【歌姫とナイフ】自由の歌 第2楽章

■シリーズシナリオ


担当:香月ショウコ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月18日〜02月23日

リプレイ公開日:2008年02月28日

●オープニング

●鈍った刃
 その日、エドワルドはいつものように自分の部屋(数人共用だが)から外を眺めていた。
「‥‥‥‥」
 考えるのは数日前のこと。アリッサに家出を唆し、断られたこと。
「‥‥‥‥」
 当然なのかもしれない。別れ難い人を親友のソフィアとニール、ミレーナの他に持たず、孤独の中で生きることを実践したエドにとっては、自由を求める挑戦に臨むにあたって深く悩まなければならないことは何も無い。対してアリッサには、実の家族ではないにしろ、長く共に暮らした人々がいる。家出の後にどういう日々が待っているかも分からない。簡単に答えを出せる問題ではない。
 逃げるのなら、それなりに考えは用意してあった。あの夜にアリッサを連れ出した後、教会や納屋、どこか寒さを凌げる所で朝まで。翌朝早くに自分のみで必要な物の買出しに出て、なるだけ早い時間に街を出る。目指すは、エドにとって数少ない信頼出来る大人であるクラースのいる街。そこで少し助けてもらいながら、エドは日雇いの配達でも何でも、アリッサは歌で生活費を稼ぐ。もし追っ手などがかかるようだったら、日を見てキエフに帰り、月道で別の国へ向かうことも考えていた。月道破りなど相当な難易度だが、以前あったモンスター密輸騒ぎで敷かれていた厳重警戒が最近緩み始めている。うまく荷物に潜り込めれば、うまくいく可能性もあった。
 しかし、その計画も今となっては。
「ねえ、エド」
 考え事に集中していたため気付かなかった。エドが振り返ると、ソフィがいた。
「院長先生が、話があるから来なさいって」
「俺に?」
「ううん、私も。この院の子、全員」

 ・ ・ ・

「目的がちっとも分からないよな」
「そうか? まあ、分かんねーって言や分かんねーかもな」
 院長先生のお話が終わって、エドはニールと、やはり部屋で窓の外を見ながら話していた。
「だって、不審者って‥‥俺達に付きまとって何か意味あるのか?」
「ほら、たまに聞くだろ。子供のいない貴族の家の跡継ぎ用」
「それだって、もう少しマシそうな奴を狙わないか? こんな悪ガキのたまり場を漁ったって。でもミレーナなら当たりか」
「貴族様の令嬢になるにはちょっと華がねーな。ソフィは大人しそうに見えて意地汚いから、矯正は難しそうだ」
 孤児院の院長が皆を集めて話したのは、最近何人組かの男達が孤児院の周りを頻繁にうろつくようになったので、外出は大人と一緒に行くように気をつけなさいというものだった。うろつく不審者というのはいつも同じ人物ではないようで、また特に顔を隠すような様子も無いのだという。彼らは孤児院の敷地の外から少し中の様子を眺めては、帰っていくらしい。
「ま、貴族様の使いって決まったわけでもねーしな。単なる変態かもしれねーし」
「変態ねぇ。でも変態って、真冬でもフンドシとか葉っぱ一枚で歩いたり、葱で空飛んだりそういう奴らのことを言うんじゃないのか? 見た目普通って、変態として的確なのか?」
「エド、お前そんな変態の基準どこから仕入れてきたんだ?」

●蠢くは黒か闇か
 依頼内容は孤児院の警備。報酬額は少々低めだが、そもそもこうした冒険者ギルドへの依頼に金を使えるほど余裕のある孤児院ではないために、無償の協力者募集とならなかっただけ驚きである。
 孤児院の担当者によれば、基本的に依頼するのは警備だけで、冒険者を雇ったからもう近づけないぞと不審者達に知らしめることが目的だという。だが、冒険者達の判断で不審者を問い詰めたり捕らえたりしても構わないそうだ。ただし、問い詰める相手は誰でも、捕らえるタイミングはいつでもというわけにはいかない。問い詰めるなら相応に不審な相手でなければならないだろうし、捕まえるなら現行犯でなければならないだろう。その判断は冒険者に委ねられ、同時にそれによって生じた損害や責任も冒険者に帰する。孤児院はあくまで、見回りなどによる警備だけを依頼しているというスタンスだ。
 ちなみに。この依頼が出される前に、孤児院は市街を見回る兵士に一度訴え出て、時間がある時には回って来てほしいと頼んでいる。が、今のところ兵士によって不審者が目撃されたことは一度もない。

●今回の参加者

 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0744 カグラ・シンヨウ(23歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec2843 ゼロス・フェンウィック(33歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec4124 オデット・コルヌアイユ(20歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「ねえ、エド。院長先生が話があるから来なさいって」
「また?」
 院長先生に呼び出されて院の子供達が集まった先には、スィニエーク・ラウニアー(ea9096)さんやゼロス・フェンウィック(ec2843)さんら、見知った冒険者の人達の姿。お話によると、この前話題になった不審者への対策に雇われたそうだ。だからこの人達は不審者じゃないから安心してね、とか院長先生が言ったところで、子供達の方から起こる笑い声。そんなの知ってるよって。楽器を弾けるようになりたいって言ってたミレーナはフィニィ・フォルテン(ea9114)さんのことを覚えていたのは知ってたけど、他の皆も何かの理由で覚えていたみたいだ。
 続けて院長先生が諸注意(冒険者の人達は警備とか休憩でここにいるのだから、邪魔しないように気をつけて、とか)を説明して解散させようとすると、カグラ・シンヨウ(eb0744)さんがそれを止めて、皆に、皆が今まで何度も言われてきた、外出は大人と一緒にとか知らない人について行かないとかを再確認。
 今度こそ子供達が解散になると、冒険者の皆は院の中の案内をしてもらうために、マルカ姉さんについていった。

●この世界はきっと色んな間違いがたくさん積み重なって出来ている
「やれやれどっこいしょですよ」
 オデット・コルヌアイユ(ec4124)さんが隣に座った。何とか5日間やり過ごそうと思ってたけど、そううまくは行かないみたいだ。
 それにしてもしかし、まだ案内が終わっただけなのに、やけに疲れてるっぽく見えるなこの人。
「当然ですよ。居るだけでお金が貰えるって聞いて来たですけど、壁の脆い所とか窓の場所とか全部懇切丁寧に教えてくれたですよ。仕事しろー、働けーって感じで。オデットは変態と関わるなんて御免被りたいです」
 遠回しに仕事面倒臭いからやる気無いっす宣言。冒険者ギルド、人選間違えたんだな。
「ところで、変態ってどういうのを言うんだ? ここを覗いてる不審者って、見た目は普通なんだろ? それって変態なのか?」
 と、ちょうどよく思っていた疑問をぶつけてみる。案内から解放されて一番に俺の隣に来る人だ、絶対公演の時に逃げたこと根に持ってる。その方面の話が出ないように、今のうちに別のネタを振っておかなきゃ。もしこの人が知らなかったら、他の人に聞くって言って逃げればおっけー。
「変態は外面じゃ分からないですよ。変態は内側が変態なのです。外側が変態になってるのは、それは内に秘める変態パワーが人の肉体で抑えられなくて外に滲み出てくるから、そうなるですよ」
 すらすらと出てくる変態の定義。なるほど、そういうことだったのか。さすが冒険者。ということは、真冬でもフンドシ一枚男とか葱で空飛んだりする変態よりは、孤児院を覗いてる変態はザコだって考えていいのかな。
「あのダニールって人の商売も変態相手かと思ってたですが、それっぽくも見えなかったですし‥‥そういえばあの時、オデットを出し抜いてやがったですね?」
「え? 何のこと?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ま、いいです」
 窓から眺める外は平和だ。さすがに冒険者が来たからってすぐドンパチになるわけないし、変態にも都合があるだろうから現れない時もあるかもしれない。
「あのお嬢ちゃんも大変ですね歌、歌、歌って」
「もう歌うのが嫌いになりそうだって言ってた、アリッサが」
「お、あのお嬢ちゃんはアリッサって言うですか」
 しまった。
「どうして知ってるですか? 侵入したですか? 侵入したですね? あの時の長いおトイレは会いに行ってたですか」
 ニンマリ笑顔で追及される。やっぱり思ってたとおりだ。この人出し抜いたこと根に持ってた。

 ・ ・ ・

 冒険者の人達が来た次の日の昼下がり。ソフィと話して、皆が集まる広間に戻ってきたら、スィニーさんが早足でやって来た。休憩中なのに子供達に絡まれているカグラさんの所に行って、少しだけ会話。カグラさんは一瞬だけ顔を曇らせて、でもすぐ子供達との会話に復帰した。スィニーさんはその光景をちょっとだけ見て、部屋を出て行く。
 多分、不審者とやらが出たんだと思う。他の人達が今対応中なのか、もう終わったかのどっちか。
「私の夢は、お嫁さんになることです」
 ミレーナの声が聞こえた。そういえば、カグラさんとさっきまで話していた内容は将来のことだった。ちなみに確かミレーナはニールのお嫁さんになりたいって言ってた。
「この国はいいね。ハーフエルフでも普通に生きられる。私はまだ幸運な方だったけど、それでも差別はあったから」
 ロシア以外の国では、ハーフエルフはハーフエルフというだけで差別されるらしい。スィニーさんがいつもフードを被って耳を隠しているのはそれが原因なのかもしれない。イギリスのキャメロットという街から来たクラースさんも、サミュエラさんがハーフエルフだから結婚を反対されて、仕方なくロシアに来たって言ってた。
 他の国じゃハーフエルフは結婚も簡単じゃない。カグラさんが「この国はいい」って言ったのは、ハーフエルフのミレーナが、当たり前の夢として、結婚を挙げたからだと思う。
 けどこの国は、別のことでの差別が強いと思う。金持ちか、貧乏人か。貧乏人は周囲から相手にされない。寒くても家が無い。食べ物が無い。子どもは捨てられるか衰弱するか売られるか。身分違いの恋なんか実りっこない。
「私も昔こういう所にお世話になった。差別はあったけど、でもここまで育ててもらえた。ケンブリッジの学校にも通えたし、自分の好きな踊りを仕事にも出来てる。今の私があるのは、今まで私を支えてきてくれた人達のおかげ。皆も、ここを出て夢を叶えようと思う時、自分がお世話になった人への感謝の気持ちを忘れちゃ駄目だよ」
 その通りだと思う。俺達がこうして生きていられるのは、この院の人達のおかげ。すごく感謝してる。でも、ここで過ごした子供達は、外に出て生きていけるんだろうか。何をするにしたって、知らなきゃいけないこと、身につけなきゃならないことはたくさんある。それを知らずに、食べさせてもらって遊んでる子供達は、外に出ても戻ってくるしか出来ないんじゃないか。
「君達が将来外に出ようと思うなら、まず外を知ろうとするのが大事‥‥だと思う。でも無茶は駄目。最初は先生達と一緒に、少しずつ」
 外を知るのが大事。将来やりたいと思うことが、どうすれば手の届く所まで近付くのか、考えて、知らなきゃいけない。
 そう、だから。
 まずは、全てを知らなきゃ。


 結局、冒険者の人達がいる5日間、不審者が出たとか捕まったとかそんな話題が院内に広まることはなかった。

                    【歌姫とナイフ】自由の歌 第2楽章 了





●自由の歌 間章
 依頼期間満了の前夜。孤児院の一室、冒険者達のために用意された部屋で、彼女らは密談を行っていた。議題は、警備中に5度接触した不審者達についてと、警備と聞き込みによって得られた情報を原因に発生した疑問について。
「孤児院を覗き込むもの全員を不審者と仮定して‥‥全員が全員、身なりがやけに整っていたのが少し気になったところですね」
 平均以上、ではなく上の中〜上の上。ゼロスの話に、オデットがピクリと反応した。
(「警備テキトーだったから見てないですよお金持ち。‥‥でも変態なんですよね。金持ちで変態‥‥危ない香りがするです」)
 他のちゃんと見回りをしていた3人は頷く。
「そのことを意識してこの辺に住んでいる人へ聞き込みをしたところ、ほとんど不審者についての話は聞けませんでした。その代わりによく聞いたのは、貴族とか大商人の話です。中には、貴族の1人の名前を知っている人までいました」
 そのゼロスが得た結果とあまり変わらない成果を、スィニエークもまた得ていた。人々の話す貴族等の姿や人数は、カグラが記憶していたものと大体一致する。
 ここまでの話で、1つの仮説を立てることは容易だ。幾人かの金持ちが、何らかの目的で子供を欲している。彼らが孤児院の様子を覗くのは、目的に合った子供を選ぶための物色だろう。
 しかし、この仮説が正しいとして、解せないこともある。何故金持ち達は子供を引き取りたいという『客』として孤児院に入らないのか。そして、何故この時期に集中して、不審者として彼らが取り上げられるようになったのか。
 前者については話は簡単で、院長が子供を物のように扱うことを強く嫌うためだ。真に子供を欲し、子供のことを一番に考えてくれるだろう人が来た場合のみ、院長は院内で子供達と触れ合うことを認める。世継ぎがどうのとか子供の未来の選択肢を奪おうとする者や、そのままずばり変態目的の奴などは問答無用で叩き出すのだ。
 では、後者の疑問は。これについては、リトル・マリアを訪ねたフィニィが答えに繋がりそうな話を持ってきた。
「少しに気になったので、尋ねて来ました。あの公演に来たお客さんは、リトル・マリアさんの歌を聴きたくて来たわけじゃない‥‥そう、仰っていた理由を」
「あ、リトル・マリアの本名はアリッサって言うらしいですよ。夜間侵入少年が白状したです」
「私は、そのことを『お客さんが聴きたいのは母親マリアの歌だ』からだと思ったんです。だから、もしそうなら、アリッサさん自身の歌も素晴らしいんだということを伝えようと思っていたのですが‥‥」
 そこで一度、フィニィが話を止め俯く。ゼロスやスィニエーク、カグラと、直接不審者と接した3人には続く内容が何となく読めていた。オデットには読めていなかった。
「あの公演に来ていた、この孤児院の関係者じゃないお客さんのほとんどが、ダニールさんのキエフでの商売相手なんだそうです。お客さん達は、ダニールさんとの商談の『ついで』で歌を聴いているんだと」
「その商売って何なのかまでは聞けた?」
 カグラの問いに、フィニィは首を横に振る。しかし、ゼロスの頭の中では事件のほぼ全容が描き終えられていた。
「やはり、人身売買‥‥でしょうか。売り手が孤児院、買い手が貴族など、そしてダニール氏が仲介役」
 だが疑問も残る。ダニールはつい最近キエフへとやって来たのだ。短期間のうちに、信頼が重要な仲介役など出来るのだろうか。そして一体いつ、需要とその供給元を調べ上げたのだろうか。
「私が話した方は、もう孤児院には話が通っていると言っていました」
 スィニエークが、警備中に発見しヴェントリラキュイのスクロールで脅しをかけた時のことを話しだす。供を2人連れたその男は、虚空から発せられた声に一瞬驚きはしたが、逃げることなく会話をしようとしたという。スィニエークは声の発信源をそのままに出来るだけ近付き、会話から彼らの目的を探ろうとしたのだ。
「孤児を見に来ることは孤児院の人と直接会って了解を得ているし、代金は、院が存続出来る金額と、仲介の商人の取り分を合わせた額を、3者で相談して決めてある‥‥そう言っていました」
「でもそれはおかしくありませんか? 孤児院に話が通っているのでしたら、私達に警備の依頼が来るはずがありませんから」
 フィニィが当然の疑問を投げかける。オデットが「その変態の嘘なんじゃないですか?」と言ってみるが、しかし他の不審者も同様のことを言っていたらしいことから、その線は薄くなった。背後に何らかの繋がりがあることだけは明白だ。
「孤児院の中に、人身売買を仕事にする誰かと繋がりのある人がいる‥‥院に伝えた方がいいよね?」
 カグラの言葉に、ゼロスが頷く。
「ですが、完全に真実と分かる前の無用の混乱は避けたいところです。院長にだけ話して、秘密裏に調べてもらうのが良いでしょう」
「そうですね。多分、見学に来ている方達が子供達に危害を加えることはないでしょうから、内側を調べることを優先してもらった方が良さそうです」
 ゼロスとスィニエークの提案は、そのまま実行された。

                    【歌姫とナイフ】自由の歌 間章 続く