【懐郷の風】 姦計

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月06日〜06月11日

リプレイ公開日:2008年06月11日

●オープニング

 グランドラの戦を終えてはや半月。
 訪れた平穏な日々に、再び騒乱が訪れるまでにそれ程の時間は掛からなかった。
「アルドバ、どうだ?」
「おりませぬ。現在ルシーナが兵を連れて領内を捜索しておりますが、未だ見つかったとの報告は‥‥」
「そうか‥‥引き続き捜索するよう伝えてくれ」
 承知しました、と巨漢アルドバがどすどすっと大きな足音をたてて廊下の向こう側へと消えていく。
 残されたベルトラーゼが主なき屋敷の廊下に足を止めたまま、大きく息を吐いた。
 明けて間もない空、その広大な中を数羽の小鳥が泳いでいた。囀る声は朝と、目覚める全ての生き物に一日の始まりを告げる号令となって舞い降りていく。
 そんな爽やかな朝とは異なり、領内は慌しい。
 半月前に終結したグランドラにおける攻防戦。グレイバー伯爵とそのご令嬢メロウは無事に解放され、キャロルも故郷に帰還、家族との再会を果たした。その戦においてベルトラーゼ軍は最大の戦功をあげる事に成功した。それに伴い、ベルトラーゼの主である領主にも多大な恩賞が授与されることが決定、これを聞いた領主の喜びは並々ならぬものであった。その証拠に、今までは見向きもしなかったのに、領主は凱旋してきたベルトラーゼを満面の笑みで出迎え、更にあろうことか、兵士たちのために酒を振舞うという前代未聞の事態までもが発生。ここまで綺麗に掌を返されると、怒る気も失せてしまった。
 正直、毒でも入っているのかと疑ってしまった程だ。
 この領地に帰還したのはつい昨日のこと。
 今朝いつものように支度を済ませたベルトラーゼは領主の元に参上するべく自らの屋敷を出た。いつも皮肉や嫌味を飛ばされた挙句、殴られ蹴られてばかりの日々だが、昨日の上機嫌の様子から考えても、今日は比較的平穏な一日が送れそうだと淡い期待を抱いていた矢先のことだ‥‥。
 領主の失踪。
 滅多に屋敷から出ることもなく、出る際も必ず誰かを護衛として連れて行く領主が一人で外に出るとは考えにくい。だが確認してみたところ、領主以外に消えたものは誰一人いなかった。昨夜は確かに屋敷に居たことから、馬に乗れない領主が移動できる距離は限られている。見つかるのも時間の問題だとそう考えていた。
 だが同時に、心の中で言い知れない不安が高まっていた。グランドラ城塞都市攻防戦の集結後、グランドラの内乱自体が囮に過ぎないこと、カオスの魔物の企む計画がこの領地の裏で動いていることが判明した。最初はフロアの仕業かとも思ったが、内乱の主犯であったフロアはゴーレムの無断使用、他領地への侵略、先の大戦において秘密裏にバのゴーレムを入手し、隠匿していたという数々の罪で騎士の位を既に剥奪されており、何れかの土地で自ら果てたと聞いている。そうなるとやはりカオスの魔物という線が強い。
 だが、この一件がカオスの魔物の仕業とした場合、疑問が生まれる。
 やつらの目的が一体何であるのか、それが分からない。
 なぜこの領地なのだ。あれ程の大規模な内乱が、この領地一つで何か行動を起こすためだったなど、どう考えても割に合わない。目的が邪魔な私を消すことならば、このような大掛かりな計画を立てる必要はない。刺客を送りこめば事は足りるのだ。殺害ではなく、手間の掛かる誘拐を行ったことからしても、ここの領主の命が目的ではないだろう。
「大将〜〜〜〜〜〜!!!」
 空を翔るシフールが一人。ミックルックーことミルの声が飛んできたかと思うと、その小さな身体がキスをする勢いで顔面に飛び込んできた。
 寸前で回避したベルトラーゼが向き直る。
「ミル、一体どうし‥‥」
「落ち着いている場合かよ、ほら、これこれ!」
 何事かと問い詰める前に、逆に壁際にまで追い込まれてしまったベルトラーゼの手に、ミルが自分の体ほどある手紙を押し付ける。
 その表面に綴られた内容、それは領主誘拐を告げるものであった。



「‥‥で、あたしに何をしろっていうんだい?」
 ベルトラーゼの屋敷より徒歩数分、ひっそりと営まれている小さな酒場の中に、不機嫌な言葉が放たれた。
 熊のような体格に、隣のテーブルに掛けられた2mはある巨大な大剣。
 男性と間違えることも珍しくない、一気に酒を煽るその姿は正面に座るベルトラーゼの意識を圧迫する。
 義賊として有名な『鷹の爪』首領、ベガだ。
「その‥‥‥‥私たちの代わりに領主様の救出に行って欲しいんだけど」
「お断りだね」
 間髪入れずすっぱりと一刀両断するベガ。
「殺す手間が省けて良かったじゃないか。自業自得だろ」
「ベガ、気持ちはわかるけど何とか頼まれてくれないか」
 怯むことなく、ベルトラーゼがもう一度詰め寄ると、酒を食らっていたベガの口元から酒臭い大きなため息が吐き出された。
「あんたの気持ちもわからないでもないけどね。あの領主のやったことを思い出してみな、無駄に税を取る、領民の話は聞かない、山賊や魔物は放置する。気に食わないからといって村に兵士たちを送り込んだことまであった。あのバカはあたしたちを賊だといって追いかけ回してたが、どっちが賊かわかりゃしない。誘拐なんて生温いね。あたしなら容赦なくあいつの頭を叩き割ってやるさ」
「‥‥」
 反論しようにも反論出来ず、しばし黙り込んでしまう。
 なぜ誘拐されたのか。
 人にそう聞かれるとはっきりいって困ってしまう。領主という身分から高額の身代金が期待出来るという理由もあるだろうが、今までの領主の行いを思い浮かべると心当たりが多過ぎた。
 今でこそ治安の良い領地だが、ベルトラーゼが来るまでは酷い状況だった。村は荒れ、街道には魔物が徘徊し、村を護るべき騎士や兵士たちが賊と大差ない行動を行い、治安維持など持っての他。一種の無法地帯と化していた。それをベルトラーゼが有志を募り、討伐隊を編成して賊や魔物を討伐し、道を舗装させ、領主の嫌がらせを一身に受けつつ、罪を犯したものは身分問わず罰を下した。彼がいたからこそ、領民たちの今の平穏な暮らしがあるといって差し支えない。
 領主失踪の報は知らぬ間に領内中に流布していたが、目立った動揺は見られない。どうやら皆ベガとほぼ変わらない心境のようで、ここの酒場の店主も心なしいつもよりも調子が良い様に見える。
「と、ともかく、今領地のあちこちで魔物たちが示しを合わせた様に怪しい動きを見せていて、私たちは下手に動くわけにはいかないんだ」
「だったら魔物の始末はあたしたちに任せて、ベルトたちが助けにいったらどうだい?」
「‥‥犯人は軍関係者以外の者を指定の場所へ来るよう指示を出している。幸いベガたちなら軍関係者ではないし、腕もたつ。だから頼む!」
 テーブルに擦り付ける勢いで頭を下ろすベルトラーゼ。
 一杯、二杯、三杯とベガが飲んでは注ぎ直すと繰り返している間中も、ひたすら頭を下げ続けるその姿にベガの心が折れた。
「‥‥条件が一つ。救出に成功したら、あのバカに北地区の村々の税を暫く下げさせること。それが呑めるっていうんなら、やってやる」
「助かります」
 無愛想面でそっぽを向いていたベガにもう一度頭を下げる。
 北地区といえば、少し前のオーガ軍勢襲来の被害からまた立ち直れていない所だ。
 言動こそキツイが、信頼するに値する人物であることは確かだと改めて確認出来た。
「領主様のこと、お願い致します」
「ふんっ、礼を言う暇があったら酒を注ぎな」

●今回の参加者

 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

● 足跡
 主なき屋敷から数分の所に設けられた兵舎。
 集まった冒険者たちはベルトラーゼから今回の依頼における説明を受け終え、丁度出発しようとしていた。
「都市攻略戦の情報と今回の領主の人質事件、無関係とは思えません。人質となった領主はカオスの魔物に唆されている可能性もあるでしょう。もしくは、ただの時間稼ぎか、いずれにしても嫌な予感がします」
 いつもは明るいイリア・アドミナル(ea2564)が鬱に目を伏せた。今回の一件は絶対に怪しいと彼女は睨んでいる。
 相も変わらず渋い表情を浮かべたまま、シャルグ・ザーン(ea0827)が小さく唸った。軍関係者以外を交渉相手に選んでいることから、ベルトラーゼが領主を直接助けに来ないという事実を作り上げ、領主の乱心を狙っているのではないかと彼は見ている。民と兵士の両方から人望厚いベルトラーゼを領主が常々嫌っていることは、周知の事実だ。
「我々に出来るのは、領主を助け出すこと。そしてベルトラーゼ殿が領主を心配している事と、誘拐犯の指示で自ら助けに行けぬ事を言葉や態度で示し続ける事ぐらいである」
「身代金も返還条件の指定も無いなんておかしいよね。軍関係者なら救出する義務があるけど、それ以外なら領主の身柄がどうなっても構わないって態度を見せるって思ったのかな? シャルグが言うみたいに軍関係者のベルトラーゼが率先して救出に来なかったって事実を作る為?」
 普段は元気一杯のフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)も今回は表情が優れない。だがそれもそのはず。『領主を返して欲しければ軍関係者以外の者が交渉役として指定した山の麓まで来ること』という犯人の要求は、今回のことが罠であることを十二分に示唆していた。
「領主に何かを付与して『返却』する為に『あの連中』が今回の騒動を起こしたと考えるのが自然でしょうね」
 導蛍石(eb9949)の言葉の中にある『あの連中』とはペテロ山の異変とグランドラの騒乱の黒幕とも予想される者たちを指す。ペテロ山で直に煮え湯を飲まされた経験のある導にとっては、因縁浅からぬ相手だ。
 あくまで冷静さ兼ねてスニア・ロランド(ea5929)とレインフォルス・フォルナード(ea7641)が口を開く。
「いずれにせよアルゴは首謀者に使い捨ての道具として使われただけでしょうね。まぁ、どんな事情があっても依頼をうけた以上、私は依頼人の希望を実現するだけです」
「色々と気になることも多いが、目的が何なのか、それだけに気をつけておくべきだろう。下手な勘ぐりは死を招きかねない」 
 台詞こそ冷たいように聞こえるが、高い志を持つ二人だ。この場に駆けつけてくれたことからも、ベルトラーゼたちのことを心配してくれているのは判る。特にスニアは領地再生という超人的な努力を行ったベルトラーゼに敬意を抱いており、それを無駄にするわけにはいかないと全力を尽くす覚悟だ。
 蹄の音が鳴り響き、騎馬に跨ってルシーナが近くにやってきた。兵舎の入り口には隊列を組んだ歩兵中隊が待機しており、これから騒ぎ出した魔物の討伐に向かう予定だ。
「若、内密のお話が‥‥」
「ここで構わないよ。皆、信頼するに値する者たちだ」
 僅かばかりに躊躇したルシーナだったが、集まった者たちを確認してすぐに納得する。度重なる戦に参加してくれた同志たちと認めて安心したのだ。
「‥‥領主捜索の折、領内のあちこちを視察したところ、多くの村々でカオスの魔物による仕業と思しきものが確認されました。行方不明の者が多数確認されており、見つかった遺体に外傷はなく、まるであれは魂だけを抜き取られたかのようです」
「‥‥カオスの魔物が魂を集めているのもしれませんね」
 導に言う通り、カオスの魔物は魂を餌として自らの力を高めていく。もしもこれが本当なら、事態は深刻だ。
「加えて気になることがもう一つ‥‥」
 顔に刻まれた険しい皺が一層深いものに変わっていった。
 何度か口にするのを躊躇っていたが、周囲の兵士たちに聞こえないよう、声を潜めてルシーナは語った。
「混乱を避けるために領民にはまだ伏せておりますが、国境にバと疑われる兵力が集結しております。特にラケダイモンの南ではそれが顕著であり、カオスの地との境界付近では恐獣を率いたバの軍と思われる部隊と小競り合いが始まったと聞き及んでおります」
「遂に動いたか‥‥」
 驚き隠せぬ一同を前にして、ベルトラーゼが静かに視線を下げた。
 いずれ来るとは思っていた時がとうとうやってきたのだ。
「‥‥ベルトラーゼが狙われる可能性が高い。おまえたちとは別に腕利きの冒険者を雇っておいた方がいいだろう」
 ルシーナだけに聞こえるように、トール・ウッド(ea1919)が口ずさんだ。この領地において敵方から見て一番厄介な存在、それはベルトラーゼに他ならないのだ。
「承知しておる。形だけとはいえ、あのような領主でも居らぬ限りこちらも下手に動けぬのが現状だ。こうして兵を動かしておるだけでも本来ならば処罰される。こちらは我々に任せて、貴公は一刻も早くやつを連れ戻してくれ」
 返事もせず、トールは兵舎を後にした。オーガの襲来を初めとしてシャルグ、導と並び度重なる戦に参軍してくれた男だ。誰に言われずとも、立派に任務を果たす気でいる。
「軍内部での反乱が予想されます。御身を第一と為さってください。最悪の場合でも貴方がいれば、いつでも再起は図れましょう」
 ファング・ダイモス(ea7482)にベルトラーゼが無言で頷いた。予期されるバの再侵攻を胸に、『石の王』の異名を持つ男の顔は言い知れぬ覚悟に満ちていた。
「‥‥ベガ、頼んだぞ」
「あ〜いよ。そっちも死なないよう気をつけなよ。こっちもそれなりやってくるからさ」
 沈痛な趣のルシーナを軽く一蹴してベガが歩き出し、それを認めた一行も犯人に指定された山岳地帯を目指して歩き始めた。






● 交渉、捕縛‥‥そして
「そちらの要求を聞かせてもらいたい。
 こちらとしては、ベルトラーゼ殿も御領主の事を心配しておられるゆえ、できればご無事な姿を確認させてほしい」
 ベガに案内されるまま、指定した山の麓に到着すると数人の男たちがこちらを待ち構えていた。
 犯人側がこちらより先に姿を現していたなど、本来なら愚の骨頂だ。
「あ、ああ、ええと‥‥」
 リーダー格らしき男が、しどろもどろの口調で隣の男に話しかけている。
 交渉役を買って出たシャルグの巨体に恐れを為しているのが、誰の目にも明らかだ。
 正面から交渉に当たる班とは別に、ファング、レインフォルス、導が山の中腹から木々に隠れて様子を見守っていた。こちらの三人が山の偵察を行うと同時に山賊たちの拠点を調べ上げ、隙あらば敵の後ろを衝いて挟み撃ちする作戦だ。
 領主の姿はなく、交渉として姿を晒している男たちの他に、山中に潜む山賊たちの数は凡そ20、決して多い数ではない。こちらに気づいていない今なら、簡単に山賊たちを蹴散らせるだろう。
 ‥‥だが、ファングの表情はどこか暗い。
「ファング、どうした?」
 レインフォルスの声に、ファングは眉を潜めたまま、山賊たちの動きを見つめている。
「いえ‥‥山賊たちの動きがあまりに拙いというか。大人しい過ぎるというのでしょうか」
 カオスの魔物の存在を一番に危惧している導がペガサスを側に従えて周囲を探査するが、山賊たち以外に敵の気配はない。交渉を行う班にいるイリアもそれは的確に捉えており、後方の班が動けば、動きをあわせる準備は出来ている。
「好機であることに変わりはありませんか。‥‥行きましょう!」
 ファングの合図と同時に、三人は山中を降りて一気に奇襲を仕掛けた。
 忍び足を用いた接近していたファングの豪撃が潜んでいた男たちを次々と宙を巻き上げていき、それを認めた交渉班も同様に戦闘を開始する。
 前後から攻撃を受けた山賊たちは、それにまともに対応することも出来ず、簡単に混乱状態に陥っていた。
「うわ、ちょ、ちょっと待ってく‥‥!!」
 待てといわれて待つわけがない。迅速に行動し、次々とやられていく仲間たちの姿を見て、山賊たちは既に逃げ腰になっていた。
「ひっ、ひぃぃ!!」
「‥‥」
 尻餅を付いたまま、無造作に剣を突き出す男を正面にレインフォルスが無言でそれを弾き飛ばし、峰打ちで相手を気絶させる。手ごたえの無さに、思わず冷静な彼が僅かに眉を顰めた。
「大人しく降参して! 抵抗するなら、私たちも黙って‥‥」
「わ、判った! 降参、降参する!!」
「‥‥‥‥え?」
 足元に崩れるように倒れこんだ男は手を後頭部に置いて震えている。
「‥‥あの、もしかして‥‥泣いてるの?」
 あまりの光景にフィオレンティナが呆気に取られてしまう。泣きながら降参する山賊に会うなど初めてだ。
「こ、降参だ、降参する! だから命だけは!!」
「あら‥‥」
「‥‥おいおい」
 切り結ぶこともなく、得物を投げ捨てて自ら投降してくる男の姿にスニアとトールがため息にも似た声を漏らした。
 同じようにあちこちでは冒険者たちと切り結ぼうとするものはほとんどおらず、逃げようとする者たちはスニアの的確な威嚇射撃が側に放たれるだけで腰を抜かし、もしくはペガサスに乗る導に先回りされて自ら白旗を揚げる始末だ。
 最後の一人を捕まえたトールが強烈な殺気を込めて相手に脅しに掛かると、男は一から十まで気持ちの良いくらいに質問に答えていった。
「領主はどこにいる?」
「や、山の頂上に小屋がある。その中にいる!」
「‥‥どう思う‥‥?」
「‥‥罠だと思いますよ」
 「普通なら」とイリアが複雑な表情が浮かべる。あまりにあっさりと白状してしまったので、普通なら罠ではないかと疑うところだが、今回ばかりは話が別だ。
 周囲にいた山賊たちを捕縛した後、半信半疑で山の頂上を目指した一行だったが、そこには何と男の言葉通り小さな小屋が設けられており、中には縄で縛られた領主がいたのだった。




● 姦計
「領主様、ご無事ですか?」
「『ベルトラーゼ殿』のご指示により、馳せ参じた次第にござる」 
 スニアに続いたシャルグが『ベルトラーゼ』という単語を強調して声を掛けた。救出がなってもこの後揉めてしまっては元も子もないからだ。
 自分の味方だと認めるや否や、それまで怯えていた表情が一変、縄で封じられた口を使い、言葉にならない声で騒ぎ出した。おそらく『縄を解け』と言っているのだろうが、その変わり身は見事としか言いようがない。これだけ騒ぐ元気があることから判断するに、どうやら命に別状はないようだ。
 猿轡から解放されて、床に転がっていた領主の丸い体が周りの者の手を借りて漸く地面と垂直になった。ぜーっぜーっと荒い息が小屋の中に響いていく。小さな外傷を導が治療していく中、領主が何かを発するよりも早く、シャルグとスニアが丸い体を左右から押さえつけた。
「ご無礼致す」
「い、いきなり何をする!? このわしを誰だと思って‥‥」
「遅効性の毒物が使われたかどうかの調査ですので」
 正面に立ったイリアがすぐさまミラーオブトルースを発動、魔物が化けていないがチェックした。
「如何ですか?」
「大丈夫です。正真正銘、領主様の(丸い)体が見えますよ」
 領主を怒らせそうな言葉は心の中で止めておく。
「こっちにはカオスの魔物のようなものはいなかったけど。イリアと導の探査魔法に何か反応はある?」
「僕の方には何も引っかからないよ」
「こっちもだ。怪しい反応はない」
 フィオレンティナに、二人が同じ言動を返した。周囲に敵意らしきものはなく、小屋に罠が仕掛けられている気配もない。
「呆気なさ過ぎるな‥‥」
「これだけの戦力が揃っていますから、当然といえば当然なのですが‥‥」
 レインフォルスとスニアは神経を研ぎ澄ませたまま、周囲を窺うが、やはり何もなかった。
「‥‥問題ありませんね。罠らしきものは見つかりません」
 念を押してファングが調査してみるが、同じ反応が返ってくる。
 どうやら本当に何もないようだ。
 カオスの魔物もいない、罠もない、かといって領主に何かが仕掛けられている気配もない。
「なんだい、生きてたのかい。くたばってくれてても一向に構わなかったのにさ」
 小屋の中が暗くなり、入り口の方を見れば、そこには大剣を構えたベガが面白くなさそうな顔を浮かべていた。いつでも領主を叩き切れるように、右の掌はしっかりと柄を掴んでいる。
 ベガの姿を見て領主の顔が驚きと怒りに醜く歪んだ。ベガと領主は互いに敵同士とも言える仲、会わないのが一番だったのだが、救出に来た以上、ベガも顔を見せないわけにはいかない。それにここで救出してやったという恩を売っておけば、少しは黙るだろうと考えたベガだったのだが‥‥。
「き‥‥」
「あ‥‥?」
「貴様、のこのこと私の前に姿を見せるとは!!」
「領主様、ベガさんは貴方様の救出に来て下さったのです。ここはどうか穏便に」
「助けにだと!? 何をふざけたことを言っておるのか、この私を誘拐したのはこやつなのだぞ!」
 説得に掛かっていたスニアが思わず言葉を失い、動きを止めた。
 すぐさま、イリアがパーストを使って過去を覗き見た。初級のために詳しいところまでは見ることは出来なかったが、彼女の目に映ったのは、巨躯の体格をしたベガらしい人物が気絶した領主をこの場に放り出していく光景だった。
「何をしておる、さっさとこの犯罪者を縛り上げよ!」
 喚き出す領主の言葉に、動き出すものが当然いるわけがなく、それを見た領主の怒りは益々膨れ上がった。
「何をしておるか!! 私の命に従えぬとあれば、貴様らも同罪じゃ、冒険者であろうと罪は間逃れぬ! それとも貴様らも誘拐犯の手下とでもいうのか!?」
「‥‥‥‥‥五月蝿いねぇ、さっきからごちゃごちゃと。ベルトには借りがあるから、大人しく家に帰そうと思ってたけど、今此処で止めをさしてやってもあたしは構わないんだよ」
「ベガ殿、抑えてくだされ」
 猛烈な殺気を孕んだベガから、領主を庇うようにシャルグが身を躍らせる。
 しばらくの後、冒険者たちの言葉に耳を貸さない領主を見て、ベガはその場から姿を消して何処かに消えていった。それは領主を始末したいという思いを殺し、これ以上自分を庇うことで冒険者たちに不利な展開になることを恐れたベガの配慮であった。




 かくして領主の救出は無事に成り、依頼は成功した。
 だが、私邸に戻った領主はすぐさま義賊『鷹の爪』の首領ベガの捕縛を目的とした追跡隊を編成することになった。


 各地に出没した魔物たちのざわめきと共に、陰で暗躍する者たちの笑い声が領内に響いていく。
 全ての駒が、悪魔のシナリオという板状の上で虚しく転がり続けていた。