【懐郷の風】劫火

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月02日〜07月07日

リプレイ公開日:2008年07月06日

●オープニング

 領主の手から逃れたベルトラーゼは村人の懇意によりとある村に身を潜めていた。
 領内には領主の放った追跡隊が目を光らせており、迂闊に動くことは出来ないが、幸いなことに体に大きな傷は負っていないため、自分から動くことは出来る。聞けば、村人たちが馬を貸してくるとのこと。明るい内は外に出ることも難しいが、闇夜に紛れて行動すれば問題はないだろう。
「ベルトラーゼ様、お体の方はよろしいのですか?」
「ええ、貴方には世話をかけてしまって申し訳ありません。このお礼は無実が証明された後に、十分にさせて頂くつもりです」
「そ、そんな滅相もない!」
 その申し出に中年の男性が慌てながら深々と頭を下げた。
 お世辞にも立派とはいえない家屋だが、ベルトラーゼの心に偽りや不快な思いはなかった。浮かぶのは感謝の念のみだ。
 何か用があればお呼び下さいと述べて、男性は部屋から出て行き、ベルトラーゼもほっと息をついた。
 色々と世話を進み出る男性の気遣いが迷惑ということではない。何というか言葉にし辛いのだが、『くすぐったい』と言うのが一番正確だろうか。 
 不名誉の烙印を押されて父が果てた後、ベルトラーゼは領地を追われて各地を放浪することになった。父の古くからの直臣であったアルドバとルシーナと再会したのは数年後、それまではずっと一人で日々の生活をしてきた。その日の食事をするだけでも精一杯だった彼に召使いなどを雇う余裕があるわけがなく、身の回りの全ての事は自分でしてきた。そんな経験があることから、普通の騎士と違って他人に何かをしてもらうという行為に対して抵抗を感じてしまう。今でも屋敷には召使いが数人しかおらず、身の回りのことは自分ですることにしている。騎士失格と言われても反論出来ないが、それも自分の一部だとして最近は受け入れていた。
「‥‥」
 無実の罪を着せられて仕える主に追われているにも関わらず、ベルトラーゼの心は穏やかだった。
 グランドラの戦の折に出会った騎士ワーズのように、主を変えるべきだと勧める者はこれまでに大勢いた。自分でも馬鹿な行動とまでは言わないものの、賢い選択ではないということは自覚している。それでもこの領地に居ることには理由があった。
 今から数年前のこと、放浪生活の果てに辿り着いたこの地方では、当時カオスニアンや野盗があちこちで暴れていた。領民は困窮して飢え死にする者が出始めていたにも関わらず、各領主は私利私欲にのみ邁進し、省みようとはしなかった。長い放浪生活に疲れ果て精神的にも追い詰められていたベルトラーゼはこのまま父同様に果てるのも一興かとして死を覚悟していた。だが、その時に手を差し伸べたのは他でもない、今仕えている領主の領民たちだった。勿論、自らの身を案じて手を差し伸べなかったものも多くいた。それは自然なことであり、責められる者がいようはずがない。それはただの偶然に過ぎず、何かの気紛れに過ぎなかったのかもしれない。だが、それでも痩せ細った腕で差し伸べられた手は暖かく、掛けられた言葉に心は震えた。
 騎士は何よりも名誉を重んじる。それを汚されることは死よりも重い罪であり、それ故騎士は死を持って償わなければならない。不名誉という烙印を一生背負っていかなければならず、騎士としての身分を捨てることも許されなかったベルトラーゼにとって生きることは正しく生き地獄だった。
 そんな彼に民たちが与えた無償の施しと慈愛は、彼に再び生きる意味を与えくれた。
 名誉ではなく、この国のために、民たちのために、自らを生かしてくれたこの国住む人々のために、賦与された己の全てを尽くす。その果てに不名誉の極みとして朽ち果てることになろうと構わない。彼にとってそれは本望であって後悔はない。
 騎士としてではなく、この国に住まう一人の人間として戦い続けることが出来れば‥‥。
「大将〜、調子はどうだい?」
 飛び込んできたミルが息をつく間も無く言葉を続けていく。今まで領主の屋敷の監視を頼んでいて何か判ったことがあったら、知らせるよう頼んでおいたのだ。
「何か動きは?」
「今のところ別にないけど、領主のやつが何か昨日から具合が悪いとかで自分の寝室に篭ってるみたいだ。それと式典場所がトールキンに決まったって兵士たちが噂してたのを聞いたよ」
 トールキンとはグランドラにも勝るとも劣らぬ都市の名だ。統治を任されるのはクリストファという騎士で何かと評判の高い人物であり、ベルトラーゼとも面識があるのだが、若いながらに立派な人物である。グランドラ城塞都市攻防戦においてベルトラーゼが大きな戦功をたてた事で主である領主には勲章が与えられることになったのだが、その授与の式典を何処で行うかが問題になっていた。本来ならグランドラで行いたいところだが、城壁や都市内部などまだ復興の目途も立っていないために場所を変更することになり、今漸くトールキンで催されることが決定したらしい。グランドラのグレイバー伯爵を初め、周辺の領主たちが一堂に集まって華やかな式が開かれる予定で悪い知らせばかりに暗くなっていた世間の雰囲気が少しでも和らいでくれればと思う。それに、領主がいなければ少しは派手に‥‥。

「‥‥‥‥‥‥‥式典?」

「どうしたんだい?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ミル、式典に出席する領主たちの正確な数は判るか?」
「ん? んっと、多分15人だったかな」
 ‥‥15人。
 それが本当なら、ロウエルの港から内陸部のグランドラ領までに存在する全ての領主たちが式典に参加することになる。それは同時に、それらの領地全てが式典の間手薄になるということをも指していた。
「見張りをしてた兵士たちの話じゃ、グランドラのグレイバー伯爵やドル領やチリア領のやつらも来るって言ってたっけ」
「他に何か気になるは無かったか?」
「他にって?」
「例えば、どこかの領主が病気で表に出るのを避けていたとか」
「ん〜、ああ、そういえばそんなこと言ってたな。病気とかで死にそうだったけど、何か元気になったから式典に出席するとか」
「‥‥‥‥」
「大将? どうしたんだい、そんな怖い顔してさ」
「‥‥‥‥‥‥‥そういうことか」
 バラバラになっていたピースが当てはまっていった。これならば、全ての物事に説明が付く。
「ミル、アルドバとルシーナから何か報告を受けてないか?」
 何時に無く真剣な表情のベルトラーゼに、ミルが喉を詰まらせながら口にしていく。
「あ、その、ルシーナがおかしな村を見つけたとか。行方不明のやつらが沢山出た村で何か隠してるみたいなんだけど、話をしようにも家から出なくて困ってるとか」
 それを聞くなり、立ち上がったベルトラーゼが側にあった剣を手にして立ち上がった。
 混乱するミルをよそに、村の者から借りた馬に跨るとすぐさま駆け出した。
「た、大将!?」
「ミルはギルドで人を集めてくれ! ルシーナたちが危ない!」
「え、え???」
「早く!!!」
「わ、わかったよ!」
 追跡隊に顔を見られる可能性があるのも構わず、ベルトラーゼは馬を走らせていく。額に浮かぶ汗は運動量から発せられたものではない。焦りと自分の先見の無さに対する不甲斐なさ、そして後悔だ。

 ‥‥‥‥‥‥‥間に合ってくれ。

 手綱が千切れるほど指に力を込めて、ベルトラーゼはひと時も休むことなく、ひたすら馬を走らせるのだった。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

ガルム・ダイモス(ec3467

●リプレイ本文

● 滑走
 集まった冒険者たちはベルトラーゼを追って走り続けていた。
「式典の前に邪魔となるお二人を狙ったのでしょうか‥‥。急ぎましょう」
「そうだね。もう潰されちゃった村もあるみたいだけど、放っておけないよ。何の罪もない村人たちを助けなきゃ!」
 愛馬で駆け続けるファング・ダイモス(ea7482)、フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)の士気は高い。ここでベルトラーゼが倒れれば、全てが終わってしまう。
「ベルトラーゼさんが無事ならよいのですが」
 先行したベルトラーゼが心配なのはイリア・アドミナル(ea2564)だけではない。シャルグ・ザーン(ea0827)もその一人だが、彼には他にも気がかりなことが残っていた。
「‥‥ううむ、気になるな。イリア殿はどう思われる?」
「どうって?」
「思えばこの地方では、あちらの世界でいうアンデッドが多数出現しておった。もしも領主達の病が仮病ではなく、アンデッド化の前兆だとすれば‥‥」
「‥‥可能性はあるかもしれませんが‥‥ごめんなさい。僕の知識じゃ断定出来ません」
 モンスターに精通しているイリアだが、カオスの魔物は未だ謎の多い種族だ。彼女でも限界がある。
「シャルグのオッサンが言う通り、どうにもアンデッド臭ェ。その村の住民も、もしかしたら‥‥吸血鬼にされちまったかも知れん。どのみち敵の本命は、式典で領主どもを一網打尽にするこった。言ってみりゃ、こいつはベルや俺たちを足止めする大掛かりな罠よ。ウダウダやってる暇は無ェ!」
「急ぐか。折角ここまで来たのに、やつに死なれたら目覚めが悪いからな」
 巴渓(ea0167)、トール・ウッド(ea1919)に他の者たちが頷き、一同は目的の村まで走り続けていった。



● 地響き


 村に到着して数分も経過しない内に、それは聞こえてきた。


ドォンッ


ドォンッ!


「この地響きは‥‥」 


ドォンッ!!


 導蛍石(eb9949)がデティクトアンデッドを使うまでもなかった。大地を揺るがす地響き。足元から伝わってくる震動の大きさは何かが段々と近づいてくるのを伝えてくれる。
 急ぎルメリア・アドミナル(ea8594)がブレスセンサーを発動させた。人々の数は1、2、3‥‥20人以上。説得するには数が多すぎる。それに時間もない。
「危険が迫っています。我々が排除しますので安全のため家の中にいてください」
 時間を惜しんだスニア・ロランド(ea5929)が馬に乗ったまま村中を駆け回っていった。
「ここにも被害が及ぶ危険もあるが、大丈夫であろうか」
「下手に動かれるよりは中にいた方が安全でしょう」
 それに、と心の中で呟く。
「(何らかの手段で強要された結果かもしれませんが、こういう行動をまともに相手をしていると我々も村人も全滅するだけです。証言者がいれば手札をメイの国に知られてしまいますから、連中はこの村を最終的には殺し尽くすでしょうから)」
 下手に口に出せば、要らぬ混乱を招く危険がある。
「村人を逃がし、カオスの魔物を退治するまでだ」
 レインフォルス・フォルナード(ea7641)が剣を抜き放つ。これまであらゆる魔物たちと互角にやり合ってきたが、今回ばかりは無事では済まなさそうだ。




● 破壊を司る者
 隊列を組んだ一行が敵を討つべく森林の中を走りぬけていく。ファング、レインフォルス、フィオレンティナを前衛に、後衛をスニア、導、イリア、ルメリア、間にいるのがトール、シャルグ、巴だ。
「‥‥おいおい、何だよ、ありゃあ」
 足を止めた巴。そそり立つ大樹を踏み砕き、緑の地を押し分けるように突き進んできたのは全長10m程の竜だった。一つの胴体から空気を貪るように生えた7本の首。2本の角を携えて遥か上から見下ろす巨体は周りの木々が小さく見える程だ。口元から零れる破壊の吐息は冒険者たちという新たな獲物を見つけたことで歓喜に震えていた。
 大きく見開かれた十四もの瞳が醜く歪んだ時、戦闘は開始された。
 接近戦にもちこむ寸前、竜の一つの首から炎が吐き出された。イリアのレジストファイアーに加え、前衛のほとんどの者たちが盾を前にして炎を食い止めたため、被害は少ない。
「はぁああ!!」
 真っ先に懐へ潜り込んだファングの一撃に、竜が苦しそうな悲鳴を上げた。
「頼むぜ、レインフォルス!」
「やあああ!!」
 巴がオーラパワーを付与し、フィオレンティナの、破魔の効果を持つデビルスレイヤーが重ねられた。
 宙を切ったスニアの矢が先ほど炎を吐いた竜の頭を狙い打つ。
「あれだけの大きさならば、攻撃も容易に当たるはず。一気に決めましょう!」


「―――――――――――!!!!」


 竜の口が抉じ開けられ、炎と予測していた一行は皮膚を覆うものに、目を見張った。
「‥‥吹雪だと!?」
 盾を持たなかったレインフォルスが吹雪をもろに浴びて膝を付いた。
 意表を付かれている前衛へと三つの首が容赦なく襲い掛かり、次々とその牙を血に染めていった。
「‥‥うそ、こんな時にっ」
 炎と吹雪、度重なるブレスによって重傷を負っていたイリアでは、得意の超越魔法も失敗してしまう。予想以上にブレスの範囲が大きく、後衛にもその吐息が襲い掛かっていたのだ。
「ぬおおおっ!!」
 飛び出したシャルグが巨大なクレイモアを叩き込む。
 傷ついた仲間を庇うように、その前に飛び出したファングがソードボンバーで遠距離から敵を牽制した。
「おい、しっかりしろ!」
「け、渓。‥‥ありがとう」
「はっ!!」

「グウアアアア!!」

 空を駆ける2本の矢に、竜が壮絶な悲鳴を上げた。確実にダメージは蓄積している。
 もう少しで倒せると確信して前衛が傷ついた体を奮い立たせて接近する。

 ゴォォォォオ―――――!!!

 生まれたのは強烈な突風。口から吐き出された風圧は、巨人族の二人さえも吹き飛ばした。
 大木に叩きつけられた衝撃に咽ながらも、イリアが体を起こした。同じように地面から立ち上がろうとしているシャルグ、レインフォルスの姿が正面に見える。
 竜の姿を捉えようと顔を上げて、


 瞬間、世界が炎に輝いた。


 膨大な炎によって生まれた強風がほんの僅かな時間、体を浮き上がらせる。目を開けることすら叶わない状況が収まり、瞳に飛び込んできたのは黒煙と火の色、そして直線状に刻まれた森林の傷跡だった。
「イリアさん、しっかり!」
「‥‥‥‥わた‥‥なに‥‥いった‥‥」
「しゃべらないで!」
 竜の口から放たれたのは炎の閃光。大気の層を貫いてイリアの体を飲み込んだ劫火は森林の一部を抉り取り、それでも止まらなかった炎の渦は後方に控えていた村の一部を破壊していた。
 息も絶え絶えに呻く彼女を導が急いでリカバーをかけていくが、瀕死の傷は簡単に癒えてはくれない。レジストファイアーが無ければ、恐らく死んでいただろう。
(今までの魔物と‥‥格が違う)
 これまでにも数多くのカオスの魔物たちと戦闘してきたが、此れほどの強敵は導の記憶にない。
 完全に隊列を崩されて体制を整えた者たちから、順番に竜の巨体に近づいていく。
 唯一弓を所持していたスニアが真っ先に攻撃を再開した。


「グウオォアアアアアアアアアア!!!!!」


 魔法の力を持った矢が竜の頭に突き刺さる。
 怒りに研ぎ澄まされた殺気が自分に向けられたのに気付き、スニアが回避行動を取ろうとしたが、時既に遅く、


 二つ目の閃光が大地を貫いた。


 葉の先から大地の小石に至るまであらゆる物質が稲妻に晒された。蛇が互いを食らい尽くすように折り重なって空間を進んだ稲妻の光。その速度は人間に避けられるものを遥かに超えていた。
「‥‥あ、くっ‥‥」
 彼女の直線状にいたファング、トールもスニア同様に稲妻を受けて激痛に襲われている。
「‥‥なんて威力だ」
「こいつは、やばいな‥‥」
 一方、二つの白い球体が竜の体に取り込まれていき、吹き出していた血がみるみる内に回復していく。こちらの生命力を吸収しているのだ。
「駄目だわ‥‥この傷では」
 放たれた矢が竜ではなく、虚しくもその目前にあった木々に突き刺さった。重傷の怪我が狙いを狂わせる。
 スニアを除く前衛と中衛の者たちが奮戦する中、後方にいた巴が叫んだ。
「さがれ、オメェラ!!」
「イリア」
「はいっ、倍返しです!」
 導と巴のポーションによって完治した魔術師二人が共に超越魔法を発動させた。
「ウォータボム!」「ライトニングサンダーボルト!」
 森林ごと粉砕する威力を持った、両者の特大魔法が竜の体に叩きつけられる。


「グゥアアアアアアアアアアアア!!」


「いけるよ!」
「勝機、続けぃ!!」
 前面と側面、攻撃した者たちが異様な手ごたえに身を固めた。
「この感触は‥‥」
「‥‥刃が刺さらないだと」
「グウウウウウア!!!」
「皆、もう一回下がって!!」
 ソルフの実で魔力を回復し、超越魔法をもう一度叩きつける。だが、それも全くダメージを与えることが出来ない。
「なに、どうなってるの?」
「‥‥レボリューションだ! 敵の魔法を解除します、それまで持ちこたえて下さい!」
「導さん、どういうことです?」
「今のあいつに一度与えた攻撃は効きません。敵の魔法を解除しない限り、あいつにこれ以上のダメージを与えることは‥‥」
「ぐあっ!!」
「トール殿!!」
「皆さん、下がって。ここは私が‥‥ぐはっ!!」
「ファング!」「ファングさん!!」
 同時に4つもの首が蠢く竜の攻撃は凄まじく、ほとんどの者が重傷か瀕死を負っていた。炎と吹雪、二つの閃光、そして今繰り出される竜の牙。懸命に耐えようとする者たちの盾を食い千切り、レボリューションによって反撃方法を失っていた前衛はひたすら待つしかなかった。有効なのはスニアの矢のみだ。
「おい、まだか導!?」
「もう少し待ってください。敵の魔法抵抗が強すぎて‥‥」
「くそったれ! オーラショット!」


「グウアアアアアア!!!!」


 唯一の脅威と見たスニアへと敵の攻撃が集中する。
 これでもかとばかりに前面に突き出された口から、霧状の何かが吹き出した。
「‥‥くっ‥‥あつっ‥‥!」
「これは‥‥酸!?」
 溶けていく木々や葉を見ながら、トールがその領域から脱出する。
 攻防は続き、4度目のニュートラルマジックが漸く敵のエボリューションを解除した。
「今です!」
「ぃやああ!!!」
「ふんっ!!」
「はぁ!!」
「ぬううぅぅん!!!」
「おらぁ!」
「魔を打ち砕く、石の王の一撃を食らえ!」
 次々と打ち込まれていく攻撃。しかし、既にボロボロの状態から放たれた攻撃は、一部は避けられてしまい、または反撃によって逆に傷を負うなど、止めの一撃がどうしても届かない。
 切り落とした首は4つ。残る3つの内の一つが巨大な口を広げた。
 吹き出したのは麻痺性のブレス。耐え切ったのはファング、シャルグ、巴だ。
「ずらかるぞ、オメェラ! このままじゃ死んじまう!」
「シャルグさんはトールさんを‥‥」
「倒れた者たちをお願い致す!!」
 仲間を抱える二人とは逆に、瀕死に近いシャルグは走り出した。大きな掌に握られていたのは身代わり人形だ。
「ぬおおおおおっ!!」
 人形を砕いたシャルグの体から、一切の傷が消え去った。
「グゥア!!」
「させませんっ!!」
 食い破ろうと迫った竜の牙を、スニアの放った渾身のダブルシューティングが阻んだ。
 目に刺さった矢に怒り震える中、もう一つの牙がシャルグに迫る。 
 襲い掛かってくる竜の頭を両断して更に大きく踏み込んだクレイモアは竜の皮膚を貫き、奥へと確実にめり込んでいた。
「グウアアアアアアアアア!!!」
「ぬぅうぅううううん!!!」
 咆哮するシャルグの切っ先が竜の体を切り裂いていく。竜の絶叫が激しく耳を打ち、力の粋を振り絞って突き出した剣には竜の鮮血が降りかかっていった。
 一際大きな悲鳴が天を突き刺した。
 停止した竜を不審に思ったシャルグが柄を握ったまま、視線を上げる。
 そこには、空を食らうかの如く真上へと伸び上がった竜の首が一つ。
 息絶えた竜の骸が崩れ去るのを前に、激戦を終えたシャルグは漸く緊張から解放されたのだった。




● 決戦の地へ
 ベルトラーゼたちの誘導により無事避難出来ていた村人たちに大きな被害はなかった。焼失した家屋が一つあったが、中に居た男性も軽い火傷で済み、今話しを聞いているところだ。
 重傷や瀕死の傷を負った者たちは別の家で体を休め、軽傷のシャルグとイリアだけがベルトラーゼと共に居合わせていた。
 男性の証言によれば、あの『アルゴ』という山賊はこの村の人々だったという。数々の異変や魔物の襲来に苦しみ、その日の食事にありつけるのかも判らない日々が続いていた。そんな中、大きなローブを羽織った者が現れて金になる仕事があると村人たちに勧めてきた。内容は攫って来た領主を人質に、山賊としてベルトラーゼへ脅迫状を出せというもの。ベルトラーゼを慕ってはいたが、生き抜くためのお金と天秤にかけられては、村人たちに選択の余地はなかった。
「軽い気持ちだったんだ。生きるためには仕方なかったし、捕まっても命の保障はするってあいつが言ってたんだ。でも、捕まったやつらが領主に処刑されて、ここの村のやつらも次々と消えていって、それで俺怖くて‥‥」
「だから、ここにずっと閉じこもっていたんですね」
 イリアの言葉に、男性が力なく頷いた。
 現れた者について何か覚えていないかと聞くと、ローブの下に重苦しい鎧があったこと、フードから覗く兜の下にあった真っ赤な目、そして‥‥。
「‥‥やつか」
 右腕が無かった、その言葉にシャルグは反射的にペテロ山で戦ったあの騎士を思い出していた。
「これで決まったでござるな」
「あいつにはあの時の借りを返してあげないとね」
「若‥‥」
「ルシーナ、どうした?」
「‥‥こちらへ。二人も来るがよい」
 今までに見たことがない表情を浮かべるルシーナ。
 導かれる先に何があるのか、ベルトラーゼには大よそ予想が付いていた。
「これ、は‥‥」
「‥‥領主?」
 そこにあったのは、紛れもない領主の首。白目を剥いて歪んだ表情は苦痛と恐怖を告げている。
「‥‥体はどこに」
「現在捜索しております。恐らく近くにあると思いますので、じきに」
 そうか、とベルトラーゼは格段に驚いた様子も見せなかった。
「でも、どうしてここに」
「挑発であろう。もしも我々が先の魔物に勝てたならば来い、と。どうやらやつらは我々と直接決着をつけることを望んでいる様子」
 柔らかなマントの中に領主の首が包み込まれた。答えることのない主に片膝を付くその姿は、永遠に消えることのない主君への忠義と礼節の証である。
「‥‥この戦いを終わらせる。領地に戻り次第、トールキンに向かう。お二人とも、他の方々にもそう伝えてください」
「承知」「了解です」
 出口を潜り、歩き出すベルトラーゼ。
 明確に掴み取った敵の姿を瞳に浮かべ、その想いは既に決戦の地へと向けられていた。