刀をバックパックに移した。
デビル退治に興味津々という風のアリオス・セディオン(ea4909)は熱心にサイラスとアンジェリカの説明を聞く。
ニバスが鳥に変身したという下りを聞き、城戸烽火(ea5601)はふむんと唸った。
「デビルは呼吸や魔法、アイテムで存在だけは確認できるでしょうが仲間に変身されるときついですね、仲間内の合図は複数用意できるといいですね」
城戸は念の為の合い言葉を用意することを提案した。
「俺はデビルの相手ってしたことないから、ちょっと楽しみだぜ。一度は世話になった『アサギリ座』の為にも、絶対倒すぜ」
シフールの劉蒼龍(ea6647)はクールな微笑で、まだ見ぬデビルを想定して宙に空拳を放つ。
ウェルナー・シドラドム(eb0342)も悪魔退治と聞いて参加した者の1人だ。彼はデビルが目撃されたという没落貴族の別荘について情報を集めていたが、残念ながらパリで集めた情報はそんなに多くはなかった。せめて間取りだけでも知りたかったが、築30年ほどの木造2階建てであるといった以上には大した情報を集めることは出来なかった。そんなに広い建物ではないらしいが。
「デビル‥‥。最近は各所に出回ってるみたいですけど、これも試練ということですの?」
キラ・ジェネシコフ(ea4100)がクールに呟く。
秋の風に吹かれ、冒険者達はパリを発つ。
●2
2日かかって件の森のそばにある村についた。
冷静な表情のキラに空腹の虫が鳴く。彼女は十分な保存食を用意出来ていなかった。
村でミラファ・エリアス(ea1045)と城戸がニバスらしき人影を目撃した猟師に話を訊きに行っている。
他の冒険者達が村の酒場で待っていると、彼女達はしばらくして帰ってきた。しかし大した情報は仕入れていない。
それでも森の中の屋敷の正しい位置を再確認し、冒険者達は午後の村を出発し、森へ向かった。
●3
「パリの酒場のウエイトレスは」
「めっぽう強い」
道中、仲間を見分ける為の合い言葉がそんな文面に決まる。
涼しい森を1時間ほど歩き、目的の屋敷らしき建物が冒険者達の視界に現れた。
開けた場所に荒れた木造の建物がある。
自然、冒険者達の行動は慎重になる。
木の陰に隠れながら、遠くから開いた2階の窓を覗いてみるが人影はない。
必要な装備以外の旅の荷物や馬などはここに隠して置いて、皆は身軽になることにした。
キラは荷物番を兼ね、ここで屋敷の外を見張る役目になる。ニバスが外に逃げた時に待ち受ける役目でもある。
彼女以外の冒険者達は全員まとまって、木の陰から陰へと伝いながら、なるべく足音を殺して屋敷に向かった。
相手はデビルだ。どんな特殊能力を持っているか解らない。既に相手に自分達の接近が知られているかも知れず、不意打ちを食らわないよう、用心に用心を重ねて、慎重に屋敷に近づく。
ある程度まで近づくと、忍者の城戸が皆に先んじた。玄関の扉まで忍び歩きで音もなく近づき、鍵がかかってないかを確かめる。
かかっていた。恐らくニバスは鍵のかかった玄関からではなく、開いている窓から鳥の姿で出入りしているのだと城戸は思った。
城戸は鍵開けにかかった。彼女の腕にかかってはこの程度の鍵など朝飯前。簡単に開いた。
城戸は皆を呼び、冒険者達は開いた玄関前に集まった。
扉を開く。陽光が中に差しこみ、屋敷の中を照らした。
埃の積もったホールへと冒険者達は慎重に、それでいてなるべく素早く入りこむ。
アリオスは探索中の不意打ちを考慮して己に『レジストデビル』をかける。
ティファルは『ブレスセンサー』を詠唱した。彼女は淡い緑の光に包まれる。100m内、2階の方向から反応がある。大体の場所がわかる。念の為『クレバスセンサー』も唱えておく。
仲間が呪文など準備をしている間、劉は屋敷の廊下の奥の暗がりに眼を凝らし、不意打ちの敵が襲ってこないか見張っていた。
全員でまとまって屋敷内を探索する計画だ。全員で行動すれば方向音痴のティファルでも大丈夫のはず。
剣を持ったアリオスが片手にランタンを下げる。
水無月がアリオスから火をもらい、手にした白い羽根に火をつけた。その『天使の羽のひとひら』が燃える時の反応がこの近くにデビルが存在することを確かに示した。
確実にこの屋敷にはデビルがいる。
ホールには階段があった。
ランタンをかざし、冒険者達は階段を上った。慎重に上ったが、忍び歩きに長けた城戸以外、わずかに軋み音を立てさせる。
階段を上れば、2階もすぐホールだった。
3つの大窓は鎧戸を開け放たれて、汚れたぼろのようになったカーテンが秋風にたなびいている。
2階ホールには道化師風の派手な衣装の小男が待っていた。
彼は身長よりも大きな大鎌を構えていた。
●4
ティファルの『ブレスセンサー』がニバスの不意打ちを冒険者達に避けさせた。
冒険者達は階段を走り出、武器を構えながらホールに戦闘態勢で散開した。
「冒険者というのはしつこい奴らだね!」
ニバスはそんなことを叫びながら、鎌を大振りしながら襲いかかってきた。武器を扱うのはどうにも不慣れな感じだ。大鎌は自分の物ではなく、たまたま屋敷にあったものを使っているという風。
ミラファは仲間達がニバスに挑むのを横目に、開け放たれた窓を閉めに走った。
アンジェリカは『ライトニングアーマー』を高速詠唱。紫電を身にまとう。階段に陣取り、敵がそこから逃げ出すのを防ぐという構え。
水無月は銀のダガーを構え、術者達のカバーに回る。
サイラスは戦闘の布陣から一歩下がり、スクロールを広げて『フレイムエリベイション』を詠唱。気力に熱血を注入する。
ニバスは標的として大きなサイラスを狙った。
振り回される大鎌の間合いにアリオスが踏みこむ。デビルスレイヤーの聖剣『アルマス』がニバスの胸元をかすめて朱傷を疾らせた。
空飛ぶ劉が突撃し、月桂樹の木剣をニバスの肩口に打ちこむ。だが大鎌の長柄が彼を弾き飛ばした。
ミラファは『アイスコフィン』を閉じた窓の前に立て、そこからのニバスの逃亡を防ぐ。
振り回される大鎌を見切ってかわしたウェルナーが『サンクト・スラッグ』と『エスキスエルウィンの牙』の連続攻撃をニバスに決める。大きく二条の傷を疾らせる道化師装束。
『レジストデビル』の効果が切れたアリオスが一旦下がってかけなおす。
「悪霊退散! 喝!!」
術者の護衛としてサイラスは数珠を握った拳を突き出すが、命中してもデビルには効果無いようだ。逆にその胸板を大鎌の刃でえぐられる。
「どいてどいて!」
アンジェリカの高速詠唱による『ライトニングサンダーボルト』がニバスの身体を貫く。
「どいてやー!」
遅れてティファルの通常詠唱『ライトニングサンダーボルト』もニバスを貫通する。
大鎌をティファルめがけて振り下ろそうとしたニバスの身体を、サイラスは金棒『鬼魂』の間合いに捉えた。
「サイラス・葬らん!!」
金棒の一撃を腹に受けたニバスが宙に舞い、壁へと叩きつけられる。
そこへもう一撃、アンジェリカの高速詠唱『ライトニングサンダーボルト』。
だが、ふとそこで冒険者の攻勢が止まった。
大鎌が埃のたまった床に落ち、大きな音を立てた。
ニバスが消えた。
消えたように見えた。冒険者達は武器を構えながら2階の風景の中にニバスの姿を慎重に探した。
窓は『アイスコフィン』で塞いである。そこに城戸が立っている。
階段前には術者とその護衛が陣取っている。
ホールから2階の奥へと伸びる通路はウェルナーが逃げ道を絶つべく立っていた。その位置にアリオスも加わった。
しかしニバスの姿はない。
冒険者達は気を抜かずに自分達の周囲に眼を配った。
窓からの光を塞がれた暗がりの中、ランタンの灯心がじりじりと音を立てる。
「そこだァッ!!」
宙に浮かぶ劉の木剣の剣先が、1匹の蝿を叩き落した。
床に叩きつけられた蝿は、瞬間的に道化師姿に巨大化した。
「荷物に隠れて逃げようとでも思ったか。俺の眼から逃げられるわけないだろうに」
勝ち誇りの台詞を吐く劉の下で、蝿に変化して逃げようとしたデビルの姿が薄れていく。劉の剣がとどめとなり、今度こそは生命が尽きて消えていくのだ。
ニバスは死に、冒険者達は詰めていた息を吐いた。
●5
屋敷の扉が開き、仲間達が全員無事な姿で出てきたのを見て、外で待っていたキラは戦闘の終結を知った。
サイラスは傷を癒すためにリカバー・ポーションを飲む。そしてそれを劉にも渡した。
冒険者達は村に寄ってからパリへの帰り旅につくことにした。
村ではデビル退治の冒険者達は温かく迎えられ、村人達にデビルとの戦闘話をするのと引き換えに酒場の食事と一泊の宿泊がただになった。
帰り道も秋風のさわやかな日和だった。