【ニコルのお願い帳】ページ1

■シリーズシナリオ


担当:香月ショウコ

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月24日〜11月29日

リプレイ公開日:2006年12月03日

●オープニング

 月の無い漆黒の夜。ギィ、と軋んだ音を立てて木の扉が開けられた。
 決して小さくはないが眠っている者を起こす程ではない足音が、ゆっくりと奥の部屋へと向かっていく。
 部屋には、誰もいなかった。ベッドには誰も寝ておらず綺麗に整えられたシーツだけ。棚が一つ。その他には何も無い部屋。
 侵入者は棚に手を伸ばすと、それを開けた。中には、何も入っていない。いや。一つだけ、小さな、非常に粗末な羊皮紙が6枚ほど綴られたものがあった。表紙には『お願い帳』と書かれているが、闇が視界を奪い読むことは出来ない。
 侵入者は『お願い帳』を手に再び同じ道のりを戻り、家を出た。誰かが夜更かしをして何かしているのだろう、近くの民家から薄く漏れている明かり。
 『お願い帳』のページを捲る。1ページ目には『ごちそうがたべたい』そう、書かれていた。

 ・ ・ ・

 街の様子をぐるり見渡してみても、全く変わった様子は無く平穏そのもの。冬を迎えるキエフはいかにも平和な街に見える。
 しかし、昼時から人の喧騒で賑わう冒険者ギルドがその答えを否定する。表向きには平和なこの街、だがその裏では多くの事件が起き、民衆が泣き、怒り、恨み、死んでいる。
 青いバンダナを巻いたギルド員が昼食から戻ってきて一番に受け付けた依頼もまた、表向きは平和でも裏では何が起きているか分からない、そんなキエフの、いや、ロシア王国という国の状況を表していた。
「墓が掘り返されていた‥‥?」
「ええ。掘り返されて、そして、また埋められていたのです」
 キエフから片道1日に位置する、とある開拓村。その村で起きた奇妙な事件を調査・解決してほしいという依頼だった。
「墓泥棒か何かですか?」
「いえ、取られていたものは何も‥‥と言うか、私どもの村は皆貧しく、普通に食べて生活していくことは出来ますが墓に一緒に何か入れるようなことはしていないのです」
 依頼人の、丁寧な物腰の壮年の男が言うには、墓は掘り返されたが何も無くなっていないということらしい。墓に埋まっていた死体も含めて。
 確かに、奇妙な事件ではある。だがギルドに依頼として持ってくるような内容ではないような気もする。村が貧しいなら、余程のことがなければ冒険者への報酬は控えたいはず。
「墓に、鶏の死体が6羽分、埋められていたのです」
 ギルド員が思ったことに気付いたか、依頼人は依頼の詳細を話し始める。
「その墓は、つい数日前に病死したニコルという少年の埋められた墓なのですが、そこに少年の亡骸と共に鶏が埋められておりました。おそらく鶏が埋められた夜の翌朝に、墓の近くを通りかかった村の者が、不自然に盛り上がった墓の周囲の土を見て不審に思ったのです。村人たちで、両親の了解を得てから掘り起こしました。埋められていた鶏は腐敗は進んでおらず、どれも頭が落とされ、血も抜かれておりました」
 昼時に聞くような話ではなかった。昼食を先に済ませて来て良かったと心の内で思いながら、ギルド員は問う。
「誰か、そういった事件を起こしそうな者の心当たりは?」
「全く。事件の夜に村人で一人だけ起きていた者がおりましたが、墓からは遠い家に住んでいたもので、不審な人影などは見ていないと」
 ふむ、と顎に手をやって考えるギルド員。だが、村のことも現場の様子も知らずに考えたところで答えが出るはずもなく。
「最近、奇妙な事件やおかしな噂も増えておりますでしょう。そういった事件の類なのではないかと心配に思い、冒険者ギルドへ依頼することにしたのです」
 依頼人の言うとおり、最近少し妙な事件が増えているような気はする。内容は様々だが。
 考え過ぎかもしれないが、しかし少なくとも数年前は「考え過ぎかもしれない」と思うレベルの事件や依頼は受け付けた記憶が無い。
「分かりました。早速冒険者を集めましょう」
 青バンダナのギルド員はさらさらと依頼の詳細を書き込むと、ギルドの依頼一覧に貼り加えた。

●今回の参加者

 ea9508 ブレイン・レオフォード(32歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5856 アーデルハイト・シュトラウス(22歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

アド・フィックス(eb1085

●リプレイ本文

 ニコルの家を訪ねたオリガ・アルトゥール(eb5706)は、家族に少し話を聞いていきたいと言うブレイン・レオフォード(ea9508)を残し、両親に墓参りの許可を貰って家を出た。
 オリガは一児の母である。子は健在であるが、もしいなくなったら、死んでしまったらと思うと。ニコルの両親がどれだけ悲しんでいるか。
 質素な墓だった。二本の太目の枝で組まれた十字が立っているだけ。一応、近くで摘めるらしい花などが供えられている。
「‥‥‥‥」
 ゆっくり、時間をかけて祈る。こんな事件が起きてしまったが、静かに眠ることが出来るようにと。
 立ち上がり、周りを見渡してみる。違和感。少し前に村人達が一度掘り起こしているのだから当たり前だが、他とは微妙に違う墓の周りの土の色。一度転んだものを適当に刺し直した様に曲がった十字架。
 ひとつひとつの墓の間隔はあまり広くない。どれくらいの深さに遺体が埋められているのかは分からないが、掘らなければならない範囲自体は狭いため、大人くらいの力と体力があれば一晩で掘って埋めては出来るだろう。
「‥‥さて、次は鶏についてですね」
 最後に一度、目を閉じて祈りを捧げ、オリガは墓地を後にした。

 ・ ・ ・

 所所楽柳(eb2918)が、村人の中でニコルの墓の中や埋められていた鶏の現物を見た人物について人に尋ね、やって来た家。そこには。
「あら、所所楽さんじゃないですか」
 いたのはアーデルハイト・シュトラウス(eb5856)。そして彼女の前には今回の事件の依頼人の男。どうやら、尋ね事は似たようなことのようだ。
「鶏のことなのだが、どのような状態で埋められていたのか教えて頂きたいのだが」
「羽毛や皮はどうだったのか、埋められていた深さはどのくらいだったのかも、教えてもらえるかしら?」
 二人の質問に、確か、と前置きして男は答える。
「鶏は、頭を落とされ血抜きと思われる処理はされておりました。羽毛も毟られてはいたのですが、その‥‥随分と適当なやり方でした。力ずくで無理矢理剥いだのか、羽毛の残っている部分と皮が露出している部分と、斑のようになっておりました。皮については、全く手付かずだったように思います」
 また、鶏が埋められていたのはニコルの遺体と同じ深さ、胸の前で組まれた手のすぐ上だったという。
「ニコル君の遺体は、如何なっていたの?」
「そのままです。傷も無く、動かされた様子もありませんでした」
 変わっていたのはただ一つ。チキンがセットになっていたこと。
「その鶏には何か意味があっただろうか。例えば‥‥供え物。村の風習とか、この村でなくても、周辺の地域でどこかがやっているとか」
「供え物ではないかということは、村人達の間でも推測した者はおりました。ですが、この村では死者の墓に供え物を一緒に埋めるということはしておりませんし、他の村でも、故人に縁のあった品を共に埋めることはあっても、鶏は‥‥」
「ということは、家畜を一緒に埋める時血抜きをするのかって事までは分からないのね」
 行き詰まり。頭を落とし、血抜きをする。それは食べるための処理に思える。だが、羽毛は乱暴にだけ毟られ、調理・下準備というには難がある。
 鶏は鶏でも、少しだけアプローチを変えてみる。
「鶏の出処は、分かるだろうか?」
 もし、鶏が村で飼育していたものを使ったのであれば、犯人は『血抜き』という処理が出来る者だと分かる。村の外から持って来た物だろうとなれば、血抜きだけされた鶏を買って来た可能性も生まれるのだが。
「鶏は、おそらく全て村のものでしょう。村で一番多く鶏を飼っている男の家から、ちょうど6羽鶏が消えたと聞いております」
「その男の人というのは?」
「依頼の際にお話しした、事件の夜1人で起きていた者です」
 事件の夜1人起きていた男。確かブレインが話を聞きに行くと言っていた。また、鶏の出処を探しているオリガも、最後にはそこへ辿り着くだろう。
 この機会に、一度得られた情報を統合しておこう。
「僕たちは、これからその人のところに行ってみようと思う。その人の家は?」
「村の外れです。ちょうど墓地と正反対の方向にあります。近くに行けば、鶏の鳴き声で分かるかと思います」
「ありがとうございます。‥‥あ、最後に。この村では『6』という数字に何か特別な意味はあるのかしら? 墓に埋められていた鶏、あれが供え物だとしたら、少年が1人で食べる量とは思えないのよ」
「特に‥‥意味は無いと思います。偶然6羽だったのか、ニコル君か、もしくは埋めた犯人にとって意味のある数字だったか。私には分かりかねます」


「これから、僕は例の男の家に向かう」
「お願い。私は一度、ニコル君の家とお墓を見てまわってくるわ」

 ・ ・ ・

 ニコルの両親は、時折涙ぐみながらもブレインが尋ねたことには知る限りで全て答えてくれた。
 ニコルが病死したのは9日前。始めは軽く咳き込む程度で、外が寒くなってきても遅くまで外で遊んでいたために風邪でも引いたのだろうと思われていたらしいが、熱と咳がどんどん酷くなり、村にはいない医者を近くの村から呼んだその日に亡くなったということだ。
 元気で優しい子だったという。外の気候の変化に関わらず、朝早くに遊びに出ては、夕食の時間ギリギリになってやっと帰ってくる。昼食にはしっかり顔を出したが。遊び場は主に村近くの森の中。同年代の子供が少ないこの村、いる子供のほとんど全員で森に行って遊んだり、1人でも花を見たり蝶を追ったり。時には「狼を見てビックリして帰ってきた」などと親の肝を冷やさせたこともあったという。
 今回のこの事件の犯人については、心当たりは全く無いらしい。ここは小さな村だ。村人全員の顔も名前も知っている。どんな人物なのかも大体分かっている。そして、こんな事をしそうな人物など一人も思い当たらない。
「何か、鶏を一緒に埋める理由になりそうなことは無かったのかな‥‥」
「理由なら‥‥」
 1人呟いたブレインの声に、意外にも母親から反応があった。
「ニコルは、お願い帳というのを書いていたようなんです。自分が「したい」と思ったことを、色々と書いていたようで‥‥そのお願い帳に、『ごちそうがたべたい』と」
 ニコルのお願い帳。それは、パッと見て分かるほどの貧しい我が家、いや村全体を見て、思っても言わず我慢しいつか実行したい事としてニコルが書いていたメモ書き。
「ニコルの部屋の、棚の隅に隠してあったのを、だいぶ前掃除をしていて見つけたんです。その時はまだ2つだけしか書いてなくて、1ページ目に『ごちそうがたべたい』、2ページ目には『こいぬがかいたい』って書いてあったんです。もしかしたら、それを見た誰かが‥‥そう思ったんです」
「『ごちそう』として、鶏を‥‥」
「この村の鶏は、ほとんどが他の村や行商人との売り買いに使うものなのです。自分達で食べるのは、聖夜祭のお祝いくらいで」
「思ってみれば、確かに聖夜祭もそろそろ‥‥時期としてもあり得る話ってことか。‥‥ところで、そのお願い帳は?」
「それが、いつの間にか無くなっていたんです。いつ無くなったのかは分かりませんが‥‥」
 うーん、と考え込むブレイン。無くなったお願い帳。事件と何か関係があるのだろうか。
 と、そこに響くノックの音。応対に出たニコルの母と共に入ってきたのは、アーデルハイトだった。
「あら、ブレインさん。今日の調査ではよくお仲間に遭遇するわね」
「アーデルハイトさん、僕がここに来てるって知ってたくせに‥‥」
 ところで、とブレインにこれまでに調べたことを簡単に話すアーデルハイト。これからブレインが向かう、事件の夜に起きていた男がキーパーソンかもしれないという話と、その男が鶏の所持者だったこと、そして墓の周辺には鶏の羽などは残っていなかったこと。
「しかし、何でこんなこと‥‥悪戯にしては手が込んでるし‥‥」
 アーデルハイトもブレインや両親からこれまでの話の内容を聞くと、追加の質問を幾つか。ニコルの趣味や嗜好。
「趣味は‥‥森で色々な物を集めてくることでしょうか。おかしな形の木の枝を持って帰ってきたり、どこから持ってきたのか狼の尻尾を持って来たこともありました。それをマフラーにしてマリーナちゃんにプレゼントするなんて言うものですから、慌てて止めました」
「止めた? あと、マリーナちゃんというのは?」
「血だらけで汚かったので、嫌がられるから止めなさいと。マリーナちゃんというのは、すぐそこの、隣の家の娘さんです。ニコルと同い年で、一緒によく遊んでいました」

 ・ ・ ・

 ニコルの墓に埋められた6羽の鶏。それが外部から持ち込まれたものならば相当に目立つはず。そう考え、オリガはそんな人物などを見なかったか村人に尋ねて回るのと同時に、鶏を飼っている家々でその数が減っていないか聞いてまわった。その結果、辿り着いたのは村で一番多くの鶏を飼っているという男の家。
 ノックをすると、すぐに中から「どうぞ」と促す声が聞こえた。中へ入ると、声の主であった男と、所所楽がいた。何故ここにいるのかというオリガの疑問も併せて、依頼人の元で聞いた情報を、まとめて所所楽が話す。
「それは‥‥とんだ無駄足をしてしまいましたね」
 苦笑いをしつつ、薦められた椅子に腰掛けるオリガ。と、すぐにまた響くノックの音。ブレインとアーデルハイト。冒険者達の今回の調査はこの家に終着しそうだ。尋ね事をする前に、得られた全ての情報をまず統合する。そして。
「事件の夜、何か変わったことが無かったか聞きたいんだけど」
「事件の夜は、特にこれといった事は無かったと思うな。家の周りも、鶏達も静かだったし。ただ、知っての通りこの家は墓地からかなり離れてるから、墓地で何かあったかってのまでは分からないな」
 墓で魔法使いが爆発でも起こせば気付くかもしれないけどな、などと冗談を口から出す男。続く笑いはオリガの睨みつける視線で尻すぼみに消えて。
「ニコル君の家の方については、何か分からないかしら?」
「んー、特に気付くことは無かったな」
 どうやら、犯人や犯人の当日の行動に関する情報は得られそうにないようだ。
「事件の夜、遅くまで起きていたのは何故? 何かしていたのか?」
 ブレインが尋ねる。
「そう、多分あの事件に関係ある話だと思うんだ。事件の‥‥一週間と少し前くらいかな。夜中に、鶏が騒いでたんだ。鶏泥棒でも出たのかと思って見てみたんだけど、いなくなった奴は無かった。その日は頑張って朝まで見張りを続けたんだが、何も起きなかった。まあ、鶏達が悪い夢でも見たんだろうって、見張りを止めてそれから何日かは夜鶏が騒いでも無視して寝てたんだ。そしたら、事件の前の日に鶏が6羽も消えてた。だから、事件の夜は見張りに起きてたんだよ」
 鶏が消えたタイミングは、事件の前日。その少し前に、夜中に不自然に大騒ぎした鶏達。
「最初、鶏が大騒ぎをした日は、正確には何日前か分かりますか?」
「ええと‥‥確か‥‥9日前だったかな」
 9日前。ニコルが病死した日と同じ。お願い帳の文面と合わせると、ただの偶然と片付けるのは少し難しそうだった。
「そういえば」
 と、ブレイン。
「お願い帳の2ページ目は、『こいぬがかいたい』だ」