天使の鐘〜零れる涙は誰がために〜

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月28日〜04月02日

リプレイ公開日:2008年04月04日

●オープニング







―――――――――零れ落ちるのは、涙







『宝石王ローズ・フェルロー』
 若干30過ぎにしてフェルロー商会の創始者であり、現会長でもある彼の名を、業界内で知らぬものはいない。
 持ち前の前向きな思考と経営における才能を発揮し、宝石関係を主に扱う業界の中で独特の理論と優雅ともいえる卓越した手腕を用いて会社を立ち上げ、数年でその規模を数倍にまで拡大、最近は都市近郊にその手を伸ばしている。
 莫大な富を築いたこの男だが、その類まれなる能力と同じくその性格も一筋縄ではいかない。
 信条は『女性と子供には優しく。その代わり男は知らん』、『一度決めたことは必ずやり通す』(最近は『愛は種族を超える』というモットーが加わる)
 一見何の変哲もないように見えるがこの男の場合、その傾向が特に強いのが問題であった。
 今回など、その良い例である。
「ジュエリーキャットだ! やつらの宝石を取って大儲けするのだ!」
 数年前、ほんの一時期であったがジュエリーキャットというモンスターを倒すと宝石が手に入るという噂が広がった。もちろん嘘である。ジュエリーキャットの額には確かにダイアモンド、ルビー、サファイア、エメラルドといった宝石が埋め込まれているが、それは額から取り外すとあっという間に砕け散ってしまう。それは多くの者たちにとっては周知の事実であり、今ではそれを信じているものたちはいない。
 しかし、まだそれを事実であると信じて疑わない一人の男が、ここにいたのだった。
「やつらを倒して手に入れた宝石で、市場を更に拡大! 行く行くは我らフェルロー商会がこの国を牛耳ってくれよう!!」
 前にも述べたが一度やると決めたら必ずやり通す性格だ。しかもこの男、人より少々思い込みが激しく、ジュエリーキャットの一件が嘘であるということを周りから聞かされても、この目で確かめるまでは信じないと言い張っていた。『モンスター退治をすることで会社の名も上がる、こんな一石二鳥のことを見逃す手は無い!』とかなりの勢いで意気込んでいる。
 彼の掴んだ情報によれば今はもう廃棄されたとある鉱山内部にジュエリーキャットが大量に住み着いているとのこと。
 自分と同じように狙ってくる他の事業者たちの行動を阻むべく、ローズ・フェルローはその鉱山一帯を何から何まで買い取った。近隣には村もあり、猛反対が起きるように思えた。が、商会から新しい土地と数段良い住居、そしてある布袋を手渡されたことにより、何の反発もなかった。布袋には一粒のダイアモンドが入っていたらしい。
「さあ、仕事の始まりだ! 私に続け!!」
 鉱山へ自ら意気揚々と乗り込んで行こうとする会長ローズ。
「お待ちください! 会長自らお入りなるおつもりですか!?」
「もちろんだ。この目で確かめなければ私の気が済まん!」
 深くため息、目を伏せた女性がボディガードたちに合図して一斉にローズを取り押さえた。
「ライリィ、何をする!? こやつらをどけろ! こら貴様、男が抱きつくな、暑苦しい! 減給されたいか!!」
 両脇から拘束されたローズが振りほどこうと暴れだす。自称『フェミニスト』であり、女性子供には心からの優しさと笑顔で接するが、その反面男には全く容赦がない性格だ。ぼろくそに罵声を浴びせられても眉一つ動かさないボディガードたちには敬意を表するべきだろう。
 分かっているとはいえ、相変わらずの態度に女性が額に手を当てた。
 彼女の名はライリィ。ローズとは会社創立時からのコンビで、彼の秘書を務めている。人望も厚く、経営面でもその才能を発揮しており、彼女の存在なくして今のフェルロー商会はないといっても過言ではない。
「連れて行って。縄‥‥いえ鎖で縛っておきなさい。絶対に逃がすんじゃないわよ」
 ただでさえ鋭利な視線が大理石の切っ先のように細められる。人望も厚く、部下思いで知られる彼女だが、怒らせれば誰より怖い人でもある。ボディーガードたちが冷や汗をかきながらローズを連行していく中、ひっそりと小さなため息をつくライリィ。
「‥‥困ったわねぇ」
 あの会長のことだ。鎖で縛ってももって一日。すぐに鎖から抜け出して単身鉱山へと乗り込んでいくだろう。
 ライリィの補佐をする一人の女性が肩をすくめた。
「会長ご自身も暗殺者に狙われていることはご存知なのでしょう?」
「ええ。けどそれくらいで自分の行動を曲げるような人じゃないもの。護衛が必要だけどあのボディガードたちだけじゃ不安ね‥‥会長が言っていた通りギルドに依頼して冒険者をつけておいた方が無難かしら」
「ですね〜よりにもよってこの時期に、こんな場所に行かなくても。これじゃあ襲ってくださいって言っているようなものです。会長の破天荒な行動にはほんと困りますよね」 
「黙っていればそれなりにかっこいいんですけど‥‥」と付け加えたのは会長に対するお世辞ではなく、本心だろう。
 鉱山内部は地上入り口から地下4階まで構成され、複雑に入り組んでおり、廃棄されてもう数年になる。一応内部の地図は確保しており、危険なモンスターはいないはずだが、幅2m、高さ3.5mの坑道は相当古く、道を支える木材が腐食し落盤する危険もある。しかも内部に光は届かないため、途中途中に設置された蝋燭に火をつけたとしても視界の不備は拭えない。最悪なことにジュエリーキャットが確認されたのは地下4階の最深部であり、一番落盤する可能性が高い所である。これほど標的を狙いやすい場所もそうないだろう。
 本人はいいかもしれないが、周りにとってはいい迷惑である。会社内でも会長を尊敬する者も多々いるが、そのほとんどは会長と直に接することのない者たち。ライリィを初めその世話をする者たちにとっては少なくとも『まともな会長』ではない。しかし一般の人々からはそれなりに人気があるのだ。というのも、その気性と信条から人身売買を心底嫌うローズは冒険者を雇ってはそれを行う奴隷商人を片っ端から逮捕、多くの人々を解放しているからであり、それから考えても決して悪い人物ではないのである。まともな人物でもないが。
「何を考えているのかしら、あの人」
「何も考えてないと思いますけど」
 間髪入れず寄せられた言葉に、ライリィもそれもそうねと無邪気に笑い出す。
「‥‥ほんと何考えているのかしら」
 ぽつりっと呟いたライリィの言葉は空気に吸い込まれる。
「え?」
「何でもないわ。悪いけどギルドに依頼のほうを頼むわね。私は会長が暴走しないよう見張っておくから」
「あはは、わかりました。ライリィさんがいれば会長もおとなしくしていますものね。では行ってきます!」
「あぁ、待って。これ、会長が作った依頼内容。これをギルドに提出しておくように、との伝言よ」
 駆けていく後ろ姿を見送って、ライリィは新たな鎖を手にして歩き出す。普段はそうではないものの、自分の行動の邪魔をするものに対しては絶大な力を発揮する人だ。今頃鎖からどう脱出するか思案している最中のはずだ。もうそんな気が起きなくなるくらい、新たな鎖で縛っておく必要があるだろう。
 ややサディスティックな笑みを浮かべて向かっていく姿に、周囲の社員たちはローズに向けてご愁傷様の黙祷を送ったのだった。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4590 アトラス・サンセット(34歳・♂・鎧騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7851 アルファ・ベーテフィル(36歳・♂・鎧騎士・パラ・メイの国)
 eb8542 エル・カルデア(28歳・♂・ウィザード・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●鉱山突入前に
「よ〜し、者ども準備はいいか!?」
 フェルロー商会の若き会長、『宝石王』の異名を持つローズの声は意気揚々、やる気満々である。
「モンスター研究家としての知識を生かす為にこの依頼を受けました。宜しくお願いします」
 同様に、エル・カルデア(eb8542)がご機嫌で頷く。ペットのリザードはともかくプリズムレイが主人同様嬉しそうにしているが、あの狭い坑道には入れそうに無いから今回は外での待機となる。それとは反対にアルファ・ベーテフィル(eb7851)の表情は物憂げだ。
「会長は本当にジュエリーキャットから、宝石を抜き取るつもりですか? あんなに可愛く、綺麗なのに、どうしてこんな事を」
「何かを為すためには犠牲は必要。そんなことよりも護衛の任、しっかりと果たしてもらうぞ」
 愛想の欠片もなしにそれに答えたローズ。
「ねぇ〜ん、ローズお・じ・さ・ま☆ か弱い女の子(実年齢55才だけど)のお願い、聞いてくださる〜?」
 だが、すぐ後に寄せられたクリシュナ・パラハ(ea1850)の言葉には全くの違う反応を見せた。
「これはクリシュナ嬢。いかがしましたかな?」
 アルファ、というか男衆とは180度異なる態度で臨むローズに体を寄せつつクリシュナが甘えた声を出す。
「わたくしは頭脳労働担当ですの〜ん。寝袋が重くって〜。わたくしの荷物、持って欲しいなあ〜オ・ネ・ガ・イ♪」
「これは失礼した。女性にそのような重きものを持たせていたとはこのローズ・フェルロー一生の不覚。謹んでお持ちしよう」
 チャイナ服のスリットをひらひらさせて誘惑するクリシュナに、グッ!と親指を立てるとローズが荷物を抱えこむ。
「‥‥ついでに羊皮紙が欲しいんですけど、お願いできますかしら」
 クリシュナは半ば冗談半分で言ってみたのだが、それを聞くや否やローズは近くの側近に命令、数分後には注文の品が彼女の元に届けられた。ローズは曰く『女性から代金を頂くわけには参りません』とのこと。
 指を二本立ててブイッ♪とVサインをするクリシュナ。そのあまりの手際の良さに男衆は呆れを通り越して拍手喝采。
 それを見て巴渓(ea0167)の豪快な笑い声が広がった。
「あははは、豪気な大将だな、気に入ったぜ! しっかしあのライ何とかってオバさん‥‥おっかねぇよなぁ‥‥ムグッ」
「シーッ。そういうことは彼女が半径200m以内にいないところで言ってくれ。でないと私の寿命が縮む!」
 巴の口を押さえて珍しく必死の表情のローズ。どうやら彼女がこの男の弱点と考えて間違いないらしい。
 すると今まで会話を黙って聞いていたアトラス・サンセット(eb4590)が巴と一緒にひれ伏すローズの後ろへと回りこみ、彼にだけ聞こえるよう小さく呟いた。
「猫宝石はカムフラージュまたはついででしょう。鉱山にあるものが目的なのか、鉱山という場所そのものが目的なのかは分かりませんが‥‥。私は期間限定とはいえ雇われの身。見聞きしたこと全て墓まで持っていきますよ」
 視線を向けたローズの顔から一瞬笑みが消え、その表情が真剣なものへと変化する。
 が、それもやはり一瞬。何事も無かったかのように立ち上がったローズは高らかに号令をかけて鉱山へと突き進んでいった。
「準備は完了したな! それではいざ出陣〜〜!!!」
 

● いざ鉱山内部へ 〜走れ! 冒険者〜
 鉱山に入った冒険者たちを待ち受けていた試練。
 それは全力疾走という名の会長の追尾であった。
 ジュエリーキャット探索のためではなく、『むっ、人影!』とか言うなり、鉱山の奥へいきなり一人走り出した会長を追うために。
「‥‥‥‥あの」
「‥‥言わないで下さい」
「この依頼ってよぉ、記録係が言うにはシリアスな依頼って言ってなかったか?」
「‥‥言わないで」
「このままだとわたくしたち、自称『フェミ道』を語る変な会長を追って鉱山を走り回る変な集団ですね〜♪」
「言わないで下さい―――――!!!」
 後方を走るアトラスの悲しい悲鳴が行動内に響いていく。
 只者ではないと、他の誰よりも確信していた彼だからこそ、初っ端から馬鹿丸出しの奇怪な行動を取るローズの姿は彼の悲しみと落胆を倍増させた。
「‥‥まずいですね。こう先を走られてはバイブレーションを使う暇がありません」
 とかなんとか、エルたちが会話している間にも会長のやつはご丁寧にクリシュナの寝袋を抱えたまま奥へ奥へと突き進んでいく。
「か、会長〜待って下さい〜!」
 アルファの声が坑道内に響き渡る。これだけ響けば確実に聞こえているのだろうが、あの男は止まる気配はない。

 ‥‥かくして三十分が経過。

 一行は地下四階、最深部に辿り着いていた。
 走りながらもたいまつの火で巴とアトラスが坑道の明かりに火を灯しておいたから、互いの顔が見える程度にはなっている。
「ロ、ローズ会長、茶番もそろそろ終わりに。じゃないと我々までここで生き埋めに‥‥」
 アトラスの言葉が終わるよりも早く、 


 ドオオオオン!!!


 坑道に炸裂音が響き渡った。
 天井が揺れ、一部の土が頭の上に落ちてくる。後に続いた鈍い音は明らかにどこかが落盤した音だ。
「な、何だ!?」
「ローズさん、これはいった‥‥」
 声を出そうとしたアトラスをローズが制した。その表情に先ほどまでの雰囲気はない。
 その別人の如き表情に一同も呑まれて声を潜める。
 静まっていく坑道。
『バイブレーションで周囲を確認してくれ』
 アトラスから筆記用具を借りたローズが筆記でエルに指示を飛ばした。
『‥‥四階の入り口に一人』とアトラスを介して同じく筆記で周囲に伝えると、続けてローズはそれを捕獲するよう指示を出す。
 発見したのは、黒い装束に身を包んだ8つくらいの男の子。
 体中に焼け焦げた痕がある。どうやらこの子供が四階の内側からファイアーボムで入り口を破壊したようだ。
「‥‥子供、ですか?」
 我が子のようにローズが男の子を抱え込み、側にいたアトラスが小さく口を開いた。
「そろそろお話して下さっても良いのではありませんか? あなたがただの道化でないことはここにいる皆が気づいています」
「‥‥ジュエリーキャットがここにいるというは嘘だ。それは冒険者たちを集めるただの口実、騙してすまない」
 子供を抱えたまま、ローズがゆっくりと一行の方に向き直り、静かに語り始めた。
「私が奴隷商人を撲滅する活動を行っているのは知っているね。今から半年も前ことだが、ある大都市で大規模な奴隷市場が形成されており、私は冒険者を雇ってその市場の潰しにかかった。普通の人間ならばそんな馬鹿な真似はしないのだろうが、生憎私はそれ程利口ではないのでね。‥‥市場の裏を探って行く内に、我々はある組織に行き着いた。地下組織『ペイン』。誘拐、暗殺、人身売買や麻薬により利益を上げ、幾つもの都市で市場を作り上げている大きな組織だ。そしてその存在を知った私は‥‥」
「‥‥」

「数百人の冒険者を雇ってそのアジトを叩き潰した」

 ぶっと驚きに冒険者たちが吹き出した。
 奴隷市場に手を出すだけでも生涯命を狙われることになる。それをこの人は、こともあろうにアジトを粉砕するなど‥‥。地下組織のブラックリストの最上部に載っていることは間違いないだろう。
「それはまた、随分と大胆なことを為さいましたね」
「‥‥この子供たちは組織の犠牲者なのだ」
 見れば男の子の体は一目で分かるほど痩せ細っていた。あばらの骨は浮き上がり、頬はこけ切っている。
「君たちは見たことがあるか? まだ10にもならぬ子供たちがずたぼろの衣服とも呼べぬものを身にして寒い地下牢で足を鎖で繋がれたまま、まるでそれが当たり前かのように冷たい床に身を横たえて居るのを。自らを縛る鎖から解き放たれても、何の反応を示さず、ようやく解放されたというのに、最後には人に言われるまま自分の喉下にナイフを突き立て死んでいく女の子の姿を」
 ローズの表情にいつものお茶らけたものはない。過去に助けきれなかった子供たちに対する悔いがありありと見て取れる。
「やつらは5歳にもならない子供を誘拐し、麻薬付けにして自我や感情を取り除いた上で暗殺者として仕立て上げる。組織の者の命令には絶対に服従するよう刷り込まれ、命令次第ではその場で自らの命を絶つことも厭わないほど強力なものだ。アジトを潰した時にほとんどの幹部を捕縛、洗脳された子供たちも救出しようとしたが、半数はアジト襲撃の際に冒険者との戦いで死に、更にその半数も救出の際に自決、結局助けきれたのは四分の一にも満たない。しかしその子供たちも麻薬付けで感情を失っており、現在我が商会の病院で治療を受けている最中だ。今この鉱山にいるのは、捕まえ損ねた幹部たちと共に逃げた子供たちというわけだ」
「‥‥子供たちを捕まえたいのなら、最初からそう依頼を出せば良かったのでは?」
 重たい空気をアルファが切り開く。
「ギルド内部に敵の密偵がいる可能性があったのだよ。用心深いやつらのことだ、情報が漏れれば襲撃して来ない。ジュエリーキャットの『捕獲』はこの子たちの『捕獲』をほのめかしていたのだ」
「では、なぜこんな鉱山の奥まで誘き寄せたのですか? もっと安全な場所で行った方がリスクは少なかったはず」
「暗殺の際、子供たちの他にそれを指揮するものが近くにいる。成功の是非に関係なく、証拠を残さないために任務が終了次第、子供たちに自決するよう指示するためだ。子供たちを生きたまま確実に救出するためには組織の者の目が届かない場所に誘い込む必要があった。こんな密閉された鉱山内部まで、指揮をする者が入ってくることはないからね。そろそろライリィたちがそいつを捕まえているころだろう。後は子供たちを捕獲するのみだ」
「‥‥どうしてそこまで?」
 クリシュナが美しい眉を顰める。
 トップの者が囮をするなど、普通はあり得ないことだ。
「それは‥‥」
 何かを言いかけて、彼はすっくと立ち上がる。
「まずは外に出ないかね。こんな狭い所にいつまでも居ては気が滅入ってしまう」
「‥‥おうよ、んじゃ、気合入れていくか」
 巴がナックルを鳴らして身を起こし、それにエルが続く。
「この際、騙されていたのは水に流しましょう」
「少々の怪我を負わせるのは仕方がないにしても、くれぐれも致命傷を負わせないよう頼む。意識を断ち切ってしまえばそれでいい。頼むぞ」


●子供たち捕獲作戦
「んじゃ、皆ガンバろ〜! フレイムフォース! イグニッション!!」
 クリシュナのフレイムエリベイションが発動、全員の能力が引き上げられてそれから一行は行動を開始した。
 予め小さな落盤物を取り除いた後、エルのローリンググラビティーによって落下物を天井に押し上げて一気に三階へと上る。
「右2、左1、正面4です!」
 続けてエルのバイブレーションが発動、敵の数を把握。右に巴、正面をアルファ、左にアトラスが向かう。
「まだまだ子供如きには負けねえよ!」
 幅2mと狭い中では必然的に一対一となる。そんな中で投げられるナイフを避けずに敢えて受け止め、その代わりに一気に間合いを詰めて懐へ拳を一撃、そして気絶させる。体力とパワーで勝る巴にとってこの状況は有難かった。
「グラビティーキャノン!!」
 正面からの敵をエルのグラビティーキャノンが押し潰した。狭く、逃げる隠れる場所もない敵はそれにあっけなく潰されていく。
 突如、その奥から黒い影が飛び出した。
 暗闇から繰り出されたナイフが盾で弾き、鳩尾目掛けてアルファの剣の柄が突き出される。
「くっ‥‥!」
 それは猫のような動きだった。柄を持つ腕に片手を突いて空中で一回転、刃物のような切れを持つ右足がアルファの頬をかすめる。
 その隙にエルの隣をすり抜け、ローズの喉下へと懐のナイフが投げられる。

 キンッ!

 しかし、ローズはそれをいとも簡単に弾き飛ばした。
 いやローズではない。ローズの服装をしたアトラスである。先ほどローズの安全を確保するためにアトラスが自ら囮を買って出たのだ。
「逃がさん!!」
 後退する敵へとソニックブームが駆けるが、それを俊敏な動きで回避した敵だったが、その衝撃で黒い覆面が破れさり、その下から現れたのは黒髪の幼い少女であった。
「無事か!?」
 ローズの声がすると、不意に少女の動きが止まった。
 アトラスの後ろにローズが現れる。
 そして生まれたのは‥‥。
 
「‥‥‥‥涙?」

 アトラスの目に映ったのは紛れもない涙、目の前の少女が無表情のまま、だが確かに泣いている。
 ローズたちが動くよりも数瞬早く少女が背中を向け走り出した。
 一行はそれをすぐさま追ったが、結局その少女の背中を掴むことはできなかった。



● 別れの前に
 無事外へと出た一行はほっと安堵の息をついていた。
 あの少女だけ保護することができなかったが、他の7人の子供たちは無事保護することができた。指揮を執っていた組織の者も無事捕縛したとのことだ。
 疲れきった一行の前ではローズが部下たちに的確かつ迅速に指示をしている。
 その姿は最初のものとは別人だ。
「君たちには世話になったな。改めて礼を言わせてもらおうか。ありがとう」
「いえ、そんな」
「照れずともよい。君たちの協力なくして達成は不可能だった。せめてもの感謝の形として、あるものを送らせてもらおうと思っているのだが」
 遠慮しつつも、全員の顔が思わず緩んだ。
『宝石王』と呼ばれる男の礼だ、これは期待できる。

「『ローズ・フェルローの手下○○号』という称号を送らせてもらおう。どうだ、嬉しかろう」

 豪快に笑うローズに対して、エルが慇懃無礼な口調で、巴が大声で叫んだ。
「謹んで遠慮させていただきます」
「つーか、いらねーよ! もっとマシな称号をよこせ!」
 他の者たちも冷めた目で見つめている。
 期待していただけに落胆の度合いは激しい。
「む〜、では『ローズ・フェルローの忠実な配下○○号』というのはどうだ?」
 それに対してアルファがきっぱりと。
「いえ、ほとんど変わっていませんから」
「何をしていらっしゃるんですか」
 悩ませていたローズの頭をライリィが資料の角を打ちつけ、秘書らしき冷静な態度と口調で頭を下げる。
「皆様にはせめてもの謝礼として金塊をお送りさせていただきます。この度はご迷惑をおかけ致しました」
「痛いぞ、ライリィ! い、いたた! 耳を引っ張るな!!」
 耳を引っ張られながら、連行されていくローズ会長。
 そこに威厳という言葉ない。
「また会うこともあろう! 其の時までには何か良き称号を考えておく! 楽しみにして待ってい‥‥いたたっ!!」
「‥‥結局、あのおじさま、すごい方だったんでしょうか」
「まぁ、ある意味すごい男だったんじゃねえか?」


 『宝石王』ローズ・フェルロー。

 この男がどういう人物かを判断するには、もう少し時間がかかりそうである。