【懐郷の風】 玉座

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月12日〜07月17日

リプレイ公開日:2008年07月18日

●オープニング

 領主の骸を丁寧に埋葬して間も無く、ベルトラーゼは心に浮かぶ幾つもの想いから一先ず身を離したまま、兵舎の広場中心であちこちに指示を飛ばしていた。
「‥‥若」
「大丈夫。今は悲しむ時でないことくらい、判っているよ」
 あのような者だろうと、何年も主であった者の死。忠節を誓っていたベルトラーゼにとっては、やはり辛いものだ。
 表情一つ変えぬ息子を前に、ルシーナもまた数多の感情を押し込めた。
「これで、やつらの目的の大まかな見当が付きました」
「ああ、グランドラの内乱があれ程に呆気なかったのも頷ける。あれほどに大きな内乱で戦功を挙げれば、必ずと言っていいほど勲章の授与式が行われ、それには周辺の領主たちも当然出席することになる」
「そして集まった領主たちを皆殺しにしてカオスの魔物たちが取って代わる、実に狡猾な策です」
「一介の騎士に過ぎない坊ちゃんの立場を考慮した上での罠といい、どうやら中々の知恵者がいるようですな」
 記憶を辿れば、始まりは2ヶ月も前のペテロ山の異変。あの時から、敵の計画は始まっていたのだ。
「此れほどに大規模な作戦といい、先の巨大な魔物といい、かなり上位の魔物が絡んでいると考えていいでしょう」
 ペテロ山で右腕を失ったあの騎士の魔物だけではないだろう。やつ以外にも多数の魔物がいると見て間違いない。
「‥‥この時期にバの軍が動いたのも偶然ではないやもしれませぬ」
「やつらはここまで計算していたと、お主はそう言うのか?」
「あくまで私個人の想像の域に過ぎん。だが確かならば、カオスとバが手を組んだことを疑う余地はなくなる」
 もしそうなら、カオスの魔の手はメイだけではなく、バの国にも伸びていることになる。ボルパールという男がカオスの魔物と契約していたように、バの騎士や彼の国の中枢にも多数の契約者がいるとも考えられる。肯定したくはないが、そうでなければ、このような軍をも巻き込んだ大規模な作戦を行えるはずがない。
「ロウエル港からグランドラにまでの領主全員が式典に参加するためトールキンにいる。今侵攻を受ければ、大した反抗も出来ずに占領されるだろう。‥‥それにやつらは既に、目的の一つを達している」
「‥‥メイの侵略以外に何か目的があると仰るのですか?」
 アルドバの疑問に、隣に佇むルシーナの神妙な表情が更に深いものになった。
「ペテロ山の異変を境に領民たちの間で妙な信仰が流行りだしたのを、お主も知っておろう。一見竜信仰のように見えるだが、実際はカオスの魔物を信仰するもの。内容は世界の堕落と崩壊、人間の持つ負の面を助長する。まともな思考を持つ者ならば、吐いてすてるところだが、重税と圧政に苦しみ、立て続けに起こった異変で負の感情を植え付けられた者ならば、話は別」
「不安を苗床にして一度発芽した信仰の根を取り除くことは不可能に近い。もし出席している領主たちがやつらに取って代われることになれば、やつらは領主の皮を被って更に信仰の規模を拡大するだろう。それはやがてこの国を根底から変える力となる」
 ‥‥あるいは既にメイの上層部にカオスのものが忍び込んでいるか。
 何であれ、先の村人たちが僅かなお金のために、振りに過ぎないとはいえ山賊を名乗った事実からも不安の苗床は既に完成していると考えられる。
「一刻も早く事態を鎮圧することが第一でしょう。下手をすれば、領主無き今を好機とみた信仰者たちが各地で蜂起するやもしれません」
「お〜い、ベガから連絡があったぞ〜! 村人として既にトールキンに侵入しているってさ。城下はこっちに任せて城の中を頼むって!」
「‥‥どこで情報を仕入れたのやら‥‥相変わらず抜け目のない」
 頼もしいには違いないが、こうも情報が簡単に流布するとは問題である。ルシーナが苦笑とため息を混じらせた。
「城下は彼女に任せよう。領内にいる騎士と軍の中から腕の立つ者たちを集めてくれ。準備が整い次第、私たちもトールキンへ向かう」







「ディーン!」
 けたたましい足音が近づいてきた。顔にまだあどけなさを残す幼い顔つきの青年だ。
「お呼びで御座いますか?」
「すぐに領民を集めてグランドラへ向かえ。女子供、年寄りなど動けないものも全員だ。ここは戦場になる。領内にある馬車や馬は好きなだけ使って構わない」
「え‥‥はっ?」
「騎士と隊長格を除く全ての兵を護衛として付ける。君にはその隊長をやってもらう」
「お、俺‥‥いや私がですか?」
「君はもう見習いではなく、立派な騎士だ。そうだろう?」
 彼は領内の下級騎士の一人息子で男手一つ育てられた。貧しくとも一人前の騎士になることが夢であり、もう一年以上も馬術から剣術までベルトラーゼから直に教授を受けた。強い熱意もあって経験こそ浅いものの、今では騎士である父親に勝るとも劣らない腕前にまで成長した。グランドラの戦後、待望の騎士になることが出来たばかりだ。
「何をぼさっとしとるんじゃい!」
「お、親父‥‥」
「いつまで騎士見習いのつもりでおるんじゃか。そんなんでは家督を継ぐなど夢のまた夢じゃぞい!」
 山賊に近い風貌は騎士とはかけ離れたもの。背中に持つ大槌がそれを一層際立たせている。
 人を外見で判断するなと言うように、この男性も例外ではない。粗暴な外見とは反対に義を尊び、罪無き民に危害を加える者には身分問わず制裁を加えた。その気性と小汚い外見から領主は嫌われ、碌な俸禄も与えられない期間が何年も続いたが、ベルトラーゼによってそれも改善されて息子を無事に一人前に育てられたのもそのおかげだと言える。
「‥‥あ、あの!」
 いつもと違う雰囲気を感じ取ったのだろう。馬上のベルトラーゼの後ろで、横一列に立ち並ぶ戦士たち。おどおどと落ち着かない自分をからかうように笑っているものの、その笑みの裏には力強い何かが隠されていた。
 ベルトラーゼたちの姿を改めて認め、若者の叫び声が響いた。

「グランドラでお待ちしています!」

 それは、ある少女の面影をベルトラーゼの脳裏を思い起こさせた。
 屋敷から遠ざかって行く若者。最初は馬にすら乗れなかった少年があんなにまで成長した。
 グランドラの戦を控えてキャロルに言った台詞を、まさかこんな所で言われることになるとは思いもよらなかった。
「良い息子を持ちましたね。サイラス卿」
「なぁに、まだまだでさぁ。後5年はしごかんと使い物にならんでしょう。ワシもそろそろ腰が限界ですけ、さっさと隠居したいんですがねぇ」
 中年騎士の、欠片も優雅とは言えない豪快な笑い声に釣られて、アルドバ、ルシーナ、そして周りの者たちが笑い出した。ベルトラーゼと共に数年に渡ってこの領地を護り続けてきた男たち笑い声。ある者は諦め、ある者は失望し、一度は人としての誇りを捨てさえした。しかし、ある日現れたこの青年は綺麗ごととも取れる理想を謳い、人々の嘲笑を浴びながらも失望という名の底辺に沈んでいた自分たちを掬い上げ、失った誇りを取り戻してくれた。この豪快な歌声は、死地を前にしたそんな彼らからの、青年に対する筆舌に尽くしがたい感謝の印であった。
 天空に響き渡る歌声が徐々に静まっていく。
 全ての音が消え去って、新しく生まれた風の行方は鷹の翼の従うのみ。


「出陣する! 目指すはトールキン!!
 皆、ディーンの言葉、しかと胸に刻んでおけ!!!」


「「「「「 おうっ!!! 」」」」」



●今回の参加者

 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

シファ・ジェンマ(ec4322

●リプレイ本文

● 突入
 扉が乱暴に押し開けられ、謁見の間内部にいた全ての者たちの視線が注がれた。
「待たれよ!  この一連の騒動は全て、カオスの陰謀!
 ここで皆様方を一網打尽にせんとする魔物の策略であります」
 馬に騎乗したシャルグ・ザーン(ea0827)、ベルトラーゼと騎士4名が地上から、ペガサス『黄昏』に騎乗した導蛍石(eb9949)が上空から止まることなく突き進んだ。
 正面向こうに見えるのは玉座と整列する領主たち。ほとんどの衛兵は壁際に並び、領主たちの背後にいるのは僅か4名。
「お気をつけ下され!
 人に化けた魔物が紛れておりますぞ!
 領主様方は魔物を見極める事のできる僧侶殿の下へ!」
「貴様ら、ここをどこだと‥‥」
 一部の領主、衛兵が驚愕に揺れる中、うっすらと笑みを浮かべていた者たちの身体がめきりっと裂けた。
「な、なに‥‥!?」
「ひ、ひぃいい!?」
「これは‥‥いったい、ぐぁあ!?」
 悲鳴が上がり始める上空で、最も早く奥へと接近した導がデティクトアンデッドを施行する。
(1、2、3、4、5‥‥‥10匹!)
 式典には衛兵以外武器の持ち込みは禁止されている。対抗する手段を持たない領主たちに慌てて助けに入ろうとした衛兵たちも、紛れていた狂信者たちの不意打ちを受けて次々と倒れていった。

「ヒヒヒヒヒヒッ、ハジマッタね〜」
 勲章の授与のため、玉座の足元に来ていたベルトラーゼの主、正確にはそれに化けた魔物の後ろから一人の騎士が歩き進んできた。身に纏った衣装はその者がここの城主であることを告げている。
「アンタは行かないノカイ?」
『領主どもの始末が先だ。侵入してきた者どもは貴様らに任せる』
「ヒヒッ、獲物をトラレテモ怒らないでクダサイヨ〜」

「アナトリア様!」
「貴公‥‥ベルトラーゼか」
「お話は後です。私たちの仲間がやってきております故、入り口までお下がりを!」
 仲間から借り受けていたトライデントをアナトリアに放り投げ、アナトリアと周辺の領主を護るよう、騎士たちに陣形を組ませた。
「のけぇい!」
 他方、正面から急降下してきた怪鳥の攻撃をオーラシールドで強引に弾き返したシャルグが無事にグレイバー伯爵の元に到着した。
「我が輩の後ろへ。皆様を安全な場所までお連れ致す!」
 目前に迫るのはジャイアントソードを持つ獣人一匹と狂信者2人。
 敵の親玉である騎士の魔物を倒すのが自分の役割だが、騎馬を持っていなかった仲間たちが未だ謁見の間入り口付近にいる。保護したのは伯爵を含め5名。伯爵令嬢キャロル、メロウの姿もある。戦闘手段を持たない彼らを放っていくわけにはいかない。
「ぬぅっ!」
 一人で相手をするには数が多すぎる。防戦一方を強いられるシャルグだが、それでも懸命に攻撃を凌いでいった。
「‥‥クリストファ卿」
「―――――――ヒヒッ」
 正面に佇むのは城主クリストファ卿。
 良く知るベルトラーゼが感じた違和感は間違いではなかった。
 奇妙な笑い方が漏れたかと思うと、上品な顔つきが一瞬で崩れ、口が耳元まで裂け広がった。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒッ。ウマソウだねぇ、アンタ」
 めきりっと胸の肉が内側から破れていき、歪な人の姿を経たそれは、巨大な化物へと変貌した。



● 血
「蛇の魔物を一匹発見、ベルトラーゼさんと交戦中のご様子ッス!」
 クリシュナ・パラハ(ea1850)の震動探知の魔法が状況を読み取っていく。どうやら大型の魔物はそれ一つ。
 謁見の間中央にまで進んだ徒歩の冒険者たちの上空に3匹の怪鳥が出現した。
 迎撃するのはルメリア・アドミナル(ea8594)、イリア・アドミナル(ea2564)、スニア・ロランド(ea5929)の三人。
 放たれた矢が動きを鈍らせ、激しい雷の閃光と巨大な水圧が2匹を吹き飛ばす。
「黄昏!」
 主に従って上空から放たれたホーリーが領主に化けていた魔物たちの姿を次々と晒していく。効果は抜群だ。だが、同時に遠慮する必要がなくなった怪鳥の一匹が導を狙って攻撃してくるが、それに付き合っている暇はない。
「耐えてください! もう少しで後方の部隊と合流出来ます!」
 伯爵の元に舞い降りてすぐさま『黄昏』にホーリーフィールドを展開させた。これでしばらくは時間が稼げるはず。
 じりじりとアナトリアたちが後ろに下がっていく中、後方の部隊の側面を狂信者たちが攻撃した。
 右から迫った狂信者の数は5人。近くにいた衛兵たちは不意の攻撃に反抗する間もなく、息絶えていた。
 迎え撃ったのはレインフォルス・フォルナード(ea7641)とトール・ウッド(ea1919)だ。
「ちょ、こりゃーやばいッスよ!」
「こいつらは俺に任せろ。お前はあっちを頼む」
 顎で示された方を見れば、新たに狂信者4名がこちらの左を突こうとしている。衛兵たちが予想以上に容易く敗れたため、こちらへと攻撃が集中しているのだ。
「レインフォルスさん、これを」
「‥‥助かる!」
 スニアからノーマルソードを受け取って、敵の真ん中に直進した。
「狂信者が、容赦はせん」
 数において圧倒的に劣るにも関わらず、押し込まれないのはスニアの援護射撃の効果が大きい。
「闘争手段を奪うだけで十分です。剣の間合いでの戦いならこれ以上望めないほどの使い手が何人もいますから」
 前線の二人を適切にフォローする矢。巨大な魔法攻撃にはない援護方法だ。
「ベク様!」
「ベルトラーゼ様!」
「構うな! アナトリア様たちを連れて後方の仲間たちと合流しろ。早く!」
 ベルトラーゼが対峙するのは、全長は約10mの蛇。巻きつこうと迫ってくる胴体を紙一重で回避しながら攻撃を凌いでいくが、その巨大さからは想像も出来ない速度は攻撃する隙を与えない。
「どけっ!!」
 ファング・ダイモス(ea7482)の一撃が大剣ごと獅子頭をした人型の魔物の体を両断した。
(‥‥こうも数が多いなんて)
 アナトリアと防戦一方のシャルグの元に獅子人が一体ずつ。玉座の正面でベルトラーゼと戦っている蛇が一匹。蛇はともかく、獅子人の魔物がこうも多いとは予定外だ。ベルトラーゼに加勢しようにも距離が有り過ぎる。
「ファング殿!?」
「この獣人の相手は俺が。シャルグさんは敵の親玉を、騎士の魔物をお願いします」
「‥‥かたじけない!」
「おらあぁぁっ!!」
 2mを越す巨大な大斧が頭上で円を描き、廻り出した。隙と見た狂信者たちが攻撃するが、重装備の身体には一切通用しない。生み出された強烈な剣圧は岩をも砕くほど。群がっていた狂信者たちを絶命させるには十分過ぎる殺傷力を有していた。5mは吹き飛び、床に転がる狂信者たちの姿を認めて大斧が肩の上に担ぎ上げられる。真っ赤に染まった刃と返り血に染まる頬を一拭いしてトールが踵を返した時だった。
 二人の狂信者が立ち上がるのを見て、ノーマルソードを取り出す。
「‥‥レボリューションか。下っ端の分際で」
「レインフォルスさん、受け取って下さい!」
 レインフォルスの方でも同様のことが起こっていた。迅速にフォローしてくれた導からトライデントを受け取って狂信者たちを仕留めていく。


『我が手に集え雷精よ、雷鳴一閃、ライトニングサンダーボルト』

 
 雷の閃光が蛇の首元に突き刺さった。耳を裂く悲鳴が謁見の間に響き落ちる中、ルメリアが声を張り上げる。
「蛇はファングさんに任せて、護衛陣の指揮を! このままでは押し込まれます!」
 やっとのことで完成した護衛陣を取り囲むのは、獅子人2匹と狂信者7人。幸いなことに上空の怪鳥たちは優秀な後衛たちによって既に撃退されていた。
『次はあんたが相手かい。誰が来ようとあんたたちのようなゴミみたいな種族が俺たちに勝てるわけないと思うんだけどねぇ』
 細められた瞳孔の色は紅。天井につくほどに伸び上がった蛇の体は巨人族であるファングでさえ小さく見えてしまう。
「あれだけの悲鳴を上げたやつが言う台詞とはとても思えませんが」
 ぐぅ、と蛇の顎から兇暴な唸り声が漏れ出した。図星を指され、挑発とも取れる発言に膨れ上がった殺意は止まる事なく爆発した。
『食ってやる!!!』
 直撃する寸前に回避したファングは未だ勢い弱まらぬ蛇の体に合わせて、得物を腰にまで引いていた。
「この国をお前達に荒させん。石の王の剛力、その身で味わえ」 
 驚愕で硬直する蛇の頭に、常人を超えた強烈な一撃が叩きつけられた。

『ギィアアアアアアアアア!!!!』

 床にのた打ち回る蛇が鎌首を擡げる。
『‥‥お、おのれぇ‥‥』
 護衛陣はベルトラーゼの指揮によって固定され、敵の攻撃を防いでいる。蛇の魔物もファング、そして後方のイリア、ルメリアの連携によって仕留めるのも時間の問題だ。
 残すは‥‥。
「ぬぇいっ!!」
 振り下ろされたのはシャルグの刀剣。オーラシールドを片手に、敵の親玉である騎士の魔物と互角の戦闘を繰り広げていた。
 回避力では劣るが、それを補うほどの盾捌きがシャルグにはある。後ろへ気を使わずに済む一騎打ちならば‥‥
「勝機はあり!!」
 豪腕に振るわれた刃が、盾ごと騎士の魔物を吹き飛ばした。体勢を立て直される前に打ち込んだ刀剣を騎士の魔物が槍の穂で受け止める。
「あの時の決着、ここで付けさせてもらうといたそう」
『‥‥我に傷をつけたあの時の男か』
「思い出したようであるな。罪無き者たちの命を奪った業、死を持って償うがいい!」
『我も借りを返させてもらおう。切り落とされた右腕の痛み、貴様にも味わってもらう』
「ほざけっ!」
 達人を超える両者の攻防。
 魔法を使う隙を与えないシャルグの攻撃は確実に敵の体に傷を負わせていった。
 漸くオルトロスに搭乗したフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)が到着した。クリシュナにバーニングソードを付与してもらい、ゴーレムが参戦したことによって均衡は大きく崩れた。最早こちらの優勢は揺るがないだろう。
 後はこの騎士の魔物を倒せば、戦いは終わる。
「もらっ‥‥!!」
 がら空きになった右肩。身体を護る鎧ごと、叩き切ろうと剣を振り下ろそうとした。
 シャルグの後方から襲い掛かってきたのは、蝙蝠の羽を持つ馬の魔物。
 さしてダメージを受けることはなかったが、体勢を崩されたシャルグの巨躯が床の上を転がっていく。
(やつはどこに‥‥)
「やばっ、シャルグさん!!」
 察知出来たのはインフラビジョンを持つクリシュナだけ。透明化した騎士の魔物が背後にいることに気付き、声を上げる。 


「ぐ、あああっぁああああ!!!!」


 銀色の刃が玉座の真下で煌いた。




● 後退
 焼けるような痛みが右腕から伝わってくる。
 余りの激痛に状況が理解出来ない。下ろした瞳に映ったのは一面を真っ赤に染める血の海と床の上に転がる右腕。それが自分のものだと理解するまでにはかなりの時間を要した。
『見事な腕だ。だが、我らを相手に一人で戦えるという驕りが貴様の敗因』
 剣の切っ先からシャルグの血の滴が床へと落ちていく。透明化の能力と、騎士に従う馬の魔物の存在。一対一で戦うには分が悪すぎたのだ。
 領主たちと後衛たちを囲む護衛陣は謁見の間中央、対してシャルグがいるのは奥に位置する玉座の下。距離が有り過ぎるため、仲間たちも簡単に駆けつけることが出来ないでいる。
『戦において最も重要なことが何かわかるか?』
「‥‥な、に、?」
『己の手の内を容易に見せぬこと。切り札は最後まで取っておくということだ』
 

 ガアァアアアアアンッ!!


 城内を揺るがす巨大な震動がしたのは入り口である扉の方。
 そこに現れた存在に、冒険者達は一斉に息を呑んだ。
『‥‥ゴーレムがどうしてこんなところに』
 扉を破壊し、3騎のゴーレムが押し入ってくる。モナスコス2騎とオルトロス1騎。城門を護っていたはずのそれらは一行へと攻撃を開始した。
『そんな、何で、仲間じゃないの!?』
「馬鹿な‥‥、なぜ、メイの騎士が」
『この国には我らの手のものが無数に侵入している。それは何も民衆どもに限らぬ。領主、騎士、その数は数え切れぬほど』
 呆然と膝を付くシャルグの後ろで騎士の魔物が左手の槍を振り上げた。
「おばさま!!」
「いけません! 今魔法を使えば、シャルグさんまで巻き込んでしまいます!」
 ヘブンリィライトニングを放つにしても、雲を発生させるには1時間も祈り続けなければならない。このような切迫した、時間もない状況では到底無理な話だ。
 唯一有効と考えたスニアが矢を放つが、この距離ではかなりの技量を持つ敵に当たるはずがない。

『さらばだ』

 仲間たちが声を上げる間もなく、無慈悲に下ろされた矛先はシャルグの胸を貫いたのだった。
「ぐぅっ‥‥領主様たちは騎士たちに従って壁際へ! ファングさんはイリアさん、ルメリアさんと協力して蛇を、レインフォルスさんとトールさんはクリシュナさんの援護の下、側面の狂信者たちと獣人を、フィオレンティナさんはゴーレムをお願いします! 導さん、スニアさんは一刻も早くシャルグさんを!」
 最も早く行動できたのはスニア。
 護衛となっている騎士たちに壁から身を躍らせると、矢を番えたまま一直線に玉座へひた走る。

『――――――――動くな』

 金縛りにでもなったかのように、スニアの身体が封じられ、弓が手から零れ落ちた。カオスの魔法だ。
「くっ‥‥導‥‥さん」
「待ってください、すぐに解除を!」
「導さん! 下ッス!!!」
 ペガサスに乗って上空に昇った導の真下にいたのは透明化した蛇だった。
「う、‥‥あああぁぁぁぁ!!!」
 ペガサスごと身体に食いつかれ、投げ飛ばされた導の身体は宙を舞って壁に叩きつけられた。
『な、なに、騎体が動かないよ!?』
「蛇の魔物が巻き付いて‥‥ってなんで!? そいつはさっきあっちに‥‥」
 透明化した蛇の尾が言い終らぬクリシュナと隣にいたイリアをまとめて吹き飛ばした。
「いっ‥‥つう〜っ‥‥!!」
「‥‥‥いったぁ‥‥」
「クリシュナ! イリア! この、これくらいオルトロスの力で‥‥!」
「‥‥避けろ!!」
 レインフォルスの声とほぼ同時、身動きの取れないフィオレンティナの騎体をオルトロスの大斧が打ち砕いた。続けられた拳によって壁に叩きつけられたフィオレンティナ騎は事切れた様に床の上に沈んでいく。
「くそったれがぁ!!」
 負けじと劣らぬ大斧を担いでトールがオルトロスを討つべく前進する。
 だが、その動きを一人の狂信者が抱きつくような形で封じ込んだ。
「‥‥おい、まさか‥‥」


 ドンッ!!!!


 床に突き刺さったのはモナスコスの大剣。狂信者ごと、自分の身体を切り裂いたゴーレムを目の前にトールの口から大量の血が吹き出した。
「‥‥こ‥‥の‥‥やろう‥‥」
 それは狂気。トールに叶わないと悟った狂信者は、己の身を犠牲にすることで目的を達したのだ。単純な足し算や引き算でしか物事を考えていない。まともな人間ならば、絶対に出来ない行動だ。
 ゴーレム3騎の介入によって護衛の円陣は敗れつつあった。勢いを増す獅子人一匹と、一匹ではなく二匹の蛇。探知能力を予想して隠れ、ゴーレムと共に押し入ってきたのだ。
 フィオレンティナ騎が行動不能に陥った今、ファングが蛇の魔物の相手を、必然的にレインフォルスへと獅子人の攻撃が回ってくる。
「ちぃっ!!」
 獅子人の大剣が盾を、剣を打ち砕いた。
 更にレザーアーマーを破壊、刃が肩に食い込む。敵もただ剣を振るうだけではなく、相当の技量を持ち合わせている。
 既に数十分も休むことなく、戦闘を行っているのだ。体力的にも限界が近づいていた。




● 誇り


『始まったな』


 玉座の傍らで、騎士の双眸が戦場の全てを見下ろしている。
『聞こえぬか、貴様らの同胞の悲鳴が』
 血そのものが凝固したかのような真っ赤な瞳孔が細められ、スニアの瞳に注がれた。
 砕かれた天井のステンドグラスを通して入り込んでくるのは城下の人々の悲鳴。
『城を含め、城下の至る所には我の配下を放っておいた。式典などと浮かれている馬鹿どもにそれを止める術はない。漸く全てが終わるのだ』
 右手に剣を、左手に槍を握った騎士の魔物がゆっくりと玉座から降りてくる。動かなくなったシャルグから流れ出した血の絨毯を踏みつけて徐々に近づいてくる魔物を目に、スニアが何とか呪縛を解こうと試みる。だが、体はピクリとも動かない。
 騎士が立ち止まる。この距離ならばスニアの首を切り落とすことなど造作もないだろう。
『降れ。あの小僧といい、殺すには惜しい存在。我らに忠誠を誓うというならば、命は助けよう。返答はいかに?』
 白刃を喉元に突きつけて騎士が言う。
 対して、スニアは一片の表情も揺るがすことなく、真っ直ぐな眼差しを突き返した。
「私はかつてこの国の騎士たちに命を救われました。
 これまで己を鍛え続けてきたのは私のために命を賭けてくれた人たちに報い、貴方がたを倒すため。
 その私が降るなど、愚の極みに他なりません」
 『ヒュンッ』と風が鳴った。
 横一直線に払われた白刃。真っ白な床に赤模様が生まれていく。
 首、その皮膚に隠れる頚動脈のぎりぎり、皮一枚を残して止められた血の流れが一部首元から吹き出し、床を染めていく。

『最後にもう一度問う。我らに降る意志はあるか?』

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥私も、最後に貴方に忠告しておきます」
 

 騎士としての誇り、それがこの死と隣合わせの状況下でもスニアの瞳に強い光を生み出させていた。


「―――――――――私たちを、侮らないことです」


 騎士の腕が下から振り上げられるのと同時に、彼女もまた後方へと飛んでいた。
『動けないはず』。そう確信して止まなかった騎士の思考がかき乱される。重傷の傷を負いながらも、機会を窺っていた導が魔法を解除していたのだ。
 迷いを衝いて床の弓を拾い上げたスニアが矢を放つが、騎士の魔物はそれをいとも簡単に弾き返す。
『笑止』
 槍を脇腹に、チャージングによって止めを刺そうと騎士が構えた。
 だが、後ろで馬の蹄が駆け出したことを魔物はまだ知らなかった。
 床を叩き鳴らして進むのは一頭の馬。背中に乗せられているのは、片腕でランスを掴み取り、矛先を無理矢理に固定したシャルグ。
「――――――――――――――!!」
『馬鹿な‥‥貴様は確かに殺したはず‥‥!?』
 咄嗟に回避することも叶わず、命を賭したランスの切っ先が騎士の右肩を貫通した。



 大破したオルトロスの中でフィオレンティナが目を開いた。
(守らなきゃ‥‥)
 ゴーレム3騎の攻撃を前に、領主たちが、キャロルが危険に晒されていた。
(‥‥守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ!!!)
 あの時の光景が蘇る。
 グランドラからの護送任務時、自分を心配して泣いてくれたキャロル。
 何も出来なかったあの時と同じだなんて‥‥。
 バーニングソードの付与は失われているから、この武器ではダメージは与えられない。なら‥‥
「オルトロス、もう少しだけ力を貸してね‥‥」
 ポーションを飲み込み、意識を集中させる。
 握り込んだ拳を支えに、フィオレンティナの咆哮が制御胞の中に響き渡った。
『ぃやぁぁ―――――――――!!!』
 ファングを前にとぐろを巻いていた二匹の蛇の頭が殴り飛ばされた。
『ギィイィィィアアアア!! なぁにを‥‥なにをしてんだよ! さっさとやっちまえ!!』
『させないよ、絶対!! 私の命に代えても!』
 モナスコス2騎が大剣を掲げて突進してくるのが見える。
 だが、フィオレンティナの意志は微塵も引くことはない。許さない!

ドンッ! ドォン!!

 容赦なく叩き込まれた剣の刃がオルトロスの装甲を抉り取った。粉砕し、騎体の破片が床の上に撒き散らされる中、彼女の意識は前ではなく、後ろへと注がれていた。
『キャロル、大‥‥丈夫?』
「‥‥フィオレンティナさん?」
 身を呈して『楯』となった騎士の勇姿に、領主たちの時間が凍ってしまう。それ程に壮絶な光景だった。
『今だ、死ねぇ!!!』
「させないッスよ!」
 蛇の胴体に赤い何かが絡みついていく。
 クリシュナがファイアーコントロールを使って壁際にある光源を媒介として炎を膨張、蛇のように細長い炎の鎖を生み出していた。壁際に陣形が寄った事で松明などがやっと魔法使用範囲に入ったのだ。
「名付けて『フレイム・ランページ・チェーン』!! さぁ寸鉄の道化師、一世一代の『死ぬ気の炎』、受けてみなさい!! ‥‥っておっとぉ、逃がさないッスよ!」
 インフラビジョンが発動している彼女からは透明化していようと逃れることは出来ない。
『アアアァァア、こ、この程度の炎で‥‥』
「へへ〜んだ、そんなこと承知済みッス!」
 蛇の胴体に炎の鎖が巻き付いていくが、大きなダメージは望めない。
 だが、そんなことはクリシュナも百も承知だ。
「いい加減に‥‥」
「くたばっちゃえってのよ!!」
 周囲に味方はいない。今が好機とルメリア、イリアの超越魔法が一匹の蛇を吹き飛ばした。
「もらったぁぁぁ――――!!」
 姿が見える必要はない。クリシュナの炎を目印にファングの全身全霊を込めた、渾身の一撃が残りの蛇の胴体を打ち砕いた。


『ギィィァアアアアアアアアアアア!!』


「‥‥‥‥‥‥ごちゃご、ちゃと、うるせぇ、な。ゆっくり‥‥」
 起き上がったのは、鎧を砕かれて血に染まる床に横たわっていた『鬼神』。幾つもの重装備が彼の命を救っていた。
 ポーション3つを一気に飲み込み、己と敵の血で真紅に染まった大斧を片手に、トールの魂の雄叫びが謁見の間を揺るがした。
「眠れねぇだろうがぁぁぁぁああ!!!」
 完全に予想外だった者の攻撃に、オルトロスは反応することすら出来ず、下半身を粉砕された。
「おらぁぁあああ!!」
 死んでいない横の回転をすり減らすことなく、遠心力によって加速した大斧の一撃が制御胞にいる敵操縦者を騎体ごと粉微塵に粉砕した。
 オルトロスの粉砕音にモナスコス2騎が振り返った。その一瞬の隙を衝いて、トライデントを手にしたレインフォルスが地を走る。
 モナスコスの操縦者が気付いた時には、彼は足元にまで迫っていた。獅子人の呪いを甘露で誤魔化して、雷の如き速度と斬撃、石の素体に傷を負わせることは出来ないが、そんなことはどうでもいい。更に巨大な雷の閃光がゴーレムの上部目掛けて撃ち出され、目を眩ませる。巨大なゴーレムの上部、角度を上げたからこそ、仲間たちに被害はない。
 動きが封じられたゴーレム2騎を粉砕することが出来る力を持つ者たち。
 それはこの二人に他ならない。
「はああぁあ!!」
「おおおぉぉぉぉ!!」
 ファングとトール、正しく岩をも粉砕可能な轟撃が一撃ずつ叩き込まれ、モナルコスは完全に沈黙した。
「導さん、早く手当てを」
「‥‥‥‥」
 無言で導が頭を振った。
 最後の力だったのだ。右腕を失ってもなお、仲間を救おうとする強靭な意志が死の淵に横たわる身体を起き上がらせ、スニアの命を救ってくれた。何が起こったのかわからない愛馬『サイラ』が骸と化した主の肩を小さく揺さぶっている。余りに悲しい光景だ。
『‥‥許さぬ‥‥貴様ら‥‥!!』
 リカバーで首の止血を行ったスニアが静かに腰を上げた。
 怒りに震え、槍の矛先をこちらへと真っ直ぐに据えた状態で上空からこちらを見下ろす騎士の魔物。蝙蝠の羽を持つ馬は背中に乗せた主の指示を待っていた。
 逃げる様子はない。ここであの騎馬を叩くことが出来れば、確実にやつを仕留められる。
 助走をつけて騎士の魔物がスニア目掛けて降下して来る。だが、その動きはシャルグから受けた傷によって鈍くなっていた。

(「‥‥‥‥‥‥狙うは」)

 槍の矛先が頬を掠めた。体勢を崩されながらも、押し倒すように後方を抜けていった敵騎馬へとスニアが矢の先を定める。

「――――――――翼!!」

 一直線に放たれた矢が上空へと昇る敵の後ろ姿を追いかけていった。風に乗るように、天空をも突き刺すようにどこまで昇っていた矢の軌跡。
 決意と心を受け取った疾風は蝙蝠の羽を貫いたのだった。




● 混沌の影
 騎馬を失った騎士の魔物に勝機はなかった。ゴーレムと獅子人、主な戦力だったものたちは敗れ、いかに騎士の魔物が強かろうと多勢に無勢。最後はファングの一撃によって身体を打ち砕かれた。
『くっ、くくくくくっ』
「何が可笑しい?」
 膝をつく身体の一部が霧のように翳んでいく。もはや助からない。
『我を倒したとて何も変わらぬ。幾ら足掻いたところで、貴様らが破滅の時から逃れる手段はない』
「往生際が悪いな‥‥。今すぐにでもその減らず口、黙らせてやるぜ」
 トールが再び大斧を担ぎ上げた。鎧が砕けたことにより、身体の前面が曝け出され、余計に迫力が感じられる。

『‥‥王が、あの方がいる限り、我らに終わりはない』

 振り上げた斧が停止する。

「‥‥王だと?」
 
『‥‥恐怖、せよ。絶望、し、悔いるがい、い。全てのものに‥‥終焉、を‥‥』

 それを最後の言葉に、騎士の魔物は消滅したのだった。



● 激動の後で
 戦いは終わった。
 救出出来た領主の数はアナトリア、グレイバー伯爵と令嬢二名を除き5名。合流するまでに時間が掛かりすぎてしまったことが原因だった。
 城内に潜んでいた魔物たちも無事に掃討し、城下の魔物と狂信者たちも先ほど片がついた。犠牲は小さくはない。式典ということで普段の3倍以上の人々が城下には駆けつけていたのだ。被害は凄まじく、先の内乱に勝るとも劣らない犠牲者数が確認されている。
 未だに謁見の間で治療を受けていた冒険者たちの元に訪れたのはベルトラーゼとアナトリア・ベグルベキの二人。
 主である領主がカオスの魔物だったことが判明したことで、ベルトラーゼの無実が証明された。それに際し、ベルトラーゼはアナトリアからスコット領に来ないかと誘いを受けていた。カオスとバの国、二つの猛烈な侵略を受けるかの地域で力を貸してほしいとのことらしい。
「どうなさるのですか?」
「いえ、本題はそれではないのです。私と共に大きな働きを見せてくれた皆さんに、せめてもの礼をと参りました」
 傷だらけの身体を、ステンドグラスから差し込んだ光が照らしていく。
 ガラスの破片を通して降りてくる光が冒険者たちの周囲を色とりどりに染め上げ、幻想的な雰囲気を作っていく。
「此度の件における皆の戦功を讃えて『鷹の氏族』の称号を授ける。また以下の者たちには相応しき称号を贈ることとする。


 シャルグ・ザーン、この国に潜むあらゆる邪悪を滅する者として『破邪の轟騎士』

 スニア・ロランド、模範とすべき騎士としての心、天をも射抜くその力を讃え『風天の弓騎士』

 トール・ウッド、強靭な力と精神、如何なる敵をも討ち滅ぼす者として『鬼神』

 イリア・アドミナル、類まれなる魔力と才能、氷を統べる者として『氷帝』

 ファング・ダイモス、歴史に名を残すであろう力を有する者に相応しく『英傑』

 レインフォルス・フォルナード、風の如き速さ、雷の如き剣捌きに因み『疾風迅雷』

 フィオレンティナ・ロンロン、混沌から人々を守る楯として『聖護の楯』

 導 蛍石、万民を『善』なる方向に導いた古僧から名を取って『亜聖(あのひじり)』」


 ベルトラーゼが膝を付いた。彼もまた重傷の傷を負っている。無傷の者などいない。城を崩れ、城下は負傷者たちで溢れている。とても何かを授与する雰囲気ではない。
「このような状況下だからこそ、私は貴方たちに報いたいのです。傷つき、笑顔を失った人々で満ちる中、悲しいのはわかります。ですが、だからこそ我々は立たなければならない」
 冒険者たちと同じように、血だらけで汚れた状態。膝を付いた姿は主従の関係ではない。
 それが示すのは戦いを共にした『仲間』の証だ。
「失ったばかりではありません。得られたものも、護れたものも多々あります」
「‥‥フィオレンティナさん」
「キャロル‥‥!」
 扉の方から現れたのはグレイバー伯爵とその令嬢二人、そして命を助けられた領主たちだった。
 すっと、目の前に起きた状況に冒険者達は目を疑った。
「礼を言おう。貴殿らのおかげで我らはこうしてここに生きていることが出来る」
「この恩は、いつか必ず返す。この国に住む者として貴公たちには感謝致す」
 片膝を付いて礼を述べる。領主という身分にありながら、冒険者たちに臣下の如き態度を取る。普通ならば有り得ない事だ。
 失ったものは多い。だが、護れたものも確かにあるのだ。
 荒んでいた心と空気が和らいでいく。
 まだ終わりではない。
 助けを求める人々がいる限り、いるからこそ、ここでいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
「‥‥城下に行きます。傷ついている人々の手当てを手伝ってきます」
「私もお供しましょう」
「わたくしも行くッスよ! 皆に負けていられないッス!」
「私も! キャロルも一緒に行く?」
「はい!」
「僕も行きます。おばさまも早く!」
「はいはい」
 導を先頭に女性陣が続々と立ち上がり、男性陣も重い腰を上げ始めた。
「‥‥俺は寝ていたいが、まぁ、そうもいかないか」
「‥‥だな」
「ははっ、行きましょう」
 そんな二人の様子を一笑したファングが、あるものを手に取った。
 それはシャルグが持っていた剣。彼ならば、誰よりも早く立ち上がったはずだから。
 決意を固めて一行は歩き出した。
 傷ついたものたちを助けるべく、動き出した思い。
 同じ思いを胸に秘めて互いにそれを感じ取り、光溢れる城下へと向かい出す。
 まだ終わっていない、そう感じていた。感じたはずだった。


「申し上げます!!!」


 けたたましい声が謁見の間に飛び込んできた。
 アナトリア直属の騎士である。
「どうした、そのように慌てて。何が起こった?」
 災難は続けて訪れる。
 その言葉通り、想像すらしていなかった事態が謁見の間に広がった。



「バの軍が‥‥」



「‥‥なに?」



「バの軍勢が、攻めて参りました!!!」