【アスタリアの竜神】古の誓約

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月07日〜04月12日

リプレイ公開日:2009年04月16日

●オープニング

 嵐の前の静けさだろうか。先ほどまで街中に鳴り響いていた暴動の声が朝露のように消えうせている。遠くに見える恐怖は人を狂気に駆り立てるが、目の前にまで迫ってしまえば、人はただ立ち尽くすのみ。恐怖という名の闇はそれほどの深い。
「避難の状況はどの程度まで完了した?」
「まだ三分の一も‥‥。我々も出来る限りは尽くしておりますが、フロートシップの数が圧倒的に不足しています。竜が接近するまでに半分も避難させることが出来れば良い方でしょう」
 アナトリアの側に控えるのは、鷹の氏族を率いるベルトラーゼ。声には幾ばくの焦燥感が含まれていた。
 城壁から見下ろす景色は今までと何ら変わらないものだ。だが、地平にまで達する広大な平野の遥か先には、山脈から降りてきた竜がゆっくりとこちらに直進してきている。こうしている間にも徐々に、確実に接近してきている。その事実だけで身体が震えるのがわかった。
 ガリュナ暴走の報が齎されたのは数日前。リュブリャナの救助に向かった冒険者たちが任務に失敗し信仰竜『ガリュナ』が完全に暴走したという知らせは、メラートを恐怖に包み込んだ。数週間前の咆哮がすでに引き金となっていたのだろう。恐怖に狂った暴徒たちが街中で暴挙を繰り返し、西方騎馬隊の尽力で何とか収まったものの、多数の死傷者が出た。フロートシップを使い住民たちを中央都市レディンに避難させているが、それも決して順調とはいえない。すでに山脈よりの西方地域、西半分は竜神の暴走によって崩壊し、多くの領民たちが土地と共に息絶えたとの報も入っている。救助隊を出そうにも陸路が地割れや地震によって隆起してしまっているため、騎馬がほとんど使えない。アナトリアには領民を救う手段がなく、ただ拳を握ることしか出来なかった。その無念は計り知れない。
 暗澹たる面持ちはアナトリアだけではない。メラートの簡易キャンプの端には街の住人たちとは異なる風貌の者たちが身を縮ませて死の時をじっと待っていた。前回の依頼で辛うじて救出できた山岳民「リュブリャナ」の生き残りである。助けきれたのは僅か100名足らず。族長である人物も地割れに呑み込まれ、ほとんどの者たちが親兄弟を亡くした悲しみに暮れ、絶望感に打ちひしがれている。
「『ガリュナ様の本当の名を呼べ』。それが族長の遺した最後の言葉だ」
 数人の若者を従えて現れたのはリュブリャナの戦士長アアザム。いつもと変わらず口調は素っ気無いものだが、その中に疲労感とも異なるものが漂っている。
「竜の‥‥名?」
 頷く顔に浮かぶのは、死さえ恐れぬ決意。刃物のように研ぎすまされた目がそれを如実に物語っていた。
 アアザムは族長から聞いていた伝承の概要を話し出した。遥か昔、リュブリャナに一人の赤ん坊が生まれた。その少女は生まれながらにして竜と心を通わせることができる能力を持ち、集落ではなく竜とともに生きた。巫女との時間は竜に多くものを教えた。本来群れることのない竜に、他者との絆というものを教え、人の心の温かさというものを伝えた。生涯の大半を本能に頼って生きる竜にとってそれは幸せと呼べるものだったに違いない。だが、山脈という過酷な環境の中に少女の身体が耐え切れるはずもなく、別れはすぐにやってくる。死を目前にした少女は竜にあるものを与えた。二人が共に生きた証、幾千の時が流れようとも、悠久の時間を生きる竜が儚いこの僅かな時間を忘れることがないようにと。
「‥‥それが名前」
「そうだ。俺も全ての伝承を聞いたわけではないが、我々が呼ぶ『ガリュナ』とは後世の者たちがつけた仮の名前に過ぎない。巫女は、当時山脈中に咲き誇っていた白い花の名を与えた。今ではそのほとんどが他種に押されてしまい、ガリュナ様の寝床の内か雪原の一部にしか咲かないようになってしまっていたらしい」
 だがそれも突如出現した瘴気によって全てが失われてしまった。族長ならばその本当の名を知っていたかもしれないが、それも今となっては知るすべはない。
 メラートにはグラビティードラゴンを迎え撃つべく多数の戦力が集結していた。メラートに所属するゴーレム第一小隊、第二小隊、西方騎馬隊、鷹の氏族、東方艦隊、加えてこの危機を見かねた国王陛下から直々に特命が下り、冒険者たちが使用するフロートシップとは別に、精霊砲を積んだ艦が更に二隻派遣されている。アアザムも作戦には協力の意思を示してくれているが、フロートシップで避難してきた当時の彼は、絶望感というよりも大きな憤怒に駆られていた。若者たちを率いて、例え一人でも竜に戦いを挑むとまで口にしたほどだ。今でこそ落ち着いているが、この戦いで命を捨てる覚悟を決めていることは間違いないだろう。
 軍議は嘗てないほどのはやさで終了してしまっている。避難を一刻も早く進めなければならないということもあったが、作戦といっても取るべき手段は一つしかなかったというのが正直なところだ。ゴーレムや騎馬隊の準備が完了するのは早くても明日の夕刻。竜がメラートに接近する時間とほぼ同時刻。これまでメラートは騎馬隊によって外敵を退けてきた。古い街ということもあり、城壁は形だけのもの。あの竜の攻撃ならば、一撃で粉砕されるだろう。そうなれば、街は竜の攻撃に晒されることになる。当然工房にもその手は及ぶだろう。
「工房員たちの避難は?」
「ギル工房長以下、全ての者たちが作戦への参加を希望しております。自分たちの工房を守りたいのでしょう」
「説得は、無理だろうな‥‥」
 アナトリアもギルとは顔見知りの仲だ。梃子でも動かないことは重々承知している。
「仕方あるまい。我々は出来る最善を尽くすのみだ。ここメラートで竜を迎え撃つ。ゴーレム隊を前に、騎馬隊は側面を突く。名を聞く役目はアアザム、そして冒険者たちに託すしかなかろうな。ベルトラーゼら鷹の氏族は街の守備を頼む。‥‥万が一のときは」
「承知しております」
 万が一とは言ったアナトリアだが、その真意が分からないベルトラーゼではない。ほぼ間違いなく、竜はメラートに進入するだろう。それを防ぐだけの戦力はメラートには、スコット領にはない。市街地が破壊されるだけならまだいいが、避難所と化している工房にまで竜の手が及べば、最悪の事態となる。局地戦となれば、騎馬隊よりも小隊単位で動く『鷹の氏族』が優位。竜から工房を守るのが『鷹の氏族』の役目だが、どこまで竜の通用するか。
(この戦い‥‥果たして戦いと呼べるのだろうか)
 得てして妙な言い方だが、この状況を確実に捉えている言葉だ。
 これはすでに戦いなどいうものではない。この世界で『神』とも崇められている竜の脅威から、どれだけ人々を守ることが出来るのか、そして生き残ることが出来るのか、天災を相手するかのような一方的な戦い。
 目を瞑れば、暗闇が広がってしまう。胸の鼓動に従って己の内に潜む恐怖が刻一刻と膨れ上がっていく、そんな気がした。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●サポート参加者

エレアノール・プランタジネット(ea2361)/ 木下 茜(eb5817)/ リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)/ アルファ・ベーテフィル(eb7851

●リプレイ本文

●決意
 ガリュナ襲来まで残り一時間をきっていた。メラートに到着した冒険者たちは行動を開始し、ある者は工房である者は兵舎でそれぞれやるべきことに励んでいた。
 工房では導蛍石(eb9949)を初め数名の冒険者たちが工房に集まり、竜の名を示すだろう花を描いた旗の作成が行われていた。イリアによれば、花の名は『雪の雫(スノードロップ)』。現在はグラン・バク(ea5229)がリンド以下数名の工房員たち、そしてアアザム以下リュブリャナの戦士たちと旗の仕上げに励んでいるらしく、出撃が遅れるとの報告がもたらされた。戦力が割かれることは痛いが、それほどの価値が旗にはあるため全員渋々承諾した。
「ベアトリーセ、ここにいたんだ! 探しちゃったよ」
「ロンロンちゃん、どうかしたの?」
「ドラグーンの説明。前もってしっかりやっておかないと」
 『お互い頑張ろうね!』と、がっしり掴み合った手は力強い。ドラグーンの搭乗経験があるフィオレンティナが今回搭乗予定のベアトリーセ・メーベルト(ec1201)に経験を踏まえた説明を行っていく。竜の鱗を突き破るとなれば、攻撃手段は限られてくる。それだけにドラグーンへの期待は大きい。
「ベルトラーゼも元気だして。私たちに任せておいて! 風当たりが強くても、その風を味方にするのがグライダーの鉄則! ベルトラーゼも鷹を名乗るんだったらそれくらいの気概を見せてくれないと」
 なんてね、とお茶らけて見せるフィオレンティナに、側の二人が思わず吹き出してしまった。
「ロニアさんの方はどうだった? 随分思いつめた顔してたけど」
 ベアトリーセの顔が曇り、視線が落とされる。心配した彼女もロニアの元に向かったのだが、声を掛けられる雰囲気ではなかった。近づいた彼女から、まるで逃げるように立ち去っていく姿は普段の彼からは考えられないもので何かに悩んでいることは容易に察しがついた。
「誘導ポイントにおびき寄せた後は、ロニアさんとワーズさんが率いるゴーレム小隊も前線に立つんだよね」
 今回の作戦は冒険者二部隊が同時に行動することになる。それだけに両者の認識の誤差は禁物。工房とここ兵舎をしきりに往復したクライフ・デニーロ(ea2606)のおかげで修正も完了している。その意味で彼の活躍は大きかった。
「俺も空から牽制しますが、相手は竜です。果たしてどこまでやれるか」
「俺に出来るのは囮くらいだ。誘導ポイントでそうは動けないだろうな」
 ファング・ダイモス(ea7482)とレインフォルス・フォルナード(ea7641)。二人ともここに集まった冒険者の中でも1、2を争うほどの戦士だが、それでもこの戦いに対する緊張感はぬぐえない。前線に立つゴーレム小隊は彼らよりもそれが大きいことだろう。
「ロニアさんにも言いましたが、決して死に急がないで下さい。死に急ぐことと命を掛けることは違うのですから」
 クライフの真摯な忠告はベルトラーゼも心の中で思っていたことだ。返された言葉は同様のもので、クライフもまた了解の意を伝えた。
「死ぬな、とは言いません。けれど命の賭け時を間違わないでください。この作戦の終了後は激減した戦力でスコット領に住まう民のため戦い抜かねばならないのです。攻撃が効かないときに撤退するのは、恥であるかもしれませんが民のためでもあるのですから」
 スニア・ロランド(ea5929)の指摘は、実に正鵠を射ていた。アスタリアの問題の消化が、スコット領の平穏には直結しない。これは長きに渡る動乱の一歩に過ぎず、それを証明するかのようにカオスの地からは瘴気が徐々に、しかし確かに迫ってきている。南方地域にはクシャル・ゲリボル将軍率いるバの軍勢が虎視眈々と北上の機会を狙っており、太古の森の最深部『デッド・ポイント』では共食いなる異常事態が確認されている。今後も戦乱が続くは子供にも理解できることだった。
「‥‥貴方はなぜ戦うのですか?」
 突然の質問はベルトラーゼから。
「騎士である以上、この国を守護する責務が私たちにはある。しかし冒険者である貴方がたにそれはない」
「責務などではありませんよ。この国に住まう、罪無き人々を助けること。それは責務ではなく、私の意志です」
 予想通りの答えに、ベルトラーゼの頬が緩む。だがそれは同意を意味してはいなかった。
「この国ではなく、この国に住まう人々を助けること、それが私の願いであり、進むべき道であると私はこれまで信じてきました。ですが」
「民を守ることに、疑念を抱いていると?」
「‥‥それだけでいいのかということです。厳密にいえば、リュブリャナの民はメイの民ではなく、私たちが守る義務はありません。しかし私は彼らを助けたいと思う。こうして共に日々を過ごし、言葉を交わし、この広い世界で出会えた奇跡を大事にしたい」
 幾千の思いがある。願いがある。誰もが幸せを望む一方、それを破壊しようとする存在がある。それは別の存在ではなく、時に同一でもある。誰かの幸せを破壊してでも叶えたい願いを持つ時、争いが起きてしまう。国や種族は違えど、人に共通していえる現象だ。
 ベルトラーゼの真意がスニアにはある程度伝わってきた。彼は迷っているのだ。助けるべきものを、自分がどこに向かうべきなのかを。
「まずはこの戦を乗り切ることだけを考えましょう。答えを見つけるのはそれからでも遅くはない」
「そうそう、戦前にそんな暗い顔してんじゃねーよ!」
 努めて大声を上げた巴渓(ea0167)が二人の間に割って入った。どんな局面にも前を向くことを忘れない、それこそが彼女の強さ。今冒険者たちに必要なのはこれなのかもしれない。
 やがてガリュナ襲来の報がもたらされ、冒険者たちは出陣することになった。都市防衛隊として城壁に待機したベルトラーゼに見送られつつ、彼らは竜との戦場に赴くのだった。



●空の戦、地上戦へ
 竜の目から都市全体を隠しきるまでに要したミストフィールドの回数は十回以上。クリシュナの補助があったとはいえ、それを無事に終えることができたのはイリアの実力といわざるを得ないが、問題はその後であった。
 ガリュナ襲来の報を受けて冒険者たちは二部隊に分かれて行動を開始した。彼らが立てた作戦は都市を霧で隠しつつ、フロートシップを初めとする囮の部隊がガリュナをあるポイントまで誘導する。そこで予め待機している伏兵部隊が包囲、徐々にダメージを与えて竜を正気に戻そうというものであった。
 作戦はドラグーンの投入によって一先ずの成功を見たが、被害は大きいものだった。ランドセルを使用して囮を試みた伊藤とシファは誘導の途中でガリュナに追いつかれ、それぞれ半壊してしまっている。初めての操作で扱えるほど容易な装置でなかったこと、そしてシファにとっても訓練の途中段階であることと囮部隊の、特に空の援護が少なかったことが災いした。完全に破壊される寸前でスニアが牽制してくれたおかげで難を逃れたが、現在両騎体とも工房に戻されて修復活動が行われているところだ。
 戦場は地上へと移り、そこでも冒険者たちは苦戦を強いられていた。
 三十メートル近い竜を包囲する人間たち。例えるならばそれは天に聳える山に小さな石飛礫がぶつかるようなもの。ゴーレム小隊二つを合わせれば、十数騎の騎体が集まっていることになる。空には高速艦ヤーン一隻と大型フロートシップが三隻、地上では西方騎馬隊が一撃離脱の援護攻撃を行ってくれる。だが、竜の発する地震は冒険者たちの行動をキャンセルさせ、攻撃段階にある身体を震わせ大きく命中率を削いでしまう。このような状況ではいかなる技量も発揮できるわけがなかった。それでも四方八方からの攻撃によって竜の行動力を削いでいったのは彼らの底力というものなのだろう。空中を駆けるファングが隙を狙って得物を振るい、ゴーレムたちが力任せに武器を叩きつける。振り回された尾が大地ごと騎馬隊を吹き飛ばし、それでも繰り返し突撃しては冒険者のために隙を作り出す。地上と空、両方からの攻撃によってガリュナの注意は目に見えるものにのみ捕らわれているように見えた。
「お願い、早く正気に戻って!」
 戦乙女の名を冠する『ヴァルキュリア』を操ってフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)が大きく騎体の腕を振り上げた。そこから放たれるのは大木すらも真っ二つにする威力を持つ真空の刃。合わせて空から放たれた精霊砲の連射がガリュナの視界を煙に染めるのを確認して、高速艦ヤーンのカタパルトからベアトリーセの操るドラグーンが飛び出した。
 全ての攻撃は囮。竜の鱗を貫くともなれば、それ相応の一撃が必要となる。それを確実に当てるためには、ぎりぎりまで引き付ける必要がある、そう考えてガリュナの目が届かない艦内に待機していたのだ。
 槍を突き出したドラグーンが煙を貫き、雷の如く地上へと落下した。



●竜神の怒り
 手応えあり、と拳を握ったのは一瞬に過ぎなかった。矛の先に食い込んでいたものが竜ではなく、大地であることに気づいたのは煙が晴れた後のこと。
 頭上からの奇襲を避けるなど、いかに竜とはいえ容易ではないはず。だとするならば答えは一つしかない。
(‥‥まさか、気づかれていた?)
 焦りと驚愕に蝕まれる頭をフル回転させて思考を巡らせる。竜はどこに、狙うならばどこを‥‥。
 鼓膜が破れるような炸裂音が響いたかと思うと、包囲網の後方から悲鳴が上がった。騎馬隊が四散し、主人を失った馬たちが足元を駆け抜けていく。足元の揺らぎは竜に共鳴した大地の震動であることは察しがついた。
 アースダイブによって地面に潜った竜神は後方に控えていた弓隊の真ん中に出現していた。突然の出来事に反応できなかった門見のオルトロスが胴体を咥えられたまま持ち上げられ、足元には踏み潰された数騎のモナルコスが転がっている。
「門見さん、‥‥くっ!?」
 余震としては大きすぎる地震が大地を揺るがした。空気を通じて感じられるほどの震動に上空のクライフが風信器を取り、すぐに頬が強張ることになる。
 この地震がブレスの前兆であることは明白。包囲網から抜け出た竜の位置は円陣を組んでいる地上部隊をまとめて吹き飛ばすのには絶好のポイントだ。ここでブレスを放たれれば部隊は壊滅する。それゆえ精霊砲による牽制を指示しようとしたのだが、竜がいる場所は艦の丁度真下。これでは狙撃することは不可能。
(最初からこれを狙って‥‥!?)


「―――――――――――――――――!!!」


 僅かに天空を仰いで、透明な重力の波が大地に放たれた。
 空に浮かぶここにまで余波が届いてしまうほどの一撃。地上部隊の全滅という最悪のシナリオに魂が抜けかけたが、いち早く行動していたワーズの指揮の下、二小隊が盾となりブレスを凌いでくれている。
「艦長今のうち‥‥に‥‥」
「‥‥おい、ふざけんなよ‥‥」
 喜びも束の間、眼下に広がった光景に上空の二人は再び絶望の底に叩き落されてしまう。
 意識を剥ぎ取ってしまいそうな震動と竜の二度目の咆哮。それは再び二度目のブレスの前兆‥‥。
 先ほど吐かれたばかりのブレスで地上部隊はまだ身動きが取れない。それどころかワーズ隊のほとんどはすでに亀裂が入り、崩壊寸前だ。
 あまりに早すぎる二度目のブレス。全く予期していなかったその攻撃は地上部隊の多くを飲み込み、そのほとんどを吹き飛ばしたのだった。
『――――て、――――応―――』
 半ば放心していたクライフに小さな声が届いた。音源は手元の風信器から。
「イリアさん?」
『――早く逃げて!!』
 身体全体が大きく跳ねたのはほぼ同時。
「な、何だぁ!?」
「‥‥!? 巴さん、捕まっ―――」


「ヤ、ヤーン撃沈!!」
「続いて二番艦もドラゴンの攻撃を受けています! 艦長、このままでは!」
「‥‥‥‥」
 フロートシップ二番艦の艦長は船員たちの報告に何も答えることなく、呆然と立ち尽くしていた。
 本来なら一秒でも早く操舵手へ面舵の指示を出すべき状況だが、ブリッジの窓に映る光景が頭の思考力を完全に奪い去っていた。
 一番艦の側面にしがみ付き、ブリッジに頭を潜り込ませた竜はそのままブレスを吐き出すと内部から艦を粉砕した。圧縮され粉微塵にされた船の残骸が地上に降っていく。乗り込んでいた船員たちがその残骸の中を悲鳴と共に落下していくのも見えた。
「か、艦長!!」
「‥‥‥‥あ」
 竜の顎が開かれ、その矛先がこちらに向いていると悟った数秒後。
 ブリッジに居合わせていたクルーたちの意識は消滅した。


 浮かび上がったドラグーンが竜目掛けて一直線に飛翔する。
(これ以上は‥‥!)
 竜の頭脳を甘くみていた。ここにおびき寄せる際にドラグーンの力を見せてしまったことが竜に警戒を抱かせたのだろう。先ほどの戦艦の真下に現れたことやブレスを温存していたことから考えても、このドラゴンは暴走しているとはいえ相当の知能を残している。アースダイブの絶妙なタイミングといい、確実にブレスで一網打尽にするためにはドラグーンという脅威を取り除く必要がある。それゆえ先に攻撃を仕掛けてくるのを待っていたのだ。
 フロートシップにしがみ付いたまま、吐き出される重力の波を巧みによけて得物を振るう。鋼の鱗を更に石の鎧が覆ったことで防御力を増しているため刃が届かない。墜落していく船を支えようにも、張り付いている竜をどうにかしない限りそれも叶わない。
(それも計算のうちだというの‥‥)
 巨大な尾の一撃を回避し、一気に距離をつめたところで矛先を突き出した。だが、石を貫き鱗に突き刺さったはずのそれは後一歩のところで止まって下にずれてしまう。ローリンググラビティーによって動きを封じられた一瞬を狙い薙がれた尾がドラグーンの胴体にめり込み、そのまま地面へと叩き落した。
「まだ、まだ動、‥‥‥!?」
 互いに竜の名を冠する両者だが、力の差は計り知れないものだった。グライダーなどの援護があったならばともかく、いかにドラグーンといえど単騎ではほとんど歯が立たなかった。地面に激突するのと同時に圧し掛かった竜の数十トンの重みがドラグーンの装甲を圧迫していく。制御胞の厚い壁に守られたベアトリーセに、その凄まじい圧力が届くのも時間の問題に過ぎない。


「ごほ、ごほっ! おい、おいクライフ、生きてっか!?」
「‥‥‥‥ん、んん」
 暴発した精霊砲の火が真っ黒な煙を生んでいた。墜落したヤーンの瓦礫の中で、巴とクライフは奇跡的に命を繋ぎ止めていた。
「お前がフェアリーダストを持っていたおかげで助かったぜ。普通ならお陀仏だったな」
 ポーションを口にしながら上体を起こせば竜の雄叫びが聞こえてくる。まだ戦いは終わっていない。
「‥‥誰‥‥か、いる、か‥‥?」
 微かな声の主はフリゲート艦長だった。炎と瓦礫に挟まれ、地面に横たえている姿に巴がすぐさま瓦礫をどかしにかかる。
「わし‥‥は、いい」
「死にかけで何言ってやがる!」
「それより、竜を‥‥」
 ドラグーンを真下に捕らえたガリュナはそれを盾や人質としてファング、フィオレンティナ、スニア、門見、導と攻防を繰り広げていた。5人とも熟練の戦士だが、圧倒的な不利であることは一目瞭然だ。
「この状況で私たちに打てる手は‥‥」
 ゴーレム小隊が健在の状態ならばいざ知らず、現状で二人が出て行ってもいい的になるだけ。逆に竜に利用されかねない。
「‥‥精霊、砲、を。まだ活きて‥‥」
 二人はその言葉を受けてすぐさま船首に向かったが、頭から墜落した精霊砲は木っ端微塵になっていた。これではとても使い物に‥‥。
 諦めかけたクライフの目に映ったのは、息絶えた砲手の手元の風信器。
「誰かいますか!? 応答を!」
 呼びかける先は同じように墜落したフロートシップ一番艦。そこにはイリアとクリシュナがいたはず。もしかしたらと、呼びかけ続けること数分。
『―――――さ、――――――ちら―――』
 途切れ途切れの音の中に混じって聞こえてきたのは確かな声。
『クライ――、生きてた――、こっちは――』
「爆煙に紛れてベアトリーセさんを救出しますから、竜に向かって精霊砲をお願いします! 門見さんとフィオレンティナさんには私が連絡を取りますから、早く!」
『―――なに、――――聞こえ―――』
 破損した風信器ではこれが限界だった。全てが伝わったかはわからないが、単語が届いていればきっとこちらの意図を察してくれるはず。
「門見さんとフィオレンティナさんに連絡を取ります。巴さんは」
「生き残ってるやつらを集めたら、すぐに戦ってる連中の援護に向かう。おら、お前もこいつでしっかり回復しとけよ!」
 投げ渡されたポーションを受け取ると、クライフは力強くうなずいた。





●鷹の名
 冒険者たちが出陣して、どれほどの時間が流れただろうか。出陣を見送った時と変わらぬ姿勢のまま、鞘の切っ先を足元の石畳に押し付けて、押し返してくる柄の先を両の掌で押さえ込む。手の甲に突き抜ける圧迫感も霧の向こうを静観することだけに意識を費やしているベルトラーゼには届かなかった。
 十数回目となる、地震。
「若!」「坊ちゃん!」
 幼少の頃より聞き及んできた声にも振り向かず、膝を折るルシーナとアルドバが急かすように声を荒らげた。
「度重なる地震で市街地が全壊! 城壁のあちこちにも亀裂が入り、このまま地震が続けば竜の襲来を待つまでもなく都市が崩壊してしまいます!」
「‥‥戦況は?」
「大型艦一番から三番にいたるまで墜落、高速艦ヤーンも機関部を失い地上に落下しております!」
「空軍はほぼ全滅、この地震により騎馬隊も動きが取れず四散、ゴーレム二小隊も大半が半壊、まともに動けるのはドラグーン、ヴァルキュリア、その他ワーズ、ロニア騎をあわせても僅か4騎!」
「我らの部隊の中からも最早一刻の猶予もないとの声が多くあがっております。若、ご決断を!」
 ばたばたと近づいてくるのは『鷹の氏族』に所属する隊長格の者たち。城壁から一向に動く気配を見せないベルトラーゼに直談判をしにやってきたのだ。
「‥‥竜を殺せと、そう言うのか?」
「この都市を守るためでございます! 決断を誤れば、ここにいる数千の民たちの命が失われます!」
「左様、この霧もいつまでもつか‥‥」
 霧が一瞬揺らいだかと思うと、すぐ隣の城壁の一部が瓦解した。霧の一角が吹き飛び、押しつぶされた石の城壁ががらがらと音を立てて崩れていく。それは竜のブレスに間違いなく、霧のおかげで姿こそ見えないものの、すぐそこにまでドラゴンが迫っている証だった。
 竜に臆したのかと批判めいた言葉も隊長格の者たちからは上がり始めていた。にもかかわらず、ベルトラーゼは終始無言。
「‥‥民の護衛は守備隊に任せ、鷹の氏族を全てこの城壁に集結させろ」
「は、はっ!」
「すぐに小隊を連れて戻って参れ! 相手は竜。一瞬の油断が死に‥‥」
「勘違いするな」
 鼓舞しようとしていたアルドバを遮ったのはベルトラーゼの声。
「皆にはこの戦をここで見届けてもらう。出陣はない」
「な、なにを‥‥」
「俺たちじゃ役不足だってのか!?」
「竜相手にびびってんじゃねぇだろうな、隊長さんよ!」
「ここで戦わずしていつ戦うのです!?」
「きさっ‥‥」「おぬ‥‥」

「静まれ!!」

 再燃した批判往々の波をかき消したのは、息子を非難されたアルドバでもルシーナでもなかった。
 鷹の氏族に集まった者たちはくせこそあるものの、いずれも勇猛な者ばかり。その意気を一言でかき消すほどの覇気がそこにはあった。
「鷹とは大空の覇者。何者にも屈さず、どんな力に束縛されることもなく、自らの翼で己の道を駆け抜ける存在」
 未だ振り向かぬまま、鷹の長は続ける。
「鷹の氏族とは、戦を共にした絆で結ばれる者たち。本来孤独であるはずの翼たちが、その絆に導かれて共に大空を駆ける。ゆえに『戦の絆で結ばれし鷹たち(トゥグリル・クラン)』。集結した鷹たちに越えられぬものはない。彼らはこれまでに幾つもの戦いに身を投じ、そして戦い抜いてきた。一つ一つの星は小さくとも、集まった輝きは10にも20にも膨れ上がる。それこそが彼らの、人の力。彼らは‥‥必ず勝つ」
 言い渡された言葉がその場にいる者たちに染み込んでいく。呆然と立ち尽くす彼らに鷹の如き目を向けて長は告げた。
「この先私とともに道を歩むのならば、その目でこの戦を見届けろ。それが出来ない者に、鷹の名を背負う資格はない」
 一際大きな咆哮が大地を震撼させた。
 消滅した霧の向こう、白煙を鼻孔から吐き出してゆっくりとこちらを凝視するのは紛れもない竜神『ガリュナ』。
 悲鳴にも似た声が上がり始める中、ベルトラーゼは変わらずその場に立ち続ける。
 その瞳に、迷いはなかった。



●流星
 数騎の騎馬を従えて城門に向かう影があった。馬の蹄を押しつぶすように圧し掛かってくる咆哮が竜との距離を教えてくれる。都市の状況を見ても、もう時間が残されていないことは明白だった。
 抱えるのは大きな白い布。共に出陣したリュブリャナの戦士たちを空に引き連れながら、ようやく旗を完成させたグランが城門を抜け、都市外へと躍り出た。そこに広がっていた光景は荒れ狂う竜と大地に転がるゴーレム第一小隊、そして竜に決死の攻撃を仕掛ける冒険者たち。クライフ、巴、クリシュナ、イリアの奇策によって無事にドラグーンを救出した彼らだったが、戦況が不利なのは変わっていない。
 まだ遅くはないことを知ったグランが馬の綱を引こうとすると大地が激震した。その規模はこれまでにないほどのもの。大地に亀裂を走らせ、城壁を崩し、馬たちを狂気に走らせる咆哮はこれまで以上のブレスが来る前兆でもある。
 他の冒険者たちがグランに気づき、ブレスの阻止に走るものの、これほどの地震の中ではまともな行動が取れるはずがない。立つことさえままならないグランにもよける術がなかった。
 無情にも放たれた、重力の波。
 庇うように竜の口に飛び込んだヴァルキュリアを消滅させ、進路上にあったゴーレムの腕をも粉砕して大地に大きな溝を作りながらまっすぐに向かってくるブレスにグランは反射的に目を瞑っていた。
 ‥‥目を開けたのはそれから数十秒後のこと。
「‥‥‥‥生きている?」
 ゆっくりと開けられた目に飛び込んできたのは竜との間に差し込まれていたオルトロスの盾。ぎりぎりで飛び込んだワーズのものだった。
 ‥‥悲しむべきことは、ブレスの後に残されていたのがオルトロスの盾と腕だけだったということ。
「‥‥っ」
 立ち上がろうとした身体を遮ったのはまたもや地震であった。牽制に入る暇もなく、近づく時間もない。
 変わらず何もできぬまま、ここで終わるのかと絶望に打ちひしがれるグランの目に一筋の光が飛び込んだ。
「‥‥‥‥?」
 夕暮れが終わりつつある今、空は暗闇と赤に分断されていた。地平の果てに追いやられた紅の空が窮屈そうにこちらを見つめ、群青色の空から砂金のように小さく、でも力強い光が地上へと幾千も降り注いでいる。血のように赤い空を背景に、四肢を地面に広げて力漲る口を振り下ろそうとする竜。その脅威を打ち払うように、二色の空を真横に貫いた一条の光。例えるなら、流星。
 それはランドセルを積んだ伊藤騎だった。霧を利用して接近していた彼は都市を吹き飛ばしただろうブレスが放たれる瞬間、ランドセル最大出力で突撃し騎体ごと体当たりしたのだ。
 竜が激痛に苦しめられることで地震が止まっていた。ランドセルを使い背中に乗ったシファが鎖で動きを封じ、これを最後の好機と見た冒険者たちが一様に竜へと向かっていく。
 竜の攻撃は変わらず凄まじかった。だが、冒険者たちは怯むことなく向かっていった。伊藤が命を賭けて見せてくれた一筋の流星。それは心折れかけていた心に再び力を与えてくれていた。
 巴の拳がうなり、スニアの矢が小さな岩と鱗の隙間を掻い潜って竜の皮膚に突き刺さる。悲鳴を上げる竜が巨大な尾を振り回せば、ベアトリーセが損傷した騎体で受け止めた。
 ドラグーンが槍を掲げ、もげた翼で鳥の如く飛翔する。その姿はまるで本物の竜。見えない翼を背に控え、縦横無尽に飛び回る動きは竜の爪を翻弄し、閃光の如き槍さばきは的確に竜の鱗をそぎ落としていった。
 レインフォルスが巧みに攻撃をかわし、奥に飛び込もうと注意を引けば、クライフが唱えた水の魔法が竜の手足を封じ込む。数十メートルの空から頭上へと降り注ぐ咆哮は、ジ・アースでいう神々の怒り。天を相手していることを実感させる唸り声にさえ、彼らは怯むことはない。孤独に泣き叫ぶ竜の目を覚ますべく、冒険者たちは己が持てる全ての力を竜へと注いでいた。
「ゥオオ――――――――――――――――――――――!!!!」
 ブレスの準備動作に入ったのを見て、クライフがアイスコフィンを発動させる。竜の身体が一瞬にして氷に覆われていくが、巨大すぎる体躯の全てを覆うことはできていない。完全な阻止はできなかったものの、空の導とファングが接近するだけの時間を稼ぐには十分だった。
 強引に氷を砕いた竜の顎が開かれ、
「ファングさん!!」
 スピードを落としたファングの前に導が躍り出るとホーリーフィールドを展開した。途端に吐き出されたブレスが結界ごと導を吹き飛ばすが、その間にファングは竜の頭の上に接近していた。
 強烈な一撃。竜神の魂さえも破壊してしまいそうな一撃が竜の脳天を砕いた。
 膨大な耐久力でそれに耐えた竜が一鳴きすると周辺の地面が隆起した。ファングの視界から竜が消失し、矢のように飛来してくる岩飛礫の雨をソニックブームでまとめて粉砕する。
「行って!!」
 サイコキネシスによってファングの背後に迫っていた巨石がイリアのウォーターボムによって粉砕された。飛び散る岩の粉と水しぶき、フロートシップさえ破壊してしまいそうな岩石の崩壊は周辺に新たな飛礫の雨を降らせ、その場にいた者たちの目を暗闇の中に引き込んでしまう。
「グゥゥァアアアアアアアアア!!!!」
「ぐ、ぅぅ!!」
 視界を遮っていた土の塊が砕けたかと思うと、その向こうから竜の爪が飛び出してきた。反射的に回避できたのはさすがというべきだが、その大きさからは想像もできない行動力を持った竜は勢いに乗って前進、竜の両顎がファングの胴体を捕えた。臓腑にまで達する竜神の牙がファングの身体を噛み千切ろうと食い込んでいく。
 防御ではなく攻撃。渾身の力を振り絞って放たれた一撃が竜の頭を再度吹き飛ばし、
「‥‥一撃に、賭ける!」
 グランの真空波が竜の身体を切り裂き、戦いは終結した。







●目覚め、眠る門
「おはよう、大き者。といっても今は夕方だが」
 隆起し、陥没し、崩壊した大地は長い時間を経てようやく静まっていた。
 幾つもの矢に身を討たれ、爆風に身を焦がされながらも多くの犠牲を出して手傷を負わせた冒険者たちとは全く異なり、竜は平然とそこに立っていた。
 頭に伝わってきたのは竜からの思念だ。
「グラン・バクという。名を呼んでも構わないか?」
(‥‥わが名を知る者か?)
「スノードロップ。それが貴方の名だろう?」
 返ってきた返事は、否。
(我が名は『木漏れ日に咲く雪花(シャーリア)』。汝が唱えし名は我が人間の巫女に授けし名前。後方に描かれし花は我が名の源に過ぎぬ)
 花の名前が竜の名と思った冒険者たちだったが、正確にはそれを愛した少女がそれになぞらえて作ったものが竜の名であった。族長から伝承の全てを聞いたわけではなかった彼らが間違えしまうのも仕方のないことではあったが、竜を正気に戻す前に名前を知るには族長から伝承を聞いておくか、竜との戦闘中に何かしらの方法で呼びかけ聞き出すしかなかったのだ。
「ではシャーリア、私はこちらと、そちらの花を繋げに来た。‥‥ん、意味が判らないか‥‥では、こういったほうがいいか」
 グランは後方に旗を翻しながら、言う。
「貴殿と友達になりに来たんだ」
 荒れ果てた大地の真ん中でグランが静かに微笑んだ。





 この後、正気に戻った竜神ガリュナは一人山脈へと戻っていった。
 罪なき人間の命を奪ってしまったことに対する懺悔の念が竜にあったのかはわからない。はっきりいえることは争いを好まないこの竜が再び安息の時間を求めていたということだけである。
 生き残ったリュブリャナの民は山脈が落ち着きを取り戻すまでメラートで生活することになった。ゴーレム二小隊の被害は甚大で、隊員の半数が重傷、残りの半数が第一小隊長ワーズ・アンドラスと同じ瀕死の怪我を負い、長期の療養に入ることになっている。

『大地に混沌の力が満ち始めている。いずれ西の果てより異界のものどもがやってこよう。汝らの土地に眠る門を開かせることなかれ』

 最後に竜神が残した警告は予言ともいえるもの。
 これによりアスタリアの動乱は終結を迎える。メラートの防衛に成功したスコット軍であるが、それによってそがれた戦力は計り知れない。
 今後やってくる脅威に対抗する力は、果たして‥‥。