●リプレイ本文
「森に狼がいるのは確実‥‥しかし、森ではその姿を見なかった。俺達の他で、狼を見た人がいないとしたら、普通では会えない特別な狼かもしれない。そして、森に逃げたジャイアントほどの大きさの人影。これらのことから、犯人はワーウルフじゃないかと思うんだ」
冒険者達に、事件の当初から関わっているブレイン・レオフォード(ea9508)が自分の推理を話す。確かにそれならば、全ての話が繋がって見えてくる。オリガ・アルトゥール(eb5706)も頷き。
「犯人がワーウルフなら、ニコル君が秘密にしていた理由も分かりますね。流行り病も、そのワーウルフからうつされたと考えると‥‥」
ある日少年は森の中で、行き倒れの獣人を見つけました。病気で苦しいそうです。
獣人は人々に嫌われていました。なので少年は、皆には内緒で獣人を看病しました。
病気の治った獣人は心優しい少年に感謝し、二人はとても仲良くなりました。
しかし!!
獣人の病気は少年にうつってしまい、少年は死んでしまいました。
獣人は自分のせいで少年を死なせてしまったと悲しみ、少年の望みを一つずつ、彼のために叶えるのでした。
「いやん♪」
「何だ突然」
シシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)の素敵な妄想劇場でした。
●村の中で
村の外れから村中を見渡す男が一人。レオーネ・オレアリス(eb4668)だ。彼は自分の目に加えてペットのウイバーンも空高く飛ばせ、村に異変が無いかを確認していた。
何故、村の外れからなのか。その答えはペットの特殊性にあった。ウイバーンは何も知らない村人にとってはモンスターに近い。そのため村人を不安がらせぬよう、出来るだけ離れての行動である。
他に特異なペットといえばメイユ・ブリッド(eb5422)のジャイアントパイソン二匹なのだが、こちらは姿以上に名前が特異だ。とりあえず『黄色い卵』には見えない。
村の外れといえば。レオーネのいる場所とは反対側の外れには、この村にいる猟師の中では一番村での生活の長い猟師が住んでいる。話を聞こうと、アーデルハイト・シュトラウス(eb5856)とブレインが彼を訪ねた。
「森の中で、何か変わったことは無かったかしら?」
アーデルハイトが聞きたいのは、おかしな地形、おかしな動物など、何者かが住んでいる痕跡は無かったかということ。
「冬場は夏と比べれば森に入ることが少なくなるから、何かあっても雪に埋まってしまっていることが多いんだが‥‥」
「だが?」
「半年も前の話だから役に立つのかは分からんが、森の中で狼のだと思われる骨を見かけた。それも、死んで自然にそうなったものではなく、何かに食い荒らされたような」
「てことは、あの森に狼はいるってことか‥‥」
前回の調査では遭遇することはなかった。あれは、単なる偶然だったのか?
「昔の伝承と言ってものぅ‥‥この村はそれほど深い歴史のある村じゃないからの。せいぜい、ここ十何年程度じゃ」
村長の家を訪れ、森の奥に特別な何かがあったりはしないか、昔から伝わる伝承などは無いか尋ねたメイユ。だが、返ってきた答えの中に、役立ちそうなものは見当たらなかった。森の奥に特別何かがあるわけでもなし、古い言い伝えなどもなく。
「これだけでは、推測の役には立ちませんね‥‥」
出発前に友人からモンスターについての知識を仕入れてきたメイユだったが、この時点では判断するための材料は揃わず。
村の『昔』に手がかりが無いのならば、『今』に聞こう。所所楽柳(eb2918)はニコルの友達である子供達に手がかりを求めた。
まず子供達に、森の中で行ったことのある範囲を聞いた。それによって、どこまでがただの森でどこからがニコルの秘密の森だったかを探るためだ。だが。
「えーと、十字枝とお化け石のところ」
「あ、私3本池までしか行ったことない」
何のこっちゃ。子供達の間ではよく知られた言葉のようだが。具体的にどの辺、と尋ねても、よく分からないから実際に行こうと言われる始末。今は出来るなら子供をつれて森へは入りたくない。
アプローチを変えてみる。村に伝わっていることではない何かを、ニコルから聞いたことがないかと。
「んー‥‥狼の捕まえ方」
「狼の?」
「そんでさ、後ろ足の肉が美味しいんだって言ってた」
おそらく、犯人が狼を捕らえ、それをニコルと一緒に食べたのだろう。
‥‥とすると、犯人がワーウルフだという推測が、少しだけ揺らぐことになる。
それまで、犯人は決まって夜に現れていた。だが、犯人を目撃した者がおり、さらにその目的を邪魔したとなれば、時間や場所を選ばずに動いてくる可能性もある。森の調査に向かう面々を見送り、レオパルド・キャッスル(eb3351)は村の守りに当たるため居残った。一応村の外れにレオーネとウイバーン、卵と呼ばれる蛇などがいるが、駆けつけるまでに多少の時間がかかる。人が多いに越したことは無い。
村の見回りを行うのと同時に、村人と軽い世間話もしながら一人ひとり顔を覚えていく。以前遭遇した相手が主犯なのは間違いないだろうが、共犯がいるかもしれない。また、犯人を見たという村人が新たに出ているかもしれない。
村の隅々を歩いて多くの人と話してみたが、とくに怪しい者はいなかった。また新たな目撃者も見つからず。残念ではあるが、調査の本命は犯人が潜伏していると思われる森の方だ。寧ろこちらで突然新事実が判明して事態がひっくり返ったりすることがなく、良かったと言えるだろう。
●ニコルの家で
皆が各々に調査を行っていた頃、オリガはニコルの両親の家を訪問していた。いつものように挨拶をすることと、墓参りの許可を貰うこと、そして、オリガにはもう一つ、しておきたい質問があった。
「いつもわざわざご丁寧にありがとうございます。ゆっくりしていって下さい」
「ええ、あまり長居は出来ませんが、少しだけ」
今日はニコルの父親は出かけているのか、不在だった。部屋には二人の母親だけ。
「今日は、娘さんはご一緒ではないのですか?」
「娘は、今森の方を見ています。事件の解決には、少しでも情報が要ります。‥‥情報といえば、一つお尋ねしたいことがあったのです」
と、用件の一つである質問を。同様の問いをブレインも持っていたため、まとめてオリガが持ってきた。
「ニコルはよく色んな物を持ち帰ってきたようですが、逆に何かを持ち出したということはないでしょうか。例えば食料だとか、治療用品だとか」
「治療用品は、記憶にありませんが‥‥食べ物は、何度かありました。森の中で食べるお弁当にするのだと言って。私は何度も昼には一度帰ってきてご飯を食べなさいと言うのですが、ちっとも聞いてくれなくて」
「そうだったのですか‥‥」
「オリガさん、事件が解決してこの村に来る必要が無くなっても、近くを通る時には遊びにいらしてくださいね。その時は歓迎します」
「ありがとうございます。‥‥そうですね、ぜひ」
●森の調査、遭遇
オリガやシシルフィアリスが合流してから、森の中の調査は開始された。事前にエリヴィラ・アルトゥール(eb6853)が森の入り口付近を、朝霧桔梗(ea1169)が少し踏み込んだあたりを軽く調べていたが、特にこれといって何も見つからなかった。ただ、一度だけ朝霧がリスと思しき動物を見た。
「聞いた話によると、冬眠している動物が起き出す理由は、周りが暖かくなってくるか、近くで無茶苦茶に暴れまくって起こされるかくらいらしい」
所所楽が言う。ブレインも、猟師から同様の事を聞いていた。そして、こちらもブレインの調査結果。
「レオパルドさんが犯人を追っ払ったあの夜も、飼われてる鶏は騒いでたんだそうだ。だからおそらく、鶏が騒いでいた原因は犯人で決まりだろう」
「森の中で雨風を凌げる場所がないか聞いてきました。どうやら森の中には大きな穴の開いた『お化け岩』っていう岩があるらしくて」
「それなら僕もアキムから聞いた。子供がたまに遊びに行く所のようだから、そこではないだろう」
「ううん、子供の知ってる『お化け石』じゃないんです。子供達の言ってるのは、本物の『お化け岩』よりずっと手前にある、大きな石のことなんです。洞窟みたいな岩って聞けば子供達が遊びに行くんじゃないかって、大人達がわざと嘘を教えていたみたいです」
シシルフィアリスが村で聞いたことを話す。
「とにかく、調査を始めましょう。犯人と遭遇するかもしれませんから、くれぐれも油断はしないように」
・ ・ ・
一行はまず『お化け岩』を目指すことにした。途中人の顔に似たデコボコのある『お化け石』を見つけ、シシルフィアリスが目玉を書き込んでから通過した。
それから暫らく歩くと、視界の向こうに巨大な影が見えてきた。ちらほらと降る雪の中それに近づいていくと、それが『お化け岩』なのだと分かった。『お化け岩』は少し屈めばジャイアントでも中に入れそうな巨大な穴の開いた、本当に巨大な岩だった。奥行きは狭かったが。
さすがに『お化け岩』の奥の地面を触ってみて「まだ温かい‥‥近くにいるぞ!」なんてことは無かったが、どうやらここに何者か‥‥おそらく犯人が立ち寄っているだろうことは判明した。
「これは‥‥骨ですか」
朝霧が拾って見ては捨てるのは、中型動物のものと思われる骨や、リスやネズミサイズの小骨多数。これが全て犯人が捕まえ、食べた残骸だと考えれば、中型動物、即ち狼がこの周辺であまり姿を見ないのは、犯人に殺されるのを警戒して近寄らなくなっているのではないかと推測できるし、狼という食料が得難くなったために冬眠中の小動物を掘り返して食べるが故に冬眠から起き出してしまったリスなどがよく見かけられるのだと考えられる。
「あれ? これは‥‥」
奥の暗がり、隅に落ちている何かをエリヴィラが拾おうとした時、所所楽から警告が上がった。少しずつ強くなる雪の中、遠くに見える、森を闊歩する何者か。ゆっくりと接近して見てみると、確かに大きい。
(「尻尾は‥‥無いが‥‥」)
所所楽が見る限りでは、その何者かには尻尾は無かった。とすると、ブレインらが立てていた仮説の一つ『狼の尻尾のマフラーは、ワーウルフが自分のを切った』説の信憑性が高まる。が、しかし。
(「狼っぽくもない‥‥」)
悪い視界の中はっきりと確認は出来ないが、何かワーウルフとは違う気もする。
ここは、聞いてみるしか。
「ニコルの友達か?」
呼びかける。と、その声に気付いたかこちらを見る何者か。そして。
「ああっ! 逃げたっ!!」
急いで追いかける一行。だが元々距離があったのと視界の悪さからすぐに見失ってしまう。
「見失ったか‥‥」
「しかし、ワーウルフではないようですね。あれは‥‥」
オーガだ。
●最後の夜
夜がやってきた。この夜も犯人がやってくると断言は出来ないが、しかしその逆も然り。来た時のために、冒険者達は各々に身を隠し、時を待った。
ニコルの家では、シシルフィアリスとレオパルドが潜んでいた。家の裏では、とりあえず話聞くからということで先制攻撃を止められたレオーネが、愛馬と共に待機している。マリーナの家にはメイユが隠れ、さらにこの二軒を囲むようにアーデルハイトやブレインら残りの面々が待機している。
暫らく、何事も無い静寂の時間が過ぎて。不意に、静かな風を切る音を立てて、レオーネの元にウイバーンが戻ってきた。驚く村人がいない今なら、存分にウイバーンを偵察に使える。そしてこのウイバーンが戻ってきたということは‥‥
「‥‥来たわよ」
昼間降っていた雪は止んでいた。数センチほど道を覆った雪を踏みしめてやって来る巨大な影。待機している場所や窓の位置の関係上、こちらで気付いているのはまだ数人のようだ。
まずは、その動きを止める。そして話を聞くなり、退治するなり。
ちょうどオーガが目の前を通り過ぎようとしたとき。メイユは窓を開け放って、高速で魔法を紡ぐ。コアギュレイトの魔法。それはたちまちに効果を発揮して、オーガを拘束する。が、その効果時間は短い。急ぎ皆を呼び集め、逃げられないよう、そして何とかして話でも出来ないものかと考える。
しかし。
「捕まえたのですね。そいつが犯人ですか?」
オーガを囲む冒険者達にかけられた声。振り返ると声の主は、今回の調査の依頼人だった。
「これでようやくこの村も、安心して生活できるようになります。さあ、退治をお願いします」
「え‥‥でも、犯行の動機も分かりましたし、しっかりと教えればもうしないと思います」
「しかし、二度とやらないという保障はありません。それに、こんなモンスターが村の近くにいるとなったら、生活にも影響が出ます。私達は、今回の事件の解決をすることで村の不安を無くすことを依頼したのです。お願いします」
「‥‥‥‥」
●悲しい友情の森の中で
天高く太陽の上っている昼。ザッ、と雪を踏みしめる音を立てて『お化け岩』の前に立った。
決して深くはないその穴の奥へ、ゆっくりと向かっていく。
そこには、誰もいなかった。散らばっている動物の骨だけ。その他には何も無い。
‥‥いや。
奥の隅に手を伸ばすと、それを拾った。小さな、非常に粗末な羊皮紙が6枚綴られたもの。表紙には『お願い帳』と書かれているが、字はだいぶ滲んでしまっている。
『お願い帳』のページを捲る。1ページ目には『ごちそうがたべたい』そう、書かれていた。2ページ目には『こいぬがかいたい』。続けて『パパとママと、ずっといっしょにいたい』『マリーナちゃんとけっこんしたい』『やさしいむらのみんなとあそんでくらしたい』『おおきなまちをみにいきたい』。字を読めないオーガがこれを持っていたのは、願いを参照するためというより、形見のつもりだったのだろう。願いは、ニコル本人が語っていたのを記憶したと思われる。
あのオーガは人と仲良くしたかったが、別のどこかで人に攻撃されたのか、村へ踏み込むことは出来なかった。そこにニコルが現れ、ニコルとオーガは仲良くなった。初めて出来た異種族の友達に、オーガは喜んで彼のお願いを叶えていった。しかし、ニコルは流行り病で亡くなった。感染元は分からない。オーガかもしれない。捕らえた狼かもしれない。別の何かかもしれない。今となっては分からない。全て始まりから終わりまで、ニコルとあのオーガだけが真実を知っている。
「これはニコル君のお墓に‥‥お母さんに渡した方が良いかな?」
或いは、ここに置いたままがいいのかもしれない。
分からない。
とりあえずお願い帳を大事に仕舞って、エリヴィラは村への帰途につく。
その頃村では、悲しい友情を貫こうとしたオーガとその親友ニコルのための、魂送りの歌が響いていた。
【End】