【懐郷の風】 軌跡
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■シリーズシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月19日〜06月24日
リプレイ公開日:2008年06月25日
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●オープニング
誘拐されていた領主の救出が為されてから数日。
怒り狂った領主は自らの領内に帰還次第、有無を言わさず捕縛していた賊たちを処刑、並びに今回の一件の主犯と思われる『鷹の爪』首領ベガ追跡の命を発した。
無論、ベガを良く知るベルトラーゼはこれに異議を唱えた。彼女が領主に対して敵意を抱いていたことは義賊の首領としての行動を見れば疑いようのないことだが、オーガの軍団の襲来、ペテロ山の異変、グランドラにおける攻防という度重なる戦において助力してくれた彼女が、領主を誘拐などという愚行するとは到底思えない。それに彼女ならば、誘拐などという手間の掛かることをせずに忍び込んだその場で命を断っているはずだ。何度考えてもこの事件に絡んでいるとは思えない。寧ろ、彼女は罠に嵌められた側というのがベルトラーゼの推論だ。
「お待ち下さい!」
両側を護衛の兵を連れながら、憮然とした顔で廊下を突き進む領主の前をベルトラーゼが遮った。
床に片膝を付き、頭を垂れたまま進言する。
「ベガの追跡を命じられたとお聞きしましたが、真でございますか?」
「それがどうした。貴様もさっさと追跡隊に参加せぬか!」
声荒げて怒りを露にする領主。以前にも何度かこのような状態になったことがあったが、こうなるともう他人の意見に耳を貸すことはない。それは長年仕えてきた彼が一番良く分かっていることだったが、今回だけは黙っているわけにはいかない。
「今一度お考え下さい。誘拐の主犯であるものが、領主様を助けに参りましょうか? ベガといえば、法に反するとはいえ義賊として名高き『鷹の爪』の首領。そのように義を尊ぶ者が他の賊と手を組み、誘拐を企むとは到底思えません。この一件、何者が裏で糸を引いていると見て間違いございません。真相を明らかとします故、何卒私にその任をお命じ下さい」
ベガが捕まれば、領主はすぐにでもその処刑を敢行するだろう。これまで共に戦ってくれた彼女を見殺しにすることは彼の信条に反する。
「黙れ! 奴が寝室に侵入する様を、私はこの目でしっかりと見ているのだ。それとも貴様は私が幻でも見たと、そういうのか!?」
「いえ、そのベガが本物であるとは限りません。何者かが姿を変えて我々を罠に嵌めようとしている可能性もございます」
グランドラ遠征のため、領内にはろくな兵力が残っていなかった。何かの下準備をする時間は十分過ぎる程あったはずである。それにグランドラ城塞都市攻防戦に参加した冒険者から得た情報によれば、あの戦自体がカオスの魔物が計画を整えるための時間稼ぎに過ぎなかったということが判明している。ベガの容疑もカオスの魔物の計略に違いない。
「口答えするか、ベルトラーゼ! 貴様が奴と陰で接点を持っていたことは知っておる。私情を挟み、主君である私に逆らうとは、気でも触れたか!?」
「そのようなことはございません! 何卒私の話をお聞き下さい!」
「黙れ! 拾ってやった恩を仇で返すとは、所詮貴様もあの男の息子に過ぎぬというわけか」
いつもと違い譲らないベルトラーゼの様子に領主の苛立ちは高まっていく。
「ちっぽけな正義感を振りかざし、民のためなどという青臭い理想を掲げた挙句、惨めに死んだあの男。あのような者が騎士であったという事実だけでも虫唾が走るわ!」
父への暴言を指す言葉に、ベルトラーゼの頭へと一気に血が駆け上がっていく。
無意識の内に握られた拳には過剰な力が込められていき、掌に食い込んだ爪が皮膚を突き破り、血の筋が床へと落ちていった。
「なんだぁ、その目は。それが主君に向ける目か!?」
知らぬ間に研ぎ澄まされていた自分の視線に気づき、慌てて顔を伏せた。
「‥‥そうか、貴様、あの女と通じていたな?」
下卑た笑いをその顔に浮かべながら、領主が口元を吊り上げる。
「め、滅相もございません。領主様の無念を晴らすためにも、私は事件の黒幕を突き止めたいという一心であり、領主様への造反など‥‥」
「口では何とでも言えよう。いや、そのようにムキになるということは己の心にやましいところがあるという証拠ではないのか?」
一度持った先入観は簡単に拭い去れるものではない。ましてや自分の気に食わない者を一度敵であると決め付けてしまえば、その存在が行うあらゆる行動は全て悪となってしまう、それが人間の心理だ。
どれだけ思いを口にしようとベルトラーゼの言葉は領主には届かなかった。
「ベルトラーゼを拘束せよ」
命令を与えられても、領主の両側に控えていた二人の若者はすぐには動けなかった。兵士という立場である彼らにとって領主の命令は絶対だ。だが、度重なる戦において戦功を上げ、領内の民だけではなく、兵たちからも絶大な信頼をベルトラーゼは得ている。この二人も例に漏れることはなく、ベルトラーゼを慕っている。領主よりもだ。
「‥‥私を牢へ」
騎士の命とも言える自らの剣を床に置いて、ベルトラーゼは二人を促す。
‥‥謀られた。
漸く冷静になった頭で、ベルトラーゼが苦々しく唇を噛んだ。
自分を見下ろす領主を前にして、カオスの魔物たちの計略に嵌ったと初めて自覚する。
ベガに容疑が掛かれば、私は必ず彼女を庇う。そしてこの領主ならば、周りの者の言葉に耳を貸さないまま、ベガを弁護する者たちを容赦なく投獄するだろう。私も例外ではない。領主を殺害ではなく、誘拐したのはこれが狙いだったのだ。
(気づくのが遅すぎた‥‥)
言われるままにベルトラーゼの両腕を縛り、二人の兵士は牢屋へと連行していく。その途中、ベルトラーゼは一切の弁明をすることなく、牢に身を置くことになった。
その後領主はベルトラーゼの側近であるアルドバ、ルシーナを共犯の疑いがあるとして拘束し、同様に投獄するよう命を下した。
屋敷から引きずり出され、連行されていく二人の姿を、緑の葉の間から見つめる小さな影。
「‥‥こ、こりゃあ、まずいっしょ」
唯一領主の手から逃れていたミルは、囚われたベルトラーゼたちを助けるため、冒険者ギルドへと飛んでいくのだった。
●リプレイ本文
●救出
イーナハック牢獄を目指して護送部隊が森林地帯を進んでいく。中心にあるのは小さな馬車で、中には反逆と領主誘拐の罪で囚われたベルトラーゼが木製の手錠で封じられたまま、無言で目を閉じていた。
そんな馬車の姿を茂みの中から見つめる影が8つ。ミルに連れられてベルトラーゼを救出に来た冒険者たちである。
どうやらイーナハックからの出迎えの兵が来る前に追いつけたようだ。
「『あの連中』が領主に植え付けたのは『不信』でしたか。領主の性格をよく熟知してますよ、敵ながら」
「あのアホ領主が。やつがもう少し冷静な判断が出来れば、こんな面倒なことにならずに済んだものを‥‥」
「あからさまな策略で疑い、牢獄に送るなんて許せない。何時かあの領主にはこっ酷い目に有って貰わないと気がすまないよ」
「いっその事、あの領主の面に一発叩き込んでやるか? そうすれば少しはまともになるかもしれないぞ」
「いいですね〜。僕にもやらせてください♪」
身を潜めた導蛍石(eb9949)の後ろで、領主のことをボロクソに言っているのはレインフォルス・フォルナード(ea7641)とイリア・アドミナル(ea2564)。容赦のない性格を持つ者同士、なかなか気が合うようだ。
だが、軽口を叩いていたのもそこまで。馬車が近くまで来たのを認めて、全員の表情が鋭いものに一変した。
「‥‥‥‥‥‥‥あれ?」
「おい、どうし‥‥」
合図になったのはトール・ウッド(ea1919)のエレメンタルフェアリー『ファズ』が唱えたスリープ。馬車の側にいた一人が眠りつき、護送隊の注意が逸れた隙をついて一部の者を除いた冒険者達が一斉に攻撃を開始した。
突然の奇襲に護送側は全く対応出来ずにいる。
一番に馬車へ辿り着いたのはフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)だ。
「貴方は‥‥フィオレンティナさん?」
彼女の鞭に顔面を打ち付けられた護送兵が悲鳴を上げると、そこに導のブレイクアウト+トリッピング+スタンアタックの複合技が叩き込まれてぐったりと地面に倒れ落ちた。
「ベルトラーゼさんもお気づきでしょうが、これは『あの連中』の策略です。
投獄されたら全て終わりです。
ベルトラーゼさんを信じてこれまでつき従ってくれた方々のためにも
どうかここは一緒にお逃げ下さい。
ベガさんやベルトラーゼさんご自身の身の潔白を証明する事は今は難しいかもしれませんが
投獄されない限り必ず機会は訪れます。
今後不本意な戦いが待ち構えているかもしれませんが、
貴方がたに笑顔を取り戻せるなら
泥をかぶる覚悟はできています。何卒お願いします」
「まずは逃げるのが先っ! さ、行くよっ!」
フィオレンティナが先を促すとすぐさまベルトラーゼの腕を取った。各自覆面や頭巾で顔を隠しているものの、ベルトラーゼとは何度も顔を合わせた者たちばかり。下手をすれば、声だけでばれる可能性もある。
「次は斬る!」
トールが襲い掛かってきた兵士の剣を弾き飛ばし、それをバーストアタックで粉砕した。竦む兵士を蹴り飛ばして木製の手錠を叩き壊すと、ファング・ダイモス(ea7482)が捕まえようと向かって来る兵士たちを丸ごとソードボンバーで吹き飛ばした。
「馬は近くに用意しています! アルドバさんとルシーナさんはどうしました!?」
「二人ならまだ領主様の屋敷近くに設けられた牢屋の中です。今回送られたのは私だけですから」
「え、うそっ!?」
折角持ってきた装備が無駄になってしまった、とフィオレンティナががっくりと肩を落とす。
「‥‥って落ち込んでる場合じゃなかった。これ、使って!」
「賊だ〜〜!! 囚人が逃げたぞ、追え〜〜〜!!」
「そうはさせぬ!!」
救出部隊を追おうと駆け出した一人を、シャルグ・ザーン(ea0827)が剣の峰で馬上から叩き落した。
「ここは私たちが食い止めます。お早く」
スニア・ロランド(ea5929)の矢とイリアのアイスコフィンに邪魔されて兵士たちの追撃は遅れてしまい、ベルトラーゼは数人にその周囲を守られつつ、その場から脱出したのだった。
●崇拝者
「ぎゃぃあ!?」
「ぐあっ!?」
悲鳴が聞こえてきたのは、ベルトラーゼたちが完全に脱出してから数分後のことだった。イリアのミストフィールドによって視界が閉ざされているため、その分聴覚による情報だけが周囲の状況を伝えてくれる。馬車の前方から聞こえてくるのは打ち合う剣の衝撃音だ。
「やはり現れおったか」
カオスの手の者に違いないと、逸早くシャルグが前方へと駆け出した。護送部隊を皆殺しにし、その罪をこちらに着せる。いかにもやつらのしそうな手だ。既にカオスの戦いを何度も経験したシャルグ、こうも毎回邪魔が入れば、動じることなく対応出来るようになっていた。
前方で護送部隊を襲っていたのは魔物ではなく人間。
装備から判断するにイーナハック牢獄からの出迎えの兵たち。だが、その実はカオスの息が掛かった者たちだ。ベルトラーゼを引き取った後、護送部隊もろとも皆殺しにするつもりだったのだろう。
「相も変わらず卑劣な真似ばかりしおって!」
「‥‥こいつら」
ぎりぎりと刃を押し合わせながら、レインフォルスの脳裏にグランドラで戦った剣士たちの姿が浮かび上がった。あの狂信的な瞳が今またこちらを冷たく見つめている。
そうと判れば手加減は不要と、力を込めて押し退けた刃でそのまま敵の懐を一薙ぎにした。あの剣士たち程の腕ではない。
ベルトラーゼを救出する方に多くの人員を割いていたため、こちらに残っているのは3人。それに対して敵の数は20人ほど。
「‥‥少々厄介かもな」
「臆することはあるまい。この程度我々だけで十分でござる」
「援護します。護送兵とはいえ何の罪もない者たち、出来るならば助けるべきです」
3人が敵兵の真ん中に突っ込もうとした時、霧の向こう、敵の背後から無数の矢がその背を貫いた。思わずレインフォルスとシャルグがスニアを見るが、勿論彼女であるはずがなく、スニアが珍しく慌てた様子で首を横に振る。
「貴公は‥‥もしやシャルグか?」
「‥‥その声は」
●予期せぬ味方
「新手か!?」
「剣を納めよ、わしだ!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥アルドバか?」
「むぅ、なぜワシとわかった!?」
ベルトラーゼを守るべく構えていた一行の肩から力が抜け落ちた。
「なぜもくそもあるか。そんなデカイ図体をしているのはお前しかしないだろうが」
追手かと思い、神経を研ぎ澄ませていたトールの表情も一気に和らいだ。いや、気が抜けたといった方が的確か。
「どうしてお前がここに?」
「お主たち同様、兵たちのほとんどが坊ちゃんをお慕いしておる。こんな事もあろうかと、坊ちゃんの指示に従って事前に対策を練っておったのだ」
事前に信用出来る者たちと話をつけ、緊急時には手を貸すよう指示していたのだ。
「‥‥おいらは初耳なんだけど」
知っていれば最初から冒険者を雇わなかったのに、ミルの目が不満とばかりに据えられる。普段から出番が少ないだけに頑張ったのに、無駄骨だったなどあんまり過ぎやしないか?
「軍内部の機密情報を、おいそれと話すわけにはいかなかったのだ。それにお主のようなお調子者に話しては、三日とかからず領内に知れ渡ってしまおうが」
「おいらにだってそれ位の分別はつくよ!」
口を尖らせたミルがぶ〜っと頬を膨らませるとベルトラーゼが苦笑した。
「ミルにも話そうとは思っていたんだけど、最近色々な事件が続いて起きていたから、話す暇がなかったんだ。一息ついたら、ちゃんと話す予定だったんだよ」
「‥‥ホントだろうな?」
「ベルトラーゼさんが嘘をつくわけないでしょ。それともミルさんは信用出来ないの」
「そ、そんなことないけどさ‥‥」
(‥‥上手い)
(上手いですね、さすがイリアさんです)
明るいイリアに言葉を詰まらせるミル。駆け引き上手な彼女の言動に、導とファングが陰ながら拍手を送った。
「イリアさんの言う通りだよ。助けに来てくれてありがとう、ミル。それに皆も」
●願い
無事に脱出が成功して一行は合流した後、場所を変えて今後どう動くかを話し合っていた。
怪我を負っているものは見受けられない。護送部隊の者たちも襲撃してきた敵兵に斬られたものが何人かいたが、冒険者たちの手によってほとんど気絶か氷漬けにされて森の中で今も転がっている。
「これからどう為さいますか?」
「無論、今回の黒幕を探し出す。カオスの魔物、おそらくグランドラの戦で暗躍したものと見て間違いだろう。でなければ、こうも用意周到な罠を仕掛けることなど不可能だ。皆さん、領主様を救出した際の状況を覚えている限りで構いませんからお話して頂けますか?」
言われるままに先の依頼のことを説明していく冒険者たち。
一通りの話を聞き終えたベルトラーゼがあれこれと質問を加えていった。
「他に何か気付いた点はありませんでしたか。些細なことでよいのです。おかしなこと、不自然なことなど」
「そういえば‥‥」
形のよい眉を顰めたのはスニアだった。
「何か心当たりが?」
「‥‥一つだけ、おかしな点がありました。山賊『アルゴ』ですが、あまりに手ごたえが無かったのです」
「ああ〜、うん、確かにそうだったね。泣いてる山賊なんて初めて見たもん」
「動きも拙かったですね」
あの時の光景を思い出したフィオレンティナの頬が弛み、ファングが肯定した。
「あんなに腰抜けな山賊も滅多にいないだろうな」
「うんうん、気持ちのいいくらい親切だったよね〜」
領主はどこだと脅した時、一から十までぺらぺらと話してくれたが、普通なら有り得ないことだ。あんな脅しで降参くらいなら、最初から誘拐などしなければいいのに。
「こちらの顔ぶれを考えれば当然と考え、今まで何の疑問も持っていなかったのですが、今思えばあれは‥‥」
「‥‥とても山賊とは思えない、ですか?」
「え、ええ。その通りです」
心の中で思っていた言葉を指摘されて、スニアがあいまいに相槌をしつつ、言葉を続けた。
「幻影等を使った巧妙な工作ができる組織への対処を領主をフォローしつつ行うのは、いくらベルトラーゼさんでも難しいでしょう。金や色で籠絡して氏の傀儡にするか、領主の親族に因果を含めて強制的に隠居させた方が‥‥」
騎士としては不本意な行動ではあるが、彼女は言い分も尤もである。
「私は現領主が悪だとは思いません。ただ、彼の能力では彼自身も含めてこの地が滅びかねないと思ってはいます」
「若、私もスニアと同じ意見でございます。この度に行い、最早我慢なりません。数々の戦功を挙げた若にあらぬ罪を被せた挙句、牢獄に送るなど‥‥。お許しがあれば、今すぐにでもあの首刎ねて参りましょう!」
「ルシーナ、さすがにそれは止めてくれよ。スニアさん、私も‥‥同じことを考えたことは多々御座います。民のため、もしもそれが一番良い方法であるのならば、私もそれを望みましょう」
「まだ、それが最善の方法ではないと?」
「‥‥判りません。ですが、私は領地を失って放浪していた時、領主様に拾われた恩があります。それを仇で返すことは私には出来ません‥‥」
名誉に対する執着はとっくに捨てている。だが、恩を仇で返すという行いをすれば、騎士としてだけではなく、人としての道を外すことになってしまう。
「わかります。ですが、そのせいで罪無き民が苦しんでいることは決して許されることではありません。それを正し、人々を救うことこそ真の騎士と私は考えます」
「それは‥‥」
言葉が出なかった。拾われた恩がある領主に改心してもらいたいと、今まで何度も口を挟んできた。それは一度も意味を成すことはなかったが、それでもいつかは想いが通じるのではないかと信じてきた。いや、信じたかった。
(結局‥‥何も見えていなかったのは私だったのかも知れないな)
見えていなかったは正確ではない。見ようとしなかったが本当のところか。
「若‥‥」
「坊ちゃん」
スニアと同じ思いを持つルシーナとアルドバ。今まで何度もスニアと同じ意見を告げてきた二人。その度にベルトラーゼは首を振らなかった。
‥‥だが、
「‥‥‥‥‥‥‥心に、留めておきましょう」
それは否定とも肯定とも取れぬ言葉だったが、その表情には何かの決意が読み取れた。
「アルドバはこれから鷹の爪のアジトへ向かってくれ。ルシーナはカオスの魔物の絡んでいると思われる事件が起こった場所を周り、情報収集を。ミルは見つからないように領主様の屋敷を監視して、私は北地区の山村に身を隠しているから、何か変化があったらすぐに知らせてほしい」
承諾した三人はそれぞれに返事を返して、直に各地へと散っていった。
「何か判ったのですか?」
「今はまだ何とも言えませんが、大まかな見当は付きました。残る問題は敵の狙いが何なのか、それが判ればこちらも動きようがあるのですが」
導に答えたベルトラーゼが苦々しく唇を噛んだ。それは後一つ、埋まらないピースを探して闇の中を手探りしているかのような表情だ。
一度目を瞑って気持ちを切り替えると、再び冒険者たちの方に向き直った。
「ここまで駆けつけてくれた皆には感謝の念が絶えません。私の勘が正しければ、恐らくこれから黒幕である『カオスの勢力』との本格的な戦いが始まるでしょう。‥‥こんなことを言っては恥知らずと呼ばれても仕方が無いかもしれません。碌な恩賞も確約出来ぬ私ですが、今まで共に戦ってくれた皆にもう一度だけお願いします」
強く、握り締めた拳が一度大きく揺れた。
「力を貸して下さい。名誉のためではなく、私のためでもありません。
カオスの魔物たちに脅かされつつある、この国住む人々のために。
‥‥もう一度だけで構いません。人々を守るための皆の力を、平和を望む人々から悪しきものたちを打ち払うための力を、
今一度、私に預けて下さい」
ベルトラーゼの頭は下がることが無かった。しかしそれは冒険者たちを卑下しているのでも、侮っているわけでもない。同じ志を持つ同志たちに向けて思いの全てを伝えるために、刹那も瞳を下げることなく、穏やかに思える眼光は鷹のように鋭く、凄まじい威圧感と相成ってベルトラーゼの信念、決意の象徴であるかに見えた。
頷くものはおらず、否定するものもいない。
綺麗事とも取れる思いを秘めた人物の胸の内を、確かに掴み取るために、ただ前を向くのみ。
ベルトラーゼに対する彼らの答えが判るのは、もう少し後のことになる。