【歌姫とナイフ】自由の歌 第1楽章
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■シリーズシナリオ
担当:香月ショウコ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月30日〜02月04日
リプレイ公開日:2008年02月11日
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●オープニング
●歌姫とナイフ
「来週、皆を歌の公演に連れて行ってあげます」
きっかけは、院長のそんな話だった。
最近キエフにやって来た、とある大商人。その大商人がロシア中を連れてまわっている一人の少女。
リトル・マリア。
地方では歌姫との呼び声高い、しかし早逝した母マリアの美しさと歌声を受け継いだと言われる15歳のハーフエルフ。
大商人は訪れる先々の町でリトル・マリアの公演を開き、多くの富を築いてきた。そしてこの度、リトル・マリアの公演がキエフのとある酒場で行われるという。その公演に、この孤児院の孤児達が招待されたのだった。
孤児の少年エドワルドは、その話に興味を持った。自分と同じ年代の子どもが、どうやって世を渡っているのか。どれだけの能力を持ってすれば、大人と渡り合えるのか。家族を失い、盗みに手を染めて生きてきた彼は、知りたいと思った。そしてその夜、彼は親友のソフィアと共に院を抜け出し、大商人の住まいへ向かい。
結果、けっこうすぐに見つかった。
使用人に追いかけられるエドとソフィ。二人は途中で道を違えることで追っ手を撒こうと考えたが。
「あれ? エド君は?」
「えと、おかしいな、さっきそこの廊下で見たんですけど‥‥おトイレ?」
孤児院には、ソフィだけが辿り着いた。
「孤児か‥‥毎日がとても大変だとは知っているけど、自分を縛るものが無いっていうのはどんな感じなの?」
「縛るものはあるよ。生きていくためにしなくちゃならないことはあるし、仲間達もいる」
ソフィが院で困っている頃、エドはリトル・マリアの部屋にいた。
「そっか。どこにいても、束縛はあるのね」
「どうして、そんなことを?」
「私ね、もうあまり歌いたくないの。好きだったけど、嫌いになりそう」
使用人に追われエドが偶然駆け込んだ部屋は、リトル・マリアの部屋だった。リトル・マリアは突然の乱入者に驚いたが、一時自分の話し相手になることを条件にエドを匿った。
「どこに行っても、相手が誰でも、私の気分なんかお構いなしに、歌え。そんな毎日。私だってその時々でしたいことはあるし、歌を聞かせる相手だって選びたい」
「‥‥だったら、逃げたらどう?」
「逃げる?」
「俺は経験者だから、子供が子供だけで生きていくのがどれだけ辛いかは知ってる。けど、リトル・マリアには歌があるだろ。自分のために、気が向いたら他人のために歌って、それで稼いで生きていくことも出来ると思う」
「‥‥‥‥」
「ごめん、リトル・マリアにも事情があるだろうってのに、勝手にこんな無責任なこと言って」
「アリッサ」
「え?」
「私の名前。リトル・マリアは通り名よ。歌姫マリアの娘。‥‥ほらエド、そろそろ孤児院へ帰ったほうがいいわ。一緒に来た女の子も、院の人も心配してるわ」
●若き歌姫の舞台裏
ある日冒険者ギルドに出された一つの依頼。それはキエフ市街にあるとある酒場で行われる歌の公演の補助。依頼人である商人、ダニール・センニコフは、数年前から各地を旅し、街から街へ半年から1年ごとに移って公演を開催してきた男だ。キエフではその開催経験が無く、人手が足りない場合の適当かつ信用出来る人材確保ルートを確立していなかったため、ギルドへと依頼が来たのだった。
依頼の内容は、歌姫リトル・マリアの講演会場準備の手伝いと、本番当日に招待されてやって来る30人の孤児達を2人の引率者と共に管理すること、そして会場警備。
ちなみに当日には、聴衆の総数は80人ほどを見込んでいるという。
●リプレイ本文
●事前説明会
その日は、まったく面識が無い人達が押し寄せてきて、対応が大変だったって聞いた。
会場設営とか色々の手伝いに雇われた冒険者達への顔見せのために、アリッサは保護者であり座長であるダニールさんにそこに連れて来られた。そして、ダニールさんが仕事の話をしている間、しばしヒマ。
「準備って、具体的にはどんなことを手伝えばいいのかな。会場設営って言っても、舞台を組んだり、椅子を並べたり、様々だからね」
カグラ・シンヨウ(eb0744)さんという冒険者の質問に、ダニールさんはそう言えばその辺から詳細はまだでしたねとか微笑みを浮かべながら言って、一枚の紙を皆に見せた。
「よく見かけるタイプの舞台ですね。これなら人数がいればそれほど難しいことはない」
そう言って、雛壇みたいな舞台を作るために要る物だとか、会場になる酒場の入り口から舞台までの道筋とかを確認するのがディアルト・ヘレス(ea2181)さん。
「酒場のテーブルなんかは、そのまま使うのですね。純粋に歌を聴くだけの場ではなく、飲食もしながらという形ですか?」
会場の完成予定図を見てオリガ・アルトゥール(eb5706)さんがそう言う‥‥ところまで話して、アリッサが微妙に不機嫌そうな顔になる。なんだろう?
「大体は把握出来ました。頑張ってお手伝いをしますね。ところで、リトル・マリアさんはお名前は何と言うんですか? せっかく同じお客さんを迎える側になるので‥‥」
「私はリトル・マリアよ。お互いに同じ立場になるなら、必要な情報のやり取りだけで充分でしょ」
拒絶の返答にスィニエーク・ラウニアー(ea9096)さんが申し訳無さそうな目で謝って、その場の全員が何でまたこんなことでというような目でアリッサに注目。でも、アリッサもダニールさんも何も言わなかった。
「‥‥それでは、この幕の取り付けは私が行おうか」
ゼロス・フェンウィック(ec2843)さんが停止した場を何とか繋いで、スィニエークさんも一緒にやると話したおかげで、どうにか話の流れが元に戻る。
「質問、というかお願いというんでしょうか。警備の時とか、なるべくなら真っ暗になる場所を避けさせてもらいたいんですが。狂化のことがありますので」
「ああ、それに関しては問題ありません。会場は外も篝火を焚いて明るくする予定です。暖かくなりますし、リトル・マリアも暗闇がいけないものですから」
なるほどと、フォン・イエツェラー(eb7693)さんが安心する。
さて説明会はこんなものとダニールさんが立ち上がり、本番で伴奏をしていたフィニィ・フォルテン(ea9114)さんが打ち合わせのためについていく。オリガさんやディアルトさんは何か話したそうな様子だったようだけど、さすがにアリッサが拒否の雰囲気をプンプン纏っている時に突撃は出来ず。
「それじゃー、オデットはすぐに単独行動に移るのですよ。依頼成功のためには必須の行動ですから、皆さんはお仕事の準備を頑張ってくださいなのです」
とととととっとオデット・コルヌアイユ(ec4124)さんが不敵な笑みを浮かべつつ退室すると、その後は皆順次解散。そうして、次の日に繋がっていくんだけど‥‥
・ ・ ・
「熱心過ぎるファンがいるのかどうか、だって。まあ、いると言えばいるわよね。たくさん」
「?」
多分説明会の時にされた質問なんだろうけど、俺にはどういう意味か、この時はいまいち分からなかった。
●会場設営はスムーズに
突然孤児院の人に呼ばれたから何かと思ったら、オデットさんっていう冒険者が来てた。俺も含めて4人連れて、歌姫リトル・マリアの公演会場の設置を見学に行こうツアーだとか。何でこの4人なのか考えてみたら、全員に共通点があった。孤児院的に問題児。呼び出された子どもらはお菓子に釣られつつ、連行される。
そうして、俺は会場になる予定の酒場にやって来て。オデットさんは孤児院的に性格が問題のワルガキ3人組をここまで引っ張って来るのに苦労していたけど、到着と同時に俄然元気になった。
「あなたは一人でここに座って見学してられるですね? あなた達3人は元気なので特別待遇ですよ」
言って、特別と聞いてテンション上がった3人を連れてどっかにいくオデットさん。しばらくしてから帰って来る3人がやけに礼儀正しくなっていることは、俺の予測どおり。
さて、こうなると4人が戻ってくるまで暇で仕方がない。ツアーって言われたのに放置された。座ってろって言われたけど、近場だったら少しくらい歩き回っても怒られないだろ。
「そこの踏み台はもう少し右へ。ええ、フォンの方に」
観客席側の方に座って、色々物を運んでる人達に指示してるのはオリガさんだった。会ったことがあること、覚えてんのかな?
「水はあげてきたよ。私は休憩にするね」
「ええ、ありがとうございます」
さっきまで馬車馬のように働かされていたディアルトさんの馬を外に繋いできたカグラさんが、そう言って奥へ向かう。会場の作業は、魔法で空を飛ぶスィニエークさんとゼロスさんの高所作業に移った。舞台を形作る物、舞台の上に乗せる物がひと通り運ばれ終わったから、今度は両側の壁から布を垂らして飾っている。
「大丈夫であろうか、彼女は」
「何だかピリピリしている印象でしたね。何か悩みでもあって不安定になっているのかなと思いましたが」
「同感、だが‥‥問題を抱えているなら相談に乗れるのだが、ああも拒絶されては」
ふと耳に入った、そんな会話。作業を終えて休憩に入ったディアルトさんと、オリガさんの話。彼女っていうのはアリッサのことで間違いないと思う。悩みっていうのは‥‥歌うのが嫌いになりそうってことかな。
「私にも義理ですが同い年くらいの娘がいまして。無理をされていないか、そこが一人の母親としてどうしても心配になってしまいます。まだ若いのですから偶には我侭を言って好きなことをしてもいいと思うのですよ」
無理はしている。だから、好きだった歌を嫌いになりそうになってる。でも、だったら歌うのを一度止めたらどうなんだろう? オリガさんの言うとおり、我侭を言って少し休んでもいいんじゃないかと思う。我侭を言えないのか、それとも言わないのか‥‥
「もしかしたら、同じ芸能を生業にしている人なら、悩みを共有できるかもしれませんよ」
フォンさんが来て、二人の会話に混じる。どうやらフォンさんが言う人っていうのは、カグラさんやフィニィさんのようで。
ってことは、さっきカグラさんが行った方に行けば、アリッサに会える?
「私は踊りが好き。だからケンブリッジを卒業してから踊りを生業に選んだんだ」
会場の奥の通路から一度外に出て、何歩か歩くと別の建物。その中の部屋で、アリッサとカグラさんが話していた。
「初めはびっくりした。お仕事で踊るのって、自由に踊るのと全然違うんだなって。でも、それぞれ別の楽しさがあるってことも知った。お仕事の方では自由にとはいかないけど、皆が喜んでくれる。それが嬉しい」
聞いてみると、どうやらアリッサの歌についてみたいだった。
「初めは、楽しいと思ってたわ。私が歌うことで、聴きに来た人は拍手してくれる。でも、今は別に、それほど楽しいとも感じないわ。慣れてしまったのかもしれないわね」
「じゃあ、ちょっと休んでみたらどうだろう? 一度歌から離れてみれば、今まで近すぎて気付けなかったことも分かるようになるかも」
「ううん、ダメ。離れることは出来ない」
どうして。問いに、アリッサは答えなかった。俺にも分からない。俺も、嫌になりそうなら、それでも歌いたいと思うなら、少し休んだらいいと思う。けど。
「リトル・マリアさん。そろそろ、練習に入りましょうか?」
いきなり別の方から声がしてびっくりした。入ってきたのは竪琴を持ったフィニィさん。カグラさんは、邪魔にならないように戻ると立ち上がって‥‥やべ、隠れなきゃ。
「‥‥リトル・マリアさん。何か悩みでもあるのですか? 歌は技術だけで歌うものではありません。悩みを抱えたまま歌っても、いい歌にはなりませんよ?」
「分かってる」
少し離れたせいでちょっと聞き取りづらくなったアリッサとフィニィさんの会話も、やっぱりアリッサの悩みについて。そんなに、歌に気持ちって表れるものなんだろうか? 俺にはよく分からないけど。
「私は歌う事が好きです。そして、私の歌を喜んでくれる人がいるのはとても嬉しいです。リトル・マリアさんもそうではないのですか?」
「そうだよ。でも‥‥ううん、だからこそ、喜んでくれない人の前で歌うのは嫌」
「それは、どういうことですか?」
「私の歌を聴きたくて来たんじゃない人の前で歌うのは嫌なの。今は、母様が歌っていた頃にダニールさんに公演の段取りとかお世話になっていたから、その恩返しに付き合ってるだけ」
恩返し。は、分かる。そういう理由だから、ダニールさんが行う公演は断らず参加する。ちょっと無理をし過ぎてる気もするけど、理由としては分かる。
でも、アリッサの歌を聴くのが目的じゃない人が、何で客として来るんだ?
「行方不明のエドくんはどこ行ったですかー!? やっぱり悪ガキだったですね、信用したオデットが愚かだったですよー!!」
聞いただけでオーガの形相をしているだろうと分かるオデットさんの声がして、盗み聞きはここで断念。ちょっと惜しいけど仕方ない。
まだ仕事が続いてる会場に戻ると、そこは段々と単なる酒場から少しリッチなホールに変化していっていた。ゼロスさんが作った細工物や、カグラさんが持ってきた花とかが、空飛ぶスィニエークさんによってどんどん飾られてく。
「さあそろそろ帰る時間なのです、さくさく歩くですよ」
と、じっくり会場の様子を見物する暇も無く、オデットさんに腕を引っ張られて退場。最後には性格の良くなった他の3人と一緒に大量のお菓子を渡されて。
「オデットの顔を潰さないよう、行儀よくしてるのですよ‥‥」
とか暗黒面を見せられて脅される。そうか、このお菓子って賄賂か。
それじゃあ‥‥行儀よく、当日は。
●包囲突破作戦
本番当日。俺達は孤児院の大人に連れられて、公演会場にやって来た。入り口にはディアルトさんが立っていて、入って来る客の大人達に注目している。店に入る人から武器を預かる役だったらしいけど、特に仕事は無さそうだった。入っていく客は誰も、武器を持っていなかったから。
会場の中にはかなりの人数がいた。舞台に向かって左側にある幾つかの丸テーブルには数人ずつ客が座っていて、右側の四角い長いテーブルは孤児用。
少しして、公演は始まった。綺麗な服を着たアリッサは拍手に礼をして応えると、歌い始める。場が静まり返って、俺含む歌なんか全然分からない子供たちも聴く姿勢に(一部、きっと賄賂とか脅しが効いている)。すごいと思った。誰も、喜ばない人なんかいないんじゃないかと思った。アリッサが歌いたくないと思っている理由は勘違いなんじゃないかと。
でも。
気付いた。
2つ、重大なことに。
辺りを見回す。反対側の客席の、舞台近くにいるフォンさんと、後ろの方にいるスィニエークさんは、歌を聴きながらも客席の様子を時々見ている。でも、距離はあるからタイミングを間違えなければ何とか出来る。入り口の近くにはディアルトさんとオリガさん。まっすぐ突破は無理。俺らの席の一番後ろにカグラさん。俺の1つ前の席にオデットさん。抜けるのは難しい。他の子守2人ははなから問題外。
すぐ傍に、見学ツアーの時に通った扉がある。うまくここから出たいけど‥‥
気配を薄く、薄く。音を立てずに。後ろの席はソフィだ、きっと動きで黙っているべきと察してくれる。フォンさんやスィニエークさんが舞台上を見て、ディアルトさんが大人達を見て、オデットさんがお金持ちの人を見て、カグラさんが他の子供に集中する、そのタイミング‥‥来い!
・ ・ ・
カグラが一瞬の変化に顔を上げた。冷たい風が少し吹き込んだことに気付いたオリガが、ディアルト、スィニエークに伝え異変が無いか探る。舞台上で伴奏をしていたフィニィには全て見えていた。が、テレパシーの魔法を使うには舞台上は目立ち過ぎる。視線で訴えることしか出来ない。
フィニィの視線に気付いたフォンと、彼の仕草に気付いたオデットが、孤児が1人消えたことに気付くのにそう時間はかからず。
予定されていた最後の歌が終わり、万雷の拍手に会場が包まれるのと同時。事態を把握した子守組は仕事を一時オリガに任せ、外へ出る。
時間にして6秒。
エドワルドが目的を達するには、充分だった。
・ ・ ・
聴衆の拍手を背に舞台を下りたリトル・マリアを、奥に控えていたゼロスが迎える。リトル・マリアが目的の悪漢などがいれば、観客にまぎれず裏から乱暴に入って来る可能性もあるためだ。楽屋代わりの部屋と、舞台までの通路。そこがゼロスの担当区域。
「この後、アンコールがありますから、そのための衣装に着替えます」
楽屋の扉を開けたところで、リトル・マリアがゼロスに告げる。言い様から、どうやらアンコールは常のお決まり事のようであった。
・ ・ ・
そう言ってアリッサは扉を閉めると、「何の用?」と目で聞いてきた。俺はいつ何が起きてもいいように、ついさっき入ってきたばかりの窓の傍に待機したまま。
そう、アリッサの目に用があって来た。歌っている最中、『死んでいた』目に。俺には歌の良し悪しは分からないけど、人の大体の気持ちくらいなら、目や立ち方で分かる。
あんなに辛そうに君が歌うのなら。
「逃げよう。一緒に」
そう、小声で言った。
・ ・ ・
リトル・マリアの言っていたとおり、アンコールの声が聞こえる。彼女はまだ出て来ない。が、ゼロスには部屋の扉を開けられない。そろそろ、ノックのし時だろうか。
と、そこにカグラが駆け込んできて事情を告げる。まさかとは思うが、万が一、孤児がリトル・マリアと接触を図っている可能性もある。非合法な手段で、となれば、非合法な目的のために。ゼロスに代わり、カグラが扉を開けたそこには。
「少し時間には遅れましたね。急ぎましょう」
衣装を着替えたリトル・マリアがいた。彼女をゼロスが舞台へ送り、カグラは室内を見渡す。
異変は無かった。
●その、ほんのちょっとあと
「トイレ行った帰りに迷って、外に出ちゃったんだよ」
「そういう時はオデットかカグラさんに言いなさいです!」
「子守忙しいかと思って」
「君みたいなのがいるから忙しくなるのですよ‥‥その時はオリガおねーさんが手伝いに来てくれたのです!」
「え? おねーさん? おばさ‥‥」
アイスブリザードのような気配がした。最後の最後で失敗した。