【鎌倉藩】巨大なる震撼

■シリーズシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月17日〜11月22日

リプレイ公開日:2008年12月18日

●オープニング

 向野の娘である幸がさらわれてよりこの方、忙しない日々が続いていた。
 鎌倉藩主の軟禁は解けたものの体を起こすのも難しい状態であるのは変わらずだったが、成長ぶりが目覚しい嫡男が先頭に立ち、筆頭家老とその臣下が抜けた穴を埋めようとしている。年若いながらも、教育係の補助を受け、立派に父の名代を務めようとしていた。
 そんなにも藩の行政に力を入れる事ができたのは、吉祥天をはじめとする悪魔の動きが、ここに至るまで全くなかったからだ。惑わされず、邪魔されず――有り難くはあったが、同時に、空恐ろしくもあった。かの者の沈黙は、嵐の前の静けさに過ぎないのだから。

 ◆

 ――数週ほど前の事。
 弁財天がため息をつくと、綺麗なその顔が歪んだ。
「五頭竜に自分の言う事を聞かせる気なんて、はなっからなかったんだよ、あいつは」
 幸をさらっていったのが誰であるかは、侍女の話から、吉祥天であると確定している。その吉祥天が何を目的としているのかがわかるのかと大伴守国が問えば、弁財天は簪が落ちそうになるのもかまわずに頭をがしがしとかいた。
「むしろ狂わせ、暴れさせ‥‥恐怖に泣き叫ぶヒトの姿を肴に、逃げ切れず命を落とした者の魂をすする‥‥そんなところだろうぜ。若い女の血はあの馬鹿竜を興奮させ、見境をなくさせる。山と同じ図体の奴に駄々こねられてみろ、地形が変わっちまう」
 悪魔である吉祥天の目的は、己の満足と快楽の追求。用済みになれば幸の魂も吉祥天が持ち去るだろう。武家の女として筋の通った者の魂だ。悪魔にとってはどれだけ甘美か。
 畳の上に広げられた地図に視線を落とすと、バツ印があった。江戸から来た者、江戸へ行く者が必ず通る朝比奈の関の、すぐそばの山に。その印の場所が五頭竜封印の要の置かれた場所なのだという。数え切れないほど昔の事であり、かの地も当時とは異なる趣をしているだろうから、一寸の狂いもなく正確にというわけにはいかないが。
「ここにある封印の要を血で穢せば、女に目のない馬鹿竜はすぐ目を覚ます。恐らく要の真下からな。つぅか、山そのものだと考えたほうが早いかもしれねぇ。どうやって血を流させるつもりなのかは知らんが、すぐには魂を奪おうとはしないはずさね」
 悪魔とは清い魂を好むというが、その清い魂を堕とす事もまた好むという。自分の血で目覚めた竜が、街を壊滅させ、多くの命を奪ったとなれば、幸の心はそれに耐えられるだろうか? ‥‥いや、もしかしたら既に黒く塗りつぶされているのかもしれないが。
「一康殿。向野の様子は?」
 閉じた扇を口元に添えながら、守国は隣の細谷一康へ声をかけた。
「‥‥幸殿の件を伝えたところ、恥を忍んで頼む、と‥‥。奥方も泣き崩れておいででした」
 一康の両目の下には隈がある。無理もない。
「やはり末娘、可愛くないわけがない、か‥‥」
 ならば権力を握る為の道具ではなく、もっと別の接し方があっただろうに。そんな言葉を、一康の手前、口に出すわけにもいかず飲み込んで。
 改めて地図を確認する。
 朝比奈の関は山間にある。関と鎌倉とはそう離れていないが、江戸とはある程度の距離がある。よって江戸側にのみ宿場町があるのだが――
「危険だな」
「‥‥ああ、この距離なら、一跨ぎ以下で行けるぜ」
「すぐに避難するよう、この町の人達へ早馬を送りましょう」
 なるべく早く、なるべく遠くへ逃げるように。そのほうが、対処を頼む事になるであろう冒険者達も、心置きなく動けるであろうから。

 ◆

 こうして、守国と一康が合同で冒険者ぎるどへ依頼を出した。あとは手を挙げてくれた者達の到着を待つばかり。
 けれどまるで頃合を見計らっていたかのように、山は胎動を始めた。鼓動のように震える山肌は割れ、血のように土砂を流し、巨大な真の姿を現していく。
 鉛の色にてらてらと輝く鱗。背には、体に対しては小ぶりと言えるものの人から見れば十分大振りな、一対の翼。眠気を振り払うようにぶるんと振るわれた五つの首は、体とは異なる色――それぞれ赤、青、黒、白、緑の鱗に覆われている。十の瞳に灯るのは濁った光。
 五頭竜は大きく一度、翼をはばたかせると、重量感のある体を跳躍するかのごとく浮かせたのち、飛び降りた。なんとか避難の間に合った宿場町へと。
 一瞬。一瞬だった。建物が布のように薄く潰れた。
 つい先日まで活気に溢れていた場が廃墟となる様は、監視をしていた役人によって、すぐさま一康へと伝えられた。

 五頭竜の首もとには、いくつかの人影があった。
「‥‥あぁ‥‥一康様‥‥幸は、ずぅっと、貴方様の腕に抱いていただける日を夢見ておりました‥‥」
 朱に染まった着物がはだけたまま幸せそうに微笑む幸と、そんな彼女を背後から抱く吉祥天。吉祥天の手には刃があり、時折思い出したように幸の肌を傷つける。幸はいたるところに傷をつけられる痛みに震えるものの、瞳が何も映さないのでは、この状況に自ら溺れていくしか耐える為の手段がわからなかった。
 その上空ではインプを引き連れたコウの姿があり、冷めた眼差しで無残な廃墟を見下ろしていた。

●今回の参加者

 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb5401 天堂 蒼紫(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5402 加賀美 祐基(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb9508 小鳥遊 郭之丞(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec0205 アン・シュヴァリエ(28歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文


 かなり距離を置いているはずなのに、なおうず高くそびえて見える鉛色の山。大精霊とはこんなにも格が違うのかと誰もが畏怖を抱く。
 だが屈するわけにはいかないのだ。鎌倉の、ひいては江戸の、もしかしたらこの国の、未来がかかっているとなれば。
「弓兵、射てーっ!」
 急を要して設置された陣に集っていたのは、鎌倉藩主細谷家直属の武士が二十数名、鶴岡八幡宮守護部隊『蓮花』がおよそ十名。数は決して多くない。反面、能力は低くない。それでも防戦にならざるをえないのは、ひとえに「敵が通常の武器では傷つかない」この一点に尽きる。
 五頭竜は元より、鎌倉勢の前に立ちふさがる小悪魔の群れ。魔法の力を宿す武器、もしくは魔法そのもの、どちらかでしか傷つかないのではどれだけ能力に秀でていようといずれ追い詰められる。
 無論、手段を持つ者がいないわけではない。持たない者の分まで請け負えるほどではないだけで。
「弁財天様をお守りしろ!」
「術者の詠唱を妨げさせるな!」
 瞬時に詠唱を終えられる術師は人の中にはおらず、対処の大部分を弁財天の放つ吹雪が請け負っていた。しかしいかな弁財天とて、魔力はいずれ尽きる。その時にどうするか、どうなるか。考える余裕もなく、少しでも小悪魔を減らす事に尽力するしかなかった。
 冒険者が到着するまでは。

 聞いた事のない、それでいて高貴な鳴き声が、皆の気をひいた。一斉にそちらを見上げれば、羽の生えた蜥蜴二匹と金色に輝く鳥がはばたいていた。
「風精龍に霊鳥‥‥どうしてこんなところに」
 両の目を見開く弁財天だったが、彼らに指示を飛ばす瀬戸喪(ea0443)や虎魔慶牙(ea7767)の登場で疑問はすぐに晴れた。
「こちらに近づけないようにしてください!」
「回り込んで挟み撃ちしてやれぇっ」
 主の声に呼応して発せられる風の刃。翼を傷つけられた小悪魔達は地表へと落下していき、待ち受けていた日向大輝(ea3597)の前に散る。
「いんぷの主な指揮はあいつっぽい。引き付けておければ指揮もとれないはずだ!」
 八面体の特別な硝子が埋め込まれた刀でもって、彼は、上空にいるひとりを指し示した。小悪魔の群れの中、シフールの姿で佇むコウを。
「ちっ。お前ら、ひとまず下がるでぇっ!」
 シフールにはおよそ不似合いの表情で、彼は小悪魔達に先んじて身を翻す。小悪魔たちもつまらなさそうにではあったが彼に従った。
 追いかける事もできないではないが、彼らの撤退先は吉祥天のもと、つまり狂える五頭竜の傍ら。まずは態勢を整える事が先決と判断し、冒険者達はその場に留まった。

 この安らげるひと時が、敵がより暴れる為に設けられた準備時間なのだと思うと、背筋が冷える。しかしそれに対処するのが今回の目的だ。不安に浸っている余裕などない。
「江戸と鎌倉、どちらに下がるわけにもいきません。これ以上被害を出さない為にも、ここで留めましょう」
 喪の言うとおり、戦略的撤退すらも選択肢から除外すべき項目である。精霊である五頭竜は厳密には竜とは言えないのかもしれないが、大輝や慶牙によると竜の吐く息はかなり遠くまで届くという。江戸や鎌倉にその息が届いては一巻の終わりである。
 また、竜を狂わせるもととなっている幸。彼女を救いたいという想いは皆に共通だ。
「何としても、幸を救いたい‥‥ううん、救ってみせるわ!」
「そうだ、俺は絶対に約束を守るんだ!」
 なかでも加賀美祐基(eb5402)とアン・シュヴァリエ(ec0205)の熱意はひとしおだった。何ができるかではなく、何をすべきか――それが最も重要な事なのだと。
「守国殿に水を清めてもらう事はできぬのだろうか。それに矢尻を浸してから射掛ければ、奴等に効果的かと思うのだが」
「それは私も考えたが、厳しいな。邪なるものに対して実際に効力を発揮するものを作るには、それなりの準備と時間が必要となる。鶴岡に在庫がないではないが‥‥さすがにそこまでは持ってこれなかったよ」
 牽制になればという小鳥遊郭之丞(eb9508)の考えも、この逼迫した状況下では難しい。とはいえ、元々鶴岡に安置されていた特別な武器はいくらか持ち出してきているとの事。彼女の言う牽制にも攻撃にも、勿論、陣の防御にも、それで幾ばくかの対処はできていた。
 小悪魔の群れも恐ろしい。だが真に恐ろしいのは――


 数刻後。再び小悪魔の群れが襲ってきた。今度は冒険者が布陣に加わっているからだろう、あちらも数が増え、奇声を上げて向かってくる。
「お前、カマバットさんたちにくっついてこっちにきたんだろ」
 先頭に立ったのは大輝だった。一言で魔法を発動させ、己の士気を向上させる。手は既に、刀の柄に伸びている。
「人にくっついてきてその後は商人のお稚児さんで、今度はあばずれの腰ぎんちゃくか?」
「なんやて?」
 今度はコウも手に短剣を握っている。コウの意識がこちらに向いているのを確認してから、大輝は刀を抜いた。
「お前一人じゃ何にもできないんだな。こっち来いよ、また吊るしてやるからさっ」
 駆け出す。コウも急降下で近づいてくる。
 鍛錬を積んでいる大輝ならば、即座に深く傷つける事も可能だろう。だが、そうはしない。チャキッと刀を返す。峰打ちにするつもりなのだ。
「馬鹿にすんなやああああっ!!」
 気付いたコウの顔がまた歪む。はばたく羽はシフールのものだったが、その陰からは黒く細長い尻尾が見えた。
「あれでもまだ不殺を?」
「捕まえてから考える!」
 上空からの攻撃に立ち向かっていく大輝。喪はその後姿を見送りながら、自らも刀を抜く。
「やれやれ。僕は僕に出来る事をするとしますか」
 続々と降下してくる群れの中へ、衝撃波を打ち込んだ。

「これでほとんどの魔法を防げるはずよ」
「ありがたい」
 郭之丞に魔法の障壁をまとわせると、アンは彼女から手を離す。そのまま郭之丞はグリフォンにまたがり飛び立った。まずは偵察だ。幸の居場所を特定する為の。
 矢の雨の勢いが弱められ、その合間を縫って小さくなっていくグリフォン。見送るうちに、自然と胸の前で十字をきっていた。
「さあ参りましょう、弁財天様」
 盾を構えるも、剣は鞘に収めたまま。片手はいつでも結界をはれるようにあけておく必要がある。
 ――五頭竜って、悪さしまくってたけど弁財天さんに惚れて善行をするようになったんだよな? その善行を称える様な曲ってないかな?
 ――そうです、妙なる調べになら竜の心も馴らされないでしょうか?
 短かった安息の時間に大輝とアンが提案していたのは、蓮花の演奏を受けて弁財天が舞う事だった。人の身には及びもつかない過去の出来事を思い出したのだろう、弁財天は二つ返事で引き受けた。さすれば蓮花も異議なく付き従う。
 祐基からも簡易の舞台設置が提言されたがこれはさすがに不可能。せめて邪魔するインプは排除すると誓い、弁財天から不敵な笑みを引き出した。
「おおっと。早速来るぞ!」
 アンから借りた木臼で宙を行く慶牙から注意が飛んだ。こちらの目的を察した小悪魔が群れから分離してきている。小さな臼に座っていたのでは激しい戦闘などできようはずもないが、魔法ならば集中さえ維持できればどうという事はない。事実、彼は己の周囲に闘気による爆発を起こした。幾匹もの小悪魔にまとわりつかれる寸前だった。
 一撃で倒さなくてもいい。逃げるのなら追わないでやる。ただし、あくまでも向かってくるというのなら――
 木臼から降りた慶牙が長すぎる刀を振り回す。その渦に囚われた小悪魔は体をたやすく分断された。渦から漏れたものは弁財天に向かったが、祐基の盾に阻まれる。その隙にアンの作り上げる結界の道を弁財天と蓮花が走る。
「伏せろおぉっ!」
 それは誰が発した言葉だったか。五頭竜の首の一本、赤い首がかぱっと口を開いて牙を覗かせていた。どの首がどんな息を吐くかは弁財天から既に確認済だ。赤は扇型の炎の息。
 結界は瞬く間に破れた。アンと祐基の持つ盾が頼みの綱。幾つもの命を預かって、彼らは盾をかざした。


 忍の術に後押しされた天堂蒼紫(eb5401)の足は軽やかに五頭竜の体表を蹴る。常人では到底届かない高い位置の足場にも、階段を一段飛ばしにするかのように、飛び移っていく。グリフォンに同乗してぎりぎりまで上っていた事もあり、さほど時間はかからなかった。
 若く美しい尼僧がより若い娘を背中から抱く、倒錯的な光景。その傍らで膝を抱える二人の童女を認知した時、彼は駆け出していた。少しやつれたか軽い幸の体を抱えこむが早いか、尼僧との間に距離をあける。
「嫌ぁ‥‥一康様のところへ返して‥‥」
「ああ、今から連れて帰ってやる。一康と、父親の所へな」
 幸の視線は定まらない。蒼紫の顔を見ない。いや、見えていない。
「よかったな、お前が帰れば全て収まるんだ。気をしっかり持て」
 幸の胴体へ手際よく縄を巻きつける。多少きついかもしれないが、着物のおかげで肌が傷つく事もないだろう。五頭竜の首の間をすり抜け再び接近してきた郭之丞に、縄の片端を投げた。
「助かった事に素直に感謝しろ。そして‥‥ぐっ」
「何‥‥?」
「‥‥心配するな。お前は笑顔で父親の元へ帰れ」
 とん、と押しただけ。だがそれを合図に郭之丞は縄を手繰り幸を掴まえた。そしてそのまま、陣のほうへ飛び去っていく。
 蒼紫には胸を撫で下ろす暇も与えられなかった。とっさに腕を出す。甲まで覆う銀のナックルが小刀の刃とぶつかって火花を散らした。
「あらまあ。てっきり騙されてくれたものと思っていたのに」
 さして面白くもなさそうに、尼僧は口元を着物の袖で隠した。
 小刀を握り締めているのは膝を抱えていたはずの童女だった。二人で波を作るように小刀を振り上げて襲ってくる。
「あれだけ殺気を振りまいておいてよく言う」
 童女――実際には姿を偽った小悪魔なのだろうが、そんなものの拙い切っ先など容易く読める。問題は先程受けた魔法の矢。幸には見えていないのをいい事にしらをきったが、小さい傷でも体の動きを鈍くする事に変わりはない。
「侍はか弱き者を守るものと聞いていたけれど、忍びもそうだったのかしら。まさか独りで来るなんて」
 幸を引き離したのだ、五頭竜の発狂は弁財天が治めてくれるはず。そうすれば蒼紫に援軍をよこす余裕も生まれるだろう。
 が、果たしてそれまで逃げ切れるのか。
「俺はお天道様に代わって悪を照らし出す男‥‥天堂蒼紫。吉祥天、貴様の闇などに負けはしない」
「ふふ。威勢のよい事」
 いや、何か考える前に逃げればよいだけの事。来た路を戻る為、蒼紫は踵を返す。まだ術の効果は残っている。
『足を止めなさい』
 ぞくりと耳に飛び込んできたその言葉は蒼紫の動きを制限した。背中側から静かな歩みが近づいてくる。つい舌打ちして、動かせないのは足だけだと気付く。
「お前の約束を果たしてやる為に体を張ったんだ。せめて死体は回収しろよ、加賀美」
 己の腕や胴を殴りつけると、痛みが術の効果を遮断し、足に正常な感覚を取り戻した。動ける。それがわかった直後、彼は跳んだ。山ほどの高さから、地表めがけて。

 グリフォンが陣に戻ると、明らかに小悪魔の数が減っていた。代わりに傷を負った人数も増えていたが、冒険者の技や魔法、彼らが持参した薬、鶴岡から持ってきたといういくらかの御薬酒などによって難を逃れていた。
 多くの血を失い衰弱していた幸は、すぐさま奥に運ばれた。これで解決しなければならないものが一つ減ったと、郭之丞は息をつく。けれどそう休んでもいられない。
「ぐりには負担を掛ける。だがもう少しだ、どうか力を貸して欲しい」
 五頭竜の魔法による投石でグリフォンの翼にも傷ができていた。そんな状態でも頼らなければならない事が心苦しくて仕方なかったが、グリフォンは低く短く唸ると、郭之丞に体をすり寄せた。
「うあああああ!?」
 瓦礫の陰から悲鳴と共に火柱が立ち上る。火は家だった木材に燃え移り、既に誤魔化せぬ姿となっていたコウを更に炙る。
 手助けに来た小悪魔は喪の刀によって切りつけられ、目的が叶う事はない。膝をついたコウめがけて、大輝は刀の峰を振り下ろした。

 そうしてついにコウが動かなくなった頃。蓮花の鳴らす笛の音が冬の空に高く長く染み渡った。

 統率のとれなくなった小悪魔は、思い思いに弁財天と蓮花を狙う。慶牙の闘気などもう何度爆発したかわからない。
 そうした補助を受けて、陣から御薬酒を運んできた郭之丞の乗るグリフォンが着地する。
「小鳥遊! 天堂は!?」
 そこへ走ってきたのは祐基。息を切らし、頬を紅潮させている。大きな石の盾は焦げていたが、そのおかげだろう、かろうじて死人は出ていない。冒険者の持っていた薬は蓮花に優先して使われていた。
「‥‥飛び降りたように見えた。戻るわけには、いかなかった」
 すまぬ、と頭を下げた郭之丞を前に、祐基は暫し呆然と立ちすくんでいた。
 しかしやがてそんな自分の両頬を叩いて喝を入れる。瞳の光はまだ消えていない。
「消し炭になってないなら寺院に頭下げれば何とかなる。だからあいつはそうしたんだ」
 蒼紫は自分の役割をこなした上で、仲間の負担にならない方法を選択した。ならば自分も見事こなしてみせなければ何を言われるか。それよりも胸を張って互いの健闘を称え合いたいではないか。
 会話する二人の間をすり抜けて黒い光が伸びた。それはまさに彼らへ襲い掛かろうとしていた小悪魔に着弾する。
「デビルに油断は禁物よ、奴らは何でも利用するんだから! 急いで!!」
 アンの催促を受け、郭之丞は蒼紫の遺体回収に向かう。彼女が飛び立つ瞬間を祐基は援護した。



 陽気な曲だった。戦場においては似つかわしくも不似合い。思わず剣を放り出して手で拍子を取りたくなるような。

 一曲目が終わる頃、五頭竜がその場に座りこんだ。
 二曲目が始まると、弁財天が指先が天を向くように手を伸ばした。五頭竜から緑の首が伸び、気持ちよさそうに目を細めながら、そぅっと弁財天の手にすり寄った。



 吉祥天がいつ姿をくらましたのか。守りきる事に精一杯で誰も気付けなかったが、波が引くように小悪魔達が去った頃より少し前の事だろう。
「この巨体、派手でいいねぇ。だが、平穏に暮らすにはちょいとデカ過ぎるなぁ」
 言葉が通じなくとも意思疎通を可能とする不思議な指輪を手に、慶牙は五頭竜へ近づいた。全体を見ようとするだけで首が痛くなる。極上の酒でも用意して話をしようと考えていたが、どれだけの量を用意しなければならないのか見当もつかない。
 鎮まったとはいえ、並外れた巨体。どうしたものかと一康も守国も悩み始めてしまい、結局、弁財天に対応を頼む事となった。