【スコット領侵略】鷹と鷲(前) 第一小隊

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月20日〜09月25日

リプレイ公開日:2008年09月29日

●オープニング

 今から遡ること3週間前。
 夜も終わり、空が段々と明るくなってきた頃の話だ。
「暇だなぁ」
「‥‥だな」
 スコット領南部、南方防衛都市ラケダイモン。それより更に南に設けられた砦外壁上での会話。会話の主は見張りの任を仰せ付かった一兵卒二人組みだ。
 南方地域に築かれた砦の中では、最南端にあるリュクルゴス砦周辺部の砦群を除いて最も南にある、分かりやすくいえばバとの戦線に一番近い砦なのだが、緊張感の欠片もない。南方指揮官ベイレル・アガが平野での戦を好むことから、砦は補給路を確保するための目印に過ぎなくなっている。現在、彼の率いる傭兵師団がこの砦内部で補給を行っているが、二日もすればすぐに出撃するに違いない、そうすれば、この砦が敵の襲撃を受ける確率は皆無。
「‥‥ん?」
 ここまでくればだらけの極み。ごろんっと寝っ転がる相棒を横目に、大地の彼方をじっと見ていた時だ。
 白ける空を裂く一つの影が見える。それは徐々にではあるが、こちらへと近づいてきていた。
 その正体に気付き、相棒の頭を足で小突く。
「おい、起きろ!!」
「ん〜、何だよぉ」
「いいから起きろ。すぐに隊長を呼んで来い!」
「‥‥おい、命令口調とは何様だ、こらぁ」
 ごしごしと目を擦りながら起き上がる相棒兵士。
 だが、もう一人の兵士が言った次の言葉は、掛かっていた靄を一瞬にして消滅させた。
「敵兵だ!!」
 がばっと、外壁の端から飛び降りる勢いで身を乗り出す。
 目覚めてから初めて飛び込んできたのは、馬上に跨る威風堂々とした老騎士の姿だった。
「スコット領方面軍、第二師団副将ユリパルス・オールド!
 クシャル・ゲリボル将軍より命を受けて参った! 速やかに開門されたし!!」






 使者であるユリパルスはベイレルと面会。クシャルがモルピュイの平野での会戦を望んでいる旨を伝えた。
 このバによる宣戦布告を、ベイレルは承諾。
 ただちに傭兵師団へと出撃の命が出され、オクシアナ山岳以北のスコット領南部軍からも援軍が派遣されることになった。
 そして時は現在、モルピュイ平野の北端と南端に、メイとバの軍が集結する。
 メイ軍の中核を成すのは南方指揮官ベイレル・アガ率いる傭兵師団。
援軍として駆けつけた、アナトリア・ベグルベキ率いる西方騎馬大隊、マリク・コラン率いる魔術師中隊、西方メラート所属ゴーレム第一、第二小隊が外殻を成している。
 一方、バの中核を成すのはバの十将軍クシャル・ゲリボル率いるバでも有数の騎兵団『黒き鷲』とフェルンデス・リッケンバッカーを将とする重装隊『血飛沫の鋼鎧』。
 それに20騎ものゴーレムを有すると噂されるゴーレム大隊が加わることになる。
 南方遠征から帰還したベルトラーゼも、一時の休息を経てアナトリア率いる西方騎馬隊に追従。
 決戦の時が刻一刻と近づいていた。



 


 夜という現象は、精霊によるものとされている。ここアトランティスではそうだ。
 地に満ちる松明の炎が、闇のカーテンを破り去る。
 炎と夜。赤と闇。二つの境目では、人には見えざる途轍もない何かが争っているのだと、ある者はいう。
 そんな幻想の真下でも、人間という種族が戦に望むべく陣を敷いている。
 雲ひとつない、夜の出来事だ。

 本陣中央テントでは作戦会議が行われていた。
 席につくのは各隊の長と、その補佐や副長。
 長机の上に、だるそうな形相で右踵を置いているのは最大の権限を持つ指揮官故ではない。ベイレル・アガという男の気性故に他ならない。
「‥‥‥‥‥いい加減眠りたいんだが」
 厚顔でそうぬかしたベイレルに、アナトリアが罵声を浴びせようとしてぐっと奥歯をかみ締めた。口で言って分かるのなら、最初からそうしている。
「戦は娯楽ではない。傭兵である貴殿もそれは承知であろう」
「だから傭兵どもを前に出せと言っている。お前らがしゃしゃり出てくると、邪魔になるだけなんでな」
 戦場はモルピュイ平野という広大な平野。姿を隠せる丘や山などは一切なく、正面衝突という言葉のためにあるようなところだ。今回の会戦も両軍による正面からの激突、小さな策はあるだろうが、純粋な『力』が勝敗を決すると言える。
 それに際し、意見が二つに割れていた。西方騎馬隊と傭兵師団の両隊により戦線を形成すべきだと主張するアナトリアと、傭兵師団のみが戦線を形成して他は援護に当たれと述べるベイレル。犬猿の仲であることは分かっていたが、こうも対立するとはベルトラーゼも意外だった。
いつまで経っても終決の見えない討論に、中立の立場にあったマリクがため息をついた。悲しいが、ベルトラーゼも同じ心境だ。
「お二人とも、それくらいになさいませ。このままでは戦いどころではありません。皆呆れておりますよ」
「心外だな。俺はただそのじじぃに引っ込んでいろと言っているだけだ」
「貴様ぁ!!」
 怒り彷彿し、椅子を蹴ったアナトリアをベルトラーゼが諌めた。二人が争って何の益もない。それはアナトリアとて理解しているようで、しばらくの間を挟んで元の席に戻った。ベイレルの前でこそこうだが、本来は義を尊ぶ厳格な人物だ。ゆえに、屈強な西方騎馬隊の指揮を任せられている。
「宜しいでしょうか?」
 再び言い争いが起きる前に、とベルトラーゼが口を開いた。発言を促され、立ち上がる。
「傭兵師団の活躍は、私も存じております。歴戦の猛者たるベイレル様が仰るのですから、傭兵団だけで戦線を形成することは可能と見ます。とはいえ、相手は強大なゴーレムを多数有しており、これを短時間で撃破するのは至難。いかに屈強な傭兵師団とて長期戦となれば、劣勢となりましょう」
 尚もベルトラーゼは続ける。
「ベイレル様率いる傭兵師団が戦線を形成、そして臨機応変にアナトリア様率いる騎馬大隊が横撃、同時に伏兵や分隊を叩くというので如何でしょうか? マリク様の魔術師中隊は後方にて他の隊を援護して頂きます」
 二人に異存はなかった。マリクもそれに静かに頷いた。客観的に判断しても、傭兵師団が前線を形成するのがベストだと思う。機動力が命の騎馬隊よりも戦線を長時間維持出来るはずだ。
 マリクもそれを望んでいた。だが、侯爵補佐という地位にあり、各領の政治にあれこれと干渉するマリクに対して、少なからず二人の心には嫌悪感があった。そのため、彼女がそう言ったとして、彼らは素直に受け入れなかっただろう。一端の隊長に過ぎないベルトラーゼが発言したのには、そういう意図があった。
「会議は終了だな。さっさと自分の寝床に帰ってもらおうか」
 先ほどまでの気だるそうな雰囲気もどこにいったのか、さっさと立ち上がったベイレルをある者が制した。
「ベルトラーゼ、殿か。何だ?」
 とってつけたような敬称で、総指揮官は見下ろす。2mを越す巨体からでは人間であるベルトラーゼを頭三つ分くらい上から見下ろす形になる。
「一つ気がかりな点が御座います。それに対して何らかの対策を練るべきと思い、会議の続行を願いたく‥‥」
「能書きいい。さっさと本題に入れ」
 はっ、と一度頭を下げて向き直る。
「‥‥‥‥カオスゴーレム『カルマ』。この騎体をご存知でしょうか?」


●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●戦場の静謐
 正午とは、不思議な時間だ。
 規則正しく流れる絶対的な時間に従って、陽精霊は世界を照らし、月星は輝き、人は生活する。朝が来てその次に昼、そして夜。闇の中にはカオスの魔物のような邪悪な存在が蠢いているのだと人は自ら妄想し、それが真実であるのかすら確認することなく、暗黒の中に飛び込むのを控えてしまう。それとは対照的に昼間の中心に屹立する正午の中では、人は何の不安も抱くことなく積極的に行動する。光か闇か、両者の間にあるのはただそれだけの違いに過ぎないのにだ。事実、邪悪な存在は昼にも夜にも行動する。人もまた然り。闇の中に邪悪が存在するという思考は、人が生み出した想像でしかなく、その結果悪が闇に集結したに過ぎないというのに。結果と原因が逆であるだが、世界にそのようなことは関係ない。生まれ出(いずる)事象をただ呑み込んでいくだけだ。
 平和な正午の下で人が死んでいく。刃を前に互いの命のやり取りをする戦士たち。その数、実に数千にものぼる。
 大地を震わせる悲鳴と鋼鉄の打撃音。
 なだらかな丘の上に控えるのは18人の冒険者たち。生々しい戦争という事象を五感で捉えている彼らの心は、お世辞にも穏やかなものとはいえない。これから始まる任務のことを考えれば、その傾向は一層強くなっていく。
「やっと、あのバケモノと再会ってやつか‥‥嬉しくて涙が出らァ!」
 そんな感情とは無縁の巴渓(ea0167)が大仰に胸の前で拳を叩き鳴らした。グランドラで散った騎士たち。彼らの仇を取らなければならないという義務感が彼女の中には渦巻いている。
「意気込むのは結構ですが、足元をすくわれないよう、お気をつけ下さい」
 スニア・ロランド(ea5929)のやんわりとした忠告に巴が鼻を鳴らす。
 打倒カルマを目指すスニアだが、丘の上に充満する緊迫した空気と目に見えない苛立ちを感じている。何だろう、この感覚は。
 仮にここでカルマを破壊できたとしても、2騎目のカルマが現れれば、事態は逆戻り。こちらの人的被害は計り知れない。それこそまさしく、ドラグーンのような上位騎体が必要となるだろう。ゴーレムの戦いは、遂にドラグーン対カオスゴーレムという人智を超えた領域にまで達しようとしているのだ。
 ファング・ダイモス(ea7482)の心は、その実感と不安の中の最も深い場所にいた。
「これ以上、仲間を倒させる訳にはいかない。カルマとの決着、ここで付けましょう」
 奮い立つ石の王が、愛用の得物を強く握り締める。以前のグランドラ戦において独立部隊に参戦していた者たちに、カルマ搭乗者ドスロワは強い憎悪を抱いている。恐らく対峙すれば、真っ先に狙われることは必至だ。そのため、スニアやシャルグ・ザーン(ea0827)たちと共にカルマを誘き寄せる餌として第三小隊とする予定だ。
「我が輩たち囮となれば、敵の攻撃を予想することも容易となる。後は第三小隊次第であるな」
「俺にできることは足止めだけだ。周辺のゴーレムは任せた」
「私も回復と援護に全力を尽くします。クローニングを習得しましたので、腕や脚が切断されても治療可能ですが、できればそのような事態はないようお願いしますよ」
 実に冷静にレインフォルス・フォルナード(ea7641)が、それに導蛍石(eb9949)が冗談を込めて周囲に笑いかける。それに小さな笑い声が上がったものの、やはり得体の知れない何かが消えることはない。
(‥‥何だこりゃぁ)
 円陣でも組もうと言うつもりだったが、巴からは嫌な胸騒ぎが絶えない。
 あまりのざわざわとした感覚は巴だけではなく、他の者たちも感じているようで皆言葉少なく戦場を眺めている。
「上空にフロートシップが出現! 敵ゴーレム部隊の降下も確認されております!」
 やがて異質なゴーレムが戦場に降下をするのを確認。
 ベルトラーゼによる作戦開始の号令が放たれ、同時に三つの小隊が丘を駆け下りていった。




●再戦
「周辺の敵は私たちにお任せ下さい! 皆さんはカルマを!!」
「承知!」「畏まりました!」「了解です」「おうよ!」「了解」「わかりました!」
 最前線で活躍するベイレル率いる傭兵師団。
 その中央部に降下したカルマの元に、ベルトラーゼ隊と三つの小隊は急行。すぐに戦闘は開始された。
 予想通りカルマの首に懸けられた報酬を狙った傭兵たちが、三小隊よりも先にカルマへと攻撃を仕掛けていった。しかし、何の統率もない傭兵たちの敵うような相手ではなく、カルマが爪を一振りする度に十人近い傭兵たちがその身体を横に真っ二つにされて絶命していった。そんな仲間たちの姿も、金に目が眩んだ傭兵たちにはさほど意味がなく、彼らは自ら死地に飛び込んでいく。
 それらの行動が邪魔になり、いつまで経っても作戦を開始できない。その様子に冒険者たちも次第に業を煮やし始めた
(やはり無駄でしたか‥‥)
 カルマに群がっていく傭兵たちの姿に、スニアが無念そうに目を顰めた。
 『カルマには常人が装備可能な武器では傷を負わせられない。つまりカルマに攻撃をしかけるのは兵の無駄遣いでしかありません。カルマへの攻撃を命令した場合後に上司から罰を受けることがないとしても、カルマへの攻撃に参加し生き残った傭兵から刺されかねませんよ』
 戦開始前、以上のような忠告を傭兵たちの隊長格に言っていたのだが、金に目が眩んだ彼らには全く効果が無かったようだ。
 致し方ない、と冷徹な心に徹したスニアが、弦を引いた。
「お退きなさい。次は胸を狙います」
 戦の喧騒にも透き通る声が今まさに飛び込もうとしていた傭兵たちの身体を縛り付けた。そして戦いを突撃の号を出していた男の手足には容赦のないスニアの矢が突き刺さっていた。
「て、てめぇ、何しやがる!?」
「構わねぇ、ぶっ殺せ!」
 殺気だって刃の先を変更した傭兵。だがそれをレインフォルスが容赦なく、剣の錆にした。
「身の程を弁えろ」
 あまりにも鮮やかに切り捨てられた仲間たちの姿に、傭兵たちの姿が止まる。ただの脅しではないこと、そして冒険者たちの実力を目にして戦意が萎縮していく。
「安心しろ、殺していない。動けもしないだろうがな」
「ご無事ですか? スニアさん」
「‥‥申し訳ありません。少々手荒なことを致しました」
 一騎っで近寄ってきたベルトラーゼに、スニアが優雅に頭を下げた。
「この状況では致し方ないことです。ああでもしなければ、被害は益々拡大していたでしょう。臨機応変の対応、痛み入ります」
 ファングを初め、グランドラ戦に参加していた憎悪の対象を狙ってドスロワが突撃してくるが、第三小隊のオルトロス二人組みが見事な連携プレーを見せて防いでいる。そのおかげで第一小隊は周辺の敵ゴーレムに心配なく的を絞ることができた。
 相変わらずドスロワは単騎突撃するのみで、従軍するゴーレムとの連携は全くの皆無。自ら孤立するカルマを第三小隊に任せ、その内に第一小隊が周辺敵ゴーレムの破壊を試みた。
「はっ!!」
「突撃致す、続けい!」
 スニアの的確な矢がゴーレムの関節に貫き、動きを鈍らせる。その隙を突いて騎馬で接近したシャルグのゴーレムバスターでバグナの下半身を粉砕する。
「オーラショットォォォォ!!!」
 とどめには巴の拳が火を吹き、バグナの巨体を粉砕した。岩にも強烈な一撃を与えるオーラショットは確実に敵ゴーレムにダメージを与えていた。
「いける!」
 敵ゴーレムを中心に乱戦状態にある中、ファングが身を屈めながら獲物を狙う獣よろしく突進する。狙うは副隊長騎ゼロ・ベガ。第二小隊員のソニックブームが脚を牽制、同時にローリンググラビティーによって地面に倒れ伏した敵に為す術はなく、
 ファングの強撃がゼロ・ベガの胴体を粉微塵に粉砕した。


●異界の魔獣
 カルマの周辺にいた敵ゴーレムは全て破壊した。いよいよカルマに集中攻撃を仕掛けることになり、意気高揚する冒険者たちだったが、彼らの目はカルマではなく、自らの頭上に注がれていた。
 戦場のあちこちで疑問の声が上がっていた。戦の真っ只中にも関わらず、あちこちで戦闘が停止している、
 怪訝な瞳で上空を見上げるメイの軍勢。だがそれはバの兵士たちも同様だった。
 巨大なフロートシップ群が上空を覆っている。バ軍所属のものに他ならないのだが、全くの予想外なのか、バの軍にも動揺が広がっている。
 戦は終盤に差し掛かっていた。両軍ともに策を出し尽くした。既に敵ゴーレム大隊は降下を完了し、メイ側も当然全ゴーレムを投入し終えている。見た限り、地上に攻撃兵器は装備されていない。
 戦争を経験したものならば、この異様な光景に気付かない者はいないだろう。これだけのフロートシップが、しかも熟練の弓使いならば、地上から甲板を狙えそうなくらいの低高度にいる。普通ならありえないことだ。
 異様な光景に恐怖を感じ、上空に降下してきた導に皆が集まってくる。
「導殿、一体あれは?」
「わかりません、私には何が何やら‥‥」
「‥‥敵には違いないでしょうが‥‥」
 数々の戦を経験したファングだが、こんな光景はさすがに初めて見る。右腕に握る石の王がだらりと地面に下げられている。
「矢で攻撃してみますか? 私の腕ならば、甲板の敵兵を狙うことも可能です」
「‥‥いえ、様子を見ましょう」
 スニアの提案に、勘ともいえるものでファングが答える。
 不意に、全てのフロートシップの後部ハッチが一斉に開放される。あまりの壮観に、敵味方関わらず一部からは喚声が上がり、素直に感嘆する者も現れた。
 だが、一時の平和に包まれていた戦場は叫喚することになる。
 ハッチから落とされた大きな何かが地面に激突し、ドォンッという巨大な音が戦場のあちこちに沸き立っていく。
 投下された巨大な何か。
 それは‥‥
 ロニア・ナザック率いるゴーレム第二小隊がかつて太古の森と、カオスの穴付近の施設で目撃した、あの突然変異型の化物に他ならなかった。
 あまりの突然の出来事に、両軍の兵士たちはまったく反応できない。
 だが、そうこうしている間にも、異質な化物は両腕を縛っていた鋼鉄の手錠を引き千切り、ゆっくりと身を起こしていく。
 そして、魂の根源を震わせる、化物の咆哮が戦場に鳴り響いた。



「オオオオオ―――――――――――――――――ッ!!!!」



 止まっていた時が一気に動き出し、戦場に悲鳴と絶叫が響き渡った。
 巨大な棍棒を振り回しながら、猛烈な攻撃を仕掛けてくる化物に混乱し、まともな反撃もできないメイ軍の陣形が次々に崩壊していく。一方、バの軍も自軍への損害はほとんどないものの、どうしてよいか全くわからないといった状態だ。
「オオオオオオッ!!!」
 化物の攻撃とは反対に、混乱したバ軍の攻撃は停止していた。アナトリアやマリクが高い指揮能力を発揮して陣形は立ち直りつつある。ここで戦線崩壊を防げば、まだ反撃の機会は残されていた。
「何だ何だ、こいつらはよぉ!!」
 まさかとは思ったが、カルマとは別の部隊が襲ってくることも想定していた巴が、真っ先に化物目掛けてオーラショットを打ち込んだ。しかし、苦しそうに悲鳴を上げた化物は数秒後何事もなかったように突撃してくる。傷が再生している。
 骨や肉が異常発達した奇妙な姿は、ジ・アースでいうアンデッドに近いもの。デティクトアンデッドには反応がない。つまりあの化物は別の種族ということだ。
 陣形を崩された第三小隊のモナルコスが、カルマの凶爪によって次々と大破していく。絶好の機会と見たカルマは、次にその矛先を化物の対応に当たっていたベルトラーゼへと向け、雷の如く疾走する。
『くたばりやがれぇ!!』
 間に入ったレインフォルスの身体が、たった一撃で吹き飛ばされる。高い回避力で咄嗟に後ろで跳んだものの、肩に直撃した爪の甲が内臓を潰し、大量の血を口元から吹き出させた。
「させぬっ!!」
 ベルトラーゼに振り下ろされた大爪を、シャルグのオーラシールドが受け止めた。奇跡、いや卓越した技術をもつシャルグだからこそ、それは可能となっていた。ゴーレムをも粉砕する大爪を何とオーラシールドでいなしたのだ。勿論、シャルグもただでは済んでいない。あまりの威力に右腕がオーラシールドごと肩あたりから吹き飛びそうだった。もう一度しろといわれても、恐らく不可能。次は確実に腕が無くなるだろう。
 脱臼したのか、完全に動かなくなった右腕を無力にぶらさげていると、第三小隊のモナルコスが援護に入り、カルマをひきつけた。
『はやく、皆さん今のうちに!』
 シファの乗るモナルコスが捨て身の覚悟でカルマを吹き飛ばした。たちまち横転するカルマ。切り離されたモナルコスの腕が地面に落下する。
「シャルグさん、すぐに手当てを‥‥くぅ!?」
「構わぬ! ぐっ、すぐに撤退の準備をいたせ!」
 地上に降り、ペガサスのホーリ−フィールドによって仲間に向けられた化物の攻撃を防御している導。化物が屹立闊歩する現在の状況では、結界外に出ることは難しい。回避力のない導では踏み潰されて重傷、下手をすれば即死だ。それを理解していたシャルグは肩の激痛に耐えながら、撤退の意を示していた。
 既に戦の勝敗は見えていた。化物の攻撃に耐え、反撃しつつあるメイ軍だが、三小隊は予想外の事態に化物の攻撃をほぼ無防備で受けたため、最早カルマを撃退できる力は残されていない。見たところ、今は動きが止まっているが、カルマもすぐに回復してまた攻撃を開始するだろう。
 導のアイテムで応急処置を施した第一小隊が、他小隊と足並みを合わせて撤退を開始。
 化物の攻撃を往なしながら後退していき、運よく第二小隊に化け物の弱点である炎を扱う魔法使いがいたため、十分な対応が可能であり、戦線を離脱した冒険者たちはそのまま戦場を後にするのだった。


●戦の跡
 かくしてモルピュイ平野の戦はバの勝利で幕を下ろした。
 一時混乱したバの軍だったが、カルマの参戦によってメイの戦線が崩壊したのを見るや否や、攻撃を再開。これによってメイ軍の敗退は確実となり、ラケダイモンまで後退することを余儀なくされた。
 ベイレル・アガ率いる傭兵師団は多大な損害を受け、アナトリア率いる西方騎馬隊も被害は大きい。
 突然出現した化物による損害も大きかったが、やはり戦線に躍り出たカルマの攻撃も無視はできないだろう。
 モルピュイ平野戦の後、バの軍は部隊を再編し、すぐに進軍を再開する。目指すは勿論、南方地域最終防衛ライン、ラケダイモン。
 オクシアナ以南の命運をかけて、ラケダイモンで再び決戦が為されることになる。