天使の鐘〜求める手、何を掴む〜

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月13日〜04月18日

リプレイ公開日:2008年04月21日

●オープニング

 ここは、いくつもあるローズ・フェルローの私邸の一つ。
 その二階に設けられた一室は執務室にしては優雅な設えであった。
 床に敷かれた鮮やかな色彩の絨毯、窓から差し込む光を利用できるように置かれた執務用の机の側面には竜の偉容が緻密に鏤刻されている。壁に掛けられている幾種の風景画、自然界の調和を見事なまでに抽出した芸術が部屋という空間に色を帯びさせ、創造された富貴さは風韻と肩を並べて室内の心を閉じ込めた。中でも目を惹くのはステンドグラスの傍らで優美を放つ宝石画。世界を加護する精霊をモチーフとして、金剛石に、琥珀、青玉、紅玉を初め名立たる宝玉が余すことなく累々と埋め込まれて生まれた絵画は、『宝石王』たる彼の異名の顕在化である。勿論窓は木製の開口式ではなく、ステンドグラス。この世界では非常な高価なものだが、この私邸でそれが使われていないものはない。

「失礼致します」

 ノック後、許可が下りてから恭しく室内に歩を進めるのはローズの秘書ライリィ。
 黙々と執務をこなすローズの気を削ぐことのないよう静かに手を動かして、紅茶を用意していく。
 細密な赤い紋様が描かれた白磁碗の内に注がれる紅茶の流音だけが、静寂の中で波を打つ。

「‥‥ライリィ」

 机の端に添えられた花瓶の中で、生けられた花たちがその儚さを内包した美を余すことなく見せ付けている。

「何でしょうか?」

「周辺いる護衛だが、女性にしてくれな‥‥」「お待たせ致しました」「って熱ぅぅ!!!」
 ローズの右手の上に、火山の如くぼこぼこと煮え滾る紅茶の入ったコップが置かれて悲鳴が上がった。
 声も出せず悶絶する会長の側に、適度な温度の紅茶をもう一つ差し出してから人が殺せるくらいに思いっきりライリィの目が細められる。
「ご冗談を。前回あれ程危険な真似を為さったのです。無事だったから良かったものの、あのような無謀な行動をもう二度と許可するわけには参りません」
「冗談ではなかったのだが‥‥。君のことだから護衛の数を減らしてくれと言っても聞き入れてはくれないだろう」
「当たり前です」
「そうだろう。こうも周囲に人が居ては集中力が遮られてしまうのだ。それが男であれば尚のこと。だからせめて女性にしてくれれば私も仕事に精が出ると思うのだが」
 窓の外と廊下には身動ぎ一つすることなく、屈強な男たちが二人ずつ立っていた。他にも屋敷中に護衛が周囲の警戒に当たっている。
 普通の人が言えば冗談と受け取っても仕方ないのだろうが、ローズの顔はこれ以上にないくらい真剣だ。こういうところで真剣になれるのが、この男の長所であり、短所でもある。
「‥‥我侭もそれくらいに為さって下さい。会長がどうしてもと仰るから、譲歩して部屋内に護衛を置いていないのです。貴方はご自分が狙われているという自覚がおありなのですか?」
 勿論だ、とさも当たり前のように言うものだから、本当に理解しているのかと逆に疑ってしまう。
 この人と出会って十年が経つが、この人以上に面従腹背という言葉がぴったりの人物はいない。
 昨夜も地下組織『ペイン』の残党と思しき暗殺者の襲撃があった。鉱山の一件以来、既に同等の襲撃が三度あり、今回ので丁度四度目。何れも成人以上から構成された刺客ばかりであり、アジト殲滅時に確保した名簿から考えても暗殺者である子供たちはあちらの手にはほとんど残されていないと推測される。手駒が無くなった敵方も焦っているのか、毎回襲撃構成員の規模が拡大している。おそらく次の襲撃をどう往なすかで今後の展開が大きく左右されるだろう。
「‥‥商会内に潜む密偵君の所在はまだ把握しているな?」
「はい、何時でも接触可能ですが」
 最初の襲撃の際、相手は明らかに警備の手薄なポイントを突いてきたころから商会内部に情報を漏洩している者がいると判断したローズはライリィに命じて内密にその人物の捜索を当たらせ、すでに密偵が誰か特定していた。しかし即座に確保することはなく、泳がせていた。情報漏洩を逆手に取って一見弱点と思われる場所を作り出し、その裏で人員を配置、押し寄せてきた敵を一気に捕縛する。作戦の効果は抜群で既に数十名の組織の者の捕縛に成功していた。だがそれも長くは続かないとローズは考えている。そろそろ敵方も違和感を抱き始めている頃だ。
「彼を使って今夜護衛が減るとの情報を相手に流してくれ。そろそろやつらとも決着を着けねばなるまい」
「わかりました。ではいつもと同じ作戦で?」
「いや、今回は情報通り護衛の数を削減する。配置するのはこの屋敷の塀の外のみだ。内部には雇った冒険者たちを置く」
「で、ですが、それでは」
「相手もそろそろ怪しみ始めている頃だろう。何度も同じ手は通用せんよ」
「それはわかりますが、私は賛成しかねます。あまりにリスクが高過ぎます」
「これ以上長引けば、やつらはまた新たな子供たちを誘拐して犠牲者を作り出す。それでは、何時まで経っても終わらんよ。手駒が無くなり、焦り始めている今が好機。地下に隠れられたままなら、こちらも手の出しようが無かったが、幸い敵方には私への復讐で頭が一杯の鈍い連中ばかりだ。ここで敵の数を減らすことができれば、一気に敵のアジトを潰すことも可能だ」
 書類に視線を向けたまま、いつもの口調でしゃべり続けていたローズが、ひょいと顔を上に口の端を少しだけ吊り上げた。
 その表情は不敵な笑み。
「女性ならまだしも、むさい男どもに追いかけられるのにはいい加減飽き飽きしていたところだ。商いと同じで時期を見逃したものは全てを失う。私の勘を信用してくれないかね」
 それからにっこり微笑むローズにライリィは眦を吊り上げて何かを口にしようとして止め、暫くの沈黙の後、息を吐いた。
 この顔をしているこの人には何を言っても無駄だととうの昔に悟っていたからだ。 
「‥‥ギルドにて依頼の発注を行って参ります」
 目を伏せたまま、歩き出した彼女の背中に、努めて明るい感じを醸し出したローズの声が掛けられる。
「出来るなら、護衛を女性にする件も考え‥‥って熱ぅぅぅ〜〜!!!」
 やっぱり変人の名を冠するこの男。
 最後までオチを忘れないローズであった。



一階簡易概略図
┏━━━窓━━━━━━━━窓━┓
┃∴∴∴∴∴∴∴■→■■■■品┃
┃∴∴∴∴●∴∴■∴∴∴∴品品┃
窓∴∴●∴∴●∴■∴∴∴∴品品┃
┃∴∴∴∴∴∴∴■∴∴∴∴品品┃
┃∴∴∴●∴∴∴↑∴∴∴∴品品┃
入∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴品階┃
┃∴∴∴●∴∴∴↓∴∴∴∴品品┃
┃∴∴∴∴∴∴∴■∴∴∴∴品品┃
窓∴∴●∴∴●∴■∴∴∴∴品品┃
┃∴∴∴∴●∴∴■∴∴∴∴品品┃
┃∴∴∴∴∴∴∴■→■■■■品┃
┗━━━窓━━━━━━━━窓━┛
● 柱
■ 階段(→は上る方向)
入 入り口
階 二階に繋がる階段
品 一階の床よりも高いフロア




二階簡易概略図
┌─────┏━━━━━━━━┓
│□□□□□┃∴∴■∴∴∴∴∴┃
│□□□□□窓∴■∴執務室∴∴窓
│□□□□□┃∴■∴∴∴∴∴∴┃
│□□□□□┃∴■■入■■■■┃
│□□□□□┃∴∴∴∴∴∴∴∴┃
│□□□□□入∴∴∴∴∴∴∴∴窓
┏━━━━━┛∴∴∴∴∴∴∴∴窓
┃■■■■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃
┃∴∴∴■∴∴∴■■■■■■■┃
窓∴∴∴入∴∴∴∴∴∴∴∴∴階┃
┃■■■■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃
┗━━━━━━窓窓窓窓窓窓━━┛
■ 壁
階 一階に繋がる階段
□ バルコニー

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●屋敷に招かれて
 ローズの呼掛けに応えて集まってくれた冒険者たちは馬車によってローズの私邸に招かれた。
 豪華に仕立てられた造りに目を奪われながら屋敷を進み、二階の執務室でローズと、その秘書であるライリィと共に今夜どう動くかを話し合うことになった。
 ローズに勧められるままソファに腰掛けた冒険者たちに、紅茶を入れて参りますと言ってライリィが室内を後にすると同時に、巴渓(ea0167)が大きな笑い声を上げた。
「しっかし、あのオバさんぜってーサドだな、サド! 大将見る目がたまにヤベェしよ! 
ははは、今は大将と俺たちだけだろ、怖がんなら暗殺者の方を怖がってくれよ!」
 その隣で羨望の眼差しを浮かべたシャクティ・シッダールタ(ea5989)がずいっと体を乗り出した。
「ああ、こいつは俺の知り合いなんだが、どうしてもあんたのことを手伝いたいって‥‥」
「わたくしインドゥーラの僧、シャクティ・シッダールタと申します。ローズ様、詳しい事情は、ジ・アースでも共に冒険しておりました巴 渓様よりお伺いしております。矢も盾もたまらず、はせ参じました次第ですわ。ああっ!! ローズ様! 貴方様は何と清らかなお方なのでしょうかっ!? 救われぬ子供たちの為に進んで悪逆非道の魔手に対するとは」
『まさに破邪顕正、清廉潔白!!』とぐっと握り拳を作った。
「この仏弟子シャクティ、感激の涙で前が見えませんわ! 微々たるものですが、わたくしの100Gをお納めくださいまし。聞けば子供たちは悪しき毒に蝕まれているそうではないですか。救い出した後の治療もさぞや難しく、長きに渡ることでしょう。ローズ様、この金子を救われぬ子らを救う一助にして下さいまし」
 熱弁をふるうシャクティに劣らぬ口調でローズが返す。
「これはお心遣い感謝致します。しかし貴方のような方に参加して下さっただけでも予期せぬ僥倖。金銭ならば我らが用意致しておりますので、皆様には是非とも護衛をお願いしたい。勿論、女性の方々ばかりですので怪我はせぬようお気をつけ下さい」
 相変わらず女性陣に見事な笑顔でローズが接する中、帰ってきたライリィが呆れた表情でそれぞれの前に紅茶を置いていく。
 その様子を見て取り、ソファに大きく体を預けたレインフォルス・フォルナード(ea7641)がため息をついた。
「ローズ氏か‥‥。変わっているな、ライリィさんも色んな面で苦労していそうだな‥‥」
「ローズさん、前回頂いた金塊ですが、あの後の依頼で人助けに使いました。全然関係ないですけど、お礼させてくださいね♪」
 軽い足取りで立ち上がったクリシュナ・パラハ(ea1850)。
 テーブルを迂回して、ローズの隣に弾むように座り込むと、『チュッ』とその頬にキスをした。
 頬を赤くして自分の席に戻っていくクリシュナにローズがびっと親指を立てたのは言うまでもない。
 おほんっと深螺藤咲(ea8218)の咳が場を取り直す。
「今度の機会を逃せば、黒髪の少女を助け出す機会は、かなり先になるのでしょう。ならば、必ず此処で助けなければなりませんわ。私は分散の警備は手薄になるのでローズ様の周辺で待ち構えます」
 現状の戦力では全ての目的を同時に達成するのは困難であり、要の部分の守りを重要すべきだろう。
 分散しての警護は手薄になるため、ローズ周辺で敵を待ち構えるのが優先すべきことだ。
 深螺の意見を聞いて巴が続ける。
「一階と二階にそれぞれ二人ずつ分けたほうがいいと思うが、取り敢えず俺は身軽さを活かして巡回と遊撃をさせてもらうぜ」
 巴と深螺で意見が分かれているためどうするかという問題が発生したが、ローズを含めて話し合った結果、現状の戦力から考えてローズ付近を固めることになった。
 参加した冒険者たちの間で、意見が統一していない感覚が拭えないのは否定できない。
「俺は待機場所としては1階の階段付近か2階の小部屋あたりの予定だ」
 とレインフォルス。
「わたくしは執務室のある二階を中心に魔法探知に専念します。あと今回もちょっとお願いするッス。参加する皆さんにリカバーポーションを一つずつ、用意して下さい。回復役のシャクティさんだけじゃ、万が一に対応しきれないかも知れません。後は捕縛用のロープも何本かお願いします」
「了解しました。すぐに用意致しましょう」 
 クリシュナの要望にライリィが返答して手元の帳面に記入していく。
「依頼を受けた際に知ったとは思うが、ここで少女を助け出すことができなければ、おそらく少女は助からない。今回の依頼に少女の救出は含まれていないが、可能であれば救出してもらいたい。‥‥もし出来なければ恐らく少女は助からない。後に助け出すことが出来たとしても一生廃人のままか、それとも麻薬の依存に肉体が勝つことができずにショック死することだろう」
「何にしてもここで救出が叶わなければ、少女が健康な状態に戻ることは不可能ということか」
「‥‥その通りだ」
 終始笑顔のローズの顔に、苦い何かが浮かぶ。
「この様な方法でしか、助ける事が出来ないのは、口惜しいですわね」
 それを読み取った深螺が同様に苦々しい表情を浮かべる。
 『罪無き黒髪の少女を助け出す』
 それはここにいる者たちが願っている共通の思いだ。
 巴の意見に従って、窓枠と同じ大きさの板を屋敷の窓の全てに打ち込んだ。これで敵が窓から容易に侵入することは難しくなるはずだ。確信はないが、少なくとも敵の侵入時間が長引くことは間違いないはずだ。肝心の少女をどう捕まえるかは話し合うことはできなかったが、ここまで来ては本番で全力を尽くすしかない。
 後は、夜を待つのみだ。


●夜の刺客
 二階の執務室内にいるローズの側には、彼を護衛すべくシャクティが待機している。
 部屋の表には深螺とクリシュナ、そして巴。
 一階の階段前にはレインフォルスがミドルクラブを肩にかけて腰を下ろして敵を待ち構えていた。
 敵が侵入してきたのは深夜になってからだ。私邸の外に待機していたボディーガードたちの叫び声が上がったかと思うとその数秒後、二階のバルコニー側の窓が粉砕されて黒衣装に身を包んだ三人の男が飛び込んできた。外を固めるボディーガードたちに姿を現したのは囮で、気づかれないように別働隊が気配を殺して接近していたのだ。
「いきなりかよ!」
 喧噪と共に二本のナイフが巴の体に飛来してきた。
 一本は回避できたが、もう一本は避けることができずにその体に突き刺さる。
 痛みに声を上げる間もなく、すぐさま執務前にて戦闘が開始された。



 窓の壊れる音に反応して、階段前で待機していたレインフォルスが腰を上げる。
 二階へと上ろうとすると、一階のフロアの方で窓が砕ける音が鳴った。 
 侵入してきた敵は4人。
「‥‥なるほどな。ここを離れては挟み撃ちにされてお終いか」
 数では圧倒的に不利だが、階段という狭い空間と格闘、回避ともに達人の域に達している自分ならば十分勝機はあると確信してレインフォルスはその場で敵を迎え撃った。



 インフラヴィジョンにより深螺、巴、クリシュナは暗闇の中でも敵の姿を確認できているため戦闘は十分に可能であるが、クリシュナの魔法では屋敷を破壊してしまうことから使用できない。
 実質は2対3であった。
 フレイムエリベイションとバーニングソードを自分に付与、士気と戦闘力を向上した深螺の刀が暗殺者の体を切り裂いた。怯みながらも投げ放たれたナイフが彼女の体に突き刺さる。
「くっ‥‥!!」
 予想以上に速い攻撃、回避力に劣る深螺では盾で防ごうとしてもその攻撃を防ぐことは困難だ。
 同様に敵の攻撃をその身に浴びながらも巴が敵と懸命にやり合っていくが、無傷で勝つことは不可能のようだ。
 一方、執務室内に待機していたシャクティとローズの元にも、二人の刺客が窓を粉砕して侵入していた。
 体格から一人は成人した男性、もう一人は深い黒髪に、無機質な瞳を携えた少女。
 その瞳に一切の感情は潜みはしない。
 そう、まるで人形だ。
「ローズ様、わたくしの後ろお下がりください!」
 二人の刺客から放たれたナイフがシャクティの体を容赦なく切り裂き、肉に突き刺さる。
 飛び込んできた刺客の一人を金剛杵で叩きのめすが、そこまでの威力はない。
 刺客の相手をしている間に、その死角から黒髪の少女のナイフが飛来して傷を付けていく。ナイフ捌きは成人の刺客よりも明らかに上だ。
「わたくしだけでは耐え切れません。ローズ様、部屋の外にお逃げ下さい!」
 言葉に従ってローズが扉を開けて廊下へと飛び出した。
 先に襲来してきた刺客たちを、つい先ほど何とか撃破した三人。勝利までの代償は大きく、用意してもらっていたポーションは全員使い切っていた。
 言葉を交わす間もなく、シャクティを退け、暗い廊下へと飛び出してきた成人の刺客と黒髪の少女がローズに襲い掛かる。

「させるかよ!!」
「させません!」

 先頭に突出してきた少女。それに突き出された巴の拳と深螺の刃。

「ち、くしょ!」
「速い‥‥!!」

 身を屈めて回避した少女のナイフが、易々と二人の体を切り裂いた。

「危ない!」
 クリシュナに押し倒されたローズの上を二本のナイフが飛んでいった。後少し遅ければローズの胸に突き刺さっていただろう。
「すまない、怪我はないかクリシュナ嬢」
「大丈夫ッス。早く物陰に隠れて下さい!」
 ローズが逃げる時間を稼ぐべく、巴と深螺が二人の刺客の前に踊り出た。
「おらぁあぁぁ!!」
 右手のナックルが成人の刺客の鳩尾に突き刺さり、吹き飛ばす。よろめいたその体を深螺のスマッシュの載せた一撃が炸裂、戦闘不能に陥らせた。
 続けて黒髪の少女を捕えようと二人が得物を手に距離を詰めた。
「悪いが少しだけ我慢してくれ‥‥って、はやっ!?」
 自分の右拳を簡単に避けて逆に懐に飛び込んできた少女が巴の体にナイフを突き立てる。少女とは思えない動きだ。
 動揺しつつも少女を救うべく、深螺が刃を振り下ろすがそれも簡単に体をずらして回避、身を回転させると主に空気を裂いたナイフの切っ先が深螺の胸にめり込んだ。
 元々先の刺客との戦闘で傷つき、能力が低下していたとはいえ成人の刺客とは互角にやりあうことが出来ていたのだ。それなのにこの少女にはほとんど歯がたたない。前回の依頼の際もそうだったが、並みの戦闘能力ではない。
 倒れ伏した二人を一瞥して、黒装束を帯びた小さな体が逃げようとしていたローズとクリシュナが振り向き、
 人形のように生気を持たない漆黒の瞳。
 暗闇の中でも輝き映えるナイフの切っ先が揺れたかと思うと、

「―――――――がっ!!」

 クリシュナの横をすり抜けて、飛来したナイフの刃がローズの胸に深々と入り込んだ。
「ローズさん!!」
「大将!!」
 床の上に倒れこんだローズの体が、衝突と同時に鈍い音を立てて崩れ落ちる。
 確実にとどめを刺すべく前へと踏み出そうとする少女の動きが、不意にぴたりっと止まった。
 一階の敵を一人で掃除してきたレインフォルスが二階にようやく駆けつけたのだ。
「‥‥これは」
 事態を冷静に把握、すぐさま目の前に佇む少女を捕えるようと走り出すレインフォルス。
 少女の懐を狙って突き出されたクラブ。その鋭さに危険を察知して後ろへと大きく少女が跳んで回避する。 
 一階を襲撃した刺客を容易に倒した一撃だ。それを回避するとは‥‥。
 距離を取って飛んでくるナイフの攻撃をクラブで弾き、何とかそれをやり過ごした。
 普通ならば攻撃を避けると同時に距離を詰めて一撃を浴びせるところだが、その攻撃はそれを許さない。
「‥‥並みの使い手ではないか」
 達人の能力を持つ彼にさえ相手の攻撃を避けること、相手に一撃を与えることは容易ではない。
 レインフォルス同様、相手の力に危機感を抱いた少女が窓へと体を向ける。
「――――――待っ」
 床に顎を乗せたまま、持ち上がられたローズの口から言葉が漏れるが、それも少女には届かない。
 少女が跳ぶように二階の窓から外へと抜け出した。
 慌てて一行がそれを追いかけようとするが、時既に遅く、窓から顔を出したときには柵を越えている。最早追いつくことは不可能だ。
「ローズ様、お気を確かに!!」
「ちくしょうが!」
 駆け寄ったシャクティがリカバーを使って治療を行う中、巴が悔しそうに拳を床に叩き付けた。



●襲撃の夜を終えて
 倒れたローズの代わりに指揮を取ったライリィの指示の元で少女の探索が行われたが、その消息は掴むことはできなかった。
 ローズの胸に刺さったナイフには特殊な毒が付けられており、未だにローズは私邸の寝室にて治療を受けている。
 襲来した刺客は黒髪の少女を除いて全て倒すことができた。
 依頼は成功であるが、ローズが怪我をしてことから完璧な成功とはいえないものである。
 かくして依頼は終了。
 だが、少女を助け出すことが出来なかったという後悔の念が、抜けない棘のように一行の胸に残ったのだった。